最近天気がいいですね。春がもうやってきていたんですね。季節はいつのまにかやってきますよね。それもこれも目に見えない風が運んでくるからなのかもしれないですね。最近転職した職場が「映画 耳をすませば」の記事にも書いた初デートで歩いたコースのすぐそばなんです。転職してから仕事帰りに気持ちよい風に誘われて毎日この近くを歩いているのですけどいろいろと思い出してしますね。
さて今更ですけど「千の風になって」新井満の作品です。あの紅白でも歌われた歌ですね。それの元になった英語詩と、新井満の訳した日本語詩が素敵な写真とともに載っています。
風を写真にとるっていうのって難しいですよね。風に揺らされる木々や風に乗って飛ぶ鳥を写真におさめたとしても、厳密に言えばそれは風そのものをとったことにはならないですものね。でもきっと人間には想像力が備わっているからこそ、その写真を見て体に感じる風を思えるのかもしれないですね。
詩の内容自体はもう有名なのでここには書きませんが、人が死ぬということは、残した人間にその人をいつまでも思い出させることを強制することなのかもしれないですね。
葬式という残された人間にとっての通過儀礼はあるけれど、気持ちを和らげ、日常生活を送れるようになるようにはなっても、やっぱり完全に忘れることはできないですものね。
でも写真を見て風を感じられる想像力があるように、人間は未来を見ることができるからこそ、過去も思い出すことができるのでしょうね。
過去しか見ないで未来に対してポジティブになれない僕みたいな人間もいるのですけどね。
そんなんじゃだめだめ。まずは連休という現実を楽しむことにしますかね。








