ちょっと更新が遅れています。「世界のやまちゃん」で手羽先食べてきます。
帰ったら更新します。
2005年10月16日
2005年10月15日
きみのためにできること-村山由佳
「きみのためにできること」
村山由佳

この作品は「おいしいコーヒーのいれ方」
の続きを買いに言ったのに売って無くて変わりに買ってきた本です。
読み始めは残念に思い、あんまり身が入らなかったのですが読んでいく内に引きずり込まれてしまいました。
彼女に「私と仕事とどっちが大切なの?」ってきかれたことありますか?これにつづくよくある答えは「そんなこと聞くなよ」や「そんなこと決められるわけないだろ」やらそんなのだと思いますけど、これって本当に男にとっては答えられない質問なんですよね。そんなこと聞く女はメンドクサイとかよく言いますけど、この言葉の答えを用意できない、どっちつかずでしかいられない、そんな優柔不断、ズルイのが男だと思います。だから、ホントは男の方が汚いのだと思うけど、そんな質問をする女の方を悪者にしてしまう社会があるのですね。
この作品の主人公の彼女もこの質問を一生懸命しないように、彼を困らせないようにしているかわいい女の子です。この作品を読みながらことあるごとに、「なんだこの情けない男は!」「 おまえずるいぞ!」となんど声に出して言ってしまったことでしょうか。
今まで読んだ村山由佳の作品の彼が男にとっても女にとっても「完璧」だったこともあり、彼のずるさが目に付いていたのでしょう。やはりこの作品の中の女性陣は完璧できした。彼女にしても、もう一人の彼女にしても、それはそれは完璧で目の前にいたら、と何回も思ってしまいました。
にもかかわらず、やはり村山由佳の作品の彼には感情移入できませんでした。村上春樹にしろ、原田宗典にしろ、どこかしらに「彼」に共感できる部分はあるのですが、村山由佳の作品だけは感情移入できないのです。でもなぜか彼女の作品をまた読んでしまうと思います。きっとストーリーがおもしろくて、登場人物それぞれの心の揺れを表現するのがうまいのでしょうね。最後の最後で涙すら浮かべて読んでしまいましたもの。
前にどこかで読んで印象に残っているのですがそれは、「小説や映画では主人公と彼女が飛行機のテラップを登るところで終わりでよいけれど、現実はそうは行かないのよ。海外逃亡してしまったら、私たち二人はどうなるの?それから生活していかなければならないのよ」といった内容の女の子のセリフです。この作品の終わり方もまさに「小説や映画の終わり方」そのもので、彼と彼女のこの先を思うといろいろと心配してしまうのですが、小説や映画だからこそこの終わり方でもいいんだなって思ってしまいました。これの影響か自分の引っ込み思案の性格かはわからないけれど、その先の事を想って女の子とのデートに失敗してしまったことも何回もあるのですが、現実では常にその先のことを考えてしまうものですものね。フィクションの世界でぐらい、なんにも考えずに一歩の跳躍すべてを集約してもいいかもしれないですね。
この作品の中では電子メールが結構重要な役割を演じるのですが、最後の方で電子メールや手紙よりも、実際に会うことの重要性について描かれる場面がでてきます。僕もこれは前から思っていたのですが、人間の技術の進歩により遠くにいる人への伝達手段が飛躍的に革新されてきています。昔の人なら何日かけてでも自分の足や馬に乗って伝えにいったものでしょ。それが飛脚の登場により手紙に取って代わられ、電話の登場で瞬間的に伝達する手段を手に入れた。その後の電子メールの登場であっというまに、間に中間物としての人間を排除した形で人に伝える手段を手に入れた。伝達手段がどんどん便利に瞬間的になるにつれて、それにかけるコストもかからなくなってきた。しかし、それに比例するかたちでその言葉もどんどん安くなっていってるのではないかと心配になってしまいます。誰かになにかを伝えるのにはやはり実際に会って目と目を見ながら話すのが一番誤解がなく伝わるのではないかと思います。そんな風に思ってる自分がブログをつかって考えを発信しているのも面白いことなんですけどね。やっぱり便利さにはかなわないのかな。でも自分が大切なだれかになにかをつたえるのはやはり実際に会ってしたいですね。
この作品は、読み終わって解説を読んで知ったのですが、映画化もされているようですね。今週末にでもビデオを借りてきてみてみようと思います。

読み始めは残念に思い、あんまり身が入らなかったのですが読んでいく内に引きずり込まれてしまいました。
彼女に「私と仕事とどっちが大切なの?」ってきかれたことありますか?これにつづくよくある答えは「そんなこと聞くなよ」や「そんなこと決められるわけないだろ」やらそんなのだと思いますけど、これって本当に男にとっては答えられない質問なんですよね。そんなこと聞く女はメンドクサイとかよく言いますけど、この言葉の答えを用意できない、どっちつかずでしかいられない、そんな優柔不断、ズルイのが男だと思います。だから、ホントは男の方が汚いのだと思うけど、そんな質問をする女の方を悪者にしてしまう社会があるのですね。
この作品の主人公の彼女もこの質問を一生懸命しないように、彼を困らせないようにしているかわいい女の子です。この作品を読みながらことあるごとに、「なんだこの情けない男は!」「 おまえずるいぞ!」となんど声に出して言ってしまったことでしょうか。
今まで読んだ村山由佳の作品の彼が男にとっても女にとっても「完璧」だったこともあり、彼のずるさが目に付いていたのでしょう。やはりこの作品の中の女性陣は完璧できした。彼女にしても、もう一人の彼女にしても、それはそれは完璧で目の前にいたら、と何回も思ってしまいました。
にもかかわらず、やはり村山由佳の作品の彼には感情移入できませんでした。村上春樹にしろ、原田宗典にしろ、どこかしらに「彼」に共感できる部分はあるのですが、村山由佳の作品だけは感情移入できないのです。でもなぜか彼女の作品をまた読んでしまうと思います。きっとストーリーがおもしろくて、登場人物それぞれの心の揺れを表現するのがうまいのでしょうね。最後の最後で涙すら浮かべて読んでしまいましたもの。
前にどこかで読んで印象に残っているのですがそれは、「小説や映画では主人公と彼女が飛行機のテラップを登るところで終わりでよいけれど、現実はそうは行かないのよ。海外逃亡してしまったら、私たち二人はどうなるの?それから生活していかなければならないのよ」といった内容の女の子のセリフです。この作品の終わり方もまさに「小説や映画の終わり方」そのもので、彼と彼女のこの先を思うといろいろと心配してしまうのですが、小説や映画だからこそこの終わり方でもいいんだなって思ってしまいました。これの影響か自分の引っ込み思案の性格かはわからないけれど、その先の事を想って女の子とのデートに失敗してしまったことも何回もあるのですが、現実では常にその先のことを考えてしまうものですものね。フィクションの世界でぐらい、なんにも考えずに一歩の跳躍すべてを集約してもいいかもしれないですね。
この作品の中では電子メールが結構重要な役割を演じるのですが、最後の方で電子メールや手紙よりも、実際に会うことの重要性について描かれる場面がでてきます。僕もこれは前から思っていたのですが、人間の技術の進歩により遠くにいる人への伝達手段が飛躍的に革新されてきています。昔の人なら何日かけてでも自分の足や馬に乗って伝えにいったものでしょ。それが飛脚の登場により手紙に取って代わられ、電話の登場で瞬間的に伝達する手段を手に入れた。その後の電子メールの登場であっというまに、間に中間物としての人間を排除した形で人に伝える手段を手に入れた。伝達手段がどんどん便利に瞬間的になるにつれて、それにかけるコストもかからなくなってきた。しかし、それに比例するかたちでその言葉もどんどん安くなっていってるのではないかと心配になってしまいます。誰かになにかを伝えるのにはやはり実際に会って目と目を見ながら話すのが一番誤解がなく伝わるのではないかと思います。そんな風に思ってる自分がブログをつかって考えを発信しているのも面白いことなんですけどね。やっぱり便利さにはかなわないのかな。でも自分が大切なだれかになにかをつたえるのはやはり実際に会ってしたいですね。
この作品は、読み終わって解説を読んで知ったのですが、映画化もされているようですね。今週末にでもビデオを借りてきてみてみようと思います。
2005年10月14日
クロノス・ジョウンターの伝説-梶尾真治
「クロノス・ジョウンターの伝説」
梶尾真治
みなさんは自分の人生を棒に振ってまで、助けたい誰かがいますか?そんな人と巡り会えましたか?
この本は4人の主人公がそれぞれのかけがえなのない人の未来を変えるために、自分の人生を投げ出して、タイムマシンに乗って過去に戻るお話です。
この小説にでてくるタイムマシンは、首尾一貫した説明がなされていて、その反作用、副作用も納得のいく展開で、それによって、ストーリーのおもしろさがでています。
この本は映画「この胸いっぱいの愛を」の原作です。「この胸いっぱいの愛を」を試写会で見て、原作も面白そうだからというのが、この本を読み始めた理由です。(実はミムラが大好きなので、映画を見に行ったので原作のことはまったく知りませんでした。)
本を読んで最初に思ったのは、この原作でよくあの映画の内容ができたなってことです。それぐらいストーリーがまったく異なっていて、脚本家の想像力のたくましさに驚かされました。今まで小説が原作の映画をいくつか見てきましたが、ここまで話しが違うと、別々のストーリーとして、両方とも楽しめると思います。
僕は、最近、(といっても2年ぐらい前ですが)飲むたびに「生まれ変わってももう一度出会いたい人はいる?」という質問をしてきました。その当時僕にはこいつにだけは生まれ変わっても出会いたいっていう人がいたのですが、ここ最近はそれがわからなくなってきました。その子とはつきあっているときになかなかうまくいっていて、この子となら人生ずっと一緒にいてもいいなぁって自然に思える子でした。しかし、本当にささいな、ちょっとしたきっかけで別れてしまいました。もう一度出会いたいという気持ちは錯覚だったのでしょうか?それはわかりませんし、錯覚でも一生見続ければ真実になると思います。そんな出会いをまたしてみたいと思います。
みなさんは自分の人生を棒に振ってまで、助けたい誰かがいますか?そんな人と巡り会えましたか?この本は4人の主人公がそれぞれのかけがえなのない人の未来を変えるために、自分の人生を投げ出して、タイムマシンに乗って過去に戻るお話です。
この小説にでてくるタイムマシンは、首尾一貫した説明がなされていて、その反作用、副作用も納得のいく展開で、それによって、ストーリーのおもしろさがでています。
この本は映画「この胸いっぱいの愛を」の原作です。「この胸いっぱいの愛を」を試写会で見て、原作も面白そうだからというのが、この本を読み始めた理由です。(実はミムラが大好きなので、映画を見に行ったので原作のことはまったく知りませんでした。)
本を読んで最初に思ったのは、この原作でよくあの映画の内容ができたなってことです。それぐらいストーリーがまったく異なっていて、脚本家の想像力のたくましさに驚かされました。今まで小説が原作の映画をいくつか見てきましたが、ここまで話しが違うと、別々のストーリーとして、両方とも楽しめると思います。
僕は、最近、(といっても2年ぐらい前ですが)飲むたびに「生まれ変わってももう一度出会いたい人はいる?」という質問をしてきました。その当時僕にはこいつにだけは生まれ変わっても出会いたいっていう人がいたのですが、ここ最近はそれがわからなくなってきました。その子とはつきあっているときになかなかうまくいっていて、この子となら人生ずっと一緒にいてもいいなぁって自然に思える子でした。しかし、本当にささいな、ちょっとしたきっかけで別れてしまいました。もう一度出会いたいという気持ちは錯覚だったのでしょうか?それはわかりませんし、錯覚でも一生見続ければ真実になると思います。そんな出会いをまたしてみたいと思います。
2005年10月13日
ジーキル博士とハイド氏-スティーブンスン
「ジーキル博士とハイド氏」
スティーブンスン
今回は古典作品を一つ。
酒を飲んで次の朝起きて、何も思い出せないとき、昨晩の会話を思い出して自己嫌悪に陥るときありませんか?僕はここ最近は毎回そんな気がします。記憶をなくしたのは生涯で一度しかないのですが、自己嫌悪の方は毎回感じてしまいます。自分だけ話しすぎた、あそこまで言わなければよかった、あんな話題出すんじゃなかったなど、材料をあげればキリがありません。そういうことを感じない人も多いようなのですが、これからは僕は生涯逃れられないのかもしれないと思うと、悲しくなり、酒をもうやめようかと気持ちにさせられます。しかし、酒が好きなんでしょうね。誘われれば無理にスケジュールをあわせてでも行ってしまうし、むしろ、自分から誘ってしまいます。
ジーキル博士とハイド氏は「二重人格の」代名詞として古くから言われてきた。確かに善と悪の二項対立が一人の人間の中でせめぎあい、結局ハイド氏が勝ってしまうのだが、それでも最後までジーキル博士も抵抗をやめない。浅く読もうと思えばいくらでも読めるが、深く深く読もうと思えばいくらでも読める、なんど読み返しても毎回違ったことを考えさせてくれる作品なのだろうと思った。
この作品は結構昔に買って、机の上に置いてずーっと放っておいた本であった。なんとなく読み始めたら、止まらなくなり結局最後まで一度も止まることなく読み終わってしまった。こんなことならもっとはやくに手にとっておけばよかったと読み終わって後悔した。
この作品を読みながら、冒頭に書いたようなことをずっと考えていた。ジーキル博士もハイドになるのを恥だと思いつつ、それでも止められなかった。悪の誘惑のなんとすさまじいことだろうか。幸運にも酒からは覚めることができる。しかし、ジーキル博士は元に戻れなくなってしまう。自分が必要としているのが酒でよかったと思った。
今回は古典作品を一つ。酒を飲んで次の朝起きて、何も思い出せないとき、昨晩の会話を思い出して自己嫌悪に陥るときありませんか?僕はここ最近は毎回そんな気がします。記憶をなくしたのは生涯で一度しかないのですが、自己嫌悪の方は毎回感じてしまいます。自分だけ話しすぎた、あそこまで言わなければよかった、あんな話題出すんじゃなかったなど、材料をあげればキリがありません。そういうことを感じない人も多いようなのですが、これからは僕は生涯逃れられないのかもしれないと思うと、悲しくなり、酒をもうやめようかと気持ちにさせられます。しかし、酒が好きなんでしょうね。誘われれば無理にスケジュールをあわせてでも行ってしまうし、むしろ、自分から誘ってしまいます。
ジーキル博士とハイド氏は「二重人格の」代名詞として古くから言われてきた。確かに善と悪の二項対立が一人の人間の中でせめぎあい、結局ハイド氏が勝ってしまうのだが、それでも最後までジーキル博士も抵抗をやめない。浅く読もうと思えばいくらでも読めるが、深く深く読もうと思えばいくらでも読める、なんど読み返しても毎回違ったことを考えさせてくれる作品なのだろうと思った。
この作品は結構昔に買って、机の上に置いてずーっと放っておいた本であった。なんとなく読み始めたら、止まらなくなり結局最後まで一度も止まることなく読み終わってしまった。こんなことならもっとはやくに手にとっておけばよかったと読み終わって後悔した。
この作品を読みながら、冒頭に書いたようなことをずっと考えていた。ジーキル博士もハイドになるのを恥だと思いつつ、それでも止められなかった。悪の誘惑のなんとすさまじいことだろうか。幸運にも酒からは覚めることができる。しかし、ジーキル博士は元に戻れなくなってしまう。自分が必要としているのが酒でよかったと思った。
2005年10月12日
10月11日の食事
11日は友人と外に飲みに行きました。
東中野の「じげ」というお店で、ここは去年の冬頃からよく通うようになり、多いときには週二回ペースで行ってたときもありました。
串焼き屋さんなのですが、串焼き以外のメニューも豊富で、毎日おすすめのメニューが変わります。マグロの中落ちが絶品で注文すると骨についたままでてきて、はまぐりで自分でとりながら食べます。初めて行く人はびっくりして、喜んでくれます。
おすすめは、串がアスパラとレバーとトマトベーコン、それ以外だと中落ちとカマ焼き、自家製ツナを使ったサラダもおいしいですよ。
東中野の駅から看板が見えるので行ってみてください。西口降りて目の前のミスタードーナッツの隣です。
東中野の「じげ」というお店で、ここは去年の冬頃からよく通うようになり、多いときには週二回ペースで行ってたときもありました。
串焼き屋さんなのですが、串焼き以外のメニューも豊富で、毎日おすすめのメニューが変わります。マグロの中落ちが絶品で注文すると骨についたままでてきて、はまぐりで自分でとりながら食べます。初めて行く人はびっくりして、喜んでくれます。
おすすめは、串がアスパラとレバーとトマトベーコン、それ以外だと中落ちとカマ焼き、自家製ツナを使ったサラダもおいしいですよ。
東中野の駅から看板が見えるので行ってみてください。西口降りて目の前のミスタードーナッツの隣です。
僕らの夏 おいしいコーヒーのいれ方(2)-村山由佳
「おいしいコーヒーのいれ方U 僕らの夏」
村山由佳
韓国記は少々お休みでまずは読んだ本の感想を
これはコーヒーのいれ方というシリーズの二作目です。一作目は「キスまでの距離」
という作品です。
読み終わっての感想は、「こんな完璧すぎる女の子を作り出すなんてひどいいいいい!!!」
というものでした。ちょっとした心からの叫びをしてしまいましたすいません・・・
というわけで、完璧な女の子と完璧な男のいとこ同士が、実は血がまったくつながっていなかったり、親同士の都合で同居することになり、くっついては離れてを繰り返す、よくある連ドラの脚本のようなお話です。
そんなシチュエーションありえない!っていうのが一作目を読んだ感想でしたが、話しの展開が早いのと、文章が読みやすいので、ついつい手にとってしまって気付いたら一晩で読み終わっていました。
村山由佳の作品は他にも「天使の卵」
を読んだのですが、この作品と共通していることは、年下の男が自分の年を気にしすぎるあまり、年上の彼女や世間に対してうしろめたさを感じてしまうことです。
僕はそういううしろめたさはまったく感じないのでこれらの作品の彼に感情移入することはできないのですが、世間の普通の人はそういうものなんでしょうかね?それとも女の人は年下の彼に対してそういう気持ちを抱くものなんでしょうかね?ぜひ聞いてみたいものです。
というわけで、また続きを読んでしまいたくなるのが続き物のずるいところですね。ついつい先を知りたくなってしまうのは女の子とつきあっている時と同じことのようです。
韓国記は少々お休みでまずは読んだ本の感想をこれはコーヒーのいれ方というシリーズの二作目です。一作目は「キスまでの距離」
読み終わっての感想は、「こんな完璧すぎる女の子を作り出すなんてひどいいいいい!!!」
というものでした。ちょっとした心からの叫びをしてしまいましたすいません・・・
というわけで、完璧な女の子と完璧な男のいとこ同士が、実は血がまったくつながっていなかったり、親同士の都合で同居することになり、くっついては離れてを繰り返す、よくある連ドラの脚本のようなお話です。
そんなシチュエーションありえない!っていうのが一作目を読んだ感想でしたが、話しの展開が早いのと、文章が読みやすいので、ついつい手にとってしまって気付いたら一晩で読み終わっていました。
村山由佳の作品は他にも「天使の卵」
僕はそういううしろめたさはまったく感じないのでこれらの作品の彼に感情移入することはできないのですが、世間の普通の人はそういうものなんでしょうかね?それとも女の人は年下の彼に対してそういう気持ちを抱くものなんでしょうかね?ぜひ聞いてみたいものです。
というわけで、また続きを読んでしまいたくなるのが続き物のずるいところですね。ついつい先を知りたくなってしまうのは女の子とつきあっている時と同じことのようです。
2005年10月11日
凍-沢木耕太朗
「凍」
沢木耕太朗
とりあえず韓国旅行中に読んだ本を紹介します。
沢木耕太朗の新作です。この人は「深夜特急」からの大ファンで、バックパックの旅にあこがれてアメリカ一周グレイハウンドの旅をするなど、いろいろと影響を受けた人です。この人の描くフィクションも大好きですけど、それ以上に人の心理までうまく描き出しているノンフィクションも大好きです。スポーツものの作品が読んでいて映像が浮かんでくるようでとても楽しめます。
この本は山野井泰史夫妻の物語です。ノンフィクションでもあえて物語といってしまうほど、彼ら夫婦は人間離れしていて、読み終わった最初の感想は「こいつら人間じゃねぇ」っていうものでした。
山野井泰史と妙子は世界でもトップレベルのアルパインクライマーです。彼らは8千メートル級の山を単独もしくは少数のパーティーでノーマルコースではなく、それよりも難易度の高いバリエーションコースを通って頂まで目指す登山家です。
この作品では、彼らのギャチュンカン(ヒマラヤ山脈にある山の一つ)挑戦の様子が描かれています。
彼らの何がすごいって、山に対する態度が人間離れしているのです。彼らはこの挑戦の最中に、手足の指を凍傷におかされながら、頂を目指すのです。しかも難しいコースなので、極限状態(山野井は極限ではなく極限に近い状態と言っていますが、普通の人間にとっては極限状態といっていい状態です)の中で人がここまで冷静でいられるはずもないと思うのですが、かれらはパニックにならずにコースを見極め、壁を越えていきます。
彼らは結局、凍傷によって、指のほとんどを失うのですが、山野井は結局また山に魅せられてその後も登り続け、中国にある未登頂の壁の初登頂に成功します。
この作品は彼らが死と隣り合わせの状況がずっと続くのですが、下手なサスペンスや創作を読むよりよっぽど手に汗にぎります。「事実は小説より奇なり」とよく言いますが、「事実は小説よりおもしろい!」と叫んでしまうような物語でした。
よく登山家に「山になぜ登るのか?」と聞くと、「そこに山があるから」と答えると言いますが、彼らこそ、その答えを本気で言ってしまう二人だなと思いました。
とりあえず韓国旅行中に読んだ本を紹介します。沢木耕太朗の新作です。この人は「深夜特急」からの大ファンで、バックパックの旅にあこがれてアメリカ一周グレイハウンドの旅をするなど、いろいろと影響を受けた人です。この人の描くフィクションも大好きですけど、それ以上に人の心理までうまく描き出しているノンフィクションも大好きです。スポーツものの作品が読んでいて映像が浮かんでくるようでとても楽しめます。
この本は山野井泰史夫妻の物語です。ノンフィクションでもあえて物語といってしまうほど、彼ら夫婦は人間離れしていて、読み終わった最初の感想は「こいつら人間じゃねぇ」っていうものでした。
山野井泰史と妙子は世界でもトップレベルのアルパインクライマーです。彼らは8千メートル級の山を単独もしくは少数のパーティーでノーマルコースではなく、それよりも難易度の高いバリエーションコースを通って頂まで目指す登山家です。
この作品では、彼らのギャチュンカン(ヒマラヤ山脈にある山の一つ)挑戦の様子が描かれています。
彼らの何がすごいって、山に対する態度が人間離れしているのです。彼らはこの挑戦の最中に、手足の指を凍傷におかされながら、頂を目指すのです。しかも難しいコースなので、極限状態(山野井は極限ではなく極限に近い状態と言っていますが、普通の人間にとっては極限状態といっていい状態です)の中で人がここまで冷静でいられるはずもないと思うのですが、かれらはパニックにならずにコースを見極め、壁を越えていきます。
彼らは結局、凍傷によって、指のほとんどを失うのですが、山野井は結局また山に魅せられてその後も登り続け、中国にある未登頂の壁の初登頂に成功します。
この作品は彼らが死と隣り合わせの状況がずっと続くのですが、下手なサスペンスや創作を読むよりよっぽど手に汗にぎります。「事実は小説より奇なり」とよく言いますが、「事実は小説よりおもしろい!」と叫んでしまうような物語でした。
よく登山家に「山になぜ登るのか?」と聞くと、「そこに山があるから」と答えると言いますが、彼らこそ、その答えを本気で言ってしまう二人だなと思いました。
2005年10月06日
もっとウソを!男と女と科学の悦楽-日高敏隆 竹内久美子
もっとウソを! 男と女と科学の悦楽
日高敏隆 竹内久美子
男と女と科学について、動物行動学の観点からおもしろく説き明かしている本です。日高敏隆さんは、「科学はその時点におけるもっともレヴェルの高いウソである」と言っています。タイトルはここから来ていて、もっとウソを!みんなを説き伏せられるような考えを!ということです。
この本には決して答えは書いてありません。考え方に対するアプローチの仕方、考え方、目の付け方が書いてあります。男の性器はなんであの形をしているのか?一夫多妻制の根源的存在意義、若い女性がダイエットをする私たちも気付いていないようなことなど、男性が震え上がり、女性が小躍りするような「発見」が二人の対談を通して見られます。
科学に対する考え方も欧米と日本の違い、がわかりやすく、面白くなければ科学じゃない!と熱く語ってくれます。人がその人の興味ある事を熱く語っているときってその人は輝いているとおもいませんか?そんな人たちの話を聞いたり読んだりするのは、どんな分野に限らず大好きです。
もう一度生物を勉強しようではなく、学んでみようと思わせてくれる一冊です。
男と女と科学について、動物行動学の観点からおもしろく説き明かしている本です。日高敏隆さんは、「科学はその時点におけるもっともレヴェルの高いウソである」と言っています。タイトルはここから来ていて、もっとウソを!みんなを説き伏せられるような考えを!ということです。この本には決して答えは書いてありません。考え方に対するアプローチの仕方、考え方、目の付け方が書いてあります。男の性器はなんであの形をしているのか?一夫多妻制の根源的存在意義、若い女性がダイエットをする私たちも気付いていないようなことなど、男性が震え上がり、女性が小躍りするような「発見」が二人の対談を通して見られます。
科学に対する考え方も欧米と日本の違い、がわかりやすく、面白くなければ科学じゃない!と熱く語ってくれます。人がその人の興味ある事を熱く語っているときってその人は輝いているとおもいませんか?そんな人たちの話を聞いたり読んだりするのは、どんな分野に限らず大好きです。
もう一度生物を勉強しようではなく、学んでみようと思わせてくれる一冊です。
ツチヤの軽はずみ-土屋賢二
ツチヤの軽はずみ
土屋賢二
大学教授の土屋賢二さん(土屋さんの公式HP)のエッセイです。哲学者だけあって理屈をこねまわした言い方や、世間を斜め45°から前方宙返りしてから見たような観察に驚かされます。
理屈をこね回した言い方や毒舌で疲れたときに読むとさらに頭が痛くなるような文章が多い。しかし、哲学者は常識を疑うところから出発するというだけあって、日常の隙間に顕微鏡をつっこんでのぞいたような観察眼はなるほどと読んでいておもしろいです。
例えば、本に載ってる著者の写真の存在意義についての文章は読んでいて思わず声をだして笑ってしまうほどです。電車の中では決して読まないでくださいね。
土屋さんの本を何冊も続けて読むと熱をだして寝込んじゃうようなところがあるけれど、たまに読む分には体から力が抜けておすすめだと思います。
大学教授の土屋賢二さん(土屋さんの公式HP)のエッセイです。哲学者だけあって理屈をこねまわした言い方や、世間を斜め45°から前方宙返りしてから見たような観察に驚かされます。理屈をこね回した言い方や毒舌で疲れたときに読むとさらに頭が痛くなるような文章が多い。しかし、哲学者は常識を疑うところから出発するというだけあって、日常の隙間に顕微鏡をつっこんでのぞいたような観察眼はなるほどと読んでいておもしろいです。
例えば、本に載ってる著者の写真の存在意義についての文章は読んでいて思わず声をだして笑ってしまうほどです。電車の中では決して読まないでくださいね。
土屋さんの本を何冊も続けて読むと熱をだして寝込んじゃうようなところがあるけれど、たまに読む分には体から力が抜けておすすめだと思います。
2005年10月05日
朝のニュースを見て思ったこと
朝のニュースを見て驚いた。
エサマダー(pya!)こと新江ノ島水族館のミナゾウ君が死んだ。いつも見ているサイトで愛されるキャラクターだった。世界的に見ても飼育されているミナミゾウアザラシのオスは珍しいとのことだった。
目の覚めきらない頭でそのニュースだけが耳に入ってきた。
一度でいいから、会ってみたかった。
残念だった。
エサマダー(pya!)こと新江ノ島水族館のミナゾウ君が死んだ。いつも見ているサイトで愛されるキャラクターだった。世界的に見ても飼育されているミナミゾウアザラシのオスは珍しいとのことだった。
目の覚めきらない頭でそのニュースだけが耳に入ってきた。
一度でいいから、会ってみたかった。
残念だった。
2005年10月04日
きれいな話-江國香織
「つめたいよるに」
江國香織 を読んだ。
初めて読む作家の作品を買うときはいつも短編集から買うことにしている。短い文章の中に彼ら、彼女らのいいたいことが詰まっている気がして、それが自分に合っていれば長編も自分にとって読みやすい本であることが多い。(このあいだ恩田陸の短編と長編を読んで短編がいまいちでも、長編がぴったりくるって人もいるんだなって思ったが)
この本は、昔つきあった彼女が好きな小説ってなに?の答えにあげた、江國香織の「きらきらひかる」と一緒に買った。先に「きらきらひかる」から読み彼女の感性や考え方を理解して、彼女に少しでも近づこうとしたけど、それからすぐに別れてしまった。うまくいかない予感をさせるはじまりかただったから、あっけなく彼女との関係は終わってしまった。もともとそんな恋だったのだ。
それからずっと、今までこの「つめたいよるに」は積ん読(つんどく)状態で机の上に放ってあった。「きらきらひかる」のあらすじや、それを読んで想ったことはもう忘れてしまっていて、江國香織の文体やらなんやらもすっかり忘れた状態で読み始めたのだが、こんなに素敵な瞬間や情景をこんなにきれいな言葉でつづる人だとは思わなかった。
ただひたすら文章をよみすすめるだけで、彼女の世界にはまれた。そんな作品に出会ったのは久しぶりだったので、少し興奮すらしている自分がいる。
21の短編が入っているのだが、どれを読んでも「飽きた」と思う作品がないのがびっくりだった。
また一人はまってしまう作家に出会ってうれしい反面、本棚のスペースを考えると気分が重くなる、でも買っちゃうんだろうなぁっていう作品でした。
初めて読む作家の作品を買うときはいつも短編集から買うことにしている。短い文章の中に彼ら、彼女らのいいたいことが詰まっている気がして、それが自分に合っていれば長編も自分にとって読みやすい本であることが多い。(このあいだ恩田陸の短編と長編を読んで短編がいまいちでも、長編がぴったりくるって人もいるんだなって思ったが)この本は、昔つきあった彼女が好きな小説ってなに?の答えにあげた、江國香織の「きらきらひかる」と一緒に買った。先に「きらきらひかる」から読み彼女の感性や考え方を理解して、彼女に少しでも近づこうとしたけど、それからすぐに別れてしまった。うまくいかない予感をさせるはじまりかただったから、あっけなく彼女との関係は終わってしまった。もともとそんな恋だったのだ。
それからずっと、今までこの「つめたいよるに」は積ん読(つんどく)状態で机の上に放ってあった。「きらきらひかる」のあらすじや、それを読んで想ったことはもう忘れてしまっていて、江國香織の文体やらなんやらもすっかり忘れた状態で読み始めたのだが、こんなに素敵な瞬間や情景をこんなにきれいな言葉でつづる人だとは思わなかった。
ただひたすら文章をよみすすめるだけで、彼女の世界にはまれた。そんな作品に出会ったのは久しぶりだったので、少し興奮すらしている自分がいる。
21の短編が入っているのだが、どれを読んでも「飽きた」と思う作品がないのがびっくりだった。
また一人はまってしまう作家に出会ってうれしい反面、本棚のスペースを考えると気分が重くなる、でも買っちゃうんだろうなぁっていう作品でした。
2005年10月03日
袖すりあうも他生の縁-清水義範
「袖すりあうも他生の縁」
清水義範

眠れなくてついつい読んでしまいました。清水義範の本は止まらなくなるから、寝る前に読んじゃいけないのに・・・
この本では、いろいろな人間関係に焦点をあてて、日常のささいなできごとがストーリーになっています。こういう観察眼をもっている人の話って飽きないなぁって再確認させられた作品でした。
日常の何気ない瞬間を描いた作品は本に限らず、映画、ドラマなど好きなものが多いです。
昔、繁華街からちょっと外れた細い通りでカップルが初めて手をつなぐ瞬間(勝手にそう思いこんでるだけかもしれないけど)を見たことがあります。夕方、これから飲みに行こうと思って歩いていたら前から初々しい高校生ぐらいのカップルが歩いてきて、彼のほうが
「手をつなぎたい!つないでも大丈夫かなぁ」
って顔をしていて、彼女は
「そろそろ手をつないで歩きたいわ」
というような顔をしていました。
そしたら、彼がおもむろに彼女の方に手を伸ばして空中をなでるような仕草をしていました。男ならわかると思うけど、初めて手をつなぐときって緊張して
(つなぎたかったわけじゃないけど、手が触れちゃったからしょうがないから手をつないだだけだよ)
ってことを演出してしまう気がします。
見事彼女の手を捕まえた彼は誇らしげな顔をして、捕まえられた彼女は恥ずかしいやらうれしいやらって顔をしていて、見ていたこっちは幸せな気分を味わえました。人の幸せをみるとついつい幸せになってしまうことってありませんか?
そんな日常の瞬間って素敵ですね。

眠れなくてついつい読んでしまいました。清水義範の本は止まらなくなるから、寝る前に読んじゃいけないのに・・・
この本では、いろいろな人間関係に焦点をあてて、日常のささいなできごとがストーリーになっています。こういう観察眼をもっている人の話って飽きないなぁって再確認させられた作品でした。
日常の何気ない瞬間を描いた作品は本に限らず、映画、ドラマなど好きなものが多いです。
昔、繁華街からちょっと外れた細い通りでカップルが初めて手をつなぐ瞬間(勝手にそう思いこんでるだけかもしれないけど)を見たことがあります。夕方、これから飲みに行こうと思って歩いていたら前から初々しい高校生ぐらいのカップルが歩いてきて、彼のほうが
「手をつなぎたい!つないでも大丈夫かなぁ」
って顔をしていて、彼女は
「そろそろ手をつないで歩きたいわ」
というような顔をしていました。
そしたら、彼がおもむろに彼女の方に手を伸ばして空中をなでるような仕草をしていました。男ならわかると思うけど、初めて手をつなぐときって緊張して
(つなぎたかったわけじゃないけど、手が触れちゃったからしょうがないから手をつないだだけだよ)
ってことを演出してしまう気がします。
見事彼女の手を捕まえた彼は誇らしげな顔をして、捕まえられた彼女は恥ずかしいやらうれしいやらって顔をしていて、見ていたこっちは幸せな気分を味わえました。人の幸せをみるとついつい幸せになってしまうことってありませんか?
そんな日常の瞬間って素敵ですね。
2005年10月02日
ショートショートの広場10-阿刀田高編
「ショートショートの広場10」
阿刀田高編
元々、電車一駅分で読み終われる、ショートショートが好きで、星新一なんかはよく読んでいました。
これは、雑誌に投稿・掲載されたショートショートを集めた本のようです。
全体的にオチがわかりやすく、結末がみえてしまう話しが多かったのはやはり素人の作品だからでしょう。
その中でも、気に入ったものをピックアップ!
多重人格・・・結局現実の社会でもこうやって、役割を演じているんじゃないかと考えさせられました。
かくれんぼ・・・ショートショートなのに、ほろっとさせられてしまった。まぁこれは自分の経験に左右されることでもあるのかも・・・
雨男・・・彼女のためにここまでするとは・・・とおもいこわくなった。
生中継・・・吹き出してしまいました。
1/3・・・これはおもしろかった。割り切れないものがあるのが人間なんだなぁとあらためて思ってしまった。数学的考え方と人間の感情をここまでリンクさせたアイデアが好きでした。
さて、今日は何を読みましょうかねぇ
元々、電車一駅分で読み終われる、ショートショートが好きで、星新一なんかはよく読んでいました。これは、雑誌に投稿・掲載されたショートショートを集めた本のようです。
全体的にオチがわかりやすく、結末がみえてしまう話しが多かったのはやはり素人の作品だからでしょう。
その中でも、気に入ったものをピックアップ!
多重人格・・・結局現実の社会でもこうやって、役割を演じているんじゃないかと考えさせられました。
かくれんぼ・・・ショートショートなのに、ほろっとさせられてしまった。まぁこれは自分の経験に左右されることでもあるのかも・・・
雨男・・・彼女のためにここまでするとは・・・とおもいこわくなった。
生中継・・・吹き出してしまいました。
1/3・・・これはおもしろかった。割り切れないものがあるのが人間なんだなぁとあらためて思ってしまった。数学的考え方と人間の感情をここまでリンクさせたアイデアが好きでした。
さて、今日は何を読みましょうかねぇ
幽霊作家は慶応ボーイ-中原一浩
今日読んだ本の感想をば
今日は「幽霊作家は慶応ボーイ」
中原一浩を読みました。
なんだか、小学生の読書感想文のかきはじめみたいだ・・・
途中までテンポよくすすむのに、最後がどん詰まりって感じで残念でならなかった。
ゴーストライターの裏側やら集英社の裏側がかいま見れてよかったかなと思う。
今日は「幽霊作家は慶応ボーイ」
なんだか、小学生の読書感想文のかきはじめみたいだ・・・途中までテンポよくすすむのに、最後がどん詰まりって感じで残念でならなかった。
ゴーストライターの裏側やら集英社の裏側がかいま見れてよかったかなと思う。
初めまして
初めまして、こんばんは。
kbbと申します。
今日からブログを書き始めたいと思います。
毎日の読書の記録にしようとおもっておりやす。
ブログ初体験なので、どうなることやら・・・
写真を載せたいんだけど、載せられるのかしら・・・
やりかたがわからん・・・
ということで、またあした。
kbbと申します。
今日からブログを書き始めたいと思います。
毎日の読書の記録にしようとおもっておりやす。
ブログ初体験なので、どうなることやら・・・
写真を載せたいんだけど、載せられるのかしら・・・
やりかたがわからん・・・
ということで、またあした。



