「日本語の乱れ」
清水義範

言葉、特に日本語をテーマに書かれた短編集。タイトルを見るとみごとに昨今の日本語ブームに乗っているようだが、単行本としての発売が2000年だからブームよりも前に書いたものみたいです。こんなタイトルついてるけど、清水義範は今の日本語ブーム特に「正しい日本語」ってやつに批判的な立場からこの小説集を書いている。
社会学的考察によると(社会学なんてよくわからないけど)日本語ブームは周期的におこって、それは不況時に行き詰まりを感じたマスコミ・国民が今のままじゃだめだってんで、自己を見つめ直すときに起こるらしいです。自己のアイデンティティを一番確認しやすいのが自分が今話している言葉ってことで、日本語を見つめ直そう、今話している日本語は正しいのか?世代間で使っている言語が異なるのはおかしいなんて議論になって「正しい日本語」を使いましょう、「正しい日本語」とはこんなんですよ、なんて風潮になって日本語ブームは起こるらしいです。
でも、果たして「正しい日本語」なんてのは存在するのでしょうかね?話し手(発信者)が発話して、それを聞き手(受信者)が理解・解釈できた時点でその言葉は意味を伝えるという機能は果たしているのだから、言葉としては十分なはずです。もちろん、理解・解釈するのにかかる労力が高いもの、例えば最近よくみかける著しく読みにくい字、いわゆるギャル文字と呼ばれるもの(キリル文字などをひらがなや漢字に見立てるやつやなんでかしらんけど小さくできる文字は小さく書くってやつ)を使って書いてあるものや、よくわからない略語などは意味が通じないという点で「正しくない」と言えるのかもしれませんが、「ほとんど」は否定の意味にしか使えないとか「ら抜き言葉」がおかしいとかってのはどうなんでしょうね。だってちゃんとコミュニケーションとれているでしょ。
最近テレビで正しい日本語をクイズの題材としているものが多く、先日見たのだけれど、そのクイズの問題に漢字の書き順の問題が出ていたのです。確かに文字を美しく書くために先人たちは漢字の書き順を考え出しました。別に芸術としての書道は否定しません。でもそれを「正しい」、だからこの通りにしなさいというスタンスで作られた番組に違和感を感じてしまうのです。山茶花(サザンカ)という花の名前、漢字と音が合っていませんよね。これって元々はサンザカって名前の花だったらしいですよ。それが自然な音変化を起こしてサザンカになったそうです。でも現代の人で元々サンザカなんだからサザンカはおかしいって言う人はいないですよね。
言葉は常に変化しているものだし、それを大多数が受け入れた時点でそれは正しい言葉になるのに、歴史をひもといてそんな意味で使ってこなかったなんて議論が果たして有用なんでしょうかね?昔どっかで読んだのですが、元々日本には文字がなく、話し言葉だけだったそうです。中国から漢字を輸入してそこからひらがなとカタカナが生まれました。平安時代に女性によって生み出されたそうです。今のギャル文字も将来同じ経過を辿る可能性はあるのではないか?とその人は言っていたと思います。確かに、自分が読めない文字が流通するのはとても怖ろしいことだと思うけれど、それが流通するのなんて何百年単位の話しだと思うし、言語文化は緩やかにしか変化しないのだからそこまで目くじらをたてることもないと思うのだけれどねぇ。
とここまで書いてきたけれど、僕自身は略語ってものをなるべく使わないようにしています。使ってしまうこともあるけれどね・・・。もちろん誰かが使ったのが理解できれば、それに対して文句を言うようなことはしないけれど自分自身が使う気にはなれないのです。もうすぐ日本中でメールの文面で飛び交うであろう「あけおめ」や「ことよろ」なんか自分では使わないでしょうね。でも「ことば」に興味がある僕としては結構注意して観察しています。最近日本語で、特にそんなの略す必要ないのに略されている言葉が多いとおもいませんか?「よろしく」を「よろ」とかね。それってメール、特に携帯電話のメールを打つのがめんどくさい人が労力を減らすために意味が通じるところでやめた結果意味が通ればいいやなんてので増えてきてるんじゃないかなって携帯電話のメールを打つのに疲れを感じながらこのあいだ思ってみました。
以前聞いておもしろいなぁって感心した略語が
「まじょたく」→「魔女の宅急便」
ってのでした。みなさん意味わかりますか?文脈があれば理解できるかもしれませんね。そうそうジブリ作品のあのタイトルですね。略語ってよく使うから短縮されていくようなイメージがありますけれど、「魔女の宅急便」を含む発話なんて年に何回するのでしょうかね?もしくは何年かに一回、新しいジブリ作品が公開される直前に過去の作品をテレビで一挙放映なんてときにしか使わないと思います。でも、使ってしまうし、意味も理解できるってところが言葉を研究するおもしろさの一つかななんて思っています。
まぁここまでだらだら書いてきて何が言いたかったかっていうと
こんな本が「6割正解したら安心」なんて、人の不安を煽るような宣伝をしているのが許せないってことです。