本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2006年03月31日

中国行きのスロウ・ボート-村上春樹

「中国行きのスロウ・ボート」 村上春樹

中国行きのスロウ・ボート三月ももう終わりですね。みなさまいかがお過ごしでしょうか?もう今年も1/4終わろうとしています。なんだか焦りを感じてしまうから春はおかしくなっちゃう人が増えるのでしょうかね。誰かが言ったように、春にあふれ出す「誕生」の雰囲気が空気中にあふれだして人間を押しつぶしてしまうから?

さて、またもや本とはまったく関係のない前置きをしてしまいました。古本屋でみつけた村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」。なんだか読んだことある気もするけど、なんだか記憶にないし、家の本棚でもみかけないなぁと思いつつ買ってきました。村上春樹の初期の、といっても「1973年のピンボール」のあとに書かれた4編と「羊をめぐる冒険」のあとに書かれた3編ですけど。

いくつかは読んだことがあって、いくつかは読んだことないものでした。具体的にいうならば、"中国行きのスロウ・ボート"、"カンガルー通信"午後の最後の芝生"は読んだ記憶があるけれど"貧乏な叔母さんの話""ニューヨーク炭坑の悲劇""土の中の彼女の小さな犬""シドニーのグリーン・ストリート"は読んだ記憶がなかったです。読んだことのあるやつは他の作品集に入っているんでしょうかね。

"貧乏な叔母さんの話"はなんだかとっても村上春樹的でしたね。ストーリーなんてほとんどなくて物事が動くこともない。だけど物語がちゃんとはじまってちゃんと完結している。久しぶりにこんな村上春樹的なものに触れた気がします。

"土の中の彼女の小さな犬"と”午後の最後の芝生"はなんだかとっても雰囲気が似ている気がします。どこがと説明はできないのだけれどね。どちらもその雰囲気というか流れる空気のようなものに浸ることができてとても嬉しくなる。

"シドニーのグリーン・ストリート"は羊男やら羊博士やらがでてきて、「羊をめぐる冒険」やら「不思議な図書館」とかを思い出させてくれる。私立探偵が羊博士によってとられた羊男の耳を取り返しに行く、というお話。かわいらしい「ちゃーりー」なんかがでてきて、「ちゃーりー」の「この人私の恋人なのよ。」の言葉に僕も一緒になってきゅんとなってしまう。

村上春樹とか、川上弘美とかはホントに文章を書く才能があるのだと思う。彼らの作品は読後に、なんか文章、手紙だろうがメールだろうが小説だろうが、を書いてみようと思わせてくれる。そして、実際に書いてみて彼らの文章には遠く及ばないことを自覚させてくれる。そういった点で彼らの文章はうまいのだと思う。書きたいことやそれらの雰囲気を簡単にわかりやすく、難しい言葉を使わずに伝える。簡単なように見えて、もっとも難しいのだろうな。






posted by kbb at 15:45 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 村上春樹

2006年03月30日

ニシノユキヒコの恋と冒険-川上弘美

「ニシノユキヒコの恋と冒険」 川上弘美

ニシノユキヒコの恋と冒険こんにちは。先日病院に行って待合室で名前を呼ばれるのをまっていました。その病院では個人情報保護の最近の流れに逆らってフルネームで患者さんの名前を呼びます。様々な名前の人がいて、それらにはそれぞれの誰かの思いが込められているんだなって思うとちょっと嬉しくなってしまいました。そのどれが欠けてもいけないなってね。だから番号で呼ぶような名前の欠けてしまう社会ってなんだかいやですね。

さて、その病院で二時間も辛抱強く待っていた間に読んでいた本、「ニシノユキヒコの恋と冒険」です。最近川上弘美ばっかり読んでいますね。なんだかついつい戻ってきてしまうんですよねぇ。ニシノユキヒコにまつわる女達がニシノユキヒコとの恋愛を語る連作短編集です。

ある人にとってはニシノさんであり、あるひとにとっては西野君であり、幸彦であったり、ユキヒコであったりニシノであったり。ニシノユキヒコは一人の人間ですけど、それぞれが見る顔、それぞれに見せる顔が少しずつ違うので十人それぞれが語るニシノユキヒコは少しずつ違う人間に見えてきます。別に意識的に見せる顔を変えなくてもそれぞれが見たい顔ってのはちょっとずつ違うのでこういうことってよくありますよね。

川上弘美はやっぱりうまいですよねぇ。十通りのニシノユキヒコのキャラクターがそれぞれちゃんといて、サイテーの男だって思うニシノもいれば、なんていい男なのかしらって思う西野君もいます。でも共通しているところもちゃんとあって、あぁ、同じ人なのねってちゃんとわかるようになっていますものね。

川上弘美はこの作品集でもいろいろなことを僕に教えてくれました。「あなたは他の人とは違うから」という言葉が女性にとって殺し文句であるとか、セックスとは親密な時間を作り、お互いの緊張を解いていく行為だとか、アンクレットはストッキングの上にするのではなくて、ストッキングの中にいれるものなのだとかね。

それぞれに、他の人と違うって言われると共感されていないようにも感じるから毎回毎回恋に発展するわけにはいかないんじゃないかしらとか、何回セックスしても緊張感のとれない相手もいるとおもうのだけれどとか、アンクレットをあんなぴっちりとしたストッキングの中にいれていたら肌に当たって痛くないのかしらとかって反論しちゃったのですけどね。

原田宗典の「優しくって少しばか」にアンクレットをつけた素敵な女性が出てきます。主人公と彼女が初めて結ばれた夜。彼がいざ彼女の足をひろげた時に彼女のつけているアンクレットが気になります。
「どうしてアンクレットをつけているの?」
「こうしておけばどっちが右足かすぐにわかるでしょ。」
この文章を読んでから、アンクレットをつけている女性に必ず同じ質問をしているのですけど、同じ答えをくれた人はいませんでしたね。ベッドの上のあの空気の中でしか言えない答えなのかもしれませんね。

もちろん西野君にもいろいろと教わりましたよ。自分は好きだけど、相手が自分のことをどう思っているかわからない。でもどうしても会いたい。そんなときはそれを素直に言えばいいんだってね。電話をかけて

ずっと会ってなかったからなんだかつまらなくて。会いたいんだ。もしかしたら、僕のこと、そんなに好きじゃないかもしれないけど。


この素直さが恋愛には一番大切なものなかもしれませんね。と、わかってもやっぱり言えませんよ、こんな言葉。「私のことどう思ってるの?」に匹敵する最後通告な気がしちゃってね。

posted by kbb at 12:43 | 東京 ☀ | Comment(4) | TrackBack(2) | 川上弘美

2006年03月29日

泳ぐのに、安全でも適切でもありません-江國香織

「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」 江國香織

泳ぐのに、安全でも適切でもありませんこんにちは。このあいだね。友人と話していたんですよ。デリカシーとデリケートはきっと元々同じ言葉の形容詞と名詞だからデリケートな人はデリカシーがあるんだよ。だから僕はデリケートだからデリカシーはちゃんとあるね、と。そしたらその子にあんたはデリケートじゃなくて、デリートだよって言われちゃいました。ショックです。

こんな世の中なので江國香織の「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」を読んでみました。江國香織がアメリカの海岸で、日本でなら「遊泳禁止」を書かれているであろう看板に書かれていた言葉を見つけました。

"It's not safe or suitable for swim"


こんな言葉からこの一冊の短編集ができあがっています。英語を見たときに「安全でも適切でも」よりも「安全でも快適でも」って訳した方がうまくいくんじゃないかしらなんて思ったのですけど、まぁそれは作家さんのイメージのふくらませ方ですからしょうがないですよね。でも、この看板すごい素敵じゃないですか。とってもアメリカ的だとも思うのですけどね。ちゃんと忠告もしたから、あとは勝手にやってくれ、責任はとらないぞ、って感じでね。でも、こうとも捉えられると思うんですよね。泳ぎたいなら泳げばいい。でもそれは誰にも止められないぞ。禁止することもすすめることもしない。だって泳ぐのは自分なんだもん。監視することはないけれど、遠くで見守っているから好きにしなさい。ってね。ちょっとこれはポジティブに捉えすぎですかね。

でもこんなイメージをもちたくなるような小説集なんですもの。
この本、なんだかタイトルを見て勝手にエッセイ集なんだろうなって思っていて、だったら手に取ることもないだろうなって決めてかかっていたのですけど、このあいだ本屋さんでたまたま見つけて手にとってみたら短編集だったんですね。ちょっとびっくりしたのと、うれしくなったのとないまぜの気持ちになって思わずレジに持っていってしまいました。

タイトルもいいのですけど、表紙がまたなんだか面白いんですよね。ただの歩道と車道と信号と並木。なにげない光景なんだけど、信号が黄色なんですよね。こういうときって赤とか青とかにするんじゃないのかしら、なんで黄色なんだろうってちょっと気になり始めるといろいろとイメージをふくらますことのできる表紙ですね。

もちろん十個すべての短編がなんだか心地よく感じられる小説だったのですけど、あとがきの江國香織の言葉がすごい好きでした。

人生は勿論泳ぐのに安全でも適切でもないわけですが...

瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、私はやっぱり瞬間を信じたい。SAFEでもSUITABLEでもない人生で長期展望にどんな意味があるのでしょうか。

たしかに瞬間の集積が時間なんですよね。だからこそこの瞬間を大事にしなければならないはずなのに、下らない先のことばっかり考えてしまっていつまでもその瞬間を楽しめない。なかなか考えさせてくれる言葉ですね。

僕の個人的趣味なんだろうけど、うまいなぁ、また読みたいなぁって思う作家さんにしろ、また聞きたいなぁって歌の作詞家さんにしろ、とっても瞬間を切り取るのがうまい気がするんですよね。その瞬間を言葉にして表現して描写してそうやって文章が生まれる。そんな文章にいつまでも接していたいなぁって思うんですよね。その瞬間をを切り取るとなるとどうしても短編になってしまうのはどうしようもないですよね。

他にも"うんとお腹をすかせてきてね"の中の

女は、いい男にダイエットをだいなしにされるためにダイエットをするのだ。


とか面白い言葉がいっぱいある作品集でしたよ。



posted by kbb at 12:26 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 江國香織

2006年03月28日

F-落第生-鷺沢萌

「F-落第生」 鷺沢萌

F-落第生おもしろい記事を見つけました。

刷り込みホルモンを発見 「惚れ薬」開発に道これは嘘ニュースです

--------------------------------------------------------------------------------
 幼鳥が孵(ふ)化して初めて見たものを「親」と思うようになる刷り込み(インプリンティング)に関するホルモン生成の仕組みを解明したと、18日、アメリカのプロンストン大学の研究グループが発表した。

 動物実験の結果、このホルモンを摂取した動物は鳥と同じような刷り込み作用を受けることがわかり、応用すれば「惚れ薬」の開発にもつながるという。研究結果は25日付の米専門誌「インクレディブル・サイエンス」電子版に掲載される。

 プ大の研究グループはMRI(磁気共鳴画像法)によって、孵化したひよこが初めて物を見たときの脳の活動状態を調査。その結果、大脳視床下部の「R3」と呼ばれる受容体が強く反応することがわかり、この受容体に干渉するホルモンが刷り込み現象を起こしていると考えた。この結果に基づき、グループはひよこ3万匹分の脳から刷り込みに関するホルモンを1mg精製することに成功。これを「チャーム・ホルモン」と名づけた。

 研究グループによると、チャーム・ホルモンを経口摂取すると、約2時間後に睡眠作用が起こり、次に目が覚めたとき最初に見た物体を「親」だと認識するようになるという。動物実験の結果、イヌ、サル、キジでこれらの作用が確認されており、近く人間を対象にした臨床試験も行う予定。
 研究グループでは、人に対する実験が成功した場合、古くから試行錯誤されてきた「惚れ薬」を実現する第一歩になるとしており、近く学内ベンチャー企業を立ち上げる予定だという。

▽日本ひよこ党党首・ひよこ氏の話
 ひよこの大量虐殺につながる実験には断固反対する。

【用語解説】:「刷り込み(インプリンティング)」
 動物の生活史のある一瞬に、特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する現象。特にガンやアヒルなど鳥類の孵化後まもなくに見られ、親鳥を親と認識する本能行動と関連していると、動物行動学者コンラート・ローレンツは指摘している。(参照

惚れ薬、ほしいですねぇ。どうやって飲ますのかがポイントですけどね。一昔前のお酒に目薬みたいな感じで飲ませるんでしょうかね。でも一緒にお酒を飲みに行った時点で自力でなんとかできそうな気もしますけどね。

さて、そんなことを考えてしまうから人生の落第生になってしまったようなkbbですけど、まさにそんな人にぴったりのタイトルの本を読みました。鷺沢萌の「F-落第生」です。failの頭文字ってことで不可ってことらしいのですけど、うちの大学ではEが不可だったんですけどね。ロシア語の授業で二年連続で不可を取ったのでよく覚えていますよ。一年目であきらめておけばよかったのにね。

さて、最近鷺沢萌の作品に出会ったわけですけど、2冊目のこれもやっぱりよかったですね。7つの短編が収録されています。こういう文章大好きですよ。女性をとっても魅力的に描いてくれるのだもの。もっと早く出会いたかった作家さんですね。人生で「F」をとってしまったような女性達の物語ですね。「F」でもいいじゃん。「F」の方が結果オーライのときもあるよみたいな気分にさせてくれる作品集でしたね。

でもね、読んでいて想ったんですけど、彼女達、落第してるなんて子ばっかりじゃないんですよね。今の時代の言葉で言えば「負け組」なんだろうけどぜんぜん、それぞれに魅力的でそれぞれにそれぞれの場所でがんばっていて、ちょっとうまくいってないだけなんですよね。鷺沢萌さんが女性を描くのがうますぎるから、落第生のイメージをもてないのかしらね。それとも僕がこういった女性の方が好きなだけなのかしらね。

"シコちゃんの夏休み"ってのもシコちゃんはとっても魅力的で、ちょっと人と違った人生を生きているのだけれど、まだまだ取り返せる場所にいるしね。周りの人に邪魔されつつそれにくじけそうになっているけど彼女なら絶対負けない気がするしね。

"重たい色のコートを脱いで"の作品の女性が一番魅力的だったかしらね。仕事にがんばって生きていて恋人とはすれ違いの生活をしてしまう女性だけれど、そんな女性を包み込んでやれない男なんてこっちから願い下げだなんて気持ちでいて欲しいですよね、女性には。

tsukikoさんのところで知ったのですけど、鷺沢萌って2004年に35歳で亡くなっているんですね。もう新しい作品が読めないのが残念です。幸いたくさんの作品を残しているようなので、しばらくはどっぷりはまれそうですね。

posted by kbb at 09:56 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 鷺沢萠

2006年03月27日

空中ブランコ-奥田英朗

「空中ブランコ」 奥田英朗

空中ブランコ昨日は友人の卒業祝いで飲んできました。はかま姿の写真も見せてもらったのですけど、馬子にも衣装というか、女の子のはかま姿はキレイですよね。で、ちょっと調子にのって日本酒と焼酎とビールを一緒に飲んでいたら二日酔いというか、今でも頭がぐるぐるまわっています。きっと未だに酒臭い息をしているんだろうなって思うと、今日病院に行かなきゃいけないのに困っちゃいますね。というわけで、今日の記事が支離滅裂な内容でも許してくださいね。え?いつもそうだって?ああ、そうですか。すみませんね。

えっと、tsukikoさんの「株も読書も恋人も」で紹介されていて、おもしろそうだなって思ってたのを読んでみました。奥田英朗の「空中ブランコ」です。奥田英朗の作品は初めて読んだけれど、読みやすくていいですね。一回も本をおかずに夢中になって読んでしまいました。久しぶりにもっと読みたい、この本の世界にいつまでもいたいって気持ちになっていました。この本、おもしろいのが全編が伊良部先生が主役なのに、患者側の視線から書かれているんですよね。だから伊良部先生が何を考えているかは読者としてはさっぱりわからない。なのに患者と同じようになぜかしらないけれど伊良部先生にどんどん惹きつけられてしまう。

伊良部総合病院の神経科は地下にあります。薄暗い廊下を通って進んでいくとやっと診察室が見えてきます。そこの扉をあけるとそこにはでっぷりと太った乱杭歯を見せるように大きな口をあけて笑顔をみせる伊良部先生とそこに似つかわしくないミニの白衣を着て、見せるかのように胸を大きくひらいたマユミちゃんがいる。

そこにやってくるのは飛べなくなった空中ブランコ乗りや先端恐怖症でサングラスのつるですらみられなくなったヤクザ、一塁にボールを投げられなくなったプロの三塁手、義父のかつらをむしりとりたくてしょうがない医者、新しい作品を書こうとするたびに過去の自分の作品で使ったアイデアだと思ってしまって自分の全作品を確認せずにいられない流行作家なんかです。

僕は女性作家のやつが一番好きでしたね。なんだか彼女たちの悲哀というかつらさがよく伝わってきます。奥田英朗もそうやって創作してるんですかね。

今やったら大変なことになるのだろうなってことをつい想像してしまうことがあります。渋滞のただ中でアクセル思いっきり踏み込んでみたりとかね。そんなことを想像し始めるとその想像から逃れられなくなり手を叩いて大きな音を出したりしてその考えを頭から追い出すようなことをしています。はたからみたらおかしな人に見えるんだろうなって思いますけどね。強迫症の一種なんでしょうかね。

診察室に入ると、まずビタミン注射を打たれます。これは伊良部先生とマユミちゃんの趣味ですね。それを除けばとってもいい先生というか人間なんですよね、伊良部先生ってのは。おおざっぱでいい加減だからみんなからは疎まれているようだけど、明るくてなんでも楽天的に考えられてついつい惹きつけられてしまう魅力がありますね。こうやって生きていけたら人生楽しいのだろうなって感じの生き方ですね。

こんな二日酔いのときに、伊良部先生にビタミン注射を打ってもらうと楽になれるんだろうな。でも、注射を見ただけで震えちゃうほど嫌いなのでムリですね。こんな時は太陽の下にでて光合成すればいいんですよね。幸いこんな広告がでるほど桜が見頃のようですから。って、千代田区はこんなこともやってるんですね。見つけたとき、なんだかうれしくなっちゃいました。こういうことに税金使われるのなら文句無しですね。


P506iC0004849975.jpg

posted by kbb at 09:53 | 東京 🌁 | Comment(8) | TrackBack(1) | 奥田英朗

男と女、本の好みはどれだけ違うのか?

というおもしろそうなアンケートを読者大賞blogさんのところでやっているのでみなさんもよかったら投票してみてください。

見たところ、男女の作家の好みはだいぶ違うみたいですね。男女とも川上弘美の票が伸びていないのが残念です。

男女別好きな本アンケートの方は、新刊本をあまり読まないので、うまくうまく答えられなくて残念でしたね。

男女別アンケート
posted by kbb at 07:47 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2006年03月26日

あるようなないような-川上弘美

「あるようなないような」 川上弘美

あるようなないような10年ぐらい前まで、ベランダからお墓の見えるところに住んでいた。生まれ育ったところがお寺ばっかりあるような寺町に住んでいて、今まで寺町の中を3回引っ越したのだからベランダからお墓の見えるところに住むなんて当たり前のことだった。そのマンションに行くには小学校の通学路通りに行くならば、人が二人やっと並んで歩けるような細い道を通る必要があった。片方はコンクリートの壁、片方は向こう側が透けて見えるようなフェンスだ。その両方とも向こう側はお墓だった。そんな風にお墓が身近にあるような子供時代だった。

けれども、もっとお墓を身近に感じていたのは、小さい時から毎年、年に3回母親に連れられて多磨霊園のお墓にお参りをしていたからだ。春と秋のお彼岸と命日のクリスマスイブ。しかも、それは僕の会ったこともない、お兄ちゃんのお墓だった。今考えればおかしいことだけど、そのお墓参りに父親が一緒に来ることは滅多になかった。記憶にあるだけで、一回か二回ぐらいしかなかっただろう。そう、父親違いの兄なのだ。写真でしか見たことないけれど、6歳でなくなったらしい。

そのお墓参りを遠足に行く時のように楽しみにしていた。出発前に車にほうき、ちりとり、園芸用のはさみと新聞紙を用意する。多磨霊園につく前に花屋さんによってお花を買う。そんな非日常の出来事が起こる予感をさせてくれる準備がちゃくちゃくとすすんでいく。お墓についてからまず最初に会ったこともないし、顔も覚えていないような兄になんて言えばいいのだろうか、お願い事でもすればいいのかしら、なんて思いながら手をあわせる。それからもくもくとお墓を掃除する。落ち葉を集めて、墓標を濡れたぞうきんでよく磨く。そこからがお墓参りのクライマックスだ。

集めた落ち葉を一カ所に集めて、ついでに、他の人のお墓からでて、お参りに来た人が掃いて所々に集めてある落ち葉も一緒にして、新聞紙に火をつけて落ち葉焚きをする。最初は湿っていたり、まだ青い葉っぱかなんかでなかなか火がつかないのだけれど、いつのまにかぱちぱちと落ち葉がはぜる音が聞こえてくる。そんな音を最初に聞きたいがために火をつけさせてもらったことも何回もあった。そんなわけでお墓には悪い印象はない。むしろお墓参りと聞くとわくわくとすらする。

そんな風にお墓に対してわくわくしていたことを川上弘美の「あるようなないような」にある文章を読みながら思い出していた。川上弘美もお墓を嬉々として見て回るらしい。

この作品集は様々な媒体に載せられたエッセイをまとめたものだ。またエッセイを読んでしまった。やっぱり恋をしているみたいですね。頭の廻りが悪くて、おまわりさんに不審人物扱いされて、あなたの歳だったら女性の一人暮らしでも大丈夫でしょうなんてセクハラまがいのことを言われたり、学生時代の作文の授業が嫌いで、ずっと弟の赤ん坊の時のことばっかり書いていたけど、高校の修学旅行の京都を題材に書かなければいけなくなりそのとき初めて創作を書いたことなんか書いてあって、彼女の魅力が十分に詰まった一冊でした。

僕も小学校の時の作文の授業ってやつがとっても苦手で、「家でのお手伝い」という題で書かなければいけなくなって、やったこともないお風呂掃除を題材に想像でお風呂掃除している自分を創作したのだけれど、それが校内紙に載ってしまって、こんなんでいいの?なんて思ったりしていました。

川上弘美の作品を読むとなんだか無性におなかがすくんですよね。それもお寿司じゃなくてちらし寿司だったり、天ぷらじゃなくて天丼だったり。自分でつくって自分で、おいしそう、なんて独り言をいいながら食べたい。豚のショウガ焼きだったり、焼き魚だったり、なすのおひたしだったり。だんだんこの文章を書きながらも思い出して、おなかがすいてきました。

それとともになんだか久しぶりに母親のお墓に行きたくなってきた。歩いて10分ぐらいのところにあるのに、最近は命日の日にしか行ってなかったからなぁ。今から散歩がてら行ってきますね。





posted by kbb at 12:29 | 東京 ☀ | Comment(6) | TrackBack(0) | 川上弘美

2006年03月25日

十の恐怖

「十の恐怖」 常盤朱美 森真沙子 井上雅彦 五代ゆう 篠田真由美 飯野文彦 斎藤肇 小林泰三 朝松健 竹河聖 赤川次郎

十の恐怖おはようございます。このあいだ夢を見たんです。ネズミに命令されていて、あれをもってこい、これをもってこい、って言われているんです。最初なんだかこわいなぁって思って言うことを聞いていたんです。でもだんだん慣れてきて、実はすごい弱気なネズミだってことに気付いちゃって揚げパンもってこいって言われているのに茶色の靴を持っていったりしてね。それをそのネズミは喜んで、揚げパンだと思って受け取ってるのを見て逆に喜んでたりしてたんですよ。ネズミと人間の化かし合いって感じでしたね。

さてさて、ホラーアンソロジーの「十の恐怖」を読みましたよ。小林泰三とか赤川次郎とか読んだことのある人の作品とかも入っていて、たまには怖いのも読んでみよう、昼間読むのなら大丈夫だよなんて自分に言い聞かせて手に取ってみました。最初びくびくしながら読んでいたのに、あんまりこわくなかったのは冒頭の夢に似ている気がします。

十にまつわる恐怖の物語が十一収まっています。おしいですねぇ。欲張らずに十にまつわる十の物語にすればよかったのに、なんて思ってしまいました。文庫本になったときに一つ増えたのかしらなんて思ったのですけど、単行本の時から十一だったみたいですね。なんだかもったいない。

舞台はといえば、近未来あり、現代あり、歴史ものありといろいろと味わえますね。十一人中井上雅彦と斎藤肇の二人が、星新一ショートショートコンテストの入賞で作家になっているのですけど、ショートショートのうまい人はどんな小説を書いてもうまいなぁって再確認してしまいました。導入からキャラクターが良く描写してあって、ちゃんとラストで落としてくれるんですよね。この二つの作品を読めただけでもこのアンソロジーを手に取った価値があるかも。

五代ゆうの"十環子姫の首"には小さな生き物をこよなく愛して、邸じゅうに生き物がいるような生活をしている若君がでてきます。なんだか「虫愛づる姫君」みたいだなって思っていたのですけど、その若君の言葉がおもしろいなって思いました。

(心のない畜生は)嘘を知りません。ごまかすことをけっしてしません。餌をやるものにはなつき、蹴飛ばすものには牙をむきます。人はそうはいきません。

なんだかかわいそうですね。こう思っちゃうのって。だからこそ人間はおもしろいとも思うのですけどねぇ。うちのミニチュアダックスのボビー君なんてかわいくないですよ〜。だって僕の言うこと全然聞かないのですもの。それでいて、かまってほしいときだけ甘えてくるなんて。とっても人間らしいですよね。どっかの女の子みたいだ。まったく困ったものです。


ボビー
       ミニチュアダックスのボビー君
posted by kbb at 08:52 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2006年03月24日

失恋-鷺沢萌

「失恋」 鷺沢萠

失恋おはようございます。春になったのにまだまだ寒いと思っていたら心が寒かったんですね。ってこんなこと言ってるから「あんた、痛いよ」って言われちゃうんでしょうね。

そんな心の寒さも乗り越えて今日も本を読みましたよ。そのタイトルはなんと「失恋」。あまり気に入ったタイトルじゃなかったのですけど、以前「贅沢な恋愛」の鷺沢萠(さぎさわめぐむ)の解説の文章を気に入ったので読んでみようと思っていました。やっぱり最初は短編集ということで本屋さんの書棚から彼女の短編集を探したらこれしかなかったのですよ。やっぱりどんぴしゃりでしたね。ひさびさにわくわくしながらページをめくれる作家さんに出会いましたよ。

失恋をテーマにした、"欲望""安い涙""記憶""遅刻"の4つの作品が収録されています。どの作品も

そんな男やめちまえ

って叫びたくなるような男ばっかりでてくるのですけど、好きになっちゃったらどうしようもないんでしょうね。しっかりと相手も自分も見えているのに、やめられない恋。その壁にぶつかりながら乗り越えていくようなお話でしたね。

"記憶"の主人公だけ男性なのですけど、信吾と勢津子は一年ぐらい前のある日偶然同じバーに居合わせたところから仲良くなります。そんな信吾が勢津子に恋心を抱き、しかし自分の気持ちを伝えることができません。

勢津子のほうにはそんな気持ちはない場合を考えると、怖いのだ。傷つくのが怖いのではない。ふたりのあいだに妙なしこりができて、もう会えなくなるのが怖いのである。


って、この場面を読みながら想ったのですけど、これって異性を友達と見られる人特有の考え方なんだろうなて。その友人を喪うのが怖くて自分の気持ちを伝えられない。その友人を喪うぐらいなら自分の気持ちを隠して、その気持ちを押さえ込んででも、今の関係を保ちたいって思っちゃうんでしょうね。

4つの短編の中で一番面白かったのは"記憶"でした。情報学科の博士課程にいる樹子(みきこ)は政人(まさひと)とつきあっています。樹子は携帯電話のショートカットダイヤルやグループ登録機能を全部使いこなし、まわりにある電気製品のデジタル時計は正確に合わせておく。「機能の無駄遣いが嫌だから」というような女性です。でもその政人がどうしようもない男で樹子と同じような関係の女性がいくにんもいて、すべての女性が彼にとってなんらかの得をもたらすような女性達ばかりなのです。車をもっていたり、パソコンが得意であったり、もしくは女性の中では果てることのできない政人のために口ですることができたり。そんな男とつきあっていちゃだめってのは樹子にはよくわかっているのですけど、どうしてもやめられない。そして、ある日政人の新しい女の子から突然電話がかかってきて、クダラナイ男だったんだってわかってしまいます。そして次に会った時に樹子は政人に復讐と政人のクダラナサを確認するために・・・。

その復讐の仕方ってのがまた精神的につらいものですね、男にしてみれば。背中を刺された方がよっぽどいいやってぐらいのものです。その後にキスするのですらいやなのに、そんなこと想像すらしたくないですもの。しばらくは見たくなくなりますね。って読んだことない人にはさっぱりの内容になっちゃいましたね。でも、ここが一番のクライマックスなのでネタバレしたくないのです。お許しを。

とまぁ、鷺沢萌はしばらくはまりそうです。ブックオフで鷺沢萌の本をたくさん抱えていたらkbbさんですので、お見逃しを。

posted by kbb at 05:31 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 鷺沢萠

2006年03月23日

昔の恋人-藤堂志津子

「昔の恋人」 藤堂志津子

昔の恋人おはようございます。このあいだおもしろいものを見ました。カップルが歩いていたのですけど、その向かい側から女の子が歩いてきました。すれ違いざまにカップルの女の子の方が歩いてきた女の子に向かってなんだかライバルでも見るかのように睨みつけていました。彼女の中にどんな気持ちがわき上がったのかはわかりませんけど、なんだかすごいものを見てしまったような気がします。女の子ってこわいですね。

さてさて、贅沢シリーズで気に入ってしまった藤堂志津子の作品を手に入れてきました。いくつか並んでいたのですけど、最初は短編集からということで、4編の作品が収録されている「昔の恋人」という作品です。タイトルがちょっと気に入らなかったのですけど、他のはどれも長編だったのでこれにしました。

さすが、贅沢シリーズで読んで気に入っていただけあって、どれもこれも楽しく読めました。これだったら長編でも良かったんじゃないかしらって思ってしまいました。

今回、彼女の作品を読んでいて、彼女は必ずその物語に初めてでた人物については名前にふりがなが振ってあることに気付きました。これって読者が物語を読みながら、頭の中でイメージをつくりあげるときに大切なことだと思いませんか?例えば紀子って名前の人でも「きこ」と「のりこ」じゃ全然できるイメージが違いますものね。

"昔の恋人""浮き世""貴石""魔法"の四編が収まっているのですけど、どれも30代後半から40代の女性が昔の恋人と出会うお話です。女の人もこんなに昔の男のことを覚えているものなんですね。彼女たちは自分の過去をふっきるために、今の自分をふっきるために昔の恋人に会いに行きます。それがいい方に転んだ人もいるし、いなかった人もいる。もちろんどっちつかずの人もいましたけどね。

"貴石"にちょっと男性には耳の痛い言葉があります。

惚れた女を見る男の目っていうやつは、いつだってさもしいものだよ。おどおどと自信なさげで卑屈で、物欲しげで・・・

自覚がある分なんだか目を背けてしまいたくなる言葉ですね。ほんとにその通りなんですもの。手に入らなければ入らないほど、どんどん卑屈に物欲しげになってしまって、そんな目で見られた女の子は気分がいいはずもなく、どんどん距離が開いてしまう。そうなったら余計さもしい目になる。って悪循環になるんですよね。こういう目を見せることなく惚れた女性を見られる人ってのが女性にモテる人なのかもしれませんね。

"浮き世”で結婚している和代が義理の妹の宇田子に向かって、ときめきがないと結婚してもだめよ、なんて話しをしているのですけど、最近そういえばときめいていないななんて確認、確認、再確認してしまいました。ときめくことがないとどんどん老け込んでしまうのにね。




posted by kbb at 04:11 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ タ行

2006年03月22日

リトル・バイ・リトル-島本理生

「リトル・バイ・リトル」 島本理生

リトル・バイ・リトルおはようございます。桜も咲いてやっと春らしくなってきましたね。WBCで日本も優勝したし、なんだかうれしいニュースがいっぱいあって、素敵な春になりそうですね。でも、まだまだ朝は水が冷たいんだななんてお米を研ぎながら思いました。世の中のお母さん方はまだまだ大変な季節ですね。

と、ちょっと時候のあいさつっぽい前書きをしたところで、そんな春のそよ風のような文章を書く島本理生の「リトル・バイ・リトル」です。この人の本は初めて手にしたのですけど、本屋さんの書棚で表紙の写真を見てなんだか不思議な気分になって買ってしまいました。

主人公、ふみは母と妹のゆうと三人で暮らしている。ふみとゆうは父親が異なり、さらに母はその二人と別れてしまっている。母は別れただんなと食事をしたり、キックボクサーの周とのさわやかな恋愛なんかを通してふみの日常が描かれていく。タイトルの通り、少しずつ、少しずつ成長していくふみが描かれています。

作者の島本理生ってまだ大学3年生なんですね。って著者略歴を見ながら思ってしまいました。写真も載っていてなかなか整った顔立ちをしているのですけど、若いってだけで売れるのはもう少しだけなのだと、思うとそれだけで話題になって売れてしまって果たしてよいものかどうか心配になってしまいますね。

文章自体はとっても読みやすいし、優しく吹くそよ風のように、静かにしかし快適に物語りは進んでいくのですけど、なんだか結局それだけのような気がしちゃって、それは結局読めてないんだろうななんて思っていますけど、結構毒舌ですね、今日の僕は。

作者があとがきで

明るい小説にしようと、最初から最後までそれだけを考えていた。

と言っています。困難な状況に立ち向かえるのは明るさだけなので、大変なときにこそ笑っているべきだと信じている。とも言っています。なんだか明るい性格のとってもポジティブな人物像を描こうとしているのは読みながらわかるのだけれど、そのポジティブさがなんだか痛々しくて、この明るさはなんだか歪んでいるぞなんて心の中でつぶやきながら読んでしまいましたよ。

まぁ、でもこの作品の中でまだ小学校低学年のゆうちゃんだけが本当の意味で明るかったのだけが救いでしたね。島本理生にはきっと歳の離れた妹がいるんだろうな、なんて思いながら読み終えました。

posted by kbb at 06:11 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ サ行

2006年03月21日

やった!日本が勝った!

いやーめでたいですね。

日本がワールドベースボールクラシックで優勝してしまいましたよ。
最初から押していたのに途中で追い付かれそうになって、さらに突き放すなんてハラハラドキドキする展開を望んでもいないのに見せてくれましたね。結局10対6でしたね。

ほんとにめでたいです。おめでとうございます。
posted by kbb at 15:02 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

パレード-川上弘美

「パレード」 川上弘美

パレードこんにちは。先日、友人と飲みながら昔の恋人はキレイに、かっこよくなっていて欲しいかって話しをしていました。ミスチルの「over」の歌詞にこういうのがありますよね。

いつか街で偶然出会っても
今以上に綺麗になってないで


まぁつきあっているときは魔法がかかっているような状態だと思うので、その魔法が解けてしまったらつきあっていたとき以上にかわいく、キレイには見えないんじゃないかしらって思うのですけどね。

「昔の話しをしてください」とセンセイが言った。


ではじまる物語、パレードです。

「センセイの鞄」のツキコさんとセンセイがある休日にお話をしているという設定のお話です。センセイに促されてはじまるツキコさんのお話は彼女の小学生の時のお話です。天狗やら砂かけばばあやらと共に過ごした小学生の時。川上弘美の得意な、人と人以外のものとの関係がツキコさんとセンセイの語りですすめられていきます。

きっと「センセイの鞄」を読んだことのないひとはなんじゃこりゃって読み終わった後になってしまう作品なんでしょうね。川上弘美に恋をしてしまった僕としては、こんな作品でも触れていたいのですけどね。

ツキコさんとセンセイがそうめんを食べ終わった後に畳の上でお昼寝をする場面があります。起き抜けにセンセイがツキコさんの手をぽんぽんと叩きながら「ツキコさん、昔の話をしてください」といいます。そのときツキコさんは

誰かしらといつも手をつないでいたかった幼いころの心もちを思い出した。センセイに手をつないでほしくなった。


と、思うのです。誰かしらと手をつないでいたかったのは幼い時だけだったかしら。今でも、飲んだときなんかは、手をつなぎたくてつなぎたくてどうしようもなくなってしまう僕はいつまでも幼いってことなのかしらね。

友人と飲んでいるときに、昔の恋人の話をしているときがあります。そんな話をしていた、先日。友人に「結局どの子やりなおしたいわけ?」って言われちゃってちょっと考えてしまいました。別にどの子とやり直したいとかじゃなくて、その当時の元気だった、なにもかもがうまくいくと信じていた自分を思い出したいだけなんじゃないかしらって、最近なんだかうまくいかない僕は考えてしまいました。



posted by kbb at 12:41 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 川上弘美

2006年03月20日

薬指の標本-小川洋子

「薬指の標本」 小川洋子

薬指の標本おはようございます。昨日は風が強かったですね。渋谷あたりに行けばスカートの生地が薄くなってきているので素敵な光景が見られたかもしれませんね。でも昨日は寒かったからまだまだかしらね。

朝からお馬鹿なことを言いました。すいません。タバコは吸うけどね。

・・・・・・

えっと、気を取り直しまして。「薬指の標本」。読みました。「博士の愛した数式」の小川洋子の作品です。"薬指の標本"と"六角形の小部屋"の二作品が収録されています。

二つともなんだか雰囲気の似ている作品でしたね。「必要としている人には目をつぶっていてもたどり着ける」標本室と「必要な人はおのずとたどりつく」小部屋。いつでもどんな人でも受け入れてくれる存在。象徴としての標本と六角形の小部屋。なんだか読みながら、村上春樹の作品にでてくる、地下の図書館の存在となんだか似ているなぁなんて思っちゃいました。どちらもいつのまにか絡め取られて、はまると抜け出せなくなりますしね。

"薬指の標本"では標本と同じくらい大切な存在として、靴がでてきます。弟子丸氏がプレゼントしてくれた「わたし」の足にぴったりの靴。それは彼女の足に吸い付けられるようにはまっている。しかし、ずっと履いていると足が侵されていく。

なんだかここを読みながら誰かが言った言葉を思い出していた。ほんとのモテル男は女の子の指輪のサイズと靴のサイズは見ただけでわかるんだって。なんだかその言葉を信じているかのように、仲がよくなった女の子の指輪と靴のサイズを当てようとがんばっているのだけれど、これがなかなか難しいのよね。でも、これがモテル必須条件だとしたら、靴屋さんと指輪屋さんは半分の条件は満たしているわけだから、そこに就職すればモテルようになるのかしら。

はぁ。小川洋子を読みながらこんなこと考えているの自分だけだろうな。すごいきれいなお話だし、いろいろと考えちゃいました。自分にとって標本にしたいよう存在はなにかしら。六角形の小部屋のような存在はなにかしら。とかね。でも全然思い付かなかったな。

posted by kbb at 10:15 | 東京 ☀ | Comment(4) | TrackBack(3) | 小川洋子

2006年03月19日

龍宮-川上弘美

「龍宮」 川上弘美

龍宮おはようございます。先日新宿でペンギンのいる居酒屋 というのに行ってきました。一緒に行った友人が、行ったことがあるというので連れて行ってもらったのですけど、そんなの信じられるはずもなく人形かなんかでお茶を濁されるのかと思っていたのですけど、東京のど真ん中にほんとにペンギンがいましたよ。びっくりしました。



セバスチャン
    ケープペンギンのセバスチャンちゃん(メス)

そんなペンギンは出てきませんけど川上弘美の「龍宮」を読みました。でも、川上弘美なら東京のど真ん中の居酒屋に閉じこめられているペンギンとのアイヨクにまみれたお話を書いてくれそうな気がしますね。

この本は、人間と人間じゃないものとのアイヨクにまみれたお話が8編収まっています。川上弘美は「センセイの鞄」のような人間同士のお話と、「くまにさそわれて散歩にでる。」ではじまる"神様"(神様収録)や「蛇を踏む」のような人間と人間以外の人のお話とに大きく分けられますね。僕はどちらかというと人間同士のお話の方が好きなんですけどね。こういうお話はうまく想像できないのですもの。

この本の中でも"蛇を踏む"や""消える"なんかのように、うまくまとまっているようなお話と"惜夜記"(あたらよき)のように「おいおい、どこまでいっちゃうんだよ」っていうようなお話が両方入っていました。

"島崎"では400歳を越えた男と150歳ぐらいの女の生活が描かれています。二人は好きあっていて一緒に生活しているのに、なかなか体の関係を持ちません。男は他の女とはそういう関係になっていて、それに焦れた女に男がいいます。

だってあなたはそんなにおれのこと、好きじゃないでしょ。
(中略)
だって、あなたは冷静すぎるもの。おれに近づいてきた女たちは、みんなもっと生だったよ。

「生」って表現がなかなか面白かったんですけど、男ってたいていこういうもんですよね。ずるいというか、単純というか。相手のそういった気持ちがちゃんとわからないと自分からはいかない、いけない。臆病者なんですね。

「人間とはじつに、泣きながら生きてゆく生物なのである。貴様も同様である。心するように。」

はい。

「覆水盆にかえらず。心するように。」

はい。

「貴様は貴様の道をゆくように。わかったか。」

はい。

なんて"北斎"の海からあがってきた蛸に説教されてしまいました。

今回の作品集にはいくつか、男性が主人公のお話があったのですけど、川上弘美で男がメインって珍しくないですか?読みはじめたとき、「わたし」が女だと思って途中で男だったんだって気付いてちょっとビックリしてしまいました。
posted by kbb at 09:54 | 東京 🌁 | Comment(4) | TrackBack(2) | 川上弘美

2006年03月16日

女学生の友-柳美里

「女学生の友」 柳美里

女学生の友おはようございます。もうおとといのことになりますけど、ついにメガネを買いました!どこかで壊れたメガネをしていると運が逃げていくという言葉を聞いたのではやく買わなければと焦っていたところで、バレンタインのお返し(2/16の記事参照)に選んであげるという友人が現れたのです。そのときにね気付いたことがあるんですけど、僕は一人でメガネを買いにいけないことが判明しました。コンタクトなんてしたことがないし、メガネをはずすと目の前の鏡すら見られないので試しにかけたところで似合うかどうかが自分でわからないのですよ。というわけで、その子にイメージチェンジを意識したメガネを選んでもらいましたよ。三つ最終候補ができて、結局今までと全然違うタイプのメガネになりました。伊達眼鏡をかけているという店員さんにも、それがいいですよ、なんて言葉をいただいて、やっとこれで運が逃げなくなるぞなんて安心しております。

さてと、相変わらずの長い前置きはこれぐらいにしまして、柳美里の小説初体験です。「女学生の友」。友人に薦められて、借りて読んでみました。なんだか想像していた、僕がつくりあげていたイメージのお話と全然違うぞ。この人、こういう作品も書くんだって感じでしたね。

"女学生の友”と"少年倶楽部"の二作品が収録されています。"女学生の友"はドラマ化もされていて、DVDがでているみたいですね。映像化するにはちょうどよい、おもしろいストーリーですもんね。

"女学生の友"・・・息子夫婦と同居して家に居場所を感じられなくなっている60すぎの弦一郎。弦一郎が唯一家族の中で心を通わせることのできる孫、梓。梓の幼なじみのまゆと同じ高校に通い、おもしろくないけど、他に一緒にいる相手がいないからそのグループにいるという未菜。それぞれが悩みを抱えながら未菜の父親の会社の倒産という事件から3人が距離を縮めていきお互いに影響を与え合うようになる。

なんだか未菜の描写を読みながら、自分の高校時代のことを思い出していましたよ。歩きながらうまくしゃべれなかったり、このグループから抜けてしまったらもう他のグループにはいるチャンスがないなって思ったり。今でも大勢で歩きながら人と話すのは苦手なんですよね。だいたい横に並ぶと歩きづらいですしね。後ろむいて話すわけにもいかないから、一番前をすたすた歩いてみたり、一番後ろからとことこついていくようにしちゃうんですよね。

弦一郎は

この世で一番の恐怖は、なにも起こらないことと、なにもすることがないことだ。


って思ってるんですけど、解説の秋元康が未菜たち高校生は

この世で一番の恐怖は、なにかが起こることと、なにかをしなければいけなくなること、かもしれない


って言ってて、うまくまとめるなぁって感心してしまいました。僕はどっちかっていうと弦一郎に共感してしまって、未菜たちにはバイトぐらいしろよって思いながら読んでいたので、ちょっとおやじくさいってことなのかもしれませんね。

"少年倶楽部"のほうは中学受験を控えた小学6年生の性に対する目覚めなんてことが書いてあって、彼らはグループだったから、ああいうことを行動に移したけれど、自分だって同じようなことを妄想したこともあるし、実際したかしなかったかの違いぐらいしかないのかもしれない、なんてちょっと自分がいやになってしまいましたよ。

柳美里が描くものは絶対自分は処理しきれないだろうし、そのまま引きずり込まれるのもこわかったので手に取ることもなかったのですけど、こういう作品はまた読んでみたいですね。思春期の微妙な心の動きを描くのがうまいですね。きっと自分の体験から逃げずに一生懸命考えたんだろうなってタイプの作家さんですね。



posted by kbb at 08:44 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年03月14日

あふれた愛-天童荒太

「あふれた愛」 天童荒太

あふれた愛こんにちは。今日はホワイトデーですね。スケジュール帳真っ黒(表紙だけだけど)の僕ですけど、なぜか今日は真っ白なんですよね。誰か誘ってくれてもいいのに。あ、今日は男の子から誘う日でしたっけ。みんな待っているんでしょうね、きっと。ウシシ。

さて、愛にあふれた前置きはおいておいて、天童荒太の「あふれた愛」を読みました。友人から「永遠の仔」をすすめられていたんですけど、「あふれた愛」は別の友人に借りて、天童荒太入門編としてちょうどよい塩梅でした。80ページぐらいの中編が4つ入った作品集です。

"とりあえず、愛"

3歳の娘をもち、自分も腎臓を患っている武史はある日妻に娘を殺してしまいそうになったとうち明けられて・・・。

"うつろな恋人"
日頃の激務から倒れてしまい、ストレス・ケア・センターに入所している彰二はセンターの近くのレストラン「チィーカ」でかわいらしい少女智子に出会い、恋心を感じ始める。智子には恋人がいるが、それから奪おうとする彰二は・・・。

"やすらぎの香り"

心に病を持つ香苗と茂樹が病院で恋に落ちて二人で暮らしていくことを決意する。しかし、周囲の反対にあい、半年間ふたりでやっていけたら結婚を了承するという約束の元で生活をはじめる。しかし、その約束の日に・・・。

"喪われゆく君に"

浩之のバイト先のコンビニで、クリスマスイブの夜に男が倒れるように亡くなった。未亡人、幸乃のと話しているうちに幸乃たちの想い出話を聞いていく。それをたどるように浩之は恋人、美季を連れて二人が辿った場所へと行き二人と同じポーズで写真をとっていく。しかし、美季が浩之のしていることに疑問を持ち始め、ケンカをしてしまい一人だけの写真を撮ることになってしまった。その写真を幸乃に見せると・・・。

あらすじをまとめてみたけど、難しいですよね。短くすればあらすじを書く意味がないし、長くなれば読む必要がなくなっちゃうし。

"とりあえず愛"と"うつろな恋人”の二編はどうしようもない男たちで、なんでそんなこと言っちゃうの?なんでそんなことしちゃうの?やめて!って主人公の男と自分を重ね合わせながら読んでしまって、なんだか消耗してしまいました。

"やすらぎの香り"は逆に二人を応援したいっていうか、がんばれ!って心の中で言いながらページを繰っていました。

"喪われゆく香り"ではなぜかわからないけど、美季に感情移入してしまって、浩之もうちょっと考えたやれなんて思いながら読んでいましたね。

"やすらぎの香り"で、二人が入院してた病院の院長先生のセリフでうまい表現だなってのがありました。

酒に強い、弱い人がいるように、ストレスに強い、弱い人もいるんだよ。
怒りを表に出せるようにならなければ本当に自分を認めたことにはならない。

一番最近腹を立てたことはなんですか?なんて質問を見るといつも考えてしまうんですよね。なかなか怒りを表に出したり腹を立てたりって難しいなって思っています。いつも我慢したり、人それぞれなんだからって言い訳したりしてね。だから自分を守るために「しょうがないや」って言葉を身につけた気がする。怒ったあとのことをどうしても考えてしまうんですよね。これはみんな自然にできることなのかしらね。

天童荒太。なかなか素敵な文章を書きますね。これは「永遠の仔」も楽しみにしてよさそうですね。ただ「永遠の仔」は長編だから読み始めるのに決意が必要そうですけどね。積ん読のところにある「大地の子」をなかなか読めないのもそういった理由からなんですよ。









posted by kbb at 17:24 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ タ行

映画 耳をすませば

耳をすませば

もう何回この映画を見ただろうか。テレビでやるときは毎回見ているし、ビデオに録って保存もしていた。今回のテレビ放映でDVDにも保存してしまった。

初めてこの映画を見たのは、10年以上前のことだ。アルバイト先の同い年の女の子に

「飲みに連れて行ってもらえませんか?」

と言われた。別に当時からそんなにお酒を飲んでいたわけでもなく、それを公言していたわけでもなかった。たいして仲良くもない彼女の口からそんな言葉がでてくるなんて思ってもいず、驚きとともに、軽い気持ちでいいよと返事していた。これが僕の生まれて初めてのちゃんとしたデートだった。

せっかくのデートなのだから、デートらしいことをしたかった。彼女に

「飲みに行く前に映画でも見ようよ?何が見たい?」

と誘ってみた。今なら絶対しないのに。初デートで映画を観に行くなんて。今ならそんな子供っぽい映画ってバカにでもするのに、その当時の二人は真剣だった。彼女の家の近くの駅で待ち合わせをして、渋谷まで行き、劇場に向かった。時間も場所も完璧に調べていたので抜かりはない。映画にでてくる、月島雫の着ていた制服が彼女の高校の制服によく似ていたことと、映画にでてくるどの女の子の服もかわいいなって思った。そして、映画のように告白したら楽しいんだろうなって漠然と思っていた。

その後、友人がよく女の子を連れて行くと聞いていたお店に行った。雰囲気の若いお店で高校生、大学生ぐらいのお客さんでいっぱいだった。僕はジンライム、彼女はカルアミルクを頼んでいた。二杯ずつ飲んだところで、彼女が

「なんだか酔っちゃった。眠くなっちゃったみたい。」

ここで普通の男だったらどうするのだろうか。すぐそこには円山町がある。一瞬、誘われているのかしら?なんて考えもよぎったけど、そんなわけないなとすぐにその考えを打ち消してじゃあ帰ろうと言っていた。

彼女の家の近くの駅まで送っていくつもりで電車に乗って、改札を出たところで、

「今日はありがと。楽しかったよ。」

の言葉とともに手をあげかけたところで、彼女から思わぬ言葉がでた。

「ちょっとその辺歩いていかない?」

僕は当時その辺の地理に疎くて、彼女の押す自転車の半歩後をついていった。ずいぶん歩いたのだと思う。雰囲気の良さそうな散歩コースだった。そう、カップルが酔い覚ましに歩くようなコースだ。今から思えば、新宿御苑の周りや、お化けが出ると言われているトンネルなんかを通って神宮外苑の絵画館の前までやってきた。どこをどう通ったのかもわからず、ただついていった僕は彼女の、ちょっと座ろうか、の言葉にちょっと安心した。どこまで連れて行かれるのか、終電に間に合うかしらなんてことを心配し始めていたからだ。

座ってあたりを見回すとそこら中にカップルがいた。カップル達は抱き合ったり、キスをしていたり。そりゃそうだろう。絵画館がライトアップされて、自分たちのいるところは適度な薄暗がり。こんな場所にカップルが集まらないはずがない。ずっと歩きながら、彼女がなんでこんな風に歩いて、こんなところまで来たのか、無い経験とよく聞いた友人の魅力的な恋愛談とをつきあわせながら、今日見た映画の雰囲気にも流されながら必死に結論をだそうとしていた。それが間違った結論だなんてそのときはこれっぽっちも思わなかったのに。

「ごめんなさい。いい人なんだけど・・・。」

それが彼女の答え。

「そうだよね」

なんてバカな答えを返して。

「送っていくよ」

なんて言うのが精一杯の強がりだった。彼女を家まで送っていって、そのままバイト先に行きちょうど勤務が終わった先輩を捕まえてむりやり朝まで飲みに行った。

初めてのデートで、初めて女の子に告白して、初めて振られた。しかも好きでもなかった女の子に。これが僕の初デートにまつわる映画「耳をすませば」の想い出。恋愛映画を見た後に告白しちゃだめって教訓を残して。

その五年後ぐらいに二人は再会して、また飲みに行った時の話しはまた別の時にでも。
posted by kbb at 00:00 | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(0) | 映画

2006年03月13日

ミラクル-辻仁成

「ミラクル」 辻仁成

ミラクルおはようございます。ネット上にはなんでもあるんですね。精神年齢鑑定というものを見つけてしまいました。さっそくやってみます。

鑑定結果
あなたの精神年齢は34歳です

あなたの精神はそろそろ『中年』になろうかというところです。あまり若々しさは感じ取れなくなりましたが、人生経験を積んで、一人前の大人になりました。もう『若者』ではありません。

実際の年齢との差7歳

あなたは実際の年齢より少し大人びています。同年代の人よりちょっとしっかりしていて、周りからよく相談されたりしするでしょう。しかし、『ませている』と思われることもあるかもしれません。時には子供のようにはしゃぐことも大事かと思います。

幼稚度48%

あなたは小学校中学年並みの幼稚さを持っています。がんばって一人でなんでもできるようになりましょう。

大人度68%

あなたはなかなかたいした大人です。精神もかなり発達しています。

ご老人度39%

あなたからはかなりおじいちゃんっぽさが感じられます。そろそろゲートボールがしたくなったりしませんか?

だそうです。もうちょっと若いと思っていたのに。中年って・・・。それでいて小学生中学生並の幼稚さって・・・。そろそろゲートボールがしたいってどんだけおじいちゃんなんだって話しですよね。でもゲートボールはやってみたいですけどね。

えっと、なんだか前置きがすっごく長くなってしまいましたね。今日の本は、先日友人に借りた辻仁成の「ミラクル」。大人の童話って感じでほんわかできる素敵な本でしたよ。

アルが母親を探す過程を通してだんだんと成長していきます。アルの母親はアルを産んだときに亡くなってしまっているので、どこを探してもみつからないのですけど、父親の「雪が降る頃に母親は帰ってくる」という言葉を信じています。アルは「母親とは許してくれる存在だ」というヒントを手がかりに母親を探しつづけます。公園や街の通りで母親ぐらいの年齢の女性に「僕のママじゃないよね?」と聞いてまわります。その過程で記憶をなくしていくことが大人になることだ、とかシステムや時間に流されていくのが大人になることだとかってことを知識として得ていきます。

しかし、アルはそういった大人になることを拒否します。そしてクリスマスの日、南の街に30年ぶりの雪が降ります。その夜に奇蹟が起こります。誰にも止めることのできない奇蹟。会いたいと信じ続けている人にしか見えない奇蹟が二人の前に起こります。

とっても気持ちが暖かくなる物語でした。疲れているときに読むととってもいい気分になれる本ですね。プロローグのところで「僕」の言うセリフがあります。

人との会話で待つことがどれほど大事なことか、僕はそれだけは心得ていた。


このことを心得ていない僕はきっとこんな素敵な物語に出会えるチャンスをいっぱい逃してきたんだろうなってちょっと反省しています。いつもその沈黙に耐えられなくてつまらないこと、くだらないことを言ってしまうんですよね。気を付けます。

辻仁成の作品はいくつか読んでもうしばらくは手に取ることはないだろうなって思っていたので、この本を貸してくれた友人に大感謝です。ありがとう。
posted by kbb at 06:54 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ タ行

2006年03月12日

贅沢な恋人たち

「贅沢な恋人たち」 村上龍 山田詠美 北方謙三 藤堂志津子 山川健一 森瑤子 村松友視 唯川恵

画像はないけどアマゾンに飛ぶよおはようございます。最近天気のいい日が増えてうれしいですね。暖かくなったらダイエットをはじめると宣言してしまったので、そろそろはじめないといけないとプレッシャーの中でびくびくしています。今日からはじめるぞ!なんてここでも宣言してしまった。というわけで一週間ぐらい飲みに誘わないようにしてくださいね。

さてさて、「贅沢な失恋」「贅沢な恋愛」に続く第三弾ともいえる「贅沢な恋人たち」です。出版社が違うので第三弾と言えるかどうかって感じですけど、著者もほとんど一緒で同じシリーズみたいなもんですよね。

このシリーズはなんだか安心して読めますよね。短編集だからってのもあるかもしれませんけどね。贅沢な失恋がレストラン、贅沢な恋愛が宝石でしたけど、今回はホテルがテーマです。実在のホテルが8つの短編にでてきて、いい宣伝になってますよね。

どれもこれもおもしろかったけど、唯川恵の描くお話ってのはどうしてこう誰も救われないお話なんでしょうね。それでほんとに幸せなのかい?って思わず聞いてみたくなってしまいましたよ。なんだか「しょうがないよ」って言葉がストーリーの底に流れているようでやりきれなくなってしまいますね。

森瑤子の"東京ステーションホテル"に素敵な男性のセリフがでてきました。クラス会にでた主婦、明子が当時全然気にもしなかった同級生と二次会、三次会と盛り上がり、帰りにホテルに誘われます。嫌なわけじゃないけどまだ気持ちの用意のできていなかった明子は「今夜は帰ります」と告げます。そこで男が言ったセリフ、

「僕とベッドに行きたくなったら、そのときは連絡してくれたまえ」

なんていうか、こう大人の余裕っていう感じの発言ですね。こんなシチュエーションになっても僕にはこんなかっこいい事言えません。絶対自分から電話してしまうだろうな。この男はそれから半年間まったく明子に連絡しません。明子はその夜以来その男のことが頭から離れることもなく、結局電話してしまいます。こういうセリフがすらっと言えるようになったら恋愛もうまくいくんだろうななんて感心してしまいました。でもこのセリフずるいよねぇ。

ホテル、というか旅館でしたけど、には一つだけいい想い出があります。昔、仕事をやめて大学受験のために一年間勉強していた時があるんですけど、ちょうどその一年間つきあっていた彼女がいて、全然遊んでやることもできず、彼女が目一杯気を使ってくれていたのもわかっていたんですけどどうすることもできませんでした。で、受験も終わり合格祝いと彼女への感謝の印にと知り合いのおばさんに頼んで鬼怒川のホテルに安く泊めてもらうことができました。安い部屋なんだろうなって期待しないで行ったらそのホテルの最上階にある貴賓室というところに通されて、内風呂もついてるし、バルコニーには庭もつくられているしってんでずいぶん贅沢な一晩を過ごした記憶があります。料理も部屋でゆっくりと頂きましたしね。あのときの彼女の喜んでくれた笑顔が僕にとって一番の合格祝いだった気がします。あんな夜をまたいつか過ごしてみたいなぁ。

それにしても、どうしてこの「贅沢な〜」シリーズはいわゆる不倫の関係が多いのでしょうかね。僕が思っている以上にそういう関係ってのはありふれていたりしているんでしょうかね。それとも不倫願望の人が多いってことなのかしらね。
posted by kbb at 05:18 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2006年03月10日

冷蔵庫を壊す-狗飼恭子

「冷蔵庫を壊す」 狗飼恭子

冷蔵庫を壊すこんにちは。このあいだインドに行った友人が帰って一週間も経たない内にナイジェリアに二年間の予定で旅立っていきました。最後に本をプレゼントしようと思って、本棚を漁ってみたんですけどなかなか思いつかなくて、原田宗典の「河童」芥川龍之介バージョンとともに渡しました。それが最良の選択だったのか未だに謎ですけど、こういうの選ぶのってなかなか難しいなって実感してしまいました。

さてさて、ちょっと時間かかってしまいましたが、読みました。初狗飼恭子作品の「冷蔵庫を壊す」です。彼女のデビュー作"冷蔵庫を壊す"と"月のこおり”、短編"つばさ”の三作収録の作品集です。

初めて彼女の作品を読んだのですけど、なんだか象徴的な文章がずらずらとつながっていて、どの文章も一つ一つであれば、素敵な文章なんだけど、それが洪水のようにあふれているからどこに焦点を絞っていいのかわからずに、一文一文立ち止まることになってしまって、なかなか読み終われなかった。

"冷蔵庫を壊す”は小学生の時のミキモトくんの初恋のお話なんだけど、初恋の頃の想い出をいろいろと思い出しながら読んでいたのも遅くなった原因なのかもしれませんね。あれを恋と呼ぶのはあまりにもおこがましい気がするけど、気に入った子達に抱く感情を恋と錯覚してたのかもしれませんね。

ミキモトくんも転校生の彼女に恋をすることによって少しずつ成長していきます。お父さんに言われた「いい男ってのは、女のためになにをしてあげられるかで決まるんだ」って言葉をある日自分のものにします。何をしてあげられるかではない。何をしてあげたいか。何ができるかだ。っていう風に。これは大きな成長ですね。未だに僕自身は実感として手に入れてないのかもしれない。

ミキモトくんの妹ってのがまたかわいいんですよ。初恋の彼女と運動会で二人三脚にでることになったミキモトくんはお菓子で妹を買収して練習につきあわせます。うまく呼吸を合わせられなくて転んでひざをすりむいてしまった妹は言います。

「お兄ちゃあん。もう嫌だよう」
「よし今日はよっちゃんイカも買ってやる」
「・・・・・・・うん、頑張る」

「・・・・・・」に込められた彼女の逡巡がかわいく思えて、抱きしめてあげたいのは僕に妹がいなくて、その代わりにむさ苦しくて兄貴のことを名前で呼び捨てにする弟がいるからなのでしょうかね。それとも、昔つきあった子がむくれるたんびに彼女の大好物だったプリンを買って機嫌を直していたときの情景が思い浮かんだからなんでしょうかね。妹のいる人からみたらそんなの勘違い、妄想だなんて言われそうですけどね。

"つばさ"は天使のお話です。雨の日に地上に降り立った天使は、笑顔の素敵な少女に出会います。彼女の笑顔を自分に向けてほしくて、彼女にとって楽しいことは自分にとっても楽しいことだと思い、みずたまりに足を踏み入れます。しかし、天使である彼には羽があるので泥水をはねさせることができませんでした。そこで彼は神様にお願いします。羽なんかなくてもいい。彼女と同じことができるような体にしてください、と。願いは通じました。彼の羽は溶けだしていき、彼は少女と同じように泥水をはねさせて水たまりで遊ぶことができました。そんな彼をみて少女は汚いなと思ってしまいます。女の子って残酷ですよね。ほんとに。男心を理解しようとすらしないのだから。まったく、もって困ったもんだ。

posted by kbb at 16:25 | 東京 🌁 | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

2006年03月08日

博士の異常な発明-清水義範

「博士の異常な発明」 清水義範

博士の異常な発明先日、7ヶ月の妊婦さんとデートする機会がありました。妊婦とデートってのもちょっとおかしな言い方だけど・・・。彼女におなかを触らせてもらったのですけど、そのときの彼女がおなかを突き出す感じで、生命の存在感を見せつけてくれました。そのときの彼女のはにかんだような、うれしいようなそういった感情がないまぜになった笑顔が素敵でしたね。きっと女性にとって子供ってそういう存在なんでしょうね。

さてさて、なんだか定期的に清水義範を読んでいる気がしますね。時間がぽっかりあいたときに気軽に手にとれる安心感があるんですよね。今日のは「博士の異常な発明」です。9編の短編が収録されています。一つ目の"史上最大の発明"が本全体の導入って感じで新聞記者が人類最高の発明について話し合っていて、そこからSF作家による発明品の話しになって、そのSF作家の発明品を清水義範がそれぞれの短編で描いているって感じですね。史上最高の発明は前に記事で書いたのですけど清水義範はこのネタが結構好きなんですね。

その発明は、プラスチックを食べるバクテリアであったり、キメラ生物であったり、透明人間になる薬であったり、不老不死であったりするわけですけどそれぞれが問題点があったり、社会のありかたと合わなかったりでうまく皮肉が効いていてなかなか楽しかったです。

"文明崩壊の日"という短編では、町の発明家がプラスチックを食べるバクテリアを発見するのですけど、それを企業が買い取って大繁殖させるのですけど、土壌でしか生息できないと思われていたそのバクテリアが空気中でも増殖できることがわかって大パニックってお話です。現代の生活で、プラスチック、ゴムがなくなったらどうなるかってことが想像させられてちょっとこわくなってしまいました。

"野良愛慕異聞"という短編は犬型ロボットが野良犬になって、進化したらどうなるみたいなお話で、自力で充電するようになって、って感じのお話でした。ロボットになっても、ペットを捨ててしまうっていう感じのお話で、途中で石を投げつけられるロボットのところとかちょっと悲しくなってしまいましたね。

"鼎談(ていだん) 日本遺跡考古学の世界"では一万年後の考古学者が現代の日本の遺跡を発見していろいろと推測していくっていうお話なんですけど、都庁舎の巨大さやコンビニの存在などをおもいっきり皮肉っていて、声をだして笑ってしまいましたよ。

まぁそうやっていろいろと発明品やら発見なんかが描かれているのですけど、人間が生み出すもので一番最高のものはやっぱり子供なんだろうなって妊婦さんの笑顔を見ながら思ってしまいました。一番可能性を秘めているものですしね。なんだかお後がよろしいようで。


posted by kbb at 12:08 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 清水義範

2006年03月07日

作家小説-有栖川有栖

「作家小説」 有栖川有栖

作家小説こんにちは。とうとう昨日は春一番が吹きましたね。街にでてみると女の子のスカートの生地が薄くなってて、そんなところに春を感じていました。風もつよかったからいろいろとドキっとする場面も多かったですしね。そんなことを考えているから風がもたらす花粉にもいじめられるんでしょうかね。

そんな春の風のように心地よい文章を書く人をまたみつけましたよ。有栖川有栖です。「作家小説」は作家が主人公の物語。8編の短編が収録されています。連作短編集だなんて書いてあるけどそれぞれにはつながりといえるようなつながりはないように感じました。それぞれ独立して読んでもおもしろいしね。ただ、最後の"夢物語"だけは最後に読むのがいいと思いますよ。これは最後のデザートって感じでね。

元々、有栖川有栖はミステリー作家の方のようですけど、この作品はミステリーといえるようなものはあまりなく、なんだか不思議なものが多かったですね。解説の人は江戸川乱歩の使った「奇妙な味」って表現をしていますね。それにしてもどうして、文芸評論家ってのはジャンル分けをしないと気が済まないのでしょうかね。まぁヾ(^-^ゞ)(ツ^-^)ツ ソレハコッチニオイトイテ...

"夢物語"が一番最後にいろいろと余韻を残してくれるので面白いのですけど、それは読んでからのお楽しみに取っておいてください。

ここで紹介するのは"奇骨先生"という短編です。作家、富田奇骨のところに地元の高校生、島貫君と吉沢さんの二人が訪ねてインタビューをするというあらすじです。島貫君は作家志望で吉沢さんに恋心を抱いています。吉沢さんは優等生タイプのちょっと気が強い子です。富田奇骨は島貫君との話の中で彼が作家志望であることを知り出版不況の現状や文章を書くことのつらさをいろいろと語り彼の進路を変えるかのような話し方をします。

一度しかない人生だから好きなことを存分にやりたい。しかし人生はたった一度しかない。だから失敗すると悲惨なのだ

確かに奇骨先生の言うことは存外正しいのかもしれないけれど、夢をあきらめるなって言葉もあることだし、なかなか難しい問題ですね。彼はこれを人生の一回性のジレンマなんて名づけていますけど、これの答えが出るのがその人の人生の最晩年ですものね。それにその答えには決して普遍性があるわけでなく、人それぞれ答えがかわってしまう。なかなか難しいことですね。

出版不況の中で新刊本の発行数が増えているということの不思議さについうても数字付きで説明してくれていて、本屋さんって大変だろうなとなんとなく思っていたのが、やっぱり大変だったんだなんて思わされてしまいました。再販制度や委託販売制度などの構造にかかわる問題だけになかなか深刻なようですね。有栖川有栖という作家も結構真剣にこれについては考えているようですね。本が無くなることはないとは思うけど、発刊数が少なくなると選ぶ楽しさがなくなりますものねぇ。でもその発刊数のせいでさらなる不況が待ち受ける。これも難しい問題ですね。

まぁこの短編の何が一番よかったかっていうと最後の場面の吉沢さんが島貫君に言ったセリフなんですけど、ふわーとした春の風のようなすがすがしい気分にさせてくれる言葉でしたよ。一度手に取ってみてくださいな。

posted by kbb at 17:00 | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ ア行

2006年03月06日

四月ばーか-松久淳+田中渉

「四月ばーか」 松久淳+田中渉

四月ばーか一九九七年四月一日、あなたは誰を好きでしたか?

こんな言葉が本を開くと最初に飛び出してくる。誰だったかなぁと酒に酔った頭で考える。うまく年齢の計算ができない。19の時だったか、18の時だったか。あの子とつきあっていたのはいくつの時だったかしら。確かつきあいはじめたのが7月21日だったから4月はまだつきあっていなかったかしら。それともそれは次の年のことで、1997年はまだ他の子に片思いしていたときかしら。あのころはまだ人を好きになるって感情がよくわかっていなくて、ただ恋い焦がれている状態だった気がするなぁ。その気持ちが相手に受け入れられないとわかるといらいらしてみたりしてね。かといって、その気持ちをうまく言い表すための言葉も行動も持っていなかったのにね。

なんてことを考えながら読んでいたから、ストーリー自体にはあまりうまく入り込めなかった。文章があたかもBGMのように流れていく中で延々こんなことを考えながら読む。

連作短編が3作収まっているけど、文字も大きいし行間も広い。だからとても短く感じてしまう。恋人に別れを告げられ、今でもことあるごとにその彼女を思い出してしまう守山。髪の毛を切っている間に相手の年齢がなんとなくわかってしまうという特技を持つ美容師今野。大学卒業とともにミラノへと旅立ち、香港で勢いで結婚をして勢いで離婚してしまい、10年ぶりに日本へと帰ってきた朋子。その3人がひょうなことから守山の家で一緒に暮らすことになった。そこから物語は進行していく。

でも別にとりたてて大きな出来事があるわけでもなく、物語はなんとなくはじまって、なんとなく終わっちゃう感じ。今野にはもう一つの特技があって、「こいつやれる」と思った女の子とは確実にそういう関係になるのがわかる。で、その能力を確かめられたらもうその子には気持ちなんてないので連絡もとらなくなる。最低の男だね、こりゃ。でも、彼が選ぶ女の子のタイプってのがあるらしく、誰でもいいわけじゃないらしい。それは顔のタイプであったり、体型であったり、性格的なものってわけではなくて、なんとなく雰囲気でわかるものなんだって。これはなんだかわかる気がするな。僕も今までつきあった子って外見的にはあんまり共通点が見つからない。ただ、なんかこの子みんな気がついていないけど、ホントはもっと可愛い子なのに、自分でもそれに自信を持てていないから輝ききってないなぁって子ばっかりだった気がする。そういう子が身近にいるとなんとなくその子のことばっかり気になっちゃって、恋と錯覚してしまうのだよね。

なんだか昔のことをいっぱい思い出してしまう本でしたね。っていつもなんにもないのに思い出しているのだからこんな本必要なかったじゃんって言われちゃうかしら。






posted by kbb at 11:27 | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ マ行

2006年03月05日

科学者は妄想する-久我羅内

「科学者は妄想する」 久我羅内

科学メは妄想する.jpgこんにちは。2036年からのタイムトラベラー、ジョン・タイターが来ていたという記事を見つけました。(新科学と健康と雑学 リンク先のブログの内容の真偽については自己判断でしてください)2000年の11月に未来からやってきて、荒廃している核戦争後の世界に必要なコンピュータを得るたるのと、近未来予言をして未来を変えることを使命としてやってきたらしいです。インターネット上の掲示板で様々な人の質問に答える形でいろんなことを予言していきました。

イラクが核兵器を隠しているという理由で第2次湾岸戦争が起きる。


という予言が当たったりして、なかなかおもしろいですね。
まだ起こっていない予言なんかも結構あったりして、未来世界は結構怖いようですよ。

さてさて、そんな疑わしいというか、信じられないことを真剣に科学的に解き明かそうとしている科学者ばっかりを集めた本「科学者は妄想する」を読みました。妄想なんて言葉の入ったタイトルを見た瞬間にこれは僕のためにある本だ!と思ってレジに持っていってしまいました。

予知能力や宇宙人誘拐、幽霊の存在、テレパシー、死者との交流、ドッペルゲンガー、地球温暖化の解決策として地球を少しだけ太陽から離そうとする計画などなど信じられないことや実現不可能そうな説ばかりがたくさん紹介されています。

一目みただけだとトンデモ話の集まりのようですけど、トンデモ話と、珍説奇説・異端の考え方との違いは事実から出発してそれを論理的に仮説をたてて、その仮説を証明していく形で説明できているかどうかってことだと思うのですけど、この本に紹介されているのはすべてその作業の上に成り立っているのでなかなか興味深かったですね。トンデモ話として一蹴することもできない説得力にあふれた、さらに言えばなんだか楽しくなるような説ばっかりでしたね。

著者は「特命リサーチ200X」の元スタッフでおもしろそうな学説や研究を探すのを仕事にしていたようなので、こういうのを探すのがうまいんでしょうね。ずらずらと出てきます。著者のHPでは無料のメルマガも発行しているようで興味津々にさっそく登録してしまいました。

中に一つすっごいおもしろいことが紹介されていて、笑いは伝染するというものでした。心理学者とかもちゃんとした実験をしているようで、笑い声だけでなんとなく笑ってしまうことを脳のある特定された部分に注目して説明しています。常に笑顔でいるべし、って言うのは実は科学的に裏付けのできる素敵なことだったんですね。常に笑顔でいれば、他の人にもそんな笑顔が伝わっていき、それでみんなが笑顔で暮らせるなんて素敵な仕組みを人間はもっていたんですね。

日本人の研究者でこういうおもしろいことを言ってる人はいないかしらなんて思っていたところで最近、ネット上で話題になっている研究者を見つけました。同志社大学の工学部物質化学工学科というところにいる堀内龍太郎教授の研究テーマなんですけど

ドーナツにダンゴを押し込んだら、ドーナツがどう変形するかを研究(参考ページ)


なんですって。堀内教授がなんだか素敵なおじさまに見えてきたのは僕だけでしょうかね。(実際は楕円曲線のなんとかってのを研究している人らしくて、それをわかりやすい言葉に変えるとこういう風になるようです。わかりやすい言葉で説明できるのも才能だななんて思います。)
posted by kbb at 15:25 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ カ行

2006年03月04日

椰子・椰子-川上弘美

「椰子・椰子」 川上弘美

椰子・椰子こんにちは。最近地下のお店なのに携帯電話がつながるお店が増えていやになっちゃいますよね。わざわざ携帯が入りにくいように地下のお店を選んでデートしているのに、携帯電話に邪魔なんかされたくないですものね。まったく困ったもんですね。

さてさて、そんなことに構わずに楽しそうなデートをしている「私」の出てくるお話の「椰子・椰子」です。今はなんだか川上弘美の気分なので、いっぱいいっぱい読みたいのですけど、なかなか本屋さんに行くことも、行っても見つけられなかったりして寂しい思いをしています。

山口マオのイラストがいい感じのところに出てきて、お話とも合っていていい味をだしています。日記形式であったり散文形式であったりして、なんだか不思議なお話でした。今思ったのですけど、川上弘美の作品は物語でもなくてストーリーでもなくて、なんだかお話と言いたくなってしまいますね。

子供が二人いて、片思いの彼もいて、それでいてちゃんと彼氏もいる。ベランダに来る鳥、ジャン(ルイかもしれないけど)に不吉なんだかよくわからない予言をされたり、子供二人を丁寧にたたんで外出したりする「私」がとっても素敵な女の子に見えてしまいました。惚れやすいんでしょうかね、僕は。

ある日「私」は片思いの彼とそれがなかなか進展しないから神社にお祓いをしてもらいに行ったんですって。結局進展しなかったらしいのだけれど、そんな神社があれば教えて欲しいものですね。恋を裂いてくれる神社は知っているのですけどね。井の頭公園の弁財天様が有名ですよね。女の神様だから嫉妬して別れさせてしまうって。うちでは毎年初詣に行ってたのですけど両親とも仲良かったけどなぁ。

最後に山口マオとの解説代わりの対談ってのが載っていて、このお話はすべて川上弘美が見た夢なんですって。読みながらなんだか、現実と夢の境目がどこだかわからなくて、どこに自分の足をおいていいのかわからないような気分を感じていたのですけど、現実に足をおいていたらいけないお話だったんですね。最初にこれを読んでいたらもっとお話の中に入り込めたのになんて悔しい思いをしてしまいました。

夢と言えばこのあいだなかなか素敵な夢を見たんですよ。自分が明石家さんまになっていたんですけど、高松の高等裁判所の職員とつきあっているのが週刊誌に発覚しちゃって追いかけられる夢なですけどね。なんで、明石家さんまなのか、なんで高松がでてきたのかさっぱりって感じの夢でしたね。小野伸二がでてきたりして、不思議な夢だったなぁ。最近眠りが浅いからかどうなのか、夢をいっぱい見ていて、夢の中で興奮しているから朝起きても寝る前よりも疲れていることが多いんですよね。まったく困ったもんです。

posted by kbb at 14:52 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(1) | 川上弘美

2006年03月03日

坂の途中-おいしいコーヒーのいれ方(7)-村山由佳

「坂の途中-おいしいコーヒーのいれ方 (7)」 村山由佳

坂の途中.jpgおはようございます。今日は楽しい楽しいひなまつりですね。雛人形をちゃんとしまわないと婚期を逃すので、これからの人もまだまだの人も、もう遅いよ!って人も気を付けてくださいね。

きっとこの人は雛人形ちゃんとしまったんだろうなってぐらいモテモテのかれんちゃんが出てくる、おいしいコーヒーシリーズの第7弾ですよ。久しぶりにかれんちゃんに会いたくなって思わず新刊で買ってしまいましたよ。今まではブックオフに並ぶまでは我慢していたのにね。今回のには星野りつ子のサイドストーリーが載っています。星野さんがショーリに惚れる瞬間のお話ですね。赤面するぐらい恥ずかしい場面なんだけど、わかるわかると何度も頷いてしまいました。

相変わらずショーリとかれんはうまくいきませんね。てか、時間をかけることが彼女に優しくすることだとでも思っているのでしょうかね。このあいだどっかで見たのですけど、キスから最初のセックスまでは時間をかけちゃいけないそうですね。彼女が余計気にしちゃうからだそうです。ってことを誰かショーリ君に伝えてあげてください。

でね、ショーリ君は星野さんとかれんちゃんに挟まれつつも悩んで、それの答えを見つけるために本を読みあさったんですって。そりゃムリだよ。そんなところには答えは一行だって一言だって書いてないって。そんなところに書いてあるのなら図書館の人はみんな恋の達人だよ?僕だっていつまでも見つけられないでいるのに・・・。

ショーリ君がね、いいこと言ってる場面があるんです。

誰にでも優しいのは誰にも優しくないのと同じだ


って。これはちょっと考えちゃいましたね。そうなんだろうけど、誰かを傷つけることで自分が傷つきたくないから、誰にでも優しくしたいのだけれど、それじゃだめなんだろうかね。確かにショーリ君のいうことは間違っていないとは思うけど、そうやって生きていけるほど強くないのですよ。

ショーリ君が星野さんに向かって「おまえは最高の女友達だよ」っていう場面があるのですけど、これってほめ言葉なんですかね?その前の場面で、星野さんの女性らしい点をたくさん並べておいて最後にこれはずいぶん残酷なんじゃないかななんて思ってしまいましたよ。このあいだ女の子にあなたって中性的だよねって言われてしまって、それって男として見られてないってことだよなぁって思ってしまいました。言われたときは結構嬉しかったんだけど、よくよく考えてみたら全然ほめられてないじゃないか。こんなんだからいつまでたっても彼女ができないんだろうな。ってその前に出会いをください。

というわけで、彼女ができない原因は誰にでも優しくするし、中性的だからってことになったみたいです。って本の中から答えを探そうとしているのは僕だったって結論になるんでしょうかね。(~へ~)う-ん


posted by kbb at 09:59 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(1) | 村山由佳

2006年03月02日

ゆっくりさよならをとなえる-川上弘美

「ゆっくりさよならをとなえる」 川上弘美

ゆっくりさよならをとなえるおはようございます。

僕はどうやら恋に落ちてしまったようです。

小説家のエッセイは読まないって決めていたのに、読んだところで絶対失望するって思っていたのに。川上弘美のエッセイ集「ゆっくりさよならをとなえる」を読みました。好きな女の子の一挙手一投足をのぞき見するかのように彼女の世界を堪能してしまいました。「センセイの鞄」のツキコさんや、「古道具 中野商店」のヒトミさん、"ハヅキさんのこと"(「発見」所収)のわたしなんかでなく、川上弘美自身が見たもの、彼女が聞いたこと、彼女のしたこと、彼女の考えたこと何もかもを知りたい、そんな気分になってしまいました。彼女の考えたことは小説を読めばわかるけど、彼女の見たり、聞いたりしたことはエッセイを読んだ方がはるかに効率よく知ることができるものね。

しょうがパンを作る彼女や(未だにしょうがパンがなんだかわからないけど)、蝶を怖がるけどそれを人に見せないように強がる彼女や、「檀流クッキング」という本を読んで「作りたい」ではなくて「作りたいっっっ」ってなってしまう彼女なんかを見て(読んでだけど)、かわいい!って思わず声がでてしまったりしてしまいました。

多摩川に行くときは動きやすいようにジーパンにスニーカーで行くんだろうな。でも、パーティーに行くときは周りから馬子にも衣装だねなんて言われながらも、見違えるようなワンピースを着て行くんだろうな。きっと清潔感あふれる格好が好きで、数は少ないだろうけど、それなりにどこに行っても恥ずかしくないぐらいはちゃんと揃ってるんだろうな、なんて。これは妄想ですね。

彼女がネット上でしたという「係占い」というのを探してやってみた。彼女は図書係であるらしい。こんなのを読むとすぐに自分はどうだろうなんて思うなんて、恋に違いないな。僕は、とりあえず見てます系の黒板係だったよ。結構当たってるね、これ。

自分から積極的にアタックするタイプではない。また失敗するとわかっている恋には手を出さない。


なんて、まさに今がそうじゃないかね。

彼女は本を読むたんびになんらかの教訓を得るらしい。ある時は「博物館に陳列するものはよく燻蒸すべし」であったり、「犬に名前をつけるのだったら呼びやすい名にしよう」であったり。でもね、「セックスは人を解放する」ってのだけはセックスの相手によって違うと思うよ、と反論したいな。解放してくれないものもあるよってね。

彼女はよく一人で、飲み屋のカウンターで飲んでいるらしい。ツキコさんのように。枝豆とビールと注文してカウンターに陣取る姿をもし見ることがあったら、僕はなんて思うのだろうか。かっこいいかな、なんで一人?って気持ちが先に来るかも。でも、絶対に声を掛けることはできないだろうなってことは確実に言えるかしら。さりげなく隣に座って観察しちゃうかも。

あれ、これじゃ恋をしているというよりも、ストーカーみたいだな。そんなの恋じゃないじゃん。恋には落ちていなかったようですね。それに大女(ご本人の言葉)は苦手なの。だって体が大きいと大味でしょ(想像だけど)。よけいなお世話でしたね。すみませんでした。



posted by kbb at 09:44 | 東京 🌁 | Comment(4) | TrackBack(1) | 川上弘美

2006年03月01日

賭博と国家と男と女-竹内久美子

「賭博と国家と男と女」 竹内久美子

賭博と国家と男と女なんだか朝、鼻が苦しくて起きるようになり、今年もやっぱり来てしまったのかなんてことを思いながら鼻をかんでいます。

さてさて、またまた読んでしまいました。竹内久美子の本です。「賭博と国家と男と女」。相変わらずばったばったと男と女について動物行動学的観点から説明してくれます。今回はそれに、国家と賭博まで加わるのだから大変なもんです。国家ができたのは、賭博があったからだなんて社会学者でもなかなかいわないんじゃないかしら。むしろ社会学者だからこそ言えないのかもしれないけどね。

今回も利己的な遺伝子の話しをわかりやすく、動物の繁殖戦略の例を使って説明してくれます。伊藤博文やチンパンジー、チャウシェスク、ニワトリやクマノミなんかもでてきて、ほんとに様々な子孫を残す方法を遺伝子は考え出したんだなぁって感心してしまいました。

まぁ、まじめに反論してみれば、動物が獲得する性質はすべて遺伝子が決定するものじゃなくて、環境によってつくられるもの(性格とはこっち)もあるのだから、すべてが遺伝子によって決定されるなんてことを言うんじゃないと竹内久美子に言ってやりたいけど、そんな無粋なこと言わずにちょっと聞いてよ、なんて声が聞こえて来るような魅力が竹内久美子の作品にはありますね。

彼女が言うには、近代日本をつくったのは芸者のおかげだそうです。これには様々な理由が付されているのですけど、一番大きな理由は、芸者がうまく疑似恋愛をさせてあげることによって男はもてまくっていると錯覚して、繁殖活動をしていると思いこませて、本当の繁殖活動で使うよりも少ないエネルギーしか使わないので、あまったエネルギーを近代日本の建設に役立たせることに成功したなんて言っています。これは結構納得できますね。疑似恋愛。大切ですよね。女性にとってもかもしれないけれど、男性はこれで自信をつける人も多いのじゃないかしら。こういうことができる女性ってのは男友達が多い気がしますね。それには男側にもうまく騙される心構えのようなものも必要なのかもしれないけれど。

読んでいて一番ビックリしたのは、1992年に書かれた文章なんですけど、現在の皇位継承問題なんかにも触れていて、今のままじゃ日本の皇統は途絶えてしまうので側室や愛人を皇太子に持たせましょうなんて言っているんです。そんな昔にそこまで考えていた人っていなかったんじゃないかしら。彼女は共和制よりも社会主義よりも絶対君主制がいい、なんて言ってる人ですから結構ラディカルですよね。彼女がいうには、共和制も社会主義もたかが(!)人間の思想から生まれたもので、遺伝子が長い進化の果てに獲得した順位制(=君主制)よりもいい制度であるはずがない。なんて言ってるんですよね。でも、読みながら、彼女がしたたかでしぶといと評しているイギリス人のチャーチルが「民主主義は最悪の政治形態である。 これまで試されたあらゆる政治形態を別にすれば。」って言ったのを思い出してしまいました。「そんなバカな!」で触れていたようなミームが他の形態を淘汰して民主主義を残したのかもしれないじゃないかなんて反論してみたくなりました。

家庭内で優位に立つ男性についても書かれていて、そんなオスは広く長期的に物事をかんがえることができて、言語能力に長けており繊細緻密で女性の心を読むのもうまいなんてことが書いてあるのですけど、僕は尻に敷かれていればいいなんて思っているクマノミタイプですから、物事を長期的に見られないし、女性の心も読めないのかなんて遺伝子的に言われた気分でちょっとショックでしたね。それに進化論的にみれば、花粉症にも適応できる遺伝子が残っていくはずだから、僕みたいのは淘汰されてしまうんでしょうね。


posted by kbb at 10:38 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 竹内久美子

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。