本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2006年04月25日

将棋の子-大崎善生

「将棋の子」 大崎善生

将棋の子おはようございます。「国破れて山河あり」とはいいますけど、夢が破れるとあとには何が残るのでしょうかね?

そんな夢破れた人たちのその後を描いた大崎善生の「将棋の子」です。将棋のプロになるためには将棋連盟が主催する奨励会というもので勝ち上がって四段にならないといけません。それには多いときで33人という人数でリーグ戦を行い上位二人にはいらないととならないのです。しかもそこには年齢制限がかかり、21歳までに初段、26歳までに四段にならないと強制的に退会させられてしまいます(年齢や制度は突然変わることもあるそうです)。

そんな風に年齢制限やその他の理由で奨励会を退会していった人たちのその後を追った大崎善生のノンフィクションです。将棋のことなんてまったく興味がないし、駒の動かし方ぐらいしか知らないのに、とっても楽しめましたよ。千駄ヶ谷で今働いているのですけど、日本将棋連盟の本部が千駄ヶ谷にあって、その地名がよく出てくるのもちゃんと風景を思い描けた原因でしょうね。僕の働いているところにも、この人将棋指しだろうなって人がたまに来ますから身近に思えたんでしょうね。

夢破れたあとってのは挫折や苦しみしか残らないかというとそうでもないようですね。ある人はその一時の苦しみから逃れるために全財産をギャンブルに使ってしまったり、ある人はなけなしのお金を持って南に旅をしたり、ある人は死にものぐるいで勉強して司法書士の資格をとったり。それぞれがそれぞれの方法で挫折を乗り越えていきます。

棋士というのは特殊な環境で育つもののようで、中学校すらまともに行かずにプロ棋士の内弟子になり十代のはじめの方から奨励会にはいり、一般の社会から遠く離れた生活を過ごします。そして26歳で強制退会となり突然社会に放り出されてしまうのです。それはとっても怖ろしいことだろうなと思いましたけど、みんなちゃんとその社会に順応していけるんだなってちょっと安心しました。

大崎善生の小説を読んだ時にこの人のノンフィクションは文章が透明過ぎるが故にノンフィクションとして感じられないのじゃないかしらって思って読んだのですけど、これはフィクションですって言われて読んだら小説として感じてしまうような作品でした。

この作品を読んでいて思ったのですけど、ノンフィクションだろうがフィクションだろうが、作品を通してその作者が自分自身を見つめ直すのが文章を書くってことなんでしょうね。この作品も奨励会という実在のものを通して作者自身が自分を見つめ直していく過程がよく描かれていました。

大崎善生は将棋雑誌の編集長をしていたようで、「パイロットフィッシュ」「アジアンタムブルー」の主人公が雑誌の編集をしていたのもそれが元なんでしょうね。

「聖の青春」の方がおもしろいよと友人に薦められているので今度はそっちですね。



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2006年04月23日

29歳-トゥエンティ・ナイン-藤堂志津子

「29歳-トゥエンティ・ナイン」 藤堂志津子

29歳おはようございます。なんだか久々の更新になってしまいましたね。文章っていつも書いていないと書き方を忘れてしまうものですね。どうやって書けばいいのかなんだかわからなくなってきました。今は昔働いていた職場に短期間だけ復職しているのですけど、時間帯も今と同じ深夜で、今よりも長い時間毎日入っていたのに、毎日のように仕事終わった朝に彼女を学校に送っていきがてらドライブに行ったり、デニーズに行っておしゃべりとかする体力があったのに、今はもうだめですね。仕事終わったらすぐに帰ってすぐに寝たいですもの。たまに勤務時間が短いときとかがあって普段の疲れをとるかのように長い時間寝ると、今度は寝疲れしてしまっていやになっちゃいます。体の芯の方に残るしびれみたいなのは年をとった証拠なのでしょうか。そろそろ30へのカウントダウンがはじまるのでしょうかね。でも職場の店長はまだ小さい子を二人も抱えて母子家庭なのに、毎日12時間以上週七日仕事していますからね。母は強しってことなのでしょうかね。

さてさて、長い愚痴というか、前置きからはじまりましたが、藤堂志津子の「29歳-トゥエンティ・ナイン」です。29歳の女性、多希の物語です。多希はアメリカ留学中の29歳。カリフォルニアのコミュニティカレッジを優秀な成績で卒業し、さらに自分を試したくてカリフォルニア州立大学バークレイ校へ進学します。しかし、しっかりと勉強しなければついていけない環境で恋との両立に悩みます。

帯に「これは愛なのだろうか・・・」って書いてあるのですけど、この本に描かれているのは男女の「愛」ではないと思います。多希はカリフォルニアで領と出会いますが、この男がまたどっかの誰かさんのように最低の男で多希とつきあっていながらもともと好きだった白人女性に言い寄られるとそっちにふらふら行ってみたり、それに飽きると多希に戻ってみたり、振ったはずの多希に返すあてのないお金を借りにきたり、「多希が必要なんだ」と言ってみたり。多希も29歳にもなったのならそんな男だめだろうってことぐらいわかっていてほしかったな。この二人にあるのはむしろ「母性愛」なんじゃないかしらっておもっちゃいました。領は甘えるだけ甘えて多希を傷つける。そして多希はそれを許すって感じでね。それでいて、勉強する時間がないっていいだして、領をとるか勉強をとるかで悩みだしたりして・・・。思わず読みながら「ふーん」って言ってしまうような物語でした。

タイトルからそろそろ30になる女性の心の変化のようなものが描かれているものと思って買ったのですけど、期待はずれでしたね。これを描くなら29歳って設定じゃなくてもいいのじゃないかと思ってしまいました。「藤堂志津子恋愛傑作選」はほんとに傑作揃いだっただけに、残念でしかたありませんでした。

なんだかこの記事を書いていて、ほんとに30がやってくるんだなぁと実感してしまいました。それを意識しはじめたら老けるのも早いのだろうなって思うのですけどね。今切り捨てで20歳って自分で言ってますから30の誕生日に突然10も年をとることになってしまうのが今一番の恐怖ですね。


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2006年04月20日

うつくしい子ども-石田衣良

「うつくしい子ども」 石田衣良

うつくしい子どもおはようございます。MOWさんのところでおもしろそうなのがあったのでやってみました。

「成分解析 on WEB」です

いろんなものの成分を解析してくれるそうです。

kbbの解析結果

kbbの94%は鉄の意志で出来ています
kbbの4%は歌で出来ています
kbbの2%はミスリルで出来ています

「僕の名前」の解析結果

46%はむなしさで出来ています
30%はミスリルで出来ています
8%は心の壁で出来ています
8%はマイナスイオンで出来ています
8%は柳の樹皮で出来ています

あれやこれやの解析結果

あれやこれやの71%はビタミンで出来ています
あれやこれやの13%はマイナスイオンで出来ています
あれやこれやの9%は心の壁で出来ています
あれやこれやの5%は成功の鍵で出来ています
あれやこれやの2%はお菓子で出来ています

kbbが94%の鉄の意志でできていたとは知りませんでした。毎日更新するって決意も守れないのにねぇ。それに音痴なのに、4%もが歌でできていたとは・・・。名前の94%の空しさと8%の心の壁はなんだか、うーんって考えさせられてしまいました。柳の樹皮はのらりくらりってことなんでしょうかね。ん?柳の樹皮ってとれるんでしょうかね。むしろ草花の茎のようなやわらかいのしかないような気もしますけど。あれやこれやの71%がビタミンですって。そんな風に来てくださった人が栄養補給できていってくださればいいと思うのですけど。プラシーボ効果ということでもいいのですけど。

ついでに、今日読んだ石田衣良さんも解析してみました。

石田衣良の解析結果

石田衣良の69%は微妙さで出来ています
石田衣良の11%は成功の鍵で出来ています
石田衣良の9%は心の壁で出来ています
石田衣良の8%はマイナスイオンで出来ています
石田衣良の3%は気の迷いで出来ています

微妙さってのはどうなんでしょうかね。成功の鍵はどういう意味なんでしょうかね。成功じゃなくて鍵なの?ってつっこみたくなってしまいますけど。あんまりあってないような気がするな。
むしろ73%の純情さと27%の観察力でできているような気もしますけどね。

そんな彼の純情さを味わえる小説「うつくしい子ども」を読みました。

小さな街で九歳の女の子が猟奇的に殺害され、犯人はぼく、ミキオの弟、カズシだった。家族や地域が変質していく中で、弟がどうしてそんなことをしてしまったのか調査を始めるミキオ。そんなミキオの成長が描かれている小説です。ミステリーなんて書いてあるけど、むしろ成長譚として楽しみました。

石田衣良は子どもの心をもった大人なのかどうかわかりませんけど、それとも27%の観察力がなせるわざなのか、少年や青年の心理描写がとってもうまいですね。ミキオ君や友達の長沢君、ハルキさんなんて、ちゃんとその辺の小学校・中学校に一人や二人いそうですものね。

でもね、最後の方なんですけど、ある人が責任をとって自殺をする場面があるのですけど、これはどうかなって思ってしまいました。この辺に石田衣良の純情さが出てしまったのではないかと。死んでとれる責任なんてほとんどないと思っていますからね。生きてこそでしょ。これじゃミキオ君があまりにもかわいそう。それを受け入れていくような描写になっていますけど、14歳の子どもにそれは受け入れられないような気がしました。

なんだか二回続けて成長譚を読んでいますね。自分自身が成長したいのかもしれませんね。次は恋愛物でもよみましょうか。だって恋愛したいですもの。









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2006年04月18日

少年たちの終わらない夜-鷺沢萌

「少年たちの終わらない夜」 鷺沢萌

少年たちの終わらない夜おはようございます。

鷺沢萌の「少年たちの終わらない夜」です。十代最後を迎える若者たちを描いた4編が収録されています。この本を読むともう自分は若くないのだなぁとなんだか実感させられてしまいました。彼らの気持ちの変化を辿っていくことしかできないのだもの。

"ティーンエイジ・サマー"は作者自身の大学時代のことを書いているのかしらって思っちゃいました。なかなか描写が細かくてね(笑)多分、描かれている世界がいわゆるバブルと呼ばれている時代の高校生・大学生のことで、自分はまったくこの時代に生きていないので、なんだか想像を超えてしまって実感することができないのがとても残念でしたね。時代を感じるのはその時代に生きていないととても難しいものね。

世の中にはいつも忙しい忙しいという人が多いですよね。それを自分のアイデンティティかなにかと勘違いしていて、それを言い訳にしている人が多い気がします。そんな人たちの描写が"ティーンエイジ・サマー"にあってなかなか面白かったですね。

忙しいと口に出すこと自体に快感をおぼえているうようでもある。


きっとそういう人たちってのは時間がうまっていないと不安になってしまうのでしょうかね。なにをしていいのかわからないというかね。暇はつくるものだよってそういう人たちのその言葉になんど言ったことかしらって思い出してしまいました。最近はそういう反論をするのもめんどくさくなりつつあるのですけどね。これはきっと僕が大人になったってコトなのかしらね。

今、この文章を書いていてふと思ったのだけれど、忙しいという口実の元にただ単純にふられていただけなのかしら・・・。なんだか空しくなってきたので今日はこの辺で。


posted by kbb at 09:02 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 鷺沢萠

2006年04月16日

星に願いを。-川口晴

「星に願いを。」 川口晴

星に願いを。おはようございます。先日ダーツに行ったらびっくりすることが起こってしまいました。



とぼけた顔のフライトがかわいいでしょ?
           びっくりすること

ダーツの矢のフライト(羽の部分)に後から投げた矢が刺さったのですよ。もうね、びっくりするしかなかったですね。こんなのドラマや映画でしか見たことなかったですからね。しかもすっぽ抜けたのがこんなのになってしまって、動揺しまくりでした。おかげでそのあとはぼろぼろでしたけどね。

そんな奇蹟が起こる物語「星に願いを。」です。竹内結子主演の映画の小説化らしいです。映画は見たこと無かったのですけど、ブックオフでみつけて、読んでみようと軽い気持ちで買ってしまいました。

文章自体はとっても映像的で読みやすくてよかったですね。ファンタジー色が強いと言うことでなかなかご都合主義なところもあるけれど、まぁそれは映画ということもあってしょうがないですね。看護婦・奏は救急救命室の看護婦なんですけど、彼女が看護師であるにもかかわらず、一人の患者さんの死によって立ち直れなくなってしまうところはリアリティがあって、なかなか興味深かったですね。自分の気持ちや感情を押し殺さなければやっていけない職業にもかかわらず人の死と隣り合わせなんて、すさまじいですよね。

函館が舞台のお話なんですけど、先日友人が函館に旅行に行って、その子から聞いた函館の景色がとってもそのまんまでなかなか楽しく読めました。一度でいいから函館に行ってみたくなりましたよ。そんな点ではこの映画なり小説は大成功なんでしょうね。

今度テレビで同じ竹内結子主演の「今、会いにゆきます」をやるようですね。これは友人からもすすめられていて絶対見ようと思っています。楽しみですね。
posted by kbb at 11:49 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ カ行

2006年04月14日

娼年-石田衣良

「娼年」 石田衣良

娼年おはようございます。昨日は寝る前に飲み過ぎてしまったらしく、豪華二本立ての妄想劇場を夢でみてしまいました。一本は日本の宇宙開発の危機を乗り越えるべく超巨大な磁石を巨大タンカー二隻で種子島宇宙センターに運ぶという大冒険スペクタクルでした。ちょっとおかしな秦教授という人やさらにおかしな彼の秘書なんかがでてきて、起きてからちょっとぼーっとしてしまいました。

ああ、夢だったのかと思い、まだ早い時間に起きたのでもう少し寝るかと布団にはいると、また、新たな妄想劇場が幕をあけました。今度は昔のあの子がでてくる恋愛ものです。すっごい天井の高い行きつけの飲み屋(そんなところないけど)にいる僕。そこに見知った顔を見つける。なぜか制服を着ているあの子。(大学に制服なんてあるはずないけど)成蹊大学に入ったの?と聞くとこくんと頷く。その隣にちょこんと立つ制服姿の男の子。彼女の弟らしい(弟なんて彼女にはいなかったけど)。そして、その隣には彼女の母親が立っている。姉弟の入学式後の謝恩会(なんで入学式のあとに謝恩会なのかわからないけど)がそのお店で行われていて、偶然そこに居合わせたらしい。そしてもう帰るという彼女を店の外まで見送る僕。彼女の弟に冷やかされながら店の外に出ると、彼女が大きな箱を僕にくれる。自分の席にもどりその箱をあけるとお皿に盛りきらないほど大きなケーキが五つも入っていた。それを眺めながらすがすがしい気分で(なぜ?)ダーツを投げる僕。

ってところで目が覚めました。夢でこういう妄想を繰り広げると寝ているのにまったく疲れがとれませんね。また見てしまうのではないかと思うとうまく眠りに入れないしね。
まったく困ったものです。この妄想はどこから来るのでしょうかね。願望なのかしら。

ということで、彼女が夢の中で入学した成蹊大学出身の作家、石田衣良の「娼年」です。帯に「ぼくを、買ってください」などの刺激的な言葉が並んでいます。どんな内容なのか見当もつかないけれど、きっと性的な描写は相変わらず細かいのだろうなって程度で買いました。

おもしろかった〜。数時間本の世界にどっぷりとつかってました。幼いころに母を亡くした男、リョウ。彼がある日女性向けの売春クラブに誘われてその世界に浸かっていく。天性の才能をもつ彼が女性の欲望の幅や深さに驚かされていく。そして同僚のアズマの性的嗜好にも驚かされ、それすらも受け入れていく。そして・・・

って内容です。石田衣良ってすっごい言葉の使い方がうまいですよね。

写真は何枚も残っているが、どれも違う人間のようだった。写真には母を取りまいていた光や風、それにあの手のあたたかさが写らないからだ。母の顔を思いだすのはひどくむずかしかった。


なんてうんうんって頷くしかなかったですね。どの写真をみても僕の知ってる母の面影を見つけるのは難しいのですもの。それに、母に限らず、今までつきあった子や友人ですら、写真と実物がどうしても同じものに思えないのですよね。人間にまつわる何かを写真は撮り切れていないのでしょうね。

それにしても、石田衣良は描写がうまいだけに、目を覆いたくなるような残酷なシーンも細かく書いてしまって本を閉じたくなりますね。性的なシーンも細かく描いていて、実はこの人相当欲求不満なんじゃないかしらって心配になってしまいましたよ。って言ってる自分が一番欲求不満なのかもしれませんけどね。





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2006年04月12日

猛スピードで母は-長嶋有

「猛スピードで母は」 長嶋有

猛スピードで母はおはようございます。家の外からホーホケキョとウグイスが鳴いている声がするのですけど、都内では珍しくないですかね。こんなの聞くの久しぶりでホーホケキョと鳴くのはウグイスだったっけ、それとも別の?とグーグルで調べてしまいましたよ。

そんな鳥とはまったく関係ないのですけど。長嶋有の「猛スピードで母は」です。川上弘美の「あるようなないような」で川上弘美と長嶋有はパソコン通信仲間だったって書いてあったのですけど、まぁそんなのを読んだこともあり、興味をもって買ってみました。

"サイドカーに犬"と"猛スピードで母は"の二編収録です。猛スピードで母は"は芥川受賞作らしいです。帯に村上龍の言葉で「家族の求心力が失われている時代に、勇気を与えてくれる重要な作品である」と書いてあるのですけど、読後に、勇気を与えてくれる?とクビをひねってしまったのは僕がまだ家族をもったことがないからでしょうね。

“猛スピードで母は”は小学生の男の子、慎の視点で“サイドカーに犬”はまだまだ小さい女の子、薫の視点で書いてあります。どちらの作品にもとても魅力的な人が多くでてきて、なんだかうれしくなっちゃいますね。猛スピードで〜の方は母親の再婚するかもしれない恋人が出てくるのですけど、その人も魅力的だし、母親も魅力的なのに、どうしてうまくいかなかったんだろうかって思っちゃいましたけど。

母を亡くしてから、父には恋人ができたのですけど、それが父よりも一回りも下の女性で一回だけ会ったことがあるのですけど、なんだか酔っぱらってひどいことをいった記憶もないのですけど家の近くであっても知らんぷりをされてしまっています。弟なんかは、飲み屋でたまたま一緒になってしまっていきなり頬をひっぱたかれたそうです。なんだかよくわからない女性なのですけど、父親も寂しいだろうし、家族では絶対いやせない寂しさってのもあると思うので、好きにしろって思うことにしています。だからこういう風に子供に賛成される再婚相手というか親の恋人の話を読むとどうしても違和感を感じてしまうのですよね。最後に母親が慎にタバコを車外に捨てるように促す場面があるのですけど、これは絶対許せないって思っちゃいましたけどね。

サイドカー〜の薫ちゃんはそりゃもうかわいらしい女の子で、でもちゃんと自分をもっていて、自分が小さい頃はこんなに考えていたかしら。それとも女の子ってのは精神年齢が高いというけれど、みんなこんな感じなのかしらね。

なんだかわからないけど、幼稚園の頃とか小学校の記憶がほとんど残っていないのですけど、連続的に思い出せる一番小さい時の記憶が小学校六年生の時のものなのですけど、これってどんどん記憶が失われつつあるってことなんでしょうかね。このまま年をとっていくにしたがって記憶もどんどん無くなっていってしまうのでしょうかね。こわいですね〜。なんだか。





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2006年04月11日

藤堂志津子恋愛傑作選-藤堂志津子

「藤堂志津子恋愛傑作選」 藤堂志津子

藤堂志津子恋愛傑作選おはようございます。昨日の記事を読み返すと、なんだか恥ずかしくなるぐらいただの愚痴、もしくは言い訳ですね。まったくもう・・・。

さてネット上でまたまた占いをしてみました。って書くとなんだか占い好きの男の子みたいですね。

「出会いの相性占い」です。

結果はツンドラ君だそうです。結果が長いので転載する気にもなれないのですけど。

社交性 低い
論理性 普通
保守性 高い

だそうです。

性格

非常に冷静沈着で、理詰めで物事を考えます。その思考は氷のように冷徹でクリア。自分の感情をコントロールして、常に平常心を保つストイックなところがあり、出会いの場でもマイペース。変に女の子に取り入ろうとして愛想笑いをしたり、おべっかを使ったりすることは、まったく念頭にありません。だからこそ、出会いのチャンスだと意気込む他の男性たちの中において際立ってスマートかつ魅力的に見えるようです。

女性を選ぶ基準は、何を差し置いてもハイレベルであること。知性や思いやりなどといった数値化されにくいものよりは、家柄が良くて有名大学出身、名のとおった企業に勤めている自立した女性、もちろん容姿は端麗で…なんて、わかりやすい基準で判断します。逆に言えば、数字や目に見えるものといった面で基準がないものに関しては、信用できないとすら思っているようです。確固たる答えがない“恋愛”というものに対し、漠然とした不安を抱いているのかもしれません。

だそうです。全然当たっている気がしないのですけど、人にはこうみえているってコトなのかもしれませんね。

さて、そんな占いを思わずしてしまいそうな女性の心理を描いている作品。藤堂志津子の「藤堂志津子恋愛傑作選」です。様々な文庫で出版されている9編の短編が収録されているのですけど、それが25歳から34歳までの女性がヒロインとなっていて、先に進むほど上の歳の女性が描かれていきます。

女性って年齢が一つ違うだけで、こんなに考えていることが変わるのですね。25では結婚したい女性が出てくるのですけど、一つ歳を取るだけで諦めというか達観というか、結婚なんて・・・なんて女の子が出てきます。自分と同い年の女の子や、大学の時同級生だった女の子の気持ちはどうだったかしらなんていろいろと考えてしまいました。

三十四歳の女性はこう考えます。

二十歳の女性のように自分の気持ちに忠実につっ走るには、さまざまな人間模様や人生の断片をかいま見てきました。

つい最近、フジテレビの「恋の力」という連続ドラマの再放送で同じようなセリフを聞いたのを思い出しました。深津絵里扮する三十代の女性が恋をあきらめようとして、「自分は周りを気にせずに恋をするには年をとりすぎた」、なんてことを言うのですけど、これは僕も経験があるのでよく理解できるような気がします。もう自分の将来や相手の状況を考えずに好きって気持ちを表すことができなくなってしまっているのですよね。これは臆病になっているってことなんでしょうかね。

35歳の女性も

「私のこと、どうするつもり?」


というセリフを言わずに飲み込んでしまいます。これも年をとり過ぎちゃったってことなでしょうかね。昔21歳の女性に「私のことどう思ってるの?」と言われたことがありましたけど、それはまだまだ彼女が若かったから言えたセリフなんでしょうね。

この本を読んでまだまだ女の子の気持ちなんて全然わかってない自分に気付いてしまって愕然としてしまいましたよ。これからどんどん勉強していかなきゃだめですね。





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2006年04月10日

大統領のクリスマス・ツリー-鷺沢萌

「大統領のクリスマスツリー」 鷺沢萌

大統領のクリスマスツリーおはようございます。始発の電車ってのはみんな疲れた顔をしているのが不思議ですね。飲んで疲れた若者、仕事明けで疲れたおじさん、早起きで疲れたサラリーマン。朝なのだからもっと晴れ晴れとした顔をしていてもよさそうなのにね。晴れやかな日だから、すがすがしい顔をするという表現を聞きますけれど、あれは嘘だったのでしょうかね。

前置きはまったく関係なくて、今日感じたことを書いてしまいました。読んだのは鷺沢萌の「大統領のクリスマス・ツリー」です。映画化もされているようですね。

舞台というか、描かれているのはとっても短い時間なんですよね。夫婦である、治貴と香子がドライブしているのですけど、時間的に一時間とか二時間ぐらいのものです。それが香子の回想シーンを織り交ぜながら物語として描かれています。

解説で俵万智が書いているのですけど、幸福な家庭はすべて互いに似通ったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが違っているものである、とトルストイが言ったが幸福な家庭を恋愛中の二人に、不幸な家庭を恋愛の終わりに、置き換えることも可能だろう、と言っています。そして、この小説は治貴と香子の別れの物語です。恋愛小説でなかなかハッピーエンドの物語を見かけないのですけど、やはりそれは、上の言葉に理由が見つかりそうな気もします。

香子の言葉にこういうのがあります。

「ずっとずっと治貴の隣に坐ってこの町をドライヴしていたかった。」

この言葉から昔の恋愛の話しでもしようかと思ったのですけど、疲れすぎて文章を書く気になれないのが残念でした。というより、誰もそんなの期待してないか・・・(´Д⊂グスン

一日一冊の本は行き帰りの電車の中で読めているのですけど、それを文章にするのに、億劫になっています。書きたいのだけれど、早く寝たい。起きてからすればいいじゃないかという声も聞こえてきそうですけど、でも書きたくてしょうがないのです。今も睡魔と戦いながら、この文章を書いております。
やっぱり人間は夜寝るようにできているのですね。

なんだかこんな文章をアップするのが恥ずかしいですけどお許しを。ではでは〜。おやすみなさい。


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2006年04月08日

光ってみえるもの、あれは-川上弘美

「光ってみえるもの、あれは」 川上弘美

光って見えるもの、あれはおはようございます。さっきテレビ寺子屋という番組にアグネス・チャンがでていましました。彼女、テレビに出ていないなぁと思っていたら教育学博士までとっていたんですね。

その彼女が番組でおもしろいことを言っていました。教育とはcorrectを教えるのではなくて、rightを教えるのだと。日本語だと、両方とも「正しさ」「正しいこと」と訳せると思いますけど、英語だと、「correct」は社会的、歴史的に正しいこと、「right」は人として正しいこと、という風にちょっとニュアンスが違うんですね。そして、教育は「correct」に対して常に懐疑的になりながら、「right」をみつけていく過程だと。

僕が小説や本を読む理由って、このrightを探すために読んでいるのではないかと思いました。よりよく生きる、何かの答えを探すために読む。そこには決して活字中毒という言葉で説明できないなにか他の理由があって、小説を手にとってしまうのではないかと。考えさせられてしまいましたね。早起きは三文の得といいますけど、ふと目覚めただけでも、こんなに得できたのだからほんとのことなんですね。それにしても、アグネス・チャンはいつまでも日本語がうまくならないですね。助詞の使い方とかね。彼女の言葉を聞いているだけでもなかなか楽しめましたよ。

さて、はたまた、川上弘美に戻ってきましたよ。「光ってみえるもの、あれは」です。川上弘美初の家族小説というか、成長の物語というふれこみの作品です。

高校生の僕、翠と同級生の花田、恋人らしく平山水絵、川上弘美の作品によくでてきそうな女性であり、翠の母親である愛子さん、そして同居しているおばあちゃんの匡子(まさこ)さんが織りなす物語です。翠が平山水絵との関係や、花田との関係、はたまた母親や遺伝上の父であり、しかし尊敬できない大鳥さんなどを通して、「correct」に違和感を感じながら「right」を見つけていく過程が描かれています。

大鳥(おおとり)さんをどうしても「おおしま」さんと読み続けてしまって、頭の中で変換するのに、手間取ったりしていたのですけどとっても楽しめる作品でしたね。最後の最後でそうきたかぁとちょっと裏切られちゃったのにはちょっと不満が残りましたけどね。

愛子さんがまた素敵な女性で、「すぐ目の前にいる人と簡単に恋愛しちゃったり」する、なんだかとってもかわいいって抱きしめたくなるような人なのですよ。愛子さんはそういうの嫌がるだろうけどな。でもたまにぎゅっと抱き返してくれそうな気もしますけどね。「あるようなないような」だったと思うのですけど、川上弘美は小さい頃に女性性や男性性が描かれているような絵本を読ませてもらったことがなく、自分の子供にも与えないようにしらずしらずのうちにしていた。という記述があったのですけど、そういういわゆる男らしさ、女らしさを植え付けられることのなかった川上弘美の描く女性がとっても女らしいというか色っぽいのがとっても不思議ですね。むしろ社会的につくられている、女性らしさってのはとっても間違っているのかもしれませんね。

大鳥さんってのがまたぱっとしないおじさんなんですけど、なぜか女性にモテモテなんですよね。どうしてだろうって参考にしようと思ったのですけど、なかなかどうして、そのやりかたというのは自然と身につけられるようなもので真似のできるようなものではないみたいですね。その彼が言うのですよ。

「女の言葉を額面通り受け取る方がいけない」
「もちろん額面通りに受け通す、ってやり方も、あることは、ある」
「でも、それは、ものすごく険しい道だぞ」
「地球上の男は誰一人として、その道の果てまで行けたことは、ないかも、しれない」

なかなかプレイボーイな発言ですよね。僕はいつも女の子の言葉を額面通りに受け取って振り回されたあげくに振り落とされて疲れてすごすごと帰ってくるパターンが多いので彼のいいたいことが身にしみてよくわかりましたよ。まったく女って生き物は。ってこの最後の締めの言葉、もう何回言っているのでしょうかね。


posted by kbb at 07:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(2) | 川上弘美

2006年04月06日

やっぱりミステリーが好き-雨の会編

「やっぱりミステリーが好き」 雨の会編:井上夢人 大沢在昌 折原一 坂本光一 高橋克彦 新津きよみ 東野圭吾 矢島誠 

やっぱりミステリーが好きおはようございます。昨日は冷たい雨がずっと降っていましたね。久しぶりに渋谷に行き、駅の二階からハチ公前のスクランブル交差点を眺めていたのですけど、傘の花がとても美しくて見とれてしまいました。

さて、なんでこんな名前なのかわからない「雨の会」というミステリー作家が集まった会が編集した「やっぱりミステリーが好き」という本を読みました。大沢在晶や井上夢人(岡嶋二人の片割れです)、東野圭吾といったそうそうたる顔ぶれです。

実は東野圭吾の短編が読みたくてみつけた本だったのですけど、なかなかおもしろいですね、彼の作品は。他の人と比べられたからよりいっそうそう思ったのかもしれないけど、なんだか視点というか味が違う気がしてなかなか楽しめましたよ。

井上夢人のはトリックというかタネがちょっとわかりづらかったってのが正直な気持ちです。結末はなかなか楽しめたんですけどね。大沢在晶はちょっとハードボイルドすぎて苦笑してしまいましたし・・・。

ミステリーがどんな種類の作品をさすのかはよくわからないけれど、もしこの本に載っているのが代表的なミステリーと言われる種類のものだとしたら、ぼくは「やっぱり」ミステリーは好きになれないなってのが読み終わったあとの本音です。(ミステリーをバカにしているわけでも、サゲずんでいるわけでもありません。ただの個人的好みなのでご容赦ください。)

国会図書館にある本だけで百万冊を越えているのに、50で死ぬとして一日一冊読んだとして一年間に360冊ぐらい。あと30年あるとしても、一万冊しか読めないとしたら、こういう種類の作品ではないものを手に取りたいなって思ってしまいました。ほかに読む本がなくて、そばにあったら手に取ると思いますけどね。といっても手元に有栖川有栖の「海のある奈良に死す」というミステリーっぽい作品(よくよく考えてみるとこのタイトル興味をそそられますね。上の発言をしたそばからまったく・・・(笑))も積まれていますし、友人に東野圭吾の「むかし僕が死んだ家」をすすめられているのですけどね。

それにしても、あと一万冊しか読めないんですね。なんだか具体的な数字がでてくると愕然としてしまいますね。それだけなんだって。もっともっと読みたい本がいっぱいあるのに・・・。





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2006年04月05日

アジアンタムブルー-大崎善生

「アジアンタムブルー」 大崎善生

アジアンタムブルーおはようございます。今日は前置きなんて抜きにして作品の紹介を。

それぐらい今回のはよかった。よかったというより、号泣してしまいました。こんなに泣いたのは「博士の愛した数式」以来かも。

大崎善生の「アジアンタムブルー」です。最初の方はたんたんと物語がすすんでいくのですけど、途中から一気に泣かせてくれました。着ていたシャツがびしょびしょになるほど・・・。ここまで人を感動というか共感させてくれるなんてこの人ほんとにすごいんだなぁって実感してしまいました。最近自分でも友達に見せてるぐらいですけど、小説らしきものを書いているのですけど、この本を読むと自分のがいかにつまらないかって思えちゃって自信喪失気味です。僕にはここまで人を共感させるようなものは絶対書けないだろうなって思っちゃいました。

あらすじとしては、エロ本の編集者山崎はカメラマンの葉子と出会い、二人は恋に落ちていく。しかし、葉子は30なったばっかりだというのに、人生を終える。その終えるときに山崎には何ができるのか・・・って感じかしら。山崎や沢井、五十嵐など「パイロットフィッシュ」の続編のような感じです。僕はアジアンタム〜の方が話しとしては先なんじゃないかって思うんですけど、こっちの方が時間的にあとだって言う人もいるみたいですね、アマゾンのレビューを見る限りでは。

読み始めた時は

「男の子と女の子が街を歩くときは手ぐらいつなぐものでしょう」

という先輩のセリフや山崎は同棲を申し入れた時の葉子の断り方なんかを書きだそうと思っていたのですけど、そんなのもういらない、ってぐらい読後は呆然としてしまいましたね。

普段このブログでもずっと言ってるように、短編小説の方が好きでした。小説なんて言いたいことがあって、それが伝わればいいわけで、それを伝えるのにつらつらと言葉を並べるよりは上品に少ない言葉で確実に伝えられるのが作家の力量だと思っていたからです。でも今回「アジアンタムブルー」を読んで、長編もいいなぁって思ってしまいました。エピソードがいくつもいくつも重なり合って作品全体の雰囲気を作り出して、もうこれでもかってぐらい泣かせてくれる。うーん、今まで僕は何を読んでいたのでしょうかね、まったく。大崎善生がうまいってことなですかね。長編を読み終わって、無駄な時間を過ごしてしまったなって思うのが悔しいから短編に逃げていたのかもしれませんね。

葉子が死んでいく過程で、自分の母親の病室のことを思い出してしまい、それが涙となっていたのかもしれませんね。でも自分の彼女がこうやって死んでいくときは、僕も山崎と同じようにしてあげたいっておもっちゃいますね。

それを影からサポートしてくれる、山根先生がまた泣かせてくれるんですよね。世の中に本当にこんな医者いるんですかね。

隠す意味のないネタバレです。反転させてください。
(ここから)この本の裏表紙に書いてある、あらすじなんですけど、これって誰が書いているんでしょうかね。編集者かしら?これ、葉子が癌で死ぬことが書いてあるのですけど、そこが途中まで伏せられて初めて作品全体に通じている雰囲気が感じられると思うのですけど、どうなんでしょうかね。(ここまで)

大崎善生にはこれからも注目です。


posted by kbb at 05:49 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(3) | 大崎善生

2006年04月04日

パークライフ-吉田修一

「パークライフ」 吉田修一

パークライフおはようございます。昨日は風が強かったですねぇ。暖かくなってスカートの生地が薄くなっている上にあんな強い風で新宿渋谷あたりに行けば十分目の保養ができたのじゃないかしら。なんて春の嵐からこんな文章しか書けない僕もいればこんな素敵なことを考えている人もいるわけで隣で歩いている人が何考えているか実際わからないですね。これは感性の違いなのかしら。それとも精神年齢?もしかしていつもスケベなこと考えすぎってコトかしら。

さて、そんな春の風に手でスカートを押さえながらぽかぽか陽気に誘われるようにランチをするOLが集まりそうな日比谷公園が舞台の小説、「パークライフ」です。吉田修一の芥川賞受賞作だそうです。吉田修一は初めてなのでわくわくしながら本を開いてみました。

帯に芥川賞選評なんて載っていて、三浦哲朗は隅々にまで小説の旨味が詰まっていると絶賛し、河野多恵子は人間が生きて在るとどういうことか、伸びやかに深く伝わると称賛しているのですけど、そこまでおもしろいと思えなかった僕は、きっと全然読めていないんでしょうかね。

公園や登場人物の描写はとっても素敵で、

自分の価値は何人から好かれたじゃなくて、誰から好かれたかってことが大事なのに。

という、印象的な言葉や

「似合いますね」と言おうかと思ったが、言わない方がまた近いうちにこの姿を見られそうで、敢えてその言葉を飲み込んだ。

っていう、とってもためになるセリフとかもあったのになんだかストーリー展開がなくて、最後の彼女の「よし。・・・・・・私ね、決めた」ってセリフも、ん?なにを?って突っ込んでしまいました。全然物語にはいれなかった証拠ですね。

それよりも一緒に収録されている「flowers」の方が面白かったな。飲料配送会社で変な人に囲まれて生活する石田。一緒にでてきた妻の鞠子までどんどんおかしくなっていって、でもそれをだんだんと受け入れていく。一緒に配送している、元旦というやつもとっても変なやつなんですけど、でもこういうやついるよなぁって感じで。どんどん引き込まれてしまう物語でした。



posted by kbb at 16:56 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 吉田修一

2006年04月03日

ありがとうございます。

1万です。感謝感謝

さっき、偶然更新したらカウンターが一万を越えたのをみつけてしまいました。どうやら自分で踏んでしまったようです。

これもひとえに見てくださるみなさまのおかげです。なんだかつまらない文章だけれども、見てもらえているのだなと思うと、続ける気力が沸いてきますね。うれしい限りです。

夏休みの日記のようにまとめて書こうとせずに、毎日こつこつとやるほうがやっぱりいいんですね。
というわけで、このブログを書くことを口実に毎日の読書を自分に課すことができて、人生で一番密度の濃い読書生活を送っているような気がしています。

みなさまどうもありがとうございます。こんなところですけど、今後ともどうぞよろしくお願いします。
posted by kbb at 07:37 | 東京 🌁 | Comment(12) | TrackBack(0) | 雑記

妊娠カレンダー-小川洋子

「妊娠カレンダー」 小川洋子

妊娠カレンダーおはようございます。今度アルバイトをはじめました。それがまた、夕方から朝の5時までという普通の人間とは真逆の生活をするはめにおちいりました。たった二ヶ月のことだし、まだまだ若い(ここ重要ですよ。テストにだしますよー)ので大丈夫だと思いますけど、こういう生活をすると人間は昼間活動して、夜寝るようにちゃんとできているんだなって実感できますね。

さて、そんな普通じゃない状態で読むとすんなりと頭にはいってきそうな作品。小川洋子の「妊娠カレンダー」です。「博士の愛した数式」を初めて読んで、この人にはまるぞ!って思って(結局思っただけで終わってしまいましたが)小川洋子の作品リストをどっかで見て、次はこれを買おうと思って早幾歳月。やっと手に入れて読みました。小川洋子の芥川賞受賞作です。

やっぱりそのときの直感は外れていなかったと実感できる本でしたね。表題作"妊娠カレンダー"と"ドミトリイ"、"夕暮れの給食室と雨のプール"の三作が収められています。

出産間近の姉に胎児に悪いことを知りつつ農薬がいっぱい塗られたグレープフルーツを使ったジャムをつくり、姉が食べることを止めない妹のでてくる"妊娠カレンダー"

不思議な管理人がいる不思議な学生寮が舞台の"ドミトリイ"

給食室をながめ、物思いに耽る男との出会いを描いた"夕暮れの給食室と雨のプール”

どれもこれもよかったけれどやっぱり”妊娠カレンダー"がよかったですね。"ドミトリイ"はちょっとこわくて、どきどきしちゃいました。この学生寮は結局・・・なんですかね。でもあの管理人さんにあんなことできるとは思えないのだけれど・・・。給食室の話しはちょっと物足りなかったですね。「続きはありません」というセリフが予想できてしまったのだもの。ここで一つなんかあればすごい好きな作品になっていたかもしれませんね。

友人に、というか、昔働いていいたところの店長さんが、女性なんですけど、この人不倫のあげくに、子供二人を産んで未婚の母になっているんですね。養育費も認知も要求していないという、なんというかすごいというか、よくやるわーって感じなんですけど、この人は喫煙者なんです。彼女は最初の子を産んだ時に病院までお見舞いに行ったのですけど、そのときの話しがすごい印象に残っています。

子供が出てきたときに、最初に手足の指の本数を確認したわ。全部揃っていて、ほんとによかったとほっとしたの。

なんていうか、母親って感じでしたね。母親はなるものじゃない。作られるものだなんてよく言いますけどほんとにそれを実感しました。父親にはなるしかないんでしょうがね。そのときの産婦人科の病棟も結構不思議な空間でしたね。女性しかいなくて、なんというか女の匂いってのが充満していて。あぁ、ここでは男は生活することはできないんだな。外からやってきて、また外に出ていくことしか男にはできないんだなって思ってしまいました。今日の結論は、やっぱり母親はすごいってことでいいですよね。


posted by kbb at 06:13 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小川洋子

2006年04月02日

スローグッドバイ-石田衣良

「スローグッドバイ」 石田衣良

スローグッドバイおはようございます。ついさっきのことなんですけど、NHKの「課外授業〜ようこそ先輩〜」という番組に角田光代がでていました。自分の卒業した小学校に行って、授業を行うという内容の番組なのですけど、やっぱりというか、角田光代は小説の書き方についてやっていましたね。誰かになりきって、よく観察してその人との自分との共通点を見つけて自分に引きつけて考える。そこに想像を加えて文章を書く。そうすれば作文が小説になるということを言っていました。

ちょっと前のことなんですけど、毎日新聞の夕刊に角田光代がこの時の授業で教えた子供達の卒業式に招待されて行ってきたときのことが書いてありました。学校側の要請により、写真やビデオカメラの撮影が禁止された卒業式。それによって彼らのこの一瞬が記録としてではなく記憶として残るのだろう、といった文章だったと思います。

あの記事はこの時のことだったんだ、なんてことを思いながらこの番組をみていて、そういえば、石田衣良もこの番組にでていたなぁって思い出しました。石田衣良はこの番組で子供達に自分自身の不安を自分で認識してそれを受け入れるということを教えていたと思います。

そのときの彼の語り口というか話し方が彼の書く文章そのまんまだな、って思っていたんです。「R25」という雑誌にも彼は"空は、今日も、青いか?"というエッセイを連載しています。先日それがまとめられて本にもなりましたが、この文章も彼がしゃべったまんまの文章でこの人は自分の言葉で話したことをそのまんま文章にするからこそ、読みやすい文章が書けるのだろうなって思っていました。

ふぅ。強引な前フリからやっと、本筋に戻ったというか、やってきました。「スローグッドバイ」です。M's BOOKcaSeのMOWさんに紹介されて読みたいって思ったのが、一月の半ば。もう二ヶ月近く経っている。MOWさん!おそくなってすみませんっ。ということで読んでみました。

読みやすいですね、石田衣良は。「LAST」を読んだときもそう思いましたけど、短編を書くのがうまいですね。10編収録されていますが、最初の方は官能小説でも書き始めたのか?なんて思いましたけど、だんだんと石田衣良っぽい青春小説というか、若者の視点で一瞬が切り取られていくのがわかります。

表題作"スログッドバイ”はまんま石田衣良の体験だろうなって思いながら読んでいました。あとがきでそれは否定していますけど、素敵な恋愛していますね、彼は。

素敵な表現をいっぱい見つけましたよ。

頭と胸がけんかすると、たいていは胸が勝つ。血液の量が違うせいかもしれない。
泣いた後は敏感になるのだ
セックスはセックスでないたくさんのものからできている


"You look good to me"の中にソバカスやら顔の造作やらをとっても気にしてうまく自分を外に出せない女の子がでてきます。ソバカス好きの僕にも昔つきあった子にソバカスを気にしている女の子がいました。ソバカスがあるってことは肌がきれいな証拠なんだよ、なんてどっかで読んだことを一生懸命につたえたり、君が好きな僕が好きって言ってるのだからそれでいいじゃないかなんて力説していたのですけど、それを気にかけることをやめなかったのを思い出していました。あんなに素敵なものに気にかけてしまう、女性の気持ちもわからないではないですけど、それを気にしすぎるあまり、他のもっと魅力的な部分にまで悪影響を与えてしまうのがもったいないですよね。

posted by kbb at 15:02 | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(4) | 石田衣良

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