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2006年05月30日

雨やどり-半村良

「雨やどり」 半村良

雨やどり一週間ぶりのお休みで久しぶりに目覚ましをかけないで寝られると思ったら、寝過ぎて体がだるすぎるkbbです。こんにちは。やすみの次の日が一番からだが疲れている気がするのは気のせいなのでしょうかね。

さて、半村良の「雨やどり」です。この作品で直木賞を受賞しているようですね。以前「たそがれ酒場」を読んだときに、これを読もうと決めてから早いものでもう5ヶ月ですね。時が経つのは早いもので思ったらすぐ行動しないとすぐに忘れてしまいますね。それは老化だろうってつっこみはなしの方向でお願いします。

さて、作品の方はと言うとバー「るヰ」のマスター仙田をとりまく、夜の新宿を舞台としております。八つの短編が収録されていますけど、連作短編というかどっかしらに仙田がでてきます。

自分が飲食店で働いているからなのか、この作品で語られている、客として居心地のいい場所なんかはとっても参考になりますね。なんだかこの本を読んでいると水商売も楽しそうだぞと思わされちゃうから不思議です。でも夜働くのはそれはそれで大変なんですけどね。

表題作の"雨やどり"では、ずっと独身を通してきた仙田にとうとう女ができた、というお話です。ドシャブリの通り雨の振る午後に仙田のマンションの軒下で雨やどりをしていた美女。その子と過ごすうちに仙田自身の心にも変化がやってきて・・・・。

ってお話なんですけど、結局雨やどりで終わっちゃうってお話です。なんだかとってもせつなかったですね。仙田がその子に指輪を贈るシーンがあるのですけど、

一日でも早くその指を自分の指輪で占領してしまいたかった。


なんて描写があるんですけど、わかるなぁなんて独り言をいいながら読んでしまいました。

最近は前をむいて生きることを目標にしているのですけど、こんな素敵なkbbさんに指を占領されたいっていうかわいい女の子はいないですかねぇ。でも10本の指は高くつきそうなので、勘弁してくださいね。一本だけで十分ですよ。
posted by kbb at 17:40 | 東京 🌁 | Comment(3) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ハ行

2006年05月23日

この胸いっぱいの愛を-梶尾真治

「この胸いっぱいの愛を」 梶尾真治

この胸いっぱいの愛をども。ご無沙汰です。っていう挨拶をしなくていいほど久しぶりに早く更新できてうれしいkbbです。こんにちは。最近暑い日が続いて、昨日とうとう寝苦しくてエアコンをいれてしまいました。間違って暖房にして寝てしまいよけい寝られなかったのはご愛敬ということで。いいダイエットになったかもです。

さて、友人から借りた小説版「この胸いっぱいの愛を」です。映画を原作者の梶尾真治がノベライズというなんともまぁ回りくどい方法でできあがった作品です。原作の「クロノス・ジョウンターの伝説」とは大きく違っていて、なんだか伝言ゲームを見ているようでなかなか興味深いですね。

「この胸いっぱいの愛を」は以前試写会で観たのですけど、ミムラって美人さんだなぁって印象ばっかり残っていて、どんなエンディングだったか思い出せなくて一緒に行った友人に聞いてみたのですけど、その子も覚えていなくて、その程度の映画だったのかと思っていたのですけど、改めて小説で読んでみるといろいろと細部を思い出してしまいました。

ある飛行機に乗り合わせた五人が心に残したものがある1986年にタイムスリップしてしまう。そこで心残りなことをそれぞれが片づけると2006年に戻るってのが、この作品のクロノス・ジョウンターの効力のようです。それぞれが故郷、門司での心残りなことを片づけていくのですけど、目の不自由なおばあさんが盲導犬の最後を看取ったり、自分の子どもを亡くしてしまう事故を防いだりと行動を起こします。歴史には可変性があるのです。

しかし2006年に戻っても、結局なんにもなりません。飛行機事故でみんな亡くなってしまうのだから。そのためには1986年の時点での自分自身を変えなければなりませんでした。歴史を変えて自分自身を助けるために。ここが映画版のエンディングとは異なっている部分のようですね。なかなか希望の持てるエンディングでうれしくなっちゃいますね。映画版はそこまで歴史の可変性については強調していませんでしたしね。

映画を見たときと同じように、小説版を読んでもやっぱり盲導犬と再会するシーンでは涙ぐんでしまったし、鉢植えのシーンでも同じように涙を流していました。この作品を読んで梶尾真治はやっぱりうまいなぁって思わされてしまいました。

こんなに短い間隔で更新をちゃんとできるじゃないか!なんて自分で突っ込んでしまいましたけど、これは読んだ本も原因の一つなのかもしれませんね。
posted by kbb at 17:23 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

2006年05月20日

意外とありがちバトン

株も読書も恋人ものtsukikoさんからテレパシーが送られてきました。テレパシーの受信装置がうまく働かなくてこれだけ遅くなってしまったのですけど、夜中にくしゃみがとまらないことが何度もあり、ずっーとなんらかの視線を感じていたのはこれだったんでしょうね。きっと・・・。


【意外とありがちバトン】

1. とんがりコーンを指にはめたことがある

 → とんがりコーンを、というかあまりお菓子をたべないので、よくってわけじゃないですけど、とんがりコーンを食べるときはいつもやりますね。え?!みんなやるんでしょ?

2. バームクーヘンをはがす

 → はがして、牛乳にひたして食べます。やめられないんだなぁ。

3. 扇風機の前であーーーって言う

 → 昔、おばあちゃんの家に自分の顔よりも大きな扇風機がありました。夏になると縁側のすぐそばにこれがおいてあって、縁側で風に当たっているときに後ろから扇風機の風があたりました。邪魔な風だなぁと思いつつ、「どっかいけよ〜」って感じであーって声を出していました。扇風機に反論されてびっくりしてしまいました。今はそんな縁側も扇風機もないようなところに住んでいるので、こういうことはないですねぇ。

4. ポッキーのチョコの部分だけを舐めとる

 → たま〜にです。チョコだけなめとったのを牛乳にひたして、うまい!と独り言を言いながら食べます。それにしても、これをやってる女の子をみるのが好きなほうが男にとってはありがちなんじゃないでしょうか・・・。

5. 全校生徒の前でバンド演奏という妄想

 → これだけはないですね。なんていったって、だれにもまけないぐらいの音痴ですから。三拍子と四拍子の違いもわからないですもの。そんな風に恥をさらしたくないのですよ。
小学校のときのことです。自分のうじうじとした引っ込み思案の性格をなおしたくて、六年生の時に学芸会の役に立候補したことがあります。学年全部の前でその役のセリフをいい、先生たちが選考するという形式だったとおもいます。たしか劇はマクベスだったかと。王様役に立候補しました。前日までにすべてのセリフを覚えて、台本を見ながらでもよかったはずなのに、かっこいいところをみせたくて、全部暗誦できるぐらいにして。舞台の上に立ったとたんに頭の中が真っ白になってしまいました。思い出そう思い出そうとすればするほど、なんにもでてこなくて。舞台の下をみると、級友たちの「なにやってんだろ」といいたげな目が一斉にこちらを見ていました。先生の「台本を見ながらでもいいのよ」という言葉までは覚えているのですけど、そっから先の記憶が一切ありません。封印してしまったようです。

まぁそんな経験もあり、舞台の上に立つとか、大勢の前にたつなんてことは今後一切ないでしょうね。

6. 自分の写メを何度も撮って、自分が一番カッコ良く可愛〜く写る角度を研究する

 → 携帯で人物をとるってことがないかも。かわいい女の子の笑顔ならいくらでも取りたいんですけどね。

7. 歩いてるとき余計なこと考えて足がグキッてなる

 → これってありがちなことだったんですか!?自分の足がやけに柔らかいのだと思って、いっぱい牛乳を飲んでいたのに・・・。

8. カップ焼きそばを作ろうとしたが、お湯を入れる前にソースを入れた

 → これはないです。ちゃんと最初に説明書を読むタイプですから。

9. 自転車に乗ってる時ペダルを踏み外して空転したペダルがひざの裏にヒット

 → これは痛いんだよなぁ。わけもなく恥ずかしいし。なぜかその後立ち漕ぎで逃げるようにその場を去ります。

10. 部屋の電気のひもを使ってボクシング

 → やりましたよ〜。なかなか疲れるんだよなぁ。殴って帰ってきたひもを相手にディフェンスの練習をしてみたり。なんだか自分が機敏になった気がしてしまうトレーニングだったなぁ。

11. 鏡をみて、「自分はカッコぃぃ、カワィィ」とか思うけど、それは光や角度の問題で町の外で ふとガラスに映った自分を見て落ち込む

 → 一応自分のことは把握しているつもりなので、落ち込むことはないですね。もういいかげん鏡すらみないですもの。

12. 自分の声を録音して聞いて、死にたくなる

 → 自分の声は大嫌いです。やけに高いし、細いし。全然男らしくない。カラオケでマイクを通した自分の声も大嫌いですもの。

13. 深夜にやっている映画を勝手にエロだと勘違いして夜更かしして後悔する

 → はい。ありました。いっぱい・・・。なんだってあんな扇情的な邦題をつけるのでしょうか・・・。おかげでつまらない時間を過ごすために幾度夜更かししたことか。そういうことで研究したおかげか今ではもう騙されることはないですけどね。

14. 街中で考え事してて、他の人に聞かれてんじゃと思い聞いてんだろ?と、意味不明なテレパシーを送る

 → よく独り言を言ってるみたいで、まわりの人に変な風に見られることはあります。そんな時は逃げるに限ります。 

15. 向かってくる歩行者をかわし損ねて、フェイントのかけ合いみたいになる

 → あるある。しかも十メートルぐらい手前から・・・。なんだかトロイ人みたいですね。 

16. 全部でいくつ当てはまりましたか?

 → 四つ以上は全部いっぱいですよね?

17. バトンを渡したい人
 
 → どうぞご自由にお持ちください。やってもらいたい人は何人もいらっしゃいますけどねぇ。よろしくです。


意外とありがちだったんでしょうかね。なんだか普通の生活をしているようで安心しました。まわりによくおかしな人だなんて言われるので・・・。人と違うレールの上を歩むのはなかなかに大変なことですしねぇ。
posted by kbb at 16:39 | 東京 ☀ | Comment(5) | TrackBack(3) | バトンやら100の質問やら

2006年05月18日

ROUGE-ルージュ-柳美里

「ROUGE-ルージュ」 柳美里

ルージュども。ご無沙汰です。最近ご無沙汰って挨拶ばっかりしていますね。面目ないです。とりあえず生きています。本も読めてないですけど、常に手に届くところにはおいてありますよ。

前回の記事の本「姫椿」の読後に読み始めた柳美里の「ルージュ」をやっと読み終わりました。考えてみると二週間以上かかってるんですね・・・。途中で何度おきたくなったことかわからないぐらいでした。帯に

「わたし、ほしいものがないんです」


って書いてあって、共感できるかしらなんて思いながら読み始めたんですけど、まったく共感できませんでしたね。著者初のシンデレラストーリーらしいですけど、なんだかシンデレラストーリーはこういうストーリーになってこういう終わり方をするんだよとシナリオ教室の教科書に書かれているような物語でしたね。シナリオ教室の教科書を読んだことがないけれど・・・。

でも、やっぱり作家だけあって、ところどころの「言葉」はうーんと考えさせられてしまうものが多かったですね。

「話しあいっていうのは、意思表示をしあうことだと思うの。...状況ではなく意志を表示して」


とかね。ふむふむなんて思いながらも一日数ページずつやっと最後までたどり着きました。

まぁ物語としては、あるなんでもない女の子がいきなり口紅のモデルに大抜擢されて、最初は躊躇するのだけれど、だんだんと周りに翻弄されながら成長していくって感じですね。恋愛もあり、成長もありと福袋のような作品でした。

でもね、その成長する設定がありえないぐらいのシンデレラぶりで、今時これを成功だとみなす女の子のほうが少ないのじゃないかしらと、読みながら苦笑してしまうような設定でした。

主人公の里彩(りさ)は化粧がきらいな女の子なのだけれど、それが口紅のモデルに大抜擢される。そこのところがなかなかおもしろい設定になるはずだったけど、ちょっと失敗しちゃったって感じですね。素顔はおどろくほど素敵だけれど、化粧をするとまったくちがった魅力をみせる女の子、を描くのにもうまくいっていない気がしますしね。

でも、里彩が化粧に違和感をかんじたり、嫌いな理由を説明する場面はなかなか興味深く読みましたよ。化粧なんてしたこともないし、化粧をする女性の心なんて想像もできないですからね。はじめてアイラインをひいたときに鏡を見て見慣れている自分と全然違うものを鏡の中にみつけて、すぐにそのアイラインをおとしてしまったなんて描写は思い描くことはできないですもの。女性のみなさん、どうなんですか?そういうことってありましたか?もうずいぶん昔のことだとは思うけれど思い出してみてください。

とまぁ、久しぶりの更新でこんな辛口の記事になってしまっていいのかしらね。女の子の好みの話しをしているときに、「やっぱり素顔がきれいな子がいいね、化粧も最低限の自然なのがいい」、なんて言うと女性陣に「ナチュラルメイクはホントは厚化粧なのに騙されているんだねぇ」、なんて言われてしまうような僕がこんな感想を書いちゃだめですねぇ。

宿題としてバトンを二つ頂いていて、それのテレパシーがびしばしと頭に直撃しているので、早くやらねばと思いつつ、今月はあと何回書けるかしらと心配になっております。まぁ今月の二十五日に仕事のちょっとしたやまがあって、それを乗り越えればだいぶ体は楽になるだろうなって思っています。

では、ではまたで会える日まで〜。っていろんなところにコメントは残させていただきますのでどうか邪険に扱わないでくださいね。ではでは〜。


posted by kbb at 17:19 | 東京 ☔ | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年05月02日

姫椿-浅田次郎

「姫椿」 浅田次郎

姫椿おはようございます。ご無沙汰しています。時が経つのは早いものですね。最後の更新から一週間経っているようでいやになっちゃいます。最近は仕事が終わる頃には背中が痛くなってきちゃってこれって老化なんでしょうかね。

さてさて、相変わらずのつまらない、本編とはまったく関係のない前置きをしたところで、全然変わっていないなぁと思っていただけたと思いますので本の紹介を。

浅田次郎の「姫椿」です。八編の短編が収められています。「鉄道員」「天国までの百マイル」なんかでおもいっきり泣かせてもらったので今作でも、と思って読み始めたのですけど今作ではボロボロと泣けるというよりかはほのぼのとさせてもらえる作品ばかりでしたね。

社内で肩たたきにあった男二人のお話、”トラブルメーカー”と競馬が取り持つ人と人のつながりを描いた"永遠の縁”が収録作の中でも好きでしたね。どちらも結構ラストはこじつけというかつくりすぎだろうって思わなくもないですけど、それもまたいいでしょうって感じでした。

"シエ”という作品に人の不幸を食べて生き続ける伝説上の動物がでてくるのですけど、とあるペットショップでシエと出会ったスーちゃんはシエを飼うことに決めた。食べ物を取らずに心配していたが、シエに愚痴ともつかない自分の話をしているだけで満足そうに眠るシエを見て、毎日のように自分の生い立ちをかたりはじめる。ってなあらすじなんですけど、そのシエが言うのです。

スーちゃんは、幸せは淋しくないことだって言ったよね。あの一言はとてもおいしかった。ほんとうの不幸の味がした。


淋しくないことは幸せだって僕も思っているのですけど、これって誰でも思うことなんじゃないかしらっておもっちゃいました。それをほんとうの不幸だなんて言われちゃって、ちょっと悲しくなっています。ってことはみんな淋しさを感じていないってことなんですかね。

"再会”にこれはってうまい言葉があったのでご紹介。

女の恋は流れ去るけど、男の恋は積み重なるものさ。水と、雪のちがいだね。


なんだかうまい言葉ですねぇ。「女性は新しい恋をするとファイルを上書き保存するけど、男は新規作成する」ってのに匹敵する言葉だと思いました。表面上はそうだけれど、実は女性は隠しフォルダにファイルを残しているって噂もありますけどね。僕と今までつきあった女性たちはちゃんと僕のことを残していてくれるんでしょうかね。それとももうゴミ箱の中にすらないのでしょうかねってちょっと感傷にひたってしまいました。っていつものことですね。


posted by kbb at 08:38 | 東京 🌁 | Comment(7) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

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