おはようございます。友達が東京から愛媛の実家に帰るのに、冷蔵庫やら電子レンジやらもらってきたのですが、部屋に入り切らなくて困っています。本棚をいくつか整理しないと、冷蔵庫をおくスペースを確保できないことが判明し、だけれども本を片づける場所がなく、物理的に不可能なのではないかと思い始めてきました。うまく押入をつかえればなんとかなるのではないかと思っているのですが、大仕事になりそうですね。そんな部屋のようにたくさんのものが詰まっているアンソロジー「中吊り小説」です。
吉本ばなな他赤川次郎、森瑤子、曽野綾子、阿刀田高、椎名誠などなどいろーんなタイプの人が書いていて楽しめました。もともとはJR東日本の企画で車内の中吊り広告に小説を載せたもののようで、電車をテーマに書いている人もいるのですが、まったく電車にふれることもなく小説を終わらせている人もいて、そんな事情を考えるとなんとも想像がふくらみますね。
一編が10ページぐらいのものばかりで、飽きっぽい僕には十分な長さで、吉本ばななの描く新婚さんにぐっときてしまったり、村松友視の働かない働きアリと働く働きアリのエピソードに自分はどっちかなんてぐっと考え込んでしまったり、森瑤子の描くカップルのけんかと仲直りの仕方をうらやんでみたり、秋元康の夢オチよりももっとひどい終わりかたに憤ってみたりと、様々な感情を開かされしまいました。
で、阿刀田高の"別れの朝"に描かれている、二人のカップル。ちょっとした行き違いで結局だめになってしまう二人なのですが、彼の思いこみがひどすぎる。二十五歳を過ぎれば女はみんな演技上手になる、だから彼女も作っているのだろう、なんてことを思っているからこその行き違いが生まれるのですが、そこをベースに彼女のことを考えるような男はどんな女性ともつきあえなんじゃない!?なんてつっこみをいれながら読んでいました。
人前で猫をかぶるくらい日常の茶飯事だ、なんて言っているけど、男だって女だって多かれ少なかれ、誰の前であっても、自分をつくっているのではないかしら、なんて思っちゃいました。まぁ、この子は僕の前とあの人の前では全然ちがう態度なんだろうなぁって子はたまにいますけどね。みんながみんなそうじゃないし、ぎゃくにどうやって男の前で振る舞えばいい?なんて質問をされて、うまく答えられない自分もいるのですけれどね。
最近一緒に飲みに行く女の子(って年でもないけど)がみんな二十五歳を過ぎているので、作品の中に二十五歳ぐらいの女性が描かれていると注目して読んでしまうのですけど、こうなんていうか、すばらしい女性になかなかめぐり会えないんですよねぇ。もう少し大人の女性ならツキコさんがいるのだけれど、それよりも少し下ぐらいのすばらしい女性のでている小説ってなんかないですかね?
まぁそうやって小説の中で口説き方を勉強しようとしている時点でだめだってことはよーくわかっているのですけれど(笑)








