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2007年11月30日

中吊り小説-吉本ばなな 他18名

「中吊り小説」 吉本ばなな 他18名 

中吊り小説おはようございます。友達が東京から愛媛の実家に帰るのに、冷蔵庫やら電子レンジやらもらってきたのですが、部屋に入り切らなくて困っています。本棚をいくつか整理しないと、冷蔵庫をおくスペースを確保できないことが判明し、だけれども本を片づける場所がなく、物理的に不可能なのではないかと思い始めてきました。うまく押入をつかえればなんとかなるのではないかと思っているのですが、大仕事になりそうですね。

そんな部屋のようにたくさんのものが詰まっているアンソロジー「中吊り小説」です。

吉本ばなな他赤川次郎、森瑤子、曽野綾子、阿刀田高、椎名誠などなどいろーんなタイプの人が書いていて楽しめました。もともとはJR東日本の企画で車内の中吊り広告に小説を載せたもののようで、電車をテーマに書いている人もいるのですが、まったく電車にふれることもなく小説を終わらせている人もいて、そんな事情を考えるとなんとも想像がふくらみますね。

一編が10ページぐらいのものばかりで、飽きっぽい僕には十分な長さで、吉本ばななの描く新婚さんにぐっときてしまったり、村松友視の働かない働きアリと働く働きアリのエピソードに自分はどっちかなんてぐっと考え込んでしまったり、森瑤子の描くカップルのけんかと仲直りの仕方をうらやんでみたり、秋元康の夢オチよりももっとひどい終わりかたに憤ってみたりと、様々な感情を開かされしまいました。

で、阿刀田高の"別れの朝"に描かれている、二人のカップル。ちょっとした行き違いで結局だめになってしまう二人なのですが、彼の思いこみがひどすぎる。二十五歳を過ぎれば女はみんな演技上手になる、だから彼女も作っているのだろう、なんてことを思っているからこその行き違いが生まれるのですが、そこをベースに彼女のことを考えるような男はどんな女性ともつきあえなんじゃない!?なんてつっこみをいれながら読んでいました。

人前で猫をかぶるくらい日常の茶飯事だ、なんて言っているけど、男だって女だって多かれ少なかれ、誰の前であっても、自分をつくっているのではないかしら、なんて思っちゃいました。まぁ、この子は僕の前とあの人の前では全然ちがう態度なんだろうなぁって子はたまにいますけどね。みんながみんなそうじゃないし、ぎゃくにどうやって男の前で振る舞えばいい?なんて質問をされて、うまく答えられない自分もいるのですけれどね。

最近一緒に飲みに行く女の子(って年でもないけど)がみんな二十五歳を過ぎているので、作品の中に二十五歳ぐらいの女性が描かれていると注目して読んでしまうのですけど、こうなんていうか、すばらしい女性になかなかめぐり会えないんですよねぇ。もう少し大人の女性ならツキコさんがいるのだけれど、それよりも少し下ぐらいのすばらしい女性のでている小説ってなんかないですかね?

まぁそうやって小説の中で口説き方を勉強しようとしている時点でだめだってことはよーくわかっているのですけれど(笑)
posted by kbb at 04:39 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2007年11月23日

私を変えた一言-原田宗典

「私を変えた一言」 原田宗典 

私を変えた一言おはようございます。昨日はいい夫婦の日でしたがみなさまいかがお過ごしでしょうか?以前美輪明宏が夫婦の秘訣を語っていました。曰く旦那はマンガや週刊誌ではなく、文芸書を読むべきだ。それによって、知的で文化的な会話が夫婦の間に成り立ち、それでコミュニケーションが生まれ長続きすると。つまらない会話をしている夫婦は長続きはしないと。そのようなことを言っていたと思います。

ここで事実から反論。本をいっぱい読んでいるのにもてないkbbさんはどうなるのでしょうか?

という結論が途中から読めちゃいましたね。毎回ワンパターンだからもてないのでしょう。

というわけで、自分を変えるためにも本を読んでみよう、ということで原田宗典「私を変えた一言」を読みました。

ざっくばらんにいうと、原田宗典による、原田宗典のための武者小路実篤賞賛本って感じでした。それ以外の人の一言もいっぱい載っていたのですけど、武者小路実篤にまつわるお話の比重が多かったのでそうおもっちゃったんでしょうね。かといって不愉快になるわけではなく、「友情」なんかを読み返したくなりました。「真理先生」も紹介されていて、未読なので是非これは読んでみたいぞ、なんて思っちゃいました。本屋さんにいかなければ。また本が増えて置き場には困りますけどね(笑)

で、武者小路実篤のエピソードで、父としての武者小路実篤の話が載っていました。何事にも頓着せず、大らかな彼は教育に関しても構うこともなく、娘さんに対してお小言の一つもいわなかったそうです。で、顔を合わせると

「どうだ、元気か?」

と、同じ家に住む父親らしくない言葉をかけたそうです。原田宗典はこの言葉を、一番重要なことをストレートになんの飾りもなく聞いていることだと言っていますが、その通りですね。元気にやっている、それだけを確認するのが必要なはずの親子の会話が、変にまわりくどい話題や言葉を使いそれによっておかしなことになっている、そんな気がします。あんまり深く考えると逆に言葉がだせなくなり、会話のない親子になっちゃいますしね。「元気か?」。その一言を素直に言えるそんな父親に自分はなりたい、そう思いましたね。

他に隠れキリシタンの"Love"の翻訳が"御大切"であったところから、愛と友情について語りだしたりと原田宗典ワールドがぎっしりの読み応えのある一冊でした。

まぁこの本を読んで自分を変えられるかといったらなんとも言えませんが、"私”なんてものは毎日の経験から少しずつ変わっているわけですよね。人間の細胞は日夜新陳代謝を繰り返しているそうですが、人間のすべての細胞が入れ替わるのに三日しかかからないそうです。

男子三日会わざれば刮目して見よ

なんて言葉もありますが、最近三日おきのこのブログですが、前回とまったく変わっていない、むしろ文章力はどんどん落ちているんじゃないかしらと心配になっちゃうkbbさんでした。

posted by kbb at 12:41 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 原田宗典

2007年11月18日

渋滞学-西成活裕

「渋滞学」 西成活裕 

渋滞学おはようございます。以前電車でこの本の広告をみました。

「渋滞を避けたい人も、渋滞を作りたい人も」

というキャッチコピーを見つけ、どういうことだろうって思わず足を止めてしまった経験があります。
渋滞というとネガティブなイメージしかない言葉ですけど、行列のできるレストランや、周りにいっぱいお金が留まっている人など、世の中ではいろんなものが渋滞するみたいです。そんなことを考えてみたこともなかったので、なるほどってびっくりしちゃいました。

これを読めばお金を渋滞させられるのか!と鼻息も荒く思わず買ってしまったこの本ですが、その後しばらく手にとることもなく、家の中の本の渋滞に巻き込まれていたのですが、先日NHKに著者の西成教授がでて、渋滞学の現在と未来のようなテーマで語っているのをみて、そうだったそうだった、と渋滞から助け出してあげました。

結論から先に言うと、本の内容に、NHKで放映された内容を越えるようなものはなかったですね。お金を渋滞させるようなことはもちろん、まわりに女性を渋滞させる方法すら書いて無くて、がっくりでしたね。というか、車の渋滞や、アリの渋滞の過程を記述する方法論はだんだんわかってきて、それによって原因もおぼろげながらだんだんわかってきた、というのが、渋滞学の現在の状況のようです。つくりたい渋滞のほうは、こんなことも、あんなことも将来的には渋滞学のテーマになりうるということしか書いてなく、渋滞学はまだまだこれからの分野なんです、ってことが一冊の本を使って書いてあるという感じでした。

ただ、一つだけこの本でわかったことがありました。神様のいたずらだと思っていた、地下鉄の出口でかわいい女性のスカートを揺らす、あの強風の原因です。ホースから水を勢いよくだすときはホースの先を絞りますよね。水と同じように絞ってある通路を通過するときの空気は速度が速くなるそうです。そんな風に科学は人間が不思議に思うことを解明してきたわけですね。はやくお金や女性が渋滞する秘密も解き明かしてもらいたいものです。

今後は神様のいたずらを眺めたいときには出口が狭くなっている地下鉄のところでぼーっとしているフリをするのが一番いいってことがわかっただけでも、収穫がありましたね。
posted by kbb at 10:38 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他ノンフィクション

2007年11月15日

床下仙人-原宏一

「床下仙人」 原宏一 

床下仙人おはようございます。相変わらず毎日のように、食品偽装事件が発覚していますね。自分の仕事に責任や誇りがもてなくなった人たちがお客さんを甘く見ているってことなんでしょうね。お客さんが見ていなくても誰かが見ているってことですね。まぁ、一日ぐらいごまかしてやれって気持ちはよく理解できるんですけどね。自分の作ったものを自分の手でゴミ箱にすてるのはずいぶんと哀しいものですしね。

さて、また吉祥寺のサンロード内にある新刊書店に行って参りました。先日、「海の仙人」なんておもしろい本を教えてもらった本屋さんなので、楽しみに行ってきました。なにかおもしろい本ないかなぁ、なんて店内のPOPを一通り眺めてきたのでけど、ほとんどが前回と同じもので、つまらん、などと独り言を言いながら歩いていたのですけど、ふと見つけた

「異能の人・原宏一の最高傑作」

のPOP。最高傑作というなら読んでやろうじゃないかと、買ったのが「床下仙人」という作品です。

はじめて買った作家さんの本だったので、買って早々読み始めたのですけど、前置きが長すぎてうまく作品にはいっていけない、ということで、しばらく置いて他の本を読んでから読みさしておいた本を手に取りました。

あらためて読んでみると、前置きを抜けるといいテンポの作品が並んでいますね。五作品が収録されている短篇集なのですけど、それぞれがそれぞれの良さをもっていて、うぅむとうなってしまうような作品ばかりでした。

この作品集に収められている短篇のテーマが日本社会で身を粉にして自分を犠牲にして働く人々。まさに食品偽装している人たちとは正反対の人々。もしくは、会社につぶされるままに、食品偽装している人たちなのでしょうか。

"床下仙人"の主人公の働き過ぎに胸を痛めながら読んでいました。自分がこうやって仕事していたら、どうなっているだろうか、とかそんなことを考えながら読み進めていきました。そして、彼が働きづめで職場から二時間の郊外にやっと手に入れた夢のマイホームには、そんな仕事を優先する彼をみて寂しさを感じる奥さん。すれ違いのはじまった二人の間に入ってきたのは・・・。

なんてお話しなんですが、彼はどうすれば良かったんでしょうかね。妻を優先すれば仕事がおろそかになる。仕事を優先すれば、奥さんとすれ違う。結局彼は不器用だったんでしょうね。っていう、感じ方自体が男の考え方だ、なんていう声が聞こえてきそうですけどねぇ。

で、そんな風に仕事に追いつぶされる人々がたくさんでてくる、短篇集なのです。どうすりゃいいんだよぉ、なんて思いながら読み進めていたのですけど、作者・原宏一はちゃんと一つの答えを用意していたんですねぇ。結局これがいいたいがためだけに、この短篇集は作られたんじゃないかしら、と思えるぐらいしっくりとくる答えがしかるべき場所に見つけられました。

「仕事は家庭に持ち込むべきなんだよ」

"シューシャインギャング"の中で仕事によって家庭が壊された家出少女が、リストラされて仕事一筋だったばっかりに帰る場所をなくした、中年男にいうセリフです。

そうそううまく、器用なことができればいいのだけれど、努力してみる価値はあるのかしら、なんて未来のことを想像しながらこのセリフを眺めていました。

自分はどんな家庭を築くのでしょうか、それともなにも築かないのでしょうか。そんなことを思いながら毎日、朝はやってくるのでした。
posted by kbb at 08:55 | 東京 ☀ | Comment(6) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ハ行

2007年11月12日

長崎乱楽坂-吉田修一

「長崎乱楽坂」 吉田修一 

長崎乱楽坂おはようございます。香港から帰ってきてからうつされた風邪がまったくなおらず、咳をするたびに、胸が痛いです。失恋で痛めたときより辛いのは、失恋の痛みが身にしみてなかったってことなんでしょうか?

SARSではないかと、密かに心配していますけど、流行しているというニュースも聞かないので、ひとまず安心しています。

さて、吉田修一です。最近いくつか彼の作品を読んだのですが、いろんなスタイルというか、背景の作品を書いているなぁっていうのが率直な感想です。

これは6編による連作短篇集で、主人公の駿がだんだんと大きくなっていき、成長もしくは、変化していく様子がしっかりと描かれています。小学校や中学校の国語の教科書あたりに載せるとちょうどよい題材だなぁなんて思って読んでいました。

「机の下で梨花の太股をつねっていたときの駿の心情は?」

とか

「ジョットの詩集の意味するところは?」

なんて、先生にとっては問題を作りやすい作品なんでしょうね。ちなみに僕自身では上の二つの質問にうまく答えられないだろうな、なんて今これを書いていて思います。昔から国語の問題は苦手だったなぁ。ちなみに表紙に拳銃をもった少年の絵が描かれていますけど、そんなシーンはまったく出てきませんし、むしろ、そこに染まりきれない、離れていく少年たちが描かれています。

この作品では、長崎の田舎に住む男の子がそこから脱出することを想いながら、それもかなわず、あきらめることで自分自身を確定させていく、そんな風なことが描かれているのだと思いました。何かを求めてそれを得ることによって成長していく人と、何かを追い求めてそれをあきらめることによって成長していく人がいる。そんなことを再確認させられて少し哀しくなっちゃいました。もしくはなにかをあきらめることによって何かを得たのかもしれませんね。

もういい歳してるけど、いつまでもあきらめずに追い求めるのはアリなんでしょうかね?

布団の暖かさを追い求めたくなるような寒い朝が続いていますけど、みなさんお体にお気をつけ下さいな。
posted by kbb at 06:56 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(1) | 吉田修一

2007年11月10日

パスカルへの道 第1回パスカル短篇文学新人賞-筒井康隆 井上ひさし 小林恭二選

「パスカルへの道 第1回パスカル短篇文学新人賞」 筒井康隆 井上ひさし 小林恭二選 

画像はないけどアマゾンに飛ぶよおはようございます。ってもうこんな時間ですが、香港から帰ってきて、さっそく風邪をひいてしまったようです。のどが痛くて痛くてしょうがないです。熱もあるし。SARSの流行にやっとのったのでしょうか。そうだとしたら大変なことになるけれど・・・。

香港は初めてでしたけど、おもしろいところですね、あそこは。食べ物から人種、文化までいろいろなものが混じり合って、でもそれぞれがちゃんと存在感があるんですよね。通りを一本はいるとまったく別の文化、匂いがしてきて、それにふらふらとひきよせられていくんです。そうやって短い時間がどんどん経っていくような、そんな旅でした。まぁ特に目的がある旅だったわけでもなく、深セン(中国)にも行けたし、マカオで朝までカジノに興じたりできたので、大満足です。沢木耕太朗と同じように大小にはまってきましたよ。ディーラーとの駆け引きに頭を悩ましてみたり、のりにのって5回ぐらい連続で当ててるおばあちゃんに乗ってみたら、そのゲームだけはずしたり。おもわず「なんで」って声がでちゃいました。

今回の旅には、沢木耕太朗の「深夜特急1」の他に「パスカルへの道」ももっていきました。そう、あの川上弘美が新人賞をとった投稿から選考まですべてをパソコン通信上で行う文学賞、パスカル短篇文学新人賞の優秀作品と選考過程を収録した文庫です。絶版になっているようでブックオフで見つけたとき、おおってうれしくなっちゃいました。

川上弘美の「神様」ももちろん収録されているんですけど、他にも21編の作品が収録されています。原稿用紙20枚以内という短篇作品ばかりなので、僕好みの作品集になっていますね。玉石混合というか、
香港という土地のように様々なものが混じり合っているように、それぞれに主張があり、いい作品集になっているように思います。

他の作品と比べてみると「神様」は完成度といい、文章といい、段違いにいいですね。この作品集には選考の様子が一つ一つ書いてあるのですけど、この作品に対してはわりあいあっさりと大賞候補として残されています。さすが川上弘美ですね。でも、この作品集の中にはいっちゃうと最初に読んだときの感動というかうれしさは感じられなかったんですよね。他の作品との文脈の違いなんでしょうね。大切なんですね、文脈って。

で、選考過程がしっかり載っている、この作品集ですが、井上ひさしの意見にはまぁまぁ賛成できるところがあったんですが、筒井康隆と小林恭二が推す作品の良さがまったく分からない自分がいました。ただの読みにくい文章に対して緊張感がよかったとか、わけのわからない終わり方にカタルシスがある、とかって言われてそうかぁ!?なんて突っ込んだりして。

本を読むってのは難しいことなんだなぁって再確認してみました。まぁ結局面白ければいいじゃん、なんておもいますけどね。

結局この文学賞はインターネットの普及とともになくなってしまったようですが、川上弘美という作家を生み出したという点で歴史に残っていくんでしょうね。なにごとにも存在意義というものはあるようです。今回の香港旅行が自分の中でどうやって残っていくか、どうやって残していくか自分の中で楽しみです。

ではではー。
posted by kbb at 18:06 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2007年11月02日

海の仙人-絲山秋子

「海の仙人」 絲山秋子

海の仙人おはようございます。こんな朝早くの更新ですが、実は徹夜をしております。若いでしょ!?⊂((〃 ̄ー ̄〃))⊃ ふふふ

今日の本は絲山秋子の「海の仙人」。吉祥寺のサンロードの中にある新刊書店にふらっと初めて入ったときのこと。書店員さんがPOPを使って本を紹介しているのが、結構おもしろいなと思って書棚を眺めながらPOPを真剣に読んでまわっていました。そこで目を引いたのがこの作品のPOPでした。

「ファンタジーがやって来たのは春の終わりだった。文学史に絶対残るこの書き出し。是非読んでみてください」

といったことが書いてあったと思います。そのときは、なんて挑戦的なPOPなんだろうって感じました。そんな書き出しが文学史に残るわけないじゃないか。よし、そこまで言うのなら読んでやろうじゃないか。これでつまらなかったら、二度とこんな店信用しないからな。おぼえておけよ。なんてここまでを心の中でつぶやくのに約10秒ぐらいだったでしょうか。手にとってまっすぐレジに持っていきました。

で、家に帰ってベッドの横において、眺めること約三週間。やっと開いてみました。読み終わった時の率直な感想はもっとはやく読み始めればよかった。もったいない三週間だったなぁってものでしたね。

以前、絲山秋子の「逃亡くそたわけ」を読んだときに、エピソードや描写はうまいんだけど、少しつめこみすぎなんだよなぁって感じたんです。読み終わって疲れたなぁって感じるような、そんな作品でした。「海の仙人」も途中から「逃亡くそたわけ」と一緒だなぁ、なんて思っていたんですけど、そこから先が全然違う。ラストが全然違うんですねぇ。こういった書き方もする人なら、他の作品も読んでみよう、なんて今は思っています。

絲山秋子の人の関係性の眺め方が大好きですね。

彼女のことを話題にして
「タイプなんてどうでもいいのさ。役割の問題なんだから。」

とか言わせてみたり、

「誰かと一緒に寝るの、久しぶり。すっごい安心する」

という言葉に

「寝るときは一緒でも眠りにおちるときは独りだぞ。」

と返してみたり。そうなんだよねぇ、って何度読んでいる最中にうなずいていたかしら。

で、POPにも引用してあった、書き出しなんですけど、いい意味で裏切られました。ここで種明かしをするわけにはいかないけど、自分にとってはそうとしか読めなかったんだもん!。そうだよね?(だんだん自信がなくなってきました。騙されたのは私だけでしょうか?(笑))

まぁ、文学史に残るかどうかはわからないですけど、少なくともこの作品は僕の記憶の中にずっと残ることだと今では思っています。きっと飲みながら人にすすめまくるんだろうなぁ。

話しはかわりますが、今日から香港に行って来ます。初めての香港ですが、沢木耕太朗の深夜特急を読んでからあこがれのある街です。いい意味で裏切られてきたいと思います。記憶に残るような旅になるといいなぁと思っています。

では、また帰国後に〜。

posted by kbb at 04:25 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 絲山秋子

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