「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」 吉村葉子

雪が積もったパリにたどり着いたのは陽が落ち街が薄暗くなってからだった。ロンドンから電車に乗り、ドーバーで船に乗り換え、大陸側についてからまた電車にのる。途中でパスポートコントロールがあったが、パスポートを見せることもなく電車に乗り込む。まわりの言葉が英語からフランス語に変わり、看板の文字もまったく理解できなくなる。駅の宿泊案内所のようなところで、やっと英語を話せる人を捕まえ、その夜の宿を確保する。宿が決まったことで少し心が落ち着き、駅前にあるスタンドでフランスパンにハムやレタスがはさまっているサンドイッチを買おうとするけど、スタンドのおじさんもやっぱり英語を話そうとしない。しょうがなく、指で商品を指し、お金を払おうとするが、いくらなのかも理解できない。しょうがなく両替したばかりのフランを掌の上にのせて、お金をとってもらう。言葉がまったく通じないこの街で、寒さだけが身体の奥の方に入ってくる。
案内所で予約のとれたホテルまで行く。ビルの三階にあるフロントまでいき、予約をしてきたことを英語で伝えたら、フランス語でまくし立てられた。英語でフランス語が理解できないことを説明したら自分よりもよっぽど流暢な英語が返ってきた。どうやら部屋は屋根裏部屋のようだ。重いスーツケースを抱えて三階分ぐらいを階段で上り、部屋までいって鍵を使ってあける。部屋にはいり、ドアに鍵をかけようとするが、錠が下りない。フロントへ鍵がこわれていることを伝えに行かなければならないことで暗い気持ちになる。なかなか英語を使おうとしないフランス人を思いいらいらする。
フロントへ行き、事情を話すと、「そんなことはない。やり方が悪いだけだ。」と言われ追い返される。ついてきて一緒に見てくれる気配もなく、疲れ切った気持ちで部屋にもどり、どうにでもなれと日本語で声にだしながら鍵もかけずにベッドに横になる。
翌朝、スイスのツェルマット行きの電車に飛び乗る。英語を話そうとしない切符売り場のおばさんに一層気持ちを暗くさせながら逃げるようにパリを飛び出した。
これが僕のもってるフランスのイメージを形作ったきっかけです。ロンドンにいったのはたしか夏のはずだから雪なんてふってるはずもないのに、パリでの経験から冬のイメージができあがっちゃったのかしら。お腹をすかして入ったカフェで、駅前のスタンドで、ホテルのフロントで、切符売り場で、誰も英語を話そうとしない。英語を当然のように使えるのに、意固地になっているかのようにフランス語しかでてこない。唯一英語で話しかけてきたのはコンコルド広場で詐欺を働いているやつだけだった。
要はフランスもフランス人も嫌いだってことなんだけど、パリにはもう一度行ってみたいとは思っている。セーヌ川にかかる100年も昔に造られた橋をいまだに新橋と呼んでいて、そのセーヌ川の向こう側に見えたパリの街が素敵だったからかもしれない。
「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」はパリに住んでいた著者が自分で経験してきたこと、それを通して感じたことを書いている。タイトルに"日本人"なんて入っているけど、書いてあることはほとんどがフランス人のことについてだ。彼らのよさを伝えるために日本人が引き合いに出されているのかしらと勘ぐりたくなるぐらいフランス人のよさ、フランスの良さが描かれている。彼らの子育てやお金に対する考え方、バカンス、ホームパーティーなんてとっても素敵でいい国だなぁ、なんて移住してもいいかしらなんて騙されてしまうところでした。
でも、これを読んでいてやっぱり自分は日本人なんだなぁ、なんて思ってしまうところもあって、フランス流もいいかしらなんて思っても心の片隅で、自分にはできないなぁなんて思ったりする部分もあって、国際人にはなれないみたいですね。
フランスにはリスト・ド・マリアージュ(Liste de mariage)なんて習慣があって、結婚するカップルがデパートへ行き、自分たちの新婚生活に必要なものを調べてデパート側に渡して置いてそれをお祝いしてくれそうな人にしらせると、お祝いする人たちはそのホテルへ行って自分の予算にあったものの分の支払いをしてくるんだって。誰も損しないし、何も無駄にならない素敵な習慣ですね。日本でもこういうのやればいいのにね。
なんだか長くなっちゃいましたね。これは書評じゃないぞ、って怒られちゃいそうですね。結論はフランスは嫌いだけどもう一度行ってみたいってことでした。
他の方の書評を読む。
posted by kbb at 05:16
| 東京

|
Comment(2)
|
TrackBack(0)
|
小説・エッセイ ヤ行