本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年04月30日

検死審問 インクエスト-パーシヴァル・ワイルド

「検死審問 インクエスト」 パーシヴァル・ワイルド

検死審問おはようございます。なんだか気分を変えたくて、そしてタグを使ってみたくなって背景を変えてみました。そしたらタイトル画像のいれ方がわからなくなり、めんどくさい!ってあきらめてしまいました。崩れて表示される人、タイトル画像の威張ったアヒルが忘れられない人がいましたらコメント残していただければがんばって勉強します。


本が好き!経由でいただいた翻訳物「検死審問」です。気分転換に滅多に手に取らない翻訳物です。といっても、本が好き!では翻訳物がいっぱい紹介されているので、これからも読んでいくとは思うんですけどね。もともと1940年代に出版されていたいわゆる古典ってやつですね。本が好き!で紹介でもされなければ絶対読んでいないそんな作品です。って翻訳物は滅多なことがないかぎり手に取らないですもの。だって他にいっぱい読みたい本があるんだもん!

お話はある女性作家の誕生日に彼女の家で殺人事件が起こったところから始まります。日本にはない制度、検死審問。死体の死因を特定するための審問で、検死官が裁判長のようになり、陪審員もいます。証人を呼び、証言させて死因を特定していきます。検死官にも陪審員にも速記者にも日当が払われるそんな審問の審理録で全編ができあがっています。

そのコミカルな登場人物の描写や、大作家先生をこき下ろす語り口。そして最後に検死官の推理があり、って感じで楽しめました。乱歩やチャンドラーを魅了したって帯に書くぐらいだから少しは楽しませてもらわないとね。

最近の翻訳文ってなかなか読みやすくなっているんですね。昔のようなコミカルな世界のはずなのに小難しく堅い文章で書いてあるような翻訳ものって最近はなかなか見ないですね。それだけ日本人が世界にむかって歩きはじめたってことなのかもしれないですね。

でも、まぁ積極的に翻訳物を読むことはこれからも少ないだろうなぁ。だって他に読みたい本がいっぱいあるんだもん!




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書評/ミステリ・サスペンス



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2008年04月29日

バッテリー-あさのあつこ

「バッテリー」 あさのあつこ

バッテリーこんにちは。先日の日曜日は芸術の秋ならぬ、芸術の春というわけでいくつかの団体が演奏を行った吹奏楽の演奏会を聞きに行って来ました。

その中に区立の中学の吹奏楽部がいて、これがまたよかったぁ。三曲演奏していたんですけど、二曲目のキューティーハニーがなんだかとっても素敵でした。指揮に合わせて揺れる美人の顧問のお尻もよかったんですけど、それ以上にまだキューティーハニーを表現するには早いだろう中学生の演奏がかわいらしかったです。特にラテン音楽でよく使われているコンガをたたいていた女の子がかわいかった。手首が固まらないようにけだるそうに叩いているように見えるんですけど、そのリズムに合わせて手首に反してリズミカルに揺れる彼女の後ろで結んだ髪の毛を見ているとこちらもなんだか全身で揺れたくなってしまいました。そして演奏後に見せた彼女の笑顔もなんだか子供らしくてつい微笑んでしまうような笑顔でした。そして彼女たちは演奏後に僕の二列前の客席で他の団体の演奏を聞いていたんですけど、そのときの曲にのって踊るように手拍子をしながら隣の友達と話している子供っぽい仕草と、足を組んだときに露わになった彼女の太腿の白さのギャップにドキドキしてしまいました。決してロリコンではないはずなのに、と思いつつ、あと三年、いや二年もしたら彼女はとびっきりの美人やかわいい子にはならないだろうけど、どの男の子も放っておかない、そんな女の子になるんだろうなぁってみていました。同じ年になってドキドキしたい、なんて無理なお願いですね。

それにしても、何がうらやましかたかって、僕は楽器を演奏をすることもできないし、口笛も吹けません。手拍子を叩いているとだんだんと周りとずれていって、邪魔をしちゃいけないからと途中でやめてしまう、それぐらい音楽的感覚とかけ離れたところにいるんですけど、それにくらべて、彼女たち、彼らは中学の頃から楽器で曲を奏でて音を出す喜びを知っている。みんなと演奏をする喜びも知っている。そうなったら例え楽器を演奏することがなくなっても、手拍子や口笛、自分の声を使って音を楽しむことができるんだろう。そこが一番羨ましかった。

そんな才能のない僕とは大違いの天才野球少年が主人公の「バッテリー」です。NHKでドラマ化されるみたいですね。

親の転勤にあわせて連れてこられたところは、おじいちゃんの住む家。昔高校野球の監督をしていたおじいちゃんは主人公、巧の才能を見抜いているが、何も言わない。親も体の弱い弟、青波の方ばかり見ている。僕は野球があればそれでいい。そんな巧が中学に入る直前までのお話です。

巧が野球を通して様々な経験をして、そこから成長していくという物語にも読めますが、なんの成長もせず自分自身を信じてつきすすむ物語とも読めます。

シリーズは第六作まででているようですが、これはこれで終わらせようと思って書いた作品のようですね。だからちょっと尻切れトンボのように終わってしまっています。まぁシリーズものと最初から思って読んでいればそこに不満はもたないですけどね。

このブログの過去記事を振り返ってみたんですけど、僕の読む本ってなかなかミーハーなのが多いですね。この作品だってドラマ化されるわけですし。といっても、少し流行に乗り遅れていますがね(笑)




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2008年04月28日

スワロウテイル-岩井俊二

「スワロウテイル」 岩井俊二

スワロウテイルこんばんは。

久しぶりの岩井俊二です。「ラヴレター」以来ですね。ってそのラヴレターを探していたんですけど、本棚に見あたらない。僕の本棚はなんだか四次元ポケットがついているみたいです。いるんな本がどこかへ行ってしまっています。どうせなら僕もどこかへやってくれればいいのに・・・。

というわけで、日本なのに日本じゃない世界のお話「スワロウテイル」です。

昔片思いしていた女の子のおもしろかった、という言葉だけで恵比寿ガーデンシネマに見に行った覚えがあります。ぜんぜん意味がわからず、なんだか黒い部分が多い映画だった気がします。最後まで色彩的になんだか暗くてよくわからなかったなぁ。その子にどうだった?と聞かれてうん・・・。とあいまいにしか答えられなかった。そんなんだからうまくいかなかったんでしょうね。今ならもう少しうまく話題を変えられるのに。

なんてことを今いっても仕方がないですね。

本の方ですが、映画と同じようにうん・・・。って感じです。おもしろいか?と聞かれればまぁまぁと答えちゃうだろうし、つまんないの?って聞かれればそうでもないって言っちゃいそう。そんな感じでした。

胸に大きなアゲハチョウを入れ墨している女の子と飲んでみたい。僕だったらそんな子が隣に座ったら違うお話を思いつくのに。

気を取り直して、別の本を読もう!そういう結論にしておきましょう。




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2008年04月24日

シルエット-島本理生

「シルエット」 島本理生

シルエットこんばんは。

島本理生の15歳、16歳、17歳の時の作品が収録されている作品集「シルエット」です。15歳、16歳の時の原石見て取れます。今は亡き雑誌「鳩よ」で賞をとった掌編小説"ヨル"が収録されています。

感想はといえば、、、原石が見て取れる、それぐらいですかね。とりたてていうことは何もありません。読みやすい文章で16,7歳の時の感じたことがそのまんまでている。

でも、それがうらやましい。そのぐらいの歳に文章にしてなにかを残しておこうなんてぜんぜんおもわなかった。その時に感じたこと、考えたことはそのときにしか残せない。今、あのころはこうだったなんて描いてもそれは嘘以外の何者でもないですもの。

そういう能力、そういう機会を得た彼女が、正直に言えばうらやましい。

まぁ愚痴はここまでにしておいて、このころから、人の気持ちを表現する言葉をいっぱい知っている彼女に少し嫉妬してしまいました。

このあとに出た作品もいくつか読んでいるけど、これがその出発点なのかと思って読むとまた違った気持ちが出てきます。ここから巣立っていったんだなっていう少し上からみた視線。そんな自分が嫌いになりますが。でも、これが彼女の出発点には違いないでしょう。

映画「耳をすませば」の雫が西司朗に初めて自分の作品を読んでもらった時のシーンが頭に浮かびます。決してすばらしい作品ではなかったけど、原石のようなものを感じると言われた彼女。彼女はそうやって自分の中の原石を磨いていくんでしょうね。

島本理生をきっとそうやって自分の原石を磨いていったのでしょう。決して彼女の歳が周りをそうさせたものではないことを祈ります。で、なければ彼女は早晩自分につぶされてしまうだろうから。



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2008年04月23日

さくら-西加奈子

「さくら」 西加奈子

さくらこんばんは。以前MOWさんのところで紹介されていた(著者や主人公が、と言う意味ではなく)女の子の作品「さくら」です。

なんというか、この作品、大好きになりました。読む前は「さくら」というのが桜だと思っていたんですけど、それは主人公の薫の実家で飼われている犬の名前。犬好きにはたまらない作品です。犬好きだけでなく、母親好き、父親好き、お兄ちゃん好き、妹好き、どんな人にもたまらない作品になっています。

この作品を通して見えること。それは作者の何に対しても見える愛情。犬や家族だけでなく、まわりにいる知らない人、そこらに咲いている雑草全てを愛おしく思っているんだろうな、そんな風に思えます。

この作品には何かに対するネガティブな表現はない。それが最後でぶわーってきてどわーって心を揺さぶってくれます。

僕には兄貴がいます。ここではまだ書けないけど、そのどうしようもない兄貴には二度と会いたいとおもいません。でも、この作品を読んでいるときは、兄貴が欲しくなってしまった。無い物ねだりだったんでしょうか。

妹が欲しくなりました。こんなかわいい妹がいたら、誰からでも(その必要はないけれど)守ってあげたくなる。そんな妹が欲しい。ってなんだか父親みたいな気持ちになってしまいました。

こんな娘がいたら、毎日気が気ではないでしょうね。門限を厳しくしたり、ストーカーのように後をつけてしまうかもしれない。だから娘はいらない。男は勝手に生きていけばいい。そんな風に思ってしまうんですよね。

娘や息子の前にいろいろと考えなきゃいけないことがありそうですけどね(笑)

MOWさん、素敵な本のご紹介。ありがとう。
ありがとうとごめんなさいはタイミングを逃せば逃すほど言えなくなるって最近気付いたんです。だからこれからはありがとうを言い忘れないようにするぞ!




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posted by kbb at 21:41 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(2) | 西加奈子

爆笑問題の日本原論-爆笑問題

「爆笑問題の日本原論」 爆笑問題

爆笑問題の日本原論こんばんは。小学生の頃、夕方にお笑い漫画道場という番組があって学校帰りに家に帰ってからいつも見ていました。そこにでていた富永先生のエッチな絵や、それに負けない川島なお美の美しさに並んで爆笑問題という二人組のタレント、その人たちのいうことが目新しくいつもかぶりついていました。そんな二人組も今では人気芸人です。

その二人が著者の「爆笑問題の日本原論」です。最近この二人、科学や政治の世界によく顔を出しています。首相役をしている某番組はあまり好きではありませんが、NHKの夜中にやっている、世界の最先端を研究している教授に話を聞きにいく番組は大好きです。太田のするどいつっこみと、教授のわからないことはわからないというその話し方がとっても潔くて見ていて気持ちのよいものがあります。

この本の前書きにこういう言葉がありました。

オウム真理教の信者たちは、人類を救うために、通勤ラッシュで込み合う朝の地下鉄に毒ガスをバラまきました

社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上および、増進を図るための機関である厚生省は、非加熱製剤によって、日本にエイズ患者を増やしました

の文脈のあとに

「もし世の中が、私たち以上のバカを言ってしまったら、私たちはどうすればいいのでしょう?」

と書いてありました。
この前書きを読んでから本文を読んだので、これ以上の社会のバカを楽しみに読み始めたのに、それはあまり描かれていませんでした、むしろ田中のつっこみの仕方が通り一編でそのバカさばっかりが目立っていました。

漫才の言葉は口にだしてしまうと、それは耳をとおってどこかに言ってしまうものですけど、文字にしてしまうとそれはいつまでも残ってしまう怖さがあると思います。
このブログでいつも飲み屋ではなしているようなくだらないことをいっぱい書いていますけど、それが文字になってしまったときの怖さがなんだか身近に感じられました。っていってもこれ以外に書くことなんてないんですけどね・・・。

というわけで、お許しくだされ。




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2008年04月22日

原宿セントラルアパート-浅井愼平

「原宿セントラルアパート物語」 浅井愼平

原宿セントラルアパート物語こんばんは。人間はいくつまでなにかの卵でいられるんでしょうかね。

そんな卵がいっぱいいたという伝説のアパート、原宿セントラルアパートの物語「原宿セントラルアパート物語」です。写真家の浅井愼平が(たぶん)自己の経験を書いたものなんでしょうが、小説風に描かれています。といっても、主人公以外は全部実名ででてきます。

石原裕次郎や、アラーキー、渥美清、タモリなんかがでてきます。
寺山修司の言葉の作り方なんかも紹介されていて、なんだか(知らないけど)懐かしくなってきます。

原宿交差点の現在GAPのあるところに、原宿セントラルアパートはありました。一階にあった喫茶店、レオンにはそのアパートに住む卵たちが集まり、それぞれの世界観を闘わせていました。当時は写真家も、小説家も、デザイナーもイラストレーターも境界なんてなかったと誰かが言っていました。そこにあるのは、世界の何を切り取るのかということだけ。

ネットで検索すると当時の面影が少しだけですがよみがえってきます。こんなところにいれば自分は何者かになれる、そんな風に自信をもてるのかもしれないですね。

そうやって人はつくられるんじゃないか、そんな風に最近考えることがあります。人はなにかによって自分をつくられる。立場や責任がそうやって人をつくっていく。そんな風に考えるとこういうコミュニティーっていうのが一番有効なものなのかもしれないですね。

先日のお弁当で卵焼きをつくりましたが、卵ってしょう油にもケチャップにもソースにもあうんですよね。まだなんにも染まっていなくて、なんにでもなれるもの。それが卵なのかもしれないですね。って考えると、写真家の卵は写真家にしかなれないのだから、それはもう卵でもなんでもなくてただのヒナかもしれないですね。




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2008年04月20日

もう切るわ-井上荒野

「もう切るわ」 井上荒野

もう切るわおはようございます。最近、肝臓が悪くなっているのか、普段はビールからはじめて、焼酎か日本酒へと晩酌は続くのですが、ビール一本でもういいや、ってなってしまうときがあります。人からはフォアグラみたいな脂肪肝って言われるんですけど、肝臓に負担をかけすぎです。休肝日をつくってあげないと超過勤務手当を請求されちゃいますね。フォアグラには利用価値はありますけど、脂肪肝じゃ移植もできないですものね。

そんなわけで、「もう切るわ」です。先日本が好き!経由でいただいた、雑誌「ウフ」で井上荒野を初めて読んで、他のも読んでみたいと思い読みました。

登場人物は男と女二人。旦那とその妻と旦那の不倫相手。一人よけいなキーパーソンもいますが、この三人で物語がすすんでいきます。そして妻にも不倫相手にも恋人らしき人はいます。そして旦那が余命数ヶ月の病気になり、妻と不倫相手と旦那、それぞれの心の揺れ動きが描かれています。

妻と不倫相手の視点が交互に描かれていて、どっちがどっちだかわからなくなる瞬間もたしかにあるんですが、とっても読みやすい文章でした。最初なかなか話がすすまないところがあって、これはどうかなぁなんて思ったりもしたんですけど、途中からノンストップでした。

女心の複雑さがよくでていて、大変勉強になったんですが、おでんを旦那と不倫相手が買いに行くシーンがあって、この行動力が女性をひきつけるんだなぁ、と感心しました。屋台においてあるようなステンレスで中が仕切られたおでんの鍋を問屋街に買いにいって、くたくたに疲れた旦那は家にもどるかと思いきや、そのままおでん種が売っているお店に食材を買い込み、その日の内におでんをつくってしまう。まぁこれにはいろいろと理由があったのですけど、これぐらいの行動力がなければ女はついてこないんだろうなぁ。

タイトルにかけたダジャレのような言葉もでてくるんですが、あれはよけいだった気もしますが・・・。まぁそこはおいときましょう。つまらないダジャレを禁止されたら僕にしゃべるなっていうのと同じことですからね。井上荒野の作品はもう一つ積んであるので、これで読む気になれました。っていってもハードカバーなので、いつの週末になることやら。。。




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2008年04月19日

月曜日の水玉模様-加納朋子

「月曜日の水玉模様」 加納朋子

月曜日の水玉模様おはようございます。今日はやっと晴れましたが、雨が続いていましたね。月曜日は四週連続で雨だったみたいですよ。カーペンターズの歌じゃないですけど、なんだか憂鬱になりますね。誰か雨の日は祝日にするって法律を作ってくれる政治家がいれば支持するんですけどね。って、晴れている日に働かないといけなくなりますね。花見に行けなくなっちゃうからそれはそれで困りものですね。

というわけで、雨の物語だと思って「月曜日の水玉模様」を読んでみました。ところがタイトルから雨のお話かと思っていたら、ネクタイの柄の話でした。ちょっと残念に思いながら初加納朋子でしたが、文章が読みやすくてすんなりと入っていけましたよ。作家自身はそんな風に比べられたくないだろうけど、なんだか荻原浩の文章に近い気がしました。

連作短編のこのお話ですが、OLの陶子と電車の中で知り合った荻が難(?)事件を解決していくという物語です。そしてだんだんと距離の縮まっていく二人の物語の方もなかなか楽しかったです。和光の時計の下で待ち合わせしている二人の物語を読みながら、うらやましいと思わずよだれがでてきちゃうほどでした。

加納朋子は鮎川哲也賞を受賞しているらしく、ミステリ作家らしいのですけど、読む前は作者名とタイトルからの思いこみで、絲山秋子っぽい作品なのかしらと思って読みはじめたんですけどね。結構思いこみ強い方だからこういうことになるんでしょうね。まぁそのギャップにもまけず、どんどん読み進められたのがよかった。素敵な出会いでした。

今回のは短編ということもあって、次回はもう少し長いのが読んでみたくなりました。また一人お気に入りの作家さんができてよかったよかった。こんな出会いをもたらしてくれるなんて雨も捨てたもんじゃないですね。




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2008年04月16日

人生を変えた5つのメール-濱田秀彦

「人生を変えた5つのメール」 濱田秀彦

人生を変えた5つのメールこんばんは。先日初の出張に行きまして、人生三度目の新幹線に乗りました。今まで新幹線なんて、夜行で行った京都の帰りに行きと同じ時間電車に乗るのはいやだなぁととっても根性なしの結果の時と、名古屋の友達に飲みに来いって言うわれてその一週間前に車が全損してしまい、しょうがなく乗ったときぐらいしかなく、なんだかどきどきわくわくしてしまいました。車窓から見える風景に東京から一時間も離れていないのに、こんなに田園が広がっているのかとすこしびっくりしてずっと見ていたら、先輩にそんなにおもしろい?と聞かれてしまいました。出張に行くなんて、なんかビジネスマンっぽくないですか!?

というわけで、ビジネスマンとして成長するための大切なヒントと副題のついた「人生を変えた5つのメール」を読んでみました。本が好き!からの献本でしたが、こういう自己啓発本というか、ビジネス書は高校の時以来読んでなかったのでなんだか懐かしかったです。

最近のビジネス書の書評とかを読んで思ったのですけど、物語に絡めて著者の言いたいことをいう作品が増えたとおもいませんか?「チーズはどこへ消えた?」とかそんなのですよね?(読んだことないですけど・・・)

読みながら思っていたんですけど、これって「ソフィーの世界」からはじまったような気がしませんか?哲学者から手紙が来てそれに答えていく内に主人公がだんだんと問いを理解していく、そんな風にどれも思ってしまいます。

そういえば、ソフィーの世界はなぜか高校の時の世界史の先生に貸してそれっきりです。返してくれないのかしら・・・。っていまさらですね(笑)

まぁそんなわけで読んでみたわけですが、結局どれを読んでも書いてあることは一緒なんですよね。成功するためには、まわりとコミュニケーションをとらないといけない。そのためにコミュニケーション能力を鍛えなければならない。ブレイクスルーするためにはきっかけが必要だ。そのきっかけは身近に転がっている。できることからはじめよう。

そんなことはもうわかっているんですよ。やらないだけで。まぁ、気付かせてくれるにはもってこいの本だったんですけどね。こういう本が売れるっていうのは、気付かせてもらうためにみんな買うんでしょうかね。どれも書いてあることが一緒なのだったら、同じ本を何回も読み返した方がいいんじゃないだろうかって考えちゃうんですけどね。




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2008年04月15日

流しのしたの骨-江國香織

「流しのしたの骨」 江國香織

流しのしたの骨こんばんは。先日の花見は桜も散って一本の桜にだけ花がついているだけというのに、その三十倍ぐらいのグループがブルーシートを敷いて宴会をしていました。その仲間入りをしている自分はほっといてみんな物好きだなぁ、なんて、思ったのですけど、この時期は場所取りをする必要もないし、トイレに並ぶ必要もないということで、言うことないですね。来年からは葉桜の会を恒例にしようかと目論んでいる次第でございます。

さて、花見の時はひさしぶりに自分が夜つまむような簡単なつまみではなく、手の込んだものをつくってみました。前夜に鳥の唐揚げと筑前煮をつくって、当日の朝に少し早起きしてブリの照り焼きと卵焼きをつくりました。
お弁当 酒と桜
油の温度の調節に失敗して唐揚げを焦がしてしまったり、似すぎて筑前煮の鶏肉が小さくなりすぎてほとんど見えなくなってしまったりとちょっとした失敗はありましたがおおむね満足のいくような出来でした。みんなにおいしいおいしいといって食べてもらえたのがやっぱり一番うれしかったですね。でもどんなにおいしいって言われてもこんなのお母さんが子供のために毎朝つくるようにはやりたくないですけどね。母親ってやっぱりすごい。

で、久しぶりに料理をして、調味料を流しの下で探していると、賞味期限のきれたものがでてくるはでてくるは、でちょっといやになってしまいました。瓶のまわりがべとべとになったごま油や色の変わったワインなんてさわりたくもなかったですもの。ちゃんと定期的に料理をしないとだめですねぇ。

まぁそんな得体のしれないものがでてくる流しの下ですが、さすがに骨までは出てきませんでした。そんなのがタイトルの江國香織の作品「流しのしたの骨」です。本屋さんで見かけても、そのおどろおどろしい言葉に敬遠していたのですけど、先日の飲み会でこの本の話になり、彼氏と食事をしながら手をつなぐために左手で食事をする練習をする女の子の話であることがわかり、そんなかわいらしい子が出てくるのならば読まなければと、さっそく読んでみました。

お話はといえば、奇妙な、そして不思議な家族のお話です。父と母、そして三人姉妹と一番下のかわいい弟。

法的に正しいことはどんなにばかげたことでも善しとする父に、ハムスターにウィリアムという名前を付けて家の中で散歩をさせる母、女子高生フィギュアを丁寧に色つけまでして組み立てお礼にお小遣いをもらう弟。そして彼氏と食事中に手をつなぐために左手で食事をする練習をする私。

どんなにまわりがおかしいと思っていても、その家族では当たり前になっているそんな風景。正月に誕生日、クリスマスと毎月のように家族のイベントがあってそれには家族全員が集まる。そうやってこの家族がつくられていったんでしょうね。家族はできるものではなくて、つくられるもの。しかもその成員がみんなでつくりあげていくもの。そんな風に考えさせられるお話でした。

自分にもいつかこんな家族ができるのかしら。ってなんの実感もわきませんけどね。

あまり仲良くなれなかった男友達に左手で食事をする練習をしていたやつがいるんですけど、あいつは、右脳を刺激するために左手を使っている、なんて言っていましたが、彼女と食事中に手をつなぐため、なんて言ってくれればもっと仲良くなれたのに。



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2008年04月14日

七年目の脅迫状-岡嶋二人

「七年目の脅迫状」 岡嶋二人

七年目の脅迫状こんばんは。桜花賞ですっごい馬券がでましたね。大穴派の僕としては取れていたんじゃないかしら、と思うんですけど、ここ何年も買っていないので取れるはずもないんですけどね。といっても、今まで大穴を買って当たったことはないんですけど
(ノ_-、)グスン

ということで、岡嶋二人の「七年目の脅迫状」です。競馬というか競走馬がテーマのミステリーです。デビューして間もない作品ということで、今まで読んでいた岡嶋二人にくらべてそこまで練られていると思えなかったのが残念です。

映画で馬を使われるときに、同じ役をしている馬は同じような姿形の馬を何匹も用意しておくそうです。そして激しい演技をして骨折をした馬はそのまま安楽死をさせてしまうそうです。それを当時よくデートをしていた女の子から聞いて、その子とラストサムライを見に行ってそればっかりが気になってあまり映画に集中できなかった記憶があります。なんて話はどうでもいいですね。

というわけで、中央競馬界に脅迫状を送りつける犯人。それが受け入れられないと、馬に伝染性の病気をうつしていきます。この病気は治療法もなく、患馬は安楽死するしかないということです。

人間が自分の欲のために馬を殺すなんて、って気持ちでしか読めませんでした。どんどん犯人を絞り込む事実があとからあとからでてくるのも、ミステリーとしては失格だったんじゃないかしら。そんな感じの本でした。まぁ楽しめなかったってことですね。

この作品に東京から北海道に女性社員とともに出張に行く男性がでてくるんですけど、会社の金で北海道にいけるなんていいなぁっておもっていたところ、明日出張にいくことになりました。日帰りですが、新幹線に乗るなんて何年ぶりでしょうか、と遠足に行く前夜の小学生のようにちょっとわくわくしています。残念ながら一緒に行くのは男性の先輩社員ですがね。駅弁を楽しみにしておきましょう。少しはビジネスマンっぽくなったのかしらね(笑)




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2008年04月11日

毒笑小説-東野圭吾

「毒笑小説」 東野圭吾

毒笑小説こんばんは。あしたはお花見です。といっても、今週の暴風雨で桜は全部散っちゃってるんでしょうけどね。葉桜見物会だっていいじゃないか!ってちょっと古いですが、森山直太郎の「さくら」を聞きながら今この記事を書いています。気分だけでも盛り上げないとね。だってきっとあしたは僕らだけが宴会をしているだろうから、まわりから「一週間間違えたぜ、あいつら」って冷たい視線が飛んでくるはずですからね。よけい酔っぱらっちゃいますね。

さて、桜が散った後に花見をするように、世間とちょっとずれたことをするとなかなかおもしろいことが見えてくることが多いですよね。そんな風に世間をみて書いたんじゃないかってお話が12編も入っている、東野圭吾の「毒笑小説」です。以前、「怪笑小説」を記事にしましたが、それのシリーズのようなものです。巻末に京極夏彦との対談が載っていて、お笑い小説をまじめに書きたかったというようなことを言っています。以前の記事に筒井康隆や清水義範に近いものがあると書きましたが、対談でも筒井康隆が教科書だったと言っていますから、間違ってはいなかったんですね。

孫と遊べない寂しさから、その孫を誘拐してしまおうとする百億ぐらい簡単に現金でだせる超富豪の老人四人組が巻き起こす"誘拐天国"や女流作家の正体はだれだ!?の"女流作家"やいきすぎたマニュアルがとうとう警察にもやってくる"マニュアル警察"とか、どれを読んでも背筋が寒くなるようなそれでいて、にやにやしてしまう笑いにあふれています。

でも一編だけ異色の作品が収録されています。"つぐない"という四十をすぎたうだつのあがらない中年のおっさんがピアノを習い始めるという作品なんですけど、作者の意図に反してほろりとさせてくれます。これを読むだけでも価値はある作品集だったと今では思います。

よく言われることですが、いかりや長助などが泣かせる演技をするのがうまいように、人を笑わせることのできる人にとっては人を泣かせるのなんて造作のないことなんでしょうね。巻末の対談で東野圭吾はこのことを、笑いのスイッチのすぐそばに涙のスイッチがあるんだと表現しています。なかなかおもしろい表現ですね。でももっと大きなシラケルというつぼがど真ん中にあるから難しいと言っていますけどね。

京極夏彦も同じような作品を書いているとここで言っていたので、それを探してみることにします。なんか、作家さんも自分につくられたイメージを壊そうとしているんですね。花が散ったあとの桜と乾杯をして、葉桜のよさを発見してくることにします。「葉桜の季節に君を想うということ」なんて素敵なタイトルの作品もありますしね。お弁当もばっちりつくったので、あしたが楽しみです。




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2008年04月10日

ジャンプ-佐藤正午

「ジャンプ」 佐藤正午

ジャンプこんばんは。いつもお昼を食べに行く喫茶店にメガネをかけた胸の大きい素敵なOLさんがいます。今日の帰り、駅まで歩いていると、どこかでみたような人が携帯電話で話しているのを見て、思わず顔に見いちゃったのですけど、それが毎日喫茶店で見かけるその女性でした。メガネもかけていなく、かわいらしい私服を着ていたので最初わからなかったんですけど、じっと見ていて思い出しました。向こうもこちらの顔をじっとみて、あっ、って顔をしたので、わかったのでしょうね。軽く会釈しようとも思ったのですけど、そんなことするのもおかしいかなぁと思ったらそれすらできずに、ただ通り過ぎてしまいました。あそこで声でもかけていたら素敵な出会いになっていたんでしょうかね。それとも隣の交番に駆け込まれていたのでしょうか。人との出会いは難しいものですね。
まぁ向こうも冷たい目でこちらを見ていたので、声をかけないで正解だったのでしょうね。

そんな風に冷たくされたら次からはどう接すればいいのかわからない、kbbです。といってもその女性とは話しすらしたことなく、会釈もしたことないんですけどね。たまに相席のテーブルで一緒になるぐらいなんですけどね。妄想しすぎですか、そうですか・・・。

そんな冷たい仕打ちを見知らぬ女性ではなく、半年つきあった彼女にされた男が主人公の物語「ジャンプ」です。初佐藤正午作品ですが、どこかで村上春樹に雰囲気が似ていると聞いて、わざわざ探して買ってみました。

読後感はといえば、不器用で理屈っぽくて優柔不断な男が妻に出て行かれて、井戸に潜ったりするお話が村上春樹にあったと思いますが、それに対するアンチテーゼなのかしらって思いました。もちろん、井戸に潜ったり図書館の地下で羊男を助けたりはしませんけどね。

りんごを買って五分ぐらいで戻ると言った彼女がそのまま失踪した。最初はみんなで探したが、一月も経たぬ内に誰からも連絡がこなくなる。一月の内に僕以外のみんなには連絡がきて、彼女が事件や事故に巻き込まれていたわけじゃないことがわかる。しかし、どうして自分にだけ、連絡がないのだろうか。

そんな風にして、自問自答をしながら男はその後の人生を生きていくことになるってお話です。

読みが浅いせいか、タイトルの「ジャンプ」の意味がわかりません。彼女がジャンプしたのか、彼がジャンプしたのか、それとも二人の関係が五年後にジャンプしていくのか。

文章はなかなかよかったのですけど、村上春樹のお話が頭から離れなかったのが、読めなかった原因ですかね。この作品だけじゃあなんとも言えないので、もう一冊読んでみようと思います。




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2008年04月09日

オロロ畑でつかまえて-荻原浩

「オロロ畑でつかまえて」 荻原浩

オロロ畑でつかまえてこんばんは。先日、あるテレビでスイスのある地方の法律に生後八週間以下のうさぎは一羽だけで飼ってはいけない、というものがあるということを紹介していました。その理由は、うさぎはさみしがり屋さんだからだそうです。

午後のワイドショーなんかを見ていると今の世の中、どんなものでも、寂しがりやである、と決めつけているのか何にでも陽をあててやれと思う人たちがいるように思います。暗くて狭い中でじっとしていたい人もいると思うんですけどね。

とまぁ、そんな今まで一度も世間的な陽が当たったことのない超過疎の村、牛穴村を舞台に町興しをしたい村人と、町興しを請け負った広告社、ユニバーサル広告社の必死の大作戦の物語です。

荻原浩のデビュー作ということでわくわくしながら読み始めましたが、期待を裏切られることもなく、楽しませてもらいました。「神様からひとこと」の主人公、佐倉が再就職先に選んだ二つのうちの一つ、結局入社をとりやめたユニバーサル広告社ですが、入らなくてよかったね、とこの作品を読むと深いため息とともに断言できます。

デビュー作からなのか、紙数の要求からなのか、最後のところで、もう少しこの出会いを深く描いて欲しいと思いつつも、まぁそういうのもありかなぁなんて思って読んでいました。でもそれまでの設定が深くて、どこまでも想像力を働かせていただけます。ってか、こういう村ありそうだもんなぁ。こんな友達もいっぱいいるし(笑)。ってか、読んでない人にはさっぱりわからない文章になっていますね(笑)

ぜひぜひ一度読んでみてくださいな。損はさせませんよ。二冊で1000円でどうだ!?ってたたき売りしてみましたけど、定価より高くなってしまうので、どうぞ本屋さんで買ってくださいな。

まぁ寂しがり屋のkbbさんということで、生後30年近く経っていますが一人で飼うのは禁止って法律を誰かつくってくれませんかねぇ。もしくは陽が当たるように、ユニバーサル広告社で人形でも作ってもらいましょうか(笑)






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posted by kbb at 21:36 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(1) | 荻原浩

2008年04月08日

ハッピーロンリーウォーリーソング-枡野浩一

「ハッピーロンリーウォーリーソング」 枡野浩一

お花見の
確認メール
送ったら
桜もないのに
なぜやるのと返事
(字余り)

今日の悲しい出来事を短歌にしてみました。

「ショートソング」の枡野浩一の短歌集「ハッピーロンリーウォーリーソング」を読んだ直後だったので、短歌という形で思いつくことになったなんて、なんて僕は流されやすい男なんでしょうかね。字余りでなんともみっともないものになってしまいましたけどね。

吉祥寺を舞台に短歌をめぐる男と女を描いた「ショートソング」でしたが、さすがに短歌を詠む人だなぁなんて思わされますね。言葉を常に真摯に受け止めて、どの言葉を捨てて、どの言葉を選び取るか、それがすっごくよく見えてきます。好きな短歌をいくつかここで。

こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう

殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

年齢を四捨五入で繰り上げて憂えるような馬鹿を死刑に


和歌って季語は必要ないんですね。むしろリズム感があればいい。それこそ「歌」なんでしょうね。

短歌とともに写真が載っているのですが、またそれが現代日本というか、不思議な国、日本を描いていて二倍楽しめる文庫になっていました。

葉桜としてだって桜は生きていくんだ!とここは強く言って終わろうと思います。
葉桜見物会でなんかいい歌ができるといいなぁ。




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posted by kbb at 22:13 | 東京 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | 枡野浩一

2008年04月07日

ALONE TOGETHER-本多孝好

「ALONE TOGETHER」

ALONE TOGETHERこんばんは。グーグルのロゴで、もうご存じの方も多いかとは思いますが、四月七日は「鉄腕アトム」のアトムの誕生日のようです。2003年誕生ということで、五歳の誕生日ですね。男の子ということで七五三のお祝いをしているんでしょうかね。千歳飴でもなめていたりしてね。アトムが生まれた世界では2003年にはすでにロボットは結構つくられていて、ロボットの人権を認めるロボット法なんてのもできているみたいですよ。手塚治虫が思い描いた未来ですが、人の心の波長と自分の波長を合わせて、その人の本音を引き出す能力、そんなものはさすがに思い描けなかったようですね。

ディズニーの言葉に「想像できることは実現できる」というものがあるようですが、普通の人間が想像しているよりもこの世の中の進みかたは早いようです。でも、そんな科学技術の発展の早い社会でも、人と波長を合わせる能力、それによって、その人の澱を吐き出させる能力をもった人間はいないようです。小説の世界以外には。

そんな能力を代々受け継ぐ血筋に生まれた男がでてくる物語「ALONE TOGETHER」です。久しぶりの本多孝好です。タイトル通り、こんな能力をもっているからこそ、誰かと一緒にいても"Alone"、一人なのに"Together"です、なのかしらと、思わされました。

ある日、恩師でもない大学時代の教授から妙な頼み事をされるところから話ははじまります。特異な能力をもった柳瀬はそれをコントロールすることもできずに、しかし、うまく使いながら様々な人間の問題を解決していくかに見えます。しかし、波長を合わされた人間の結末は想像しているものよりもひどいものだった。

人と違う能力をもってしまったばかりに、人にはわからない苦悩を抱えながら生きていく。しかも、それは決して人にはわからない。

そんな風に物語は進んでいきますけど、読んでいく内に、これは決して柳瀬だけに当てはまる物語ではないのではないだろうか、と思い始めました。誰だって他人に映った自分を鏡で髪の毛を直すように変えていくものだし、変えられないものは、自分が覚悟しながら一生つきあっていかなければならない。それは生まれたときから背負わされた呪いのようなものなのかも知れない。でもそれに負けないように盲信という祈りをしながら自分自身をうまくあわせていかなければならない。

彼だけが鏡なのではなく、だれもが鏡になるのだろうな、そんな風に読んでいました。

彼のような能力をもっていなくても、"Alone"を感じることはよくある。それは誰かと飲んでいるときに。彼のような能力をもっていなくても"Together"を感じることがある。電車の中で地震を感じて不安そうな目をしている乗客と目があったときに。

結局、人間は一人で生きてはいけないということなのか。
なんてかっこつけて終わらせてみようかと思いましたが、キャラじゃないですね。っていうキャラだって自分がつくったのか、人に思いこまされているのか。現在みんなが思っているアトムのキャラだって手塚治虫一人で作り上げたものじゃないらしいですし。誰だって周りによってつくられるのかもしれないですね。




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posted by kbb at 21:46 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ハ行

2008年04月05日

まぶた-小川洋子

「まぶた」 小川洋子

おはようございます。昨日は久しぶりに残業もなく、早く帰れる日なのに誰とも約束がない。よく飲みに行くやつの顔を頭に思い浮かべてみたけどそいつらが今日はだめだと以前言っていたのをすぐに思い出した。

他に誰か誘えそうなやつはいないか、こんな日はかわいい女の子がいいなぁ、と思いつつそんなのがいたらすでに誘っているよな、なんて思いつつ銀座の街を歩いていたら、前から歩いてきた外国人女性とぶつかりそうになってしまった。考え事をしていてちゃんと前を見ていなかったと反省して謝ろうと顔を向けたところですっごい素敵な香りに気付いた。どうやらその女性の匂いらしい。石鹸のような、それでいて遠くから匂ってくる花のような柔らかい香りがした。人はこんな気持ちのときにふと出会ったこういう香りのせいで女性についていってしまうんだろうなぁ、って思った。

その女性の香りをうまく言葉で説明できないのがもどかしい。言葉で説明できない、ということは誰かに伝えることができないということなのだから。飲みながら友人とこの話になったときにこういう匂いだったと伝えることもできない。男をだますにはこの香りがいいと、女の子に伝えることもできない。

そんな香りをあれとこれと混ぜた香りと的確に説明できそうな女性がでてくる"匂いの収集"が収められている短編集「まぶた」です。ある一点に狂気的につきすすむ、そんな人たちがいっぱいでてくる小川洋子の特長がよくでている作品集のような気がしました。そのおかげでか、背筋がぞくぞくっとするような恐い作品が多く収められています。表紙の女の子もなんだか角川ホラー文庫を見ているようですしね。

以前「シュガータイム」で小川洋子の作品はやっぱり好きかも、って書いたけど、それは恋愛感情とは全然種類の違う「好き」なのである。それよりも五年ぶりぐらい音沙汰のなかった友人と飲みに行くことになり、最初は緊張しながら乾杯をして近況などを語り合っているのだけど、そのうちにだんだんと五年前のことを思い出しながら杯を重ねていくうちに背景や詳細をなんにも説明していないのに、自分や相手の現在の話題にちゃんとついていける。そんなことを飲み終わったあとに気付く。そんなふうに飲める相手に抱くような気持ちを小川洋子に感じていたのでした。要は楽しかったってことですね。




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posted by kbb at 09:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小川洋子

2008年04月03日

最悪-奥田英朗

「最悪」 奥田英朗

最悪こんばんは。先日、地下鉄市ヶ谷の駅でミニスカートをはいたかわいらしい女の子をみました。5歳から6歳ぐらいで、携帯片手にお母さんらしき人と会話をしていました。「二番線なんて見あたらないよー」なんていいつつ、「ワタシ、なんか飲み物買ってから行くから」なんて大人びた口調で話しながら彼女は自動販売機の方へと歩いていきました。そして戻ってくる彼女が歩きながら飲んでいたものはヤクルトでした。小さなヤクルトの容器を小さな手で握りながら、山の頂上で飲むわき水のようにおいしそうに飲んでいました。そんな彼女が僕の前を通って階段に向かう後ろ姿を見ながら、ちゃんとお母さんと出会えるのかしらと、心配になってしまいました。一昔前ならここで、気のいいおじさんが「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」なんて声をかけると思うのですけど、みんな幼児誘拐犯に間違えられたくないのか、それとも興味がないのか誰も彼女に見向きもしていませんでした。そんな中僕だけが彼女を心配して、心配だから後ろからだまってついていって、ちゃんと待ち合わせ場所に行けたか確認してやろうか、なんて本気で思っていました。実際はやはり、疑われるのが怖くてできませんでしたけどね。

そんな風にちょっとした選択で人生は狂って行くのでしょうね。もしあそこで彼女の後ろをそっと追いかけていき、それを見ていた人が警察に届けてあらぬ疑いをかけられたり、もしくは手をつないでお母さんのところに届けようと思ったらその母親が警察に通報したり。ないとは思えないから恐いですよねぇ。

そんな風にちょっとした選択のミスから、元にもどろうとあがいてどんどん悪い方、悪い方へといってしまった4人組が織りなす、犯罪劇の「最悪」です。安心して長編を開ける奥田英朗と言えども、700ページ近い辞書のように分厚い文庫本を読み始めるのには少し勇気がいりました。少し読んでやっぱり文章があわなかったらどうしようとか、デビュー二作目ということでそんなにストーリーが練りこまれていなくてだらだらと文章が続いていくような作品だったらどうしようとか。でも、どの心配も杞憂に終わりました。

なかなか事件が起こらないなぁと思いつつ、それでも四人の日常から転落までのストーリーに自分だったらどうしようと思いつつ背筋が寒くなってしまったり、みどりちゃんかわいいとかつぶやきつつ、起こる事件それぞれに「サイアク」という言葉が口から出てきてしまったり。満員電車の中で僕の前にたっていた長い髪のきれいな君のことじゃないですよー。

なかなかどうして、世の中にはこれ以上最悪のことはないと思いつつ、まだまだいっぱいあるみたいですね。一回悪い方にいってもがけばもがくほど、どんどんぬかるみにはまっていく。そういうときは一回立ち止まってお酒でも飲んでクダをまいているのが一番いいのかもしれないですね。

って毎日僕がお酒を飲んでいるのは立ち止まるためではなくて、走るためのエネルギーですからねー。ちょっと前の価格のガソリンを使うよりは燃費がいいと思うのですけど、やっぱり省エネしないとだめですかねぇ。




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posted by kbb at 23:22 | 東京 🌁 | Comment(4) | TrackBack(0) | 奥田英朗

2008年04月01日

僕は結婚しない-石原慎太郎

「僕は結婚しない」 石原慎太郎

僕は結婚しないこんばんは。四月一日ですね。新入社員の方々、おめでとうございます。これからつらいこともいっぱいあると思うけど、がんばってくださいね。出社時間が遅いので新入社員が満員電車にすし詰めにされる洗礼が見られなかったのですが、いつも行く喫茶店のテレビでNHKのニュースを見ていると都職員の入庁式の様子を放送していました。相変わらず偉そうに、それでいて、神経質そうにまばたきをしながら石原慎太郎が演説というか訓辞をしている様子が放送されていました。残念ながら何を言っているかは放送していなかったのですが、まぁいつもと同じようなことを言っていたことでしょう。

ここで石原慎太郎批判をしてもしょうがないとは思いますけど、会見で見られる彼の偉そうな話し方も、考え方も僕は好きではないのですが、作家なのに本を読んだこともないのに、嫌いだっていうのも、どうかと思い、読んでみました。

うーん。なんていうか、小説という作品を生み出す才能と、人に好かれる話し方をする才能が全然ちがうものなのだなぁって思わされました。

なかなか含蓄にとんだ内容で、いろいろ考えさせられました。35歳が結婚をする結婚適齢期の限界、キリの歳であることから、結婚について真剣に悩む男の話です。まぁ、小説の定番というか、彼はパーティで出会った素敵な女性から、豊満な肉体をもった年上、すっごい年下の女性にまでもてもてなのですけど、結局結婚しないことを決意します。

結婚なんてしたら、家に帰ると毎日同じ女が家で待っている、という友人の話や、世間には未婚を見越しての罠がいっぱいある、などのうならされる言葉がいっぱいあったんですけど、結婚しない、したくない彼の気持ちはもっとわかる気がするなぁ。今の時代っていうのはインターネットもあれば毎週雑誌が何冊も発売されている、情報過多な時代。情報が多すぎると一つには絞れないってことなんでしょうね。結婚っていうのは、一つを選択してそれ以外の選択肢を全て捨てるってことでしょうからね。

先日の芥川賞をとった川上未映子「乳と卵」の書評で石原慎太郎が

一人勝手な調子に乗ってのお喋りは、私には不快でただ聞き苦しい。

といっているのをどこかで読んだけど、まさにこの本は主人公の一人語りがほとんど。おもしろかったのに、他人の本に対して言っていることを聞いてしまうとなんだか悲しくなってしまいました。




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posted by kbb at 22:14 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

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