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2008年07月31日

こうばしい日々-江國香織

「こうばしい日々」 江國香織

こうばしい日々こんばんは。最近薄着の女の子や丈の短いスカートをはいた女の子が多くてウハウハなkbbですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。でも見慣れてくると不思議なことにすぐに見飽きてしまうんですよね。それってきっと彼女たちは僕の手の届かないところにいるからなのかもしれないですけどね。でも手の届くところにいたらそんな格好やめなさいと、きっと言ってしまうんだろうなぁ。

というわけで、「うはうは」といえば江國香織ということで、「こうばしい日々」です。こんな言い方しちゃうと江國香織に失礼かもしれませんね(笑)

女の子の物語と男の子の物語が収録されています。中編が二つと言った感じでしょうか。二歳の頃からアメリカに住む僕は、高校まで日本で暮らして、今は一緒に暮らしている姉としょっちゅう喧嘩をしている。お姉ちゃんが「嫌いじゃないわ」といえば「好きといえば」と言ってしまう。積極的にアタックしてくる僕の恋人、ジル。毎朝スクールバスの隣をあけて僕が座るのを待っている。そんな僕らを冷やかすクラスメートと僕らをオトナとして扱ってくれる、周りの人たち。彼らとのこうばしい日々。

お茶だってコーヒー豆だって、おいしくなるためには、香ばしくなるためには時間が必要だ。きっとこのお話の「僕」もおいしくなる瞬間があるのでしょう。物語を読みすすめながら僕と同じ名前をもった「僕」を応援していました。

もう一編のお話は女の子のお話です。でもこっちはもう少し大きくて、小学校高学年。お姉ちゃんは昨日お嫁に行った。長い間つきあっていた彼氏ではなくて、つい最近お見合いした人のところへ。私の恋の相手はお姉ちゃんが長くつきあっていた次郎君。次郎君と街で偶然出会い、喫茶店に入るだけでドキドキしてしまう。

彼女は母と父の恋愛を真実の愛ではないといいます。
でも、このお父さんいいんですよ。お姉ちゃんを生んだあと、難産でしばらく入院していた妻が「メロンが食べたい」というと「これから毎年メロンを買ってやるから元気になってくれ」という。それから毎年お姉ちゃんの誕生日にはメロンを買ってくる。お姉ちゃんがお嫁に行って家にいなくても。

こういうのってなかなかできないですよね。自分で決めたことなんて簡単に破っちゃうのが人間なのに。でも、こういう約束っていいものですね。守られているからこそそう思うのかもしれないですけど。こういう約束事を少しずつつくっていくことで自分を律するようになれるのかもしれないですね。その前に僕の子供を産んでくれる人を捜さないとね。




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2008年07月27日

あした天気にしておくれ-岡嶋二人

「あした天気にしておくれ」 岡嶋二人

あした天気にしておくれこんばんは。先ほどの更新はコミックということで、番外編でした。というわけで、岡嶋二人の作品です。西岸良平のミステリーもいいのですが、やはりミステリーといえばよく練った作品をつくる岡嶋二人ですね。

この作品は江戸川乱歩賞で最終候補作に残った岡嶋二人の処女作だったようです。といってもこの時は落選してしまって、翌年に「焦茶色のパステル」で乱歩賞をとることになったようです。

この時落選した理由が、使われているトリックが他の作品でも使われているから、というもの。といってもこのトリック、当時の人なら誰でも思いつきそうなもので、事実僕も作品を読みながらこうするんだろうなぁって思いながらページを繰っていましたもの。でも大切なのは、このページを繰ってしまうところだと思うんですよね。どんなにトリックがわかってしまったとしても、ページを繰る手を止めることができなかった。これが岡嶋二人の魅力といえますね。そしてこの作品の一番の魅力は誰も死なないこと。人が死なないミステリーってそれだけで魅力的に思えてしまうのは僕だけでしょうかね。

さてあらすじはといえば、三億二千万の子馬を予後不良の骨折にしてしまい、その事故を起こした人は苦肉の策でその馬が誘拐されたことにしようとする、というもの。というのもこの馬、共同オーナーという形で四人で八千万ずつ出し合って買ったもの。他のオーナーの負担分二億四千万を出さなくてすむように誘拐をでっち上げてしまう。

ところがこの誘拐をどこかでかぎつけた別の人物が、その身代金を奪ってやろうと計画する。この身代金の奪う方法というのがこの作品の大きなトリックとなっています。

競馬に詳しい人ならこのお金を奪う方法、簡単にわかると思います。損して得とれとはよく言ったものでローリスクハイリターンを目指すならこれって感じですね。でも今ならそこら中に監視カメラがあったり、当時と今では馬券のシステムが変わってしまっているので、このトリックは使えないでしょうけどね。

やっぱり岡嶋二人作品は安心して読めますね。何の心配もせずに読める作家さんってなかなかいないので、この人の作品を読むと安心します。なんてこと言ってるから新しい作家さんとの出会いがなかなかないんでしょうけどね。最近、川上弘美と江國香織と岡嶋二人と絲山秋子の作品を行ったり来たりしている気がしてしょうがないです。まぁ積ん読の本棚にもこの四人の作家の作品がいっぱい並んでいるからしょうがないんでしょうけどね。他の方の本ブログを参考に新しい作家さん探しでもしてきますかね。




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鎌倉ものがたり傑作選 胸に残る思い出編-西岸良平

「鎌倉ものがたり 傑作選 胸に残る思い出編」 西岸良平

鎌倉ものがたり傑作選こんばんは。

少し気分を変えてみようと、久しぶりに漫画を読んでみました。雑誌をぱらぱらとめくることはあっても一冊まるまる読んだのはどれぐらいぶりだろうか。

本が好き!からの献本です。西岸良平の「鎌倉ものがたり傑作選」です。三丁目の夕日と同じ作者さんですね。表紙を眺めていたら映画を思い出していました。

作品はといえば、一話読み切り型で鎌倉在住で警察署の捜査顧問もしているミステリー作家、一色正和と一回り年下の奥さん、一色亜紀子が主役です。

海と山に囲まれた古い街、鎌倉。河童や幽霊など魑魅魍魎がうろうろしている。そいつらが事件を起こすことも珍しくない。というわけで、心霊捜査課なんてものもある鎌倉警察ですが、恐山出身で降霊術を駆使して捜査をする刑事やこっくりさんを使って事件を解決する刑事なんてのもでてきて、なかなか突飛なアイデアに驚かされます。おどろおどろしい人たちがいっぱいでてきますが、稲川淳司のように決して恐い話をするわけではなくて、ホロリとさせてくれるお話がいっぱいです。

二十代前半の一色亜紀子がまたかわいくて、背の低い彼女はいつも小学生、中学生ぐらいにしか見られなくて、悲しい思いをしています。西岸良平の絵は決してうまいとは言いませんが、かわいい女の子はかわいく、かっこいい男はかっこよく感じられるのが不思議ですよね。まぁだからこそ、漫画家として長く活躍されていらっしゃるんでしょうけどね。

東野圭吾や岡嶋二人なんかになれている小説読みの人たちにはトリックの点からおもしろさを感じられないかもしれないですけど、気分転換にはちょうどよい作品でした。たまにはこういうのを手に取るのもいいですね。




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書評/ミステリ・サスペンス



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2008年07月26日

クライマーズ・ハイ-横山秀夫

「クライマーズ・ハイ」 横山秀夫

クライマーズ・ハイこんばんは。

今日は映画を見てきました。最近イクスピアリのレイトショーがお気に入りです。「マジックアワー」もここで見てきました。安いし、すいているし、言うことないです。ということで、「クライマーズ・ハイ」を見てきました。原作を読んできたばっかりで、原作を忘れない内にと思って見てきたんですけど、失敗でした。

あの映画は失敗です。原作にでてくるエピソードが細切れになって順番もめちゃくちゃにつぎはぎされている。そんな印象しかもてませんでした。しかも、原作で象徴として描かれているエピソードも簡単に終わらされてしまって、あぁそんなんじゃないのぃ!って感じでした。

それもこれもすべて原作がよかったからなんでしょうね

御巣鷹山に墜落した日航機を追う地方新聞記者が描かれる物語。クライマーズ・ハイとはクライミングしている途中で脳内物質により恐怖をすべて忘れてがむしゃらに難易度の高い岩を登り切ってしまうこと。同じようにアドレナリンが出っぱなしの状態で日航機墜落を中心にした新聞づくりをしていく日航全権デスク、悠木。過去の遺物にすがる上司。悠木の過去につけこむ他部署の人間。どの人間もそれぞれが人間らしかったです。それぞれの目的と欲望がぶつかりあう。

部下や上司に挟まれながら日航全権デスクとして紙面づくりをしていく悠木だけど、彼自身の欲望はなんだったのか。息子との交流か。紙面づくりか。スクープか。それとも頂上にたつことだったのか。

それぞれのエピソードが積み重なっていき、どこまでも心に押し寄せてくる。久しぶりにぼろぼろと涙を流しながら一気に読んじゃいました。ページに涙が落ちてしみになるのもかまわずシャツを濡らしながら読んだ作品。

そういう作品だからこそ、映画を見て失望してしまったんでしょうね。好きな原作の映画は見にいくべきではないですね。

といっても、主役の堤真一の演技、部下の佐山を演じた堺雅人、原作でも早く死んじゃえばいいのにと思っていた社長を演じた山崎努は映画でもいやなやつでした。そんな俳優陣のうまさが救いだったかもしれません。

映画でもうまく描けていなかった谷川岳の衝立岩。原作でもうまくイメージできなかった人がいるかもしれません。そんな人のためにこんなのみつけました。

谷川岳の魔の岩壁(悲しいニュースです)

谷川岳は世界で最大の死者数を出している山だそうです。

どのエピソードもうまくはまっている。長篇作品としてあるべき姿を感じました。




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posted by kbb at 01:32 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 横山秀夫

2008年07月25日

ユリイカ-青山真治

「ユリイカ」 青山真治

ユリイカこんばんは。

自分の性格を忘れていました。最近なぜかパチンコにはまっていて、ちょこちょこ勝っていたんです。こんなくだらないことなんでやっているんだろうと思いつつ、なぜか入り口をくぐってしまう。きっとパチンコってカタルシスを味わうのが魅力なんじゃないか、と最近思います。何もせずにハンドルを握ったままぼーっと無駄な時間を過ごす。パチンコ台につくられる幻想を見せられるかのように、当たらないスーパーリーチが何度も自分の前をよぎっていく。何枚目の千円札が吸い込まれたかわからないぐらいになってやっと、大当たりがくる。確率変動をひいてレンチャンを繰り返す。脳内には興奮物質が渦巻いている。これって五百円とか座ってすぐ当たってもこうはいかないんですよね。それが証拠に少ない投資と時間で当てた時は大当たりが終わるとすぐに席をたつけど、大金をつぎ込んだあとの大当たりではその大当たり分を全部飲み込ませてもまだ未練がましく席から立つことができない。次こそは当たるはずと思いながら300回も回している自分がいる。次こそは、次こそは思いつつずるずると。そう、これが僕の性格だったのに。自分のことなんかよくわかっていたはずなのに。やっぱり忘れてしまう物ですね。

さて、なかなか大当たりのこないパチンコ台のような本を読んだ気がします。そろそろおもしろくなって来るだろうと思いつつ、いつまでページを繰っても話がぜんぜん見えてこない。視点がころころ変わって誰の発言なのか、誰の感情なのかまったくわからない。突然人の名前がでてくるけど、こいつが誰だかわからない。

この作品、三島由紀夫賞を受賞しているんですよね。さらに作者の青山真治は映画監督さんで、映画「ユリイカ」の監督さんでもある。この映画で国際批評家連盟賞をとっている。(-_-;ウーン おれには理解できない世界だったってことか・・・。

結局最後まで読むことができませんでした。そんなので記事をつくるなって怒られそうだけど、自分の性格を忘れないように。つまらないと少しでも思ったらすぐに本を置いてもっとおもしろい本を読めるように。自分のためにここに書いておきます。これだけはお酒を飲んでも忘れないようにしないとね。なんだって時間は有限なんだもの。パチンコやったり、つまらない本を読んだりする時間はそれほどないんだよ。といっても、そういうことに時間を使うのも贅沢でいいんですけどね。(゚゚;)\(--;)ナンデヤネン




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2008年07月24日

不恰好な朝の馬-井上荒野

「不恰好な朝の馬」 井上荒野

不恰好な朝の馬こんばんは。

先日芥川賞、直木賞の発表がありましたね。芥川賞は中国出身の楊逸。「時が滲む朝」でしたね。そして直木賞が井上荒野。「切羽へ」でしたね。

北京オリンピックというイベントを控えているということもあり、楊逸が芥川賞を取るのは予想されている人も多かったようですけど、井上荒野の直木賞受賞は誰も予想していなかったんじゃないかしら?個人的には荻原浩か三崎亜記にとって欲しかったんですけどね。

そんなタイミングのよさで発表当日に読んでいたのが井上荒野の「不恰好な朝の馬」です。予想もしなかったので、夜にニュースを見てびっくりしてしまいました。

以前小説デビュー作の「もう切るわ」を読んでいたのですけど、格段にうまくなっていますね。ダジャレで物語を終わらせるようなこともなくなっていましたし(笑)

今回の作品は連作短編集なんですけど、短いものもちゃんと書けていて、これなら直木賞とるのも頷けるって思いました。

誰が中心というわけでもない群像劇という感じの今作ですが、次のを開いて今度は誰にスポットがあたっているのかしらなんて予想していると、ぜんぜん違う人がでてきたりして、その驚きがまたよかったのかもしれないですね。

人が考えているコトって自分が予想していることとは全然違うってコトがこれを読むとよくわかりますね。みんな自分のことを考えて生きている。奥さんのことも考えずに教え子に手をだしてみたり、勝手に離婚したいなんていってしまうし、母親の心配をよそにやりたいことをやってみたら、父親も勝手なことをしているし。そんな群像劇ですが、どの人の心情もしっかりと表現されていて、うまいなぁって思わせてくれます。

誰も想像しなかった芥川賞、直木賞ですが、ちゃんと予想していた人もいるかもしれないですね。何が起こるかなんて誰にもわからないってことですね。




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2008年07月23日

野生の風-村山由佳

「野生の風」 村山由佳

野生の風こんばんは。

僕の好きな色はオレンジ色なんですけど、この色をみていると、なんだか元気になれる気がします。何でかって聞かれると困るんですけどね。携帯電話もスニーカーもこのあいだ買ったポロシャツも気付いたらオレンジ色でした。こういうのって意識していなくてもそういう色が周りに増えていくのにびっくりですよね。まぁこれからの季節、赤系の色はただただ暑苦しくしか感じられないんでしょうけどね。

さて、オレンジ色だけでなくいろんな色がでてくる作品「野生の風」です。村山由佳作品ですね。この作家さん、直木賞とっているんですよね。受賞の時は予想外で驚きでした。

染織家の飛鳥と写真家の一馬が主人公のお話です。「おいコー」シリーズとは違って大人の恋愛を二人はしています。ちゃんと一冊で終わるから安心して読めますね(笑)

染織家と写真家がでてくるとなったら、色について言及しないはずがないってことで、この作品にもいっぱい色がでてきます。色ってこんなに種類があったの!?日本語で表現できる色ってこんなに種類があるの!?っていう驚きを感じられます。

一馬はアフリカで生命をとっている写真家。動物ではなくて、生命。彼のとる写真には生命がほどばしっている。といわれても文章だけじゃどんなんかわからないですよね。という理由からなのかどうかわからないですけど、単行本では写真家の岩合光昭さんの写真が載っているようです。僕が読んだのは文庫だったので、写真は見ることができなかったんですけどね。でも写真がついているってことは村山由佳は写真には絶対かなわないって負けを認めちゃったってコトなんでしょうね。写真にはできない表現が文章には絶対にできると思うんですけど、どうなんでしょうかね。でも、本音を言えば単行本にでてくる写真を見てみたいんですけどね。

最近よく行くラーメン屋さんがあるのですけど、そこのご主人と奥さんが着ているのが僕がこのあいだ買ったのとそっくりなオレンジ色のポロシャツなんです。暑い厨房の中で汗を流しながら働く二人が着ているのと同じポロシャツを着ながらその二人がつくるラーメンをすすり、だんだんと罪悪感というか、もっと簡単に言えば気恥ずかしくなっているつい最近です。といっても、いつも行くまえにそんなことすっかり忘れてしまってまた着ていってしまうんですよね。世の中にはこんなにいっぱい色があるっていうのにね。



野生の風 単行本

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2008年07月21日

謎の母-久世光彦

「謎の母」 久世光彦

謎の母こんにちは。三連休も終わっちゃいますね。なんだかこの三連休は遊び倒して充実なものになったんですけど、みなさんはどうでしたか?

久世光彦。初めて読む作家さんでした。川上弘美の「センセイの鞄」WOWOWで放送したときの演出をした方です。といってもこの人、本業は演出家ですが、作家としていくつも作品があります。そのうちの一つ「謎の母」です。

川上弘美の原作を映像化した人だから近いところもあるのだろうか、と読み始めましたが、期待を裏切られることはなかったです。といっても文章は全然違うので、何がどう同じって聞かれても困るのですけどね。きっと雰囲気というか、女の子の考え方が似ているのかしらって思いました。

一文一文しっかり読まないと、どっかで乗り遅れちゃうんじゃないかっていうぐら一文一文にしっかりと意味があって、無駄なところが一切ないって感じの文章で頭の中にすっと文章がはいってくるような作品でなかったのが少し疲れてしまうところでした。

物語は戦後すぐの日本が舞台です。母が幼い頃に若い男と家出した、15歳の女学生、さくらが主人公です。ある日小説雑誌で出会った小説を書いている人、朽木さん。自分のことが書かれていると思い、日記を盗み読みされたのかしら、と思わず手紙を書いてしまいます。そこから始まる作家と女学生の交流。子供のような朽木さんを見守る母のようなさくら。

でもやっぱりさくらは朽木さんに恋をしていたんだと思う。彼を自分のものだけにしたい。だけど奥さんも娘も二人いる朽木さんを自分のものにはできない。だからこそ遠くからどうしようもない男、朽木さんを見守るというスタンスに自分を押し込めてしまったのだろうな。

朽木さん、モチーフは太宰治になっています。作品の中でも朽木さんは最後の最後でちゃんと入水自殺をします。さくらと朽木さんの恋物語として読むこともできるし、昭和初期の文学史と読むこともできるようなこの作品。なるほどなぁって最後にはうならされてしまいました。

人の人生をしっかりとモチーフにしてなお自分の表現も作品に入れることのできる才能。それってやっぱり演出家の才能なのかもしれないですね。

戦後の貧しい世界では三連休を充実するなんてできなかったのかもしれないけど、やっぱり人は恋をし、じっくりと生きている。人っていつの時代も変わらないですね。

ちなみにこの作品の解説は川上弘美が書いています。やっぱりちゃんと繋がっていましたね。





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2008年07月20日

ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺-田中啓文

「ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文

ハナシがちがう!こんにちは。

世の中おかしなことばっかり起こるようで、禁煙を奨めるためのタバコ税の増税が、ただの税収アップが目的だったってことをこのあいだニュースで読みました。一箱千円にしてしまうと、禁煙する人が増えて税収も下がってしまうため、試算によって禁煙する人がいても税収もあがることがわかっている一箱五百円にしようということでした。へそで茶がわかせるほどおもしろい話ですけど、他人事ではないので笑ってばかりもいられませんね。いっそのこと法律でタバコなんて禁止しちゃえばいいのにね。そんなことしたら税収が下がるから無理なんでしょうけどね。

さて、今日の作品は他人事なのでおもいっきり笑える落語がテーマのものです。「ハナシがちがう!」です。田中啓文の作品は「蹴りたい田中」なんていう芥川賞作品をもじったタイトルだけど中身は全然ちがうっていう本しか読んだことなかったのですけど、ちゃんとまじめにおもしろうい作品も書けるんですね。

落語家の弟子になった金髪トサカ頭の不良少年・竜二の物語です。様々な問題が起こるんですけど、それを一つずつ解決する竜二。だけど先輩をたてなきゃいけない落語の世界というわけで、名探偵コナンのように師匠に代わりに話させます。

この作品いっぱしのミステリーのようにも読めるし、竜二がどんどん落語を覚えて成長していく物語としても楽しめます。そしてモチーフになった落語もそれぞれおもしろい、とくれば読まなきゃ損々って感じです。

連作短篇それぞれのタイトルにもなっている"たちきり線香"、"らくだ"、"時うどん"、"平林"、"住吉駕籠"、"子は鎹(かすがい)"、"千両みかん"。残念ながら時うどんに近い時そばぐらいの知識しかなかったのですけど、上方落語ってとっても魅力的なお話があるんですね。泣かせる物、笑わせてくれる物、考えさせてくれる物。

一度落語なんて聞きに行きたいって思って新宿の演芸場の入り口を覗いたりしているんですけど、あの暖簾をくぐるのに勇気がいりますよね。ってことでまだ一度もいったことがありません。異次元への入り口だってのはよくわかるんですけどね。もしかして、あの暖簾の奥ではタバコが一箱百円なんて世界だったとしたら勇気を体中から集めてでも入っていくんですけどね。ってやっぱり最後は自分のコトになっちゃいますね。今の内にタバコを買い占めておきましょう。

うーん。やっぱり落語のようにうまくオチをつけるのは難しいですね。もっと勉強しないとだめですねぇ。




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2008年07月19日

DIVE!!4 コンクリート・ドラゴン-森絵都

「DIVE!!4 コンクリート・ドラゴン」 森絵都

DIVE!!4こんばんは。

とうとう「DIVE!!」も終わってしまいます。漢字に全部ふりがなが振ってあって読みにくかったり、途中で突然著者の声が入ったりして視点変更についていけないところも有りましたが、なんとか読み終えることができました。っていっても、なんとかっていうよりはむさぼり読んだって言う方が正しいですけどね。小学生のころにこんな作品に出会っていればよかった。でも、エロ本の描写や、女性コーチの水着姿を見て、形のいいお尻、なんて描写がでてくるからPTAあたりから有害図書に指定されてしまいそうですけどね。

この作品、まだ見ていないのですけど、映画にもなっているそうですね。シドニーオリンピックが目指す舞台でしたけど、映画では北京オリンピックってなってるのかもしれないですね。最後の方をちょこちょこっと変えるだけでいいから楽ですよね。これって言い換えれば、日本のダイビングという競技をとりまく環境がまったく変わっていないってことなんでしょうけどね。

この作品を読んで、ダイビング選手なんかがでてきたら森絵都も大喜びでしょうね。
今度は「ラン」という陸上物を書いているようで、作者としてこういう青春一直線物を書き上げるカタルシスのようなものを感じてしまったのかも知れないですね。

先日本屋さんに行ったら「DIVE!!」が一冊になった単行本が発売されていました。作者によるアイデアノートなんかも付録としてついていたので、思わず買いそうになってしまいました。講談社さんったら商売上手なんだから、もぅ。でもさすがに四冊が一冊にまとまっているので、分厚くて電車の中ではよめそうにないと思いましたけどね。作者の気に入らないところを大幅に書き直した、なんて書いてあったので、視点移動のまずさなんかは直っているのかもしれないですね。

重くて持ち歩けないってそんな人には文庫本「DIVE!! 上下」ですね。ってこの作品、よく考えたら関連商品がいっぱいなんですね。それだけ売れているってことなんでしょうけどね。

まぁでも世の中にこれだけ出回れば少しはダイビングも注目されるかもしれないですね。今度のオリンピックではダイビングに注目ですね。マイナー競技も結構おもしろいものですよ。ライフルなんて静かで、実況の人も解説の人もたんたんとしゃべっているところへ、銃声がタンッってなるだけですものね。

まわりがセミの声で騒がしい夏ぐらいそうやって過ごすのもいいですよね。



DIVE!!上 DIVE!!下

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2008年07月18日

DIVE!!3 SSスペシャル'99-森絵都

「DIVE!!3 SSスペシャル'99」 森絵都

DIVE!!3こんばんは。

愛知のバスジャック事件ですけど、三崎亜記の「バスジャック」を読んで犯行を思い立ったものじゃないことを祈っております。犯行方法を聞いてみると乗客の携帯電話を取り上げたりと、いくつか同じようなことが書いてあった気がするので、心配です。それにしても、こういう事件がおこるたびになにかのメディアのせいにしようとする報道機関ってどうなんでしょうかね。新聞やテレビ、雑誌なんかに毒されて事件を起こす人もいるかもしれないのに、漫画やアニメはやり玉にあがる。そんなことをいったら、良識のある大人のすすめる、読書にこそ人をひきつける、のめりこませる何かがあると思いますけどね。推理小説の中では何人も様々な方法で人が殺されていますし、ポルノ雑誌なんかよりももっと過激な性描写なんて村上春樹の作品にだってでてきますものね。

まぁそういう作品ばっかりではないからこそ、本というメディアがもっているのでしょうけどね。もちろん上述したような作品も否定するつもりはまったくありませんけどね。

さて、こういう事件を起こす少年たちにこそ読んで欲しい、「DIVE!! 3」です。

中学生、高校生が大人のつくったルールで戦わされる。しかも大人たちのことまでその肩に負わされて。オリンピック代表になれないとクラブがつぶされてしまうというプレッシャーの中で行われる練習と大会。そんな時に高校生の要一がオリンピック代表に決まった。しかし、それは大人たちの自分勝手な理論による、大会も行われないままの内定だった。

子供にだってそんな大人のつくったルールをぶち壊すことができる。むしろ、ダイビングのトップ選手の彼らはもう大人たちと対等にいられる力を手に入れているのかもしれないですね。飛び込み台の上に行ったら結局一人ですしね。

こういう作品を読むと、自分もトレーニングしてみようかしらとか、少しは身体を動かさないと、とかって流されやすい性格の僕ですが、高所恐怖症の僕には3メートルの飛び込み台の上にも立てないでしょうね。

そんなことを想像しながら本を読むと、実際なにかをやるとき、今バスジャックなんて起こしたらどうなるのだろうかって頭をよぎると思うんですけど、どうなんでしょうかね。ナイフを持ってバスに乗ったり、とかまではするかもしれないけど、そのナイフを取り出して声を出す段階に自分を止める何かに、そういう想像力がなるのだと思う。本をいっぱい読もう。そして、それをそのまま受け入れずに自分を投影して読もう。そう思う。もちろんそれには作者の、作品の強さが必要なのはいうまでもないことですけどね。




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2008年07月17日

DIVE!!2 スワンダイブ-森絵都

「DIVE!!2 スワンダイブ」 森絵都

DIVE!!2こんばんは。

きのうの記事を改めて読み返してみると、なんだか本の紹介をまったくしていないですね。表現と伝わることについてせっかく考えたのにね。オリンピックイヤーにふさわしい作品なのに、なんだかもったいない。

きょうのは昨日の「DIVE!! 1」の続編ですね。そういえば「バッテリー」は途中でとまったまんまですね。だって買いにいけないんだもーん(涙)

というわけで、DIVE!!から終わらせましょう。

さて、第二巻になって、中国で行われるアジア合同合宿の選考会が行われます。高校生ダイバーで父親が元オリンピック選手でもあり、コーチでもある要一が第一候補なんですけど、彼とともに合宿にいけるのは誰なのか!?っていうのが主なあらすじになります。

10メートルの飛び込み台から1.4秒をかけてダイブする。そんなダイビングという競技なのに、10メートルの飛び込み台に上るまでにかける時間はとてつもなく長いものです。練習やそれにつれておこる葛藤。自分自身への不信感。様々なものを胸に抱えて飛び込み台への階段を上る。そうやって上っても飛んでしまえばあとは運が大きな要素となってしまう、採点競技という難しさ。

そういうところを描くのが森絵都はうまいですね。児童文学をやっているからなのか、それとも才能なのか、子供の気持ちを描くのがうまい。そうそう、おれもそう思ったことがある、なんて本当にそうだったかどうかわからないまま、同意させられてしまう、文章の強さがあります。

ってやっぱり今日もちゃんと紹介できていないですね。きっとちゃんと消化できていないのかもしれないですね。最近食べ過ぎなんですよ。飲み過ぎっていう問題もありますけどね。っていうわけで、本でも読んでから寝ようっと。ってそれがさらに消化不良を起こすのにね。




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2008年07月16日

DIVE!!1 前宙返り3回半抱え型-森絵都

「DIVE!!1 前宙返り3回半抱え型」 森絵都

DIVE!!1おはようございます。

昨日の夜、NHKで放送していた「爆笑問題のニッポンの教養」という番組をみていました。爆笑問題の二人がいろんな学者のところにいき、話を聞くという番組で、昨日は東京藝術大学の学長、宮田さんが出演していました。この宮田さん、東京駅の新しくなった銀の鈴とかをつくっている人なんですね。芸術家ということで話は表現のコミュニケーションというテーマになっていきます。爆笑問題の太田がいつものように回りくどい言い方でなにかを伝えようとしてやっとたどりついた結論を聞いて宮田さんがひと言、その言葉だけ言えばいいんだよ、とそういうニュアンスの言葉を言っていました。宮田さんは金属工芸家ということですけど、芸術家の表現って、絵画や彫刻などいろんな形容詞をつけるわけにいかないですものね。でも爆笑問題は言葉を使って表現している。言葉ほどよけいなものが簡単につけられるものはないですものね。そういったよけいなものをつけることができない表現をしている宮田さんは達観しています。伝えたいことがあって、それと違ったことが伝わったとしてもそれでいいじゃないか、と。爆笑問題の太田としてはきっとそれが一番こわいんだと思います。だからこそ形容詞をつけて説明しようとする。そうすると本当に伝えたいことはかすんでいく。悪循環なんでしょうね。

ってこの記事も宮田さんのいうところのよけいなものがいっぱいくっついちゃっていますけどね。さて、スポーツで表現している、ダイビングをテーマにしている森絵都の作品「DIVE!!」です。全四巻なんて長いなぁと思いつつ、読み始めてみました。でもおもしろい作品ならどんなに長くても簡単によめちゃうものなんですね。新しい発見でした。

ミズキダイビングクラブでダイビングをする中学、高校の男の子たちの物語です。赤字経営のミズキダイビングクラブは創業者が亡くなったとたんに親会社からつぶされてしまう可能性がでてきた。オリンピック選手をだせば存続させると約束させた創業者の娘にしてダイビングのコーチ麻木。彼女が見いだした選手は四人のうち知季だった。

友情とそれを優先することのできない競技。ライバルとなったら甘い顔なんてできない。でもここまで一緒にやってきた仲間だから大切にしたい。そんなジレンマを抱えがらどんどん実力を伸ばしていく知季。

若いっていいなぁって作品ですね。なんでもできる。未来と可能性は同義ですね。森絵都の読みやすい文章と若々しい彼らがすごくマッチしています。

上記の学長さんなんですけど、もう60を過ぎているというのに、外見も内面もすっごい若い人で自分を表現している人はいつまでも若くいられるってことなのかもしれないですね。番組の最後にこんな言葉がでていました。

本当に伝えたいことは、いつだって言葉にできない


僕は絵もかけない。ノミをふるうこともできない。でもなにかを表現していきたいと思っています。だからこそ言葉を使って伝えないといけないわけです。稚拙な表現しかできないけど、言葉を捨てることはできないのです。




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2008年07月15日

愛の保存法-平安寿子

「愛の保存法」 平安寿子

愛の保存法こんばんは。

チョコレートは冷凍してからじゃないと食べないkbbです。冷凍したやつを口の中で溶かしながら食べるのが一番おいしいと思うのですけど、いかがでしょうか?飲み物は牛乳が最高ですけど、お酒とでもまぁ楽しめますよね。

そんな感じで冷凍技術を活用させていただいているのですけど、平安寿子によると愛も冷凍できるようです。「愛の保存法」という作品にでてきます。

平安寿子は以前読んだアンソロジーで気に入った作家さんでした。それまで「へいあんとしこ」って読んでいたのですけど、この本にもしっかりふりがながふってありますね。きっと読み間違える人も多いのでしょうね。平安寿子という名前はアン・タイラーという作家さんから名前をとっているようですけど、アン・タイラーを読んだことがないから比べることができないのがつらいところです。

さて、表題作"愛の保存法"ですけど、押してだめなら引いてみろっていうことがテーマになっています。離婚と結婚を四回も繰り返している男女についてのお話です。まわりからみていると奔放でわがままな女の方がくっついたり離れたりを繰り返しているように思われています。しかし、実際は一緒にいると興味をなくしてしまう男のために離れることを繰り返していたっていうお話です。しかもそんな男を好きになってしまった女の友人が主人公ということでなかなかドラマチックです。といっても、連続ドラマのようにイベントが毎週毎週おこるような息詰まるような展開というものではなくて、その気持ちが日常のなかでたんたんと語られていきます。きっとそれが彼女の文章のうまさなのでしょうね。

ただ、いろんなことを説明しすぎてしまうところが少し、あれ?って感じですけどね。

他にも5編の短篇が収録されています。どれも男女の愛をうまく描いていて、書き方をのぞけばまぁ楽しめる作品になっています。
表紙のくまがとってもかわいいですしね。

チョコレートを溶かすような恋愛をしてみたい、と最近とみに思うわけですが、なかなかどうしてワンピースを着てきてくれるような子もいないわけで、最近はデートだけでもいいからしてくれないかしらと切に希望しております。どうかみなさんお声をおかけくださいな。




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2008年07月13日

無名時代の私-文藝春秋編

「無名時代の私」 文藝春秋編

無名時代の私おはようございます。きのうの昼間の雷はすごかったですね。突然強い雨が降り出して、雷が鳴り続けるなんてまるで夏の夕立、もしくは熱帯地方のスコールを見ているようでした。もう梅雨をすっとばして夏がやってきたんでしょうか。このままだと確実に水不足になってしまうような気がして心配です。不作なんてことになったらきっとまた野菜やらなんやらが高くなっちゃうんでしょうね。

さて、春が来て夏が来る、そして一年の終わりに向かうように秋が来て冬がくる。そんな秋や冬の人たちが自分の春や夏の頃を描いたエッセイ集「無名時代の私」です。文藝春秋に連載されていたものを収録したようです。ってもう10年以上前に文庫化されているので、雑誌に載っていたのはもっと昔のことなんですけどね。

というわけで、知らない人がほとんどなんですけど、まぁ楽しく読ませていただきました。小説家だけでなく、俳優や監督、舞台美術の人なんてのもいていろんなジャンルの人の無名時代を知ることができます。

多くの人たちが、無名時代を書けなんて言われたけど、未だに有名になっていないのに、云々なんて枕で書き始めているのが結構おもしろかったです。同じテーマなのだから似たような書き出しになってしまうのは仕方がないのかもしれないですね。

妹尾河童なんかも書いていて、舞台美術家になるのに、才能を見いだしてくれた人がいて東京に連れてきてくれた、なんてことが書いてあるのですけど、その人に東京に誘われる時に結構生意気なことをいっていて、これぐらい自己主張をしないと、やっぱり有名になるのは難しいのかしら、などとおしとやかで引っ込み思案の僕なんかは思ってしまいましたとさ。

他にも、池澤夏樹や逢坂剛、尾辻克彦(赤瀬川源平)、立松和平、田辺聖子、内田春菊なんかがいて、やっぱりどの人にも共通しているのは自己主張の強さでしたね。おれは、わたしはここにいるんだぞ、ってことを強く言わないと誰にも聞こえないですものね。

作家の村田喜代子も書いているのですけど、この人のところでページをめくる手が一瞬止まってしまいました。高校時代か中学時代に、もう当時の先生の名前も忘れてしまいましたけど、国語の授業でこの本を読まされたのを覚えています。本の内容も、授業の内容も忘れてしまいましたけど、未だに本だけは手元にあります。今度読み返してみよう。そう思っています。

そんな風に古いものとの再会なんてのもあってよかったです。僕が秋や冬になったときに、春や夏の時のことをどう振り返っているのか。想像もできないですけど、振り返って楽しかったなぁって思えるように生きたい。そう思います。




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posted by kbb at 09:17 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2008年07月12日

スペインの雨-佐藤正午

「スペインの雨」 佐藤正午

スペインの雨こんにちは。

佐藤正午の「スペインの雨」です。以前読んだ、「ジャンプ」から気になりつつも読まないでいた佐藤正午ですけど、とうとう読んでしまいました。「ジャンプ」はラストだけ変えられた村上春樹作品のようであまり入り込めなかったんですけど、今回の作品はまぁまぁ楽しめる作品でした。テレクラがちょこちょこでてくるのには、驚きましたけどね。

作家さんが主人公の連作短篇のようなお話です。

表題作"スペインの雨"はテレホンクラブで出会った人妻を忘れられずにテレホンクラブに通う男が主人公です。最初の人妻と待ち合わせたときの合い言葉

「スペインの雨は、どこに降る?」
「平野に。おもに平野に」

という言葉をそれからも使って彼女を捜します。まぁこの作品もドーナツがでてきたりするんですけどね。

そのほかにも"クラスメイト"なんかはミステリを読んでいるようで結構楽しんで読んでいました。登場人物それぞれの視点から描かれたこの作品。高校のクラスメイトそれぞれの30代が描かれています。誰がこいつと結婚していて、誰がこいつと不倫しているのか。そんな視点で読んでしまい、お話のスジに目がいかなかったのが残念でしたけどね。

"コンドーム騒動"なんてまさに作家さんがネタを探すようなお話なので、佐藤正午自身がモデルになっているのかもしれないですね。友人が不倫をしている、出張で旦那のいない人妻の家で一晩を過ごすのですけど、コンドームを二つ使ってしまい、同じものを補充しておかないとバレルってんで作家は友人につきあってコンドームを探してあげます。ところがそれがなかなか売っていない。っていう顛末がいろいろあっておもしろかったですよ。先日ドラッグストアに行ったときにこの作品を思い出してしまってレジのお姉さんを見ながら、この人も今まで数多くのコンドームを売ってきたんだろうなぁって思っちゃいました。彼女たちはカップルや男性一人、女性一人でコンドームを買いに来たお客さんにどういう気持ちで接客しているんでしょうかね。まぁなんとも思っていないっていうのが正解だと思いますけどね。

短編集で表題作が一番おもしろくないっていうのはよくあることなんですけど、ここまでおもしろくないのは久々でした。別のタイトルつければいいのに、なんて思うんですけど、タイトルつけるのも難しいんでしょうね、きっと。まぁこのブログのタイトルもどうにかならないかしらと思いつつ、ずっとやっていますし、しょうがないですかね。




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posted by kbb at 10:56 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ サ行

2008年07月10日

包帯クラブ-天童荒太

「包帯クラブ」 天童荒太

包帯クラブこんばんは。今日家に帰ってきたら、昔の彼女宛のダイレクトメールがうちに届いていました。一年ぶりぐらいの彼女宛の郵便物です。一人暮らしだった彼女はほぼうちに入り浸っていて、郵便物もうちに届くようにしていました。七年も前の話なのに、彼女の名前を見た途端に昔のことをいろいろと思い出していました。楽しかったこと。傷つけたこと。彼女を傷つけたことをいつまでも引きずっていて、それがいつまでも僕を傷つけます。

包帯はそんな傷を癒してくれるのかしら。以前映画にもなった天童荒太の「包帯クラブ」です。「あふれた愛」以来の天童荒太でしたが。さっぱり忘れていました。彼がここまで心に響く言葉をつむぎだすことを。

失敗しました。昼休みの喫茶店で、帰りの電車の中で、この本を手に取り涙をこらえながら読むことになってしまったことを。

高校生のワラは知った。包帯をまくことによって、それがその人を傷つけた原因だと認識できるようになる。それを認識することによって、その傷がなんだったのかを知ることができる。うまくそれを乗り越えられないかもしれないけど、それとつき合えるようにはなる。

中学の時の仲間と包帯クラブを設立して、傷ついた人の、他人から見たらほんのちょっとした傷だけれども、それを癒すために街中に包帯を巻き続ける。しかし、真っ白な包帯がいつの間にか汚れていき、真っ黒になったとき、街を汚すからという理由だけで包帯クラブが非難されはじめる。それが人を守っているとも知らずに。

ワラたちの回想録として語られるこの物語ですが、ワラたちはみんな象徴としての癒しでなく、本当の癒しをするためにそれぞれのできることをするためにそれぞの場所へ旅立ったようです。

それがなんだかとってもうらやましくなっちゃいました。一人はアフリカへ。一人は南米へ。一人は日本で。それぞれがそれぞれの場所で自分のできることをする。それが一番大切なことかもしれないですね。

今これを書きながら、槇原敬之の「もう恋なんてしない」を聞いています。その歌詞にこうあります。

君あての郵便がポストに届いているうちはかたすみで迷っている背中を思って心配だけど


郵便なんてもう二度と来ないでおくれと思う気持ちと、もう忘れてもおかしくない彼女を郵便がくることによって思い出すアイテムとしていつまでも届いておくれという気持ちが同居しています。次の彼女宛の郵便はいつ来るのかしら。楽しみです。




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2008年07月09日

号泣する準備はできていた-江國香織

「号泣する準備はできていた」 江國香織

号泣する準備はできていたこんばんは。

最近車に乗らずに電車で移動することが多いのですけど、昔は車かバイクでしか移動しないってほど、それらに頼っていました。デートの時もドライブってことが多かったのですけど、最近電車で行って駅前で降りると、あれこの景色見たことあるぞ、なんてことが多々あります。昔に車で行ったことがあるってことなのだろうけど、車で行くのと電車でいくのと、アプローチが違うってだけで全然違うところに見えるのが不思議ですよね。さらに、全然違う景色だと感じているのに、一度来たことがあるってわかるのもなんだか不思議なことですね。

僕はアンソロジー作品を読むことが多いのですけど、それがその作者の文庫本なんかに採録されるとなんだかうれしくなります。なにかで読んだことがあったはずだけど、なんだっけなぁなんて思いつつまた読み返したりして、温故知新の気分になれるからかもしれないですね。

今作、「号泣する準備はできていた」にもそんな短篇が収録されていました。"そこなう"です。

うはうはだな


という言葉から始まるこの作品ですが、どっかで読んだ気がすると一文目で思い始めて二ページぐらい読んでやっぱり読んだことあるって思って、家に帰って本棚をひっくり返してみたら「短篇ベストコレクション 現代の小説2004」に入っていました。こんな短い文章さっそく忘れてしまいそうなのに、きっと最初の「うはうはだな」って言葉が忘れられなかったのかもしれないですね。

江國香織の作品ってこういう風に強烈な印象を残すわけじゃないのだけれど、少しだけ心にさざ波をたてて、そのまま心に残る作品が多い気がします。っていうことはこういうブログで紹介するのが難しいってことでもあるんですけどね。でも強烈でなくてもいい、それがいつまでも残れば読者にとっては大きな財産ですものね。時が経って自分が「うはうはだな」って娘にいうぐらいの歳になったとき。自分にとってこの作品がどうなっているか楽しみですね。

そんな娘さんたちが夏ということで薄着になってスカートの裾も短くなって最近「うはうは」なkbbでした。ってこういうこと言うからきっとこのブログはだめなんでしょうねぇ(笑)




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posted by kbb at 06:14 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 江國香織

2008年07月08日

シンボーの常識-南伸坊

「シンボーの常識」 南伸坊

シンボーの常識こんばんは。

世の中いろんな常識にがちがちに固められているようですね。例えばスカートをはくときは中に黒いスパッツをはくとかね。ってこれはただの僕の願望でしたね。ごめんなさい。

そんなわけで、もう二十年以上前に書かれた「シンボーの常識」です。二十年前に書かれたのに全然色あせていない。これはきっと常識を疑ったところに理由があるのかもしれないですね。ニーチェもカントも100年以上も経っていますけど、いまだによく読まれているのはやっぱり常識を疑ったからなんでしょうかね。って、ニーチェやカントと比べられたら南伸坊もいやがるかもしれないですけどね

このブログでも学者との共著だった「解剖学個人授業」「生物学個人授業」などで取り上げていますけど、今回も十分楽しませていただきました。

二十年前の時事問題に対しての伸坊さんの考えが語られているんですけど、今でも十分楽しんで読めるのが不思議ですね。しかも、僕のしらないような事件なんかもあるのに、それを説明する文章がわかりやすくて、目の前で新聞を読んでいるような気にもなっていました。今の社会がぜんぜん成長していなくて、ずっと同じことをしているっていうのが理由かもしれないですけどね。

南伸坊は高校入学試験にまず失敗して、大学入試にも失敗して、その後入試なんてない美学校に入学しています。この本を読むと人間にとって知識がたいして役に立たないものだってことがよくわかりますね。知識よりもなによりも必要なのは考える力なんでしょうね。自分で考えることもできないのに、どんなに知識をためたとしてもしょうがないですものね。僕が思うのは人間の記憶力なんてたかがしれているし、限度がある。これだけコンピュータという外部記憶装置が発達しているのだから、記憶はそいつらに任せて情報の検索の仕方を学んだ方が有意義だと思います。もちろんどこになにが書いてあるかを知るためにはある程度の知識に接していなければならないのですけど、そんなもん全部忘れてもいいと思います。

こんなこと書いちゃうと、学校の先生なんかには怒られちゃいそうですね。でも、大学のテストであるように、小学校でも高校でも試験のときは教科書や辞書の持ち込みを可とすればいいと思うんですよね。もちろんどの教科書や参考書を持ってくるかなんてアナウンスせずにね。そうすればみんなが同じものを参考にするわけじゃないから点差はつくから(やりたければ)評価もできるだろうし、生徒も自分でどれを持っていけばよいかって調べる能力がつくと思うんですよね。

まぁ上のことも結局自分の記憶力のなさのいいわけにしかならないんですけどね。自分が書いたことですら自分でブログを検索しないとわからないんですからね。




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2008年07月07日

バスジャック-三崎亜記

「バスジャック」 三崎亜記

バスジャックこんばんは。

車で走りながら、遠くの方にぼーっと見えるものがあって、なんだろうあれは、なんて眼をこらしながら近づいていくとだんだと見えてきてすっきりしたってことありませんか?それが例え歯医者の看板でもなんでもいいです。とにかく、見えたってことですっきりできますよね。

さて、そんな風に三崎亜記に少しでも近づけるように二冊目の本を手に取ってみました。「バスジャック」です。帯に驚愕のベストセラー「となり町戦争」の新鋭作家最新作って書いてあるのですけど、僕にとっては今回の作品の方が驚愕でした。

それはなぜかって?だって、著者が男性だったってことを知ってしまったのですもの。いやぁショックだった。名前にすっかりと騙されていましたよ。別に男が書くものだからいいとか悪いとかっていうつもりはまったくないんですけど、女性が描いているってことを前提にして読んでいたから、さらにショックでした。角のない丸みを帯びている表現や言葉に出会うたびに安心していたのに。・・・(;´Д`)ウウッ… 。時間を返せ!(´Д⊂グスン

それをどこで知ったかって言うと集英社の運営するバスジャックの公式サイト。http://www.shueisha.co.jp/busjack/

ここの三崎亜記スペシャルメッセージというところをクリックすると著者の写真がアップででてきます。最初誰だろうと思っていたらすぐしたにお名前が書いてあって。あぁぁぁぁってなりました。

まぁここまで大げさにいうほど、悲しくはなっていないんですけどね。だって楽しめたのは事実ですもの。

七つの短篇が収まっていて、"バスジャック"はそのうちの一つです。ごくごく近い未来の日本でバスジャックがゲームのように行われるようになる。ゲームといっても、実際に運行していて客の乗っているバスを乗っ取ることには変わりはない。ちゃんと法律でやり方が規制されて、それに反するとあとで懲罰が加えられるそうだ。ある日のバスジャック犯人と乗客のやりとりがうまく描かれていて、思わず笑っちゃうような、でもどこかで見覚えのあるような、そんなやりとりが続いていきます。そしてラストが・・・。

こういったお話が七つ描かれていて、なんか納得してしまいました。三崎亜記が描きたかったことはこういうことだったのね、と。「となり町戦争」だけを読んでもわからなかった彼が描きたかったこと。筒井康隆や清水義範に近い、そんな世界なんでしょうね。

上に載せた公式サイトですが、単行本発売当時は読者が人気投票をできたようです。その結果についても作者の三崎亜記が言葉を寄せているのですけど、自分の予想とは全然違ったものになったそうです。でも僕の予想は読者の人気投票と違って、作者のものと同じものになってしまいました。というわけでうれしくなって、この作家さんを応援することにしましたよ。他の三崎亜記作品も要注目ですね。今回の直木賞にノミネートされているようで、がんばってほしいです。




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2008年07月06日

本は10冊同時に読め!-成毛眞

「本は10冊同時に読め!」 成毛眞

本は10冊同時に読め!こんにちは。たまに駅のそばの立ち食いソバ屋さん(ダジャレでしたすみません)に入ると、すっごく甘ったるい汁の時がありますよね。そんなときは七味をバーっていれて掻き込んでしまえばなんとかなるってものですね。ってこれって味覚障害の原因になるらしいからやっちゃいけないらしいですけどね。

そんなわけで、甘ったるいこのブログででも久しぶりに辛口な文章を書いてみようかなんて思います。成毛眞の「本は10冊同時に読め!」です。マイクロソフト日本法人の元社長が書いた本のようです。彼は子供時代からテレビなんて見ないで本ばっかり読んでいたようです。そんな彼の読書人生を振り返って書き上げた一冊のように思えます。といってもつっこみどころ満載なんで、つまらないと思いつつも、最後まで読んじゃったのですけどね。まぁ活字も大きく行間も結構とってあるので時間はあまりかからなかったのですけど。

最初からいきなりつっこみどころがあって笑ってしまいました。最近の格差社会について述べた文章があり、上流と下流が存在するのだから、上流にいなければだめだ、という論調から始まります。そして彼のいう上流と下流は高所得階級と低所得階級という言葉に置き換えられます。そんな拝金主義の彼が言うには、その境目が

本を読んでいるか、読んでいないかの違いである。


と断言していています。ってことは本を読んでいる人はみんな高所得になれるってことなんでしょうね。だったら書評ブログを書いている人はみんな高所得なのかしら。だったら僕はきっとまだまだ本を読んでいないってことなんでしょうね。作者によれば「本を読まない人はサルである」って副題で言い切ちゃってますからね。(この文章って矛盾を孕んだおもしろい文だと思いません?主語で「人」って言ってるのに、述部でサルである。って断言しているんですよ。)きっと僕はサルなんでしょう。

そして、"地頭がいい人、悪い人"なんて項目がでてくるのですけど、その冒頭で

あえてビジネス書が好きな読者のために、ビジネス書的な見出しをつけてみた。この見出しに惹かれてこのページを開いた人は、間違いなく地頭が悪い人である。


なんて言っています。この人、相当性格悪いですよね。わざわざそんなことしなくてもいいのに。
で、どんな本を読めばいいかって話になっていくのですけど、

また本のつくり自体も質が落ちている。...文字を大きくし、文章をつめこまないようにし、内容も簡単にしてあるのだ。


なんて書いてあって、それはこの本のことなんじゃないの?って聞きたくなってしまいました。もしかしたら作者の意図にそぐわないことをしたこの本の編集者に対するイヤミだったのかもしれないですね。

この本の一番のトピックなんですけど、それは彼がすすめる、超並列読書術。同時に10冊の本を読めば様々なトピックを考えられるようになり、アイデアも生まれやすい。脳も刺激されていいだろうってことです。で、「そんなにいっぱい同時に読んで大丈夫?」とか「内容がこんがらがってしまいませんか?」とかって質問に、慣れれば簡単にできる、って書いてあります。
そして最後に彼がすすめる本っていう項目があり、彼の本棚にある本がいくつか紹介されています。その中でリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」を経済ものとして紹介しているんですよね。これって生物学の分野ですよね。たしかにうがった見方をすれば経済ものとして読めるのかもしれないですけど、経済ものって紹介できるような本だとは思えなかったのですけど、どうなんでしょうか。もしかして超並列読書術のおかげでこんがらがっちゃってるんだよ、って教えてくれているのかもしれないですね。

読書を好きでない人は、親が読書をする習慣がなかったのだろう


とも言っているのですけど、僕の親は読書をする習慣がありませんでしたよ。母親の本棚には吉川英治の全集がいくつかあったぐらいで、僕は吉川英治を読んだことがありませんし、父に至っては50を過ぎてからはじめて一冊の本を通して読んだそうです。しかもその作品がゲーテの詩集。こんな親に育てられた僕ですが、人よりかは本を読んでいるのではないかと思っているのですけど、どうなんでしょうかね。

まぁ彼も言っていますが、ビジネス書やノウハウ本は結局人のまねなのだから読む必要なんてないっていっています。きっとこの本もそれを教えるために資源を無駄にして書かれた本なのかもしれないですね。

最初に格差社会があるって言っていましたけど、どうしてこういう人たちって格差があるから、人に負けちゃだめだ、上にいなきゃだめだって発想しちゃうんでしょうかね。格差があるなら、それを均そうとは思わないんでしょうかね。上にいるってことはそれだけ社会的な力があるってことなのだから、そういう発想を持ってくれれば少しは社会がいい方向に変わっていくような気がするんですけどね。




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posted by kbb at 15:18 | 東京 🌁 | Comment(2) | TrackBack(0) | その他ノンフィクション

2008年07月05日

楽園のつくりかた-笹生陽子

「楽園のつくりかた」 笹生陽子

楽園のつくりかたこんにちは。

昨日のオアシスの時に一緒に買った作品「楽園のつくりかた」です。この人も知らない人だぞ、と思いつつ表紙の学生服姿の男の子に眼がない(ハードカバーを買いました)のが気になって買いました。

読みやすい文章に流れるように入ってくる個々のストーリー。それらが最後に折り重なってエンディングを迎える。楽しめる作品になっています。

ある男の子が家庭の事情で山の中にある田舎町に引っ越すことになった。彼は東京の私立の進学校に通う中学生。それが田舎の分校に通うことになった。少しぼけたおじいちゃんと暮らす家からバスで通うその学校には中学生が三人しかいなかった。転校してきた彼を含めて四人で過ごす毎日。その内の一人は田舎生まれの田舎育ち。いつもぼーっとしていて、へらへらしている。残りの二人は東京から山村留学でやってきた女の子。一人はいつもマスクをしていてひと言もはなそうとしない。もう一人はとびっきりの美人。そんな彼ら、彼女らとの衝突や友情を通して成長していく彼。いい学校にいって一流企業に就職するだけが全てじゃない。それもいいけど、こっちもいいよって教えてくれる物語。

読み終わってから著者略歴を読むと、児童文学の分野でいくつも賞を取っている方でした。やっぱり知らなかったのは僕だけだったみたいですね。

でもこの作品、小学生や中学生に読ませるのはもったいない。立派なミステリーとして十分通用するような作品です。いろんなことが折り重なって最後の結論にいたる。一文も気を抜けないですよ。って最後の方に来るまで読みやすい文章にだらーっとして読んでいたんですけどね。

森絵都や江國香織が児童文学出身の作家だっていうのは有名ですが、この分野の作家さんにはこれからも注目ですね。

昨日、今日で読んだことのない作家さん特集をやってみたんですけど、結局わかったのは自分が井の中の蛙だったってことだけでしたね。でもね、井の中の蛙って格言は中国の古典から来た言葉らしいんですけど、日本に入ってきてからそれに続きが作られたそうです。それは

井の中の蛙大海を知らず されど空の高さを知る

素敵な言葉ですよね。一つのことでも突き詰めればなんかわかることがあるかもしれない。友人とも狭く深くつきあいたい僕にはこっちの言葉の方がしっくりくるんですよね。

では今日も毎週通っているお気に入りのラーメン食べてきます!
(^-^)/~ またねっ




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2008年07月04日

オアシス-生田沙代

「オアシス」 生田沙代

オアシス駅前の大通りから一本細い道に入ったところをさらに左に折れもっと細い、暗い道を行く。その店はそんな路地に面した地下にあった。昭和な感じの無口な旦那さんと明るい奥さんが二人でやっているようなお店だった。無駄なことは一切言わず、代わりにすべてを料理に注ぎこんでいるようなご主人で何を頼んでも満足のいくつまみがでてきた。奥さんの方は常に客に神経を使っているようで、グラスがあくかあかないかの時にはもう次の注文を笑顔でとりにやってきていた。そんな居ることだけでも気持ちのよいお店に友人を連れて行くと誰もがまた行きたいと言う。

最近、読む作家さんが決まってしまって、大きなフロアで店員がうるさいぐらい「いらっしゃいませ」を繰り返すような大衆居酒屋のような誰もが知っている作家しか読んでいない気がする。小さくても気持ちのよい、そんなお店のような小説家を見つけようと、本屋さんの書棚を端から端まで丹念に見て歩く。見知らぬ作家の名前を見つけてもタイトルと装丁が気に入るのが少なく、なかなかどれを買おうか決められなかった。

そんな中で手に取ったのが「オアシス」。生田沙代の作品だった。聞いたことのない作家さんだ。開いてみると文字のポイントも大きく、失敗したとしてもあまり時間の損失は少ないように思えた。

家に帰り、こわごわ開いてみる。ふむふむ。女の子がでてきて、駅前の駐輪場においておいたら自転車を盗られちゃったわけね。その自転車は大切なもので、ポスターを作って街中の電信柱に張り付けたり、せっせと街を歩き回って自転車を探すワケね。歳のそう離れていないお姉ちゃんがいて、旦那が単身赴任したと同時に家事をすべて放棄してもぬけの殻のようになっている母親がいるわけね。

って、そこらへんでだんだんと、本当にだんだんと小説的な物語になっていくんだけど、途中まではだらだらと二十歳そこそこの女の子の生活が続いて、まぁこれはこれで個人的には関心があるからいいのだけれど、自転車のお話は思い出したかのように出てくるだけで、少しだけ、ほんの少しだけ飽きていました。でも、最後の方でやっと、やっとその自転車がどうして大切なものなのかっていうのが読者に知らされて、そうなのかぁ、って思わずつぶやいてしまいました。だったらもっと早くに教えてくれればいいのに、って言葉ととともに。

裏カバーの見返しに著者のプロフィールが載っていました。今作で文藝賞受賞だそうです。なんだよ、オレが知らなかっただけかよ。新人賞とっているぐらいだから、そこそこ宣伝もされただろうし、結構平積みになっていたんじゃないだろうかね。結局素敵なお店は見つけられずに大衆居酒屋の四人掛けのテーブルに一人で座ってグビグビとビールを飲んでいただけってなりましたとさ。

ちゃんちゃん。




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2008年07月03日

沖で待つ-絲山秋子

「沖で待つ」 絲山秋子

沖で待つおはようございます。毎朝駅に向かう途中で国道を渡るのですけど、普段渋滞して横断歩道のところまで車がはみ出しているはずの道に昨日は車がほとんどいない。これはどういうことだろう、なんて考えているとガソリン代が更に値上げされたんでしたっけね。レギュラーで180円ってどんな状態ですか。ガソリンはいつから高級ウィスキーになったんですかね。高級ウィスキーは飲めば気分良く酔っぱらえますけど、ガソリンを車に飲ませても苦々しさしか感じられないですけどね。

さて、絲山秋子の「沖で待つ」です。最近一押しの作家、絲山秋子です。絲山秋子はこの作品で芥川賞をとっています。芥川賞を取った作品ってたいていおもしろくないのですけど、これは別物でしたね。さすが絲山秋子です。ハズレがない。

"勤労感謝の日"と"沖で待つ"の二つが収録されています。"勤労感謝の日"は「イッツ・オンリートーク」のような「逃亡くそたわけ」のようなスピード感あふれる作品です。

"沖で待つ"は絲山秋子個人の体験からでてるような作品です。住宅機器メーカーに勤める及川と同期の「太っちゃん」の物語です。生きている方が先に死んだ方のHDDを見られないよう壊す。そう約束した二人だったけど、先に死んだのは太っちゃんの方だった。葬式の前に単身赴任の太っちゃんのマンションに行き彼のHDDを壊す「私」。その中にあったのは恥ずかしい動画でもなんでもなくて彼が綴った詩だった。

そんなお話です。ただそれだけなのに、心の中にすーっと入ってきていつまでも残る。そんな作品になっています。

僕はいろんな遠回りをして、およそ同期と呼べるような仲がいるような就職をしていないのですけど、この作品を読んでそんな仲間がいるって素晴らしいことだなって思いました。もちろんそれがわずらわしいと感じてしまうような人たちもいるのでしょうけど、いない僕から見たら、それはあまりにももったいない気がします。それってただのないものねだりなんでしょうけどね。




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posted by kbb at 07:35 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 絲山秋子

2008年07月02日

菊葉荘の幽霊たち-角田光代

「菊葉荘の幽霊たち」 角田光代

菊葉荘の幽霊たちおはようございます。満員電車に乗っていて不思議に思うことがあります。これだけ肌をくっつけあっているのに誰も彼もがお互いを知らない。目を合わせることもない。むしろ迷惑に思っているのが普通でしょう。みんないらいらしているのを見ていると、もう少し仲良くすればいいのになんて思ってしまう。でも毎日毎日やっぱり同じように満員電車に乗ってぎゅうぎゅうと押し合わないといけない。まぁ同じ境遇で同じ目的地(電車の終点)へ向かっているっていうことで同志のようなものなのだからこそ、我慢できるのかもしれないですけどね。

久しぶりの角田光代です。「菊葉荘の幽霊たち」。ハルキ文庫の作品でおもしろかったのは初めてかも。

あらすじといえば、ある日友人が部屋探しをすることになったわたし。最初に少しでも不満のあるところに住むと必ず悪いことがある、例えば、突然大家に出て行けと言われたり、と友人吉元は言う。そんなわけで、街の隅々まで歩いて部屋を探しにいくのだけれど、よさそうなところは全部埋まっている。そんな時吉元は言い出す。よさそうなところは全部埋まっている。それなら住んでいる人を追い出せばいいんだ、と。そしてある日見つけた菊葉荘。そこから二人の住民追い出し作戦がはじまる。わたしは住民の一人、大学生の蓼科友典に近づく。

まず、菊葉荘がそんなにいいところだと思えなかった。なんかじめじめとしていて、立て付けが悪くて、夏は暑くて冬は寒い。路地の奥にあって吹き溜まりのようなイメージ。

「わたし」は吉元のために菊葉荘の住人、蓼科に近づくのだけれどその日には酔ったあげくに性交する。フロントホックのブラジャーをはずし、何かの競技のように胸を揉み始める蓼科。そんな蓼科を出ていくように説得しながら覚めた目で観察している「わたし」。

何回か性交したことのあるぐらいの友人、吉元のために蓼科なんかと性交してしまうことなんかあるのかしら。もし、「わたし」が吉元に恋愛感情があるとしたら、なおさらそんなことしないのじゃないかしらって思うのだけれど、どうなんでしょうかね。それとも恋愛感情があるからこそ、そこまでやっちゃうのかしらね。

朝から性交性交って普段使わない言葉を言っているけど、これは筆者の言葉なので勘弁してくださいね。

そんな風にいくつか疑問点を持ちつつも楽しめたのは角田光代の文章力、物語構成力の高さによるものなのでしょうね。澱みのない文章でどこまでも止まることのない物語が続いていきます。

もしくは筆者がどこまでも楽しみながら書いたと感じられるからなのかもしれないですね。角田光代の趣味というか、好みのようなものがいくつもでてきて、ウエスト部分にばかでかいリボンのついたワンピースがでてくるのだけれど、僕好みのかわいらしい服を少女趣味と断じてみたりと好きなことを言っています。今朝もかわいらしいワンピースを見ることだけが楽しみで満員電車に乗ろうと思っているのに。

角田光代と僕の趣味はあわないのかぁ、残念だなぁ、と思いつつもこの文章力が捨て置け無いなぁと思っています。




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posted by kbb at 06:53 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代

2008年07月01日

生物と無生物のあいだ-福岡伸一

「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一

生物と無生物のあいだこんばんは。ここに自分が存在しているのはなぜか。そんなことはお酒を毎晩補給してなくなったら、また入れる。そんな風に思っているわけで。まぁ普段はそんな哲学的なことはまったく考えていないんですけど、たまには考えてみるのもいいかもしれませんね。

久しぶりにおもしろい科学読み物を読みました。「生物と無生物のあいだ」です。文学的な表現がそこかしこに散りばめられた読みやすい文章です。読みやすいと言っても、何にも書かかれていないっていうわけではなくいて、難しいことを易しく書いている。それって才能ですよね。

彼曰く、今までの生物的知見によると、生物の定義とは「自己複製能力」があるってことだったらしいんです。石は自分とまったく同じものを自分で作り出すことはできない。でも、単細胞生物の大腸菌は自分とまったく同じものを(突然変異は別として)作り出せる。これが生物の定義だったといいます。

しかし、最近の知見では生物は流れの中にいる。これは結構難しい説明が必要なんですけど、簡単に言えば、生物は不可逆的な時間の中にいて、その流れに沿って二度と元にもどれない。もし、その流れに逆らってしまえば生物としては発生することすらできない。そういうことがわかってきたといいます。

おもしろかったのは、生物には相補性っていうものがあって、自分と隣り合ったものがジグソーパズルのように決まっているといいます。たとえば、人間の爪。爪はいくら切ってもいくらでものびてきますよね。それは爪に相補性があって、先端を切ったとしても、その手前にあるところにこれから生えてくる爪に対する相補性が備わっているから。でも爪の根本にある白い半月形のものを爪母といいますが、これがなくなると爪が生えてくることはないそうです。これは爪の相補性がなくなってしまったからって言えるかもしれないですね。

マウスにそれとわかる標識をつけたタンパク質を食べさせたら、体重が変わっていないのにそのタンパク質が脂肪に蓄えられていたそうです。摂取した必要なエネルギー以上のものが脂肪として蓄えられていると一般的に考えられているかもしれないですけど、常に脂肪は入れ替わっていて、必要以上だろうが、以下だろうがそれは脂肪として一度体内に蓄えられるそうです。

相補性のおもしろいところは、人間の皮膚だろうが髪の毛だろうが、爪だろうがその人間といえる存在の中身をいれている入れ物それ自体が物質の流れであるといえること。蓄えられる脂肪と同じように皮膚も爪も新しく摂取された物質によって常に作られるづけられているってことなんですね。

長くなりましたけど、ここではたと思いました。これを読んでいると、人間ってダイエットできないんじゃないかしらっておもっちゃいました。だって、入れ物それ自体が常に作られ続けるわけだし、人間の大きさは細胞の相補性によって常に同じ大きさになってしまう。どんなに材料が少なくて新しく作れなくなったとしても、材料が少しでも余ればどんどん同じ大きさに戻ってしまうってことじゃないですか?ってことは、人間の大きさって成長してしまえばほとんどかわらなくなるってことなんじゃないかしらね?

そんないいわけをしていつまでもダイエットもせずにお酒を飲み続けるのが生物というよりかは人間らしくていいでしょ?って感じで今日は終わりたいと思います。




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posted by kbb at 00:58 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | その他ノンフィクション

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