本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年09月28日

デッドエンドの思い出-よしもとばなな

「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな

デッドエンドの思い出こんばんは。

知らない街を歩くのが好きだ。海外に行ったりすると、一日中歩いていても飽きることがない。小さな店から出てきた人を観察してみたり、通りを渡ってきた風の薫りを感じてみたり。知るはずもない曲がり角を曲がってみようというちょっとした勇気を出してみたり、変なにおいのする通りをびくびくしながら早歩きで通り過ぎてみたり。そうやって歩くとその街の大きさを体で学べるから次に行ったときにはもう迷うことはない。そうやって知らない街を歩くときは絶対に戻ろうとは思わない。どうしても一筆書きでその街を制覇したくなる。でもそんなこちらの気持ちをきれいに裏切ってくれるのが行き止まり。どうしても元の道に戻らなくてはならない。曲がったところから行き止まりだってわかっているのなら入っていくこともないのだけれど、曲がりくねっていて見通しが悪かったり、抜けられそうな入り口なのに出口がなくて高い塀がそびえ立っていたり。そうなると悲しくなってしまう。その街を嫌いになってしまう気がして、それまで以上に一生懸命その街を歩こうとする。

行き止まり=デッドエンドの存在自体にそういう悲しさがつきまとう。
以前「ハチ公の最後の恋人」で次読もうと宣言した「デッドエンドの思い出」をやっと読み終わった。この作品のことを公式サイトでよしもとばなな自身が一番好きだと言っている。この作品のあとがきにも同じことが書いてある。

5編の作品が収録されている短編集です。最後の一編"デッドエンドの思い出"が件の一番うまく書けたと本人が言っているものです。他のももちろん読みやすく、心に残るものばかりだったけれど、「本人がうまく書けたと言っている」という予備知識を持って読み始めたので、一番最後の作品を早く読みたいと、最初の方は飛ばしぎみになってしまいました。

といっても、残念ながら"デッドエンドの思い出"はそこまで心に残るものではありませんでした。どうしても書きたくなったこんなにもつらいもの。泣かずにゲラを読むことができなかった。と書かれているけど、そこまで悲しいお話でもなければどうしようもない物語でもない。救いようのない人生が書かれているものだと思っていたので、そういうのを期待していたから失敗したのかもしれない。

でもね。読み終わって、時間をおいたら、またあの世界に戻りたいと思っている自分がいるんです。あのお話の続きを知りたいってことじゃなくて、ただその空気を感じていたい、って感じなんですけどね。なんかタバコのようなものですね。吸い続けていると苦しいだけで、こんなまずいもの、って思うけど、しばらく時間をおくとなんとなく手が伸びてしまう。

この作品はまた時間をおいて読んでみたいと思う。そういう作品ってなかなか記憶にないから、やっぱりいい本なのかもしれない。そう思う。




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空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語-アンソロジー

「空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語」 島田雅彦 小池真理子 大岡玲 阿川佐和子 重松清 堀江敏幸 唯川恵 石田衣良 高橋源一郎 藤田宣永 川上弘美 吉田修一 谷村志穂 立松和平 藤沢周 高樹のぶ子 佐野史郎 佐伯一麦 椎名誠 平野啓一郎 星野智幸 柳美里 町田康 金原ひとみ 俵万智 高村薫 中村文則 北村薫

空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語おはようございます。

なんだか寒くなってきましたね。昨日は久しぶりに長袖を出してきました。基本的に持っている服が少ないので、冬服だろうが夏服だろうがどっかにしまい込むってことはないんですけどね。街を歩くと流行に敏感な女の子たちの履くブーツの踵がたてる鈍い音が聞こえてきますね。

友人がブーツを履いていると、「ブーツ嫌いなんだよねぇ」なんていつもいっているのですけど、「どうして?」と聞かれてもうまく答えることができず、「だって足が臭そうじゃん」とか「だって蹴られたら痛そうだもん」とかって言っているのですけど、どうして僕はブーツが嫌いなんだろう、と不思議に思っています。待つことが嫌いだから、座敷や家に上がるときに脱ぐ間待っていなければならないからかなぁとか、スニーカーに比べて不安定な歩き方をしている人が多いからかしら、とか色々考えています。きっと生理的に嫌いっていうのはこういうことを考えるのがめんどくさくて言うのかもしれないですね。

さて、秋の空だろうが、夏の空だろうがもちろん冬の空だろうが恋はいつの時代にもやってきます。今この時間も恋を叶えるためのケータイの電波がそんな空を駆けめぐっていることでしょうが、そんなこんながテーマのアンソロジー「空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語」です。川上弘美、吉田修一、谷村志穂、金原ひとみ、重松清、石田衣良などなど僕の好きな作家さんがいっぱい書いていて幸せな気分になれちゃいます。新旧と言っていいのかいろんな作家さんがいます。

一つ一つは5ページぐらいの短いもので、週間新潮にKDDIがスポンサーとなって連載されていたものみたいですね。KDDIもにくいことやりますねぇ。こんな贅沢な連載なかなかないですものね。

阿川佐和子の"拾い主からの電話"。ケータイを無くしたと友人から連絡があったが、その友人のケータイから連絡があった。男が「モォ、いやん」と言い、「フォッホッホ。またね」と言う。その後、友人からケータイが隣家のゴールデンレトリバーの犬小屋から見つかったと連絡がある。

ゴールデンレトリバーは人間の言葉がしゃべれるんですよ、みなさん。うちにいたゴールデンも話していましたもの、僕と。そしてへらへらと笑っているんですよ。弟のミニチュアダックスに腹を踏まれようと、おもちゃを横取りされようとへらへらと笑ってしょうがねぇなぁなんて言いながら横になるんですよ。

でかい犬が欲しくなってきましたね。って本のテーマはケータイがつなぐ恋のはずだったのに(笑)。犬の話だけでおわっちゃいましたね。もちろん川上弘美の作品"不本意だけど"もよかったですよ。子供のようなママと大人のような娘の物語。川上弘美が書きそうでしょ?




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2008年09月27日

チーム・バチスタの栄光(下)-海堂尊

「チーム・バチスタの栄光(下)」 海堂尊

チーム・バチスタの栄光(下)おはようございます。

「チーム・バチスタの栄光」下巻です。上巻の記事から先にどうぞー。

さて、下巻に入りがらっと物語がかわります。厚生省の役人技官・白鳥が登場します。上下巻が一緒になっていた単行本ならここで物語が変わっていいアクセントになっていたんでしょうね。口は悪いし、態度も悪い白鳥。どうみても厚生省の役人には見えないのだけれど、田口の聞き取り調査がパッシヴフェーズ調査だと断定する。そして次に必要なのはアクティヴフェーズ調査だと主張する。

この辺なかなかわかりづらいのですけど、結局相手の態度を積極的に変えていくってことなんでしょうかね。

そして白鳥のアクティヴフェーズ調査によって術中死の原因が少しずつ姿を現してくる。原因は手術ミスだったのか、はたまた殺人だったのか。

一度心臓を止めてからまた動かすという強引な手術であるバチスタ手術。だから原因もウヤムヤになりがちだ。この手術を通して日本の医療が抱える問題点がいくつも浮き彫りになってくる。死後の解剖の不備。麻酔医の過酷な労働。サイドストーリーとして大学病院における人間模様などなど。さすがに現役の医師が書いているだけあってリアリティがあって読みやすい。もちろん部外者だからこそ楽しめるのかもしれないけどね。

以前大阪の方の病院で麻酔医を募集しているのがニュースになっていましたね。募集しているだけならニュースになんかならないのだろうけど、年収3千万だかなんだかの金額がニュースになっていましたね。でも今流行の外資系なんかには長者番付の一番上になっちゃうようなサラリーマンもいるんですものね。それなのに、過酷な労働時間と人の死を預かる緊張感の医師はそんなに稼ぐことができない。お金を右から左に流すのにもそれなりの緊張感はあるかもしれないですけど、お金はまた稼ぐことができますもの。それよりかは人の死を預かる緊張感を四六時中抱えている医師にもうすこし稼がせてあげてもいいんじゃないかしらね。不思議なものでそういう緊張感を感じる現場から離れて上の立場になればなるほど給料がよくなるっていうのもおかしいものですね。

まぁそんなこと言ってもしょうがないのですけどね。動物園の檻の中にいる動物を想像してこんなところに入れられてかわいそうって思いますけど、動物にしてみれば死の危険がゼロになるのだから喜んでいるのかもしれないですね。当事者にならない限り永遠にわからないってことなのでしょうね。




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チーム・バチスタの栄光(上)-海堂尊

「チーム・バチスタの栄光(上)」 海堂尊

お弁当おはようございます。

動物園行って来ましたよ。ズーラシアです。朝早くに起きておにぎり作って行って来ました。先日の「怪しいお仕事!」のコメント欄でのMOWさんとのやりとりで興味深いことがわかったと書いたんですけど、なにがわかったのをすっかり忘れてしまって困ってしまっています。おかげで一日更新が遅れてしまったんですけど・・・。

オカピオカピサンデーオカピの名前が「おかしい」って日本語から来たのじゃないってことだけはわかったんですけどね・・・。ってかすっかり騙されたまんま案内板で説明を読むまでわからなかったんですけどね・・・。

出口の所にあるハーゲンダッツでオカピサンデーなんてものが売っていたので食べてきました。なんでも商売になるのだなぁ、と思いつつそれに乗っている自分もいるわけでなんとも言えないですね。まぁ動物園ってなかなかいいデートスポットってことですね。周りには高校生ぐらいのカップルなんかもいて、そこで手をつなぐんだ、なんてテレパシーでアドバイスしていたんですけど伝わらなかったようです。

チーム・バチスタの栄光(上)さて、本の雰囲気とも全然ちがう長い前置きで、どうせなら記事をわければいいのに、と思うのだけれどどうせ上下で分かれている作品だからいいだろう、ということでこのまま突っ走ります。「チーム・バチスタの栄光(上)」です。海堂尊のデビュー作らしいです。第4回このミス大賞を受賞した作品です。このミス大賞受賞作の中でも一番成功したものと言えるんじゃないでしょうかね。映画にもなりましたし、今度は伊藤淳史主演でテレビドラマにもなるそうですね。まぁハズレのないこのミス大賞なので安心して読めますね。

お話はといえば、バチスタ手術という拡張型心筋症の治療法がある。心臓移植の代替の手術だ。大きくなった心臓ならば小さくしちゃえばいいじゃない、っていう南米の人間が考え出した手術だ。それをアメリカで心臓手術のスペシャリストとして成功して日本に帰ってきた桐生恭一を長とする天才外科チームが東城大学病院で行われていた。通常60%ほどしかないこの手術の成功率がこのチームにやらせると失敗は30例中たったの3例だった。しかし術中死だったこの3例に疑問をもった桐生が院長に調査を依頼し、その任についたのが万年ヒラ講師の田口。彼の調査が始まった。

というわけで、上巻は田口の聞き取り調査が主な内容となります。
チームに関わる7人の聞き取り調査をする田口。血が見るのが怖いという理由で神経内科の医師となった田口にとっては外科手術の知識なんてさっぱりない。なのに彼に任されたこの調査。どうなってしまうのでしょうかね。

聞き取り調査のやりとりをみていてもかみ合わないやりとりがあったりして、なんだか心配になってしまいます。でもそれぞれのインタビューの最後に名前とその由来やエピソードを聞く場面があってこれはいいなぁ、なんて思いながら読んでいました。

自分も初対面の女の子に会うと名前と漢字を聞いて「素敵な名前だね」なんて言ってあげるんですけど、それはその人が一番長くつきあっているのがその人の名前だと思うから。それだけ長くつきあっていれば好きだろうが嫌いだろうがほめられて悪い気はしないはずなんて根拠なしポジティブな理由で言い続けています。でも今までイヤな顔をした子がいなかったので大きく間違ってはいないのでしょうね。でも、いまじゃあ初対面の子に会って言う僕のセリフを周りの人間がわざとタイミング良く言ってしまうので思わず笑ってしまって言えなくなってしまうことが多いのですけどね。

さて物語は下巻へと続いていきます。どうなってしまうのか!?乞うご期待です。





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2008年09月23日

怪しいお仕事!-北尾トロ

「怪しいお仕事!」 北尾トロ

怪しいお仕事!おはようございます。

晴れてよかったですねぇ。今日は動物園に行くということで、きのうはあれからすぐに寝たんですけど、そしたら朝の5時に目が覚めてしまって、お弁当も作り終わっちゃいました。おにぎりはつくったんですけど、卵も鶏肉もなかったので卵焼きも鳥の唐揚げもなしです、って買っておかなきゃないに決まってますよねぇ。

というわけで、支度も終わったけど時間があまっていることでブログでも書いてしまいましょう。

北尾トロの「怪しいお仕事!」です。以前読んだ「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」が思いの外おもしろかったので、こいつは暇つぶしにちょうどいいと北尾トロ二冊目です。

いろんな職業の人にインタビューをして、その職業の知りたいこと!が書かれています。といっても、普通の職業ではなくて、いわゆるアングラな職業の人たち。競馬の予想屋さんやポーカー屋、興信所やお寺売買人などなど、普通に生活していたんじゃ出会えない人ばかりにインタビューをしています。

興信所に浮気調査を頼むと、それを弱みに金を脅迫されるとか、市会議員や大学教授を脅す必要ができたら弱みを作っちゃえばいい、なんて興信所のオーナーが言うと、僕らは何を信じていいのかわからなくなってしまいますね。

落としやすいのは人がよくて好奇心が強い人間だ


なんて書いてあると、自分のことかしらと心配になっちゃいます。ってその前に弱みを握られて脅されるような立場にならないといけませんね。エラくなるってのもそれだけリスキーなことなんですね。

さて、一番怪しいお仕事をしている人と言えば、北尾トロさん!あなたじゃないですか!?裁判の傍聴をしてみたり、裏商売の人たちにインタビューしてみたり。見返しのプロフィールによるとライターという職業らしいのだけれど、ネット古書店なんかもやっている。でそのホームページを見てみると古書店は休業中とのこと。何をしている人なんでしょうかね。就職するも初日の昼休みで辞めるって書いてあると、おいおい、あんたは沢木耕太郎かい!?、ってつっこんじゃいますね。

まぁこういう自由な感じの生き方が人間には一番あっているのかもしれないですね。マンモスを捕って暮らしていたような時代には人間を囲う柵なんてなかったはずですものね。ってマンモスを捕るためにはそれなりの役割分担が必要なのかぁ。そう考えるとそのころから人間は指揮する者と命令される者に分かれていたのかもしれないですね。ってことは人間は最初から不自由なのかもしれないですね。




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2008年09月22日

オートフィクション-金原ひとみ

「オートフィクション」 金原ひとみ

オートフィクションこんばんは。

最近なんだか寒いですね。今年は残暑なんかなかったんじゃないですか?人間にとっては過ごしやすかったとしても、この季節に涼しかったりしたら動物や植物にとっては決していいことではないのではないかしらと心配になってしまいます。「暑さ寒さも彼岸まで」なんて言葉を知らない子供が増えてしまうのも心配ですね。天気や食べ物ではなく、通勤しているOLのスカートの丈や、テレビや本などのメディアからしか季節を知ることができなくなっている最近がずいぶん寂しいものに感じます。

さて、金原ひとみの「オートフィクション」です。以前「蛇にピアス」(amazonで調べてみるとなぜか文庫が絶版。さらにカスタマーレビューの評価も悪い。モチーフが気持ち悪いから表面的なそれが蓋となってしまったのでしょうかね。)を読み、こんなものをモチーフにしてこのテーマを描ききるなんて絶対真似なんかできないなぁと、自分で小説を書くわけでもないのに打ちのめされてしまった作家さんです。だからなのか、読みたいって気持ちはあるのに気安く彼女の作品を開けない、そんなジレンマに陥っています。

さて「オートフィクション」とは、自伝的小説と訳されているようです。自分を題材にしてフィクションを織り交ぜることが前提となっているフィクション。もちろん全てがフィクションであってもよい。ただそれが作者自身であるだろう、という前提の元に作品がすすんでいくのならば。って感じのものでしょうかね。

主人公の女性作家は担当編集者にある日オートフィクションを書いてみないか?と言われる。
そこから始まる彼女の物語。といってもおもしろいのが、彼女の物語が過去へとさかのぼっていくこと。現在の彼女からはじまり、現在の彼女を形作る18歳の夏、16歳の夏、15歳の冬が順番に描かれていく。今の彼女をつくるのは過去の彼女である、ってことがよくわかる。

しかも、現在に進むにつれて彼女がどんどん壊れていく。「蛇にピアス」で描かれた喪失からの獲得や成長とは逆の道のりを歩む。失われている現在からそれがあった過去へ。もしくは何かを失う過程で獲得する何か。

よく練られているし、よく作り込まれている。ここまで作れる人ってこの世代の作家さんでなかなかいないんじゃないかしらね。しかもこの人の作品って書くことですっごい消耗しそうな気がする。もちろん読む方も相応の消耗を強いられてしまうのだけれど。

さて、消耗してしまった僕は明日は思い切ってお弁当でもつくって動物園に癒されに行って来ようと思っています。鮭と明太子のおにぎりに卵焼きと唐揚げのお弁当を持って猿山の前で一日ぼうーっと猿でも眺めていようかと。人間をみているよりかは猿を見ている方が少しは季節感も味わえるだろうしね。

では明日のために早く寝ないとね。おやすみなさい。




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グラスホッパー-伊坂幸太郎

「グラスホッパー」 伊坂幸太郎

グラスホッパーこんばんは。

最近日曜や祝日の夜に眠れない。連休なんかになっちゃうともう眠れないのは確実ですね。昼間寝てしまうっていうのが一番の原因だっていうのは自分でもよくわかっているんですけど、それ以上に次の日が仕事の夜は眠れないんだぞって自分に暗示をかけてしまっているのではないかと、心配です。けっしてそんなつもりはないのですけどね。

さて、伊坂幸太郎の「グラスホッパー」です。いろんなところで評判になっていた作品だし、「死神の精度」なんて原作も映画もよくできていたし、「アヒルと鴨のコインロッカー」は楽しめたので、これもイケルと勢い込んで読んだのが失敗だったかもしれない。

話は普通の人とは言えないけど、登場人物の中で一番マトモな鈴木さんと、依頼されれば一家だって殺害してしまう蝉と、ターゲットを自殺させる殺し屋の鯨の物語。

一家殺害なんていうのを聞いて思わず、まだまだ謎の多い世田谷一家殺害事件なんてのも思い出してしまったのですけど、伊坂幸太郎なりのあの事件の見解なのかなぁと思いつつ読んでいました。

鈴木さんは鈴木さんで、自分の妻をおもしろ半分に車で轢いた男への復讐のためにその男の会社に入り非合法な薬を何も知らない人に売りつけたりして、その男へ近づくチャンスをうかがっていたりして、そんなことできるやつは復讐なんて考えないんじゃないの?なんて疑問に思ったりしていました。

さらに、会えば必ず自殺したくなる鯨なんて、普通の生活がいっさいおくれなくなっちゃうんじゃない?なんてよけいな心配をしたりして、暗示でもかけているのかしら?とか手口をいろいろ考えているのだけど、少しリアリティが感じられなかった。

「アヒルと鴨のコインロッカー」もそうだったけれど、肝心なところでリアリティが感じられなくて、今まで引き込まれていた物語からスッと抜け出してしまう。それが伊坂幸太郎の残念なところ。「死神の精度」のように最初からあり得ないものがでてくればそういうスタンスで読んでいけるんですけどね。

もし鯨が暗示のエキスパートなら僕の眠れないという暗示を解いてくれないかしら。目を閉じてあと一枚壁を越えれば気持ちのよい眠りの世界に入れそうなのに、どうしてもその壁を抜けることができない。あくびも出るし、目の前には膜か霞が張ったようにぼうっとしているのに、どうしてもその先に進むことができない。とりあえず横になるしかないのかもしれないですね。ではではおやすみなさい。




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2008年09月21日

僕たちの戦争-荻原浩

「僕たちの戦争」 荻原浩

僕たちの戦争こんにちは。

先日ボディーボードを初体験して、「こんなの初めて(ハート)」なんて発言をしてきたんです。でも全然波に乗れなくて自分ってなんて駄目な男なのだろうかって落ち込む原因になっちゃったんですけどね。

さて、現代の根拠なしポジティブを持ったサーファーの健太と昭和十九年の霞ヶ浦練習航空隊所属の吾一が入れ替わってしまった「僕たちの戦争」です。久しぶりの荻原浩作品です。

吾一と健太は誰もが認めるそっくりさん。二人の関係は明らかにはされませんが、血はつながっていなさそうです。

根拠なしポジティブの健太はいきなり飛ばされた昭和十九年の世界をテレビのどっきり番組だと思いこんだり防空壕に一緒に逃げ込んだ文子さんに恋をしてしまったりと、こいつならどこでも生きていけると思わせてくれます。それもこれもサーファーとして不定形の波をいつも相手にしているからなのでしょうかね。

一方の吾一は過去に戻るために現代でその方法を探ります。バイトをしたり自衛隊に入ろうとしたり、健太の恋人、ミナミとセックスをしたり。そしてミナミと沖縄へ旅行をし、健太が特攻をはじめようとするまさにその地で海にはいる。

ラストなんですが、もう少しわかりやすく書いて欲しかったなぁ、ぼやかして書きたかったのでしょうけど、もやもやが残ってしまう終わり方でした。もちろんこっちの方がいいって人も多いと思いますけどね。

この作品は荻原浩のうまさが目立つものになっています。健太と吾一の場面での言葉の使い方、選び方。きっとこれが荻原浩のうまさなんでしょうね。昔の人である吾一からみた現代の世界が今の人からみたらおもしろく描かれています。昔の人からみたらこの世界はきっと夢の世界なんでしょうね。でも、ぼくらのおじいちゃんおばあちゃんにとってみても不思議な機械がいっぱいあるのかもしれないですね。

おじいちゃんおばあちゃんに限らず新しいものをすぐに受け入れていられる人間っていうの本当は根拠なしポジティブなのかもしれないですね。




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2008年09月19日

ランドマーク-吉田修一

「ランドマーク」 吉田修一

ランドマークこんばんは。

朝の電車に乗ると、肌寒いのに、ミニスカートをはいた子がいたり、かわいらしいワンピースを着た子がいたりしてとっても幸せな一日のはじまりだったkbbです。会社に入ってはじめて今日が金曜日だって気づいて、金曜日の朝はいい始まり方をするもんだなぁ、と感慨深く思ってしまいました。

さて、吉田修一「ランドマーク」です。

大宮に建てられる超高層ビルの設計士・犬飼とそのビルを実際に建てる鉄筋工・隼人の物語。犬飼の設計したフロアがねじれながら螺旋をえがく構造のビル。どこか少しでも狂ってしまうと自重で崩れてしまうビル。そんなビルのように支え合って寄りかかっているみんなの人生。どこかが狂ってしまうと崩れていく人々。

愛人の提案でコールボーイ、コールガールを呼びそれぞれを二人で相手してさらに隣同士のベッドでお互いのセックスを見せあおうと提案する犬飼の愛人。犬飼の浮気を知っているのか、それとも家の打ちっ放しのコンクリートの冷たさにやられてしまったのか、壁という壁に毛皮を貼り付けて家を飛び出す犬飼の妻。

毎週末になると歌舞伎町のライブハウスで夜通し過ごす隼人。鉄筋工をやりながら大宮でホストをはじめる隼人の同僚。娘が短大に入り高い学費が必要になってしまった隼人の先輩。

どこかで狂っているようでも街ですれ違えば誰もが普通の人に見える。そんな彼らの裏側をうまく描いている。

でも、もうすこし犬飼と隼人のカラミがあればもっとおもしろい作品になっていたんじゃないかしらと少し不満に思ってしまいました。同じビルを建てているので現場で会うことはあってもすれ違うだけ。もう少し二人の人生が交差してらせんを描けばビルとの対比がうまく見えてくるのじゃないかしらと思います。

ところで、吉田修一は長崎出身のはずですが、この作品では九州出身の隼人は東北地方の出稼ぎの人が多い会社に入社しています。同僚はみんな東北弁をしゃべっているのですけど、それがとっても自然に感じられるのがすごい、と感心していました。といっても東北弁がわかるわけじゃないんですけどね。東北の人、吉田修一の東北弁はいかがでしたか?

帰りもミニスカートやワンピースを楽しみに電車に乗ったんですけど、そんな格好をした彼女たちの隣には手や腕をつないだ男がいました。そうですよねぇ。彼らに見せるためにそんな格好しているんですものね。そんなことも気づかずにそんな格好をしている彼女たちを喜んで見ていた僕ってなんておかしな人なんでしょうね。きっとおかしな人に思われたかもしれない。

まぁいいんです。女は見られて美しくなるって言葉もありますもの。僕は世の中の女性全てに美しくなって欲しいと願いながら彼女たちのことをみているのです。そうすれば彼女たちも、美しい人が増えて男たちも万々歳でしょ?そうやって世の中平和になっていけばいいなぁ。そう願っています。




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2008年09月18日

ララピポ-奥田英朗

「ララピポ」 奥田英朗

ララピポこんばんは。

村上春樹の"四月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて"(カンガルー日和所収)が短編映画になってインターネットで公開しているようです。

それは「昔々」ではじまり、「悲しい話だと思いませんか?」で終わる。
以前につくられた映画に対して見たこともないのに室井滋主演はどうかなぁってことを書いたのですけど、今回見てみてその考えを改めました。主演の女の子は誰だってよかったのです。あなたの100%の女の子を描いているのでは決してないのだから。今回の短編作品だって、決してきれいな子が演じているわけではありません。でも、やっぱりこういう出会いっていいなぁって感じさせるものになっています。原作に忠実につくられているのでしょうね。

さて、映画化の話が決定している奥田英朗の「ララピポ」です。いわゆる群像劇という形の小説です。

上の階に住むホスト風の男の部屋から聞こえるセックスの声を盗聴して興奮する男から話は始まります。その男が欲望を満たすために選んだのは図書館で出会った女。そのホスト風の男は街でみかけた美人さんをキャバクラに送り込むスカウトマンだった。そういった形で少しずつ話がつながっていきます。最後に出てくるのは最初のお話で図書館にいた女の子。

みんな必死に生きて、みんな必死で自分の欲望を処理しようとしているのがよくわかる小説です。

でもこの小説とにかくエロイ。以前重松清の「愛妻日記」の記事を書きましたが、それと比べても断然こっちのほうがエロイです。重松清の方が官能小説を書こうとしているのに、こっちの方がエロイのは無意識のうちに奥田英朗のエロさがでてしまっているってことなんでしょうかね。

"四月のある晴れた朝に〜"でも描かれていますが、人間無意識のものは隠すことができないってことなんでしょうかね。僕も電車の中や飲み会などでで無意識のうちにエロイ目で女の子を見ているのでしょうかね。気をつけてどうにかなるものでなくても、気をつけないといけないですね。





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2008年09月16日

編集者T君の謎 将棋業界のゆかいな人々-大崎善生

「編集者T君の謎 将棋業界のゆかいな人びと」 大崎善生

編集者T君の謎 将棋業界のゆかいな人びとこんばんは。

三連休も終わっちゃいますねぇ。ずっと休みが続けばいいのに、なんて学生みたいなこと言っていますけど、そうは問屋が卸してくれないですね。明日のために寝なきゃなんて思いつつ、これから本でも開こうか、なんて訳の分からないことを考えています。早く起きて朝にでも読めばいいのにね。

さて、こんな人が会社にいたら休みなんかなくなっていいから、毎日でも会社にいたいと思わせてくれるような人が描かれている「編集者T君の謎」です。小説もノンフィクションもどちらもはずれのない大崎善生のエッセイです。

週刊現代に連載したものを収録したようですが、「聖の青春」「ドナウよ、静かに流れよ」「パイロットフィッシュ」が書かれた頃のようですね。

さてタイトルにもある編集者T君ですが、将棋連盟内の大崎善生が勤めていた雑誌の編集部員です。大崎善生が編集長の時に無理矢理押し込んで採用したようですが彼がなかなか強者なのでおもしろいです。今まで読んだ本はたった一冊だけ。「人間失格」しか読んだことがない。面接で大崎善生が形だけでも面接しようかと、今まで読んで心に残っている一冊は?と聞いたのですけど、二冊目を聞かれていたら答えられなかったと、後に語っているそうです。

本を読んでいないから当然ものを知らない。言葉を知らない。イタリアの首都をローマだと答える大崎善生に向かって、やっぱり編集長はなんでも知っている、と言ってみたり、もぬけの殻を腑抜けの殻と言ってみたり。彼が隣の机にいたらきっと飽きないんでしょうねぇ。

さて本書は決してT君の冒険譚ではなくて、大崎善生が「ドナウよ、静かに流れよ」で遭遇したヨーロッパでの出来事やはまっているパチスロのことなんかも書いてあって時間を忘れて読み進められます。一つが6ページぐらいしかないので、二、三駅で読み終われちゃうってのもいい感じですね。

さてさて、いつまでもお酒を飲んだり、本を読んだりしながら現実逃避をしていてもしょうがないですね。明日のためにも早く寝ないとね。体を休めることも仕事の一つだよ、と本書にもでてくる昔働いていた将棋会館そばのモスバーガーのオーナーに大昔に教わったのに、すっかり忘れているみたいです。
ではみなさん、よい夢を。おやすみなさい。




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2008年09月15日

ぼくらのサイテーの夏-笹生陽子

「ぼくらのサイテーの夏」 笹生陽子

ぼくらのサイテーの夏こんにちは。

土曜日はあんまり酔っぱらわずにワインを飲むことができましたよー。いつも記憶をなくすような飲み方しかできなかったのに、少しはオトナになったのかしら。土曜日はですね、友人の誕生日をお祝いしたんですけど、近辺の誕生日の人全員をまとめてお祝いしてしまおうということで、五人まとめてお祝いしてきました。といっても二人はそれまでに軽くお祝いしていたので準主役って感じでしたけどね。総勢14人だったのですけど、その三分の一がお祝いされる側だったんです。少しはばらけて欲しいですよねぇ。まったくもう。

で、どうせならサプライズパーティーにしてしまおう、ということで、主役の三人とそれぞれ時間をずらして待ち合わせしました。「久しぶりにデートしない?」と言われてやってきた彼女たちはなにも知らされないままお店へ到着。ばれないように「おいしいお店を予約した」とかなんとか行って連れて行ったのですけど、みんな暢気なもので、お店に着いてみんなが拍手で迎えるまでまったく気づかず、驚いた顔をしてくれました。一寸先は闇ですよぉ。って意味が違うか(笑)

で、みんなで騒いでワインをがぶ飲み。いいパーティーになりました。先月もやったので毎月恒例になりそうです。っていい加減ばれちゃいますかねぇ。まぁばれないように一生懸命こちらは仕掛けを考えてはいるんですけどね。イヒヒ。

さてさて、前置きが長くて、読書日記なんだかなんなんだかよくわからなくなってきましたけど、「ぼくらのサイテーの夏」です。以前も「楽園のつくりかた」で紹介した笹生陽子です。「楽園のつくりかた」と同じように児童向けの作品のようですが、ワインを克服したばかりの大人でも十分楽しめる作品になってますよ。

終業式の日に「階段落ち」の勝負でけがをした僕は先生にも見つかり、罰として夏休みのあいだのプール掃除を命じられた。一緒にプール掃除することになったのは今まで話したこともない同級生、栗田。栗田のジャンプのせいで負けた「階段落ち」。めちゃくちゃクールな彼とプール掃除をするなんてサイテーの夏になりそうだ。

って、いうあらすじです。といっても僕は大人なので、騙されませんよ、僕は。サイテーの夏を過ごすことになりそうだと、言いつつもなんかしらがあってサイコーの夏になるんでしょー。わかっていますって。

さて、サイテーの夏がサイコーの夏になる理由。それがなかなかにサプライズなんですよねぇ。児童には少しわかりにくいんじゃないのかしら?と思いつつも今時の社会や家庭の問題が描かれています。ラストはもう少し穏やかな終わらせ方をしてもよかったんじゃないの?とおもったのですけど、まぁそれもいいですかね。

ただ少し鼻につくような説教臭い言葉が所々にみえたんですけど、この作品が作者のデビュー作っていうのが理由だからからもしれないですね。でも、この本を読みなさいと推奨図書にしてもこの本じゃ読書好きの子供にはならないような気がしてしまいました。

いくつになってもサプライズっていうのが人を喜ばせる一番の方法なんでしょうね。来月のパーティーも一生懸命騙してやるんだから。イヒヒ。




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2008年09月13日

優しい音楽-瀬尾まいこ

「優しい音楽」 瀬尾まいこ

瀬尾まいここんにちは。
今日の夜は飲みに行くので早い時間の更新です。
ってただ早くに目が覚めてしまって他にすることがないだけなんですけどね。今までだったらパチンコ屋へと足を向けていたのでしょうけど、もうそんなことはしない、あんまり・・・

さて、昨日の記事で最近小説を読めないと書きましたが、また読んでみましたよ。瀬尾まいこの「優しい音楽」。最近好きな作家なので、少し心を躍らせながら読んでみました。

結果はというと、なんだか救われた気分です。読めたっていう事実にも、そして作品の内容にも。瀬尾まいこの小説って普通のシチュエーションになんの事件も起こらないけれど、でも最後にほろっとさせてくれる。日常に起こる小さな幸せや驚きがしっかりと描かれていて、それがうれしくなっちゃうんですよね。

といっても、冷静になって考えみると、それは決して普通のシチュエーションでもなく、しかも事件もしっかりと起こる。すっごい美人の女の子にストーカーになられるとか、不倫相手の男の娘を預かることになるとか、同棲相手にホームレスのおじさんを拾われてくるとか。

しかもストーカーされていた理由がちゃんとあるし、不倫相手の男の娘につきあって豪遊しちゃうし、ホームレスのおじさんにいろいろ教わっちゃうし。

こういうあり得ないことがあり得そうだと思わせてくれる、彼女の文章が好きなのかもしれない。彼女の小説の登場人物ですらそれが当たり前のことのように受け入れているのがさらにおもしろい。

しかも結論としては上記のように日常にひそむ喜びや驚きを描いているように見せているのだからなんという矛盾なのだろうか。そして最後にぼろぼろと涙を落とすことはなくても、瞳いっぱいに涙をためてしまうことになる。あくびをしたフリをしていつもそれを拭うことになるのだけど。

毎日同じように過ごしていても、瀬尾まいこのように感じる人もいれば、毎日一緒だなぁなんて思いつつパチンコやお酒ぐらいでしか非日常を味わえない僕みたいのもいる。なんてつまらない男なんでしょうかね。

と、思いつつ今日も飲んでくるのですけどね。では、みなさんも素敵な土曜日をお過ごしくださいませ。どっかでホームレスのおじさんを拾ってこないようにしてくださいね。




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posted by kbb at 10:52 | 東京 ☀ | Comment(4) | TrackBack(1) | 瀬尾まいこ

2008年09月12日

恋愛小説-川上弘美 小池真理子 篠田節子 乃南アサ よしもとばなな

「恋愛小説」 川上弘美 小池真理子 篠田節子 乃南アサ よしもとばなな

恋愛小説こんばんは。

最近、ノンフィクションが多い気がしています。小説の読めない体になってしまったのかしら。きゃっ、やめて!

はい、すみません。取り乱しました。というわけで、アンソロジー「恋愛小説」です。といっても、タイトルに騙されました。

どの小説もテーマはウィスキー、なんでしょうね、きっと。裏表紙にも解説にもどこにも書いてありませんけど、どの小説にもウィスキーがでてきます。それはおじいちゃんの思い出であったり、恋人との思い出であったり。

久しぶりの川上弘美の未読の作品でした。今回は母と息子のお話。母には恋人がいて、息子にも恋人がいる。二組のカップルがデート中にバーでばったり出会ってしまう。そんな悲しさというか、気恥ずかしさというか、うれしさというか。それがしっかりと描かれているのはさすが川上弘美と言わざるをえませんね。

でも、どの作品も恋愛小説に感じられなかったのはウィスキーを飲みたいと思わない僕にはウィスキーの持つ意味がとれなかったからなのかもしれないですね。
明日はひさしぶりにワインを飲んできます。きっとすっごい酔っぱらってしまうのでしょうけど、まぁあきらめましょう。って人に迷惑かけてから後悔してもしょうがないんですけどねぇ。

ってまだまだ全然短い文章しか書いていないのに、まとめようとしているのはやっぱりうまく読めていないからなんでしょうね。どうしちゃったんでしょうか。

まぁ普段長すぎるから短いのもいいですよね。ではではー。




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posted by kbb at 22:58 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

2008年09月11日

裁判長!ここは懲役4年でどうすか-北尾トロ

「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」 北尾トロ

裁判長!ここは懲役4年でどうすかこんばんは。

ニューヨークに飛行機がつっこむというものすごい映像が飛び込んできてから7年も経ちましたね。
そんな日に三人の死刑が執行されましたね。人間の命がいかにたやすく絶たれるかっていうのがよくわかる日になりそうです。

人間の命が人間によって裁かれるところ、それが裁判所です。そんな裁判所の傍聴記が今回の「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」です。北尾トロという人の作品です。

量刑相場といわれるように、人を三人殺せば死刑で、二人なら無期懲役というようにパターン化されているのが現状の裁判のようです。加害者にもそれぞれのドラマがあり、それが情状酌量という形で判決に反映されているかのように見えますが、やっぱり裁判官も人の子。どうしても前例を踏襲したくなるのでしょうね。

そんな裁判の傍聴経験からこんなタイトルになったのでしょう。北尾トロ自身も判決はだいたいわかる、と言っています。

まぁそうはいっても、裁判所で裁かれるものは殺人ばかりではなくて、離婚の民事調停であったり、チンケな窃盗であったり、痴漢であったりするわけで、そこには微笑ましいというか、思わず通ってまで傍聴したくなるような事件がいっぱいあるそうです。

朝一で裁判所まで行ってその日の裁判の予定を調べる。猥褻関連の事件などはスケベ心丸出しでまっさきに予定に入れる。そんな風に通う傍聴マニアとも呼べるような人が世の中にたくさんいる。そんな人たちの生態まで描かれていて、作者自身もそのマニアの一人のはずなのに、他人事のように描写している。

日本の裁判所ではそういった悲喜こもごものドラマが繰り広げられているわけですけど、よくよく考えてみたら、9・11事件も裁判を経ずに行われた誰かによるアメリカへの刑の執行だとも考えられますね。

人が人を裁く。それがいかに難しく、いかに大変なことか。そんなことを考えさせてもらえる一日でした。




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posted by kbb at 23:11 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ カ行

2008年09月10日

聖書1 旧約編 姦淫するなかれ-ジョージ秋山

「聖書1 旧約編 姦淫するなかれ」 ジョージ秋山

聖書1こんばんは。

最近少し、おかしいのです。時計が少し先にすすんでいるようなのです、自分の中の時計が。毎朝起きると日付が一日だけ先にすすんでいます。今日は水曜日だなぁ。あと三日働けば連休だ、なんて思って電車に乗る。携帯電話を取り出して、待ち受け画面を見る。あれまだ火曜だったのかぁ。そんなことを思って会社に行きいつもと同じように仕事をする。家に帰って酒を浴びてから寝る。朝起きるとやっぱり一日すすんでいて、今日は木曜日かぁってなことになる。毎日変わり映えのしない生活をしていることが原因なのか、毎晩浴びているアルコールがとうとう脳の中のカレンダー機能を壊しはじめたのか、はたまたただただぼけているだけなのか。にわかには判断のつかないところが逆にこわいところでありますね。

さて、大学はキリスト教系の大学だったこともあり、一般教養の授業でキリスト教概論なんて授業もとりましたし、分厚い聖書も買いました。入学式も卒業式も教会で執り行われましたし、毎週水曜日の礼拝にも何回か顔をだしたこともあります。クリスマス礼拝なんてのも出席した記憶があります。でも聖書をちゃんと読んだことがない。いつかは読みたいなぁなんて思いつつ、古い言葉遣いに躊躇してみたり、カタカナの名前がつらつらとでてきて、理解できなかったりして、いつも途中であきらめていました。

そんなある日、本屋さんにいくと、文庫本でさらに漫画で描かれている聖書を発見しました。しかも描いているのは「浮浪雲」なんかの作者、ジョージ秋山。これならすんなりと入っていけそうだぞと思ったのが今回の「聖書1 旧約編 姦淫するなかれ」です。

さすが日本の文化、漫画ですね。中学までは毎日のように触れていた文化だけあって、すんなり入っていけましたよ。途中少しだれるところもありましたけど、慣れないカタカナの名前にも負けることなく読み終えることができました。

はじめに天と地を創造した神は光をつくり、空と水をつくり、海をつくり草と果樹をつくり、太陽と月をつくり星をつくった。海の生き物をつくり鳥をつくり、大地を蠢く動物をつくり家畜をつくった。そして最後に神に似せて今までつくったもの全てを支配する人間をつくった。そして七日目を安息日とした。

創世記の最初はこういうはじまりです。

聖書のしかも旧約編の最初しか読んでいませんけど、ここにでてくる神は何度も人間を信用し、何度も人間に失望し、そして何度も罰を与え、しかし助けてきた。

しかし、その神に似せて作られた人間も何度も同じ過ちを繰り返し、そして神に助けを乞い、また同じように失敗を繰り返してきた。

さすが神に似せてつくられただけのことはある、なんて思いながら読んでいました。神も人間もなかなか諦められないようにできているのでしょうね。

まだ科学的な視点もなにももたない人間がここに存在するものの説明として神を登場させたのはきっととっても合理的なことだったのかもしれないですね。

創世記の神にとっては毎日が刺激的な仕事だったことでしょうね。彼にとってみたら曜日を取り違えるなんて絶対おきっこないでしょうね。まぁエデンの園で蛇にそそのかされて知恵の実を食べてしまった堕落した者の子孫なのでそのへんは許してもらうしかないですね。

(上に書かれていることで間違っていること、表現は全て僕の責任です。ジョージ秋山さんにはなんの責任もございませんので、そこのところはご了解のほどお願いいたします)




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2008年09月08日

黒笑小説-東野圭吾

「黒笑小説」 東野圭吾

黒笑小説こんばんは。昨日の日曜日に映画を見てきました。以前読んだ「ジャージの二人」です。

やっぱり、原作を好きになれなかった作品は映画になってもおもしろいとは感じられない物なんですね。原作がイマイチだったものの映画化をはじめて見たのでそんなこともしらなかったのですよ。

そもそも、この映画は山奥の別荘に"何もしない"をしにいくことがテーマのスローな生活が描いてあります。でも公開ももう終わりというこの作品は東京では新宿三丁目でしかやっていなくて、しかも朝の10:25と12:30の二回しかやっていませんでした。午後から用事があったので、朝一の回を見に行こうと約束をしていったのですけど、寝坊したおかげで焦っていくことになってしまいました。そんな焦った気持ちで見たのがこの映画を楽しめなかった一番の原因かもしれないなんて反省しています。この映画は何にもすることのない日曜日の午後なんかに恋人と街を歩いているときにポスターでも見つけて、「どうせすることもないし、ちょうどいい時間だから観ていかない?」なんていいながらコカコーラとポップコーンを片手に観ると楽しめるのかもしれません。

まぁこの映画を見る最大の目的は映画「クライマーズ・ハイ」でみつけた堺雅人を見に行くのが目的だったのでよしとしましょうかね。堺雅人の別の映画も見てみたくなったぞ。

さて、少し辛口の映画評でしたが、もっと辛口で社会をみている東野圭吾の作品「黒笑小説」です。「放課後」「容疑者Xの献身」「探偵ガリレオ」も読んでいませんが、東野圭吾っていいですねぇ。黒い笑いに満ちた傑作が満載の短編集と裏表紙にも書かれているとおりの作品に仕上がっています。

「怪笑小説」「毒笑小説」に続く第三弾らしく、同じように背筋が寒くなるというか、人を斜から見ているようなそんな作品が集められています。

全てが巨乳に見えてしまう"巨乳妄想症候群"や童話シンデレラの東野圭吾流の解釈で描かれている"シンデレラ白夜行"、彼女にストーカーをしろと命令されてしまう彼を描いた"ストーカー入門"などなど東野圭吾流の辛口な小説がたくさん載っています。

特に、作家を主人公にして賞の選考会や出版社とのつきあいが描かれている四編はなかなかおもしろくて、これって自分のことを描いているのじゃない?って六回目の候補にしてやっと直木賞をとった東野圭吾のことが頭に浮かんでしまいました。

彼もやっと直木賞をとって有名作家としての本道を進んでいるように思いますけど、これからも少しでも落ち目になると手のひらを返す周りの人なんかをこの作品と同じようにしっかりと観察してこの作品集の続編をぜひぜひ出してもらいたいものです。




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posted by kbb at 20:59 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 東野圭吾

2008年09月07日

気まぐれコンセプト クロニクル-ホイチョイ・プロダクションズ

「気まぐれコンセプト クロニクル」 ホイチョイ・プロダクションズ

気まぐれコンセプト クロニクルこんばんは。
前々回の記事で辞書づくって言葉が正しくない日本語かも、って書いたと思いますが、づくじゃなくて、憑くだったらどうでしょうかね。もしくは付く(つく)ってことなんでしょうかね。

二つの物が離れない状態になる。ぴったり一緒になるってことなんでしょうかね。

さて、今回の本はビッグコミックスピリッツで二十年以上休載もなく連載されている「気まぐれコンセプト」のいいとこだけとったような作品になっています。年代別に今でも十分笑える作品だけを取り出して年毎にまとめられています。

「気まぐれコンセプト」は広告代理店に勤めるヒライが主人公の、彼をとりまく愛憎劇になっています。誰もがうらやむ美女を流行のレストランにつれていったり、そういう彼の悲しい性が表現されています。今読んでおもしろいのはそのレストランのほとんどが今ではもうないってことですかね。人間の欲望の行き先のねじれ方がおもしろいですね。

現状では「気まぐれコンセプト」は単行本化されていないそうなので、過去の作品を読むとなるとこの作品しかないようですね。まぁ今となっては全然笑えないようなものもネタとなっている可能性があるので、こういう編集の仕方になったのかもしれないですね。

やりたいだけの人のためには「東京いい店やれる店」なんて下品というか、その通り!というか、そのまんまのタイトルの本がでていますけど、この「〜クロニクル」ではもちろんそういったものだけが焦点とされているわけではなく、その時々にはやったスキーやダイビングに行く若者たちをおもしろおかしく描いたり、今では当たり前となった「CEO」なんていい方をおもしろおかしくおちょくっています。

実は「東京いい店やれる店」を読んでみたいと思っているのですけど、今ではほとんどのお店が閉店してしまっている気がしてしょうがありません。まぁそんな過去を振り返っているような男についてくる女の子はいないのでしょうけどね。

四回連続で辞書のような、辞書に関する本を読んだ気がしますけど、結局辞書は今ここに在るもの、過去のことにふれることしかできないのですね。早く新しい思い出を作らねばなんて焦ってきた今日この頃でした。






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2008年09月04日

オトナ語の謎。-糸井重里 ほぼ日イトイ新聞

「オトナ語の謎。」 糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞

オトナ語の謎こんばんは。

最近の電車には女性の車掌さんが多いですね。今日の帰りに乗り合わせた電車の車掌さんの声もかわいかったなぁ。混んでいる車内で他の人と体が触れ合うのに不満を感じながら彼女の声で癒されていました。自宅の最寄り駅で降りて、後ろの方に乗っていたので、思わず車掌さんの方に歩いて見に行ってしまいました。見てみると、その女性はすっごいスタイルがよくて、姿勢がいいからあんな素敵な声がでるんだなぁ、なんて感心してしまいました。

車掌さんの使う言葉使いというか、話し方というか、結構独特のものがありますが、普通の会社でオトナが使う言葉も普通に考えれば結構おかしなもの、ありますよね。

取引先から電話がかかってきたけど、用件のある社内の人間が帰ってしまった場合。

「××はもう失礼させていただいております」

なんて言う人も結構多いのではないのでしょうか。失礼?普通に考えれば何に対して失礼なんだ?ってなりますけど、何にも考えずに使っているのではないでしょうか?僕も入社した当時は他の人が使うこの言葉に少し違和感を感じていたのですけど今では思わずこの言葉がでていることがありますもの。慣れってこわいですよねぇ。

そんなオトナの不思議な言葉を集めたのが「オトナ語の謎。」です。糸井重里とほぼ日が編集している作品です。

他にも「マター」や「アジェンダ」などのわかりにくくて使いにくい言葉なんかも解説されていて、本気で勉強になる作品でした。新卒で会社に入った人よりかは、ちょっと遠回りして今さらそれってどういう意味ですか?って聞けないような人こそこの本が役に立つのではないでしょうかね。

上にも書いてしまった「会社の人間」なんてのも解説されていて、これって「人」で十分なんでしょうね。言語学的に言えばポライトネス(敬意)を表現するのによけいな単語をいっぱいつけるなんていう解説ができそう(丁寧語をつくるのに「お」をつけたり「させていただく」などの言葉を考えるとわかりやすい。お店で千円からお預かりします、の「から」も同じように考えられるかも。ポライトネスって要は相手とどれだけ距離を作るかってことなんでしょうね。)ですけど、過剰につけても周りから聞いていたらおかしいってことありますものね。過剰についたものをおかしく思わないことを語用論(言語の使い方を研究する学問)的に解説してみてもおもしろいかもしれないですね。

上で車掌さんのスタイルの良さに触れましたけど、おまえはどうなんだ!?ってつっこまれると痛いですね。このあいだ海にいって自分が気づかないうちに取られていた写真を見せられたのですけど、すっごい太ったおじさんが写っていて、これはだれだ!?って自分でもとっても反省しています。今日も食べ物なんて買わずに帰って今日はおとなしく寝ようと決めていたのに、わざわざ地下にあるスーパーに寄ってビールを買う僕っていうのはなんなんでしょうかね。全然駄目人間ですね。まったく困った物です。




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2008年09月03日

博士と狂人 世界最高峰の辞書OEDの誕生秘話-ウィンチェスター

「博士と狂人 世界最高峰の辞書OEDの誕生秘話」 ウィンチェスター

博士と狂人 世界最高峰の辞書OEDの誕生秘話こんばんは。

最近辞書づいています。

-づく・・・他の語に付いて五段動詞をつくり、そういう状態または趣になる意を表す。(広辞苑)

辞書の状態ってなんなんでしょうか?辞書の趣ってなんなんでしょうかね。ってことは辞書付いている、なんて言葉はないのでしょうかね。用例では「秋づけば〜」なんてのが書いてありますけど、これは秋の趣になるってことなんでしょうね。まぁ辞書の趣を感じる人なんてなかなかいないのかもしれませんね。

前回の記事も辞書についてでしたけど、今度のも辞書についてです。しかも世界最高峰の辞書と言われているOxford English Dictionary。一応大学で英語学を学んでいたので、この辞書についても勉強しましたよ。歴史言語学とかの最初の授業とかでこの辞書が取り上げられるぐらい今では歴史言語学や英語学でははずせない存在になっている辞書ですね。この辞書の特徴はその単語がどの時代に最初にどういう意味で使われたかをしっかりと収集して載せること。英語なんて結構若い言葉だから、最初の用例が書物となって残っているからこんなことができるのでしょうね。

こんなのを特徴としているだけあって、この辞書を作るには時間がかかります。だって英語で書かれた書物を本が存在しているものは全て読み、その上でその用例を探してこなければならないのだから。そんなことをやって最初の構想から70年の歳月を費やして作られたのがこの辞書なのです。

そんな辞書を作り上げた二人の男を描いたのが今回のノンフィクションです。主役の一人はマレー博士。貧しい家庭に生まれながら博学な彼は独学で数カ国語を操れるようになります。

もう一人の主役はアメリカ生まれの富豪、マイナー博士。博士といっても、彼はどっかの学校で教授をしていたりするわけではありません。イギリスで殺人事件を起こしてある地方の精神病院に死ぬまで強制入院させられている患者だったのです。

そんな二人の出会い(といっても手紙だけですけど)から辞書が編まれていく過程。そして二人が実際に会う様子などが描かれていきます。

二人の男の困難な仕事に挑む物語とも読めるし、もちろん辞書の完成までの道のりを描く良質のノンフィクションとも読めます。精神を患った男の悲しい生涯とも読めます。「事実は小説より奇なり」なんて言いますけど、こんな物語があるからそんなこといわれるのでしょうね。さすがの小説家もこんなことなかなか思いつけないですものね。

「辞書づく」なんて間違った言葉を平気で使ってしまう僕です。日本語を知らないのだから仕方がないとあきらめてもいいものなのでしょうかね。それともこの二人のように良質の日本語を読むために本の海に漕ぎ出した方がいいのかもしれないですね。




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posted by kbb at 22:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | その他ノンフィクション

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