本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年10月30日

フィルム-小山薫堂

「フィルム」 小山薫堂

フィルムこんばんは。

もう先週になっちゃいましたけど、結婚式に行って来ました。




スティッチ結婚結婚式っていいもんですね。挙式と披露宴の両方に出席してきたのですけど、挙式で新婦がウエディングドレスで出てきたときから涙が止まりませんでした。あの子がこんなにきれいになっちゃってっていう父親的な気持ちだったのかもしれません。でも、怒りは感じていないのでむしろ兄貴的な気持ちかもしれないですね。

両親への手紙やらケーキカットやらおきまりの演出もさることながら、新郎が中座するときのエスコート役にサプライズで新郎の母親を指名して、さらに母親をお姫様抱っこで出ていったときは、涙が止めどもなくでてしまって、しばらくお酒も飲めませんでした。

当日は花嫁の誕生日だったので、花嫁に内緒でバースデイケーキが用意してあったりとサプライズ続きの結婚式でしたけど、人を喜ばすのって気持ちがいいですよね。誰かの幸せの場面に立ち会いながら飲むお酒ってなんともいえずおいしかった。あんなお酒なら毎日でも飲みたいのですけど、だれか結婚式に招待してくれる人はいないですかね?ってご祝儀貧乏になりそうですけどね(笑)

さて、昔フジテレビの深夜にやっていたカノッサの屈辱(この番組を知っている人がほとんどいないのが悲しい)や料理の鉄人などのプロデューサーで、今はFM横浜などでラジオ番組などにも出演している小山薫堂という人をみなさんご存じでしょうか?この人の考えていることって結構おもしろくて、土曜の午前中なんかに車を運転するときは必ずこの人の出ているラジオをかけちゃうぐらい好きなんです。で、この人自分でレストランなんかもプロデュースしていて、その名も「タワシタ」というお店らしいです。元祖隠れ家っていう感じのお店で電話番号は一切非公開。住所は判明しているので、お店にいって初めて予約できるようなそんなお店になっているようです。噂によると、その日のメニューが全部手書きの絵で描かれているようで、それを聞いただけで一度行ってみたいのですけど、電話番号どなたか知りませんかね?

こんなところからもわかるようにこの人は人を喜ばせるのが大好きなんでしょうね。だからこそ、おもしろい番組がいっぱいつくれるのかもしれないですね。

そんな彼の小説が「フィルム」です。短編集なんですけど「タワシタ」の誕生秘話らしい"タワシタ"というお話もでてきて、自分たちの手で作り上げたのがよくわかります。

他にも倦怠期のカップルが遭遇する不思議なカレー屋さんのお話"セレンディップの奇跡"なんてお話もあってこのお話がまたいいんだなぁ。

ってなにがいいのかよくわからない説明になっていますけど、ぜひ一度手にとってみてください。そして彼の出演しているラジオを是非聴いてください。彼の人柄や彼の考え方にきっとはまっていくはずです。

窓から東京タワーが見えるというタワシタというお店。誰かを喜ばせるためにそこへ行ってみたいなぁ。喜んでいるときの女の子の顔が一番素敵ですものね。この間の花嫁のように。




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2008年10月24日

Re-born-伊坂幸太郎 瀬尾まいこ 豊島ミホ 中島京子 平山瑞穂 福田栄一 宮下奈都

「Re-born はじまりの一歩」 伊坂幸太郎 瀬尾まいこ 豊島ミホ 中島京子 平山瑞穂 福田栄一 宮下菜都

Re-born はじまりの一歩こんばんは。

あさっての結婚式に向けて、やっとちゃんと僕の胃腸が言うことを聞いてくれるようになりました。まだ怖いから整腸剤を飲んではいるけど、今日も久しぶりにビールを飲んできたし、いつもよりも多めにご飯を食べることができました。お多福という下北沢のおいしいお好み焼き屋さんで、昔と比べたらちょっとっていうところはあっても、全体的に満足です。

さてRe-bornです。生まれ変わる。再生する。復活する。それぐらいの意味になるでしょうか。アンソロジーです。本屋さんに並んでいるのをみかけていて、豪華な執筆陣だなぁと思いつつしばらく寝かせておいた本です。

伊坂幸太郎、瀬尾まいこ、豊島ミホなんて僕が好きな作家さんが入っているのなら、他の人も気に入れるだろうと思ったのですけど、三人の印象が強すぎて残念ながらあんまり印象にのこっていないんですよね。

でもどの作品もちゃんとテーマ通りのものに仕上がっていて、読後にさっぱりというか、すかっとっていうか、心を覆っていたよけいなものが一枚するっと剥けていくような感覚が味わえます。

瀬尾まいこの話は、自分の好きな子に頼まれて自分の兄貴へのラブレターの代筆をするという。いつも通りのなさそうでありそうななさそうな話だし。

豊島ミホは珍しくエロい話じゃなくて楽しめました。

そんなテーマの流れで最後に伊坂幸太郎がおいてあるのですけど、これがまた他の作品と全然雰囲気の違う作品で、脅迫や殺人、強盗なんて平気でするようなチンピラがでてきて、普通の家庭じゃないけど一見すると平和そうな家族を殺しちゃうんじゃないかとはらはらしながら、でも最後はやっぱりテーマ通りまとめてくれた、と安心できるお話になっていました。

伊坂幸太郎の作品に限って言えば、読者をテーマに復帰させるという意味でRe-bornさせてくれたのかもしれないですね。

僕のおなかもRe-bornできたことですし、素敵な作品にも出会えたことですし、すばらしい週末が待っている予感がしています。たのしみっ!




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2008年10月23日

サイレントリー-鈴木光司

「サイレントリー」 鈴木光司

サイレントリーこんばんは。昨日ちらっと書いたんですけど、今度の日曜日に友達の結婚式に行って来ます。人生初結婚式です。ネクタイの色は?とか新札はどこで手に入れるの?とか、いろいろわからないことだらけなんですけど、楽しみです。その子は美人さんだったからウエディングドレスも似合うことでしょう。写真もいっぱい撮ってこないとね。幸せな家庭をちゃんと築いてくれるようにいっぱいお祝いしてきます。

さて、鈴木光司の「サイレントリー」です。「リング」「らせん」で日本中を恐怖に陥れた貞子を生んだ人です。まぁあれらの作品は怖いだけじゃなく貞子の人生がしっかり描かれていたからこそよかったんですけどね。

でも、それ以来鈴木光司はホラー作品を描けなくなったようで、全然新しい作品がでてきませんね。貞子のファンだった僕としてはすっごい残念です。その代わり彼が一生懸命描こうとしているのが家族愛なのではないでしょうか?「生と死の幻想」などでそれがわかります。でも残念ながらこういうテーマってもういろんな人が書いているからわざわざ鈴木光司の書いた物を読まなくてもいいような気がして、だからこういう作品を書き始めた彼の作品はあまり読んでいませんでした。

久しぶりに読んだ彼の作品「サイレントリー」もやっぱりテーマは愛。特に子供への愛情なんですよね。やっぱり、と思いつつも久しぶりだから読んじゃえって感じで読み始めましたけど、まぁまぁって感じでした。短編集でいくつかなかなかいいねぇ、って思うのもあったのですけど、やっぱり鈴木光司じゃなきゃいけないとは思えないような作品です。

彼にはもっと彼にしか書けない物を書いて欲しい。本当にそう思います。なんだか「リング」三部作を読み返したくなってきました。って怖いのは本当はだめなんですけどね。

ってなんだかこの記事、とーーーーっても偉そうですね。まぁ本音なので許してやってくださいな。




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2008年10月22日

生物としての静物-開高健

「生物としての静物」 開高健

生物としての静物こんばんは。相変わらずスパスパとタバコを吸っています。お酒は今日で飲まなくなって4日目です。まぁ今週末には友人の結婚式があるので、禁酒期間もどうしてもそこまでにしかならないんですけどね。結婚式なんて大手を振るって飲めるところで、僕が飲まなかったらみんなを心配させてしまいますからね。っていうのはただのいいわけなんですけどね。

さて開高健です。以前山口瞳を読んで、この文章は僕には合わないなぁと思って開高健も似たようなもんだろうと思っていたのですけど、この人の文章は僕は好きですね。

サントリーの前身、寿屋のPR紙として創刊された「洋酒天国」を創刊した人としても開高健は有名ですけど、さすが広告屋さんだっただけあって、何を書かせてもそれがすばらしいものに思えてしまいます。

本書はエッセイなんですけど、開高健が愛したものが描かれています。ジッポーなどのライターにはじまって、釣りに使うルアー、使い古したベルト、正露丸、蚊取り線香などなど。この人は身近にあるものをなんでも愛した人なんだろうなぁってことがよくわかります。

彼の文章を読んで、第一次世界大戦当時からデザインが全然変わっていないとうオーストリアのイムコというライターがすっごく欲しくなってしまったんですけど、ライターをすぐに無くしてしまう僕にはもったいないですね。

開高健は従軍記者としてベトナム戦争に行き、そこで敵の機銃掃射に遭い、200人いたのが17人しか生き残れなかったってことがあったようです。たぶん彼はその時、一度死んでいるのでしょうね。だから彼の文章からは世の中には大した問題があるようには感じられない。だからといって全てを見放しているとかそういう風には感じられないんですけどね。一度突き放した上で、遠くから眺めているっていう言い方が正しいのかもしれないですね。そういう風に物を観ているから好きな物でさえも細かいところまで描けるのかもしれないですね。

僕なんて好きになってしまったら、好きなんだから好きなの!としか言えないですもの。もっとうまく説明できるようになればいいのでしょうけどね。そのためにももっともっっと言葉を勉強しないといけないですね。




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2008年10月21日

いちど尾行をしてみたかった-桝田武宗

「いちど尾行をしてみたかった」 桝田武宗

いちど尾行をしてみたかったこんばんは。ずいぶん更新があいてしまいました。週末からおなかを壊して、土曜日までは元気いっぱい飲みまくっていたんですけど、それから固形物を一切口にすることができませんでした。今はもう大丈夫なんですけどね。おかげでお酒がまったく体に入らない日が三日も続いています。奇跡かもしれないですね。これで体重も一気に減っていてくれればよかったんですけど、それはあまり変化がなくて少し残念な気がします。でもこのままお酒を飲まない日を続ければ少しはやせていけるのかもしれないですね。

さて、車の免許を取ったばかりの頃。まだまだガソリンが安かったあの時代。ただただ車を走らせたいだけの頃がありました。でもいこうと思っていたところなんてあっというまに尽きてしまう。そんな時は夜中にお客さんを乗せているタクシーの後をつけてただただ走り続けた記憶があります。住宅街の中に入っちゃって、お客さんをおろしているタクシーの後ろで待っているわけにもいかず、そのまま抜かして道に迷っちゃったことも多々ありましたけどね。

さて、そんな風に人をつけた経験のある人は残念ながらなかなかいないでしょうね。結構楽しいものなんですけどね。そんな人の欲望を代理で満たしてくれるような企画が本書「いちど尾行をしてみたかった」です。

街でみかけた普通の人々の後をつけてしまおう、というただただ筆者の独断と偏見と興味だけでターゲットは選ばれていきます。

新宿伊勢丹でみかけた普通のおばさんは服も買わずに何をしているのか?
靖国通りで長いディープキスをする高校生カップルはどこへ向かうのか?
都市銀行を利用する女子小学生は何を買いにいくのか?
テレクラに向かうサラリーマンの収穫は?
超美人金髪女性は東京の夜で何をするのか?

少しだけ抜粋してみましたけど、他にもまだまだおもしろいターゲットがいっぱいいますよ。果たしてこの人たちは何を考え何を得るのか。そういった都市の影がみえてくる好著だといってもいいかもしれないですね。

タクシーをつけていた僕も誰かにつけられていたかもしれないですね。あいつは夜な夜な何をしに車を走らせているのか?なんて尾行者に考えさせていたりしてね。なーんにも考えていなかったんですけどね。まぁ今も何にも考えていないことは同じなので、成長していないってことなのかもしれないですけどね。まぁ最近は目的地があったとしてもめんどくさくてあまり車を走らせたいと思いませんけどね。成長というより老化っていうことなんでしょうか。最近体をこわすことが多いのも三十路を前にした体の悲鳴なのかもしれないですね。節制しないとまずいかもしれないですね。




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2008年10月13日

潤一-井上荒野

「潤一」 井上荒野

潤一こんばんは。
芸術の秋!というわけで昨日は友人がやっている吹奏楽団の発表会を聞いてきました。サックスを教えてくれている友人の発表会だったのですけど、みんなが集まって一つの音楽をつくるっていうのっていいですよね。以前キューティーハニーでボンゴをたたく女の子をべた褒めしましたけど、その子がその楽団に入ってました。やっぱりボンゴをたたいて揺れる髪の毛がかわいくて胸キュンものです。もう少し僕が若くて、彼女ともう少し早く出会っていれば。少しは違った人生になるのかもしれないですね。

さて、直木賞をとった井上荒野の連作短編集です。最近こういう群像小説ばっかり読んでいる気がするなぁ。
「ニシノユキヒコの恋と冒険」のようにいろんな女性が一人の男について語った作品になっています。「ニシノ〜」と違っているのは、潤一本人が自分のことを語っている作品があること。これによってすっごい話がまとってまていい作品に仕上がっています。

潤一はいつもふらふらしていてどうしようもない男。やらせてくれるなら女は誰でもいいと思うし、彼女がいようが待っている人がいようが、他の女の所へと行ってしまう。セックスなんてご飯のようなものと言い切ってしまう。

でも決してひどい男ってわけでもなく、どの子も最後は潤一に感謝の気持ちを持ってしまう。それはきっと、彼女たちが潤一を望んでいるから。そして潤一が彼女たちが望んでいることしかしないから。

しかし、そういうことをし続けることに疲れてしまうからなのか、最後に潤一は彼女たちの前から姿を消してしまう。唐突なときもあれば、そういう予感を持たせるときもある。

そして最後に潤一自身の口から彼の生い立ちと、女性との関係、女性から逃げてしまう自分自身が描かれる。

男だったらだれでもこういう男をうらやましいと感じるのだろうなぁ、と思うけど、ここまで誰からもいいよられる男っていうのもなかなかいないと思う。彼女の処女を喪失させるために14歳の女の子とホテルに行こうとするお話もでてくるけど、友達に自慢したいがためだけに処女を失おうとする子がそこらにいるかどうか、僕にはわからない。そんな子と出会うこと自体が潤一らしさなのかもしれないけどね。

まぁそれは小説の世界なのだからって言えばそれまでになってしまうのでしょうけど。

もし僕が潤一なのだとしたら、僕は吹奏楽団の中学生の女の子ととっくの昔にホテルにいっているのでしょうね。これが小説の世界なのだとしたらね。




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2008年10月11日

重力ピエロ-伊坂幸太郎

「重力ピエロ」 伊坂幸太郎

重力ピエロこんばんは。

電車内の広告で電話番号にふりがながふってあるこんなのをみつけました。

読むなら サンスポ

この読むならってところの数字が「467」なんですけど、これって「読むな」っていう風にしか思えなかったんですけど、その番号を変えるところから広報活動を始めた方がいいと思うのは僕だけなんでしょうかね。

さて、伊坂幸太郎の「重力ピエロ」です。これは傑作ですね。以前「死神の精度」のコメントでtsukikoさんからおすすめされてから二年以上経ってやっと手にとってみました。おすすめしてくれてありがとう。もっと早く読んでおけばよかった。

遺伝子をモチーフに、放火と放火犯からのメッセージが主なテーマになっています。

僕と僕の弟とガンで死にかけている親父。これが主な登場人物です。遺伝子関連の仕事をしている僕と街の落書き消しが仕事の弟。親父は末期のガンで病院で生活しています。

ある日から街で放火が起こり始め、その現場を弟が予言する。その現場には共通点があった。

なんてあらすじなんですけど、これ以上書けないのが辛い。どうか読んでみてください。あっと驚く展開です。

さて、遺伝子なんですけど、GCTAの四つの文字で書かれています。三つの文字がセットとなり、どのアミノ酸をつくるかの命令となっています。それによって作られたアミノ酸によりタンパク質が合成され、人間の生命活動が行われる。

でも、その文字が一つでも狂ってしまうと全然別のものができあがってしまいます。しかも文字が一つでも狂うなんてことは結構な確率で起こっているらしく、コピーに失敗したりしただけで、全然別のものができあがります。ところがうまくできているもので、ちょっとぐらい間違っていてもそれは生物にとって大きな問題となることは多くはありません。ところが、それが大きな問題となってしまうことがまれにある。そうやって狂ってしまった遺伝子の地図で、細胞の寿命をコントロールできなくなって細胞が異常増殖するガンなんてことも起こってしまう。

人間って生まれながらに体内で言葉遊びをやっていたんですね。一文字入れ替えたりして全然別のものをつくる。うまくいけばそれが進化となるし、失敗すると生命をおびやかすことになる。でもリスクはたった一つの命。でもそこで得られるリターンはその後何世代も続くことになる、その遺伝子の子孫たち。結構ローリスクハイリターンの仕組みが出来ているんですね。

というわけでサンスポの電話番号の言葉遊びも人間本来が持っているものということで、今のままの電話番号で遊び続けることがいいのかもしれませんね。なぁに、失敗したってサンスポが一社つぶれるだけですもの。大した問題じゃないですよね。




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posted by kbb at 00:28 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎

2008年10月06日

レインレイン・ボウ-加納朋子

「レインレイン・ボウ」 加納朋子

レインレイン・ボウこんばんは。

雨の日と人身事故と月曜日ではじまった今週でした。久しぶりにホームに入れないほどの混みようで困ってしまったのもつかの間、いつもより長い時間本が読めると少しうれしくなったのは内緒です。

そういえば加納朋子には「月曜日の水玉模様」って作品がありましたね。そんな加納朋子の「レインレイン・ボウ」です。

七つの短編集が収録されています。それぞれの短編が虹の七色にまつわるお話になっていて、なおかつ連作短編集となっています。スカーレットやひよこ色といわれても虹の色としてはピンとこなかったんですけどね。

大筋としては、高校時代のソフトボール部員が部員の一人の葬式を機会に集まってくるというものです。そしてその亡くなった人の一番の親友であった部員が来ていなかったところからみんなの考えというか、思惑で話がすすんでいきます。

あの子とあの子はあまり仲良くなかった。あの子はこんな性格だった、などなど女同士の怖さがしっかりと出ている反面高校時代はぱっとしなかったのに化粧と洋服でずいぶん変わった人もいて女って怖いなぁと相変わらず考えさせられました。

最後の短編に出てくる陶子。ソフトボール部の部長でみんなに公平に接してだれからも慕われていた陶子。この人は「月曜日の水玉模様」ででてくる陶子と同一人物らしく、あれともシンクロしているのかとなんだかうれしくなっちゃうようなお話になっています。

途中で少しいやになっちゃうようなエピソードももちろんあるんですけど、最後は虹を見たかのように気持ちのよい終わり方をしてくれます。

そういえば雨が上がった後にでてくる虹っていうのは雨で重くなった気持ちを和らげてくれるために出てくるように神様が粋な計らいをしたものなのかもしれないですね。




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2008年10月05日

映画 おくりびと

「映画 おくりびと」

映画 おくりびとこんばんは。

風邪もなおってだいぶ楽になってきたなぁ、なんて思っていたのですけど、薬のおかげだったようです。薬がきれると同時に悪寒がしてきて、頭も痛くなってきました。早く寝ないとね。

さて、1日の映画の日に「おくりびと」を見てきました。きっと混んでいるのだろうなぁなんて思いつつ二時間も早めにチケットを買って、飯を食っていたのですけど、映画が始まってみると三分の一ぐらいの入りでした。結構話題にもなっていて、広告もしっかりしているように思っていたのですけど、邦画って結構やばいんですね。

映画好きの友人に泣ける映画ない?って聞いて勧められた映画だったのですけど、その友人か映画製作者かわかりませんけど、彼らの思惑にしっかりとのってタオル時のハンカチをぐっしょりと濡らしてきました。

チェロ奏者として楽団にはいり、高価な楽器も買い、美人の奥さんももらってウハウハの主人公、大吾。ところが、突然楽団が解散になり、チェロ奏者なんて掃いて捨てるほどいる現実。田舎に戻り死んだ母が残した家に住むことにした。幸い妻はweb制作者。田舎でだってできる。

仕事しなきゃなぁなんて思いながら面接を受けにいったのは折り込みチラシにはさまっていた未経験者歓迎の求人広告。「旅のお手伝いをします」なんて言葉から想像したのは旅行の添乗員。
ところが行ってみるとそこの仕事は納棺師。

死ぬ気になれなきゃ食うしかない。食うならうまいほうがいい。


主人公が勤めることになってしまった納棺の会社の社長の言葉です。今の仕事を知った昔の同級生からは仕事を選べと言われてしまうし、妻からも他の仕事について欲しいと言われてします。

でも、誰もが一度はお世話になるのが納棺師なんですよね。人間死んでしまえば、そんな差別なんかわからないはずなのに、生きている人にとってみれば大事なんでしょうね。でもそういう気持ちが自分の家の裏に葬儀所やゴミ処理場が計画されると反対してしまうんでしょうね。幸い僕は生まれたときから周りがお墓に囲まれているところで育ったので、そういうところに偏見はないんですけどね。でもうちの近くに火葬場ができたときにもやっぱり反対した人がいるので、場所はあんまり関係ないのかもしれないですけどね。

僕の母が死んだとき。仏間に寝かされて冷たくなった母に「おやすみ」と言ったはずなのに、起きてみると棺にしっかりと納まっていた。あれもやはり納棺師がしっかりとしてくれたんでしょうか。死化粧を施された母はうっすらと笑みを浮かべていたような気がします。

近所の風呂屋のおばさんが死んで大吾が納棺をすることになります。その葬式で息子であり、大吾の同級生の男が「かあちゃん、ごめん」と何度も何度も叫ぶシーンがあります。

人間生きているうちはなんとかなるや、って思っていても人が死んでしまうと、そこでもう終わりなんですよね。ありがとうもごめんなさい、もそのうちなんとかできるはずと思って先延ばしにしてしまうけど、その人が死んでしまったら取り戻すことができない。だからこそ、「ごめん」って言葉が出てきてしまうんですよね。遅いんですけどね。

そんなことは映画を見なくてもわかっているはずなのに、なんども同じ過ちを犯してしまう。さらにそれに気づかせてくれるような映画や小説を読んでも直すこともしない。だからだめなんでしょうね。

相変わらず広末涼子は美人さんですね。この映画を観てて、ふと思ったんですけど、広末涼子って左右対称の顔をしていないんですね。右目の方が大きいし、口角も右側の方があがっている。シンメトリーが美人や美男の条件だと聞いたことがあったんですけど、広末涼子はそれにあてはまらないんですね。でも、広末涼子はなにかをじっと見つめたり泣いたり笑ったりするとたちまち両目が同じ大きさになるし、口も左右対称になるんですね。それが人の意識に植え付けられて彼女を美人だと思わせるのかもしれないですね。彼女の笑顔はだから僕に中毒症状をもたらすのかもしれないですね。

主演の本木雅弘が「納棺夫日記」という作品を読んで監督に映画化を提案したそうです。今度読んでみよう。


納棺夫日記





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posted by kbb at 23:08 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画

死日記-桂望実

「死日記」 桂望実

死日記こんにちは。

昨日の記事の教訓は、風邪を引いたときには情報を発信するなってことですかね。普段から何を言っているかわからないのに、いつもよりももっとわからなくなっていていやになっちゃいますものね。

風邪はおかげさまですっかり熱もひいて、のどが痛いだけになりました。薬のおかげかぐっすり眠れることもできて、なんだか久しぶりに元気な日曜日の朝を過ごしている気がします。今日はなんの予定もないので、ぼーっとして過ごそうかと思っています。

さて、「県庁の星」の桂望実のデビュー作「死日記」です。桂望実って元々はフリーのライターだったんですね。どおりで事実の描写がうまいんでしょうね。

内容はといえば、タイトル通りのものです。14歳の中学生、田口潤の死に至るまでの日記が描かれています。途中まではどうなってしまうんだろうと、はらはらさせられるような書き方がしてあるんですけど、やっぱり最後は殺されてしまうんだ、と悲しくなってしまいます。しかも潤を殺すのは実の母と家に転がり込んできた母の恋人。

交通事故で死んだ実の父も、酒を飲んで潤や母に暴力を振るう男だった。仕事もせずにギャンブルばかりして酒を飲む。父が死んだ後に母が連れてきた男も同じような男だった。

どうして仕事もせずにギャンブルするお金があるのかわからないのですけど、世の中にはこういう男が結構いるみたいですね。

しかもそういう男しか愛せない女もいるみたいで、世の中には似たような事件がごろごろしていますものね。そういう男と一緒にいても幸せじゃないだろうと端から見ていると思うのですけど、本人からしてみたらそれが一番幸せなんでしょうかね。わからないことだらけです。

こんな悲しいタイトルが表紙にでっかくかいてあって、さらに涙が出てきてしまう本書なので、電車の中や外で読むときには注意してくださいね。久しぶりに表紙にカバーをかけて持ち歩いていました。




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2008年10月04日

一千一秒の日々-島本理生

「一千一秒の日々」 島本理生

一千一秒の日々こんにちは。

月曜日・・・昔から行っていた飲み屋に別件で電話をすると、たまには遊びに来てくださいよ、と言われ調子のいい僕は一人で飲みにいくことに。二日酔いになる。

火曜日・・・二日酔いで調子のあがらない体を引きずりながら、火曜日から二日酔いになってちゃ社会人としてどうなの!?と反省しきり。そして、別件で別のお店に電話をすると、おいしいトマトが入るから来ませんか?と誘われる。せっかく誘ってくれたのだから、とその時点で拒否することは選択肢にははいっていない。かろうじて二日酔いにならない程度に酔っぱらって帰ってくる。

水曜日・・・朝から新幹線に乗り出張。電車の中でぼーっとしながら不足した睡眠を取り戻そうとがんばるのだけど、中途半端に近い行き先でなんにもできず。1日ということで、映画の日。「おくりびと」を見てくる。新宿で21:30からはじまる会でそれまでに飯をくっておこうともちろんビールを注文。飲み過ぎたビールのせいで、久しぶりに映画の途中でトイレに行くという失態をやらかす。恥ずかしかった。

木曜日・・・久しぶりになんの予定もないので、まっすぐ帰ろうとする。帰り際にはすでにのどが痛くなり鼻水がじゅるじゅる。この程度で風邪をひくなんてだらしがなさすぎる、と自分が情けなくなる。今日も外で飲んで帰ろうとうまいとも思わないビールを流し込みながら終電近くまで一人で飲む。

金曜日・・・朝から体がだるくて仕方がない。完璧に風邪を引くも、薬を飲んで眠くなるのがいやなので、なにもせずにいると、夕方近くなって悪寒が走り出して、退社時間きっかりに会社をあがらせてもらう。逃げるように家に帰って速攻で寝る。

というわけで今に至っております。のどが痛くて咳がでます。肺が痛むので肺炎なんじゃないかと、かすかに思っているのですけど、大丈夫でしょうかね。あまり考えることもできないので、文章がめちゃくちゃな気がしますけど、もう感想待ちの本が「さみしいよう」と泣いています。

さて、島本理生です。連作短編集というより、群像劇って感じのお話ですね。彼女が大学生のときに書き上げたお話のようで、若い男と女が描かれています。前のお話にちらっとでた人が次のお話の語り手になるという風に物語は進んでいくのですけど、最初の主人公と最後の主人公は同じ女の子です。

四年間も何事もなくうまくいっていた哲と真琴。普段は家にのんびりゲームをしたりぼうっとしてすごす。ある日、二人で動物園に行く。別れるために。二人が二人でいるために足りないなにかをしっかりと見るために動物園に行く。

最後の短編。やはり真琴が語り手。哲と別れた真琴が哲の前につきあっていた加納君と温泉にいくお話。二人はやり直すことはできないのか。二人の関係が変わることはあり得るのか。

個人的な意見としては哲が語り手となるお話がほしかったなぁって不満が残りました。真琴からの見方だけでなく、やっぱり双方向の見方をしりたいなぁって。

あぁもう何がなんだかよくわからなくなってきた。自分は何を書きたいのでしょうか、ここに。というわけで頭が重くなってきたのでまた寝ます。夜にでもまたたまった分を更新できればいいのだけれど。




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posted by kbb at 13:20 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ サ行

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