本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年12月31日

リセット・ボタン-伊藤たかみ

「リセット・ボタン」 伊藤たかみ

リセット・ボタンこんばんは。

みなさま、今年も一年間ありがとうございました。2005年にこのブログをはじめましたけど、初めて一年間を通して記事をアップできる年になりました。今年は247冊の本を読めたみたいです。三日で二冊ぐらいでした。一日一冊の目標は達成できませんでしたが、まぁ良しとしましょうかね。

さて大晦日とは一年に区切りをつけてリセットするようなものですけど、今年最後の更新にぴったりの本書「リセット・ボタン」、伊藤たかみです。初めて彼女の作品を読んだときはそこまで心に残ることにならなかったのですけど、なんとなく気になっていつのまにか手にとってしまっています。

大学生の僕がネットで知り合ったのは昔の恋人と同じ名前をもつ「荻原ミサ」。そのサイトは自殺志願者が集まるサイトだった。いつのまにか彼女にメッセージを送っていた僕は彼女に会い、遺書を書ける場所を提供する代わりに生活費をもってもらう約束をする。だんだん彼女に惹かれていく僕だったけど、彼女が遺書を書き上げてしまえば二人の生活は終わってしまう。彼女と関係を持ち、彼女と生活をともにすればするほど離れがたくなっていく。
そして遺書が書き上がり彼女は自殺を決行する。そして彼女が僕に遺したメッセージにはこう書かれていた。
もし自殺が上手くいったら、きみはほんのちょっとだけ泣いて下さい。
そのために僕は旅に出る。おじさんが遺してくれたマウンテンバイクに乗って。

あらすじを書いてみたら暗い話題しかない今の季節に合わない内容でしたね。今日も東横線でそういうことがありましたしね。せっかく社会がリセットボタンを押してくれる大晦日なのに、わざわざ自分自身でリセットすることなんてないのに。

一昔前にファミコンのリセットボタンを押すように人間関係をリセットする若者が多くなってきた、とどこかで言っている人がいたような気がしましたけど、昔から同じような装置はあったわけですね。大晦日然り、夏祭り然り、毎晩の晩酌という習慣だって結局は一日をリセットする装置だったようにも思えますしね。

さて、一年のリセットボタンとなる0時まであと5時間を切りました。あとは酒でも飲んで、思い出したくないことも記憶のなかからリセットして新年に備えたいと思います。

みなさまよいお年をお迎え下さい。来年も素敵な一年になりますように。来年もどうぞよろしくおねがいしますね。

ではでは、よいお酒を飲みましょう。




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太陽の季節-石原慎太郎

「太陽の季節」 石原慎太郎

太陽の季節こんばんは。

昨日は久しぶりにゴルフに行ってきました。スコアはあまり聞かないでくださいな。一打100円しかかかっていないからお得なゴルフでしたってだけ言っておきましょうかね。予報では寒くなるって聞いていたのですけど、すっごいいい天気で暖かくてゴルフ日和でしたよ。って人よりも二倍ぐらい動いていたから暑かったのは自分だけだったのかもしれないですけどね。

さて、「太陽の季節」、石原慎太郎です。一世を風靡した太陽族の言葉の元になった作品です。です、って当時を知らないんですけどね。

バスケやボクシングなど、なにをやってもそこそこうまい竜哉と竜哉に惚れた英子のお話です。遊びでしか女とつきあったことのない竜哉が初めて真剣につきあったのが英子だった。しかし、英子がだんだんと煩わしくなっていく竜哉。それでも竜哉に惚れている英子は他の男に金で売られるようなことをされてもやっぱり竜哉についていく。そして竜哉の子供をみごもってしまう英子は堕胎手術の最中に死んでしまう。

竜哉って最低の男です。これが硬派だと呼ばれるのなら石原慎太郎の目指す硬派はただかっこうわるいものとしか思えません。ヨットや女性とのつきあい方など、表面的な生活スタイルをこの作品から真似た太陽族が女性の扱い方まで真似たとしたらずいぶん悲しい気もちになってしまいます。

本作は"太陽の季節"の他に4編が収録されているのですけど、どの作品のラストも女性が男の子供を身ごもって死んでしまう作品ばかりでした。石原慎太郎はそういう経験をしたんでしょうかね。もしくは近しい人にそういうことがあったのかもしれないですね。それが強烈な印象となって自分に残ったのだろうと推察できますね。

僕は基本的に人を嫌いになることはないのですけど、石原慎太郎他数人だけはどうしても好きになれません。人を嫌いになるのに、その人を知らないで嫌いなんていうのはあまりにもかわいそうだろうって思って、彼の作品をいくつか読んでいるのですけどやっぱり好きになれないですね。作品"太陽の季節"自体は結構すきだったのですけど、5編がまとめられた本文庫は同じようなテーマがおおかったのか、新鮮さがなくてつまらなくなってしまったのかもしれないですね。

まぁ、最近の彼の著作を読むつもりは元々ありませんし、もう石原慎太郎作品は読まないのでしょうね。好悪の感情はなかなか変わらないものですね。寂しいですけどね。




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posted by kbb at 17:46 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

ロマンティック-大久秀憲

「ロマンティック」 大久秀憲

ロマンティックこんにちは。今年の垢は今年の内にということで今年読んだ本は今年中に。怠けていた証拠なんですけど、今年読んでまだ記事にしていないのが、あと三冊もあるんです。今年中におわるかしら。

さて、「ロマンティック」、大久秀憲です。表紙いっぱいに描かれた秋葉系美少女がいやらしくて恥ずかしい本でした。電車の中で久しぶりにカバーをかけちゃいましたもの。

さて、本作はすばる文学賞を受賞しています。原田宗典や佐藤正午もここからデビューしています。

さて、内容はといえば、うーんって感じでした。表紙の美少女はたしかに出てくる物の、こんなに秋葉系じゃないだろうって思いながら読んでいましたしね。

あらすじを描こうとおもっていたのですけど、イマイチ思い出せないのが悲しい。野球少年とそれをとりまく元野球少年のお話なのですけど、そいつらが何をどうした?って聞かれてもなんだっけともう一度本を開いてしまうことになりそうです。

うーん、書くことがなくなってしまった。まぁ本を読んでいればこういうこともありますわなぁ。
作者の大久秀憲はこの作品のあと本を出版していないようですね。どこかで作品を発表しているんでしょうけどね。次回作に期待でしょうかね。




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posted by kbb at 17:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

戦国自衛隊-半村良

「戦国自衛隊」 半村良

戦国自衛隊こんにちは。とうとう大晦日ですね。
今年もどこかのテレビ局で忠臣蔵をやるんでしょうかね。毎年恒例のことですから、どこかでやっていないと心配になっちゃいますよね。自分のところだけ違う番組をやっているんじゃないかしら、ってね。

さて「戦国自衛隊」、半村良です。「戦国自衛隊」「戦国自衛隊1549」として二度も映画化されていますね。二度も映画化されているのだから、人を惹きつける魅力がどこかしらあるのだろうと手にとってみました。

大規模演習中の自衛隊のある部隊が哨戒挺やジェットへりなどの最新の装備をもったままタイムスリップした。時は戦国時代。しかし上杉謙信となっているはずの長尾影虎がただの雇われ武将でいるなど、知っているはずの歴史とは少しずつ異なっている。どうせ男なら天下をめざしてみよう、と最新兵器と現代戦略を駆使し天下を平定していく。彼らがタイムスリップという劇薬によって歴史から要請された目的はなんだったのか。

っていうあらすじです。誰もが興味をもつような、この世界の兵器を過去の時点にもっていったらどうなるか、っていうシュミレーションのように楽しめましたね。ジュラシックパークは過去を現在にタイムスリップさせてきたように思えますが、それも同系の作品だといえるのかもしれないですね。

忠臣蔵の世界に機関銃を持った警備兵がいたりしたら忠臣蔵のお話はありえないことだったのだから、そんな想像してもつまらないことになっちゃうかもしれないですね。でも四十七士の方も小銃に手榴弾なんかをもって吉良邸にのりこんでいっちゃったりして。そうなったらあんな12時間もやるようなドラマにならなくて、小学生が親につきあわされていやになっちゃうこともなかったかもしれないですね。

自分のところのテレビだけ忠臣蔵が映っていないのかと心配になっていましたけど、どうやら今年の大晦日にはやらないみたいですね。その代わりといっちゃなんですけど格闘技ばっかりになった最近の大晦日の番組は見る物がなくなっっちゃいましたね。みんなそんなに血がみたいのでしょうかねぇ。




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posted by kbb at 16:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ハ行

2008年12月29日

ななつのこ-加納朋子

「ななつのこ」 加納朋子

ななつのここんにちは。とうとう29日ですね。年賀状も書き終わって、忘年会の予定もすべてこなしたあとは新しい年を静かに待つだけですね。テレビも相変わらずお笑い番組だらけっていうのも例年通りの日本のようで安心ですね。今年の反省でもしながら新しい年を待つことにしましょう。

さて「ななつのこ」、加納朋子です。加納朋子のデビュー作です。
「ななつのこ」という本の作者に駒子がファンレターをだすところから始まるこの物語。作者と駒子のやりとりの中で駒子が遭遇した日常の謎を提示し、それを解き明かしてみる作者。殺人や強盗なんていうのは起こらないけれど、日常に潜む不思議さがよく描かれています。ロマンスもあり微笑ましい情景も書かれていて、飽きさせないつくりになっていました。
小説のタイトルと同じ小説が劇中作として登場していてその作者とのやりとりを全体の作者である加納朋子が考え出している。だんだん頭が混乱してきました。

こんなに手の込んだ作品を破綻なく考え出せるって言うのはすごいですよね。書き上がっていく内にどんどんうれしくなっていくんだろうなぁって想像しながら読んでいました。
駒子の性格描写も物語に引き込まれた原因ですかね。こんなに素敵な女の子がまわりにいたら忘年会もなにもかもほっぽりだして、デートに誘いまくるのになぁ。
加納朋子の描く女の子が魅力的なのは、加納朋子自身が魅力的なんだろうなぁって思っちゃいます。これはただのファン心理なんでしょうかね。

加納朋子にファンレターを出して聞いてみようかしらね。

さて、新しい年を静かに待っているだけじゃつまらないので、いつも通り本を読むことにでもしましょうか。あと三日。何冊の本が読めますかねぇ。まぁ積ん読が100冊近くあるので、読む本には困ることはないんですけどねぇ。




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posted by kbb at 16:29 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ カ行

2008年12月28日

スモールトーク-絲山秋子

「スモールトーク」 絲山秋子

スモールトークこんにちは。
またやってしまいました。例年のことですが、今年のいやなことを忘れるはずの忘年会でまたもや忘れられないポカをやっちゃいました。もう俺ってだめだなぁ、なんて酒が覚めてから思い始めてもおそいんですよね。だいたい反省するなら最初からやらなければいいんですけど、アルコールが入るといつもわすれちゃうんです。だめなやつですねぇ、おれは。

絲山秋子、「スモールトーク」です。タイトルは「小話」ぐらいの意味なんでしょうかね。
場違いなほど美しくいかがわしい車がいっぱい登場してくるこの作品。車についての小話が7編収録されています。

どれもこれも外車で知らないような高そうな車ばっかりでてくるんですけど、さすが絲山秋子です。どの車も乗ってみたい!って思わせてくれるようなお話になっています。

あらすじとしては、そんな車で突然現れた昔の男と、男の車に惹かれてやっぱり会ってしまう女の話です。売れっ子の音楽プロデューサーとなった昔の男は毎月高級車を買い変えるようになり、女が昔からあこがれていた車もポンと買ってしまうようになっている。

そんな男いるのかなぁ、なんて思いつつも男の行動力がうらやましくてどんどん物語に引き込まれていきます。

巻末には絲山秋子の会社員時代の車についてのエッセイも収録されていて絲山秋子ファンにはお買い得の一冊でした。久しぶりに酒を飲まずに、車を飛ばして海でも見に行きたくなっちゃいました。

今日みたいに落ち込んでいる時はとびっきり躁な感じの文章がいいですね。森見登美彦とか、絲山秋子のようなリズム感があってなおかつ滅茶苦茶明るい作品が心地いいですね。さて、今日も忘年会です。うちで鍋をやるんですけど、今日は二人です。二人ならそんなに羽目をはずしてしまうことはないでしょう。今日の反省を生かすべくがんばります。




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posted by kbb at 17:41 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 絲山秋子

2008年12月27日

コイノカオリ-アンソロジー

「コイノカオリ」 角田光代 島本理生 栗田有起 生田紗代 宮下奈都 井上荒野

コイノカオリこんにちは。

今日は友人と忘年会の予定です。14人集まってどんちゃんさわぎです、ってお店には迷惑なだけですね。今日はデンマーク在住の友人も来てくれることになっています。毎回誕生日会でサプライズを演出してきたわけですが、今日のターゲットはその友人です。僕ともう一人とで三人しか集まらないと思っているその子をみんなの待っているお店へと案内していきます。その時の彼女のびっくりして、少し照れた笑顔を想像するとこちらの顔まで、にまぁ、ってなってしまいます。

さて、「コイノカオリ」です。女性作家六人によるアンソロジーになっています。今年の直木賞の井上荒野や僕の好きな島本理生、角田光代などの作品も収録されていて、楽しみな作品でした。生田紗代の「オアシス」以外に初めてみた作品だったので、それも楽しみでした。

不倫というか自由恋愛というか、そういうのをテーマとする井上荒野はいつものことでしたし、母の元恋人とデートする女の子の話の角田光代もいつものようで安心ですし、定時制高校での年齢差のあるカップルを描いた島本理生も楽しませてもらいましたけど、今回のアンソロジーでの収穫は栗田有起でした。
"泣きっ面にハニー"という作品です。もうこのタイトルだけでやられちゃいそうでしょ?
物語はといえば、マッサージルーム「密の味」での出来事。父さんの会社が倒産し、ってつまらないことをいいながらも家計を助けるために手に職をつけることを決めた女子高生、繭子。元風俗店でマッサージの技術を教わりながら成長していく繭子が描かれています。

鍋や釜もなくなってしまった四畳半に住む家族を描きながら、最後には家族がいるんだから大丈夫って思わせてくれるお話になっています。そして何がいいって物語のテンポがいい。今時の女の子のような言葉を使いながら古くさい言葉も使うような会話にいつまでも引き込まれてしまいながら物語の世界にどっぷりはまれます。
最後はちょっとほろっとさせられたりして、ひさしぶりにはまりそうな作家さんを見つけられました。

こういうのがあるからアンソロジーを読むのをやめられないんですよね。
さっそく彼女の作品を買ってこよう、そう決めたわけですけど、今日も14人なんて大人数で満足な時間みんなとお話することはできないだろうけど、仕事帰りに一緒に飲んでくれるような人を一人ぐらい見つけられるようにがんばってきます。まぁがんばるようなことじゃないんですけどね。自分が幹事なわけですし(笑)。






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posted by kbb at 15:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | アンソロジー

客室乗務員は見た!-伊集院憲弘

「客室乗務員は見た!」 伊集院憲弘

客室乗務員は見た!こんにちは。

小学校のときの夏休みの宿題のように最後の帳尻を合わせるかのように更新していますけどお許しを。

さて、僕の働いているところは昨日で仕事納めでした。というわけで酔っぱらって帰ってきたわけですが、まだ仕事納めになっていないよーって人もいますよね。がんばってくださいねー。

今年の海外旅行者数は不況のあおりを受けて例年よりも少なくなるみたいですね。せっかくの円高なのにもったいないですよね。僕が韓国に行って来たときよりも円高が進んでいますものね。免税のタバコがあのころより安く買えるのかと思うとうらやましい限りです、ってタバコよりもバッグや財布の方がいいって人の方が多いんでしょうけどね。

さて、「客室乗務員は見た!」、伊集院憲弘です。韓国に行ったときの帰りの飛行機で、「ありがとう」と韓国語で言ったら韓国人のスチュワーデスさんに「きれいな発音ね」と言われて舞い上がってしまいましたけど、スチュワーデスさんってきれいな人がおおいですよね。

そんな人たちが甲斐甲斐しく飲み物や食べ物をサービスしてくれる機内です。僕なんかは遠くで眺めて楽しんでいるだけなんですけど、彼女、彼らにしてみれば困ったお客さんも多いみたいです。トイレでの喫煙や客室乗務員への暴力。子供か!?って思わせるような行動をとるお客さんも多いみたいです。

JALの客室乗務員をしていた著者がそんなお客さんと出会った時のエピソードがいっぱい書いてあります。

困ったお客さんは陸にいようが空にいようが困った物ですけど、機内で出産という困ったというよりかは緊迫した状況というものもあるようで、今までに二回ほどあったそうです。その時のエピソードも書かれているのですけど、これは涙なくしては読めないぐらい感動してしまいました。

産気づいた言葉の通じない中国人の乗客のために、ファーストクラスの一席をあけ、機内で医者や看護士を捜し、言葉を通訳できる人を連れてきて、救急キットから使える物を用意して、さらに機内食用のお湯やらなんやらを用意し、そして機内提供用のウイスキーで手を消毒して子供を取り上げる。

一番最初のスチュワーデスの応募用件は身長でも体重でも顔でもなくて、看護士の資格だったそうですね。こういう事は想定していないだろうけど、機内にいるたかだか300人ぐらいの人しか頼れないところで全ての状況に対処しなきゃいけないのは、とっても心細いでしょうね。

機内で出産し、無事に病院に搬送されたことを機内放送で伝えたら乗客から拍手がわき起こったそうです。みんなが一緒になっていたってことなんでしょうね。そんな風に祈っているのだから無事に生まれないはずがないですね。

今これを書いていても涙腺がびくびくしています。困った物です。
こんな風にがんばっている客室乗務員のみなさんなんだから、海外旅行に行くときはスチュワーデスさんのきれいな足と素敵な笑顔ににデレデレするぐらいにして、困らせるようなことはしないようにしましょうね。



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posted by kbb at 14:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

いま、会いにゆきます-市川拓司

「いま、会いにゆきます」 市川拓司

いま、会いにゆきますこんにちは。

先日家に帰ろうと電車に乗ろうとしていました。扉があいた電車から突然五歳ぐらいの男の子が飛び出してきました。その後ろからお母さんが「たーいむ!!」と大きな声で言ったらその子が急ブレーキをかけて止まりました。その二人のやりとりが微笑ましくて、さらにお母さんの「たーいむ!!」っていう言い方がとってもかわいくて、少し和ませていただきました。ありがとう。

さて、「いま、会いにゆきます」市川拓司です。
数年前に映画がすっごい話題になりましたね。今更この本を手に取るなんて相変わらず時代に乗れていないkbbですね。

記憶がテーマのこの作品。
病気のせいで記憶力の弱い父親、たっくん。6歳の息子佑司。そして佑司が5歳の時になくなった母親、澪。佑司は自分が原因で母が死んだと思いこんでいる。
澪は死ぬときに、雨が降る季節になったら戻ってくる、と言っていた。そして本当に戻ってきた。たっくんと佑司と記憶をなくしたかに見える澪の生活が再度はじまる。そして雨が降る季節が終わったら澪は戻っていってしまう。

そんなお話です。最後にあっといわせる仕掛けがあって最後まで楽しめる作品です。

それにしても記憶です。その人が存在しなくなっても、人の心の中にはその人は生き続ける。そして記憶の中に存在している限りその人は存在すると言えるのではないか。そんな風に考えますね。そんなことを「アーカイブ星」という舞台で説明しようとしている市川拓司。うまいなぁって思わせてくれます。アーカイブ星は死んだ人が行く星。地球の誰かの心の中に記憶されているかぎりその星に暮らすことができる。
たっくんは佑司に言う。
僕が死んだ時にアーカイブ星で澪に会えるように、佑司はお母さんのこといつまでも忘れちゃだめだよ。
忘れるわけなんかないじゃないですかね。
輪郭や声や細かいことは忘れてしまっても、存在は決して忘れるわけがない。そう思います。

母親が戻っていったあとで佑司はどんな風に成長していくのかって、いろいろ考えさせてもらえる素敵お話になっていました。肉親が亡くなってしまってすぐの人が読めばただつらいだけかもしれないけれど、亡くなってしばらくした人ならとても共感してしまうようなお話になっていると思うな。
なんか何を言っているのかよくわからないですね。昨日のお酒は抜けたはずなのになぁ。



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2008年12月23日

サラダ記念日-俵万智

「サラダ記念日」 俵万智

サラダ記念日「この味がいいね」と君が言ったから十二月十三日は鍋記念日

おはようございます。
おとといはあんなに暖かかったのに、今日はとっても寒いですね。布団から出るのがいやになっちゃいます。でも、考えてみるとたった一日暖かかっただけですし、今日の寒さの方が本当の冬のはずなんですけどね。僕がバカだからたった一日で騙されてしまったことだってことなのでしょうね。

さて、「サラダ記念日」。俵万智の歌集です。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

と有名なこの作品集ですが読んだことがなかったのですが、先日の枡野浩一の「君の鳥は歌を歌える」に出てきたので気を留めていたら本屋さんで見つけちゃいました。きっといつもあったのにまったく気が付かなかったのでしょうね。

枡野浩一も言っていましたけど、五七五七七調になっているのに、言葉の切れ目とリズムの切れ目があっていないんですね。上の歌もそうですしね。でもそれが全然不自然じゃないと思うのは、最近のヒット曲が全てそうだからでしょうかね。宇多田ヒカルの曲なんてほとんどそうですものね。

捨てるかもしれない写真を何枚も真面目にとっている九十九里

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

唐突に君のジョークを思い出しにんまりとする人ごみの中

もっともっといいなぁと思う歌がいっぱいあったのですけど、それを全部ここに書き出していたらキリがないのでやめておきましょう。素敵だなぁなんてたった31文字に簡単に騙されてしまう僕ですけど、日本語にとってみれば31文字は決して少ない数字じゃないのかもしれないですね。

冒頭の歌は先日うちで鍋パーティーをやったときに「サラダ記念日」をふまえて詠んでみたのですけど周りの評価も芳しくなかったものです。語呂もわるいし、鍋じゃあ全然おしゃれじゃないですものね。「サラダ」じゃなかったらこの歌もここまで有名になることもなかったかもしれないですね。まぁ僕にはサラダよりも鍋の方がお似合いかもしれないですけどね。



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2008年12月21日

約束-石田衣良

「約束」 石田衣良

約束こんばんは。

今年の垢は今年の内にとよくいいますけど、最近更新をさぼっているおかげで机の横に8冊の本が貯まっています。というわけでこの本たちの感想は今年中に書ければいいなぁ。

っていうかもう、今年も終わりですね。今年獲得したものは何かって考えてみるのですけど何があったかなぁ、と頭を抱えてしまいます。また今年もだらだらと過ごしてしまった、と毎年反省する意味って実はあまりないかもしれないですね。まぁ生きているだけで幸せなんでしょう。おかげでいっぱい本も読めますしね。

さて、「約束」石田衣良です。久しぶりの石田衣良でした。「喪失」したものからの「脱却」がテーマとなっている短編集です。あとがきによると小学校での事件が引き金となってこの作品を書こうと思い立ったとのことでした。

石田衣良は少しクサすぎて敬遠していた部分もあったけど、この人って本当にイイ人なんだろうなぁって思います。人柄がよく伝わってきますね。泣かしてやろうなんて思わずに、でもいつのまにかそういう作品ができてしまうんでしょうね。所々でてくるクサイ言葉も決してそういう効果をねらっているわけじゃなくて、本当に自分がそう信じている言葉を書いているだけなんでしょうね。

7つの作品が収録されているのですけど、一番すきだったのは"ハーフストーン"という作品。

研吾は小学生。ある日脳に腫瘍が見つかる。手術で摘出することになったのだけれど、それでも五年生存率は6割しかない。そんな研吾の無事を祈って入院した日から研吾の祖父が握っていたものが小石。それに願掛けをして研吾の無事を祈っていた。その祖父も心臓発作で倒れてしまう。

って感じのお話なんですけど、誰かが誰かのために祈り続けるっていうのはなかなかできることじゃないですよね。人間は自分に甘いですもの。でもそれを乗り越えて祈り続けた思いっていうのはきっと、いや絶対届くはずです。

一度「喪失」を経験してもきっと何度もやり直せるのが人生なんでしょうね。僕みたいに何度も同じ過ちを繰り返すのもどうかと思いますけど、それでもいつまでもそれを悔やんでいないで、新しい何かのために動き続けないといけないですね。




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2008年12月18日

嫌われ松子の一生 上下-山田宗樹

「嫌われ松子の一生 上」
「嫌われ松子の一生 下」 山田宗樹

嫌われ松子の一生 上嫌われ松子の一生 下こんばんは。
先日フットサルで足首を捻挫した、と書きましたけど、それがいつまでも治らなくてだんだん不安になってきました。一応朝晩湿布を取り替えているのですけど、全然よくならない。捻挫なんて今まで二日もすれば治っていたのですけど、やっぱり病院にいって見てもらわないとだめですかね。捻挫はくせになるっていいますからちゃんとなおしたいのですけどね。左足に体重をかけないように歩いているのですけど、だんだん普通の歩き方というものを忘れかけています。変な歩き方がくせになるのもいやだなぁ。歩くときは大きな歩幅で背筋を伸ばして歩くように心がけていたのですけど、最近は背中も丸まっちゃっています。手の小指をけがしたときなんかに思いますけど、普段何気なくやっている行動でも体中を使ってやっているんですね。

さて、「嫌われ松子の一生」です。なんか本が楽しめない最近、おもいっきり物語にはまってみたいと思い上下巻ならそれなりに物語があるだろうと思い開いたのがこれでした。今思えば、そういう理由なら「銀河英雄伝説」全10巻や「ロードオブザリング」全10巻を再読してもよかったのかしら。

まぁそんなわけで読み始めたのですけど、これがまたおもしろくていつまでも本を閉じることができず睡眠不足になるという悪循環をもたらしてくれました。「ランチブッフェ」より全然よかったってことはこの作家さんは長い文章で力を発揮する人なのかもしれないですね。

主人公の松子は中学教師だった。しかし、その教師生活で起こった修学旅行中の盗難事件から人生が狂っていく。試みた軌道修正もすべてがうまくいかず、最後には壮絶な死を迎える。
そんな彼女の人生をなぞるように松子の人生を調べはじめたのは松子の甥。松子の存在すら知らなかった彼は松子の人生を調べていくうちにそれが他人事には思えなくなってくる。

松子の人生も足首を捻挫したようなものだったのかもしれないですね。その左足がいつまでも治らず左足をかばうように歩いていたら普通の歩き方を忘れてしまった。ふとしたきっかけで治ったと思っていた左足も癖になった捻挫を繰り返す。そうやって彼女はとうとう歩くことすらできなくなってしまったのかもしれない。

この物語は確かに陳腐かもしれない。
田舎を追われるようにして出てきた女が風俗で働き、男に騙され、刑務所に入り悲惨な最期を遂げる。
こんな一文であらすじをまとめられちゃうような物語だけど、でも彼女が踏み外したちょっとしたきっかけはどこにでも落ちている。楽しいフットサル競技場の片隅かなんかに。

この作品の続きが出版されているようで気になっています。甥と、別れてしまった彼の彼女のその後が書かれているようですね。今度探してみようっと。





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吉祥寺幸荘物語-花村萬月

「吉祥寺幸荘物語」 花村萬月

吉祥寺幸荘物語こんばんは。

最近なんだか人と話すのが辛いです。まぁいつものことなんですけどね。人と飲みに行ってもちょっとした沈黙に耐えられなくて、無理矢理話題をつくろうとするのですけど、その話題が唐突であったりつまらないものであったりと逆にしらけさせることになってしまう気がします。一番最悪なのが、その場にいる人を貶めるような言葉を言ってしまうこと。決してその人が嫌いなわけでもいじめようと思っているわけでもないのに、安易にそういう言葉を吐いてしまう自分がいる。人をけなさないと笑いがとれないのって自分が一番嫌いな最近のお笑い芸人の典型じゃないですかね。

って、もう言ってしまった言葉についてこんなところで懺悔している自分はもっとかっこわるいと思いますけどね。

でもこれって結局自分が中学生の子供のようにいつまでも過剰な自意識、自尊心を持てあましているからなのかもしれないですね。別に少しぐらいの沈黙があったっていいのにね。誰もおまえになんて期待していないって。

さて、そんな自尊心を同じように持てあましている吉岡君が主人公の物語。吉岡君はバイトをしながらかつかつの生活をしている。それもこれも小説家になるためだ。そして童貞でもある。音楽家やカメラマンの卵がせまい部屋で生活する。そんな場所が幸荘だ。
音楽家の卵の吉岡君の彼女がとびっきり美人の女の子を紹介してくれても何を話していいかわからず、しかも喫茶店で二時間ももたず帰してしまう。円町君がそんな僕をソープランドに連れて行ってくれた。初めて触れた女の子。自分に自信を持たせてくれた女の子。そうやって僕は小説家という夢に向かって突き進む。

そうそう、昔は僕もこうだった。何を話していいかわからずに何も話せずにいて、哀れむような目をした女の子が「そろそろ帰るね」と言うのを何も言えずに見送っていた。今じゃ何を言っていいのかわからなくて、よけいなことしか言えなくなってしまう。何も言わないのと、よけいなことをいうのとどっちがいいのでしょうかね。

そうそう、この作品。吉祥寺が舞台なんですけど、サトウのメンチカツやら井の頭公園やら慣れ親しんだ場所がいっぱいでてきて物語に簡単にはいりこめました。吉祥寺周辺に住んでいる人なら同じように物語を楽しめるのじゃないかしらね。

だけどこの作品、文庫化されたときにタイトルを変えたようでタイトルから「吉祥寺」の文字がなくなっています。まぁ吉祥寺はそんなに重要なキーワードじゃないですからでしょうね。この作品の作者、花村萬月がどっかの新人賞の講評で、おれならもっとおもしろいものを書けるなんて言っていたのですけど、言うだけのことはありますね。今度は元気なときに読んでみたいなぁ。


幸荘物語


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2008年12月14日

ドライブイン蒲生-伊藤たかみ

「ドライブイン蒲生」 伊藤たかみ

ドライブイン蒲生こんばんは。
金曜日に会社の人とフットサルに行って来たのですけど、アップも終わってさぁがんばろうと、ボールを追いかけていたら、一試合目に足首をひねってしまいました。足を着くこともできずその後はずっと見学なんて、なにしにいったのかわからない感じになっちゃいました。運動不足なんでしょうね、きっと。

さて、初伊藤たかみです。最近本屋さんにいくと、いくつも本がでているので売れている作家さんなんでしょうね。

表題作他3作が収録されています。どれも変な家族に振り回される人が主人公です。といっても、その人自身も少しおかしいって感じですかね。

どれもなかなかよかったのですけど、一番心に残ったのは「ジャトーミン」という短編でした。
「ジャトーミン」とは「蛇冬眠」と書く。父親の俳号だけど、父が俳句をつくっているところを見たことがない。で始まる物語。
ある日病床の父親の耳から小さいカプセルがでてきた、と妹が言ってきた。柔らかそうなそのカプセルをあけてみたいと思う僕は妹に賭を申し出た。賭に負けた罰は釣り合った物でなくてはならない、という父親の教え通り、賭に負けたらそのカプセルを耳に入れるように妹は僕に言った。
賭に負けた僕はそのカプセルを耳の中にいれることになる。父親の分身とも言えるそのカプセルを耳にいれて、僕はこれから生きていく。

そんなお話なんですけど、子供からみて全然かっこよくない父親でもやっぱりかけがえのないものってことなんでしょうね。

30を過ぎてから無性に子供が欲しくてたまらなくなるときがあります。自分の人生を子供という証として遺したいってことなんでしょうかね。といって自分の人生もままならないのに、子供という他人の人生に責任を負うことなんてできないのでしょうけどね。

子供ができたとしても、フットサルの一試合目で足首をくじいて動けなくなるような父親はかっこわるくて無視されちゃうかもしれないですね。そんな父親でも子供は優しくしてくれるものなのでしょうかね。




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posted by kbb at 18:52 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

2008年12月10日

君の鳥は歌を歌える-枡野浩一

「君の鳥は歌を歌える」 枡野浩一

君の鳥は歌を歌えるこんばんは。

韓国語の勉強を始めたと以前書きましたけど、とりあえず初学者向けの本を読みはじめました。日本語の50音に対応させたハングルの表なんかも見つけて自分の名前を書いて喜んでいます。英語を最初に勉強したときもそうやって喜んでいたなぁ、なんて遠い昔のことのように思い出してしまいました。しかし、外国語って使う機会がなかなかないからすぐに飽きちゃうんですよね。って思っていたらよく行く飲み屋に韓国人のアルバイトさんがはいったことをこの間行って知りました。これで韓国語を使う機会もできて、韓国語を勉強し続けるモチベーションが得られてうれしいかぎりです。昨日もそのお店にいき、あいも変わらず「こんばんは」と「ありがとう」だけ韓国語でいい、酔っぱらった帰り際に「ごちそうさま」ってなんていうんだっけ?と前回とまったく進歩していませんでした。これじゃあ覚える気がないと思われちゃいますよね。次行くまでにもう一つぐらい気の利いた言葉を覚えていくことにします。

さて、枡野浩一「君の鳥は歌を歌える」です。小説や映画、舞台、はたまた川柳や短歌まで様々なものを枡野浩一による短歌に仕立て直してしまおうという実験的作品です。「鳩よ!」という雑誌で連載されていたそうです。

さてタイトルの「君の鳥は歌を歌える」ですが、ビートルズの「And your bird can sing」という曲から取ってきたようです。ネットで検索して聞いてみたのですけど、短くて悲しくて希望にあふれた歌ですね。ついつい考えさせられてしまいます。自分は
You tell me that you've got everything you want.
と言ってるyouの方なのか
But you don't get me, you don't get me.
と言ってあげている方なのか。そして
I'll be round.
と言ってあげることができるのか。

そんなやつ放っておけよって言いそうな気がしてしまうのが悲しいです。

これをタイトルにしているように枡野浩一もこの実験作が失敗だったと認めているのでしょうかね。短歌化されたほとんどがそのままのセリフであったり、ただのあらすじであったり。わざわざ短歌にする必要なかったんじゃない?って言えちゃうようなものばかりになっています。

しかし、それぞれの短歌を作る過程、それぞれの作品に関する枡野浩一の考え方。そういったことが短いエッセイで語られていて、それを読むだけの価値があります。自分の才能に酔っているような枡野浩一の文章の合間にでてくる一瞬の自信のなさ、創作過程での四苦八苦。そういったものが見えてくるなかなかおもしろい作品になっていました。

オオキトモユキという音楽家のエッセイ&コミック集「ひとりあそび」という作品にでてくる言葉「ホントの国際人は通訳にしゃべらす」に対する枡野浩一の短歌

ホントーの国際人は
通訳にしゃべらす
(NOVAになんかいかない)

というのがありました。(ほんとそのまんまでしょ?もちろんこんなのばっかりじゃないですけどね。)でもこれが本当なら国際人とはなんてつまらない人種なんでしょうかね。自分の言葉で相手に自分の気持ちを伝えたい、そうやって初めて交流が生まれると思います。国際交流なんていったって、所詮は人と人。身振り手振りだってなんとか通じてしまうものです。でもその上で相手の言っていることを理解し、自分が考えていることを自分の言葉で理解させたい。だからこそ外国語を学びたいのです。通訳を介した会話なんてのは所詮ビジネスにしかならないんでしょうね。

なんだか韓国語をもっと勉強したくなってきました。決めました。次回飲み屋に行く前に一つと言わず二つぐらい気の利いた言葉を覚えてからアルバイトの韓国人と会話しよう。30の手習いですががんばります。




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posted by kbb at 23:05 | 東京 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | 枡野浩一

2008年12月07日

視えずの魚-明石散人

「視えずの魚」 明石散人

視えずの魚こんばんは。
昨日のニュースで見たのですけど、写楽が扇に書いた肉筆画がギリシャの美術館で見つかったそうですね。(って今ネットで調べたらもう半年くらい前のお話だったようです。)こんな長い間誰にも写楽作だって気づかれなかった作品もすごいですけど、それを収蔵していた美術館もすごいですね。誰のだかわからないから、捨てちゃえってならないのはやっぱり美術品としての価値があったからなんでしょうかね。

さて、そんな写楽がテーマの小説「視えずの魚」です。作者自身が探偵となって写楽の肉筆画を探しにいくって感じの大筋に、やくざの麻雀やらドイツのオークションやら、なんやかやが詰まっていてなかなかおもしろく仕上がっています。

この作者、なかなか理屈好きのようで、理屈っぽいって言われる僕でもすこし辟易としてしまう文章も多かったのですけど、我慢しながら読んでいるとなるほどと納得できるので、まぁ許せるのでしょうかね。

さてそんな彼の理屈でも一番納得できたのが、恋愛について彼が語るところ。

男と女は出会ったときが一番おもしろい。恋愛を始めてしまえば、必ず終わりが来てしまうのだから始めることなんてしない方がいい。

もし目の前の女を抱くのに障害があるのなら妄想すればいい。妄想と実行、この二つは同じようなものだから。

なるほど、って感じですよね。
一つ目のも二つ目のもなるほどって感じでしょ。でもこれって人は本能的にわかっているんじゃないかしらね。だから恋と愛の違いもわからないような高校生でも振られたら今までと関係が変わってしまう。今までと同じような関係ではいられない。だから告白なんて到底できないって考えて告白するのに思いっきり勇気がいるんですよね。これって、振られるにしろつきあうにしろ、恋愛が始まってしまったらその時点で二人の関係がまったく異なってしまうことをわかっているからそう思うのじゃないでしょうかね。始まりのある物には必ず終わりがある。恋愛に限らずなんでもそうなんですよね。
友人と飲み始めてもいつか解散しなければならない、なんていつもそれが寂しいなぁって思ってしまうので飲み始めからはしゃいでしまうのですけど、それもきっとそういう理由からなんでしょうね。

こんなことが理屈っぽくいくつも書いてあるのですけど、僕の説明じゃ全然説得されない人多数だと思うので興味を持った人はぜひぜひ読んでみてくださいな。

でも、人に何かを説明するのって本当に難しいですよね。冒頭の写楽の肉筆画もこれは写楽の書いた物だってどうやってみんなに納得させたんでしょうかね。まぁ世の中のすべてがひっくり返されることが前提の仮説だっていいますし、そういう仮説の上に成り立っている不確かな世の中がおもしろいってことなのかもしれないですね。全部が決まっている世の中だと居場所がなくなっちゃいますものね。




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posted by kbb at 03:04 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

2008年12月06日

そして扉が閉ざされた-岡嶋二人

「そして扉が閉ざされた」 岡嶋二人

そして扉が閉ざされたこんにちは。

同僚に毎朝いろんな飲み物を飲みながら喫煙室に入ってくる人がいます。ある日はウーロン茶、ある日はコンビニで売っているスターバックスのカフェオレ、ある日は野菜生活などなど。野菜生活飲むぐらいなら、それに入っている野菜を別々に食べたいなんて思ってしまうのですけど、その人はカロリーメイトも大好きで、午前中に仕事をしながら二、三本食べているようです。一本で一食分の栄養素がとれるなんて言われてもそれだけを食べて本当に生活できるものなのでしょうかね。三日もしたら枯れていく植物のようにしなびた人間ができそうな気がします。

さて、岡嶋二人です。「そして扉が閉ざされた」。

雄一が目を覚ましてみるとそこは見覚えのない部屋だった。そこに男二人、女二人が閉じこめられていた。誰もがどうやってここに来たのか覚えていない。そこから始まる物語です。
四人は三ヶ月前にある別荘で一緒に過ごしたことがある。そしてその別荘で思い出したくもない事件が起こる。雄一の恋人が崖から車ごと落ちて亡くなってしまうのだ。
どうやら彼らが閉じこめられていたのは核シェルター。3メートルのコンクリートで覆われているその核シェルターに10日分のカロリーメイトと水だけが置かれている。彼らは疑心暗鬼になりながらその事件の核心にせまっていく。

って感じのお話なわけです。核シェルターに閉じこめられて昼も夜もないような生活を強いられているだけでも発狂しそうなのに、そこにある食料がカロリーメイトと水だけっていうのもいやですね。もちろん贅沢は言っていられないような四人ですけど、ロボットが電気で充電するように栄養素を体に補給することで生きながらえるっていうのもいやだなぁ。

そういう食品をつくろうって最初に考えた人っていうのは、そういうことを考えなかったのでしょうかね。人間が一番動物らしいのってご飯を食べているときって思うのですけどどうなんでしょうかね。まぁいまだに売っているってことはそれなりに需要があるってことなんでしょうけどね。やっぱりいろんな食品から少しずつ栄養素をとりたいって思う僕は贅沢ものなのかもしれないですね。



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posted by kbb at 13:05 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 岡嶋二人

2008年12月04日

現代語訳 徒然草-吉田兼好 佐藤春夫訳

「現代語訳 徒然草」 吉田兼好 佐藤春夫訳

徒然草こんばんは。
今日電車の中で本を読んでいたら小学生四人組の会話が聞こえてきました。その中で中心となっているような男の子が
「相対性理論なんてまともに説明できる人は世界に何人もいない。」
と言い出しました。なんでもいいから説明してみろよ、なんて周りの子に言われてその子は光の速度と質量の関係から話し始めて、ブラックホールのまわりで起こっていることなどを話はじめました。その説明がなかなかわかりやすくて、僕はうんうんなんて頷きながら聞いていました。きっと彼は20年ぐらい経つと相対性理論をまともに説明できるような大人になるのかもしれないなぁ、なんて思いながら。

さて、30になって最初に読んだのが本書、徒然草です。佐藤春夫訳は名訳だから読んでおけなんてどっかに書かれていたのを信じて買っておいて、30の記念に読んでみました。

徒然なるままにやうやうしろくなりゆく山ぎは

なんて古文の授業中に起きていたことのなかった僕はそらんじていたのですけど、全然違うんですね。

つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

で始まる有名な作品ですね。何人の高校生がこれを覚えられなくて古文の先生に怒られたことでしょうか。川上弘美のセンセイはこんな風に怒りはしないでしょうけどね。

これを佐藤春夫はこう訳しています。

鬱屈のあまり一日じゅう硯にむかって、心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考えをあれこれと書きつけてみたが、変に気違いじみたものである。
こんな意味だっったんですねぇ。知らなかった。

で、彼の心を浮かびすぎていくものと言えば、結局彼の周りの人間のことが多い気がしました。これじゃあ朝からやってるワイドショーと一緒じゃんと思いつつ、結局人間が一番関心のあることは自分のまわりの人間以上のものではないのかもしれないですね。
もちろん仏の教えなんかも書いているわけですけど、それよりもユーモアたっぷりに書かれた人間観察の方が僕にとっても心に残っていたということなんでしょうかね。

まぁ読んで損は無かったかなぁぐらいでしたけど、徒然なるままに書かれたものならしょうがないですよね。

一番笑えたのがこの箇所
思うところは言ってしまわないと気もちが悪いから、筆にまかせた。つまらぬ遊びごとで破き捨てるつもりのものだから、人がみるはずもあるまい。


なんて文章を何百年もあとの僕が読んでいるのってなんだかおかしいですよね。なんの事情があって破り捨てることができなかったのか気になりますね。

徒然なるままに、とうとう30の大台に乗っちゃいましたけど、これからも徒然なるままにいくつまでも若くいようそう決心しているわけです。まぁ若さなんてのは気持ち次第でしかないものですものね。




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posted by kbb at 23:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

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