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2009年02月28日

世界中が雨だったら-市川拓司

「世界中が雨だったら」 市川拓司

世界中が雨だったらこんにちは。

就職活動っていろんなことを教えてくれますね。実は自分がネクタイの結び方を知らなかったことを教えてくれたり、更級日記の作者が菅原なんとかさんだって教えてくれたり、how many times 〜をhow often 〜で書き換えられることを教えてくれたり。

さて、市川拓司「世界中が雨だったら」です。三編の短編が収められています。恋愛小説ばっかり書いているように思える市川拓司ですが、これに収められている三編は恋愛小説ではありません。というよりも人間を描いています。こういう基礎があるからこそ「恋愛寫眞」「いま、会いにゆきます」などの恋愛小説を買いても人間がしっかり描けるのでしょうけどね。

"琥珀の中に"はDVがテーマ。それに至る過程、それを克服する過程、そして高校生の女の子がいかに成長していくかが描かれています。

"世界中が雨だったら"はいじめがテーマ。少し自閉気味の男の子がいじめられて、それにいかに対応したかが描かれている。

"循環不安"は神経症気味の男がいかに今までの自分にうち勝っていくかを描いている。

と、きれいにまとめましたけど、それらが容赦なく描かれているのも特徴なのかもしれない。ひどい描写がひどく、細かく、目をそむけ、ページを閉じてしまいたくなるような表現で描かれている。人間のずるさ、ひどさまでもが醜く現れてくる。

"世界中が雨だったら"の彼はどこかしら「いま、会いにゆきます」のたっくんのように感じられるように描かれている。もしかしたら市川拓司の優しさが、"世界中が雨だったら"のようなエンディングではない彼のエンディングを考えた結果、たっくんというキャラクターがでてきたのかもしれない。
さて、優しさだけはこの世界は生きていくのは辛いのかもしれないけれど、市川拓司のように言い続ければいいのかもしれませんね。同じように知らないことがいっぱいあっても、どんどん知る努力さえ怠らなければなんとかなりそうですよね。がんばりましょう。




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2009年02月22日

余白の愛-小川洋子

「余白の愛」 小川洋子

余白の愛こんにちは。

先日、待ち合わせをしていてしばらくハチ公前にいたのですけど、待ち合わせをしている男女の会話を聞いていて思ったことがありました。

男) 待った!?
女) 大丈夫だよ。

っていう会話がそこそこで聞こえたのですけど、これって以前は

男) 待った!?
女) 全然。

っていう会話だと思ったのですけどいかがでしょうか?上のは(待ったけど怒ってないから)大丈夫だよ。っていう答えなのに対して下のは全然(待ってないよ)。ってことになると思うのですけど、どうでしょうか?

だから何って言われると困るのですけど、全然待っていないよ、って相手を気遣う言葉が減っているのが寂しいなって思っただけなんですけどね。

さて、小川洋子、「余白の愛」です。
小川洋子は何かについて偏執的に書かせたらピカ一です。この作品も指に対して病的に好きなことを表現したらこんな作品になるっていう典型かもしれないですね。

突発性難聴になったわたし。以前は貴族の住居だったホテルの隣に位置するF耳鼻咽喉科病院に入院していた。退院してから三日後、突発性難聴の患者ばかりを集めた座談会に出席するためそのホテルの一室に訪れた。Yはそこにいた。速記者として出席していたYの指に惹かれてしまう私。そこから私とYの交流がはじまる。

そんなお話です。小川洋子が描くものっていうのは香りや音など、すぐに消えてしまって手で掬うことができないもの。指や耳などの見ているはずなのに見たことすら記憶に残らないものなどがおおいですよね。そういえば「博士の愛した数式」は記憶がテーマでしたよね。それに「凍り付いた香り」は匂いがテーマでしたね。

この作品のテーマは指と耳と音。私の耳。ベートーベンの補聴器。Yの指。突然聞こえてくるヴァイオリンの音。全てが確実なのものでないからこそ、それを形あるものとして残したい。Yの指を通して。

冒頭のカップルの会話ですけど、そんな言葉を使っていたなんて当の本人達はまったく覚えていないでしょうね。でも、だからこそそういう一言一言を大切にしたいなぁなんて思います。酔っぱらっていつも後悔しているのはそういう言葉の使い方なんですけどね。こんなこと言ってますけど失敗してばかりです。




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2009年02月21日

エンジェル-石田衣良

「エンジェル」 石田衣良

エンジェル
こんにちは。

誰しもあるとは思いますけど、思い出したくないこと、考えたくもないことってありますよね。でも記憶っていうのは残酷なもので、そういうことに限ってなかなか忘れてくれないんですよね。いやになっちゃいますね。パソコンのように忘れたい記憶だけ「ゴミ箱」へ捨てるなんてことができたらいいのですけどね。

さて、石田衣良「エンジェル」です。久しぶりの石田衣良な気がしますけど、全然変わっていないですね、って当たり前ですけどね。とっても石田衣良らしい物語でした。村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が出てくるのですけど、石田衣良も貪り読んだんでしょうかね。

純一は自分が埋められている現場の上で自分がふわふわと浮いていることに気づいた。そう殺されたのだった。でも誰にどうやって殺されたのか思い出せない。むしろここ二年の記憶がない。幽霊による自分を殺した犯人探しがはじまる。

そして犯人探しの過程で美しい女優に出会う。肉体があれば恋においているのに、と果たされることのない夢を見る。その彼女が純一の記憶をなくしたきっかけだったとは思わずに。

まぁこんなお話です。

この物語を読むと、「死」というものが「リセット」にはなりえないことがわかります。この世に未練を残して死んでも生前と同じように苦しみ、悩み、恋に落ちながら肉体を持った人間には誰にも見られることなく生きていかなければならない。生前の人間と違うところは肉体があるか、ないかぐらいでしかない。たいした奇跡なんて起こすこともできない。

そしてこの物語、記憶が大きなテーマになっているのですけど、こんなセリフがでてきます。

知ることは一方通行なのです。ある事実を知ってしまうと、知らないでいる状態には決して戻れない。


自分の死の謎を追う純一にある人がいうセリフなのですけど、結局純一は知ることから逃げることはしなかった。それがいかに残酷な結末になろうとも。
でも思うのですけど、確かに残酷なこともあるけれども、知ることで幸せになることもありますよね。冒頭で思い出したくないことがたくさんあると書きましたけど、同じぐらい(と思いたい)の量の幸せな気持ちにしてくれる思い出があるはずですものね。思い出したくないことを思い出してしまったら思い出したいことを思い出せばいいのかもしれないですね。でもいい加減飽きてきてるので新しい思い出も欲しいのですけどね。



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2009年02月17日

最後の恋-三浦しをん 谷村志穂 阿川佐和子 沢村凛 柴田よしき 松尾由美 乃南アサ 角田光代

「最後の恋」 三浦しをん 谷村志穂 阿川佐和子 沢村凛 柴田よしき 松尾由美 乃南アサ 角田光代

最後の恋おはようございます。

おとといぐらいから鼻水はじゅるじゅるだし、のどはイガイガしているし、目はカユカユだしで完璧に花粉症の症状ですね。まだ二月だっていうのに、早すぎませんか?もうこんなことは今年で最後にしてほしい、そんな風に切に願います。

さて、「最後の恋」。アンソロジーです。

最後って言葉を聞くと、漠然と悲しいことやつらいことを想像してしまいますよね。最後の晩餐にはなんだか悲壮感が漂いますし、今年で終わりにして欲しいなんていうと辛いことからの解放ですし。でも、それが「最後の恋」となると180度変わるんですね。

だって、最後の恋ってことはもうそれ以上恋をする必要のないこと=生涯で最愛となる人を見つけたってことでしょ。

素敵な言葉だったんだなぁ、なんて思っています。

さて、最後の恋をテーマにしたアンソロジーです。いろんな女性作家が最後の恋について描いています。
おすすめは三浦しをんの物語。これはここでは書きませんので、どうかご自身でご確認ください。立ち読みでもそんなに時間がかからない分量なので是非。

阿川佐和子の"海辺食堂の姉妹"はなんだか映画「かもめ食堂」を思い出させます。といってもこの映画を観ていないのでわからないのですけど、こういう雰囲気の映画なんだろうかって思わせてくれるって意味ですけど。(今調べたのですけど、「かもめ食堂」の原作は群ようこでしたね。全然違っていました。ごめんなさい。)

"スケジュール"の沢村凛は多分初読なのですけど、なかなか興味深かったです。スケジュールを作るのが小さいころからの特技だった天音(あまね)。結婚への準備も恋人ができたところからスケジュールを作ってしまう。しかし生涯で初めて自分で決めたスケジュールを破ってしまう。って書けばどういうことかはだいたい想像が出来てしまうかもしれませんが、これもおもしろいので読んでみてくださいね。

一番よかったのは"LAST LOVE"柴田よしきでした。この人も初読でしたけど、他のも読んでみようと思うぐらい収穫でしたね。「ワーキングガール・ウォーズ」という広告によると「負け犬小説」を書いているようですけど、この作品もそれに近いものがあるかもしれませんね。

合コンで知り合ったテレビ局勤務の剛志とつきあって五年になる真由美。長すぎる春に決着をつけるべく、友人の結婚をだしに、それとなく聞いてみると剛志からは別れのメールが来た。好きな人がいる。次の恋を最後の恋にしたいと。自分が最後から二番目のブービーだってことに腹をたてる真由美。
そしてそれから月日が経ち、剛志が離婚したことを知る。誰と結婚したかも聞いていなかった真由美は剛志と連絡を取りランチをすることになった。

そんなあらすじなわけですが、最後に真由美もやっと最後の恋を経験できるところあたりが負け犬小説で終わっていないってことなのかもしれませんね。

さて、僕の最後の恋はいつやってくるのでしょうか。こればっかりはスケジュールのたてようもないですけどね。その前にちゃんと就職しないと女の子もよってこないですね。はい、がんばります。




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2009年02月15日

羊をめぐる冒険-村上春樹

「羊をめぐる冒険 上」
「羊をめぐる冒険 下」 村上春樹

羊をめぐる冒険 上羊をめぐる冒険 下おはようございます。

先日新宿にあるベルギービール屋さんに行ってきました。一頃流行りましたね。そこで食べた牛肉の煮込みがすっごい柔らかくて、どれだけ仕込みに時間をかけているのだろうとびっくりしました。家であれを作ったらどれぐらい時間がかかってしまうんでしょうかね。

内田樹の「村上春樹にご用心」にも書いてあったのですけど、村上春樹の作品にはご飯を食べるシーンがよく出てきますよね。しかも、スパゲッティをゆでたりトーストを焼いたりと準備を始めるところから。そして誰かとの食事はすっごい生き生きと描いているのに、一人でたべる食事はすごい味気ない。味気ないというよりすっごいまずそうに描かれている。誰かと食べる食事に勝るごちそうはないってことなのでしょうね。

それを読んでいて気づいたのですけど、「おいしい」という日本語って唇を合わせなくても発音できるんですよね。あまり美しいことではないけれど、「おいしい」っていう言葉って口の中に食べ物をいれてある状態で発音することができる言葉なんですね。口にいれた瞬間に相手に伝えたい言葉ですしね。ちょっと驚きでした。

さて、村上春樹初期三部作の最後「羊をめぐる冒険」です。ここらへんから村上春樹の作品は長編になっていきますね。話は飛びますけど、今度の村上春樹の作品は今までにないほどの大長編になるみたいですね。長ければいいってものではないと思いますけど、みるだけでげんなりしてしまいながらも手にとってしまうのだろうなぁ、なんて思っています。

僕は街に戻ることもなくなり、友人と東京で翻訳事務所をはじめる。仕事は順調で広告まで手をひろげる。妻は(村上春樹の作品らしく、やっぱり)出ていってしまう。そして仕事で出会った耳専門のモデルの女の子となかよくなる。そして冒険は鼠の手紙から始まる。鼠の送ってきた写真をつかったPR誌が右翼の大物の手によって握りつぶされ発行停止になる。そして奇妙な依頼をされる。その写真に写っている羊を探してこい、と。北海道に渡った僕は途方にくれながらも羊を探す。そしてイルカホテルで羊博士に出会う。

なんだかあらすじを書いていても突拍子もない物語のようですよね。でも、最初の二作では物語らしい物語もなく、やっとここから物語がすごいスピードで進んでいくんですよね。

この三部作でいいたかったのは結局、ちゃんとした仕事をこつこつとできる人間が一番つよい、ってことなのでしょうかね。
コツコツ翻訳をする。こまめに窓を拭く。しっかりと掃除をする。おいしくなるまでスパゲッティをゆでる。そういった雪掻き仕事のできる人間が一番強い。
読んだ直後はいつも僕にもできると思うのだけれど、だけどいつしかやらなくなっている。そしてまた村上春樹にもどる。いつもこれの繰り返しになってしまうのですけどね。

以前耳のすっごいかわいい女の子と出会いました。僕はその子を前にしてきれいな耳だね、うんぬんって話ばっかりしていたのですけど、その子はその耳がすこし大きすぎて目立つのがイヤみたいでした。きれいすぎる耳を持つ子っていうのはその人にしかわからない苦労があるんでしょうかね。

この作品にでてくる耳専門のモデルの女の子も普段は耳を隠して生活している。そして耳を出した瞬間、まわりの空気が変わる。そんな耳を持った子っていうのはやはり普段はかくして生活したくなるのかもしれないですね。村上春樹らしく、そんな単純な風には描かれていませんけどね。

耳のきれいな美人さんも今度結婚すると風の便りに聞きました。きれいな子からどんどん人のものになっていくのがなんだか寂しいですね。

そういえば昨日はバレンタインデーですね。街ではどこもチョコを配っていましたけど、チョコの嫌いな僕にバレンタイン煎餅をくれた子がいました。こういう気遣いがうれしいですよね。まぁそういう子にはもうちゃんと彼氏がいるんですけどね。まったく参ったなぁって感じです。

さて、「ダンス・ダンス・ダンス」あたりまで読み返してみようと思っているのですけど、次は「ノルウェイの森」ですかね。他のをちょこちょこ読んだあとになりますけどね。




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2009年02月14日

1973年のピンボール-村上春樹

「1973年のピンボール」 村上春樹

1973年のピンボールこんにちは。

先日中国で移植に必要な臓器を日本人が買いに行ったというニュースを見ました。その是非はともかく、それをみて気づいたことがありました。移植っていうのは全然別の個体がはいってくるのにもかかわらず、うまくいけばその臓器と移植された体は100%完璧なコミュニケーションがとれるのだということに。その臓器が日本語、中国語いや世界中のどの言語を話す人からもらったものだとしても、誤解や誤訳もない完璧なコミュニケーションがとれる。失敗するとしたら拒絶反応が起こって受け入れられないとき。all or nothingでしかない。人間は本来コミュニケーションに失敗しない体をもっていたのですね。それを失敗させるのは結局脳がよけいなことをしているからなのかもしれないですね。

さて村上春樹「1973年のピンボール」です。「風の歌を聴け」の続きものですね。三部作の中でもこれが一番好きなんです。

相変わらず鼠も僕もビールばっかり飲んでいます。でも二人が一緒に飲むシーンっていうのは回想以外にはでてきません。もう会うことはできないのでしょうかね。

やっぱりこの作品にも僕が好きになってしまったものがいっぱいでてきます。
目立ちこそしないけれど趣味のいいワンピースを着ている女の子。
スペイン語。

なぜか双子の間にはいってベッドの中で眠るっていうことは影響されなかったのですけど、かなわぬ夢だって知っていたからかもしれないですね。

結局鼠とその彼女も、僕と双子も、配電盤とその子供たちもうまくコミュニケーションを続けることができなかったから別れを迎えなければならなかったってことなのでしょうかね。

さて、「羊をめぐる冒険」です。これは上下に分かれているのでいやになっちゃいますね。「風の歌〜」と「1973年の〜」ぐらいの長さが僕は好きなんですけどね。




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2009年02月13日

風の歌を聴け-村上春樹

「風の歌を聴け」 村上春樹

風の歌を聴け18歳の頃、もう12年も経つ。そのころつきあっていた女の子が薦めてくれたのが村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」。今となってはどんな言葉でその本を薦められたのか思い出すこともできない。それまでは、(それが悪いとは思わないけれど)赤川次郎や宗田理のような時間を埋めるためだけの本しか読むことがなかった。「ダンス・ダンス・ダンス」はもちろん入りやすい、わかりやすい物語だった。でもなにかしらが心に残っているのを感じた。それ以来村上春樹の作品を貪るようにして読んだ。「ダンス・ダンス・ダンス」をすすめてくれた女の子の顔は思い出すこともできないのに。

そんなわけで「ダンス・ダンス・ダンス」の後に読んだ村上春樹のデビュー作、群像新人賞を受賞した「風の歌を聴け」です。何度も読み返す作品は村上春樹と原田宗典と川上弘美しかいないけれど、その中でも一番多く読み返している作品かもしれない。

短いお話でどこにもいかない物語。僕と鼠の一夏を描いている。ジェイズバーで過ごす毎日。介抱した小指のない女の子との交流。

内田樹の「村上春樹にご用心」で読んだ、鼠の動向に注目して読んでいたのだけれど、そんなこと途中からどうでもよくなっていって、やっぱり雰囲気を楽しむだけになってしまった。

今思えば僕は村上春樹からいろんなものの影響を受けている気がする。助手席に座って神経質そうにスカートの裾を直す女の子の仕草をかわいいと思ってみたり、ジェイズバーのような気持ちのよいバーに大学生のあいだ入り浸ってみたり。ジェイズバーほど込み合ってもいなくジュークボックスもピンボールマシンもなかったけど。

冒頭の女の子だけど、実は3年ぐらい前に築地で偶然出会ったことがあった。僕は女友達と一緒に歩いていて彼女は一人で歩いていた。雨が降っていて傘の下からのぞき込むようにお互い一言二言言葉を交わしてすれ違った。僕らの人生が二度と交わることはないとでもいうようにね。

さて、次は「1973年のピンボール」です。やっぱりこの作品でも影響を受けたものの羅列しかすることはできないのだけれどね。




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2009年02月12日

アッシュベイビー-金原ひとみ

「アッシュベイビー」 金原ひとみ

アッシュベイビーおはようございます。

最近なんだか短いスカートの女の子が多い気がしませんか?まだまだ空気は寒いのに、季節感はそれよりも一足早く来るんでしょうね。先日デンマークに住んでいる女の子から絵はがきが届いたのですけど、デンマークは氷点下の気温だけど女の子達はミニスカートを履いて外を歩き回っていると書いてありました。その子は雪だるまのような格好をしているって書いてありましたけどね。

さて、村上春樹を読もうと思っていたのですけど、ちょうど鞄に入っていたのがこれでした。「アッシュベイビー」金原ひとみです。表紙の写真が結構気持ち悪いのですけど、球体関節人形らしいです。目がないのがこわく感じてしまうのでしょうかね。暗い部屋ではあんまり見たくない写真ですね。

内容も写真に負けず劣らず金原ひとみらしく、気持ち悪い描写が直接、突然現れてきます。
キャバクラ嬢のアヤは大学時代のホクトと同棲生活をはじめた。同棲と言うよりは同居という言葉の方があっている生活だけど、同じ屋根の下で暮らしている。ホクトはアヤの部屋に入ってこようともしない。女として見られていないのだろうか。
ホクトの同僚がある日アヤの働いているキャバクラに遊びに来た。村野というその男に惚れてしまったアヤは村野のことが忘れられなくなる。
そしてホクトは家に誰の子かわからない赤ん坊を連れてきた。ホクトは小児性愛好だったのだ。

突然自分の太股にナイフを突き立てるアヤ、赤ん坊とセックスをするホクト。ニワトリやウサギとセックスをするホクト。そのニワトリやウサギを何にも考えずに殺すアヤ。

気持ち悪いというか、怖いというか。金原ひとみはこういうものを題材としてしか小説を書けないのかもしれないですね。まぁ、なくはないということで悪くはないんでしょうけどね。いつか事件を起こした僕の本棚にこの本があったらそれがワイドショーで報じられてしまうのかしらね。報じられてしまうような類の作品はいくつかあるのですけど、それがすべてその人の性向や性格を決めるわけでもないのに、ステレオタイプのように報じられるのは、わかりやすさを人が求めてしまうからなのでしょうけどね。

電車の中でつい高校生のミニスカートを眺めてしまうのですけど、僕の場合は正常な範囲内のロリコンだと思っているのですけどどうなのでしょうかね。まぁ捕まるようなことをする勇気はないですけどね。




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2009年02月11日

村上春樹にご用心-内田樹

「村上春樹にご用心」 内田樹 

村上春樹にご用心こんばんは。

目の前にあるのに見えないものっていっぱいありますね。例えば親の愛。例えば友人の言葉。例えば捨て牌に見える当たり牌。困った物です。

さて、以前「羊男のクリスマス」を読んだときに村上春樹を読み返してみよう、と書いたんですけど、その前に内田樹(たつる)の「村上春樹にご用心」を読んでみました。積んどいたまま時間ばかりたっていたものです。

内田樹のブログ「内田樹の研究室」の記事や雑誌などに寄稿した村上春樹に関する文章を集めた作品集になっています。

内田樹は仏文学者ということでフランス語訳された村上春樹の作品なども取り上げていてなかなか興味深かったのですけど、いかんせん僕はフランス語を読めないので、内田樹の分析を鵜呑みにすることしかできないのが悲しかったのですけどね。

さて、内田樹による村上春樹作品の解説というか解釈というものも載っていました。初期三部作の僕と鼠の物語ですが、彼によると、鼠は実は「風の歌を聴け」の途中から死んでいるとのことでした。死んでいるというか、僕の前から永遠に消え去っている、とでもいうのでしょうかね。そうだったかしらと目から鱗でしたよ。そんな物語だったっけなってね。

そして村上春樹作品を読むと、料理をしたくなったり、洗濯をしたくなったりと、日常の細々としたことをちゃんとやろうと、いう気になるのは、村上春樹がそういうのを意識して書いているからとのことでした。
なんとなくそういう気になっていたのは僕だけじゃなくて、しかも村上春樹が意図してやっていたことなのね、と驚きでしたね。

村上春樹作品を好きとかいいながらたいていの文章は読んでいるのだ、と自負していたのに、なんにもわかっていなかったんだなぁ、ってショックでしたね。表面的なことにとらわれていて、意図された裏の表現まで読みとれていなかった。まぁ文学研究家ではないのでしょうがないって言っちゃえばおしまいなんでしょうけどね。

文学を研究するっていうのもなかなかおもしろそうではありますね。まぁ細かいところまでちゃんと読めないといけないってことは酔っぱらいながら作品を読めないって事なんでしょうけどね。それが辛いところですね。

さて、内田樹の分析を踏まえて村上春樹本を読み直しますかね。


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2009年02月09日

真相-横山秀夫

「真相」 横山秀夫

真相こんばんは。

最近麻雀をやっても勝てないし、役満あがられるし、逆に役満をあがれなかったし、とツキがありません。バイオリズムが低下しているのかもしれませんね。この時期に何をしてもうまくいかないとは思いますけど、でも動かないといけないのがつらいところです。
毎回同じ言葉をいっている気がしますけど、もう一度。がんばるぞ。

さて、横山秀夫の「真相」です。以前読んだ「クライマーズハイ」、そして思いっきり泣かせてもらった映画「半落ち」の横山秀夫ですが、こちらは五編が収められている短編集になっています。

タイトル通り、どれも事件の奥に隠された真相が物語の中心になっています。

一番ドキドキしたのは"18番ホール"
村の村長選挙に起つことになった樫村。四年前に青年部から要請されたときには断ったのに、今回受けたのは選挙の争点が東側の山の開発の是非だからだ。現村長から後継者指名され、祖父は元村長。血筋は間違いないし、村議からの支持も厚かったはず。ところが対立候補が三人になり雲行きがあやしくなる。いらいらする樫村は周りで応援してくれている人々に当たり散らし始める。どうしても村長にならないといけないんだ。どうしても開発計画を変更しないといけないのだ。

人間こうも利己的になれるのかって思う反面、ここまでせっぱ詰まっちゃうと困っちゃうなって率直な感想を抱いた。

そして一番身につまされたのが"不眠"。
リストラされた山室は病院の睡眠障害薬の治験のアルバイトで眠れなくなってしまった。いくつ面接しても次の就職先は決まらない。もうすぐ失業保険も切れてしまう。そんな風に焦って生きていた。そして眠れないある明け方、散歩にでると自分が働いていた会社へと自然と足が向いてしまった。 その帰り道、見慣れた、まだ自分が働き盛りだったころに自分がよく売った車とすれ違う。そしてその日の夕刊で風俗嬢が強盗に殺される事件が起こる。犯行時刻は自分があの車を見た時間。あの車の持ち主は同じ団地に住む男。そして自分と同じようにリストラされて次の就職先が決まらない男だった。

リストラなんかに屈してなるものか。


すべてが終わったあと山室はそう決意する。

世間がこんな状況だけれど、どこかに自分の仕事のできる場所はあるはずですよね。どんなにせっぱつまっても応援してくれる人には笑顔で話しかけ、自分の居場所をどうにか確保しないとね。

冒頭で言ったようにバイオリズムが低下しているのかもしれないですけど、事故に遭わないだけましなのかもしれませんね。毎日神様の代わりにお酒を飲んであげているからかもしれないですね。っていういいわけをしながら今日もお酒を飲んでしまうkbbでした。




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2009年02月08日

スキップ-北村薫

「スキップ」 北村薫

スキップこんばんは。

先日駅で知り合いを見かけました。といっても顔は知っているのに、名前もどこで会った人かも思い出せなくて悶々としてしまいました。なんだかとっても悲しい気分になりますね。

さて、以前創作表現の本を読んだのですけど、なんにも身についていないのはこのブログを読めばバレバレですね。そんな北村薫の小説を初めて読みました。「スキップ」です。「ターン」「リセット」と三部作になっているようですね。これがよかったら「ターン」と「リセット」も読んでみようと思って読み始めたわけですけど、さっそく買いに行ってきました。それぐらいおもしろかったです。

昭和四十年代に高校生だった一ノ瀬真理子はうとうとしていた。起きてみたら四十二歳になっていた。十七歳の娘がいて高校教師の旦那もいる。ついでにいえば自分も高校教師になっていた。十七から四十二までの記憶が一切ないことが悲しいけれど、この世界で自分の責任を果たさないと四十二歳の真理子さんがかわいそうだ。
四十二歳の真理子さんとして十七歳の真理子が現実世界に適応していく物語です。

時の欠落は埋めることは出来ない。だからこそ人間なのだ。

だからこそ「今」を大切にしないといけないってことなのでしょうね。時をテーマに描かれた作品はいっぱいありますけど、やはり誰もが未来から今に戻ってくることはできないっていいますよね。もう戻ること、変えることができないからこそ今を大切にしないといけないんですよね。いや、わかってはいるんですけどね。のんべんだらりと過ごしてしまう。性格を変えるところからはじめないといけないんでしょうね。

冒頭の知り合いですけど、別の友人に聞いたら誰だかわかって名前もちゃんと判明いたしました。大学一年の時にずいぶん仲のよかった子でした。デートはしたことはなかったですけど、何度も飲みにいったことがあるのに忘れてしまうなんてだめな子ですね、僕は。ころころとよく笑う女の子でした。なんだか懐かしいって気になっちゃうのは、自分が年をとりすぎたってことなのでしょうかね。人の顔や名前がでてこないんですもの、そりゃ老化ですね。それともアルコールの飲み過ぎで脳がちっちゃくなっているのでしょうかね。こわいですねぇ。




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2009年02月07日

こうふく あかの-西加奈子

「こうふく あかの」 西加奈子

こうふく あかのこんばんは。あんまり更新しないと、前回の痴漢はおまえじゃないかと疑われちゃいそうですね。あぶないあぶないだぜ。

さて、アントニオ猪木です。なんだかとってもこの人を尊敬しているというか、この人からパワーをもらっている人が多いと思うのですけど、僕にはわかりません。でも、アントニオ猪木のものまねをしている春一番という芸人は腎不全で手術しているときに薬も効かないのに、アントニオ猪木が見舞いに来て、こんなところにいないで外で飲みに行こうぜ、って言ったとたんに具合がどんどんよくなっていったらしく、すでに退院して仕事もしているみたいです。アントニオ猪木ってすごい人なんですね。

さて、西加奈子「こうふく あかの」です。「こうふく みどりの」の続きのようなものです。よう、といったのはこれが明示的に続きとは言われていないからです。むしろどっちが続きなのかもわかりません。「あか」からでも「みどり」からでも読んだらいいと思います。僕の場合「みどり」は高校生の緑ちゃんが主人公だったので、先に読み始めたってだけの問題でした。こちらは疲れ切ったサラリーマンが主人公です。

この小説でもアントニオ猪木はいろんな人に影響を与えています。小さい頃にアントニオ猪木の映像を見たことによって2039年に人気もなくなったプロレスのリングにあがることになった男。
そして、現在の日本で旅行にいった奥さんに誰の子からもわからない子供を妊娠された疲れた課長さん。でもかっこつけの彼はそんなこと誰にもいえるはずもなく、仕事もできない(と思っている)同期にだけ二人で飲んだときについ言ってしまう。しかも飲みにいったのはリングのある飲み屋。そこではアントニオ猪木の試合のビデオが延々流されている。

そんなにアントニオ猪木の試合ってすごかったのかしら、と全盛期を知らない僕は思ってしまうのです。今日テレビ朝日でアントニオ猪木対モハメド・アリの試合の裏側を全部見せる番組をやっていたみたいですね。残念ながら見ることはできなかったのですけど、再放送でやってくれないですかね。

youtubeでアントニオ猪木が引退のときにリング上で言った言葉を見つけました。
「道」という詩のようです。


人は歩みを止めた時に、

そして、

挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。

この道を行けばどうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せば

その一足が道となり

その一足が道となる

迷わずゆけよ

行けばわかるさ


迷いに迷って失敗をおそれてそして自分にいいわけをして結局いかないことの多い僕です。それじゃあいけないってアントニオ猪木も言っているんですね。




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2009年02月04日

こうふく みどりの-西加奈子

「こうふく みどりの」 西加奈子

こうふく みどりのこんばんは。

今朝通勤中に京王線で痴漢が捕まっているのを目撃しました。
被害者とおぼしき女性が男性を駅員さんに突きだしていました。なんだかこわくなってしまいました。
冤罪だったら自分がその立場になりえるわけででこわいですし。
もしあれが本当にやっていたとしたら、あんな締め切られた孤立した箱の中にそんなやつと一緒に入れられていたのかと思うともっとこわい気がしました。

そんな怖さはがこの人の作品には全然見あたらない。西加奈子です。「こうふく あかの」と前後編といえる「こうふく みどりの」です。どちらが前でどちらが後っていうのはないんですけど、なんとなく、っていうか実際つながっているんですけど、明示的につながりが示されているわけではありません。

というわけでまずは「みどり」の方からです。

辰巳緑の家は女系家族。おじいちゃんは失踪中で母親は不倫の末に私を生んだ。おばの藍ちゃんは旦那と離婚の予定で、娘の桃ちゃんを連れて実家に戻ってきている。おばあちゃんには不思議な力があって人がいなくなったりでてきたりするのが見えるらしい。というわけで知らないおばさんがうちにはよく来る。
コジマケンという転校生がやってきた。突然私の前に現れて、いい名前だな、なんて言う。意識しないわけがない。モテモテの友達、明日香との関係がコジマケンのせいでぎくしゃくしてしまった。でもコジマケンが好きだったのは藍ちゃんだった。
そんな緑の日常が描かれている間に挟まれてもう一つ別のストーリーが描かれる。最初は全然別の物語のように見えるそれが、緑と、辰巳家と関係を持ってくる。

西加奈子の描く物語は日常のなんでもないことがだらだらと描かれている。だらだら描かれているのはいやだ、なんてつい最近「しょっぱいドライブ」で書いたばかりなのに、だらだらという点では西加奈子も同じようなものじゃないかしら。とりたてて事件が起こるわけでもないですしね。でも西加奈子の物語は好きなんだよなぁ。そこに悪意がないからかもしれない。それは、だらだら、ぐらぐらしていてもどっちに転んでも、どっちも悪い方に転ぶことがないからだと思う。「しょっぱいドライブ」ではそっちいっちゃうのぉ?でもそっちいっていいのぉ?なんて感じでだらだらしていたんだけど、西加奈子の場合はそっちいってもいいけど、こっちもいいんじゃない?まぁはやく決めてよね。なんて思いながら遠くから眺めている余裕を持てるんだよなぁ。なんだかわがままいっているだけのような気がしてきましたけどね(笑)。

まぁどっちにしろなんとなく安心できる西加奈子はやっぱりいいよねぇ、って感じが伝わればうれしいんですけどね。




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2009年02月03日

ダーティ・ワーク-絲山秋子

「ダーティ・ワーク」 絲山秋子

ダーティ・ワークこんばんは。

タバコやめる宣言したのにいつまでもやめられません。なんか画期的なアイデアがあればやめるんですけどね。禁煙している最中もとっても楽しい気分になれるなんかがあればね。

さて、絲山秋子「ダーティ・ワーク」です。
冒頭で、禁煙に挑戦するギタリストの熊井とベーシストの坂間が描かれています。負けた方が健康診断に行く。そんな賭が行われています。医者嫌いの二人は必死に禁煙を続けているのですけど、そんなにモチベーションになるほど医者嫌いの人がいるのかしらって思っちゃいましたけどね。

さて、本書ですが、連作短編集となっています。ギタリストの熊井が高校の頃に一緒に音楽をやっていた「TT」と再会するまでが描かれています。その間に何人もの人間を介するのですけど、うまく人と人の関係、世間が描かれていました。

ベースは本物だけれど、それを差し引いたら何の魅力もない男。なれなれしいから一度会ったら十回会った気になるベーシストの坂間。
オレと自分のことを呼ぶ末期ガンの美雪。
等々魅力的な男女がいっぱい出てくる絲山秋子らしさがあるのだけれど、ストーリーにスピード感がないのは過去を振り返る物語だからなのか。

熊井は高校の頃に仲良かった「TT」をいつまでも忘れられない。ことあるごとに「TT」のことを思い出しているように見えるのだけれど、そうやって思い続けていれば自分の中で成長してしまうのじゃないだろうか。そうやって成長してしまった「TT」は彼女の中でどういう変化を遂げているのか。
結局二人は再会して一緒に暮らすように描かれているのだけれど、結局別れがきてしまうのかな。寂しいけど、絲山秋子も書いているようにね。

友達だろうが、恋人だろうが、いずれ別れというものはくるのだ。(中略)
もう一度TTと会えたとしても、もう一度別れは来る。


最終的にはこれがいいたかったのかなぁ。でもタイトルがどうしても合わないんだよなぁ。なんて思いつつ読み終わったわけです。どなたかタイトルがどういう意味だったのか教えてくれないかしら。まぁタイトルの意味なんて大した意味はもたないんでしょうけどね、きっと。僕の名前が僕のすべてを表すことはないようにね。




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posted by kbb at 22:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(4) | 絲山秋子

肩胛骨は翼のなごり-デイヴィッド・アーモンド

「肩胛骨は翼のなごり」 デイヴィッド・アーモンド

肩胛骨は翼のなごりおはようございます。
今日は仮病を使ってサボリです。これぐらい許されますよね。

先日ケーブルテレビで映画を観ました。その名も「天然コケッコー」。主演の夏帆ちゃんがとってもかわいい映画でした。ストーリーは東京から田舎に引っ越してきた男の子と、廃校寸前の学校で下級生の面倒もちゃんとみる女の子が惹かれ合っていくという、いたって普通の少女漫画チックな恋愛物語って感じです。が、何がよかったって夏帆ちゃんがスクール水着でうつぶせになっているシーンがありまして、そのときの彼女の健康そうな肩胛骨が美しくて何も言えないままおじさんは息をのんでしまいました。いいものを見せていただきました。

さて、本が好き!からいただいた本、「肩胛骨は翼のなごり」です。タイトルに惚れて見ただけでお願いしてしまいました。そうか!肩胛骨は翼のなごりだったのかぁ、って感じでね。

というわけで進化論的なサイエンスノンフィクションだと心の片隅で思っていました。でも表紙の絵がとっても怖い感じでホラーなのか?って思わされます。で、読み始めてみたら児童向けのサイエンスフィクションっていうところかしらね。表紙で損している気がするなぁ。

家族で引っ越しをしてきた。妹はまだ名前もない生まれたばかりのあかちゃん。妹は病院にいる。その家にある古びたガレージをのぞいてみるとほこりまみれでやせ衰え関節はこちこちにかたまっている彼をみつけた。虫の死骸を食べ、ブラウンエールと中華料理が大好きで口の悪い彼。彼の背中に手を回してみると肩胛骨のあたりに翼のようなものが触れた。こいつはいったいなんなんだ。そいつの名前はスケリグ。「不可思議な存在」。
妹が心臓の手術をすることになった。お願い助けて、スケリグ。

妹の命を祈り、スケリグのリューマチが治るように祈る。人の幸せが自分の幸せだと言わんばかりの純粋無垢な少年が主人公です。最初口の悪いスケリグが味方なのか敵なのかわからないまま物語はすすんでいくわけですが、だんだんとその口の悪さに隠されていた彼の聖的なものが現れてきます。誰かのことを祈るのって素晴らしいよね、そんなことを再確認させてもらえる物語になっていました。

僕の肩胛骨は太りすぎているためか肉に埋もれてさわることもできないのですけど、それと一緒に想像力まで埋もれてしまっているのでしょうかね。肩胛骨が翼のなごりだ、なんて発想がまったく出てこないですものね。こういう発想を大切にしていかないといけないですよね。




肩胛骨は翼のなごり
  • デイヴィッド・アーモンド/山田 順子 訳
  • 東京創元社
  • 735円
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー



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posted by kbb at 11:07 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ア行

2009年02月01日

東京タワー-江國香織

「東京タワー」 江國香織

東京タワーこんばんは。
安心していた日々もいつか終わりが来て、新たなところへ旅立っていかなければならないんでしょうね。

さて、江國香織「東京タワー」です。
たまに読むたくなるんですよねぇ、江國香織。文章というか、世界に触れたくなるんでしょうね。
以前黒木瞳、岡田准一で映画化もされていましたけど、リリー・フランキーの「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」といつも間違えていました。すみません。

物語はといえば、二組の不倫のお話。一方は純愛。一方はまさに肉体関係というような関係。そしてどちらも壊れてしまう。
どちらかをたてれば、どちらかがたたない。何をとるかってことなのでしょうね。それと不倫はのめり込んではいけない。しょせん不倫なのだからってことなのでしょうかね。

肉体関係と呼べる関係の奥さんの方が若い恋人にいう言葉があります。家では旦那のいうことを全て聞く。ビールを出すのだって上着を脱ぐのだって自分ではやらせない。そうしていれば、私がいなければ何もできないって思うでしょ。

これって結構怖いですよね。こんな風な策略があってこういう風にしてくれてたのかぁ、って思い始めちゃいますものね。女っていうか、江國香織って怖いって思っちゃいました。

そしてもう一つわかったこと。それは「楽しい日々はいつかは終わる。」「終わらせないようにじたばたすると終わりが早くなる。」そんなことでしょうか。どちらの関係も結局終わってしまうのですが、終わらせないようにじたばたしてどちらも終わりを早めてしまったように思えました。なるようにしかならないってことなのでしょうかね。

でもやらないで後悔するより、やって後悔した方がいいっていうのも正しい気がします。まさに自分に向けた言葉でした。



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posted by kbb at 01:16 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 江國香織

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