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2008年06月17日

随筆 おにやらい-巖谷大四

「随筆 おにやらい」 巖谷大四

随筆 おにやらいこんばんは。昨日の作品名なんですけど、「めしたのこいびと」ではなくて「もっかのこいびと」です。今だけとかって意味に近い言葉ですね。ちゃんとふりがなふっておけばよかったと今更ながらに思っています。なんでこんなこと書くかっていうと、僕の友人がこれを読んで、「めしたのこいびと」の記事だけど、と言ったから。いろんな読み方があるのが漢字ですものね。そういわれてなるほどって思っちゃいましたよ。

さて今日の作品ですが、ひらがなだから簡単でいいですね。「随筆 おにやらい」。1963年、昭和38年出版の作品です。もちろん僕はまだ生まれていません。作者は「文藝」の編集長だった人です。以前、読売新聞の一面のコラム欄にこの作品が紹介されていて、おもしろそうだと思って探していたら、amazonで見ると古書扱いで3万いくらで売っている人がいました。当時550円の本が3万って百冊ぐらいとっておいたらすっごい財産になっていたのにね。僕の友人が住んでいるところの図書館にあることを突き止めたので、借りてもらって読んでみました。すっごいいい!

「新聞 記事コラム」さんにこれを紹介している「編集手帳」の記事がありました。

最初はその記事にある文章だけを読みたくて、コピーすればいいや、なんて思っていたんですけど、読み始めると全く止まらなくなってしまいました。40年以上昔のエッセイなのに、書いてあることが今に通じるのが不思議ですね。日本人の政治的責任感は一般的に薄い、なんてことこんな昔から言われていることだったんですね。学生運動がおさまったころでしょうかね。その他にもいろいろ紹介したい文章がありました。

一番考えさせられたのは、散文についての項。

散文は人を立ち止まらせなければいけない。...すらすらと書き流した文章は読みやすいが、また人の脳裏に止まることを知らないという弊害がある


文章といえば、読みやすく、頭に入りやすい物が一番いいと思っていたんですけど、こういう考え方もできるんですね。そういえば、難しい単語が一つでも入っていると結構頭の中にその文章が残っていることがありますものね。

実は僕、って別に隠していたわけじゃないですけど、この時代ぐらいより前の文章って読めなかったんですよね、今まで。なんとなく、小難しい言葉がいっぱいあったり、雰囲気でしか読めない漢字があったりして、取っつきにくい印象を持っていました。でもこれを読んで、この時代のものもなかなかおもしろいじゃないか、って思いました。いきなり小説からはいるとその世界をイメージするのが難しそうだから、わかりやすい随筆あたりから探してみようかしら。

それにしても、この本。いつでも読めるように手元に置いておきたい。でも図書館に返しに行かないと・・・。高い本だから買うわけにもいかないですしね。みなさん、ブックオフの100円コーナーなんかにあったら絶対買いですよ。転売してもうまいし、読んでもうまい。なんていい本なんでしょうか(笑)




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posted by kbb at 23:42 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行
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