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2008年07月08日

シンボーの常識-南伸坊

「シンボーの常識」 南伸坊

シンボーの常識こんばんは。

世の中いろんな常識にがちがちに固められているようですね。例えばスカートをはくときは中に黒いスパッツをはくとかね。ってこれはただの僕の願望でしたね。ごめんなさい。

そんなわけで、もう二十年以上前に書かれた「シンボーの常識」です。二十年前に書かれたのに全然色あせていない。これはきっと常識を疑ったところに理由があるのかもしれないですね。ニーチェもカントも100年以上も経っていますけど、いまだによく読まれているのはやっぱり常識を疑ったからなんでしょうかね。って、ニーチェやカントと比べられたら南伸坊もいやがるかもしれないですけどね

このブログでも学者との共著だった「解剖学個人授業」「生物学個人授業」などで取り上げていますけど、今回も十分楽しませていただきました。

二十年前の時事問題に対しての伸坊さんの考えが語られているんですけど、今でも十分楽しんで読めるのが不思議ですね。しかも、僕のしらないような事件なんかもあるのに、それを説明する文章がわかりやすくて、目の前で新聞を読んでいるような気にもなっていました。今の社会がぜんぜん成長していなくて、ずっと同じことをしているっていうのが理由かもしれないですけどね。

南伸坊は高校入学試験にまず失敗して、大学入試にも失敗して、その後入試なんてない美学校に入学しています。この本を読むと人間にとって知識がたいして役に立たないものだってことがよくわかりますね。知識よりもなによりも必要なのは考える力なんでしょうね。自分で考えることもできないのに、どんなに知識をためたとしてもしょうがないですものね。僕が思うのは人間の記憶力なんてたかがしれているし、限度がある。これだけコンピュータという外部記憶装置が発達しているのだから、記憶はそいつらに任せて情報の検索の仕方を学んだ方が有意義だと思います。もちろんどこになにが書いてあるかを知るためにはある程度の知識に接していなければならないのですけど、そんなもん全部忘れてもいいと思います。

こんなこと書いちゃうと、学校の先生なんかには怒られちゃいそうですね。でも、大学のテストであるように、小学校でも高校でも試験のときは教科書や辞書の持ち込みを可とすればいいと思うんですよね。もちろんどの教科書や参考書を持ってくるかなんてアナウンスせずにね。そうすればみんなが同じものを参考にするわけじゃないから点差はつくから(やりたければ)評価もできるだろうし、生徒も自分でどれを持っていけばよいかって調べる能力がつくと思うんですよね。

まぁ上のことも結局自分の記憶力のなさのいいわけにしかならないんですけどね。自分が書いたことですら自分でブログを検索しないとわからないんですからね。




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posted by kbb at 21:29 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ マ行
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