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2008年07月10日

包帯クラブ-天童荒太

「包帯クラブ」 天童荒太

包帯クラブこんばんは。今日家に帰ってきたら、昔の彼女宛のダイレクトメールがうちに届いていました。一年ぶりぐらいの彼女宛の郵便物です。一人暮らしだった彼女はほぼうちに入り浸っていて、郵便物もうちに届くようにしていました。七年も前の話なのに、彼女の名前を見た途端に昔のことをいろいろと思い出していました。楽しかったこと。傷つけたこと。彼女を傷つけたことをいつまでも引きずっていて、それがいつまでも僕を傷つけます。

包帯はそんな傷を癒してくれるのかしら。以前映画にもなった天童荒太の「包帯クラブ」です。「あふれた愛」以来の天童荒太でしたが。さっぱり忘れていました。彼がここまで心に響く言葉をつむぎだすことを。

失敗しました。昼休みの喫茶店で、帰りの電車の中で、この本を手に取り涙をこらえながら読むことになってしまったことを。

高校生のワラは知った。包帯をまくことによって、それがその人を傷つけた原因だと認識できるようになる。それを認識することによって、その傷がなんだったのかを知ることができる。うまくそれを乗り越えられないかもしれないけど、それとつき合えるようにはなる。

中学の時の仲間と包帯クラブを設立して、傷ついた人の、他人から見たらほんのちょっとした傷だけれども、それを癒すために街中に包帯を巻き続ける。しかし、真っ白な包帯がいつの間にか汚れていき、真っ黒になったとき、街を汚すからという理由だけで包帯クラブが非難されはじめる。それが人を守っているとも知らずに。

ワラたちの回想録として語られるこの物語ですが、ワラたちはみんな象徴としての癒しでなく、本当の癒しをするためにそれぞれのできることをするためにそれぞの場所へ旅立ったようです。

それがなんだかとってもうらやましくなっちゃいました。一人はアフリカへ。一人は南米へ。一人は日本で。それぞれがそれぞれの場所で自分のできることをする。それが一番大切なことかもしれないですね。

今これを書きながら、槇原敬之の「もう恋なんてしない」を聞いています。その歌詞にこうあります。

君あての郵便がポストに届いているうちはかたすみで迷っている背中を思って心配だけど


郵便なんてもう二度と来ないでおくれと思う気持ちと、もう忘れてもおかしくない彼女を郵便がくることによって思い出すアイテムとしていつまでも届いておくれという気持ちが同居しています。次の彼女宛の郵便はいつ来るのかしら。楽しみです。




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posted by kbb at 21:51 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ タ行
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