こんばんは。今日電車の中で本を読んでいたら小学生四人組の会話が聞こえてきました。その中で中心となっているような男の子が
「相対性理論なんてまともに説明できる人は世界に何人もいない。」
と言い出しました。なんでもいいから説明してみろよ、なんて周りの子に言われてその子は光の速度と質量の関係から話し始めて、ブラックホールのまわりで起こっていることなどを話はじめました。その説明がなかなかわかりやすくて、僕はうんうんなんて頷きながら聞いていました。きっと彼は20年ぐらい経つと相対性理論をまともに説明できるような大人になるのかもしれないなぁ、なんて思いながら。
さて、30になって最初に読んだのが本書、徒然草です。佐藤春夫訳は名訳だから読んでおけなんてどっかに書かれていたのを信じて買っておいて、30の記念に読んでみました。
徒然なるままにやうやうしろくなりゆく山ぎは
なんて古文の授業中に起きていたことのなかった僕はそらんじていたのですけど、全然違うんですね。
つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ
で始まる有名な作品ですね。何人の高校生がこれを覚えられなくて古文の先生に怒られたことでしょうか。川上弘美のセンセイはこんな風に怒りはしないでしょうけどね。
これを佐藤春夫はこう訳しています。
鬱屈のあまり一日じゅう硯にむかって、心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考えをあれこれと書きつけてみたが、変に気違いじみたものである。こんな意味だっったんですねぇ。知らなかった。
で、彼の心を浮かびすぎていくものと言えば、結局彼の周りの人間のことが多い気がしました。これじゃあ朝からやってるワイドショーと一緒じゃんと思いつつ、結局人間が一番関心のあることは自分のまわりの人間以上のものではないのかもしれないですね。
もちろん仏の教えなんかも書いているわけですけど、それよりもユーモアたっぷりに書かれた人間観察の方が僕にとっても心に残っていたということなんでしょうかね。
まぁ読んで損は無かったかなぁぐらいでしたけど、徒然なるままに書かれたものならしょうがないですよね。
一番笑えたのがこの箇所
思うところは言ってしまわないと気もちが悪いから、筆にまかせた。つまらぬ遊びごとで破き捨てるつもりのものだから、人がみるはずもあるまい。
なんて文章を何百年もあとの僕が読んでいるのってなんだかおかしいですよね。なんの事情があって破り捨てることができなかったのか気になりますね。
徒然なるままに、とうとう30の大台に乗っちゃいましたけど、これからも徒然なるままにいくつまでも若くいようそう決心しているわけです。まぁ若さなんてのは気持ち次第でしかないものですものね。


