本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年12月07日

視えずの魚-明石散人

「視えずの魚」 明石散人

視えずの魚こんばんは。
昨日のニュースで見たのですけど、写楽が扇に書いた肉筆画がギリシャの美術館で見つかったそうですね。(って今ネットで調べたらもう半年くらい前のお話だったようです。)こんな長い間誰にも写楽作だって気づかれなかった作品もすごいですけど、それを収蔵していた美術館もすごいですね。誰のだかわからないから、捨てちゃえってならないのはやっぱり美術品としての価値があったからなんでしょうかね。

さて、そんな写楽がテーマの小説「視えずの魚」です。作者自身が探偵となって写楽の肉筆画を探しにいくって感じの大筋に、やくざの麻雀やらドイツのオークションやら、なんやかやが詰まっていてなかなかおもしろく仕上がっています。

この作者、なかなか理屈好きのようで、理屈っぽいって言われる僕でもすこし辟易としてしまう文章も多かったのですけど、我慢しながら読んでいるとなるほどと納得できるので、まぁ許せるのでしょうかね。

さてそんな彼の理屈でも一番納得できたのが、恋愛について彼が語るところ。

男と女は出会ったときが一番おもしろい。恋愛を始めてしまえば、必ず終わりが来てしまうのだから始めることなんてしない方がいい。

もし目の前の女を抱くのに障害があるのなら妄想すればいい。妄想と実行、この二つは同じようなものだから。

なるほど、って感じですよね。
一つ目のも二つ目のもなるほどって感じでしょ。でもこれって人は本能的にわかっているんじゃないかしらね。だから恋と愛の違いもわからないような高校生でも振られたら今までと関係が変わってしまう。今までと同じような関係ではいられない。だから告白なんて到底できないって考えて告白するのに思いっきり勇気がいるんですよね。これって、振られるにしろつきあうにしろ、恋愛が始まってしまったらその時点で二人の関係がまったく異なってしまうことをわかっているからそう思うのじゃないでしょうかね。始まりのある物には必ず終わりがある。恋愛に限らずなんでもそうなんですよね。
友人と飲み始めてもいつか解散しなければならない、なんていつもそれが寂しいなぁって思ってしまうので飲み始めからはしゃいでしまうのですけど、それもきっとそういう理由からなんでしょうね。

こんなことが理屈っぽくいくつも書いてあるのですけど、僕の説明じゃ全然説得されない人多数だと思うので興味を持った人はぜひぜひ読んでみてくださいな。

でも、人に何かを説明するのって本当に難しいですよね。冒頭の写楽の肉筆画もこれは写楽の書いた物だってどうやってみんなに納得させたんでしょうかね。まぁ世の中のすべてがひっくり返されることが前提の仮説だっていいますし、そういう仮説の上に成り立っている不確かな世の中がおもしろいってことなのかもしれないですね。全部が決まっている世の中だと居場所がなくなっちゃいますものね。




にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ他の方の書評を読む。

posted by kbb at 03:04 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

お名前・メールアドレス・ホームページアドレスを(入力があれば)クッキーに保存しますか?



この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/110816725
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。