
そんな夢破れた人たちのその後を描いた大崎善生の「将棋の子」です。将棋のプロになるためには将棋連盟が主催する奨励会というもので勝ち上がって四段にならないといけません。それには多いときで33人という人数でリーグ戦を行い上位二人にはいらないととならないのです。しかもそこには年齢制限がかかり、21歳までに初段、26歳までに四段にならないと強制的に退会させられてしまいます(年齢や制度は突然変わることもあるそうです)。
そんな風に年齢制限やその他の理由で奨励会を退会していった人たちのその後を追った大崎善生のノンフィクションです。将棋のことなんてまったく興味がないし、駒の動かし方ぐらいしか知らないのに、とっても楽しめましたよ。千駄ヶ谷で今働いているのですけど、日本将棋連盟の本部が千駄ヶ谷にあって、その地名がよく出てくるのもちゃんと風景を思い描けた原因でしょうね。僕の働いているところにも、この人将棋指しだろうなって人がたまに来ますから身近に思えたんでしょうね。
夢破れたあとってのは挫折や苦しみしか残らないかというとそうでもないようですね。ある人はその一時の苦しみから逃れるために全財産をギャンブルに使ってしまったり、ある人はなけなしのお金を持って南に旅をしたり、ある人は死にものぐるいで勉強して司法書士の資格をとったり。それぞれがそれぞれの方法で挫折を乗り越えていきます。
棋士というのは特殊な環境で育つもののようで、中学校すらまともに行かずにプロ棋士の内弟子になり十代のはじめの方から奨励会にはいり、一般の社会から遠く離れた生活を過ごします。そして26歳で強制退会となり突然社会に放り出されてしまうのです。それはとっても怖ろしいことだろうなと思いましたけど、みんなちゃんとその社会に順応していけるんだなってちょっと安心しました。
大崎善生の小説を読んだ時にこの人のノンフィクションは文章が透明過ぎるが故にノンフィクションとして感じられないのじゃないかしらって思って読んだのですけど、これはフィクションですって言われて読んだら小説として感じてしまうような作品でした。
この作品を読んでいて思ったのですけど、ノンフィクションだろうがフィクションだろうが、作品を通してその作者が自分自身を見つめ直すのが文章を書くってことなんでしょうね。この作品も奨励会という実在のものを通して作者自身が自分を見つめ直していく過程がよく描かれていました。
大崎善生は将棋雑誌の編集長をしていたようで、「パイロットフィッシュ」や「アジアンタムブルー」の主人公が雑誌の編集をしていたのもそれが元なんでしょうね。
「聖の青春」の方がおもしろいよと友人に薦められているので今度はそっちですね。