おはようございます。香港から帰ってきてからうつされた風邪がまったくなおらず、咳をするたびに、胸が痛いです。失恋で痛めたときより辛いのは、失恋の痛みが身にしみてなかったってことなんでしょうか?SARSではないかと、密かに心配していますけど、流行しているというニュースも聞かないので、ひとまず安心しています。
さて、吉田修一です。最近いくつか彼の作品を読んだのですが、いろんなスタイルというか、背景の作品を書いているなぁっていうのが率直な感想です。
これは6編による連作短篇集で、主人公の駿がだんだんと大きくなっていき、成長もしくは、変化していく様子がしっかりと描かれています。小学校や中学校の国語の教科書あたりに載せるとちょうどよい題材だなぁなんて思って読んでいました。
「机の下で梨花の太股をつねっていたときの駿の心情は?」
とか
「ジョットの詩集の意味するところは?」
なんて、先生にとっては問題を作りやすい作品なんでしょうね。ちなみに僕自身では上の二つの質問にうまく答えられないだろうな、なんて今これを書いていて思います。昔から国語の問題は苦手だったなぁ。ちなみに表紙に拳銃をもった少年の絵が描かれていますけど、そんなシーンはまったく出てきませんし、むしろ、そこに染まりきれない、離れていく少年たちが描かれています。
この作品では、長崎の田舎に住む男の子がそこから脱出することを想いながら、それもかなわず、あきらめることで自分自身を確定させていく、そんな風なことが描かれているのだと思いました。何かを求めてそれを得ることによって成長していく人と、何かを追い求めてそれをあきらめることによって成長していく人がいる。そんなことを再確認させられて少し哀しくなっちゃいました。もしくはなにかをあきらめることによって何かを得たのかもしれませんね。
もういい歳してるけど、いつまでもあきらめずに追い求めるのはアリなんでしょうかね?
布団の暖かさを追い求めたくなるような寒い朝が続いていますけど、みなさんお体にお気をつけ下さいな。



