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2008年01月23日

真鶴-川上弘美

「真鶴」 川上弘美

真鶴 最初の記憶はおばあちゃんの家の窓際にあったロッキングチェアにすわっている三歳ぐらいの男の子の姿だ。青い半ズボンとTシャツをきてぽつねんとしている。自分の記憶であるはずなのに、天井から第三者のような自分をみている。すごくつまらなさそうな顔をして、窓の外をみている。誰かが迎えにくるのを待っているかのように。

母が一歳下の弟をうむときに僕を祖母の家に預けたことを中学生ぐらいのときに聞いた。二週間ぐらい預けて迎えに行ったときにはまったく笑わない子どもになっていたと。もし上の記憶がそのときのものだったとしたら、自分は一歳ちょっとだったはずで、三歳ぐらいの男の子だったはずがないのに、自分ではそのときのものじゃないかと確信している。

記憶なんて曖昧だ。自分でいくらでもつくれるし、すぐに忘れてしまうものもある。あとからあのときのものだ、なんて思いこんだらそこから逃れることはできない。でも、自分自身は記憶でしかつくられない。それを忘れているときと思い出されているときでは同じ自分ではないように感じられる。なんだか伸びたり縮んだりしているみたいだ。自分の何年もの人生が身体の中の何分の一しかない脳に支配されているなんて、なんだか悲しい。

久しぶりに川上弘美を読んだ。表紙を眺めてみる。すももが描かれた表紙は美術書でもみるような感じだ。カバーかと思って見返しを開いてみると、ただ折り込んであるだけなのに、ちょっとびっくりした。そのびっくりしたぶんだけうれしくもなったんだけど。読み始めてみて数ヶ月前まではあんなに慣れ親しんでいたのに、こんなにひらがなの多い文章だったっけと、初めて読むような感覚でなかなか読み進められなかった。

読み進めていくと、だんだん物語が見えてくる。人と人でないものの物語だった。数ヶ月離れていてもやっぱり川上弘美は川上弘美だ。

舞台は真鶴。神奈川県にある、小さな半島だ。東京からいくと熱海の手前にあって、西にむかう人には忘れられた半島のように橋やトンネルの通過点でしかなくなっている。新道を通るとそこに海につきでた陸地があるなんてわからないまま、箱根と熱海に別れる道まででてしまう。

熱海にドライブにいくときには新道をつかわないようにしていた。そこだけ陸地から離れるのがなんだか寂しかったからなのかもしれない。山が海につきでているような半島で、旧道を使うとくねくねと山を登らされる。カーブの多い道で、道の両隣には使えない土地にはさまれたところにつめこむように畑がある。民家は意識してみないと、見つけられないほど点々としている。

海側にはびっしりと木が見えて山だということが認識される。途中の橋から海を眺めるとそこだけ木がぽっかりとあいていてきれいに見える。その道沿いにはいくつも橋があるのに、その橋の上にあるバス停の名前は「橋の上」。その橋の名前なんて誰も気にとめていないようだ。

物語には五人の女がでてくる。どの人もみんな出てくるたびに伸び縮みしているかのように、定まらない。京(けい)はいなくなった夫をみつけようと真鶴に吸い寄せられていく。京の娘である百(もも)も父親を求める。

結局彼はどこにいってしまったのだろうか。最初から存在していなかったようにも感じ始めるが、百の存在がそれを否定する。

ほんとは最初からなんにも存在していないのかもしれないし、そんな考えすら存在してないかのように、すべてがそのまま進んでいくのかもしれない。記憶なんて形のないものだから。記憶にあわせて身体も伸び縮みしていく。上に書いた真鶴の光景も実際にはぜんぜんちがうものかもしれない。

確かめるために久しぶりに真鶴まで足を伸ばしてこよう。

posted by kbb at 05:21 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(2) | 川上弘美
この記事へのコメント
こんばんはです。
ちょっと、どうしましょ。
ワタクシ、自分が恥ずかしくて仕方がございません。
ちゃんと記事かかなくちゃなー、と反省しました。

記憶の記憶の話を興味深く読みました。
ワタクシも本物かどうか怪しい記憶をいくつか隠し持っているので
どこかへ旅行に行きたいです。(希望的観測)


Posted by MOW at 2008年08月29日 21:44
MOWさん。
こんばんは。

MOWさんの記事すっごいよかったですよー。
長く言葉を連ねなくても、こうやって伝えることもできるんだなぁなんて改めて思っちゃいました。このブログは無駄に長い文章ばかりで、恥ずかしくなっちゃいます。

MOWさんの本物かどうか怪しい記憶っていうのも気になりますね。ぜひぜひ本物の記憶探しに旅にでちゃいましょ!
Posted by kbb at 2008年08月30日 01:25
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