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2008年02月02日

神様のボート-江國香織

「神様のボート」 江國香織

神様のボート先日杉並吹奏楽団の定期演奏会に行って参りました。アマチュアの吹奏楽団ですが、入場無料ですし、素敵な音楽につつまれながらゆったりとした休日を過ごすことができました。何回か聞きにいってるのですが、少しずつ少しずつよくなっているようでお客さんもだんだん増えているなぁって感想を持ちました。吹奏楽とかオーケストラってなんだかよくないですか?みんながいろんな楽器をもちよって、一つの曲を演奏するという大きな目標に向かってみんなで少しずつ力を出し合って、誰の足もひっぱらないし、誰か一人だけが目立ちすぎてもいけないし。こういうの聞きにいくとみんながんばってるなぁって思って突然涙がでてきて困っちゃうことがあるんです。四月にも演奏会はあるようなので、お近くの方は是非聞いてあげてくださいね。高円寺でやるみたいですよ。

今日の作品の主人公はピアノの先生をして一人娘を育てながら旅ガラスをしています。っていうとなんだかコメディになっちゃうけど、生き別れた最愛の男性を待つために、どこにいっても必ず見つけると言った彼の言葉を信じながら、東京には戻れず関東近辺の今市、川越、草加、高荻、佐倉、逗子を2〜3年のペースで引っ越しを続けながら彼のことを待ち続けます。

その間に全然かわらない母親・葉子と成長し続ける娘・草子の物語が交互に二人の視線を通して描かれています。例えば娘がいくつになっても、小さい頃喜んでいたチョコレートを草子は仕事帰りに持って帰ります。そういう食い違っていく様がたんたんと、本当にたんたんと描かれます。

そして、中学も卒業しようかとする娘の言葉

      ごめんなさい...ママの世界にずっとすんでいられなくて。

で、クライマックスを迎えます。決して離れてはいられない第三の宝の娘に言われたひと言。これで彼女たちの生活は一変してしまいます。決して草子は母親を捨てたわけでもキライになったわけでもないのだけれど。

本当に悲しい物語でした。いつかはこうやって離れていかなければならないのでしょうね。自分も親になったら多かれ少なかれ(葉子のように極端なことをしていなかったとしても)こういう気持ちを持たされるのだろうかと心配になっちゃいました。

草子はピアノ弾きなわけですけど、ピアノってなんだか孤独な気がして仕方がないです。先日聞きにいった吹奏楽にもピアノはいませんでした。どうしていないの?って聞いたらピアノは伴奏と主旋律を一つの楽器で出来てしまうから、吹奏楽にはそぐわないと答えが返ってきました。なんでも出来てしまうから、みんなの中にはいれないなんて悲しいお話しだな、なんて思ったんですけど、ピアノは草子自身を表していたのかもしれませんね。

とまぁ、音楽に関してまったくセンスも知識もないkbbでもここまで感じさせてくれたのは江國香織のうまさかもしれないなぁと思いつつ、サックスでイマジンを吹いてみたいと夢をもっているkbbでした。

posted by kbb at 11:37 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(1) | 江國香織
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