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2008年03月28日

館という名の楽園-歌野晶午

「館という名の楽園で」 歌野晶午

館という名の楽園で小学校の卒業文集の将来の夢という欄に弁護士になりたいと書いていました。火曜サスペンス劇場なんかを見ていて、法廷に颯爽と立つ弁護士たちにあこがれていたというなんともミーハーな夢でしたけど。ところがただでさえきれいな女の子一人の前でもなにも言えないのに、もっと大勢の人の前にたつと頭のなかが真っ白になってしまって何も言えなくなってしまうことをはたと思いだし、その夢はすぐにあきらめたんですけどね。

そんな小さい頃からの夢を実現させた男が主人公の物語、「館という名の楽園で」です。野球少年がプロ野球選手を夢みるように、音楽少年はプロのミュージシャンを目指す。探偵小説を大好きだった少年はミステリー小説でよく事件が起こる、館に住むことを夢見る。

そして、そんな館を北関東の田舎に建てて学生時代に小説について語っていた仲間を数十年ぶりに呼びだし、招待客をそれぞれ、被害者役、犯人役、探偵役として推理劇を行う。イギリスを舞台にしたホラーまで飛び出した館の出自にまつわるミステリーとは、って感じで物語が進んでいきます。

館の主人、つまり主人公とその妻の決意がとっても悲しかったです。どうしてこんなところでこんな推理探偵ごっこをしなくてはならないのか。

夢を叶えるってのは悲壮感が必要なんですよね。それに向かっていつまでもいつまでも執着しなくてはならない。それをかなえるためにはほかのこと犠牲にする必要すらある。そうやってみんな夢をかなえていき、夢を叶えた人だけがそれを大きな声でいえる。えてして夢を叶えた人っていうのは苦労を苦労とも思わない人ばかりですから、その話を聞いている人にとって見れば想っているだけでかなえられると思ってしまう。それでかなえられないことがわかったときに、その難しさを知る。難しいものですねぇ。

連日のミステリー小説ですが、きっと疲れているからあまり考えなくていいものを手にとってしまうんでしょうかね。まぁ歌野晶午は大好きな作家さんなので、読めるのがうれしいんですけどね。今回のは少し短いお話でしたけど、歌野晶午の良さがでるのは「葉桜の季節に君を想うということ」ぐらい長いほうがいいかもしれないですね。



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posted by kbb at 00:05 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 歌野晶午
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