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2008年05月02日

心に水をやり育てるための50のレッスン-廣瀬裕子

「こころに水をやり育てるための50のレッスン」 廣瀬裕子

こころに水をやり育てるための50のレッスンなんかおかしい。最近おかしい。ここ二週間ぐらい自分がまとまってない。

人と会いたいくせに会いたくない。人と飲みたいくせに、一人で飲んでいたい。誰かと話していたいくせに、早く家に帰りたい。かわいい女の子と差しつ差されつしたいくせに、一人で背中を丸めていたい。

二週間ぐらい前からどうもおかしい。誰とも話したくない。誰と話しても家までの道で自己嫌悪がひどくなる。さんざん飲んできたくせに、家でまた飲み直す。でもぜんぜん酔えない。というか、アルコールが体を通過するだけな気がする。

こんなことおかしい。かわいい子にお酌されても居場所がない。人と楽しい話をしているはずなのに、笑っている自分の後ろに冷静な自分がいて、そいつの顔色ばっかりうかがってしまう。

こんなときだから、こんな本をよんでしまったんだろう。わかりやすく、直截な言葉で書いてある。こうしたら楽になれる。こうしたらいいよ。こうすればいいじゃない。

どの言葉も空虚に聞こえる。そんなことはわかってる。でも今のこの気持ちをどうにかしてくれ。お酒を飲んでも忘れられない、寝てもどこにもいかない、この気持ちをどうにかしてくれ。

人は誰かのために生きているわけじゃない。自分のために生きているだけなんだ。そんなくだらないことが頭をかけめぐる。でも自分のためだったとしても生きていかないといけない。

こんなこと書いているなんてやっぱりおかしくなっているのかもしれない。

作者の廣瀬裕子さん、ごめんなさい。この本を読んで、決してこういうことがいいたかったわけじゃないんです。作者に向かってこんな言葉もいいたかったわけじゃないんです。自己矛盾。それが自分を壊していく。壊れていく自分はなにものだったのか。自分はどこへ行くのか。わからない。

生き方はお任せします。死に方は任せてください。


今日見た映画のキャッチコピーです。
そんなやつらにまけてたまるか!

なにをおっしゃるうさぎさん。

そんな昔から口にしてきた言葉がぐるぐるとまわる。




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posted by kbb at 00:16 | 東京 ???? | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ハ行
この記事へのコメント
「なにをおっしゃるうさぎさん」ですか。
私は宮沢賢治の「きつねの幻燈会」のせいで、「ありがとう」の時に「ありがとう、ごんざぶろうさん」とよく言ってしまいます。
これは、うさぎさん程、世間から認識されていないようで、「は?」と奇異な眼差しとともに問い返されます。 世間の人々の無知が悪いのかごんざぶろうさんを抑えきれずに口から出してしまう自分に非があるのか、多勢に融合して生きていくほうが易いのはわかってはいるがそれでいいのか? 自分は自分のために生きているのではないか?しかし自分はひとりで生きているのではない、そこらへんの折り合いをどうつけるか・・などど日々模索しているわたしです。kbbさんも何か苦しんでのた打ち回ってらっしゃるようですか早くあたたかな光が差しますように。
Posted by tsuki at 2008年05月02日 22:28
tsukikoさん
おはようございます。

なんか心配させてしまったようでごめんなさい、そしてありがとう。
あいにくの雨ですが心にあたたかな光が少しずつ差してきましたよ。

結局自分は自分だってことなんでしょうね。自分が一番わからない存在だからこそ、ここまで哲学も進歩してきたのでしょう、きっと(よくわかっていないけど(笑))

「ありがとう、ごんざぶろうさん」をこんど僕も使ってみますね!まわりではやらせてみましょう。でもごんざぶろうさんをごんさぶろうさんって言っちゃいそうな気がします。ごんさぶろうさんだと少しイメージが変わっちゃいますね(笑)
Posted by kbb at 2008年05月03日 11:38
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