本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2009年05月02日

千の風になって-新井満

「千の風になって」 新井満

千の風になって最近天気がいいですね。春がもうやってきていたんですね。季節はいつのまにかやってきますよね。それもこれも目に見えない風が運んでくるからなのかもしれないですね。

最近転職した職場が「映画 耳をすませば」の記事にも書いた初デートで歩いたコースのすぐそばなんです。転職してから仕事帰りに気持ちよい風に誘われて毎日この近くを歩いているのですけどいろいろと思い出してしますね。

さて今更ですけど「千の風になって」新井満の作品です。あの紅白でも歌われた歌ですね。それの元になった英語詩と、新井満の訳した日本語詩が素敵な写真とともに載っています。

風を写真にとるっていうのって難しいですよね。風に揺らされる木々や風に乗って飛ぶ鳥を写真におさめたとしても、厳密に言えばそれは風そのものをとったことにはならないですものね。でもきっと人間には想像力が備わっているからこそ、その写真を見て体に感じる風を思えるのかもしれないですね。

詩の内容自体はもう有名なのでここには書きませんが、人が死ぬということは、残した人間にその人をいつまでも思い出させることを強制することなのかもしれないですね。
葬式という残された人間にとっての通過儀礼はあるけれど、気持ちを和らげ、日常生活を送れるようになるようにはなっても、やっぱり完全に忘れることはできないですものね。

でも写真を見て風を感じられる想像力があるように、人間は未来を見ることができるからこそ、過去も思い出すことができるのでしょうね。
過去しか見ないで未来に対してポジティブになれない僕みたいな人間もいるのですけどね。
そんなんじゃだめだめ。まずは連休という現実を楽しむことにしますかね。




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2009年04月25日

短い夜の出来事 奇妙で愉快なショートショート集-江坂遊

「短い夜の出来事 奇妙で愉快なショートショート集」 江坂遊

短い夜の出来事 奇妙で愉快なショートショート集こんにちは。

ご無沙汰してしまいました。
新しいことを始めると時間が経つのがあっという間ですね。いつのまにか一週間が経っていてびっくりです。でも仕事をしている間はまだ一時間も経たないなぁ、なんて思っていたりするんですけどね。どうしてこう時間は伸び縮みするんでしょうかね。

さて、そんな風にあっという間に時間が経っても切り取られた短い間に読めるショートショート集ってのはいいですよね。江坂遊の「短い夜の出来事」です。

なんと47編ものショートショートが収録されているのですけど、一編一編は短いものだけど、詰まっているって感じですね。フルーツ盛り合わせ。そんな感じですかね。甘いものは苦手だけどおいしいものは大歓迎ですからね。

"幻視力発電"なんてタイトルだけでおもしろいでしょ。
"マッチ"の
「いかがですか、過去を燃やしてしまうマッチは?」
「いらないね。それより未来を照らしてくれるマッチないかな?」

なんてうまいこと言っているのでしょうかね。ってかこれだけで一つの作品っていうのがびっくりですよね。

未来を照らすマッチ、どっかに売っていないですかね。自分自身の過去歩いてきた道ですら迷い迷いだったのに、未来なんてもっとわからないですものね。まぁわからないなりにも歩いていかなければならないんですけどね。




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2009年04月12日

アンダー・マイ・サム-伊藤たかみ

「アンダー・マイ・サム」 伊藤たかみ

アンダー・マイ・サムこんにちは。

落ち込んだりもしたけれど、わたしは元気です。
失職した日から、みなさんにはご心配、ご迷惑をおかけしました。でもやっと次の職場を見つけることができました。渡り鳥のようにいくつも職を変わっているのですけど、そろそろ羽を休められる場所になるとうれしいな。
明日から出勤なのですけど、不安なのはやっぱり新しいところだからでしょうね。もうこんな気持ちを味わいたくないな。

さて、伊藤たかみ「アンダー・マイ・サム」です。「八月の路上に捨てる」で芥川賞をとった伊藤たかみですが、この「アンダー・マイ・サム」はそれよりも5年前、まだ児童文学を書いていた頃の作品です。この前に読んだ「夫婦茶碗」の人を酔わせる文章の影響なのか、僕自身の問題なのか、久しぶりに一冊の本を読むのに一週間かかってしまいました。文章が全然映像として浮かび上がってこないのでストーリーに集中することができず、2-3ページ読むとすぐに本を閉じるということを繰り返してしまいました。

人よりも親指が長い僕。突然、自分が自分の体から「外れる」ことを経験してしまう。それからちょくちょく「外れる」ようになってしまった僕。その長い親指はメールを早く打つことぐらいにしか使えなかったのに、「外れ」ているときに人の体に触れるとその人の悲しみがわかることに気づいた。顔に傷を負っているみゆき、家族を傷つけてしまうことに恐れる清春などの友人との交流が描かれています。

先日友人と飲むために渋谷に行ったのですけど、無精ひげを生やした僕をみてその友人は、人は外見で99%判断されるのだからちゃんとしてきなさい、と言われてしまいました。外見で判断するような人間に判断されたくない、なんて言い返したら、だから奇妙な人間しか周りに集まらないんだよ、と言われてしまいました。

たしかに外見で判断する部分は大きいですよね。親指が人より長い僕。過剰歯を持つ清春。顔に傷をもつみゆき。他人がなんと言おうとその部分をもつ人間にしかわからないこともある。

でもそれが自分も思っていないようなことに使えることに気づいたとき。それが人間の成長でもあるのかしらね。

僕も新しいところに行って、新しい自分の魅力に気付けるようにならないとね。魅力があればいいのだけれど。



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2009年03月22日

青春デンデケデケデケ-芦原すなお

「青春デンデケデケデケ」 芦原すなお

青春デンデケデケデケこんばんは。

まだ昨日の二日酔いが残っています。10年以上前、まだ若かったあのころなら朝まで飲んでも昼過ぎには二日酔いも解消してきて腹減ったなぁ、なんて思っていたのに、大田胃酸を飲んでも全然治りません。年取った証拠の一つなのかしらね。

さて、芦原すなお「青春デンデケデケデケ」です。直木賞を受賞し、大林宣彦監督で映画にもなっている作品です。

タイトルはもちろんベンチャーズのパイプラインから。香川の田舎の高校生がロックと出会い、バンドを結成し、そして解散するまでの物語。一夏をつぶしてバイトをしてギターやドラムを揃えいろんな人の協力に助けられながら合宿を経て文化祭で大団円です。最後は少し悲しくなるのですけど、それでも文化祭で成功している彼らは簡単に乗り越えていきます。

登場するキャラクター達もとっても生き生きと描かれていて、青春物語はとかく飽きやすい話が多いのですが、この作品はどんどんページをめくれます。

僕が高校生の時も軽音楽部は人気がありましたね。僕もギターを習えば少しは音痴が解消されるんじゃないかしら、とギターに飽きた友人から安く譲り受けて練習したこともありましたけど、押入の肥やしになってしまいました。音痴を直す前に音痴ではギターで曲を弾くことは不可能なことを知っておくべきでしたね。そういえば最近先生と予定が合わなくてサックスの練習を全然やってないや。なんだか久しぶりにメリーさんの羊を吹きたい気分です。

この作品、20年以上前に出版されているのですけど、文庫本の字ってこんなに小さかったかしらとおもうぐらいページにびっしりと字が印刷されています。なんだか読みにくいなぁって思うのはとうとう老眼の影響が出始めたから!?そんなのイヤイヤ!




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2009年03月15日

イニシエーション・ラブ-乾くるみ

イニシエーション・ラブ 乾くるみ

イニシエーション・ラブこんばんは。

初恋の人から手紙が来ました。ちょっと長いけど引用したいと思います。




kbbさん、元気にしてる?
今でも長ズボンの丈は微妙に短いままですか?洗濯で縮んだって必死に言い訳していたkbbさんをなつかしく思います。

泣きじゃくる私にkbbさんが「別れても連絡するから大丈夫だよ」と慰めつつパッタリ連絡が来なくなったあの日から、もう15年が経ったのですね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、お手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんです。ひさびさに友達に会ったときにkbbさんの話題になってなつかしかったので、思いつくままに手紙でも書こうかなって。

今あのころの付き合いをあらためて考えてみると、私たち、めちゃめちゃな恋愛でしたね。なんだかんだ言っても余裕があるのはいつもkbbさんのほうで、私はいつも泣いていたような気がします。そういえばあのころkbbさんはよく「おれと別れたあとのおまえが心配だ」と言っていましたね。本当はkbbさんのほうがモテていないことは黙っていたのですが(私はわりと告白されていたので)、その後はどうですか?

私にとっては8人目の彼氏でしたが、そういえばkbbさんにとっては初恋の相手が私でしたよね。最初のころのkbbさんはキスすら歯に当てる下手さでがっかりしたものですが、最終的には妙に自信をつけていましたね。勘違いとは恐ろしいものです。

kbbさんは付き合った当初から思いやりに溢れていて、「一生おれについてきてもいいよ。女はおまえ一人でいいから」と言ってくれましたね。何様かと思いましたが、すごく嬉しくもありました。その後、結局何人にそのセリフを言ったんですか?それからのこと知りたいです。

総括して言えば、私はkbbさんと付き合ったことを決して恥とは思っていません。もっと素敵な人がいたかもと言えばそうですが、イライラする自分をこらえられるようになったのもkbbさんのおかげだし、感謝しています。

いろいろ書きましたが、私はkbbさんのことがそれでも好きでした。これからもkbbさんらしくいられるよう、そしてたまにはスーパー以外で洋服を買って(笑)、幸せをふりまいてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. お笑いについて知ったようなこと言うクセはもうなくなりましたか?

ここまでお読みになられた方ならこれが本当のものじゃないことはわかっていただけるかと思いますけど(そうだと信じたい(笑))、初恋の人からの手紙というネット上のサービスです。なかなかおもしろいサービスですね。しかも微妙に当たっているところが怖い。長ズボンの丈が微妙に短いのを洗濯のせいにしているところとか・・・(笑)。
キスの勘違いもどっかでしてそうで怖いです。指摘してくれなかった今までの彼女が悪いと開き直ってもいいですか?

まぁ勘違いってとっても怖いですよね。そんな勘違いの怖さを教えてくれる乾くるみの「イニシエーション・ラブ」です。必ず二回読みたくなる大傑作と裏表紙にも書かれています。そんな裏表紙に惹かれて買ったわけですが、いやぁ二回読みたくなりましたよ。もちろん僕の場合は飛ばし読みでしたけどね。あらすじを書いてしまうとすっごいつまらない失敗をやらかしてしまいそうなので書きません。これだけはどうぞ読んでみてください。絶対損はしませんよ。荻原浩の「噂」以上のできです。

乾くるみはこれから買い続けてしまうことになりそうです。

ネット上には本当にいろんなサービスがあるんですね。上記の初恋の人からの手紙もそうですし、この「イニシエーション・ラブ」の解説をしてくれるサイトもありました。わかりやすく教えてくれてありがたかったです。でも読んでいないひとは決して見ないでくださいね。後悔しますよ。

そういえば以前初恋の人を通勤電車の中でみたと書きましたけど、その後見かけることがなくなりました。避けられているのかしらとちょっと寂しくなっています。そんなことないよね?って誰でもいいから否定してほしい、そんなサービスはネット上にすらないですよね・・・(涙)。




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2009年02月28日

世界中が雨だったら-市川拓司

「世界中が雨だったら」 市川拓司

世界中が雨だったらこんにちは。

就職活動っていろんなことを教えてくれますね。実は自分がネクタイの結び方を知らなかったことを教えてくれたり、更級日記の作者が菅原なんとかさんだって教えてくれたり、how many times 〜をhow often 〜で書き換えられることを教えてくれたり。

さて、市川拓司「世界中が雨だったら」です。三編の短編が収められています。恋愛小説ばっかり書いているように思える市川拓司ですが、これに収められている三編は恋愛小説ではありません。というよりも人間を描いています。こういう基礎があるからこそ「恋愛寫眞」「いま、会いにゆきます」などの恋愛小説を買いても人間がしっかり描けるのでしょうけどね。

"琥珀の中に"はDVがテーマ。それに至る過程、それを克服する過程、そして高校生の女の子がいかに成長していくかが描かれています。

"世界中が雨だったら"はいじめがテーマ。少し自閉気味の男の子がいじめられて、それにいかに対応したかが描かれている。

"循環不安"は神経症気味の男がいかに今までの自分にうち勝っていくかを描いている。

と、きれいにまとめましたけど、それらが容赦なく描かれているのも特徴なのかもしれない。ひどい描写がひどく、細かく、目をそむけ、ページを閉じてしまいたくなるような表現で描かれている。人間のずるさ、ひどさまでもが醜く現れてくる。

"世界中が雨だったら"の彼はどこかしら「いま、会いにゆきます」のたっくんのように感じられるように描かれている。もしかしたら市川拓司の優しさが、"世界中が雨だったら"のようなエンディングではない彼のエンディングを考えた結果、たっくんというキャラクターがでてきたのかもしれない。
さて、優しさだけはこの世界は生きていくのは辛いのかもしれないけれど、市川拓司のように言い続ければいいのかもしれませんね。同じように知らないことがいっぱいあっても、どんどん知る努力さえ怠らなければなんとかなりそうですよね。がんばりましょう。




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2009年02月11日

村上春樹にご用心-内田樹

「村上春樹にご用心」 内田樹 

村上春樹にご用心こんばんは。

目の前にあるのに見えないものっていっぱいありますね。例えば親の愛。例えば友人の言葉。例えば捨て牌に見える当たり牌。困った物です。

さて、以前「羊男のクリスマス」を読んだときに村上春樹を読み返してみよう、と書いたんですけど、その前に内田樹(たつる)の「村上春樹にご用心」を読んでみました。積んどいたまま時間ばかりたっていたものです。

内田樹のブログ「内田樹の研究室」の記事や雑誌などに寄稿した村上春樹に関する文章を集めた作品集になっています。

内田樹は仏文学者ということでフランス語訳された村上春樹の作品なども取り上げていてなかなか興味深かったのですけど、いかんせん僕はフランス語を読めないので、内田樹の分析を鵜呑みにすることしかできないのが悲しかったのですけどね。

さて、内田樹による村上春樹作品の解説というか解釈というものも載っていました。初期三部作の僕と鼠の物語ですが、彼によると、鼠は実は「風の歌を聴け」の途中から死んでいるとのことでした。死んでいるというか、僕の前から永遠に消え去っている、とでもいうのでしょうかね。そうだったかしらと目から鱗でしたよ。そんな物語だったっけなってね。

そして村上春樹作品を読むと、料理をしたくなったり、洗濯をしたくなったりと、日常の細々としたことをちゃんとやろうと、いう気になるのは、村上春樹がそういうのを意識して書いているからとのことでした。
なんとなくそういう気になっていたのは僕だけじゃなくて、しかも村上春樹が意図してやっていたことなのね、と驚きでしたね。

村上春樹作品を好きとかいいながらたいていの文章は読んでいるのだ、と自負していたのに、なんにもわかっていなかったんだなぁ、ってショックでしたね。表面的なことにとらわれていて、意図された裏の表現まで読みとれていなかった。まぁ文学研究家ではないのでしょうがないって言っちゃえばおしまいなんでしょうけどね。

文学を研究するっていうのもなかなかおもしろそうではありますね。まぁ細かいところまでちゃんと読めないといけないってことは酔っぱらいながら作品を読めないって事なんでしょうけどね。それが辛いところですね。

さて、内田樹の分析を踏まえて村上春樹本を読み直しますかね。


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2009年02月03日

肩胛骨は翼のなごり-デイヴィッド・アーモンド

「肩胛骨は翼のなごり」 デイヴィッド・アーモンド

肩胛骨は翼のなごりおはようございます。
今日は仮病を使ってサボリです。これぐらい許されますよね。

先日ケーブルテレビで映画を観ました。その名も「天然コケッコー」。主演の夏帆ちゃんがとってもかわいい映画でした。ストーリーは東京から田舎に引っ越してきた男の子と、廃校寸前の学校で下級生の面倒もちゃんとみる女の子が惹かれ合っていくという、いたって普通の少女漫画チックな恋愛物語って感じです。が、何がよかったって夏帆ちゃんがスクール水着でうつぶせになっているシーンがありまして、そのときの彼女の健康そうな肩胛骨が美しくて何も言えないままおじさんは息をのんでしまいました。いいものを見せていただきました。

さて、本が好き!からいただいた本、「肩胛骨は翼のなごり」です。タイトルに惚れて見ただけでお願いしてしまいました。そうか!肩胛骨は翼のなごりだったのかぁ、って感じでね。

というわけで進化論的なサイエンスノンフィクションだと心の片隅で思っていました。でも表紙の絵がとっても怖い感じでホラーなのか?って思わされます。で、読み始めてみたら児童向けのサイエンスフィクションっていうところかしらね。表紙で損している気がするなぁ。

家族で引っ越しをしてきた。妹はまだ名前もない生まれたばかりのあかちゃん。妹は病院にいる。その家にある古びたガレージをのぞいてみるとほこりまみれでやせ衰え関節はこちこちにかたまっている彼をみつけた。虫の死骸を食べ、ブラウンエールと中華料理が大好きで口の悪い彼。彼の背中に手を回してみると肩胛骨のあたりに翼のようなものが触れた。こいつはいったいなんなんだ。そいつの名前はスケリグ。「不可思議な存在」。
妹が心臓の手術をすることになった。お願い助けて、スケリグ。

妹の命を祈り、スケリグのリューマチが治るように祈る。人の幸せが自分の幸せだと言わんばかりの純粋無垢な少年が主人公です。最初口の悪いスケリグが味方なのか敵なのかわからないまま物語はすすんでいくわけですが、だんだんとその口の悪さに隠されていた彼の聖的なものが現れてきます。誰かのことを祈るのって素晴らしいよね、そんなことを再確認させてもらえる物語になっていました。

僕の肩胛骨は太りすぎているためか肉に埋もれてさわることもできないのですけど、それと一緒に想像力まで埋もれてしまっているのでしょうかね。肩胛骨が翼のなごりだ、なんて発想がまったく出てこないですものね。こういう発想を大切にしていかないといけないですよね。




肩胛骨は翼のなごり
  • デイヴィッド・アーモンド/山田 順子 訳
  • 東京創元社
  • 735円
Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー



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2009年01月18日

八月の路上に捨てる-伊藤たかみ

「八月の路上に捨てる」 伊藤たかみ

八月の路上に捨てるこんばんは。

先日の鴻池官房副長官の女性問題のニュースをネットでみていて不思議に思いました。

官房長官、鴻池副長官に厳重注意 週刊誌報道巡り

 河村建夫官房長官は15日、鴻池祥肇官房副長官が知人の女性に議員宿舎の鍵を渡して宿泊させたとの週刊誌報道について鴻池氏から事情を聴いた。河村長官は記者会見で厳重注意したことを明らかにしたうえで「プライベートな問題だが、政府中枢にいる立場だからモラルが問われる。緊張感を持って公務に当たってほしい」と述べた。

 鴻池氏は記者団に「誠に申し訳なく不徳と思う」と陳謝。ただ「記事は事実と反するところがかなりある。男女の仲は誓ってない」と釈明し、辞任についても「考えていない」と否定した。(1/15日)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090116AT3S1501P15012009.html

「男女の仲は誓ってない」という言葉を読んで、ずいぶん古風なやりとりをしてから男女の仲になる人なんだなぁと不思議でした。まぁ68歳の世代の人ならそういう風な手続きを踏んでから男女関係になるのかしらって思っていました。ところが今日テレビで見ていたら、鴻池さんは
「男女の仲は、天地神明に誓ってない」
って言っていたようですね。
「男女の仲は、誓って、ない」

「男女の仲は、誓ってない」
と読み間違えていたようです。日本語って難しいですね。

さて、伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」です。芥川賞を取った作品です。

自動販売機のリース会社に勤める水城さんと敦。自動販売機にジュースを補充する仕事をしている二人。そんな二人がトラックで回りながらいつものように自動販売機にジュースを補充していく一日が舞台です。水城さんはその日で配置転換のために、現場に出ることはなくなる。
敦は大学時代につきあい始めて結婚した知恵子と離婚したばかり。水城さんはずいぶん昔に離婚して子供を預けて一人ぐらし。そんな二人が仕事をしながら語り合う。その会話が作品の全てです。

八月の路上に何を捨てたかは本書を読んでいただくとして、敦が知恵子と別れた理由。それはやっぱり二人のコミュニケーションが不足していたから。知恵子は編集者になるという夢を一度諦めて他の会社に就職する。敦は脚本家になる夢を追って今の仕事を始めたがもうその夢は諦めきっている。ある日知恵子が出版社に就職して夢を叶える。彼女が語る仕事先での夢や愚痴。それに居心地の悪い思いをする敦だったけど、知恵子が会社を辞めてしまい、精神的におかしくなってしまうと、二人の関係もだんだん壊れていく。

結局敦が浮気をすることで二人の関係に終止符を打つのだけれど、結婚をするきっかけを離婚届を出すきっかけも二人とも口にだすこともできずにだらだらと先に延ばしてしまう。言うことで決定的な状況を作り出してしまうのが怖かったのかもしれないですね。

僕もいつも決定的な何かを作り出さないように、なるべくそういう言葉を言わないようにしているのですけど、酔っぱらってしまうとそれを忘れてしまってくだらないことをいつまでも言っている時があるんですよね。だから自己嫌悪に陥ってしまうのでしょうけど、だからって決定的な何かを言わないとどこにもいけないのもわかっているんですけどね。難しいですよね。





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2009年01月17日

新婚旅行は命がけ 新婚物語T-新井素子

「新婚旅行は命がけ 新婚物語T」 新井素子

画像はないけどアマゾンに飛ぶよこんにちは。

先日友人からこんな質問をされました。
「近々結婚するの?」
そんな予定も相手もあらず、どうしてそんなこと聞くのだろうかと考えてみたら、一つ思い当たる節が……。
今年の年賀状を送るのに、友人に住所を聞いていたのですけど、一人だけ聞いたのに年賀状を送るのを忘れていた人がいました。こっちは送った物だとばっかりおもっていたので、その質問が唐突でびっくりでした。

さて、新井素子「新婚旅行は命がけ」です。新井素子は以前「本屋でぼくの本を見た」で短い文章を読んだことはあったのですけど、長い文章はこれが初めてです。といっても短編集なんですけどね。

陽子さんと正彦君は新婚でマレーシアに来ています。陽子さんの言うことも聞かずにビーチに寝転がっている正彦君。正彦君の言うことも聞かずにウミヘビをつかもうとした陽子さん。やけどのせいで新婚初夜はベッドでうなっていることしかできなかった正彦君。といったように、うまくいっていないんだか、いっているだかわからない二人です。そんな二人の新婚生活の様子がおもしろおかしく描かれています。

二人で一緒に生活することになって食事の好みや寝相の悪さ、いびきの大きさ、テレビをずっとみていなければならないなどなどお互い見えなかったことがどんどん出てきてそれのすりあわせをしていく過程が丁寧に書かれていて、結婚を夢見る女性が読むと大変役に立つ教科書になるのではないでしょうかね。

ゼクシィのCMに出てくるような女の子に「結婚して」って言われたら今すぐにでも区役所に飛び込んでいくんですけど、なかなかそういう子が現れないのが問題ですよね。なんてこと言っていて周りにいる子が結婚したいと密かに思っていたら怒られちゃうからこの辺でやめておきましょうかね。

そうそう、この作品は「結婚物語」の続編っていうことになっているみたいです。正彦君と陽子さんがつきあうところから結婚に至るまでが描かれているそうなんですけど、こちらの方が僕にとっては役に立つのかしらなんて思っています。




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2009年01月16日

ほぼ日刊イトイ新聞の本-糸井重里

「ほぼ日刊イトイ新聞の本」 糸井重里

ほぼ日刊イトイ新聞の本こんばんは。

俺ってセクシーだろ?
タクシーの間違いじゃない?

ってどこかのお笑い芸人が言っていましたけど、まさに僕のことでしょうかね。

さて、「言いまつがい」「オトナ語の謎。」のようなコンテンツがあるここならそんなおもしろい言葉がたくさん見つかるのじゃないかしらね。ほぼ日刊イトイ新聞です。

そんなサイトを立ち上げる前から、そしてハイハイも終わり幼児期が終わる頃のほぼ日に糸井重里は何を考えていたのか。そんなことが書かれているのが本書「ほぼ日刊イトイ新聞の本」です。

コピーライターとして、仕事の仕方に行き詰まりを感じた糸井重里がほぼ日を立ち上げるまで。そして出演することになったテレビ番組のおかげで予定よりも早くなったサイト開設日までのドタバタ。

ほぼ日をビジネスとして考えたときの可能性。そんなことがつぶさに書かれています。

埋蔵金発掘なんかをやっている糸井重里をテレビで見ていて、いつもうさんくさい人だなぁ、この人は。なんて思っていたんですけど、この本を読んでみると、彼が何に向かって、何を目的にしてああいう番組に出ているのか。そして何が楽しいと思っているのかがよくわかりますね。

「おいしい生活」

なんて言葉は知っていても、それをつくったのが糸井重里だよなんてピンと来ないのが僕らの年代だと思いますけど、彼はそうやっていくつもの"新しい"言葉を作り、時代の先端を走っていた。そうやって一人走るからこそ、一緒に走る人がいなかったからこそ、ここまで悩んで悩み抜いて、そしてこんなサイトをつくったんでしょうね。

いまや当たり前になりつつある、一般サイトのコンテンツとして広告をする手法。これもほぼ日ができた頃にはなかったですよね。そういう何もないところに新しいものを作る彼のエネルギーがすごいんでしょうね。

そうそうこの本を読んで知ったのですけど、

おちこんだりもしたけれど、わたしは元気です

という魔女の宅急便のキャッチコピー、これも糸井重里が作ったらしいです。どうやってこういう風に人の心に残る言葉を作っていくのでしょうかね。僕もくだらないおしゃべりばかりしていないで、こういう言葉を少しは考えないといけませんねぇ。






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2008年12月31日

リセット・ボタン-伊藤たかみ

「リセット・ボタン」 伊藤たかみ

リセット・ボタンこんばんは。

みなさま、今年も一年間ありがとうございました。2005年にこのブログをはじめましたけど、初めて一年間を通して記事をアップできる年になりました。今年は247冊の本を読めたみたいです。三日で二冊ぐらいでした。一日一冊の目標は達成できませんでしたが、まぁ良しとしましょうかね。

さて大晦日とは一年に区切りをつけてリセットするようなものですけど、今年最後の更新にぴったりの本書「リセット・ボタン」、伊藤たかみです。初めて彼女の作品を読んだときはそこまで心に残ることにならなかったのですけど、なんとなく気になっていつのまにか手にとってしまっています。

大学生の僕がネットで知り合ったのは昔の恋人と同じ名前をもつ「荻原ミサ」。そのサイトは自殺志願者が集まるサイトだった。いつのまにか彼女にメッセージを送っていた僕は彼女に会い、遺書を書ける場所を提供する代わりに生活費をもってもらう約束をする。だんだん彼女に惹かれていく僕だったけど、彼女が遺書を書き上げてしまえば二人の生活は終わってしまう。彼女と関係を持ち、彼女と生活をともにすればするほど離れがたくなっていく。
そして遺書が書き上がり彼女は自殺を決行する。そして彼女が僕に遺したメッセージにはこう書かれていた。
もし自殺が上手くいったら、きみはほんのちょっとだけ泣いて下さい。
そのために僕は旅に出る。おじさんが遺してくれたマウンテンバイクに乗って。

あらすじを書いてみたら暗い話題しかない今の季節に合わない内容でしたね。今日も東横線でそういうことがありましたしね。せっかく社会がリセットボタンを押してくれる大晦日なのに、わざわざ自分自身でリセットすることなんてないのに。

一昔前にファミコンのリセットボタンを押すように人間関係をリセットする若者が多くなってきた、とどこかで言っている人がいたような気がしましたけど、昔から同じような装置はあったわけですね。大晦日然り、夏祭り然り、毎晩の晩酌という習慣だって結局は一日をリセットする装置だったようにも思えますしね。

さて、一年のリセットボタンとなる0時まであと5時間を切りました。あとは酒でも飲んで、思い出したくないことも記憶のなかからリセットして新年に備えたいと思います。

みなさまよいお年をお迎え下さい。来年も素敵な一年になりますように。来年もどうぞよろしくおねがいしますね。

ではでは、よいお酒を飲みましょう。




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太陽の季節-石原慎太郎

「太陽の季節」 石原慎太郎

太陽の季節こんばんは。

昨日は久しぶりにゴルフに行ってきました。スコアはあまり聞かないでくださいな。一打100円しかかかっていないからお得なゴルフでしたってだけ言っておきましょうかね。予報では寒くなるって聞いていたのですけど、すっごいいい天気で暖かくてゴルフ日和でしたよ。って人よりも二倍ぐらい動いていたから暑かったのは自分だけだったのかもしれないですけどね。

さて、「太陽の季節」、石原慎太郎です。一世を風靡した太陽族の言葉の元になった作品です。です、って当時を知らないんですけどね。

バスケやボクシングなど、なにをやってもそこそこうまい竜哉と竜哉に惚れた英子のお話です。遊びでしか女とつきあったことのない竜哉が初めて真剣につきあったのが英子だった。しかし、英子がだんだんと煩わしくなっていく竜哉。それでも竜哉に惚れている英子は他の男に金で売られるようなことをされてもやっぱり竜哉についていく。そして竜哉の子供をみごもってしまう英子は堕胎手術の最中に死んでしまう。

竜哉って最低の男です。これが硬派だと呼ばれるのなら石原慎太郎の目指す硬派はただかっこうわるいものとしか思えません。ヨットや女性とのつきあい方など、表面的な生活スタイルをこの作品から真似た太陽族が女性の扱い方まで真似たとしたらずいぶん悲しい気もちになってしまいます。

本作は"太陽の季節"の他に4編が収録されているのですけど、どの作品のラストも女性が男の子供を身ごもって死んでしまう作品ばかりでした。石原慎太郎はそういう経験をしたんでしょうかね。もしくは近しい人にそういうことがあったのかもしれないですね。それが強烈な印象となって自分に残ったのだろうと推察できますね。

僕は基本的に人を嫌いになることはないのですけど、石原慎太郎他数人だけはどうしても好きになれません。人を嫌いになるのに、その人を知らないで嫌いなんていうのはあまりにもかわいそうだろうって思って、彼の作品をいくつか読んでいるのですけどやっぱり好きになれないですね。作品"太陽の季節"自体は結構すきだったのですけど、5編がまとめられた本文庫は同じようなテーマがおおかったのか、新鮮さがなくてつまらなくなってしまったのかもしれないですね。

まぁ、最近の彼の著作を読むつもりは元々ありませんし、もう石原慎太郎作品は読まないのでしょうね。好悪の感情はなかなか変わらないものですね。寂しいですけどね。




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ロマンティック-大久秀憲

「ロマンティック」 大久秀憲

ロマンティックこんにちは。今年の垢は今年の内にということで今年読んだ本は今年中に。怠けていた証拠なんですけど、今年読んでまだ記事にしていないのが、あと三冊もあるんです。今年中におわるかしら。

さて、「ロマンティック」、大久秀憲です。表紙いっぱいに描かれた秋葉系美少女がいやらしくて恥ずかしい本でした。電車の中で久しぶりにカバーをかけちゃいましたもの。

さて、本作はすばる文学賞を受賞しています。原田宗典や佐藤正午もここからデビューしています。

さて、内容はといえば、うーんって感じでした。表紙の美少女はたしかに出てくる物の、こんなに秋葉系じゃないだろうって思いながら読んでいましたしね。

あらすじを描こうとおもっていたのですけど、イマイチ思い出せないのが悲しい。野球少年とそれをとりまく元野球少年のお話なのですけど、そいつらが何をどうした?って聞かれてもなんだっけともう一度本を開いてしまうことになりそうです。

うーん、書くことがなくなってしまった。まぁ本を読んでいればこういうこともありますわなぁ。
作者の大久秀憲はこの作品のあと本を出版していないようですね。どこかで作品を発表しているんでしょうけどね。次回作に期待でしょうかね。




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2008年12月27日

客室乗務員は見た!-伊集院憲弘

「客室乗務員は見た!」 伊集院憲弘

客室乗務員は見た!こんにちは。

小学校のときの夏休みの宿題のように最後の帳尻を合わせるかのように更新していますけどお許しを。

さて、僕の働いているところは昨日で仕事納めでした。というわけで酔っぱらって帰ってきたわけですが、まだ仕事納めになっていないよーって人もいますよね。がんばってくださいねー。

今年の海外旅行者数は不況のあおりを受けて例年よりも少なくなるみたいですね。せっかくの円高なのにもったいないですよね。僕が韓国に行って来たときよりも円高が進んでいますものね。免税のタバコがあのころより安く買えるのかと思うとうらやましい限りです、ってタバコよりもバッグや財布の方がいいって人の方が多いんでしょうけどね。

さて、「客室乗務員は見た!」、伊集院憲弘です。韓国に行ったときの帰りの飛行機で、「ありがとう」と韓国語で言ったら韓国人のスチュワーデスさんに「きれいな発音ね」と言われて舞い上がってしまいましたけど、スチュワーデスさんってきれいな人がおおいですよね。

そんな人たちが甲斐甲斐しく飲み物や食べ物をサービスしてくれる機内です。僕なんかは遠くで眺めて楽しんでいるだけなんですけど、彼女、彼らにしてみれば困ったお客さんも多いみたいです。トイレでの喫煙や客室乗務員への暴力。子供か!?って思わせるような行動をとるお客さんも多いみたいです。

JALの客室乗務員をしていた著者がそんなお客さんと出会った時のエピソードがいっぱい書いてあります。

困ったお客さんは陸にいようが空にいようが困った物ですけど、機内で出産という困ったというよりかは緊迫した状況というものもあるようで、今までに二回ほどあったそうです。その時のエピソードも書かれているのですけど、これは涙なくしては読めないぐらい感動してしまいました。

産気づいた言葉の通じない中国人の乗客のために、ファーストクラスの一席をあけ、機内で医者や看護士を捜し、言葉を通訳できる人を連れてきて、救急キットから使える物を用意して、さらに機内食用のお湯やらなんやらを用意し、そして機内提供用のウイスキーで手を消毒して子供を取り上げる。

一番最初のスチュワーデスの応募用件は身長でも体重でも顔でもなくて、看護士の資格だったそうですね。こういう事は想定していないだろうけど、機内にいるたかだか300人ぐらいの人しか頼れないところで全ての状況に対処しなきゃいけないのは、とっても心細いでしょうね。

機内で出産し、無事に病院に搬送されたことを機内放送で伝えたら乗客から拍手がわき起こったそうです。みんなが一緒になっていたってことなんでしょうね。そんな風に祈っているのだから無事に生まれないはずがないですね。

今これを書いていても涙腺がびくびくしています。困った物です。
こんな風にがんばっている客室乗務員のみなさんなんだから、海外旅行に行くときはスチュワーデスさんのきれいな足と素敵な笑顔ににデレデレするぐらいにして、困らせるようなことはしないようにしましょうね。



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いま、会いにゆきます-市川拓司

「いま、会いにゆきます」 市川拓司

いま、会いにゆきますこんにちは。

先日家に帰ろうと電車に乗ろうとしていました。扉があいた電車から突然五歳ぐらいの男の子が飛び出してきました。その後ろからお母さんが「たーいむ!!」と大きな声で言ったらその子が急ブレーキをかけて止まりました。その二人のやりとりが微笑ましくて、さらにお母さんの「たーいむ!!」っていう言い方がとってもかわいくて、少し和ませていただきました。ありがとう。

さて、「いま、会いにゆきます」市川拓司です。
数年前に映画がすっごい話題になりましたね。今更この本を手に取るなんて相変わらず時代に乗れていないkbbですね。

記憶がテーマのこの作品。
病気のせいで記憶力の弱い父親、たっくん。6歳の息子佑司。そして佑司が5歳の時になくなった母親、澪。佑司は自分が原因で母が死んだと思いこんでいる。
澪は死ぬときに、雨が降る季節になったら戻ってくる、と言っていた。そして本当に戻ってきた。たっくんと佑司と記憶をなくしたかに見える澪の生活が再度はじまる。そして雨が降る季節が終わったら澪は戻っていってしまう。

そんなお話です。最後にあっといわせる仕掛けがあって最後まで楽しめる作品です。

それにしても記憶です。その人が存在しなくなっても、人の心の中にはその人は生き続ける。そして記憶の中に存在している限りその人は存在すると言えるのではないか。そんな風に考えますね。そんなことを「アーカイブ星」という舞台で説明しようとしている市川拓司。うまいなぁって思わせてくれます。アーカイブ星は死んだ人が行く星。地球の誰かの心の中に記憶されているかぎりその星に暮らすことができる。
たっくんは佑司に言う。
僕が死んだ時にアーカイブ星で澪に会えるように、佑司はお母さんのこといつまでも忘れちゃだめだよ。
忘れるわけなんかないじゃないですかね。
輪郭や声や細かいことは忘れてしまっても、存在は決して忘れるわけがない。そう思います。

母親が戻っていったあとで佑司はどんな風に成長していくのかって、いろいろ考えさせてもらえる素敵お話になっていました。肉親が亡くなってしまってすぐの人が読めばただつらいだけかもしれないけれど、亡くなってしばらくした人ならとても共感してしまうようなお話になっていると思うな。
なんか何を言っているのかよくわからないですね。昨日のお酒は抜けたはずなのになぁ。



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2008年12月14日

ドライブイン蒲生-伊藤たかみ

「ドライブイン蒲生」 伊藤たかみ

ドライブイン蒲生こんばんは。
金曜日に会社の人とフットサルに行って来たのですけど、アップも終わってさぁがんばろうと、ボールを追いかけていたら、一試合目に足首をひねってしまいました。足を着くこともできずその後はずっと見学なんて、なにしにいったのかわからない感じになっちゃいました。運動不足なんでしょうね、きっと。

さて、初伊藤たかみです。最近本屋さんにいくと、いくつも本がでているので売れている作家さんなんでしょうね。

表題作他3作が収録されています。どれも変な家族に振り回される人が主人公です。といっても、その人自身も少しおかしいって感じですかね。

どれもなかなかよかったのですけど、一番心に残ったのは「ジャトーミン」という短編でした。
「ジャトーミン」とは「蛇冬眠」と書く。父親の俳号だけど、父が俳句をつくっているところを見たことがない。で始まる物語。
ある日病床の父親の耳から小さいカプセルがでてきた、と妹が言ってきた。柔らかそうなそのカプセルをあけてみたいと思う僕は妹に賭を申し出た。賭に負けた罰は釣り合った物でなくてはならない、という父親の教え通り、賭に負けたらそのカプセルを耳に入れるように妹は僕に言った。
賭に負けた僕はそのカプセルを耳の中にいれることになる。父親の分身とも言えるそのカプセルを耳にいれて、僕はこれから生きていく。

そんなお話なんですけど、子供からみて全然かっこよくない父親でもやっぱりかけがえのないものってことなんでしょうね。

30を過ぎてから無性に子供が欲しくてたまらなくなるときがあります。自分の人生を子供という証として遺したいってことなんでしょうかね。といって自分の人生もままならないのに、子供という他人の人生に責任を負うことなんてできないのでしょうけどね。

子供ができたとしても、フットサルの一試合目で足首をくじいて動けなくなるような父親はかっこわるくて無視されちゃうかもしれないですね。そんな父親でも子供は優しくしてくれるものなのでしょうかね。




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2008年12月07日

視えずの魚-明石散人

「視えずの魚」 明石散人

視えずの魚こんばんは。
昨日のニュースで見たのですけど、写楽が扇に書いた肉筆画がギリシャの美術館で見つかったそうですね。(って今ネットで調べたらもう半年くらい前のお話だったようです。)こんな長い間誰にも写楽作だって気づかれなかった作品もすごいですけど、それを収蔵していた美術館もすごいですね。誰のだかわからないから、捨てちゃえってならないのはやっぱり美術品としての価値があったからなんでしょうかね。

さて、そんな写楽がテーマの小説「視えずの魚」です。作者自身が探偵となって写楽の肉筆画を探しにいくって感じの大筋に、やくざの麻雀やらドイツのオークションやら、なんやかやが詰まっていてなかなかおもしろく仕上がっています。

この作者、なかなか理屈好きのようで、理屈っぽいって言われる僕でもすこし辟易としてしまう文章も多かったのですけど、我慢しながら読んでいるとなるほどと納得できるので、まぁ許せるのでしょうかね。

さてそんな彼の理屈でも一番納得できたのが、恋愛について彼が語るところ。

男と女は出会ったときが一番おもしろい。恋愛を始めてしまえば、必ず終わりが来てしまうのだから始めることなんてしない方がいい。

もし目の前の女を抱くのに障害があるのなら妄想すればいい。妄想と実行、この二つは同じようなものだから。

なるほど、って感じですよね。
一つ目のも二つ目のもなるほどって感じでしょ。でもこれって人は本能的にわかっているんじゃないかしらね。だから恋と愛の違いもわからないような高校生でも振られたら今までと関係が変わってしまう。今までと同じような関係ではいられない。だから告白なんて到底できないって考えて告白するのに思いっきり勇気がいるんですよね。これって、振られるにしろつきあうにしろ、恋愛が始まってしまったらその時点で二人の関係がまったく異なってしまうことをわかっているからそう思うのじゃないでしょうかね。始まりのある物には必ず終わりがある。恋愛に限らずなんでもそうなんですよね。
友人と飲み始めてもいつか解散しなければならない、なんていつもそれが寂しいなぁって思ってしまうので飲み始めからはしゃいでしまうのですけど、それもきっとそういう理由からなんでしょうね。

こんなことが理屈っぽくいくつも書いてあるのですけど、僕の説明じゃ全然説得されない人多数だと思うので興味を持った人はぜひぜひ読んでみてくださいな。

でも、人に何かを説明するのって本当に難しいですよね。冒頭の写楽の肉筆画もこれは写楽の書いた物だってどうやってみんなに納得させたんでしょうかね。まぁ世の中のすべてがひっくり返されることが前提の仮説だっていいますし、そういう仮説の上に成り立っている不確かな世の中がおもしろいってことなのかもしれないですね。全部が決まっている世の中だと居場所がなくなっちゃいますものね。




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2008年11月29日

地下鉄(メトロ)に乗って-浅田次郎

「地下鉄(メトロ)に乗って」 浅田次郎

地下鉄(メトロ)に乗ってこんにちは。

昨日はお誕生日でした。とうとう30の大台です。これからは単位を10として、三ちゃいとして生きていこうと思います。

さて、昨日は誰もつきあってくれる人がいなくて一人で飲む予定だったのですけど、おめでとうメールをくれた女の子に片っ端から「おひま?」って聞いていたら、誕生日に一人で過ごすなんてだめ!っていってくれた子がつきあってくれました。あとからもう一人合流して計三人で楽しく飲むことが出来ました。早く切り上げる予定だったのですけど結局終電まで飲んでしまい、帰りにその子にもらったお花をもって母親のお墓に行って来ました。そのお花をお供えしてありがとう、と言いにね。やっぱり誕生日っていいものですね。

フィッシュマーケットチムタッさて、韓国滞在記、最後のレポートです。残念ながら曇っていて対馬を見ることはできませんでしたけど、釜山の港から海を眺めてみたり、フィッシュマーケットをのぞいてみたりして釜山観光を楽しんだ後、KTXという韓国版新幹線に乗り2時間半でソウルへ。そこで友人の予約してくれたホテルへチェックインして4日目が終了です。

月曜日の昼間は初めて僕ら日本人だけの単独行動。前日に切符の買い方と買うときの韓国語を習っていたので地下鉄はばっちりでした。ソウル中にメトロのネットワークが走っていて、どこへ行ってもすぐに地下鉄の駅を見つけられるので便利ですね。
ミョンドンでおいしそうな鶏の煮込み料理を見つけて最初は甘辛い味に満足していたらどんどん辛くなっていって最後は唇がただれたんじゃないかと思うような料理チムタッという料理を楽しんだり、ソウルタワーの上からソウルの街並みを見下ろしたり。韓国語が話せなくてもなんとかなるものですね。ダイソーで日本のみんなにおみやげが買えて安上がりで済んでよかったよかった。
夕飯は最後の晩餐というわけで、お酒を飲もうと日本風の居酒屋に行きました。犬の具合が悪いみたいだから今日は早く帰るという友人だったのですが盛り上がってしまって結局電車がなくなってしまいタクシーで帰ることになるぐらいまで時間も忘れて、このまま日本に帰りたくないと思わせてくれるような晩餐になりました。

次の日、14時に空港にチェックインという予定で、日本へのおみやげを買いに朝から動き回り、なんとかなったところで時間切れ。昼休みという友人がバスターミナルまで送ってくれて最後のお別れとなりました。別れってどんなときでも寂しいものですけど、次いつ会えるかわからないかと思うと一層悲しいものでした。帰りの飛行機でスチュワーデスさんに、ありがとう、と韓国語で言ったら発音がうまいねって言われてはしゃいでビールを飲み過ぎてしまったりとありましたけど、無事に羽田に戻ってきて旅も終わりました。

スチュワーデスさんにもほめられたことだし、また絶対韓国に行ってやるんだ!って感じで今は韓国語の勉強に燃えています。

さて、韓国で読んだ本第三弾です。旅行中に三冊の本を読んできました。こちらはソウルではなく東京のメトロが舞台です。

ある時メトロの出口を出るとそこは子供の頃住んでいたあの街だった。兄を鉄道飛び込みで亡くした真次は兄からの最後の電話を受け取った母を父親のところから引き取って暮らしていた。母は今でも兄との電話で彼を止めることができなかったことで悔やんでいる。
父は一代で財をなし財閥と呼ばれるぐらいまで育て上げた実業家。誰に対しても厳格で容赦がない。

その後も何回もメトロの出口から過去へと戻らされる真次はそんな父の幼少の頃から財をなすようになるまでを見せられ、母と父の出会いまでも見せられる。そこにいるのはあの厳格な父ではなく、心優しいどこにでもいる若者だった。そんな若者の人生を狂わせたのは戦争という狂気だったのか。それとも女だったのか。

そうやって最後は母と兄の最後の電話の内容まで知らされてしまう。

浅田次郎らしく、ほろっとさせてくれて、最後になんだか元気になれる。どこまで落ちていくことはないのだと教えてくれる。そんな作品になっていました。

僕も毎日通勤でメトロを使っていますけどこんな風に突然昔のところに出たらどうしようってどきどきしてしまいますね。でも母親と会話をして、聞けなかったことをいっぱい聞いてみたいそうも思うな。今日という日を今年も迎えることができた僕は幸せなんでしょうね。

今日は友人が僕のサプライズパーティーを開いてくれるというので楽しみです。毎月恒例なので、サプライズでもなんでもないのですけど、でも楽しみに代わりはないですね。では今日ぐらいはいっぱい酔っぱらって来マース。っていいながらいつも酔っぱらっているんですけどね(笑)




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2008年11月27日

夜のピクニック-恩田陸

「夜のピクニック」 恩田陸

夜のピクニックこんばんは。

左の自己紹介のところで、切り捨てで20歳って書いてあるのですけど、とうとう明日で切り捨てても20にはなれなくなっちゃいます。これからは10の位を切り捨てて0ちゃいって紹介することにしようかしら、なんて考えているのですけど、うまくいきますかね。

ペンション慶州





骨付きカルビ海雲台さて、韓国旅行の二日目です。朝も早くから待ち合わせしてバスで世界遺産のある慶州へ向かいました。バスで4時間です。すっごいスピードで飛ばしながらクラクションをものすごく鳴らして疾走するバスに揺られながらついたときにはお尻が痛かったです。
重いバックバックを肩に食い込ませながらペンションへ向かいました。韓国人の友人が予約したペンションへ。そこは白馬の王子様を夢見る女の子が喜びそうな部屋でした。風船が浮いていたり、ハート形の鏡がおいてあったり。部屋に入って四人で思わず顔を見合わせて照れ笑いしてしまうような部屋でした。ついて早々世界遺産を見て回りました。そして帰り道にスーパーによりその日の食材を買いました。そう、寒い中バーベキュー大会です。肉やら酒やら、やっぱりここでもキムチやらを買って寒い寒いいいながら暖かい肉がすぐにさめてしまう外で始まったバーベキュー。でもおいしいお肉と楽しい会話で心はほっかほかです。
次の日、電車で釜山のリゾート地、海雲台(ヘウンデ)へ向かい、韓国人の友人のご両親と会って、おいしい骨付きカルビをごちそうになりました。夏に日本にいらっしゃって、僕が東京を案内したご両親です。久しぶりの再会で誰もが笑顔になっていました。向こうは韓国語しか話せない。僕らは日本語しか話せない。それでもコミュニケーションがとれるものなんですね。まぁまぁ乗りなさい、なんて言われながら車で向かったお店はすっごいおいしくて大満足です。
そしてご両親が予約してくれた高級ホテルに泊まりその日はベッドに足を伸ばして言うことなしでした。

さて、この旅行の間中、バックパックを肩に食い込ませながら歩いていたわけですが、それでも80kmは歩いていません。80kmの道のりを夜通しかけて歩く学校行事が舞台の「夜のピクニック」です。本屋大賞を取って一時期すっごい話題になった作品ですね。

融と忍は仲のいい男通し。歩行祭で一緒にゴールしたいとお互いが思う仲だ。
貴子と美和子は仲のいい女の子通し。やっぱり一緒にゴールしたいと思う。

融と貴子には誰にも言えない秘密がある。親友にも言えないその秘密が二人の仲をぎくしゃくさせる。しかし、その秘密を乗り越えた時、二人の関係は全然違ったものになる。

ってこれじゃあ感想でもなんでもなくて、ただのあらすじですね。バスの中や電車の中で読んでいたのですけど、あまり頭に入ってこなかったのが正直のところです。

うちの大学では有志が企画したミッドナイトウォークという行事があって、夜通し学校まで歩いていくというものだったらしいです。僕は参加したことはないのですけど、それに参加した友人を見ていると共通の達成感というものを共有できるのか、それ以降のみんなの仲の良さがずいぶんうらやましかった記憶があります。

辛いことをみんなで達成するっていうのはきっとなかなか体験できないことなんでしょうね。こういうのを強制的にしろ感じさせる歩行祭というものはなかなかいい経験になるのでしょうね。

韓国旅行なんて楽しい中でどんなに歩いたって何も得る物はない、っていうわけじゃないんですけどね。またわけのわからないことを書き連ねるだけになってしまいましたけど、まっ、いっかの精神でいこうと思います。

さて、20代最後の夜を楽しんでこよっと。





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2008年11月19日

欲シガリマセン欲しがります-井上ひさし編

「欲シガリマセン欲しがります」 井上ひさし編

画像はないけどアマゾンに飛ぶよこんばんは。

とうとう明日から韓国です。やっと韓国の友人と連絡もとれ、泊まるところも確保できました。あとはパスポートと航空券さえわすれないで時間通りに空港にいけば韓国の地を踏むことができそうです。入国を断られるようなことがなければね。

さて、井上ひさし編の「欲シガリマセン欲しがります」です。タイトルからもわかるとおり太平洋戦争当時の日本の話です。

といっても、小説ではありません。主人公は大陸で戦った軍人さんでも、太平洋上で戦った軍人さんでも、ましてや特攻機を駆ってその若い命を散らせた若者でもありません。それよりも圧倒的に多数の日本国内にいた普通の人たちの物語です。

物語といいましたけど、フィクションではなく、当時からあった会社の社史の戦争当時の記述を集めています。

毎日新聞や朝日新聞などのマスコミにはじまり、岩波書店、国鉄、新日鉄、三菱銀行、東洋工業、東京国立博物館、女子学習院、後楽園スタヂアム、資生堂、高島屋などなど、いろんな業種から集められています。太平洋戦争当時からあった会社だけあって今では大企業のものばっかりですけど、当時はまだまだビルの一部を間借りして営業していたような会社もあります。

軍人さんの物語はいっぱいあります。しかも、彼らの物語は命がけです。しかし、社史に登場する普通の会社員も命がけで自分の会社、家族、生活を守ろうとしています。彼らも空襲や軍部からの圧力、総力戦という名の国からの営業妨害に負けずに戦っています。

ある人は空襲から上質紙を守るために紙をもって逃げ惑います。ある会社では売るものがなくなっていき、防空用品を売ってしのぎます。ある売店ではとうとうタバコまで統制によって売らせてもらえなくなり、甘くした水を凍らせただけのものを売っていました。あるところではお客さんの預金を守るために必死になって台帳を守ります。

そして、玉音放送によって戦争が終わります。しかし、終わったからといって安心できるわけではありません。敗戦の混乱が戦争中の空襲よりも彼らを苦しめます。売る物を作り出し、焼け跡から台帳を探し出します。占領地だった朝鮮や中国では、民衆の蜂起が発生しないように、平和裡に政権の委譲が行われるように当地の放送局が必死になって戦争が終わったことを伝えます。彼らの多くが自分の身の危険を冒してまで誰かのために生きています。

こういう普通の生活をする人たちにクローズアップした作品ってなかなかないですよね。

おもしろかったのは社史にもいろいろあるんだなぁってこと。年表などにまとめながらお堅く書かれているものから、これは大げさに書きすぎじゃないかと思いつつも小説を読んでいるかのような文学的表現がちりばめられているようなものまで。

僕がこうやって韓国にいけるのも、会社を平気で休めるのも、平和だからなんですよね。ただそれだけの理由でもいいいから、平和が長く、少しだけでも長く続けばいい。そう思うな。




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2008年11月09日

納棺夫日記 増補改訂版-青木新門

「納棺夫日記 増補改訂版」 青木新門

納棺夫日記 増補改訂版こんにちは。

さきほど、本の整理をしてみました。おかげで本棚のスペースが増えてまだもう少し本がおけると安心したところです。といっても、少し本を移動しただけなので、またすぐにいっぱいになっちゃうんでしょうけどね。

さて、「納棺夫日記」です。映画「おくりびと」がえらくよかったので読んでみました。本木雅弘が読んでおくりびとの製作を監督にすすめたという作品です。

納棺夫という職業についた著者が人の死、宗教、納棺夫という職業などなど死にまつわる彼の考え方が描かれています。

映画で描かれていたように、奥さんにけがらわしいと言われたり、親戚から絶縁だといわれたり、あの映画で描かれていたようなことを経験してきた著者の古今東西の宗教、哲学について、死についてがむしゃらに勉強したことがよくわかる内容になっています。

でも、そういった彼が勉強して得た知識よりもなによりも僕の心にいつまでも残っているのは彼が自分の経験から得た言葉。富山で生まれ育った彼には富山にしかない、みぞれの季節というものからみぞれと人の生死に対する考え方がよく似ていると話す。みぞれもその日の気温によって、雨と雪の混じり具合がかわるように、人の心に占める生死の割合もその時代の背景によって変わっていくという。戦争や飢饉がおこれば、死が語られることが多くなるけど、平和や繁栄の時代にはいかに生きるかということしか語られることがない。いかに死ぬかということが語られない世の中では人は死を忌み嫌う物としか感じなくなってしまうという。

だから彼は、宗教的に納棺を行うのではなく、仕事として、営みとして納棺師として納棺という仕事をしようと、心に決める。そうやって周りの反対や気持ちを押し切ってその仕事を最後までやり通す。

死に触れることが多かった彼だからこそ、書けることなのでしょうね。

元々詩人として活動していた彼でしたけど、その後吉村昭の推薦により同人誌に小説などを寄稿していたけど、経営していた喫茶店の倒産などを乗り越えて、納棺師として生きていくことになる。そういった文学的な素地のあったひとだからこそ、彼の言葉がストンと心に響いてくるのかもしれない。

本の整理をしていて、この本棚で移動させられたり、保管させられたりしている間はこいつらは生命がないような、いわば死んだ書としてしか存在することができない。だからこそ、いろんな人にいい本をいっぱい紹介して、こいつらを生き返らせることができたら、いいなぁ。そんな風に思ってしまいました。




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2008年10月13日

潤一-井上荒野

「潤一」 井上荒野

潤一こんばんは。
芸術の秋!というわけで昨日は友人がやっている吹奏楽団の発表会を聞いてきました。サックスを教えてくれている友人の発表会だったのですけど、みんなが集まって一つの音楽をつくるっていうのっていいですよね。以前キューティーハニーでボンゴをたたく女の子をべた褒めしましたけど、その子がその楽団に入ってました。やっぱりボンゴをたたいて揺れる髪の毛がかわいくて胸キュンものです。もう少し僕が若くて、彼女ともう少し早く出会っていれば。少しは違った人生になるのかもしれないですね。

さて、直木賞をとった井上荒野の連作短編集です。最近こういう群像小説ばっかり読んでいる気がするなぁ。
「ニシノユキヒコの恋と冒険」のようにいろんな女性が一人の男について語った作品になっています。「ニシノ〜」と違っているのは、潤一本人が自分のことを語っている作品があること。これによってすっごい話がまとってまていい作品に仕上がっています。

潤一はいつもふらふらしていてどうしようもない男。やらせてくれるなら女は誰でもいいと思うし、彼女がいようが待っている人がいようが、他の女の所へと行ってしまう。セックスなんてご飯のようなものと言い切ってしまう。

でも決してひどい男ってわけでもなく、どの子も最後は潤一に感謝の気持ちを持ってしまう。それはきっと、彼女たちが潤一を望んでいるから。そして潤一が彼女たちが望んでいることしかしないから。

しかし、そういうことをし続けることに疲れてしまうからなのか、最後に潤一は彼女たちの前から姿を消してしまう。唐突なときもあれば、そういう予感を持たせるときもある。

そして最後に潤一自身の口から彼の生い立ちと、女性との関係、女性から逃げてしまう自分自身が描かれる。

男だったらだれでもこういう男をうらやましいと感じるのだろうなぁ、と思うけど、ここまで誰からもいいよられる男っていうのもなかなかいないと思う。彼女の処女を喪失させるために14歳の女の子とホテルに行こうとするお話もでてくるけど、友達に自慢したいがためだけに処女を失おうとする子がそこらにいるかどうか、僕にはわからない。そんな子と出会うこと自体が潤一らしさなのかもしれないけどね。

まぁそれは小説の世界なのだからって言えばそれまでになってしまうのでしょうけど。

もし僕が潤一なのだとしたら、僕は吹奏楽団の中学生の女の子ととっくの昔にホテルにいっているのでしょうね。これが小説の世界なのだとしたらね。




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2008年09月04日

オトナ語の謎。-糸井重里 ほぼ日イトイ新聞

「オトナ語の謎。」 糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞

オトナ語の謎こんばんは。

最近の電車には女性の車掌さんが多いですね。今日の帰りに乗り合わせた電車の車掌さんの声もかわいかったなぁ。混んでいる車内で他の人と体が触れ合うのに不満を感じながら彼女の声で癒されていました。自宅の最寄り駅で降りて、後ろの方に乗っていたので、思わず車掌さんの方に歩いて見に行ってしまいました。見てみると、その女性はすっごいスタイルがよくて、姿勢がいいからあんな素敵な声がでるんだなぁ、なんて感心してしまいました。

車掌さんの使う言葉使いというか、話し方というか、結構独特のものがありますが、普通の会社でオトナが使う言葉も普通に考えれば結構おかしなもの、ありますよね。

取引先から電話がかかってきたけど、用件のある社内の人間が帰ってしまった場合。

「××はもう失礼させていただいております」

なんて言う人も結構多いのではないのでしょうか。失礼?普通に考えれば何に対して失礼なんだ?ってなりますけど、何にも考えずに使っているのではないでしょうか?僕も入社した当時は他の人が使うこの言葉に少し違和感を感じていたのですけど今では思わずこの言葉がでていることがありますもの。慣れってこわいですよねぇ。

そんなオトナの不思議な言葉を集めたのが「オトナ語の謎。」です。糸井重里とほぼ日が編集している作品です。

他にも「マター」や「アジェンダ」などのわかりにくくて使いにくい言葉なんかも解説されていて、本気で勉強になる作品でした。新卒で会社に入った人よりかは、ちょっと遠回りして今さらそれってどういう意味ですか?って聞けないような人こそこの本が役に立つのではないでしょうかね。

上にも書いてしまった「会社の人間」なんてのも解説されていて、これって「人」で十分なんでしょうね。言語学的に言えばポライトネス(敬意)を表現するのによけいな単語をいっぱいつけるなんていう解説ができそう(丁寧語をつくるのに「お」をつけたり「させていただく」などの言葉を考えるとわかりやすい。お店で千円からお預かりします、の「から」も同じように考えられるかも。ポライトネスって要は相手とどれだけ距離を作るかってことなんでしょうね。)ですけど、過剰につけても周りから聞いていたらおかしいってことありますものね。過剰についたものをおかしく思わないことを語用論(言語の使い方を研究する学問)的に解説してみてもおもしろいかもしれないですね。

上で車掌さんのスタイルの良さに触れましたけど、おまえはどうなんだ!?ってつっこまれると痛いですね。このあいだ海にいって自分が気づかないうちに取られていた写真を見せられたのですけど、すっごい太ったおじさんが写っていて、これはだれだ!?って自分でもとっても反省しています。今日も食べ物なんて買わずに帰って今日はおとなしく寝ようと決めていたのに、わざわざ地下にあるスーパーに寄ってビールを買う僕っていうのはなんなんでしょうかね。全然駄目人間ですね。まったく困った物です。




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2008年08月17日

言いまつがい-糸井重里

「言いまつがい」 糸井重里

言いまつがいこんばんは。

昨日までの三日間、韓国から韓国人の友人が遊びに来ておりました。アメリカで知り合い、僕が韓国に行ったときにはガイドをびっちりとやってくれて、そのお返しとばかりに滞在中はずっとつきっきりでガイドをしていました。計画は向こうが立ててくれたので僕はドライバー兼通訳という立場でいられたら気は楽だったんですけどね。ところがその計画というものが食い倒れツアーかってぐらい食べる計画がびっしりとあって、こんなの女の子には無理だと思いつつ、楽しみにやってくる人の気を害するのもいやだからと思っていたのですけど、やっぱりその計画は初日から頓挫してしまったんですけどね。だって、15時に成田についてまず渋谷で寿司をたべて、銀座をぶらぶらしてから天ぷらを食べ、そのあと木村屋のあんパンと有名なお煎餅を食べ、夕飯にまた寿司を食べようとしていたんですもの。

今回、ご両親も一緒にこられて、ご両親は日本語も英語もわからず、韓国語の話せない僕はコミュニケーションをとるのに苦労してしまいましけどね。でも、思い切って日本語で話してみると案外通じてしまうことにびっくりですね。韓国語と日本語は似ている単語も多く、語順もほぼかわらないらしいので、言いたいことさえわかればなんとか通じるものですね。

アメリカで知り合った友人ですが、彼女はここ何年間で日本語も勉強したらしく、用事をこなすぐらいの日本語なら問題なくコミュニケーションがとれるようになっていてびっくりしました。電話で話していても日本人と話しているように感じるほどで、僕も韓国語を真剣に勉強してみようかしらと、思わせてくれるものでした。

今回、日本語で話していたんですけど、ちょっとした日本語の疑問に答えられなかったり、こういう時はこう言うんだよ、なんて日本語を教えようと思っているときに、いかに自分の日本語がいい加減で適当かってとっても思ってしまいました。これじゃあいけないですねぇ。韓国語の前に日本語を勉強しないといけないですね。

さて、そんないい加減で適当な日本語とはちょっと違うもの。でも日常何気ない時の言い間違い、聞き間違いを集めた本が今回の「言いまつがい」です。前回の「谷川俊太郎質問箱」と同じ「ほぼ日」に投稿されたものを集めた作品です。

言語学では一般的に「プラトンの問題」と呼ばれるものがあります。

言語を習得する過程で入力される言語データは質や量に乏しく、時には言い間違いや明らかな間違いを含むものであり、また個々の環境によって著しく制限されたデータであるけれど、習得された言語が出力される時は間違っている文法が習得されることは滅多になく、その言語集団内では均一的なことばが話される。

この問題を解決するために言語学はいろんな仮説を立てたり猿を研究したりしているわけですが、まさにそのプラトンが問題にした言い間違いのデータが豊富に集められています。

もちろんそういう観点から読んでもおもしろいのですけど、頭を休めるために読むのもとってもいいものなんですけどね。昼休みにいつもの喫茶店で食事をしながら開くことを我慢できずに読み始め、カウンター席で目の前に人がいるのに口を押さえた手の端から声を抑えることができなくて恥ずかしい思いをしてしまいました。人前で読むにはきつすぎる本ですね。

母語を学習する上では、言い間違いなどのデータはエラーとして扱われるからなのか、それが習得されることはありませんけど、外国語となると話は変わってきますよね。他に入力の手段も少ないからなのか、間違ったデータをそのまま言葉として習得されてしまうことが多いですものね。
韓国の友人が間違った日本語を覚えないでいてくれることを願うばかりです。
もっといい先生やガイドさんを紹介してあげたほうがよかったかもしれないと反省しきりの三日間でした。




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2008年08月14日

百鬼園随筆-内田百(ひゃっけん)

「百鬼園随筆」 内田百閨iけん)

百鬼園随筆23時。家に帰ってビールでも飲みながらブログでも書こうかと思っていると弟から電話がありました。

車の鍵を無くしたから迎えに来てほしい。

と。場所を聞くと、沼津の近くということで、片道2時間ぐらいかしらと、次の日仕事にも関わらず迎えに行くことにする。東名で帰省ラッシュに巻き込まれて渋滞にはまる。この時点ですでに一時近く。迎えに出たことを後悔しはじめる。すると、電話があり、正確な住所がわかったから知らせるとのこと。住所を聞くと、松崎だと。

松崎って、沼津の近くでもなんでもないじゃん。中伊豆ですらなくて、そこは南伊豆っていうんだよ、弟さん。ナビに入力すると、到着予想時刻は午前3時半。23時半に家をでているので、単純計算で家に帰り着くのが7時半。しかも渋滞にはまっているので、何時に動き出すかもわからない。仕事に間に合わなくなる予感がして、帰りたくなる。

夏休み中のやつのために、どうして仕事しているやつが睡眠時間を削ってやらなければならないんだと、怒りがふつふつとこみ上げてくるのだけれど、ぶつけるところもなく、ただただアクセルの踏み方やハンドル裁きが雑になっていく。幸い渋滞も早々に抜けて、少しとばしたおかげで、仕事に間に合うように帰ってこれたけど、もう弟の顔もみたくない。

こんなとき百關謳カならどうやって対処したんでしょうか。楽しみながら次の日の仕事なんてほっぽらかして、伊豆を一周でも帰ってきそう。そんな風に感じてしまう、内田百閨iひゃっけん)の随筆集、「百鬼園随筆」です。といっても、随筆ばっかりではなく、小説も入っていてエッセイ嫌いの僕でもいくらでも楽しめる作品集になっていました。しかも解説を川上弘美が書いているなんて言うことなしじゃありませんかね。

さて百關謳カ、芸術院会員に推薦されるのだけれど、断っています。その断り方もまた、彼の性格をよく表しています。その言葉は、知人に預け、芸術院院長に伝えるよう頼んだ手紙に書いてありました。

ご辞退申し上げる。
ナゼカ
芸術院という会に入るのがイヤなのです。
ナゼイヤカ
気が進まないから
ナゼ気ガ進マナイカ
イヤダカラ

この範囲の繰り返しでございます。

そんな手紙を持たされて渡すのも楽しいですが、渡された方もこれじゃあしょうがないか、なんて笑っちゃいますよね。

こうやって笑って生きていきたい。そう思う。久しぶりの伊豆へのドライブだと思えばよかったんですけど、そう思えなかったのは、まだまだ百關謳カの境地にはたどり着けないってことなんでしょうね。




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2008年07月25日

ユリイカ-青山真治

「ユリイカ」 青山真治

ユリイカこんばんは。

自分の性格を忘れていました。最近なぜかパチンコにはまっていて、ちょこちょこ勝っていたんです。こんなくだらないことなんでやっているんだろうと思いつつ、なぜか入り口をくぐってしまう。きっとパチンコってカタルシスを味わうのが魅力なんじゃないか、と最近思います。何もせずにハンドルを握ったままぼーっと無駄な時間を過ごす。パチンコ台につくられる幻想を見せられるかのように、当たらないスーパーリーチが何度も自分の前をよぎっていく。何枚目の千円札が吸い込まれたかわからないぐらいになってやっと、大当たりがくる。確率変動をひいてレンチャンを繰り返す。脳内には興奮物質が渦巻いている。これって五百円とか座ってすぐ当たってもこうはいかないんですよね。それが証拠に少ない投資と時間で当てた時は大当たりが終わるとすぐに席をたつけど、大金をつぎ込んだあとの大当たりではその大当たり分を全部飲み込ませてもまだ未練がましく席から立つことができない。次こそは当たるはずと思いながら300回も回している自分がいる。次こそは、次こそは思いつつずるずると。そう、これが僕の性格だったのに。自分のことなんかよくわかっていたはずなのに。やっぱり忘れてしまう物ですね。

さて、なかなか大当たりのこないパチンコ台のような本を読んだ気がします。そろそろおもしろくなって来るだろうと思いつつ、いつまでページを繰っても話がぜんぜん見えてこない。視点がころころ変わって誰の発言なのか、誰の感情なのかまったくわからない。突然人の名前がでてくるけど、こいつが誰だかわからない。

この作品、三島由紀夫賞を受賞しているんですよね。さらに作者の青山真治は映画監督さんで、映画「ユリイカ」の監督さんでもある。この映画で国際批評家連盟賞をとっている。(-_-;ウーン おれには理解できない世界だったってことか・・・。

結局最後まで読むことができませんでした。そんなので記事をつくるなって怒られそうだけど、自分の性格を忘れないように。つまらないと少しでも思ったらすぐに本を置いてもっとおもしろい本を読めるように。自分のためにここに書いておきます。これだけはお酒を飲んでも忘れないようにしないとね。なんだって時間は有限なんだもの。パチンコやったり、つまらない本を読んだりする時間はそれほどないんだよ。といっても、そういうことに時間を使うのも贅沢でいいんですけどね。(゚゚;)\(--;)ナンデヤネン




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2008年07月24日

不恰好な朝の馬-井上荒野

「不恰好な朝の馬」 井上荒野

不恰好な朝の馬こんばんは。

先日芥川賞、直木賞の発表がありましたね。芥川賞は中国出身の楊逸。「時が滲む朝」でしたね。そして直木賞が井上荒野。「切羽へ」でしたね。

北京オリンピックというイベントを控えているということもあり、楊逸が芥川賞を取るのは予想されている人も多かったようですけど、井上荒野の直木賞受賞は誰も予想していなかったんじゃないかしら?個人的には荻原浩か三崎亜記にとって欲しかったんですけどね。

そんなタイミングのよさで発表当日に読んでいたのが井上荒野の「不恰好な朝の馬」です。予想もしなかったので、夜にニュースを見てびっくりしてしまいました。

以前小説デビュー作の「もう切るわ」を読んでいたのですけど、格段にうまくなっていますね。ダジャレで物語を終わらせるようなこともなくなっていましたし(笑)

今回の作品は連作短編集なんですけど、短いものもちゃんと書けていて、これなら直木賞とるのも頷けるって思いました。

誰が中心というわけでもない群像劇という感じの今作ですが、次のを開いて今度は誰にスポットがあたっているのかしらなんて予想していると、ぜんぜん違う人がでてきたりして、その驚きがまたよかったのかもしれないですね。

人が考えているコトって自分が予想していることとは全然違うってコトがこれを読むとよくわかりますね。みんな自分のことを考えて生きている。奥さんのことも考えずに教え子に手をだしてみたり、勝手に離婚したいなんていってしまうし、母親の心配をよそにやりたいことをやってみたら、父親も勝手なことをしているし。そんな群像劇ですが、どの人の心情もしっかりと表現されていて、うまいなぁって思わせてくれます。

誰も想像しなかった芥川賞、直木賞ですが、ちゃんと予想していた人もいるかもしれないですね。何が起こるかなんて誰にもわからないってことですね。




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2008年07月04日

オアシス-生田沙代

「オアシス」 生田沙代

オアシス駅前の大通りから一本細い道に入ったところをさらに左に折れもっと細い、暗い道を行く。その店はそんな路地に面した地下にあった。昭和な感じの無口な旦那さんと明るい奥さんが二人でやっているようなお店だった。無駄なことは一切言わず、代わりにすべてを料理に注ぎこんでいるようなご主人で何を頼んでも満足のいくつまみがでてきた。奥さんの方は常に客に神経を使っているようで、グラスがあくかあかないかの時にはもう次の注文を笑顔でとりにやってきていた。そんな居ることだけでも気持ちのよいお店に友人を連れて行くと誰もがまた行きたいと言う。

最近、読む作家さんが決まってしまって、大きなフロアで店員がうるさいぐらい「いらっしゃいませ」を繰り返すような大衆居酒屋のような誰もが知っている作家しか読んでいない気がする。小さくても気持ちのよい、そんなお店のような小説家を見つけようと、本屋さんの書棚を端から端まで丹念に見て歩く。見知らぬ作家の名前を見つけてもタイトルと装丁が気に入るのが少なく、なかなかどれを買おうか決められなかった。

そんな中で手に取ったのが「オアシス」。生田沙代の作品だった。聞いたことのない作家さんだ。開いてみると文字のポイントも大きく、失敗したとしてもあまり時間の損失は少ないように思えた。

家に帰り、こわごわ開いてみる。ふむふむ。女の子がでてきて、駅前の駐輪場においておいたら自転車を盗られちゃったわけね。その自転車は大切なもので、ポスターを作って街中の電信柱に張り付けたり、せっせと街を歩き回って自転車を探すワケね。歳のそう離れていないお姉ちゃんがいて、旦那が単身赴任したと同時に家事をすべて放棄してもぬけの殻のようになっている母親がいるわけね。

って、そこらへんでだんだんと、本当にだんだんと小説的な物語になっていくんだけど、途中まではだらだらと二十歳そこそこの女の子の生活が続いて、まぁこれはこれで個人的には関心があるからいいのだけれど、自転車のお話は思い出したかのように出てくるだけで、少しだけ、ほんの少しだけ飽きていました。でも、最後の方でやっと、やっとその自転車がどうして大切なものなのかっていうのが読者に知らされて、そうなのかぁ、って思わずつぶやいてしまいました。だったらもっと早くに教えてくれればいいのに、って言葉ととともに。

裏カバーの見返しに著者のプロフィールが載っていました。今作で文藝賞受賞だそうです。なんだよ、オレが知らなかっただけかよ。新人賞とっているぐらいだから、そこそこ宣伝もされただろうし、結構平積みになっていたんじゃないだろうかね。結局素敵なお店は見つけられずに大衆居酒屋の四人掛けのテーブルに一人で座ってグビグビとビールを飲んでいただけってなりましたとさ。

ちゃんちゃん。




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2008年06月29日

もつれっぱなし-井上夢人

「もつれっぱなし」 井上夢人

もつれっぱなしこんばんは。週末になると寝過ぎてしまったりお酒を飲み過ぎてしまって思い通りにいかない生活をしているkbbです。

さて、岡嶋二人の片割れ、井上夢人の作品です。全編が男女の会話だけでできている短編集です。タイトルの「もつれっぱなし」の通り、起承転結の転がうまくて、おぉ!ってなっちゃう作品が多かったです。

それぞれのタイトルは"〜の証明"となんらかを証明するような会話が繰り広げられます。たとえば、"宇宙人の証明"、"四十四年後の証明"、"狼男の証明"、"嘘の証明"など証明しようとするんだけど、途中で立場が変わったりしてそれがうまく「転」となっているんですよ。

"嘘の証明"が一番わかりやすくて、それでいて、背筋がぞくぞくとなっちゃうようなお話でした。万引きをした生徒と問いただす先生というシチュエーションなんですけど、やった証拠もなければ、やっていない証拠もない。生徒は、ガードマンが私を脅して身体を狙って万引き事件を作り出したんだ、という。

それをそのまま信じるわけにもいかず、かといってやっていない証拠もないということでどうしていいか悩む先生。ところが!?

ここで、結論を書くことができないのが、つらい。是非読んでほしいなぁ。まぁ会話だけなので途中で飽き飽きしちゃうってこともあるんですけどね。

岡嶋二人のもう一人の片割れはテレビドラマの作家となったようですけど、井上夢人のこの作品も映像を見ているかのような構成で、目に浮かぶようでした。

金曜日にはその週末になにをするかを映像のようにして頭の中で妄想しているんですけど、なかなかうまくいかないですよねぇ。




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2008年06月18日

スティル・ライフ-池澤夏樹

「スティル・ライフ」 池澤夏樹

スティル・ライフこんばんは。最近タバコ税の話題がよくでてきますね。また増税されちゃうんでしょうかね。この国は嫌いではないけれど、これ以上税金を負担させられちゃったら、ただでさえ薄い愛国心がますますすり切れていっちゃいそうです。

そんな愛国心について考えさせてくれる作品が表題作とともに併録されている作品です。昨日の記事で難しい単語が一つでもあると、その文章が頭に残ると書きましたが、今日の作品は科学と小説の融合とでもいうべきものでした。初池澤夏樹作品、「スティル・ライフ」です。表題作は芥川賞受賞作。相変わらず芥川賞受賞作ってあんまりおもしろいとは感じられないですけど、一緒に収録されていた、国際スパイになることをロシア人から誘われる男を描いた"ヤー・チャイカ"が素敵な作品でした。あぁ、こういう文章かきたいなって思わせてくれる作品を書く作家さんでしたね。

ところどころでてくる、科学的視点から描かれた素敵な表現。

「ひょっとしたらチェレンコフ光が見えないかなと思って」


宇宙の果てから飛んでくるその粒子は水の原子核と衝突して光りを出す。バーで二人で飲みながらグラスをのぞき込む男。

なんだかとっても小説的な場面描写ですよね。そんなこと言ってるやつがいたら結構頭のおかしなやつだって思われるだろうし、女の子といるならばくさすぎるセリフっていわれちゃうかもしれない。でも、この作品の中ではとっても際だっている。

ひさしぶりにもっと読んでみたいって思わせてくれる作家さんに出会った気がします。お話の雰囲気自体は少し暗いので、もう少し明るければいいのになぁって思っちゃいますけどね。




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2008年06月17日

随筆 おにやらい-巖谷大四

「随筆 おにやらい」 巖谷大四

随筆 おにやらいこんばんは。昨日の作品名なんですけど、「めしたのこいびと」ではなくて「もっかのこいびと」です。今だけとかって意味に近い言葉ですね。ちゃんとふりがなふっておけばよかったと今更ながらに思っています。なんでこんなこと書くかっていうと、僕の友人がこれを読んで、「めしたのこいびと」の記事だけど、と言ったから。いろんな読み方があるのが漢字ですものね。そういわれてなるほどって思っちゃいましたよ。

さて今日の作品ですが、ひらがなだから簡単でいいですね。「随筆 おにやらい」。1963年、昭和38年出版の作品です。もちろん僕はまだ生まれていません。作者は「文藝」の編集長だった人です。以前、読売新聞の一面のコラム欄にこの作品が紹介されていて、おもしろそうだと思って探していたら、amazonで見ると古書扱いで3万いくらで売っている人がいました。当時550円の本が3万って百冊ぐらいとっておいたらすっごい財産になっていたのにね。僕の友人が住んでいるところの図書館にあることを突き止めたので、借りてもらって読んでみました。すっごいいい!

「新聞 記事コラム」さんにこれを紹介している「編集手帳」の記事がありました。

最初はその記事にある文章だけを読みたくて、コピーすればいいや、なんて思っていたんですけど、読み始めると全く止まらなくなってしまいました。40年以上昔のエッセイなのに、書いてあることが今に通じるのが不思議ですね。日本人の政治的責任感は一般的に薄い、なんてことこんな昔から言われていることだったんですね。学生運動がおさまったころでしょうかね。その他にもいろいろ紹介したい文章がありました。

一番考えさせられたのは、散文についての項。

散文は人を立ち止まらせなければいけない。...すらすらと書き流した文章は読みやすいが、また人の脳裏に止まることを知らないという弊害がある


文章といえば、読みやすく、頭に入りやすい物が一番いいと思っていたんですけど、こういう考え方もできるんですね。そういえば、難しい単語が一つでも入っていると結構頭の中にその文章が残っていることがありますものね。

実は僕、って別に隠していたわけじゃないですけど、この時代ぐらいより前の文章って読めなかったんですよね、今まで。なんとなく、小難しい言葉がいっぱいあったり、雰囲気でしか読めない漢字があったりして、取っつきにくい印象を持っていました。でもこれを読んで、この時代のものもなかなかおもしろいじゃないか、って思いました。いきなり小説からはいるとその世界をイメージするのが難しそうだから、わかりやすい随筆あたりから探してみようかしら。

それにしても、この本。いつでも読めるように手元に置いておきたい。でも図書館に返しに行かないと・・・。高い本だから買うわけにもいかないですしね。みなさん、ブックオフの100円コーナーなんかにあったら絶対買いですよ。転売してもうまいし、読んでもうまい。なんていい本なんでしょうか(笑)




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2008年05月19日

勝手にしゃべる女-赤川次郎

「勝手にしゃべる女」 赤川次郎

勝手にしゃべる女こんばんは。

久しぶりの赤川次郎です。中学、高校の時にいっぱい読みましたけど、買いに行くたんびに新しい作品が2-3冊でていていやになちゃった赤川次郎です。ショートショートということで、星新一を思い浮かべながら読んだのですけど、人が違えば作品も当然違いますね。星新一の方が救いのない作品が多い気がしました。赤川次郎はきっと優しすぎるのかもしれないですね。

結構オチがわかってしまう作品も多かったんですけど、オチがわかっていながらおもしろかったのが夫婦喧嘩。結婚して最初の夫婦喧嘩で自分の立場をわからせないと今後が大変とばかりに周りの友人に聞いて回る新婦。いざ喧嘩になったときに旦那のとった行動はって感じです。これだけでもオチがわかっちゃうかもしれないですね。

この本。古本屋で買ったんですけど、はさまっていた新潮社の広告が1986年のもの。もう二十年以上前の作品なんですね。その広告に載っている作品も知らない人が多かったり、遠藤周作編の作品があったりします。随分きれいな本だったので最近の作品かと思っていたんですけど、こんな古いのが挟まっているとなんだかタイムスリップしてきたような感じですね。

二十二年前、自分が何をしていたかなぁなんて考えてみるんですけど、小学校低学年の頃の記憶がない。どんどん幼い頃の記憶がなくなっていっています。忘れたい記憶しかないのか、それともお酒とタバコの影響なのか。今、この瞬間の記憶もいつかなくなってしまうかも、って考えたらなんだか寂しいですね。いつか忘れてしまう物なら、今のウチにかわいこちゃんとデートしまくるべきですね。



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2008年05月07日

バッテリー3-あさのあつこ

「バッテリー3」 あさのあつこ

バッテリー3こんばんは。飲み過ぎたのにぜんぜん二日酔いになりませんでした。それだけでうれしいですね。こんなよく晴れた日で布団を干してパタパタとする音が聞こえている平和な一日なのに、せんべい布団の中でうなっているのはつまらないですものね。

さてゴールデンウィーク最後の夢は映画「スピード」バリのアクション大巨編でした。高さ制限を無視して屋根をがりがりと擦りながら右折する小田急バスに乗っている僕はなぜか車内の中学生たちとなかよくなっています。不思議なことに三年生はみんな男、一年生はみんな女の子でした。その中の一人の女の子のメールアドレスも知っていて、車内でメールをやりとりするような仲のようでした。坂道を疾走する車内では三年生が騒ぎ出します。このままだと午後の定期試験に間に合わないと。女の子たちはみんな心配そうにしておろおろしています。一人の女の子が、どうにかならないかしら?、と僕にメールを送ってきます。いろいろ考えたけど、僕にはなにもしてあげられなかった、と思っていたら男の子がまわりにいません。すでにバスから降りたようで、女の子に聞くと、その子の親が車で迎えに来ていたようです。結局、僕はなんの役にもたたなかったようです。そんなハリウッド映画のような大団円を迎えて、ラストシーンはその女の子たちにむかって、漢字は読めなくても、漢文の書き下し文は読めるようになっていた方がいいと説教くさいことを言っていました。その女の子は漢文の本がたくさんおいてある本屋さんの娘だったというのに。

話のつながらなさや、飛び方が夢って感じがしますねぇ。わけのわからない夢でしたけど、起きてみると顔が痛いので、にやつきすぎていたことは確かですね。

そんなかわいい子がでてくればもっといいのに、と思いつつ、バッテリー第三弾です。天才野球少年、巧は野球部内で徐々に自分の実力をまわりに認めさせていきます。部活動停止になってしまって最後の大会にでられなかった三年生のために画策する監督。そのために活動停止明けに部内で紅白戦を行い、校長に認めさせようとするが、校長の冷たい態度。なんやかんやで強豪校との試合を行えるようになったのに、一番大切にしなければならないはずのキャッチャー、豪との間に亀裂が・・・。

っていうあらすじです。なんだかだんだんとご都合主義的な部分も見えてしまったんですけど、まぁそれはしょうがないですか。六巻で完結ということで折り返し地点にやってきましたね。この文庫には巧の弟、青波の視点で描かれたサイドストーリーも掲載されているんですけど、これは村山由佳の「おいしいコーヒー」シリーズのようですね。

ここまで来ると最後まで読みたくなるのが人ってものですね。はやく続きをよんでしまいたいと思います。ってまだ手に入れてもいないんですけどね。こうやって積ん読が増えていってしまうんだよなぁ。って本の感想を書いていない!ってここに来て気付いても遅いですね。
ごめんちゃいm( __ __ )m




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2008年05月06日

椿山課長の七日間-浅田次郎

「椿山課長の七日間」 浅田次郎

椿山課長の七日間飲み過ぎて死んでしまったほうがよっぽど楽になれるんじゃないかと思うkbbです。こんばんは。短かったゴールデンウィークも、もう終わりですね。寂しくもあるけど、この更新頻度を見ればヒマだったんだろうなってのもばればれですね(笑)。

さて、人は死んだらどこへいくのか。そもそもお葬式は誰のためにあげるのか。なかなかむずかしい問題ですよねぇ。

そんな問題に答えを与えてくれる作品「椿山課長の七日間」です。曰く、天国と地獄へ行く前に役所があってそこで審査をし地獄へ行くか、天国に行くか決められる。悪いことをしたとしてもそこで講習を受けスライドを見ながら反省をして最後に赤い反省ボタンを押せば天国にいける。その役所もお役所主義そのまんまの、現世で言うなら免許試験場のようなところで、入り口で申請書をかいて矢印通りすすむと写真撮影があって、その先でそれぞれの講習室にわかれてそこで反省する。審査に文句のある人は古びた建物の別館に行って審査をやりなおしてもらう。そこで現世に七日間だけ復帰するよう要求することもできる。そして美女の体を借りて現世に戻ってきた椿山課長が見たものは!

って感じのお話です。中陰があんな役所のようなところだったらいやですねぇ。試験場にはいい思い出がないですもの。あっちへやったりこっちへやったり・・・。まぁ免許試験におちたことはないんですけどね。

この作品。ずっと前に映画「椿山課長の七日間」をみているので、椿山課長は頭の中でどうしてものほほんと話す西田敏行になっちゃうし、現世の椿山課長はため息がでちゃうほど美しい伊東美咲になっちゃうし、部下の嶋田係長はどこかひょうきんで、だけどかっこいい沢村一樹になっちゃってそれはそれでなかなか楽しめましたけどね。

映画では取り上げられなかった原作の最後の部分にはうるうるさせられちゃって、電車の中であくびをするフリなんてさせられちゃいました。さすが浅田次郎ですね。笑わせたり、はらはらさせたり、うるるさせたり、こんな風に人の感情を簡単に動かせるのなら恋愛もうまいんでしょうね、きっと。目指すは背中で語れる男じゃなくて浅田次郎か!?




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2008年05月01日

バッテリー2-あさのあつこ

「バッテリー2」 あさのあつこ

バッテリー2こんばんは。もう五月ですね。もうすぐ今年も半分経とうとしていますね。

さて中学生の成長が描かれた先日のバッテリーの第二弾です。中学入学前に出会った、キャッチャーの豪とともに中学に入った巧は当然のことながら野球部に入ります。そこで出会った監督は徹底管理を行い、野球部をそこそこ強豪と呼ばれるところまで持っていきました。そして彼は学校の生活指導担当教諭でもあり、生徒みんなからおそれられています。上級生からの嫌がらせや監督の言葉に負けずにきた、巧は果たして試合に出場することができるのか!

なんてあおるような書き方をしてみましたが、まぁ楽しめましたよ。やっとお話がすすんでだんだんと作者もリズムに乗ってきたのかしら、そんな気がします。

それにしても、巧の通う学校は、毎週服装検査が校門の前にあり、それにひっかかった生徒の名前が校内放送で呼ばれたり、クラスごとに持ち物検査があったりとなかなか厳しいですね。それにオトナってずるいって思わせるのが、その服装検査や持ち物検査がクラス毎に選ばれた風紀委員が主催して行われるということ。でも裏側ではちゃんと先生がそれを支配しているという。自主的という名の責任逃れのようにしか聞こえません。

僕の通っていた中学、高校は幸いにも服装検査もなければ持ち物検査もなかったので、こういう学校って本当にあるんだぁって感じで見ています。胸ポケットにタバコをいれて職員室に行って、先生にこれなにが入っているんだ?って聞かれて財布ですって答えても、無理矢理じゃあ出して見ろなんてことにもならない、そんな学校でしたね。ってそんな学校だから、高校生なのにタバコを持ち歩いている生徒がいるんだ、なんていわれちゃうかもしれませんね。

でも、どんな環境でも一定の割合で悪いやつはいるし、悪いこともいいことも経験しておかないと無菌室のような高校を卒業して、そのあともっと悪いことに引っかかるかもしれない。借金をつくれないような高校生の時に、自分の動かせるお金の範囲内でパチンコ屋に行きそれで飽きれば大きくなって消費者金融に借金をこさえてまでギャンブル狂いになることはないと思うんですよね。高い勉強代でしたけどね。

まぁそんなこんなで巧はどうなってしまうんでしょうかね。さっきの煽りの文章はそのまま今の僕の気持ちを表しただけだったんです。ごめんなさい。



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2008年04月29日

バッテリー-あさのあつこ

「バッテリー」 あさのあつこ

バッテリーこんにちは。先日の日曜日は芸術の秋ならぬ、芸術の春というわけでいくつかの団体が演奏を行った吹奏楽の演奏会を聞きに行って来ました。

その中に区立の中学の吹奏楽部がいて、これがまたよかったぁ。三曲演奏していたんですけど、二曲目のキューティーハニーがなんだかとっても素敵でした。指揮に合わせて揺れる美人の顧問のお尻もよかったんですけど、それ以上にまだキューティーハニーを表現するには早いだろう中学生の演奏がかわいらしかったです。特にラテン音楽でよく使われているコンガをたたいていた女の子がかわいかった。手首が固まらないようにけだるそうに叩いているように見えるんですけど、そのリズムに合わせて手首に反してリズミカルに揺れる彼女の後ろで結んだ髪の毛を見ているとこちらもなんだか全身で揺れたくなってしまいました。そして演奏後に見せた彼女の笑顔もなんだか子供らしくてつい微笑んでしまうような笑顔でした。そして彼女たちは演奏後に僕の二列前の客席で他の団体の演奏を聞いていたんですけど、そのときの曲にのって踊るように手拍子をしながら隣の友達と話している子供っぽい仕草と、足を組んだときに露わになった彼女の太腿の白さのギャップにドキドキしてしまいました。決してロリコンではないはずなのに、と思いつつ、あと三年、いや二年もしたら彼女はとびっきりの美人やかわいい子にはならないだろうけど、どの男の子も放っておかない、そんな女の子になるんだろうなぁってみていました。同じ年になってドキドキしたい、なんて無理なお願いですね。

それにしても、何がうらやましかたかって、僕は楽器を演奏をすることもできないし、口笛も吹けません。手拍子を叩いているとだんだんと周りとずれていって、邪魔をしちゃいけないからと途中でやめてしまう、それぐらい音楽的感覚とかけ離れたところにいるんですけど、それにくらべて、彼女たち、彼らは中学の頃から楽器で曲を奏でて音を出す喜びを知っている。みんなと演奏をする喜びも知っている。そうなったら例え楽器を演奏することがなくなっても、手拍子や口笛、自分の声を使って音を楽しむことができるんだろう。そこが一番羨ましかった。

そんな才能のない僕とは大違いの天才野球少年が主人公の「バッテリー」です。NHKでドラマ化されるみたいですね。

親の転勤にあわせて連れてこられたところは、おじいちゃんの住む家。昔高校野球の監督をしていたおじいちゃんは主人公、巧の才能を見抜いているが、何も言わない。親も体の弱い弟、青波の方ばかり見ている。僕は野球があればそれでいい。そんな巧が中学に入る直前までのお話です。

巧が野球を通して様々な経験をして、そこから成長していくという物語にも読めますが、なんの成長もせず自分自身を信じてつきすすむ物語とも読めます。

シリーズは第六作まででているようですが、これはこれで終わらせようと思って書いた作品のようですね。だからちょっと尻切れトンボのように終わってしまっています。まぁシリーズものと最初から思って読んでいればそこに不満はもたないですけどね。

このブログの過去記事を振り返ってみたんですけど、僕の読む本ってなかなかミーハーなのが多いですね。この作品だってドラマ化されるわけですし。といっても、少し流行に乗り遅れていますがね(笑)




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2008年04月28日

スワロウテイル-岩井俊二

「スワロウテイル」 岩井俊二

スワロウテイルこんばんは。

久しぶりの岩井俊二です。「ラヴレター」以来ですね。ってそのラヴレターを探していたんですけど、本棚に見あたらない。僕の本棚はなんだか四次元ポケットがついているみたいです。いるんな本がどこかへ行ってしまっています。どうせなら僕もどこかへやってくれればいいのに・・・。

というわけで、日本なのに日本じゃない世界のお話「スワロウテイル」です。

昔片思いしていた女の子のおもしろかった、という言葉だけで恵比寿ガーデンシネマに見に行った覚えがあります。ぜんぜん意味がわからず、なんだか黒い部分が多い映画だった気がします。最後まで色彩的になんだか暗くてよくわからなかったなぁ。その子にどうだった?と聞かれてうん・・・。とあいまいにしか答えられなかった。そんなんだからうまくいかなかったんでしょうね。今ならもう少しうまく話題を変えられるのに。

なんてことを今いっても仕方がないですね。

本の方ですが、映画と同じようにうん・・・。って感じです。おもしろいか?と聞かれればまぁまぁと答えちゃうだろうし、つまんないの?って聞かれればそうでもないって言っちゃいそう。そんな感じでした。

胸に大きなアゲハチョウを入れ墨している女の子と飲んでみたい。僕だったらそんな子が隣に座ったら違うお話を思いつくのに。

気を取り直して、別の本を読もう!そういう結論にしておきましょう。




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2008年04月22日

原宿セントラルアパート-浅井愼平

「原宿セントラルアパート物語」 浅井愼平

原宿セントラルアパート物語こんばんは。人間はいくつまでなにかの卵でいられるんでしょうかね。

そんな卵がいっぱいいたという伝説のアパート、原宿セントラルアパートの物語「原宿セントラルアパート物語」です。写真家の浅井愼平が(たぶん)自己の経験を書いたものなんでしょうが、小説風に描かれています。といっても、主人公以外は全部実名ででてきます。

石原裕次郎や、アラーキー、渥美清、タモリなんかがでてきます。
寺山修司の言葉の作り方なんかも紹介されていて、なんだか(知らないけど)懐かしくなってきます。

原宿交差点の現在GAPのあるところに、原宿セントラルアパートはありました。一階にあった喫茶店、レオンにはそのアパートに住む卵たちが集まり、それぞれの世界観を闘わせていました。当時は写真家も、小説家も、デザイナーもイラストレーターも境界なんてなかったと誰かが言っていました。そこにあるのは、世界の何を切り取るのかということだけ。

ネットで検索すると当時の面影が少しだけですがよみがえってきます。こんなところにいれば自分は何者かになれる、そんな風に自信をもてるのかもしれないですね。

そうやって人はつくられるんじゃないか、そんな風に最近考えることがあります。人はなにかによって自分をつくられる。立場や責任がそうやって人をつくっていく。そんな風に考えるとこういうコミュニティーっていうのが一番有効なものなのかもしれないですね。

先日のお弁当で卵焼きをつくりましたが、卵ってしょう油にもケチャップにもソースにもあうんですよね。まだなんにも染まっていなくて、なんにでもなれるもの。それが卵なのかもしれないですね。って考えると、写真家の卵は写真家にしかなれないのだから、それはもう卵でもなんでもなくてただのヒナかもしれないですね。




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2008年04月20日

もう切るわ-井上荒野

「もう切るわ」 井上荒野

もう切るわおはようございます。最近、肝臓が悪くなっているのか、普段はビールからはじめて、焼酎か日本酒へと晩酌は続くのですが、ビール一本でもういいや、ってなってしまうときがあります。人からはフォアグラみたいな脂肪肝って言われるんですけど、肝臓に負担をかけすぎです。休肝日をつくってあげないと超過勤務手当を請求されちゃいますね。フォアグラには利用価値はありますけど、脂肪肝じゃ移植もできないですものね。

そんなわけで、「もう切るわ」です。先日本が好き!経由でいただいた、雑誌「ウフ」で井上荒野を初めて読んで、他のも読んでみたいと思い読みました。

登場人物は男と女二人。旦那とその妻と旦那の不倫相手。一人よけいなキーパーソンもいますが、この三人で物語がすすんでいきます。そして妻にも不倫相手にも恋人らしき人はいます。そして旦那が余命数ヶ月の病気になり、妻と不倫相手と旦那、それぞれの心の揺れ動きが描かれています。

妻と不倫相手の視点が交互に描かれていて、どっちがどっちだかわからなくなる瞬間もたしかにあるんですが、とっても読みやすい文章でした。最初なかなか話がすすまないところがあって、これはどうかなぁなんて思ったりもしたんですけど、途中からノンストップでした。

女心の複雑さがよくでていて、大変勉強になったんですが、おでんを旦那と不倫相手が買いに行くシーンがあって、この行動力が女性をひきつけるんだなぁ、と感心しました。屋台においてあるようなステンレスで中が仕切られたおでんの鍋を問屋街に買いにいって、くたくたに疲れた旦那は家にもどるかと思いきや、そのままおでん種が売っているお店に食材を買い込み、その日の内におでんをつくってしまう。まぁこれにはいろいろと理由があったのですけど、これぐらいの行動力がなければ女はついてこないんだろうなぁ。

タイトルにかけたダジャレのような言葉もでてくるんですが、あれはよけいだった気もしますが・・・。まぁそこはおいときましょう。つまらないダジャレを禁止されたら僕にしゃべるなっていうのと同じことですからね。井上荒野の作品はもう一つ積んであるので、これで読む気になれました。っていってもハードカバーなので、いつの週末になることやら。。。




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2008年04月01日

僕は結婚しない-石原慎太郎

「僕は結婚しない」 石原慎太郎

僕は結婚しないこんばんは。四月一日ですね。新入社員の方々、おめでとうございます。これからつらいこともいっぱいあると思うけど、がんばってくださいね。出社時間が遅いので新入社員が満員電車にすし詰めにされる洗礼が見られなかったのですが、いつも行く喫茶店のテレビでNHKのニュースを見ていると都職員の入庁式の様子を放送していました。相変わらず偉そうに、それでいて、神経質そうにまばたきをしながら石原慎太郎が演説というか訓辞をしている様子が放送されていました。残念ながら何を言っているかは放送していなかったのですが、まぁいつもと同じようなことを言っていたことでしょう。

ここで石原慎太郎批判をしてもしょうがないとは思いますけど、会見で見られる彼の偉そうな話し方も、考え方も僕は好きではないのですが、作家なのに本を読んだこともないのに、嫌いだっていうのも、どうかと思い、読んでみました。

うーん。なんていうか、小説という作品を生み出す才能と、人に好かれる話し方をする才能が全然ちがうものなのだなぁって思わされました。

なかなか含蓄にとんだ内容で、いろいろ考えさせられました。35歳が結婚をする結婚適齢期の限界、キリの歳であることから、結婚について真剣に悩む男の話です。まぁ、小説の定番というか、彼はパーティで出会った素敵な女性から、豊満な肉体をもった年上、すっごい年下の女性にまでもてもてなのですけど、結局結婚しないことを決意します。

結婚なんてしたら、家に帰ると毎日同じ女が家で待っている、という友人の話や、世間には未婚を見越しての罠がいっぱいある、などのうならされる言葉がいっぱいあったんですけど、結婚しない、したくない彼の気持ちはもっとわかる気がするなぁ。今の時代っていうのはインターネットもあれば毎週雑誌が何冊も発売されている、情報過多な時代。情報が多すぎると一つには絞れないってことなんでしょうね。結婚っていうのは、一つを選択してそれ以外の選択肢を全て捨てるってことでしょうからね。

先日の芥川賞をとった川上未映子「乳と卵」の書評で石原慎太郎が

一人勝手な調子に乗ってのお喋りは、私には不快でただ聞き苦しい。

といっているのをどこかで読んだけど、まさにこの本は主人公の一人語りがほとんど。おもしろかったのに、他人の本に対して言っていることを聞いてしまうとなんだか悲しくなってしまいました。




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2008年03月02日

ダーリンは外国人2-小栗左多里

「ダーリンは外国人2」 小栗左多里

ダーリンは外国人2こんばんは。最近よく思い出す子がいます。大学の同級生だった子なんですけど、ちっちゃくてかわいらしい女の子で、大学入学と同時に「初めてのメーク」のような本を買っちゃう、そんな女の子でした。彼女の家にみんなで遊びに行ったときに彼女の本棚でその本を見つけたときの彼女の恥ずかしそうに赤くなった頬がいつまでも忘れられません。

そんな彼女は今ではデンマークでイタリア人の彼をみつけ、ロンドンに住んでいます。ずいぶん遠くまでいっちゃったなぁなんて感慨深いです。そういえば、今はオランダにいるって連絡があったような気がします。EU内はずいぶんと移動が自由なんだなぁって思った記憶がありますもの。

その彼女がロンドンに留学するときにくれた本が同じ小栗左多里の「ダーリンの頭ン中」。そのときにはイタリア人の彼がいたので、興味があったんでしょうかね。まぁことばに興味があったからっていいわけをしていましたけどね。

その小栗左多里の「ダーリンは外国人」の第二弾が今作「ダーリンは外国人2」です。外国人の彼と結婚したらどうなるの?るぽ、という副題がついているぐらいなので、彼、トニーとの生活が大きなテーマとなっています。というよりも語学オタクでチョコレート好きのトニーの観察記という感じです。

育ってきた国も文化も環境も違うのだから外国人と暮らすのは大変なことなんでしょうね、きっと。トニーは日本語は、というか11カ国語を扱えるようで、言葉の上であまりコミュニケーションの障害はないようですけど、やはり、ほんの小さなニュアンスが理解できないところもあるみたいですね。

フツウに日本で育った男と女だって理解できないのだから、外国人とつきあうなんてなにをいわんや、って感じですね。

彼女が彼の母親にアメリカまで会いに行くくだりがあるのですけど、帰りに漫画家である彼女がお礼にと絵を描いて置いてくるところがあるんですけど、それを母親は額にいれて飾ってあるそうです。絵を描いたり歌を作ったりなんていう才能のあるひとはこういう時便利ですよね。ちゃんと残るものを自分の手でつくれるのがうらやましいなぁなんて思いました。

全編を通してそうなんですけど、トニーと左多里はよく会話をしています。まったく違う二人がいつまでも仲良くいられる秘訣は案外こんな簡単なことなのかもしれないですね。



前向きなMOWさんが見られる記事はこちら

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2008年02月09日

ダレカガナカニイル…-井上夢人

「ダレカガナカニイル…」 井上夢人

ダレカガナカニイル…学生時代の友人と勤務先が沿線で、今後市ヶ谷でお店を発掘して定期的に飲もうって話しになっているんですけど、どっかいいお店ないですかね?値段はそこそこで、落ち着いて飲めるこじんまりしていて、あんまり混んでいないようなお店がいいんですけど・・・。昨日行ったお店はなんだかあまり落ち着けなくて。。。いいところあたら情報をおねがいしまーす。

それにしても今回の作品は長かったぁ・・・。久しぶりに長編を読んでみようと、岡嶋二人を解散して、その後その片割れの井上夢人が書いたミステリです。手に持った感じでは400ページぐらいかしらと思って、読み始めたら700ページ近くあった。こんなので、長いって言ってたら東野圭吾なんて読めないんでしょうけど・・・。

内容はタイトル通り、二重人格が主なテーマなんだけど、新興宗教やそれにまつわる家族との確執、地域との確執、遊体離脱、恋愛など盛りだくさんな感じでした。

岡嶋二人のときと同じように文章は読みやすいし、筋立てもしっかりしているし、安心して読めますね。最初に出てくるシーンが文章全体をうまく引き立てていて、最後のどんでん返しまでしっかりと演出されているのがすごいなぁって思いました。どうしてこんな長いストーリーを矛盾なくつくれるんでしょうかね。行き当たりばったりの僕のような性格の人には絶対できないんだろうなぁ。

新興宗教との確執のお話しを、アレフ(旧オウム真理教)の本部がある街に住んでいる僕の観点から触れようかなぁって思ったんですけど、辞めておきますね。宗教と政治の話しはするなってよくいいますしね。というか、いろんな方面に気を使って書くのがめんどくさいなぁって思っただけなんですけどね・・・。

それにしても最近本の値段が上がってるとおもいませんか?この作品、文庫のくせに980円するんですよ!980円ってハードカバーの本が買える気がするんですけど・・・。ページ単価で考えるとずいぶん安いのかもしれないですけどね。

次はちょっと短めの簡単なお話を読みたいですね。それに週末だから本屋さんで来週用の本を仕入れてきたいな。また無駄な買い物をした報告が明日あたりあるかもしれないですね(笑)



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2008年01月27日

トキワ荘の青春 僕の漫画修行時代-石ノ森章太郎

「トキワ荘の青春 ぼくの漫画修行時代」 石ノ森章太郎

トキワ荘の青春中学から高校の頃まで毎週8冊の週刊漫画誌を読んでいた。何が楽しかったかと聞かれるとなんとも言えないけど、習慣となっていたのかもしれない。電車に乗る前に駅の売店で一冊買って、乗り換えの駅でもう一冊買う。学校に行って読み終わった雑誌は友達に半額で売るか、あげてしまうかしていた。なにもあとには残らない。実物も、心の中にも。

そうやって消費していた漫画を書いていた漫画家の中に石ノ森章太郎はいた。あのドラマにもなったホテルだ。そんな石ノ森章太郎がギネスをもらったそうだ。

仮面ライダーの故石ノ森さん、最多コミックでギネスに(朝日新聞)
http://www.asahi.com/culture/update/0124/TKY200801240324.html

そんな石ノ森章太郎がトキワ荘に住んでいた頃のお話しを自伝として書いたのが今回の作品です。

ドラえもんの藤子不二雄やバカボンの赤塚不二夫、鈴木伸一、角田次朗、水野英子なんかと一緒に椎名町のぼろアパートの二階でみんなバカをやったり、酒を飲んだり、漫画を書いたり、アニメをつくろうとしたり。こうやっていつの時代でも通用する漫画を書き続けた石ノ森章太郎ができたのだろう。

月刊誌しかなかった時代ののんびりした雰囲気、週刊誌になって漫画が大量消費されていくようになった時代。その時代の変化につれて、漫画が社会に認められていったこと。そんなことを日本の商業漫画の黎明期から漫画家としてすごしてきた彼の言葉で描かれている。

やはり同じ目標をもった仲間と一緒に過ごすのは楽しいのだろう。もちろん中には夢を捨てて去った仲間もいたけど、それでもそこにすがりついて離れなかった人たちは、生活がどんなに苦しくても笑って過ごしていたことがよくでている。

トキワ荘が取り壊されて、最近の若者のニーズに合わせて立て替えたとき。彼ら仲間が集まってその一部屋を借りて、昔の自分たちのようにお金もない、基盤もない、だけど漫画をかくことが大好きな人一人に一年間無料で部屋を貸し与えて漫画家を育てようとトキワ賞を創設したらしい。ネットで調べた限りもうその賞はなくなってしまったようだけれど、どこかのNPOが同じような主旨で漫画家にサポートをしているらしい。(http://tokiwasou.dreamblog.jp/)

トキワ荘が取り壊されたときにみんなで集まって記念品を持ち帰ったように、こうやって若い頃に一緒に踏ん張ってきた仲間っていうのは何年経っても仲間でいられるんですね。なんだかうらやましい。彼らの多くは亡くなってしまったけれど、多くの人たちが大量消費されている漫画の中からなにかを感じ取ってちゃんと残している。それだけで彼らのしてきたことは素晴らしいことだったってわかりますね。




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2008年01月17日

誰かに解かせたくなる算数・数学の本-秋山仁

誰かに解かせたくなる算数・数学の本 秋山仁

誰かに解かせたくなる算数・数学の本こんばんは。みなさんは友人の友人に会うことってありますか?自分は友人が少ない方なので、まだないんですけど。というより、友人の友人はすでに友人だったってことの方が多いからなぁ。

そんなことの確率を数学的にお話ししてくれるのが今回の作品です。以前から秋山仁をテレビで見ていたのですけど、話し方が余り好きではありませんでした。しかし、いつのことか、彼が一度は数学の道を進めそうになくなったときに、それでも、食らいついていったという話しを聞いて興味を覚えました。そして、今回彼の作品をみつけたので買ってみました。やっぱり、彼の話し方、というか今回は文字ですけど、あまり好きになれそうにないですね。

まぁ、でもこの作品に関しては彼がどんな言葉を使おうが、数式や数学の美しさには関係ないですけどね。逆に、彼の言葉を補うほど数学は美しいってことがいえるかもしれないですね。

ところで、冒頭の友人の友人が知り合いという確率ですけど、1%しかないらしいですよ。そんな人を見つけたら、運命の出会いだと思って、抱きついてキスしてしまいましょう。突然そんなことしたら変人だと思われて二度と会ってくれないかもしれないですけどね(笑)

ところが、自分の知り合いと、友人の知り合いが知り合いであるという確率になると、これがおもしろいことに99.99%になるんですよ。これもこれでびっくりじゃないですか!?まぁこれには条件があって、知り合いが1000人いなきゃだめとかってことになるんですけど、顔見知りぐらいなら1000人ぐらいいるかもしれないですもんね。人と人のつながりって不思議ですねぇ。

他にも20人とお見合いすることが決まっているときに、何人目までに決断すると、素敵な人と結ばれる可能性が高いか、なんてのも数学的に答えがでてしまうんですよ。最初の5人までは絶対結婚しないとかね。これはこのことをしらなかったとしても、普通の恋愛で本能的にやっているのではないかしら。平均してだいたい5-6人目ぐらいにつきあった人と結婚する人が多いのではないかしらね。6人目から10人目の相手がそれまでお見合いしたなかで一番だったらその人と結婚するのが戦略的には正解みたいですよ。

恋愛まで数学的に説明されるとなんだかいやになっちゃいますね。でも、こういう答えを教えてくれるならもっと勉強しておけばよかった!


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2007年12月30日

ギャンブル人生論-阿佐田哲也

「ギャンブル人生論」 阿佐田哲也 

ギャンブル人生論こんにちは。先日のテレビチャンピオンで手先が器用な人が集まっていろんなものを積むということを競っていました。天才的に不器用な自分としては、生まれつきこんなだったらいいなぁと思って観ていたのですけど、観ているこっちも手に汗握ってしまいますね。それにしても同じ時間にやっていた、巨大カジキマグロを釣って四億円っていう番組とのスケールの違いはなんなんでしょうかね。でもテレビチャンピオンの方に共感できるのは自分のスケールが小さいからなんでしょうかね。

さて、阿佐田哲也の作品です。彼のギャンブルについての考え方や様々な人の麻雀の打ち筋なんかが紹介されています。

「この世に天才なんか居やしない」

っと彼は言っていますが、テレビチャンピオン出演の手先が器用な人たちについて彼はどんなコメントをしてくれるんでしょうかね。

最近麻雀にはまってる私としては色んな人の打ち筋が知れてよかったんですけど、ギャンブルに興味のないひとは楽しめるのかどうかわからないですね。阿佐田哲也の若かりし頃の生活から学ぶべきことはたくさんあるのかもしれないけど、そんな生活してきたやつは今時いないやい、なんてつっこみながら読んでいましたが、まぁ学ぶべきことはどんなところにでもあるってことなんでしょうね。

ギャンブルはしないやつが一番勝つというのが、一番痛い言葉ですね。意志が弱いからギャンブルに手を出してしまうのに、意志が一番強い奴がギャンブルで一番強いやつなんていわれても、どうしようもないですよね。私はずーっと負け続けていってしまうのであろうか。(反語)


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2007年12月25日

四人の食卓−赤瀬川隼

「四人の食卓」 赤瀬川隼 

四人の食卓おはようございます。祝日のクリスマスイブでしたがいかがお過ごしでしたでしょうか?ワインでも買って楽しく乾杯を、と思って久しぶりにスーパーに食材を買いにいって食事をつくりました。できた、と思って机に並べてワインを開けようとしたときに気付いてしまいました。簡単なので炒め物ばっかりつくったのですけど、どれもワインに合わない・・・。まぁ出来合いのものでなく、久しぶりにおいしいものが食べられたからよかったんですけどね。焼きそばをつくろうと思ったのに、キャベツを買い忘れたのは内緒の方向でお願いいたします。と、こんな感じで一人で過ごした祝日でした(/。-)シクシク

さて、そんな間の抜けた食卓はさておいて、幸福な食卓が描かれた「四人の食卓」です。といっても、食事のシーンは全然でてこないんですけどね。

11の短篇が収められていますけど、どれもちょっと物足りない長さでしたねぇ。題材や流れはおもしろかっただけに残念でした。

どれも男と女の恋模様が描かれているのですけど、著者の年齢もあってか、中年の歳にさしかかったおじさんと若いけれど色気のある女性との恋が多かった気がします。そんな素敵な女性がそこら中にいるわけがないじゃないかと思いつつ、うらやましいなぁと本音がでてしまいましたけどね。

自分も十年後、二十年後にはこういった恋がしたくなるんだろうなぁっておもいますけどね。
では、まだまだ若い皆さんも、もうお年を召された方々も楽しいクリスマスをお過ごし下さい。みなさん言っておきますけどクリスマスイブは前夜祭で本番は今日ですからね!日本においては、自由恋愛の日のようになってしまっていますけれども、まぁそれもありってことで、楽しいデートを!

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2007年12月15日

恋愛寫眞-市川拓司

恋愛寫眞 市川拓司 

恋愛寫眞水中の生活に飽き飽きしたコイとフナとドジョウが陸に遊びにいきました。ところが陸に上がった三匹の中で一匹だけ靴をはきませんでした。さてその魚は?

答えはコイです。恋ははかないから。

なんて、くだらないところからはじめてしまいました、ごめんなさい。こんにちは。

映画を市川拓司がノベライゼージョンしたのがこの小説です。"もう一つの物語"なんて副題がついているので、原作が別にあって、それを映画化して、さらに小説化したものかなぁなんて思って原作を探してみたのですけど、そんなものなかったですね。小説家が映画を小説化するってのもめずらしいんじゃないかしらね。

さて、ストーリーといえば、冒頭のクイズというかなぞなぞの答えのようなはかない恋を演じる二人が主役です。よくある三角関係がお話しの中心になるのですが、ヒロインの静流の体というか健康が良くある話しではなかったってのがミソですね。彼女の場合恋がはかない以上に命がはかなかったのです。

恋愛をしたとたんに相手の色にそまるっていう意味で、恋をすると(今までの)自分の命はおわる、っていう風にかんがえられるかもしれないけれど、その場合は幸せな自分となって生まれ変わるはずなんだけど、静流の場合はそうはいかなかったようですね。ウスバカエゲロウやせみのようにこの世に生をうけて、恋をして、そのまま通り過ぎていってしまう。むしろ、恋をするためにそれはもうこの上なく美しく成長して、(本当なら)相手との間にできた種を残して死んでいくのがウスバカゲロウやせみや彼女のような体をもつ人にできる最善のことなんでしょうけど、彼女はそんなことも放棄して、好きになった男のために身をひいてしまう。

なんだかとっても哀しくなってしまうお話しなのですが、彼女のそういった生き方、とくに命すべてをささげることのできる相手に一瞬でも会えたことが彼女を死ぬまで幸せにしたんだろうなって感じさせてくれました。

こういうファンタジーというか現実にありえないようなお話しをリアリティをもってつくらせたら市川拓司はうまいですねぇ。最初の方の会話文や文体が村上春樹的だなぁなんて思って読み進めていったのですけど、途中からそんなの気にならないぐらいにめり込んでしまいました。映画も結構楽しめましたけど、小説もなかなかのデキでしたね。もう一度映画をみたくなるような素敵な小説に仕上がっています。

posted by kbb at 11:05 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ア行

2006年06月05日

あめ・もれ 動詞事典-青木雨彦 フランソワーズ・モレシャン

「あめ・もれ 動詞事典」 青木雨彦 フランソワーズ・モレシャン

画像はないけどアマゾンに飛ぶよどうも。ご無沙汰です。最近は週に一回の更新になってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。最近のkbbさんは風邪をひいたり、毎晩毎晩誰かの噂のおかげでくしゃみがとまらなかったりと辛いこともあるけれど、休みの日にはちゃんと発展性のないデートをしてくれる相手もいるので、楽しいこともあったりとそんな風に過ごしています。休みの日の方が睡眠時間が短かったりするんですけどね(笑)

さんざん暇だったときは誰もさそってくれなかったり、誘っても忙しいと断られたりしていましたが、どうして忙しくしているとその合間を縫ってみんなで誘ってくれるのでしょうかね。スケジュール帳が表紙だけでなく真っ黒なことは果たしていいことなのかどうかわからなくなっちゃいますね。昔働いていたところの社長が言っていました。

若いのだから休みの日は休むのではなくて遊びに行きなさい。そうしないと仕事ができなくなるぞ。


と。他の社員が休み無しで働いているところで、僕だけに週に一回のお休みをちゃんとくれていたのはきっと彼のそういう考えからなんでしょうね。そのせいもあって、休みになるとどっか遊び回っちゃう癖がつきましたけどね。

まぁ、忙しくても忙しくなくても、本を読むのには変わりないんですけどね。

最近本を読む理由をいろいろ考える機会があって、なんだか考え込んじゃった時がありました。結論はまだ出ていないのですけど、きっといろんな状況、感情、感覚を表す言葉を知る行為なんじゃないかしらと思っています。様々な状況や感覚、感情が存在するけど、それらすべてに名前が付いているような気がするんです。例えば、うれしいような泣きたいようなそんな感情なんて名前を知らないですものね。名前のないものでも、形容表現をつけて表せばそれを示すことがきっとできる。そういった言葉を読書を通して知ることができるのではないか。そういう今まで名前をしらなかった「何か」にうまい言葉をつけられる、それがうまい作家なのではないかしら、なんて思っています。川上弘美にしろ、村上春樹にしろそういった表現がうまいですものねぇ。

そんなことを考えているときに見つけたのが今日のの作品、「あめ・もれ 動詞事典」です。事典なんて書いてあると分厚いのを思い浮かべちゃいますけど、これは日本語の動詞について日本人の青木雨彦とフランス人のフランソワーズ・モレシャンがエッセイを書いている形式のものです。ちょっと古い本なんですけど、古本屋でみつけて買っちゃいました。

事典と銘打ってるだけあって、五十音順に並んでいるのですけど最初が「愛する」なんです。最後はなんだろうと予想しながら読んでいたのですけど、「わ」だから「別れる」かしら。なんだか日本語ってうまくできているなぁなんて思いながら読み進めていきました。「愛する」結果はいつも「別れる」なんて、どうしてこううまいことできているのかしら、なんて思いながらね。

ところがどっこいもう一つあったんですよ。項目が。それを見つけたときは本当にはっとしちゃって、思わず笑いがこみあげてきました。そう「笑う」ってのは最後なんですね。これもなんだかうまいですねぇ。「愛する」二人はいつも「笑って」いる。そういう関係を築ける人と早く出会いたいですね。
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2006年05月02日

姫椿-浅田次郎

「姫椿」 浅田次郎

姫椿おはようございます。ご無沙汰しています。時が経つのは早いものですね。最後の更新から一週間経っているようでいやになっちゃいます。最近は仕事が終わる頃には背中が痛くなってきちゃってこれって老化なんでしょうかね。

さてさて、相変わらずのつまらない、本編とはまったく関係のない前置きをしたところで、全然変わっていないなぁと思っていただけたと思いますので本の紹介を。

浅田次郎の「姫椿」です。八編の短編が収められています。「鉄道員」「天国までの百マイル」なんかでおもいっきり泣かせてもらったので今作でも、と思って読み始めたのですけど今作ではボロボロと泣けるというよりかはほのぼのとさせてもらえる作品ばかりでしたね。

社内で肩たたきにあった男二人のお話、”トラブルメーカー”と競馬が取り持つ人と人のつながりを描いた"永遠の縁”が収録作の中でも好きでしたね。どちらも結構ラストはこじつけというかつくりすぎだろうって思わなくもないですけど、それもまたいいでしょうって感じでした。

"シエ”という作品に人の不幸を食べて生き続ける伝説上の動物がでてくるのですけど、とあるペットショップでシエと出会ったスーちゃんはシエを飼うことに決めた。食べ物を取らずに心配していたが、シエに愚痴ともつかない自分の話をしているだけで満足そうに眠るシエを見て、毎日のように自分の生い立ちをかたりはじめる。ってなあらすじなんですけど、そのシエが言うのです。

スーちゃんは、幸せは淋しくないことだって言ったよね。あの一言はとてもおいしかった。ほんとうの不幸の味がした。


淋しくないことは幸せだって僕も思っているのですけど、これって誰でも思うことなんじゃないかしらっておもっちゃいました。それをほんとうの不幸だなんて言われちゃって、ちょっと悲しくなっています。ってことはみんな淋しさを感じていないってことなんですかね。

"再会”にこれはってうまい言葉があったのでご紹介。

女の恋は流れ去るけど、男の恋は積み重なるものさ。水と、雪のちがいだね。


なんだかうまい言葉ですねぇ。「女性は新しい恋をするとファイルを上書き保存するけど、男は新規作成する」ってのに匹敵する言葉だと思いました。表面上はそうだけれど、実は女性は隠しフォルダにファイルを残しているって噂もありますけどね。僕と今までつきあった女性たちはちゃんと僕のことを残していてくれるんでしょうかね。それとももうゴミ箱の中にすらないのでしょうかねってちょっと感傷にひたってしまいました。っていつものことですね。


posted by kbb at 08:38 | 東京 🌁 | Comment(7) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ア行

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