本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2009年01月11日

しょっぱいドライブ-大道珠貴

「しょっぱいドライブ」 大道珠貴

しょっぱいドライブこんばんは。

いつまで経っても山崎ナオコーラをオナコーラって覚えてしまっていて治りません。どうにかならないのでしょうか。

さて今日の作品ですが、実は手元にありません。読んだその日に飲んだ友人に貸してしまったのです。「人のセックスを笑うな」のようなどっちつかずの物語が好きっていうから、じゃあこれどう思う?って貸してしまったのです。というわけで初めてその作品が手元にない状態での更新です。

まぁ上を読めば「人のセックスを笑うな」と同じようにあまりおもしろいと感じられなかったってことがわかっちゃいますね。「しょっぱいドライブ」大道珠貴です。

表題作他全三編が収録されています。
表題作は34歳のミホが妻子持ちで金持ちのおじいちゃん九十九さんといかに同棲にいたったかが物語。

なんだかはっきりとしないけれど、相手が喜びそうな言葉をつい口に出してしまって、やっぱりいやだなぁなんて思いつつ、結局は自分の言葉に従ってみようって感じなのかしら。この作品を貸した子が「人のセックス〜」のだらだらとした感じがリアルに感じられてよかったっていっていたけど、このだらだらとしたいつまでもうだうだとしている感じがリアルなんでしょうね。

だらだら、ぐらぐらがリアルではないとは決して思いません。でも小説でそういうリアルさを感じなくても、そこらじゅうに転がっているのが、むしろ自分の頭の中に転がっているのがそんなリアルなのだから、そんなのをいちいち時間をかけて小説として読んでもおもしろさを感じられない自分がいます。むしろとんでもない方向から飛んできたボールにとってもリアリティがあったらそれってすんばらしい作品だと思っちゃうのです。

表題作よりもむしろ一緒に収録されていた"タンポポと流星"の方がおもしろかった。
幼なじみ、鞠子と続く不健全な友情から逃れるために東京で就職するミチル。でも東京でした恋愛もやっぱり福岡での友人と似たような関係になっていく。結局ミチルの主体性のなさが焦点なんでしょうけど、幼なじみの鞠子がかわっていったようにミチルも少しずつ変わっていく。そんな物語でした。

後々知ったのだけど、この作者女性なんですね。セックスのシーンがどれも嘘臭くてきっと男性が書いたじゃないかと勘違いしていたました。たいていの男が思い描くセックスって嘘臭くてリアリティがありませんもんね。ってまぁ僕の思い描くセックスもそうなんでしょうけどね。そういったところもこの作品を好きになれなかった理由なんだろうなぁ。



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2009年01月01日

もうひとつの恋-俵万智 浅井慎平

「もうひとつの恋」 俵万智 浅井慎平

もうひとつの恋あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくおねがいいたします。

今日はいい天気ですね。初日の出もきれいに見えたことでしょうね。

といっている僕は、昨日の23時に眠りに落ちてしまって年始から早寝早起きを達成しました!ってどんだけポジティブかよって感じですね。カウントダウンも初日の出も初詣も初夢もまだなんにもしていませんが、今年の健康が予感させられる元旦です。ってお酒飲みながらこんなこと言っても説得力がありませんよね。

さて、新年早々一発目の読書は「もうひとつの恋」です。俵万智の短歌と浅井慎平の写真がきれいに合わさっている作品集になっています。

まずは俵万智の短歌をじっくりと読んで、一度本を閉じて短歌をゆっくり味わって、もう一度開いて浅井慎平の写真を眺める。なんて贅沢な本なんでしょうかね。

写真をここに載せるわけにいかないので、気に入った短歌をいくつか。

連絡のとれないことが 寂しくて たいした用などないのだけれど
何もかも<ごっこ>で終わってゆく恋の さよならごっこの ほんとの部分
「それだけです」と 書いた手紙の余白には それだけでない心がにじむ
不機嫌の理由が見えない 君のそば 明るいだけがとりえの私

恋をテーマにしたページに連載されていたそうで、どれもこれも恋がテーマになっています。
つきあっただの、別れただの、人と人が出会って別れる、ただそれだけのはずなのに人間の心がここまで動くのってやっぱり恋ってすごいことなんでしょうね。

ありがとうなんて言うのも今さらのような気がするけどありがとう

っていう俵万智の歌を心に秘めて今年は「ありがとう」って言葉を忘れないようにいこう。そう思う一月一日でした。
みなさまにとってすばらしい一年になりますように。




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2008年12月23日

サラダ記念日-俵万智

「サラダ記念日」 俵万智

サラダ記念日「この味がいいね」と君が言ったから十二月十三日は鍋記念日

おはようございます。
おとといはあんなに暖かかったのに、今日はとっても寒いですね。布団から出るのがいやになっちゃいます。でも、考えてみるとたった一日暖かかっただけですし、今日の寒さの方が本当の冬のはずなんですけどね。僕がバカだからたった一日で騙されてしまったことだってことなのでしょうね。

さて、「サラダ記念日」。俵万智の歌集です。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

と有名なこの作品集ですが読んだことがなかったのですが、先日の枡野浩一の「君の鳥は歌を歌える」に出てきたので気を留めていたら本屋さんで見つけちゃいました。きっといつもあったのにまったく気が付かなかったのでしょうね。

枡野浩一も言っていましたけど、五七五七七調になっているのに、言葉の切れ目とリズムの切れ目があっていないんですね。上の歌もそうですしね。でもそれが全然不自然じゃないと思うのは、最近のヒット曲が全てそうだからでしょうかね。宇多田ヒカルの曲なんてほとんどそうですものね。

捨てるかもしれない写真を何枚も真面目にとっている九十九里

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

唐突に君のジョークを思い出しにんまりとする人ごみの中

もっともっといいなぁと思う歌がいっぱいあったのですけど、それを全部ここに書き出していたらキリがないのでやめておきましょう。素敵だなぁなんてたった31文字に簡単に騙されてしまう僕ですけど、日本語にとってみれば31文字は決して少ない数字じゃないのかもしれないですね。

冒頭の歌は先日うちで鍋パーティーをやったときに「サラダ記念日」をふまえて詠んでみたのですけど周りの評価も芳しくなかったものです。語呂もわるいし、鍋じゃあ全然おしゃれじゃないですものね。「サラダ」じゃなかったらこの歌もここまで有名になることもなかったかもしれないですね。まぁ僕にはサラダよりも鍋の方がお似合いかもしれないですけどね。



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2008年11月09日

ぺ-谷川俊太郎

「ぺ」 谷川俊太郎

ぺおはようございます。

先日、初恋の人を駅で見かけたということをここに書きましたが、その後もなんどかその子を見かけました。今までも同じ時間の電車に乗っていたようですね。ただ僕の目に入らなかっただけなのでしょうね。まぁ相も変わらず声をかけるなんてことはしていないですけどね。

さて、谷川俊太郎の「ぺ」です。カタカナの「ペ」なのか、ひらがなの「ぺ」なのかわからないですけど、タイトルは「ぺ」です。

谷川俊太郎のショートショート集です。最近星新一を読み返したいなぁなんて思いつつ本屋さんにいったら見つけたので買ってしまいました。

星新一のショートショートほど短くはないのですけど、短編と言うには短すぎるのでショートショートなのでしょうね。

ショートショートということでどうしても星新一と比べてしまうのですけど、星新一ほどエンディングに切れ味がするどくないので、残念でなりませんでした。谷川俊太郎が詩人だからなのか、エンディングに「???」が頭の中でうずまいてしまうものも多くて、いったいこれはなんなのだろうか?と読後に考えてしまう物もありました。

と、ここまで来て本の内容に一つもコメントしていないことに気づきました。23編も収録されているのに・・・。

普段本を読みながらここに抜粋できるようなところ、コメントしたいところに付箋をつけているのですけど、この本についた付箋は一カ所だけ。しかも今そこを読み返しても自分がそこで何をいいたかったのかさっぱりわからない。困った物です。

タイトルがすっごいショートショートってオチだったのかもしれないですけど、それもわかりませんけどね。なんていったって僕は初恋の人が同じ電車に乗っていても気づけないぐらい何も目に入っていない人ですからね。




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2008年11月04日

新装版 マックスウェルの悪魔 確率から物理学へ-都筑卓司

「新装版 マックスウェルの悪魔 確率から物理学へ」 都筑卓司

新装版 マックスウェルの悪魔 確率から物理学へこんばんは。

いい加減酔っぱらってきたので、今日はこれで最後ですね。なんですが、最後の最後で一番めんどくさいのをもって来ちゃいました。理系でもない頭なのにさらに酒で朦朧としているのに、本の中身を紹介できるか、自信がありません。といっても、本の中身については普段から書いていないからいいですね。

マックスウェルの悪魔とは、マックスウェルという理論物理学者の思考実験によって生まれた悪魔。エントロピーは増大するという熱力学第二法則に反することを可能にする存在として考え出された。

エントロピーとは情報量のことだと、本書で都筑卓司はいう。同量の0度と100度の水があわさると50度になるっていうのは、0度と100度の水として整列している状態から分子がバラバラの状態になったのが50度の水であるという。

そしてこの本で都筑卓司が予言していることがおもしろい。人類は木や土というバラバラのものを整列させて建物を造る。人類は水や肥料がバラバラのものを集めて効率よく与えることによっって植物を育てる。人間という存在は自然がエントロピーを増大させるのに逆らって減少へと向かわせる。ところが、人間がそうやって整列させた物でも地震や風雨によって自然はまたバラバラの状態にするように向かう。今までの情報量というのは人間がなんとかエントロピーを減少させることによって人間がコントロールできる量であった。ところが、人類の技術が発展することによって人類のまわりにある情報量は指数関数的に増えていく。人類はエントロピーの増大によって滅びるという。情報量が増えていき、人間がそれを扱えなくなると人間の脳の処理が追いつかなくなり、精神的におかしい人が増えていく。そういう人の数が増えていくことによりそれが当たり前の状態になる。そうやって人間が平均的におかしくなっていき。最後は絶滅する。そんなことを20年以上前に予言していた。人口が増えすぎて食糧問題が起きる。人が多すぎて周りとの関係をうまく構築できずに人を傷つける人が増えていく。そういったことを予言している。

しかし、彼も予言できなかったような今の技術がある。そうインターネットである。インターネット上にあふれる情報を人間はコントロールしようとして検索技術が飛躍的に向上している。全てのwebサイトをその関係性から整理しようとした初期のgoogleをはじめとして、現在ではそこに書かれている言葉、文字そのままではなく、その言葉・文字によって作られる意味から検索できるような技術を考え出そうとしているらしい。ブログのタグによる検索がそれによって考え出されたらしい。

結局人間はそうやって自然に逆らおうとしているんでしょうね。分子の世界ではエントロピーの増大に反するようなことを人間は生み出せなかったけれど、人間の環境におけるエントロピーに関しては一生懸命あらがおうとしているのでしょうね。僕も自分の部屋の整理整頓から始めて、人間の絶滅に個人的に抵抗してみようかしら。




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2008年08月14日

谷川俊太郎質問箱-谷川俊太郎

「谷川俊太郎質問箱」 谷川俊太郎

谷川俊太郎質問箱こんばんは。夜中のドライブのおかげで更新できなかった昨日のために、今日は豪華二本立てです。

ってか、この作品は本当によかったので、多くの人に読んでもらいたい。

本よみうり堂の書評のページでみつけたこの本のページ。

「どうして、にんげんは死ぬの? さえちゃんは、死ぬのはいやだよ」という6歳の少女の質問に対する回答は、真剣であたたかい。<ぼくがお母さんだったら、「お母さんだって死ぬのいやだよー」と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて一緒に泣きます>
コラム記者が選ぶ

この書評を読んですぐに注文してしまいました。「谷川俊太郎質問箱」です。詩人の谷川俊太郎がいろんな人の質問に答えている本です。糸井重里主宰の「ほぼ日刊イトイ新聞」という毎日更新されているサイト上で連載されていたものが収録されています。
「谷川俊太郎質問箱」
夏休みこども特別企画ということで、現在も更新されています。

時には優しく、時には厳しく、そして詩のような言葉を使ったり、説教になってみたり。でも、どれもが谷川俊太郎の言葉なんだなぁって、とってもおかしなことかもしれないけれど、そう思わせてくれます。

たとえば
「たわいのないおしゃべりができません」
「谷川さんにとって『大人』とは?」
「おふろに毎日入らなくてはならないのはなぜ?」

こんな質問にまじめに、ふざけながら答えてくれます。

谷川俊太郎といえば、最初に思いつくのが教科書にも載っていた「いるか」

いるかいるか いるかいないか

なんて言葉から始まるこの詩ですが、ネット上で検索すると、この詩を教材にしていかに子供たちに教えるか、なんてページがトップにやってきます。

「一連の中に、動物のいるかは何回出てくるでしょうか?」

谷川俊太郎はこの質問になんてこたえてくれるでしょうかね。

きっと彼らしい、彼にしかできない言葉をくれるのじゃないかしら。



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2008年07月20日

ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺-田中啓文

「ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文

ハナシがちがう!こんにちは。

世の中おかしなことばっかり起こるようで、禁煙を奨めるためのタバコ税の増税が、ただの税収アップが目的だったってことをこのあいだニュースで読みました。一箱千円にしてしまうと、禁煙する人が増えて税収も下がってしまうため、試算によって禁煙する人がいても税収もあがることがわかっている一箱五百円にしようということでした。へそで茶がわかせるほどおもしろい話ですけど、他人事ではないので笑ってばかりもいられませんね。いっそのこと法律でタバコなんて禁止しちゃえばいいのにね。そんなことしたら税収が下がるから無理なんでしょうけどね。

さて、今日の作品は他人事なのでおもいっきり笑える落語がテーマのものです。「ハナシがちがう!」です。田中啓文の作品は「蹴りたい田中」なんていう芥川賞作品をもじったタイトルだけど中身は全然ちがうっていう本しか読んだことなかったのですけど、ちゃんとまじめにおもしろうい作品も書けるんですね。

落語家の弟子になった金髪トサカ頭の不良少年・竜二の物語です。様々な問題が起こるんですけど、それを一つずつ解決する竜二。だけど先輩をたてなきゃいけない落語の世界というわけで、名探偵コナンのように師匠に代わりに話させます。

この作品いっぱしのミステリーのようにも読めるし、竜二がどんどん落語を覚えて成長していく物語としても楽しめます。そしてモチーフになった落語もそれぞれおもしろい、とくれば読まなきゃ損々って感じです。

連作短篇それぞれのタイトルにもなっている"たちきり線香"、"らくだ"、"時うどん"、"平林"、"住吉駕籠"、"子は鎹(かすがい)"、"千両みかん"。残念ながら時うどんに近い時そばぐらいの知識しかなかったのですけど、上方落語ってとっても魅力的なお話があるんですね。泣かせる物、笑わせてくれる物、考えさせてくれる物。

一度落語なんて聞きに行きたいって思って新宿の演芸場の入り口を覗いたりしているんですけど、あの暖簾をくぐるのに勇気がいりますよね。ってことでまだ一度もいったことがありません。異次元への入り口だってのはよくわかるんですけどね。もしかして、あの暖簾の奥ではタバコが一箱百円なんて世界だったとしたら勇気を体中から集めてでも入っていくんですけどね。ってやっぱり最後は自分のコトになっちゃいますね。今の内にタバコを買い占めておきましょう。

うーん。やっぱり落語のようにうまくオチをつけるのは難しいですね。もっと勉強しないとだめですねぇ。




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2008年07月15日

愛の保存法-平安寿子

「愛の保存法」 平安寿子

愛の保存法こんばんは。

チョコレートは冷凍してからじゃないと食べないkbbです。冷凍したやつを口の中で溶かしながら食べるのが一番おいしいと思うのですけど、いかがでしょうか?飲み物は牛乳が最高ですけど、お酒とでもまぁ楽しめますよね。

そんな感じで冷凍技術を活用させていただいているのですけど、平安寿子によると愛も冷凍できるようです。「愛の保存法」という作品にでてきます。

平安寿子は以前読んだアンソロジーで気に入った作家さんでした。それまで「へいあんとしこ」って読んでいたのですけど、この本にもしっかりふりがながふってありますね。きっと読み間違える人も多いのでしょうね。平安寿子という名前はアン・タイラーという作家さんから名前をとっているようですけど、アン・タイラーを読んだことがないから比べることができないのがつらいところです。

さて、表題作"愛の保存法"ですけど、押してだめなら引いてみろっていうことがテーマになっています。離婚と結婚を四回も繰り返している男女についてのお話です。まわりからみていると奔放でわがままな女の方がくっついたり離れたりを繰り返しているように思われています。しかし、実際は一緒にいると興味をなくしてしまう男のために離れることを繰り返していたっていうお話です。しかもそんな男を好きになってしまった女の友人が主人公ということでなかなかドラマチックです。といっても、連続ドラマのようにイベントが毎週毎週おこるような息詰まるような展開というものではなくて、その気持ちが日常のなかでたんたんと語られていきます。きっとそれが彼女の文章のうまさなのでしょうね。

ただ、いろんなことを説明しすぎてしまうところが少し、あれ?って感じですけどね。

他にも5編の短篇が収録されています。どれも男女の愛をうまく描いていて、書き方をのぞけばまぁ楽しめる作品になっています。
表紙のくまがとってもかわいいですしね。

チョコレートを溶かすような恋愛をしてみたい、と最近とみに思うわけですが、なかなかどうしてワンピースを着てきてくれるような子もいないわけで、最近はデートだけでもいいからしてくれないかしらと切に希望しております。どうかみなさんお声をおかけくださいな。




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2008年07月10日

包帯クラブ-天童荒太

「包帯クラブ」 天童荒太

包帯クラブこんばんは。今日家に帰ってきたら、昔の彼女宛のダイレクトメールがうちに届いていました。一年ぶりぐらいの彼女宛の郵便物です。一人暮らしだった彼女はほぼうちに入り浸っていて、郵便物もうちに届くようにしていました。七年も前の話なのに、彼女の名前を見た途端に昔のことをいろいろと思い出していました。楽しかったこと。傷つけたこと。彼女を傷つけたことをいつまでも引きずっていて、それがいつまでも僕を傷つけます。

包帯はそんな傷を癒してくれるのかしら。以前映画にもなった天童荒太の「包帯クラブ」です。「あふれた愛」以来の天童荒太でしたが。さっぱり忘れていました。彼がここまで心に響く言葉をつむぎだすことを。

失敗しました。昼休みの喫茶店で、帰りの電車の中で、この本を手に取り涙をこらえながら読むことになってしまったことを。

高校生のワラは知った。包帯をまくことによって、それがその人を傷つけた原因だと認識できるようになる。それを認識することによって、その傷がなんだったのかを知ることができる。うまくそれを乗り越えられないかもしれないけど、それとつき合えるようにはなる。

中学の時の仲間と包帯クラブを設立して、傷ついた人の、他人から見たらほんのちょっとした傷だけれども、それを癒すために街中に包帯を巻き続ける。しかし、真っ白な包帯がいつの間にか汚れていき、真っ黒になったとき、街を汚すからという理由だけで包帯クラブが非難されはじめる。それが人を守っているとも知らずに。

ワラたちの回想録として語られるこの物語ですが、ワラたちはみんな象徴としての癒しでなく、本当の癒しをするためにそれぞれのできることをするためにそれぞの場所へ旅立ったようです。

それがなんだかとってもうらやましくなっちゃいました。一人はアフリカへ。一人は南米へ。一人は日本で。それぞれがそれぞれの場所で自分のできることをする。それが一番大切なことかもしれないですね。

今これを書きながら、槇原敬之の「もう恋なんてしない」を聞いています。その歌詞にこうあります。

君あての郵便がポストに届いているうちはかたすみで迷っている背中を思って心配だけど


郵便なんてもう二度と来ないでおくれと思う気持ちと、もう忘れてもおかしくない彼女を郵便がくることによって思い出すアイテムとしていつまでも届いておくれという気持ちが同居しています。次の彼女宛の郵便はいつ来るのかしら。楽しみです。




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2008年06月24日

青空チェリー-豊島ミホ

「青空チェリー」 豊島ミホ

青空チェリーこんばんは。

先日、駅で前を歩くすっごい短いワンピースをはいた女の子を見つけました。膝上30センチというか、歩いて裾が揺れただけでパンツがみえちゃうんじゃないかとこちらが心配になっちゃうほど短いワンピース。どきどきしながらも後をついていきました。ってもうこの時点で犯罪者の匂いがぷんぷんしていますけど、そんな格好しているんだからしょうがない。その先にある階段を上っていく彼女の後ろをついていきながら見上げると、そこには・・・。はい。スカートの下には普通に歩いているときには見えない黒いスパッツがありました。なんていうか、その瞬間におまえってスケベな男だなってことを突きつけられた気がするんですよね。すっごい罪悪感です。しかも、パンツをみることすらできなかったんですよ!?なんていうかダブルパンチ。後をつけていったそんなおまえが悪いって言われればそれまでなんですけどね。そんな格好しているんじゃねえ!って怒鳴りたくもなりますけど、そんな気持ちも萎えさせてしまうほどあのスパッツの威力は強かったですね。いいわけするならば、自分が向かうべき階段を上っていったことは幸いでしたね。もし全然違う方向に歩く彼女の後をつけていったとしたならば、たぶん立ち直れていなかったでしょうね。

さて今日の作品は「青空チェリー」。豊島ミホのデビュー作といっていいのかしら。「女による女のためのR-18文学賞」の読書賞を受賞した作品です。

ゆるしてちょうだい、だってあたし十八歳。発情期でございます…。ってことで、予備校に通う男女がラブホテルを覗きながらだんだんと・・・。ってだけのお話なんですけどね。そこに男女の細かい感情がうまくでていて、ほほーって感じでした。でもまぁ官能小説並の表現なんかもあって、満員電車に乗りながらちょっと困ったことになったりもして。

さて、そんな30ページ足らずの作品とともに収録されているのが、「ハニィ、空が灼けているよ。」と「誓いじゃないけど僕は思った」です。

「誓いじゃないけど僕は思った」は中学時代の片思いがいつまでも忘れられない大学生のお話です。もう一つの「ハニィ〜」は三崎亜記の「となり町戦争」のような見えない戦争のお話。

最近この年代の作家による見えない戦争のお話が多いですよね。戦争を舞台として大切な人と別れてしまうことによって成長するお話。そういった装置が必要なのかもしれないですね。それとも戦争を実感していないからこそ、書きやすいのかもしれないですね。って僕も体験したことはないからわからないですけどね。

18歳の発情期が描かれた作品でしたけど、30近くなっても発情期がおさまらないのは困ったもんですよね。近所の夜中になるとうるさくなる野良猫に文句いえないですね、これじゃぁ・・・。




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2008年06月16日

目下の恋人-辻仁成

「目下の恋人」 辻仁成

目下の恋人おはようございます。一昨日は友人の結婚式の二次会というやつに生まれてはじめて行って来ました。知らない人がいっぱいいて、一緒にいった人に紹介してもらおうと思っても、人を人に紹介するのってなかなか難しいんですよね。で、紹介されないとうまく話の輪に入れなかったりして結局お酒に逃げちゃって近寄り難い人なんておもわれているんだろうなぁって思いつつ、さらに酒をあおるみたいになっちゃうんですよねぇ。

さて、以前友人からもらった作品、「目下の恋人」です。辻仁成は以前いくつか読んでいたんですけど、これは未読だったので、売らずに自分で読んじゃいました。横領ですね(笑)

10編の作品が収録されている短編集です。表題作"目下の恋人"が一番よかった。

人に彼女を紹介するときに「目下の恋人のネネちゃん」と紹介するヒムロ。体だけを求められているように感じる、ネネ。周りからみてると、ヒモのような存在のヒムロ。目下の恋人だなんてすぐにいなくなっちゃうような気がする。ある日、ヒムロが育ての親の祖父母のところのいくというので、ついていくネネ。祖父母は結婚はせずに二人で暮らしている。その二人が使う言葉「目下の恋人」。結婚などせずいつまでも恋人でいるという二人。

一瞬が永遠になるものが恋
永遠が一瞬になるものが愛


こんな風に何十年も、そしてこれからもずっとよりそっていく祖父母。

なんかいいものを読んだ気がします。

辻仁成の文章って結構くせがあるから、読みにくい作品も多いのですけど、これは結構うまく入り込めました。

10編のうち、連作のようになっている作品がいくつかあって、それはちょっと狂気的でこわいって感じでうまくはいりこめなかったです。

一昨日もそうでしたけど、素敵な言葉をいっぱい知っていても、なかなか使えないんですよねぇ。以前の「すいかの匂い」での江國香織の言葉

結局のところ、問題なのは美人かどうかということではなく、美人らしくふるまうかどうかなのだ


いつか、この言葉も使いたいんですけどね。魅力があるのだけれど、それをうまく表せることのできない子、僕の目の前に現れてくださいな。




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2008年06月02日

縁切り神社-田口ランディ

「縁切り神社」 田口ランディ

縁切り神社こんばんは。またやってしまいました。昨日は友達が結婚したということで、内輪でパーティをしました。いつものおいしい南欧料理屋さんへ行き、飲み放題ということでワインをかぶのみしていました。ケーキやプレゼントや花束も無事に渡し終え、舞台は二次会へ。

終電ということで、夫妻が帰ったところまではしっかりと記憶があるのですが、その後の記憶がほとんどありません。終電が終わっていたので、途中まで行ってそこからタクシーで帰ったらしいのですけどタクシーに乗った記憶も、その駅で降りた記憶もない。友人が一人うちに泊まって帰ったんですけど、そいつと話した記憶もない。そいつが寝ている隣で弟の友達とさらにビールを飲んでいたらしいのですけど、まったく覚えていない。

またひどいこといってしまったかもしれない、ひどいことをしてしまったかもしれない。反省しようにも記憶がないので、反省する材料もない。激しい自己嫌悪と後悔におそわれて今日一日いやになっちゃいました。

お酒をやめればいいんでしょうけど、お酒をやめてしまったら一人で暇なときに何をすればいいのかわからない。

こうやってお酒で乱れてどんどん友達がいなくなるんでしょうね。最近みんな飲みに誘ってくれないのは、そういう理由からなんでしょうかね。でも、女の子とデートしている最中に記憶がなくなったことはないので、大丈夫だとは思うんですけどね。きっと忘れてしまったらもったいない、と思っているから記憶がなくならないのかもしれないですね。二人で飲んだあとに一人で自転車に乗って帰るところから記憶がなくなったことならあるんですけどね。

そんな風に人と人はなんらかの理由で別れていく。その別れがどっさりとつまった田口ランディの「縁切り神社」です。12編の別れが描かれている短編集です。以前「コンセント」やらなにゃらを読もうとして、途中で挫折してしまったことのある作家さんです。一編一編が短いからこれは最後まで読み終えることができたのかもしれないですね。

表題作"縁切り神社"はこわかったなぁ。どこかにあるかもしれない、縁切り神社。そこに別れさせたい相手の名前を書いて呪うかのように絵馬を奉納するとその二人は別れてしまう。ある日水野季美子はそんな神社見つけて、そこの絵馬に自分の名前が書いてあるのを見つけてしまう。

うーん、ぞっとしますね。もしかして、今までの僕の別れはここに絵馬を奉納された結果なのかもしれないですね。って、そんな絵馬を書いてくれた美人さんにまだ出会っていないんですけど、どこぞにいらっしゃいますか?早くでておいでー。

これからは友人を少しでもなくさないように、楽しい酔っぱらいになるようにがんばらないとだめですね。今年の目標をもう一つつくっちゃいましょうか。

記憶をなくすような飲み方をしない!

これに限りますね。まぁワインを飲まなきゃ大丈夫だと思うんですよね。日本酒なら一升ぐらい飲んでも記憶がちゃんとありますもの。それ以上飲むとヤバイかもしれないですけどね。

というわけで、目標を達成できるかどうか確かめるためには飲みにいかないといけないわけなので、みなさん誘ってくださいな。よろしくお願いしますね。



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2008年05月31日

敵-筒井康隆

「敵」 筒井康隆
 
敵こんにちは。金曜日は朝寝坊してしまい、いつもの電車に乗り遅れてしまいました。電車が遅れていたので遅延証明書がもらえたからいいようなものの、やばかったです。いつもは朝にシャワーを浴びるんですけど、寝坊のせいで浴びれず、自分が臭ってないかしら、と一日中気にしてしまいました。自分の匂いってなかなかわからないですものね。

筒井康隆の「敵」の中で主人公の儀助が老臭を気にする場面がでてきます。道で会った隣近所の老人たちの口臭や体臭を感じて、自分もああなってはいまいだろうかと、気にしてしまいます。コロンをいっぱいつけたり、一日に何度も風呂に入ったり。でも、この気持ちわかりますよね。特に加齢臭だ、なんだって最近よくいわれていますものね。どんなに気持ちが若くいるつもりでも、自分から出てくる匂いだけは誰の目もごまかせないですし、匂いだけで判断されてしまって、いいわけもできないですものね。

さて、この作品、元大学教授の儀助が奥さんを亡くして、一人暮らしをしています。作品の前半部分では彼の生活が詳細に描かれています。彼の朝食、昼食、夕食にはじまって、買い物、書斎や客間の一つ一つに一章があてられて細かい描写が続きます。

裏表紙のあらすじを読むと、

ある日、パソコン通信の画面にメッセージが流れる。「敵です。皆が逃げ始めています」


ところがこのストーリーがでてくるのが、小説の中盤をすぎて、そろそろ先が見えてきたころ。前半の筒井康隆が自分の生活を描いたんじゃないだろうかってほど細かい描写がやっと一段落したころです。全然話が動かないので、途中で読むのがいやになっちゃって何度本を置こうかと思っていたのですけど、がんばって読み通しました。読み通してよかった〜〜、と心から言えないのが残念なのですけど……。

まぁそんなわけでシャワーも浴びずに会社に行った僕は満員電車で僕のそばにいる女性や会社で話しかけてきたあの子の表情を必死に読みとろうとしていたんですけど、大丈夫だったようです。もしかして、向こうも必死に顔に出さないようにしていただけかもしれないですけどね。女性はみんな演技がうまいっていうのはいろんな本を読んで得た唯一の真理だと思っていますからね(笑)




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2008年03月22日

ビールボーイズ-竹内真

「ビールボーイズ」 竹内真

ビールボーイズ僕は毎日お酒を飲まなきゃやっていられないわけですが、とりあえず家に帰ってあけるのは缶ビールです。グラスになんていれる時間はもったいないとばかりに缶からそのままのどに流し込みます。でもこれが、最近流行の発泡酒や第三のビールといわれるものじゃ物足りない。どんなに稼ぎが悪くてもビールの質だけは落としたくないし、煙草はやめたくない。

そんな僕のビールに対する思いなんて、大したことないって思わせてくれた作品が今日の「ビールボーイズ」です。本が好き!からの献本でいただきました。すてきな本をありがとう。もちろん今もビールを飲みながらこれを書いていますよ。

物語は四人の少年少女が30歳までに何ができて、何ができなかったかを描き出しています。ガキ大将だった正吉は義理の父親の酒屋に就職し、自分で地元でビールをつくることを夢見て、働きながら醸造学科への進学を果たし、理論の次は実践だ、とばかりに英語もはなせないくせにオーストラリアにワーキングホリデーを利用してビール修行の旅にでます。夢のためならエンヤコラというわけで、彼はそのすべてをすばらしいバイタリティでなしとげるわけです。

小学校当時ガキ大将の正吉の周りにいた三人。一人は親の転勤によって高校時代に東京に行ってしまい、離ればなれに。一人は何も先がみえていないけれど、とりあえず東京にでてきて、そこで自分のしたいことをみつけます。そしてもう一人は、やっぱり自分らしく生きるために東京にでてくるのですが、地元に帰り自分や仲間のために役所で働き始めます。

人それぞれにちゃんと役割があって、キミは今ここにいないとだめなんだね、っていうことを教えてくれます。久しぶりにこういう青春小説を読みましたが、読後はなんだか心が洗われますね。自分もがんばらないとね、ってね。こういう人の気持ちを震わすことのできる文章ってどうやったら書けるんでしょうかね。

まぁ、そんな難しいこと考える前に、この作品で知ったペールエール、インディアンペールエール、スタウト、アンバーエールの違いを知るために飲みに繰り出すことにしますか。ちょうど明日は元バーテンダーの友人が富山からでてきて、ビール専門店に飲みに行くことになっているので、勉強もかねて酔っぱらってきますねー。そうそう、この作品、各章の間にコラムが挟んであって、ビールの歴史が学べるようになっています。ちょうどビールの泡がビールのおいしさを閉じこめた上に引き立てるそんな感じでおいしく読めるようになっていますよ。




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2008年03月13日

カフェー小品集-嶽本野ばら

「カフェー小品集」 嶽本野ばら

カフェー小品集こんばんは。明日からお仕事です。インフルエンザをひいていたとはいえ、なんだか後ろめたくて明日会社に行くのにドキドキしています。決して仮病じゃなかったんですけどねぇ;;

さて、ある友人の恋愛がいつもうまくいかないのは、なぜだろうと、最近分析していて、きっとこの子は自分にとってベストの人としか付き合わないからいつもうまくいかないんじゃないかしらという結論に至りました。これは僕にとっては大きな驚きでした。元々お互いが好きどうしでつきあい始めるなんてことできっこないと思っていたので、好きになれそうにもない人以外とだったらつきあってみればいいじゃない、なんて思っていましたので。彼女のような人をベスト人、僕のような人をノットワースト人と名づけて飲み会で盛り上がってみたんですけど、みんなに自分はどっち?って聞いてみたところ誰もが、自分はベスト人だって言い張っていました。

家に帰って考えてみたんですけど、短くて一回しかない人生、誰が好きこのんで好きになれるかどうかわからない人とつきあわないといけないんだ!?って思うからこそ、ベストの人と付き合いたいんだろうなって思い始めてきました。

同じような言葉を今日読んだ嶽本野ばらの「カフェー小品集」で見つけました。

「君」が「僕」に語りかけるシーンで

だっていろんな意味でその人は私にとって最善なのですもの。貴方は特別なの。スペシャルなの。最善は特別には敵わない。というか存在する次元が違うのね。貴方は特別だからこそ、私を苦しめる。


上のシーンは特別な「僕」に別れを告げて最善の彼の元へいく時の「君」のセリフです。きっと特別を追い求める人よりは、最善を求める人の方が幸せになれる気がするのは僕だけでしょうかね。小さな幸せを積み重ねて大きな幸せとしたい。きっとそうやって「特別」な人と恋愛のできない自分を慰めているだけなのかもしれませんが。

初嶽本野ばら作品でしたが、映画にもなった「下妻物語」の作者です。ちょっと気になっていたんですけど、やっぱり短篇集からはじめてみようということで、今回の作品を手に取ってみました。

実在のカフェー12軒を舞台にした君と僕が物語の連作短篇集です。京都から東京、小樽のカフェーまで載っています。実在ということで最後にはそのお店のデータまで載っているというサービスぶりです。しかし、そこに描かれているのは若いOLが喜んで行くような表参道の小洒落たカフェではなく、ひっそりと昔からそこにあるカフェーなのです。

この作品を読んで想ったんですけど、この作者(写真が載っているんですけど性別がわからない・・・;;)の作品ってなんだかフランス風って感じがするんですよね。作者の名前から受けてしまったイメージなのでしょうか。文章からもそういう印象を受けてしまって、立て巻きにしてフリルのついた白い日傘をさして、フランス貴族のようなスカートをはいた「君」を思い浮かべながら読む進めていくことになりました。それとも映画「下妻物語」の印象でしょうかね。

もしそれを作者が意図していなかったらすごく不幸なことだと思うけど、あながちそれもまちがっていないような格好をした女の子もでてくるので、きっと意識しているんでしょうね。

というわけで、あなたはベスト人ですか?それともノットワースト人ですか?




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2006年04月23日

29歳-トゥエンティ・ナイン-藤堂志津子

「29歳-トゥエンティ・ナイン」 藤堂志津子

29歳おはようございます。なんだか久々の更新になってしまいましたね。文章っていつも書いていないと書き方を忘れてしまうものですね。どうやって書けばいいのかなんだかわからなくなってきました。今は昔働いていた職場に短期間だけ復職しているのですけど、時間帯も今と同じ深夜で、今よりも長い時間毎日入っていたのに、毎日のように仕事終わった朝に彼女を学校に送っていきがてらドライブに行ったり、デニーズに行っておしゃべりとかする体力があったのに、今はもうだめですね。仕事終わったらすぐに帰ってすぐに寝たいですもの。たまに勤務時間が短いときとかがあって普段の疲れをとるかのように長い時間寝ると、今度は寝疲れしてしまっていやになっちゃいます。体の芯の方に残るしびれみたいなのは年をとった証拠なのでしょうか。そろそろ30へのカウントダウンがはじまるのでしょうかね。でも職場の店長はまだ小さい子を二人も抱えて母子家庭なのに、毎日12時間以上週七日仕事していますからね。母は強しってことなのでしょうかね。

さてさて、長い愚痴というか、前置きからはじまりましたが、藤堂志津子の「29歳-トゥエンティ・ナイン」です。29歳の女性、多希の物語です。多希はアメリカ留学中の29歳。カリフォルニアのコミュニティカレッジを優秀な成績で卒業し、さらに自分を試したくてカリフォルニア州立大学バークレイ校へ進学します。しかし、しっかりと勉強しなければついていけない環境で恋との両立に悩みます。

帯に「これは愛なのだろうか・・・」って書いてあるのですけど、この本に描かれているのは男女の「愛」ではないと思います。多希はカリフォルニアで領と出会いますが、この男がまたどっかの誰かさんのように最低の男で多希とつきあっていながらもともと好きだった白人女性に言い寄られるとそっちにふらふら行ってみたり、それに飽きると多希に戻ってみたり、振ったはずの多希に返すあてのないお金を借りにきたり、「多希が必要なんだ」と言ってみたり。多希も29歳にもなったのならそんな男だめだろうってことぐらいわかっていてほしかったな。この二人にあるのはむしろ「母性愛」なんじゃないかしらっておもっちゃいました。領は甘えるだけ甘えて多希を傷つける。そして多希はそれを許すって感じでね。それでいて、勉強する時間がないっていいだして、領をとるか勉強をとるかで悩みだしたりして・・・。思わず読みながら「ふーん」って言ってしまうような物語でした。

タイトルからそろそろ30になる女性の心の変化のようなものが描かれているものと思って買ったのですけど、期待はずれでしたね。これを描くなら29歳って設定じゃなくてもいいのじゃないかと思ってしまいました。「藤堂志津子恋愛傑作選」はほんとに傑作揃いだっただけに、残念でしかたありませんでした。

なんだかこの記事を書いていて、ほんとに30がやってくるんだなぁと実感してしまいました。それを意識しはじめたら老けるのも早いのだろうなって思うのですけどね。今切り捨てで20歳って自分で言ってますから30の誕生日に突然10も年をとることになってしまうのが今一番の恐怖ですね。


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2006年04月11日

藤堂志津子恋愛傑作選-藤堂志津子

「藤堂志津子恋愛傑作選」 藤堂志津子

藤堂志津子恋愛傑作選おはようございます。昨日の記事を読み返すと、なんだか恥ずかしくなるぐらいただの愚痴、もしくは言い訳ですね。まったくもう・・・。

さてネット上でまたまた占いをしてみました。って書くとなんだか占い好きの男の子みたいですね。

「出会いの相性占い」です。

結果はツンドラ君だそうです。結果が長いので転載する気にもなれないのですけど。

社交性 低い
論理性 普通
保守性 高い

だそうです。

性格

非常に冷静沈着で、理詰めで物事を考えます。その思考は氷のように冷徹でクリア。自分の感情をコントロールして、常に平常心を保つストイックなところがあり、出会いの場でもマイペース。変に女の子に取り入ろうとして愛想笑いをしたり、おべっかを使ったりすることは、まったく念頭にありません。だからこそ、出会いのチャンスだと意気込む他の男性たちの中において際立ってスマートかつ魅力的に見えるようです。

女性を選ぶ基準は、何を差し置いてもハイレベルであること。知性や思いやりなどといった数値化されにくいものよりは、家柄が良くて有名大学出身、名のとおった企業に勤めている自立した女性、もちろん容姿は端麗で…なんて、わかりやすい基準で判断します。逆に言えば、数字や目に見えるものといった面で基準がないものに関しては、信用できないとすら思っているようです。確固たる答えがない“恋愛”というものに対し、漠然とした不安を抱いているのかもしれません。

だそうです。全然当たっている気がしないのですけど、人にはこうみえているってコトなのかもしれませんね。

さて、そんな占いを思わずしてしまいそうな女性の心理を描いている作品。藤堂志津子の「藤堂志津子恋愛傑作選」です。様々な文庫で出版されている9編の短編が収録されているのですけど、それが25歳から34歳までの女性がヒロインとなっていて、先に進むほど上の歳の女性が描かれていきます。

女性って年齢が一つ違うだけで、こんなに考えていることが変わるのですね。25では結婚したい女性が出てくるのですけど、一つ歳を取るだけで諦めというか達観というか、結婚なんて・・・なんて女の子が出てきます。自分と同い年の女の子や、大学の時同級生だった女の子の気持ちはどうだったかしらなんていろいろと考えてしまいました。

三十四歳の女性はこう考えます。

二十歳の女性のように自分の気持ちに忠実につっ走るには、さまざまな人間模様や人生の断片をかいま見てきました。

つい最近、フジテレビの「恋の力」という連続ドラマの再放送で同じようなセリフを聞いたのを思い出しました。深津絵里扮する三十代の女性が恋をあきらめようとして、「自分は周りを気にせずに恋をするには年をとりすぎた」、なんてことを言うのですけど、これは僕も経験があるのでよく理解できるような気がします。もう自分の将来や相手の状況を考えずに好きって気持ちを表すことができなくなってしまっているのですよね。これは臆病になっているってことなんでしょうかね。

35歳の女性も

「私のこと、どうするつもり?」


というセリフを言わずに飲み込んでしまいます。これも年をとり過ぎちゃったってことなでしょうかね。昔21歳の女性に「私のことどう思ってるの?」と言われたことがありましたけど、それはまだまだ彼女が若かったから言えたセリフなんでしょうね。

この本を読んでまだまだ女の子の気持ちなんて全然わかってない自分に気付いてしまって愕然としてしまいましたよ。これからどんどん勉強していかなきゃだめですね。





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2006年03月23日

昔の恋人-藤堂志津子

「昔の恋人」 藤堂志津子

昔の恋人おはようございます。このあいだおもしろいものを見ました。カップルが歩いていたのですけど、その向かい側から女の子が歩いてきました。すれ違いざまにカップルの女の子の方が歩いてきた女の子に向かってなんだかライバルでも見るかのように睨みつけていました。彼女の中にどんな気持ちがわき上がったのかはわかりませんけど、なんだかすごいものを見てしまったような気がします。女の子ってこわいですね。

さてさて、贅沢シリーズで気に入ってしまった藤堂志津子の作品を手に入れてきました。いくつか並んでいたのですけど、最初は短編集からということで、4編の作品が収録されている「昔の恋人」という作品です。タイトルがちょっと気に入らなかったのですけど、他のはどれも長編だったのでこれにしました。

さすが、贅沢シリーズで読んで気に入っていただけあって、どれもこれも楽しく読めました。これだったら長編でも良かったんじゃないかしらって思ってしまいました。

今回、彼女の作品を読んでいて、彼女は必ずその物語に初めてでた人物については名前にふりがなが振ってあることに気付きました。これって読者が物語を読みながら、頭の中でイメージをつくりあげるときに大切なことだと思いませんか?例えば紀子って名前の人でも「きこ」と「のりこ」じゃ全然できるイメージが違いますものね。

"昔の恋人""浮き世""貴石""魔法"の四編が収まっているのですけど、どれも30代後半から40代の女性が昔の恋人と出会うお話です。女の人もこんなに昔の男のことを覚えているものなんですね。彼女たちは自分の過去をふっきるために、今の自分をふっきるために昔の恋人に会いに行きます。それがいい方に転んだ人もいるし、いなかった人もいる。もちろんどっちつかずの人もいましたけどね。

"貴石"にちょっと男性には耳の痛い言葉があります。

惚れた女を見る男の目っていうやつは、いつだってさもしいものだよ。おどおどと自信なさげで卑屈で、物欲しげで・・・

自覚がある分なんだか目を背けてしまいたくなる言葉ですね。ほんとにその通りなんですもの。手に入らなければ入らないほど、どんどん卑屈に物欲しげになってしまって、そんな目で見られた女の子は気分がいいはずもなく、どんどん距離が開いてしまう。そうなったら余計さもしい目になる。って悪循環になるんですよね。こういう目を見せることなく惚れた女性を見られる人ってのが女性にモテる人なのかもしれませんね。

"浮き世”で結婚している和代が義理の妹の宇田子に向かって、ときめきがないと結婚してもだめよ、なんて話しをしているのですけど、最近そういえばときめいていないななんて確認、確認、再確認してしまいました。ときめくことがないとどんどん老け込んでしまうのにね。




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2006年03月14日

あふれた愛-天童荒太

「あふれた愛」 天童荒太

あふれた愛こんにちは。今日はホワイトデーですね。スケジュール帳真っ黒(表紙だけだけど)の僕ですけど、なぜか今日は真っ白なんですよね。誰か誘ってくれてもいいのに。あ、今日は男の子から誘う日でしたっけ。みんな待っているんでしょうね、きっと。ウシシ。

さて、愛にあふれた前置きはおいておいて、天童荒太の「あふれた愛」を読みました。友人から「永遠の仔」をすすめられていたんですけど、「あふれた愛」は別の友人に借りて、天童荒太入門編としてちょうどよい塩梅でした。80ページぐらいの中編が4つ入った作品集です。

"とりあえず、愛"

3歳の娘をもち、自分も腎臓を患っている武史はある日妻に娘を殺してしまいそうになったとうち明けられて・・・。

"うつろな恋人"
日頃の激務から倒れてしまい、ストレス・ケア・センターに入所している彰二はセンターの近くのレストラン「チィーカ」でかわいらしい少女智子に出会い、恋心を感じ始める。智子には恋人がいるが、それから奪おうとする彰二は・・・。

"やすらぎの香り"

心に病を持つ香苗と茂樹が病院で恋に落ちて二人で暮らしていくことを決意する。しかし、周囲の反対にあい、半年間ふたりでやっていけたら結婚を了承するという約束の元で生活をはじめる。しかし、その約束の日に・・・。

"喪われゆく君に"

浩之のバイト先のコンビニで、クリスマスイブの夜に男が倒れるように亡くなった。未亡人、幸乃のと話しているうちに幸乃たちの想い出話を聞いていく。それをたどるように浩之は恋人、美季を連れて二人が辿った場所へと行き二人と同じポーズで写真をとっていく。しかし、美季が浩之のしていることに疑問を持ち始め、ケンカをしてしまい一人だけの写真を撮ることになってしまった。その写真を幸乃に見せると・・・。

あらすじをまとめてみたけど、難しいですよね。短くすればあらすじを書く意味がないし、長くなれば読む必要がなくなっちゃうし。

"とりあえず愛"と"うつろな恋人”の二編はどうしようもない男たちで、なんでそんなこと言っちゃうの?なんでそんなことしちゃうの?やめて!って主人公の男と自分を重ね合わせながら読んでしまって、なんだか消耗してしまいました。

"やすらぎの香り"は逆に二人を応援したいっていうか、がんばれ!って心の中で言いながらページを繰っていました。

"喪われゆく香り"ではなぜかわからないけど、美季に感情移入してしまって、浩之もうちょっと考えたやれなんて思いながら読んでいましたね。

"やすらぎの香り"で、二人が入院してた病院の院長先生のセリフでうまい表現だなってのがありました。

酒に強い、弱い人がいるように、ストレスに強い、弱い人もいるんだよ。
怒りを表に出せるようにならなければ本当に自分を認めたことにはならない。

一番最近腹を立てたことはなんですか?なんて質問を見るといつも考えてしまうんですよね。なかなか怒りを表に出したり腹を立てたりって難しいなって思っています。いつも我慢したり、人それぞれなんだからって言い訳したりしてね。だから自分を守るために「しょうがないや」って言葉を身につけた気がする。怒ったあとのことをどうしても考えてしまうんですよね。これはみんな自然にできることなのかしらね。

天童荒太。なかなか素敵な文章を書きますね。これは「永遠の仔」も楽しみにしてよさそうですね。ただ「永遠の仔」は長編だから読み始めるのに決意が必要そうですけどね。積ん読のところにある「大地の子」をなかなか読めないのもそういった理由からなんですよ。









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2006年03月13日

ミラクル-辻仁成

「ミラクル」 辻仁成

ミラクルおはようございます。ネット上にはなんでもあるんですね。精神年齢鑑定というものを見つけてしまいました。さっそくやってみます。

鑑定結果
あなたの精神年齢は34歳です

あなたの精神はそろそろ『中年』になろうかというところです。あまり若々しさは感じ取れなくなりましたが、人生経験を積んで、一人前の大人になりました。もう『若者』ではありません。

実際の年齢との差7歳

あなたは実際の年齢より少し大人びています。同年代の人よりちょっとしっかりしていて、周りからよく相談されたりしするでしょう。しかし、『ませている』と思われることもあるかもしれません。時には子供のようにはしゃぐことも大事かと思います。

幼稚度48%

あなたは小学校中学年並みの幼稚さを持っています。がんばって一人でなんでもできるようになりましょう。

大人度68%

あなたはなかなかたいした大人です。精神もかなり発達しています。

ご老人度39%

あなたからはかなりおじいちゃんっぽさが感じられます。そろそろゲートボールがしたくなったりしませんか?

だそうです。もうちょっと若いと思っていたのに。中年って・・・。それでいて小学生中学生並の幼稚さって・・・。そろそろゲートボールがしたいってどんだけおじいちゃんなんだって話しですよね。でもゲートボールはやってみたいですけどね。

えっと、なんだか前置きがすっごく長くなってしまいましたね。今日の本は、先日友人に借りた辻仁成の「ミラクル」。大人の童話って感じでほんわかできる素敵な本でしたよ。

アルが母親を探す過程を通してだんだんと成長していきます。アルの母親はアルを産んだときに亡くなってしまっているので、どこを探してもみつからないのですけど、父親の「雪が降る頃に母親は帰ってくる」という言葉を信じています。アルは「母親とは許してくれる存在だ」というヒントを手がかりに母親を探しつづけます。公園や街の通りで母親ぐらいの年齢の女性に「僕のママじゃないよね?」と聞いてまわります。その過程で記憶をなくしていくことが大人になることだ、とかシステムや時間に流されていくのが大人になることだとかってことを知識として得ていきます。

しかし、アルはそういった大人になることを拒否します。そしてクリスマスの日、南の街に30年ぶりの雪が降ります。その夜に奇蹟が起こります。誰にも止めることのできない奇蹟。会いたいと信じ続けている人にしか見えない奇蹟が二人の前に起こります。

とっても気持ちが暖かくなる物語でした。疲れているときに読むととってもいい気分になれる本ですね。プロローグのところで「僕」の言うセリフがあります。

人との会話で待つことがどれほど大事なことか、僕はそれだけは心得ていた。


このことを心得ていない僕はきっとこんな素敵な物語に出会えるチャンスをいっぱい逃してきたんだろうなってちょっと反省しています。いつもその沈黙に耐えられなくてつまらないこと、くだらないことを言ってしまうんですよね。気を付けます。

辻仁成の作品はいくつか読んでもうしばらくは手に取ることはないだろうなって思っていたので、この本を貸してくれた友人に大感謝です。ありがとう。
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2006年01月25日

ピアニシモ-辻仁成

「ピアニシモ」 辻仁成

ピアニシモコンクリートジャングルやブランクジェネレーションなんて今時ほとんどきかない言葉が裏表紙のあらすじに載っている辻仁成の「ピアニシモ」を読む。もうその時点でなにかしらあきらめがあったのだけれどなんとか読み進める。

いつも何事にもイライラし続ける子供達と、すべてにあきらめている大人達しかでてこない物語。主人公透は分裂病的に友人ヒカルを作り出す。二人はいつでも一緒にイライラを解消してくれるようなヒーローを探し続ける。

転校を繰り返し、行く先々でいじめにあう透は学校での生き方についてこう語る。

緊張してもいけない、妙に慣れすぎてもいけない。目立ってもいけないし、引っ込みすぎてもいけない。意見を持ってはいけないし、考え方がないとまずい。出る杭は打たれるが、出すぎた杭はひっこ抜かれるのだ。


これは今でも通用するんだろうと思う。学校だけではなく社会全体でこんな風に生きている人が多い。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」だから目立たないように、対立しないように生きよう。そのためには夢なんか語っちゃいけない。ってのが今の社会の考え方として、辻仁成が作品中で語った子供だけでなく、社会の成員一人一人がこんな風になってると感じる。

僕は15〜22までの時に、夢を語る大人のそばにいられたから幸せだったんだろうと思う。彼は今考えれば夢しか語っていなかったのだと思う。その夢に向かってどうすればそれが実現するかをいつも聞かされた。その過程で生き方、仕事について、女のこと、家族のこと、考え方。いろいろ教わったな。

透が成長していく過程で、いろいろな物にイライラをぶつける。セブンイレブンのガラスに向かって同級生を突っ込ませたり、棒きれで野良犬の頭を叩いたり。犬を飼っている僕としてはこのシーンは必要ないんじゃないかってほど暴力的だった。多分ここで目をそらさずに読み進めることができたのならヒカルと対立するシーンももうちょっと違った見方ができたのだろうけど、ダメだったな。

「冷静と情熱のあいだ」を読んだ時は他のも読みたいなんて思ったけど、今はしばらくはいいやって感じです。彼が伝えたいことはこういうことだったんだろうか。


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2005年12月22日

蹴りたい田中-田中啓文

「蹴りたい田中」 田中啓文

蹴りたい田中.jpgタイトルからもわかるとおり、ダジャレのオンパレードの茶川賞(芥川賞じゃありません)受賞の表題作を含む田中啓文の遺稿集というか作品集というか。

ダジャレというか言葉遊びも秀逸なのも結構あるのだけれど、こじつけが多くあり、途中で結構飽きてしまった。ただ楽しければいいのなら、テレビで漫才でもみてればいいと思うし。それなりにおもしろい設定のものもいくつかあり楽しめるけれど絶対おすすめってわけにはいかない。

一つだけすごいなと思ったのが、"赤い家”という短編。蚊の世界の刑事と人間の刑事が共同で難事件を解決するという推理?物。こんな設定を考えられる想像力があるなら他のももう少し・・・。と思うけど、でも文章のうまい作家さんだと思うので、好き嫌いをはっきりさせるのは他の短編集を読んでからにしようと思う。

それにしても、このタイトルだと、今はまだ覚えている人が多いからいいけど5年後ぐらいに元ネタがわからない人は絶対手をとらないんじゃないだろうか・・・。

2005年11月30日

海軍めしたき物語-高橋孟

「海軍めしたき物語」 高橋孟

海軍めしたき物語.jpg海軍に徴兵されて軍艦の炊事兵となった著者の軍隊生活をおもしろいおかしい文章で描いている。

「主計兵(炊事兵)が兵隊ならばトンボ蝶々も鳥のうち」という歌があったように同じ海軍のなかでも兵隊として認められていなかった。戦闘中でも炊事をしていて、デッキにでたりすることもできず、航行中でも海面をみることがほとんどなかったようである。

そんな悲惨でつらい烹水所(艦の台所)の中からみた戦争というものをコミカルに描き、作者が漫画家ということもあり筆者自身の手によるイラストつきで笑わせてくれている。それでも、そこから読みとれるのは「兵隊達は何も知らされず納得できない不運を負わされ死んでいった」という作者の考えではなかったかと思った。



2005年10月06日

ツチヤの軽はずみ-土屋賢二

ツチヤの軽はずみ 土屋賢二

ツチヤの軽はずみ1.gif大学教授の土屋賢二さん(土屋さんの公式HP)のエッセイです。哲学者だけあって理屈をこねまわした言い方や、世間を斜め45°から前方宙返りしてから見たような観察に驚かされます。

理屈をこね回した言い方や毒舌で疲れたときに読むとさらに頭が痛くなるような文章が多い。しかし、哲学者は常識を疑うところから出発するというだけあって、日常の隙間に顕微鏡をつっこんでのぞいたような観察眼はなるほどと読んでいておもしろいです。

例えば、本に載ってる著者の写真の存在意義についての文章は読んでいて思わず声をだして笑ってしまうほどです。電車の中では決して読まないでくださいね。

土屋さんの本を何冊も続けて読むと熱をだして寝込んじゃうようなところがあるけれど、たまに読む分には体から力が抜けておすすめだと思います。



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