本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年11月16日

ロボットは人間になれるか-長田正

「ロボットは人間になれるか」 長田正

ロボットは人間になれるかこんにちは。

クルム伊達公子がテニス全日本選手権で優勝しましたね。テレビで見ていたのですけど、すごーいの言葉しかだすことができませんでした。相手の選手は21歳ということで、あんなおばさんに、って悔しいだろうけど、これからもがんばって欲しいな。伊達にはまた海外に挑戦してほしい。最年少の記録をつくる石川遼と最年長の記録を作ろうとしている伊達公子、どちらがすごいんだろうか。まぁどちらにしても僕らを感動させてくれることにはかわらないですけどね。

さて、今日も雨でしたね。フリマは中止になってしまいました。せっかく部屋を片づけられるのと、現金をつくって豪華韓国旅行の予定だったんですけど、まぁ天気と赤子にはかなわないからしょうがないですかね。

さて、「ロボットは人間になれるか」です。久しぶりの新書です。長年ロボット研究に従事してきた長田正が著者なのですけど、だからこそ、人間がロボットを作れるか、というタイトルではなくて、ロボットを中心とした言葉をタイトルにできたんでしょうね。

さて、産業ロボットはもうすでに工場などで働いていますけど、人間のような形状をした自律的なロボットをつくれるか、完成するために越えなければならない壁は何か、などを説明してくれています。

そう、この本はロボットとは何か、ということを論じながら人間とは何かが書いてあるんですよね。そこがとっても興味深い作品になっています。

先日農大の横を通ったら、ジュンとゴエモンが歩いているのを見ました。

といっても北海道で暮らすあの純なわけでもなく、世紀の大泥棒の五右衛門なわけでもなく、学生に牽かれたかわいらしいポニーだったんですけどね。

というように、人間には言葉から二つ以上の意味をイメージすることができるけど、その能力をどうやってロボットに整備するかが問題なのでしょうね。そこのところがどこまで研究がすすんでいるのかはわかりませんが、そうやって人間の心ってできているのだろうなぁって想像しています。

まぁ女の子の心もわからない僕に、人間の心を想像することなんてできるはずもないんですけどね。




にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ他の方の書評を読む。

posted by kbb at 10:58 | 東京 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2008年11月09日

泣かない女はいない-長嶋有

「泣かない女はいない」 長嶋有

泣かない女はいないこんにちは。

さきほど、いやなことがあって、って書きましたけど、そんなことは歯を食いしばって我慢して酒でも飲んで早く寝るのが一番ですね。

さて、長嶋有の作品です。「泣かない女はいない」。いいタイトルでしょ?久しぶりにタイトルに惚れて買った作品です。だからなんの予備知識もなく、読み始めたのですけど、中身もなかなかのものでしたよ。

"泣かない女はいない"と"センスなし"の二編が収録されています。"泣かない女はいない"の主人公はなかなか泣きそうにない女の子、睦美です。ある日就職したのは埼玉の郊外にある物流センター。そこで出会った樋川に徐々に惹かれていく。同棲している彼はいるけれど、失業中の彼と生活のリズムが合わない睦美はリズムだけでなく、価値観までずれていってしまう。倉庫の二階を見上げるといつもいる樋川さん。ほとんど話したこともなければ、デートをしたこともないけれど、彼に樋川とつきあいたいので別れようとうち明けてしまう。なかなかこの辺の気持ちが難しいですよね。自分を偽っていつまでもずるずるといける人もいれば、こうやって一つ一つをしっかりと確定させていかなければならない人もいる。

タイトルのもとになったのはボブ・マーリーの"no woman no cry"という歌詞。残念ながら僕はこの歌を聴いたことがないので、どんな雰囲気の曲なのかわからないのですけど、きっとこの小説の雰囲気にしっくり合ってる曲なんでしょうね。

知っている人はわかったと思うのですけど、このタイトルの訳は勘違いなんですよね。"no woman no cry"というのは、「おまえ、泣くなよ」ってぐらいの意味の歌詞になるようです。

でもそんな勘違いもとても長嶋有の書くお話らしくていいなぁって感じです。

長嶋有の小説は「猛スピードで母は」から入ったのですけど、あの時に感じた、いいなぁ、この世界って感じがしっかりと描けていて、最近読んだ「ジャージの二人」やらなんやらと比べても全然こっちの方がいいですね。

どなたか「泣かない男もいない」ってタイトルで小説書いてくれませんかね。長嶋有が書いてくれるのが一番かもしれないですね、樋川さんあたりを主人公にしてね。




にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ他の方の書評を読む。

posted by kbb at 16:12 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2008年08月21日

参加型猫-野中柊

「参加型猫」 野中柊

参加型猫こんばんは。うちには犬がいます。ミニチュアダックスフンドのボビー君です。このブログでネットデビューもしました。もうおじいちゃんで15年も生きてりゃ目も耳も悪いし、歯槽膿漏なのか、口は臭いしです。でも食欲は若かったころよりもあるんじゃないかしらってぐらいなものです。先ほども焼いた鶏肉をあげたのですけど、お皿を置くや否や飛びついてきて、まだまだ熱い鶏肉をハフハフいいながら食べていました。食べ放題の焼き肉屋へ腹すかせて行ったわけじゃないんだからさぁ、なんて思いつつ、でもまぁおもしろいのでずっと見ているんですけどね。でも小型犬なので、餌の量も少なく、あっという間に1分も経たないで食べ終わってしまって、もっとくれよぅなんて顔で見上げられちゃうんで困っちゃいますよね。もう歳で、腰もそんなによくないのだから、少しは自重しなさいと思いつつ、もう先も長くないのだから好きにさせてやりたいなんて思っています。

うちにはあと二匹、犬がいたのですけど、そいつらは数年前に亡くなってしまいました、中型の頭のよい九太と体ばっかり大きくてあほな行動ばっかりやっているのだけど、僕になついて、家に帰るたんびにそのでかい体に飛びかかられて押し倒されそうになっていたゴールデンレトリバーのバロンちゃんです。二頭とも長生きしたので、生命を全うしたのだと思っていますけど、やっぱり未だにペットロスっていうんですかね、思い出して悲しみに押しつぶされそうになってしまうときがあります。その瞬間はふとやってきて、駅のホームを歩いているときや、会社で書類を読んでいるとき、スーパーで半額になったお刺身を選んでいるときなんかにふとやってくるその感情とやっと最近仲良くやれるようになってきました。

でもまた大きな犬が飼いたい。そう思います。

さて、そんな犬派の僕にはいまいち楽しめなかったのですけど、猫派の人はきっとよーくわかるんだろうなぁって思わせてくれる作品。野中柊の「参加型猫」です。タイトルの由来は本文を読んでいただくとして、作者の野中さん。本当に美人さんなんですよ。ネットでイメージ検索でもしていただければわかりますけど、僕の好み、まぁ好みは人それぞれなので美人さんって思う人がどれだけいるかはわからないですけど、ストライクゾーン内角低めにずばって感じで、打ちたいんだけど手も足もでない、ってそんな感じの美人さんです。目の前にいてもきっと声なんてかけることはできないでしょう。

で、この人、誰かに似ているなぁってずっと思っていたんですけど、昔つきあっていた女の子にそっくりなんですよね。卵形の顔の輪郭や耳の形、笑ったときの口の開き方がそっくりなんですよ。もちろんプロフィールの写真なんてきれいに見える表情をとっているもんなんでしょうけどね。だから一度飲みに行って真っ正面から笑顔で見つめ合いたい。そんな風に思っています。

でも、なぜかわからないけど、僕には人の写真をみると現実の人と相当違う風に見えるんですよ。目の前で見ているときは、すっごい美人さんだなぁなんて思っているのに、写真になっちゃうと、あれ?こんな顔だったっけ?って思っちゃう。写真なんて一瞬を切り取っちゃうものだから、一秒前の笑顔と一秒後の笑顔がつながっていないから、そうおもっちゃうのでしょうかね。

野中柊も同じようなことを今回の作品で言っています。

カンキチくんの顔を見るたびに、どうして、私の肉眼に映るあなたの顔と、鏡の中のあなたの顔とは違うんだろうって思ってた。


鏡と写真の差こそあれ、何かを通してみるっていう共通点があるような気がするんですよね。同じようなところに不思議さを感じられる野中柊さんとなら仲良くやっていけると思うのですけど、どうなんでしょうかね。でも彼女は現在ニューヨークに住んでいるらしいので、一緒に飲むためにはまず海を越えないといけないんですね。愛は障害が多いほど盛り上がるって言いますからちょうどいいかもしれないですけどね(笑)




にほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へ 他の方の書評を読む。

posted by kbb at 22:00 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2008年06月28日

バイブを買いに-夏石鈴子

「バイブを買いに」 夏石鈴子

バイブを買いにこんにちは。タイトルが過激すぎてビックリしちゃったでしょ?(笑)

さてさて、最近子供が欲しくて、車を運転していて、かわいい女の子が道を歩いていたりすると思わずスピードを落としたりして安全運転になってしまいます。追い抜きざまにじっくりと観察して、かわいいなぁなんてヨダレをたらしてしまうんですけどね。男の子がいても絶対に見たりしないところなんかから、性的対象と見ているなんて思われたら困るんですけどね。

そんなわけで、って別に上の話と繋がるワケじゃないですけど、今日の作品はいやらしいタイトルなんですけど、読んでみるとそんなことすっかり忘れてしまうようなお話です。「バイブを買いに」。赤瀬川源平の新解さんの本の編集者でその後自分でも一冊ものしている鈴木マキコと夏石鈴子は同一人物なんですよ。夏石鈴子の小説は以前、雑誌ウフで読んだことがあったのですけど、今回は初の作品集です。

短篇がいくつも収まっているんですけど、そのうちのいくつかは連作のような形になっています。

恋愛とセックスと好きな人と、結婚と子供。恋愛とセックスと結婚が自然な形で繋がっているんだなってことを思わせてくれます。子供ができたから結婚しよう、っていうのがいかに不自然なことなのか。子供ができたから、ではなくて、好きな人とセックスをしたら子供ができた。だから結婚っていうことなんだなぁって考えちゃいました。何言ってるかわからなくなってきましたね。

まぁつまり結婚はなにも特別なことでもなんでもなくて、なんにも理由なんて必要じゃなくて、好きな人がいて、その人といつまでも一緒にいられればいいなっていう気持ちが強くなったらそれはもう恋愛から結婚って名前が変わるのだけれど、中身はなんにも変わらないんだよっていうことが言いたかったわけです。

タイトルはすっごいいやらしく、バイブを買いに行く前に、この本を買うのが恥ずかしくなるけど、本のタイトルだけで中身まで判断しちゃうようだと、素敵な恋愛はできないと思う。まぁそういうわけです。出版社の担当者が新聞社に批評を頼んだら、タイトルをみただけで、「うちではちょっと」っていわれたようですけど、そんな人間にならないように是非是非読んでみてね。って図書館にも入ってなかったら随分悲しい気分になっちゃうだろうね。




にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 他の方の書評を読む。

posted by kbb at 16:39 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2008年06月05日

ジャージの二人-長嶋有

「ジャージの二人」 長嶋有

ジャージの二人昨日のタイミングの話ではないですけど、「タイミングがとりづらいものランキング」というものを見つけました。一位は電話を切るタイミング、二位は沈黙を破るタイミング、三位は下着を捨てるタイミング、四位は謝るタイミングらしいです。

謝るタイミングは難しいですよね。12位の電話番号を切るタイミング、や13位の全開のファスナーを閉めるタイミング、25位の恋人と手をつなぐタイミングなどはなんかわかる気がしますね。

ランキングにはありませんが、親父と話すときってのが一番タイミングが難しい気がします。そんな親父との会話が中心の作品「ジャージの二人」です。

長嶋有の作品「猛スピードで母は」以来です。好きな作家さんなんですけど、なかなか作品を見かけないのはうれていないからなんでしょうね。もっと売れてもいい作家さんだと思うんですけどね。

夏になると北軽井沢の別荘に避暑にでかける父親についていく、作家志望の男。そこで、ヒマをもてあますかと思いきや、親父となんて話すことはない。湿気った布団やレタス畑の真ん中で変な行動をする女の子を見つけて、不思議な気持ちになる主人公。それぞれを丹念に描いている作品です。

"ジャージの二人"はそこまでおもしろくなかったんですけど、収録作"ジャージの三人"はそこそこおもしろかったです。三人目が結局誰だったんだ!?的な楽しみ方ができるとおもいます。

いろいろタイミングの悪いkbbですが、締め切りには間に合わせようと思います。がんばって人生の締め切りに遅れないようにしないとね。




にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 他の方の書評を読む。

posted by kbb at 23:38 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ナ行

2008年03月18日

西の魔女が死んだ-梨木香歩

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩

西の魔女が死んだおはようございます。日に日に女の子のスカートが短くなり、日に日にスカートの生地がうすくなる今日この頃ですがみなさんいかがお過ごしでしょうか。

kbbさんは、インフルエンザとぎっくり腰と花粉症のトリプルパンチに悩まされています。なんだか最近不健康の話題が多いのは30が近づいてきたからなんでしょうかね。病は気からといいますが、身体の調子が悪いので気分がぜんぜんよくなりません。病は身体から、ともいえるのではないでしょうかね。

さて、今日はそんなおじさんのことは放っておいて、小さな女の子の成長の物語です。

以前読んだ「ウエハースの椅子」の解説で大学の教授でもある解説者の金原瑞人が学生に「出れば必ず買う作家って、いますか」の質問に「江國香織、川上弘美、佐藤多佳子、梨木香歩、三浦しをん」と答えたという文章があり、川上弘美好きな人がいうのなら、未読の梨木香歩も三浦しをんもおもしろそうだから読んでみようと思い立ち、先日ブックオフでみつけたこの作品を買ってみました。文章の雰囲気が川上弘美と似ているのかなぁと思って読み始めたわけですが、結論からいうと、雰囲気や作風はあまり似ていなかったですね。といって共通点がなかったわけではなく、日常の細かい描写や、視点の持っていきかたなどは似ていて、いい文章を書く人だなぁって思わせてくれました。

物語は一人の女の子が学校に行きたくなくなり、西の英国出身の祖母の家にしばらく居候するというお話です。そこの生活で自然とのつきあい方をしり、少しずつ、ほんの少しずつですが成長していきます。そこで、おばあちゃんに魔女になる方法を教わり、魔女修行の生活をはじめます。といっても、魔法をびゃーってだしたり、ほうきにのって夜空をだーっとかけめぐるなんてことはしないわけですが、その修行は人間にとっても、非常に重要なことでした。自分で決めたことは最後までやり通す。周りの刺激にむやみやたらと反応しないなど、これができたら誰にも文句は言わせないのになぁ、なんて僕は思ってしまいました。

江國香織もそうですが、この梨木香歩も児童文学作家出身のようです。最近児童文学出身の作家さん多いですよね。「カラフル」、「ショート・トリップ」の森絵都さんもそうでしたよね。もともと子供向けだから文章も小難しいことがかいていなくて、ひねりが少ないから読みやすいし、子ども目線で世界を見るからなのか、日常の細かいことが書いてあっていいですね。好きになりそうです。次の作品でこの人の好き嫌いが決まりそうで、少し慎重に選ばないといけませんね。こういう出会いがあるから本はやめられないんですよね。




にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 他の方の書評を読む。

posted by kbb at 07:57 | 東京 ☀ | Comment(8) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ ナ行

2008年02月26日

裁判官の爆笑お言葉集-長嶺超輝

「裁判官の爆笑お言葉集」 長嶺超輝

裁判官の爆笑お言葉集先日、「ざらざら」の記事で書いたように、富山の銘菓 月世界を富山出身の心優しき友人にねだっていたところ、昨日頂いちゃいました。ありがとー!





月世界 おいしくいただきました


さっそくあけていただいてみました。ざらざらとしていて、川上弘美はこれでタイトルを決めたのかしらなんて思ったけど、他の短篇のタイトルなんですよねぇ。しかし、このお菓子はお酒とは合わないことが判明しました。一口食べて、これは紅茶かなぁって思っちゃいました。コーヒーともお茶ともなんだか合わない気がする。でも富山に紅茶にあうような上品なお菓子があることが信じられませんね。

なんてことをいうと、もう富山みやげをもらえなくなりそうですね。こうやって余計なことを言っちゃうから、お酒を飲んだ翌日は自己嫌悪になっちゃうんですよねぇ。そんなお酒を飲んで自己嫌悪になんてならなさそうな裁判官の裁判所でぽろっともらしたお言葉を集めた本が今日の「裁判官の爆笑お言葉集」です。

タイトルに爆笑なんて入っていますけど、笑えるっていうよりは、もっと切実な裁判官の言葉が並んでいます。自分の子どもを虐待した親に対して、老老介護になってしまい生活費もなくなり心中を図るが生き残ってしまったおじいちゃんに対して、暴走族同士の抗争で相手を集団で暴行したあげく死なせてしまった少年に対して、刑務所に戻りたいと国宝に火を付けた男に対して、彼らは自分の心情を吐露するように、六法全書に書いてある法律用語ではなく、彼ら自信の言葉で語りかけます。

その言葉が彼ら犯罪者の心に響いてくれればいいな、と思いました。

「お母さんの顔を忘れないように」

なんて、その母を殺してしまった少年はどのように受け止めたんでしょうね。裁判官は毎年300件以上の裁判を受け持つらしいですが、こんな事件が多いとやりきれないでしょうね。刑務所は矯正するためにあるはずなのに、全然犯罪がなくならない、ましてや再犯で裁判を受ける人も少なくない。裁判官になった当時は燃えていた気持ちもきっとくたびれ切っちゃうこともあるでしょうね。

そんな、裁判官の仕事を増やさないように、まずは電車の中で痴漢に間違われないようにしますね。それと減らず口を少し慎んで、争いごとも減らすようにします。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ 他の方の書評を読む。

posted by kbb at 21:03 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2007年10月18日

一千万人誘拐計画-西村京太郎

「一千万人誘拐計画」 西村京太郎

画像はないけどアマゾンに飛ぶよおはようございます。前回の復活宣言のときとはちがってなんとなくペースがつかめてきたようです。今回はちゃんと復活できるのかしら。

さて、先日、書棚の整理をしながら蔵書目録などをつくってみました。そろそろ本棚にはいりきらない本があふれてきて、さぁどうしようと途方にくれていましたところ、あるところで、蔵書目録の必要性を話していて、ならば、自分も作ってみるかということで二日がかりでやってみました。本棚をひっくり返してみると、見覚え無いのない本や買ったけど読み始めることも無かった本、途中であきらめた本などいっぱい発見しました。でも、今回また見返して面白そうということで、たくさんの本が次の積読本としてスタンバイすることになりましたので、古い本がここの記事にでてきたら、これだなというこ
とで許してあげてください。

ということで、西村京太郎の「一千万誘拐計画」を読みました。五つの短篇が収められている、すらすらと読める、頭を冷やすのにはちょうどよい作品集でした。あの有名な十津川警部がでてきたりして、こういう人なんだねなんて思っていました。こういうミステリーってあんまり読まないのでなんとも言えないのですが、表題作"一千万人誘拐計画"で犯人が犯行声明をしたあとに、刑事がなんにもせずに(というよりできなかったのですが)、人が殺されていくのって現実的にどうなのかしら、なんて思いながら読んでいました。こんな風に殺されちゃっていいわけ!?なんて心で叫びながらね。

以前映画「恋人はスナイパー」をみたときに最後のクレジットで西村京太郎が原作者として紹介されていて、そんなところにも使われるような作品なんだなぁ。今度見つけたら読んでみようとずっと思っていたまんま忘れていました。そんなときにこの本を発見して、これがあの原作本じゃなかったっけ?と思い出しながら読み始めてみました。といっても映画のあらすじなんて思い出させるはずもなく、これが原作かどうかなんて思い出せなかったんですけど、今ネットで調べてみたら、この「一千万誘拐計画」が元になった「華麗なる誘拐」の方が原作みたいですね。

ほかにも"第二の標的"なんてなかなか興味深いトリックの作品なんかもあって楽しめました。新幹線で地方に旅行にいくときなんかにもっていくとスラスラと読めてあとにひきずらないという意味でちょうどよい本かもなのかしらって読後に思ったような本でした。

posted by kbb at 10:19 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ナ行

2006年04月12日

猛スピードで母は-長嶋有

「猛スピードで母は」 長嶋有

猛スピードで母はおはようございます。家の外からホーホケキョとウグイスが鳴いている声がするのですけど、都内では珍しくないですかね。こんなの聞くの久しぶりでホーホケキョと鳴くのはウグイスだったっけ、それとも別の?とグーグルで調べてしまいましたよ。

そんな鳥とはまったく関係ないのですけど。長嶋有の「猛スピードで母は」です。川上弘美の「あるようなないような」で川上弘美と長嶋有はパソコン通信仲間だったって書いてあったのですけど、まぁそんなのを読んだこともあり、興味をもって買ってみました。

"サイドカーに犬"と"猛スピードで母は"の二編収録です。猛スピードで母は"は芥川受賞作らしいです。帯に村上龍の言葉で「家族の求心力が失われている時代に、勇気を与えてくれる重要な作品である」と書いてあるのですけど、読後に、勇気を与えてくれる?とクビをひねってしまったのは僕がまだ家族をもったことがないからでしょうね。

“猛スピードで母は”は小学生の男の子、慎の視点で“サイドカーに犬”はまだまだ小さい女の子、薫の視点で書いてあります。どちらの作品にもとても魅力的な人が多くでてきて、なんだかうれしくなっちゃいますね。猛スピードで〜の方は母親の再婚するかもしれない恋人が出てくるのですけど、その人も魅力的だし、母親も魅力的なのに、どうしてうまくいかなかったんだろうかって思っちゃいましたけど。

母を亡くしてから、父には恋人ができたのですけど、それが父よりも一回りも下の女性で一回だけ会ったことがあるのですけど、なんだか酔っぱらってひどいことをいった記憶もないのですけど家の近くであっても知らんぷりをされてしまっています。弟なんかは、飲み屋でたまたま一緒になってしまっていきなり頬をひっぱたかれたそうです。なんだかよくわからない女性なのですけど、父親も寂しいだろうし、家族では絶対いやせない寂しさってのもあると思うので、好きにしろって思うことにしています。だからこういう風に子供に賛成される再婚相手というか親の恋人の話を読むとどうしても違和感を感じてしまうのですよね。最後に母親が慎にタバコを車外に捨てるように促す場面があるのですけど、これは絶対許せないって思っちゃいましたけどね。

サイドカー〜の薫ちゃんはそりゃもうかわいらしい女の子で、でもちゃんと自分をもっていて、自分が小さい頃はこんなに考えていたかしら。それとも女の子ってのは精神年齢が高いというけれど、みんなこんな感じなのかしらね。

なんだかわからないけど、幼稚園の頃とか小学校の記憶がほとんど残っていないのですけど、連続的に思い出せる一番小さい時の記憶が小学校六年生の時のものなのですけど、これってどんどん記憶が失われつつあるってことなんでしょうかね。このまま年をとっていくにしたがって記憶もどんどん無くなっていってしまうのでしょうかね。こわいですね〜。なんだか。





posted by kbb at 13:59 | 東京 ☔ | Comment(4) | TrackBack(1) | 小説・エッセイ ナ行

2005年12月01日

カルト-39【刑法第三十九条】part V-永井泰宇

「カルト-39【刑法第三十九条】part V」 永井泰宇

カルト刑法第三十九条シリーズの続き。今度のテーマは宿泊研修を通して洗脳をするカルト組織。宗教団体ではないのだけれど、やってることは宗教とかわらないよって内容。つまり信者を集めることを目的とした新興宗教(学術的にははっきりと定義されている言葉らしいけど、そんな厳密な言葉な意味で使ってないよ)にとってはその教義内容なんてどうでもいいんだよってこと。

洗脳の行われ方が詳細に分析されていて、人の脳/心ってこんなに脆いもんなんだなぁって思わされる。脳科学と精神医学双方から説明されているのがおもしろかった。つまり、脳科学は器質的な話し、精神医学はそれによってもたらされる現象面の説明。

フィクションと頭でわかっていて、読んでいるにもかかわらず、その組織の「教え」について真剣に考えてしまいました。「好き嫌いなんてのは、その人の感情によってもたらされるもの。だからその感情を棚上げすれば好き嫌いなんてない平和な世界が来る。」とかね。理屈で言われればそうなんだろうけど、それができないから好き嫌いなんであって、好き嫌いのない人間なんて、人間じゃなく機械と一緒なんじゃないかな。でも、ただの読者である僕がそこまで考えるんだから、実際、そういうことを目の前で(さらに洗脳のためにいろいろな方策がはりめぐらされている)考えさせられたらもっと身近な問題として、真剣に捉えて洗脳されちゃうのかもね。とにもかくにも、その人の個性や個人的な考えを押さえつけて、別の考え方を植え付けるやりかたってのは気に入らないね。それによって人を傷つけるなんて許せない。

新興宗教って聞くだけでヒステリックになるひとはもっと嫌いだけれどね。それって結局メディア(新聞やテレビのような影響力のあるメディアからブログや井戸端会議のような個人的メディアも含めて。つまり自分以外の情報)による洗脳なんじゃないかと思う。自分で考えるより人に押しつけられた考えを自分の意見だと思う方が楽だもんね。




私信

2005年11月29日

フラッシュバック-39【刑法第三十九条】part U-永井泰宇

「フラッシュバック-39【刑法第三十九条】part U」 永井泰宇

フラッシュバック 39partU.jpgこれは「39【刑法第三十九条】」の続編です。映画化もされていて森田芳光監督だったので覚えている人も多いのではないでしょうか?刑法第三十九条。そこにはこう規定されています。(参考サイト)

1 心神喪失者の行為は、罰しない。2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

大きな事件が起こると裁判での精神鑑定が大きな話題になりますが、この作品は第三十九条のありかたに大きな疑問を投げかけています。詐病(病を装うこと)やそこで減免された場合の被害者の感情はどうなのかなどといったことです。

ただね。この作品、犯罪状況の描写が濃すぎるんですよ。女の子が一人殺されるシーンがでてくるのですけど、映像化されたらきっとここに描かれてること全部だしちゃったらグロすぎて誰もみられないんじゃないかってぐらい細かく書かれています。読んでいて目を背けて吐き気を感じたのはこれが初めてじゃなかったかしら。文章にしちゃうと映像化するのは読者自身ですから、造られた映像よりもぱっと頭の中でそのシーンがもっと近くで行われてしまうんですよね。もうすこし、読者自身の想像にまかせるような書き方をして欲しかったです。

まぁでも、犯罪にまつわるいろんな問題点(犯罪における被害者報道のありかたとかね)ってことを一瞬でも考える機会にはなりましたけどね。



2005年10月02日

幽霊作家は慶応ボーイ-中原一浩

今日読んだ本の感想をば

今日は「幽霊作家は慶応ボーイ」 中原一浩を読みました。

幽霊作家.jpgなんだか、小学生の読書感想文のかきはじめみたいだ・・・

途中までテンポよくすすむのに、最後がどん詰まりって感じで残念でならなかった。
ゴーストライターの裏側やら集英社の裏側がかいま見れてよかったかなと思う。




広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。