本のタイトルは過去記事またはアマゾンへ飛びます。出版社等の確認にどうぞ。

2008年08月03日

鍋の中-村田喜代子

「鍋の中」 村田喜代子

鍋の中こんにちは。
もう八月になってしまいましたね。毎年同じことを言っているような気もしますけど、時の経つのが早いものでもう今年も残すところあと4ヶ月ですね。2/3がもう終わってしまったということですね。みなさん充実した時間を過ごしていますか。僕の場合は読書だけは充実した時間を過ごせているんですけどねぇ。

さて、あれからもうどれぐらい時が経ったのか忘れてしまいましたけど、中学か、高校の時に国語の授業で読まされた「鍋の中」村田喜代子です。1987年の芥川賞受賞作です。「無名時代の私」で久しぶりに村田喜代子の名前をみかけて随分懐かしくなってしまって、まだ本棚の中にしかっりと残っていた本を手に取りました。四つの短篇が収録されています。

読み始めてもちっとも、読んだ記憶がよみがえってこなくて、実は読んでいないんじゃないかと思って読み終わった"鍋の中"。これまたまったく記憶がない"水中の声"。実験作のような読みにくい文章で途中で投げ出したくなってしまった"熱愛"。なぜか書き込みがあってもしかして、これが国語の授業の課題だったのではないかと思うも、結局内容がまったく記憶に残っていないことがわかった"盟友"です。

芥川賞をとっているはずの"鍋の中"はいまいちでしたが、子供を事故で亡くしてしまった親による地域パトロールの様子を描いた"水中の声"は改めて読むと、ぐっとぐるものがあり学生のころよりかは少しは人の気持ちが想像できるようになったのかしらと思いました。また、スカートめくりをして懲罰を受けることになった塚原とタバコがみつかって懲罰を受けることになった僕のトイレ掃除の様子を描いた"熱愛"は高校のころのなんでもないことに熱くなれたころを思い出して懐かしくなってしまいました。

村田喜代子は何気ない日常を描くのがうまい作家なんでしょうね。自身は主婦をしながらまだまだ高価だったワープロをどこからか安く手に入れて個人誌を発行していたっていうことが「無名時代の私」に書かれていましたが、書くことが大好きなんだろうなぁって気づかせてくれるような文章です。

村田喜代子は今でも文芸雑誌に作品を発表しているようなので、新しい作品も読んでみようかと思っています。

記憶の中からはすっかりと抜け落ちているこの作品ですが、本棚にはしっかりとこの文庫本は残っていました。これが本というものもすばらしさなのかもしれませんね。いつでも手にとって、思い返すことができる。新たな気付きを手に入れることもできる。時が経つのは早いものだし、記憶から物事がすり抜けていくのも早いですけど、いつまでもこうやって新たな何かを手に入れていきたいものです。

ちなみにこの作品集は絶版になってしまっています。下記の作品に"鍋の中"が収録されています。他の作品が収録されている本は見つからないので、図書館でしか手に入らないかもしれないですね。


八つの小鍋

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2008年07月08日

シンボーの常識-南伸坊

「シンボーの常識」 南伸坊

シンボーの常識こんばんは。

世の中いろんな常識にがちがちに固められているようですね。例えばスカートをはくときは中に黒いスパッツをはくとかね。ってこれはただの僕の願望でしたね。ごめんなさい。

そんなわけで、もう二十年以上前に書かれた「シンボーの常識」です。二十年前に書かれたのに全然色あせていない。これはきっと常識を疑ったところに理由があるのかもしれないですね。ニーチェもカントも100年以上も経っていますけど、いまだによく読まれているのはやっぱり常識を疑ったからなんでしょうかね。って、ニーチェやカントと比べられたら南伸坊もいやがるかもしれないですけどね

このブログでも学者との共著だった「解剖学個人授業」「生物学個人授業」などで取り上げていますけど、今回も十分楽しませていただきました。

二十年前の時事問題に対しての伸坊さんの考えが語られているんですけど、今でも十分楽しんで読めるのが不思議ですね。しかも、僕のしらないような事件なんかもあるのに、それを説明する文章がわかりやすくて、目の前で新聞を読んでいるような気にもなっていました。今の社会がぜんぜん成長していなくて、ずっと同じことをしているっていうのが理由かもしれないですけどね。

南伸坊は高校入学試験にまず失敗して、大学入試にも失敗して、その後入試なんてない美学校に入学しています。この本を読むと人間にとって知識がたいして役に立たないものだってことがよくわかりますね。知識よりもなによりも必要なのは考える力なんでしょうね。自分で考えることもできないのに、どんなに知識をためたとしてもしょうがないですものね。僕が思うのは人間の記憶力なんてたかがしれているし、限度がある。これだけコンピュータという外部記憶装置が発達しているのだから、記憶はそいつらに任せて情報の検索の仕方を学んだ方が有意義だと思います。もちろんどこになにが書いてあるかを知るためにはある程度の知識に接していなければならないのですけど、そんなもん全部忘れてもいいと思います。

こんなこと書いちゃうと、学校の先生なんかには怒られちゃいそうですね。でも、大学のテストであるように、小学校でも高校でも試験のときは教科書や辞書の持ち込みを可とすればいいと思うんですよね。もちろんどの教科書や参考書を持ってくるかなんてアナウンスせずにね。そうすればみんなが同じものを参考にするわけじゃないから点差はつくから(やりたければ)評価もできるだろうし、生徒も自分でどれを持っていけばよいかって調べる能力がつくと思うんですよね。

まぁ上のことも結局自分の記憶力のなさのいいわけにしかならないんですけどね。自分が書いたことですら自分でブログを検索しないとわからないんですからね。




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2008年07月07日

バスジャック-三崎亜記

「バスジャック」 三崎亜記

バスジャックこんばんは。

車で走りながら、遠くの方にぼーっと見えるものがあって、なんだろうあれは、なんて眼をこらしながら近づいていくとだんだと見えてきてすっきりしたってことありませんか?それが例え歯医者の看板でもなんでもいいです。とにかく、見えたってことですっきりできますよね。

さて、そんな風に三崎亜記に少しでも近づけるように二冊目の本を手に取ってみました。「バスジャック」です。帯に驚愕のベストセラー「となり町戦争」の新鋭作家最新作って書いてあるのですけど、僕にとっては今回の作品の方が驚愕でした。

それはなぜかって?だって、著者が男性だったってことを知ってしまったのですもの。いやぁショックだった。名前にすっかりと騙されていましたよ。別に男が書くものだからいいとか悪いとかっていうつもりはまったくないんですけど、女性が描いているってことを前提にして読んでいたから、さらにショックでした。角のない丸みを帯びている表現や言葉に出会うたびに安心していたのに。・・・(;´Д`)ウウッ… 。時間を返せ!(´Д⊂グスン

それをどこで知ったかって言うと集英社の運営するバスジャックの公式サイト。http://www.shueisha.co.jp/busjack/

ここの三崎亜記スペシャルメッセージというところをクリックすると著者の写真がアップででてきます。最初誰だろうと思っていたらすぐしたにお名前が書いてあって。あぁぁぁぁってなりました。

まぁここまで大げさにいうほど、悲しくはなっていないんですけどね。だって楽しめたのは事実ですもの。

七つの短篇が収まっていて、"バスジャック"はそのうちの一つです。ごくごく近い未来の日本でバスジャックがゲームのように行われるようになる。ゲームといっても、実際に運行していて客の乗っているバスを乗っ取ることには変わりはない。ちゃんと法律でやり方が規制されて、それに反するとあとで懲罰が加えられるそうだ。ある日のバスジャック犯人と乗客のやりとりがうまく描かれていて、思わず笑っちゃうような、でもどこかで見覚えのあるような、そんなやりとりが続いていきます。そしてラストが・・・。

こういったお話が七つ描かれていて、なんか納得してしまいました。三崎亜記が描きたかったことはこういうことだったのね、と。「となり町戦争」だけを読んでもわからなかった彼が描きたかったこと。筒井康隆や清水義範に近い、そんな世界なんでしょうね。

上に載せた公式サイトですが、単行本発売当時は読者が人気投票をできたようです。その結果についても作者の三崎亜記が言葉を寄せているのですけど、自分の予想とは全然違ったものになったそうです。でも僕の予想は読者の人気投票と違って、作者のものと同じものになってしまいました。というわけでうれしくなって、この作家さんを応援することにしましたよ。他の三崎亜記作品も要注目ですね。今回の直木賞にノミネートされているようで、がんばってほしいです。




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2008年05月20日

ますの。 枡野浩一短歌集-枡野浩一

「ますの。 枡野浩一短歌集」 枡野浩一

ますの。枡野浩一短歌集
一時間 並んで食べる ラーメンを 口に入れると 広がる寂しさ

こんばんは。随分と不格好な短歌になっちゃいました。
ラーメン屋に一時間並びながら考えて、15分後にニンニク臭い息を吐きながら完成させてみました。

枡野浩一の作品を読むと、なんとか自分でも詠んでみたくなっちゃいます。そんな枡野浩一短歌集です。タイトルが「ますの。」だなんて、なんか潔いですね。むしろビックリマークをつけたくなっちゃいますね。「ますの!!!!」ってね。

開くとビックリするんですけど、フォントがとっても大きくて、文字が力強い。そんな文字で

話し手を まぬけに見せる 手法1 「ボク」や「アタシ」はカタカナで書け


なんて言われると、そうなんだよなぁ、って強く頷かされてしまいますね。

人をよく見ているなぁって思う歌がいっぱいあってそれをたった33文字の歌にするのはすごいですよね。人が一人電車の中で座っていても、たった33文字には表せそうにないですもの。きっと人を見てどこかにフォーカスしてさらにフォーカスしてやっとつくれるのが歌なんでしょうね。

最後に気に入った歌をいくつか。

悪口は裏返された愛だけど愛そのものじゃないと思った

この夢をあきらめるのに必要な「あと一年」を過ごし始める

塩酸をうすめたものが希塩酸ならば希望はうすめた望み

イヤホンは耳をふさいで考えが生まれることを防ぐ避妊具






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2008年05月18日

ジョッキー-松樹剛史

「ジョッキー」 松樹剛史

ジョッキーこんにちは。今テレビで「ウチくる」を見ていてびっくりしています。あの美人の江口ともみの旦那がつまみ枝豆!美女と野獣カップルってこういうのをいうんでしょうね。世の中にはなんでこの美女とこんな男が!?って思う人を見かけますけど、まぁ外からみただけではわからないことがたくさんあるとは思いますけどね。
それにしても江口ともみは愛敬のあるかわいいタイプなんですね。この子は昔からモテたんだろうなぁって思っちゃいました。もっと早くに出会えていたらよかった。って知り合いでもなんでもないんですけどね。

そんな外から見えない世界の競馬の世界がうまく描かれているのが今作の「ジョッキー」です。小説すばる新人賞を受賞している作品のようです。

騎手の八弥(はちや)が主人公です。なんだか犬に呼びかけているような名前ですが、これでも立派なフリーの中堅ジョッキー。といっても、不器用で自分の信条に逆らえない八弥は騎乗機会にぜんぜん恵まれずつかつかの生活をしています。それでもちゃんと恋はしているようで、厩務員や女子アナと相手には事欠かないようです。でも、八弥はうぶなところがあって、自分の恋心をどこかにおしやってしまったり、相手の気持ちに気付けなかったりと苦労しそうな男ですね。

読み終わってみると、どうしてこの著者はこんなに競馬の世界にくわしいのだろうかと不思議に思ってしまいました。厩舎での生活やレース中のジョッキーの心理、心境。馬主との関係。全てが見てきたかのように書かれています。まぁ小説なんて見た来たような嘘を書く物なんでしょうけど、ここまでディテールにこだわって書いてあるとどんどん引き込まれてしまいますよね。

でも、競馬に興味のない人には全然手に取られない作品なんだろうなぁ、って少し悲しくもありますけどね。知らない世界を知るのはとっても楽しいんですけどね。ということで、どっかに僕の知らない世界を教えてくれる江口ともみのような美人さんいませんかね。




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2008年04月08日

ハッピーロンリーウォーリーソング-枡野浩一

「ハッピーロンリーウォーリーソング」 枡野浩一

お花見の
確認メール
送ったら
桜もないのに
なぜやるのと返事
(字余り)

今日の悲しい出来事を短歌にしてみました。

「ショートソング」の枡野浩一の短歌集「ハッピーロンリーウォーリーソング」を読んだ直後だったので、短歌という形で思いつくことになったなんて、なんて僕は流されやすい男なんでしょうかね。字余りでなんともみっともないものになってしまいましたけどね。

吉祥寺を舞台に短歌をめぐる男と女を描いた「ショートソング」でしたが、さすがに短歌を詠む人だなぁなんて思わされますね。言葉を常に真摯に受け止めて、どの言葉を捨てて、どの言葉を選び取るか、それがすっごくよく見えてきます。好きな短歌をいくつかここで。

こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう

殺したいやつがいるのでしばらくは目標のある人生である

年齢を四捨五入で繰り上げて憂えるような馬鹿を死刑に


和歌って季語は必要ないんですね。むしろリズム感があればいい。それこそ「歌」なんでしょうね。

短歌とともに写真が載っているのですが、またそれが現代日本というか、不思議な国、日本を描いていて二倍楽しめる文庫になっていました。

葉桜としてだって桜は生きていくんだ!とここは強く言って終わろうと思います。
葉桜見物会でなんかいい歌ができるといいなぁ。




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2006年09月09日

ストロベリーショート-素樹文生

「ストロベリーショート」 素樹文生

ストロベリーショートどうもこんにちは。復活第二弾は大好きな基樹文生の小説「ストロベリーショート」です。といっても、sonatineさんのところで紹介されていて読んでみようと思ったんですけどね。これも前回の「人のセックスを笑うな」と同じころに読んだので内容があいまいなところもあるけれど、「人の〜」よりかは断然こっちの方が内容が思い出せるのはなぜなのだろうか・・・。

帯に"いちご風味の星新一"ってあるんですけど、これじゃああまりにも素樹文生がかわいそう。星新一を期待した読者にも素樹文生を期待した読者にも失礼だし。まったくどうしてこういう帯を書く奴が多いのだろうか。まぁ星新一の名前が書いてあるぐらいだからショートショートってのは理解できるのだけれどね。

というわけでショートショートの作品集です。ロボットのうららちゃんや主婦の鳥脇つた子やまだまだ若いおじいちゃんのともぞうさんなんて素敵な登場人物がおもしろいおかしい場面をつくりだしてそれを素樹さんがしっかりとうまく切り取ってくれています。こういう作品集大好きだなぁ。

一番好きだったのは鳥脇つた子シリーズ。これ絶対締め切り前の素樹文生本人の気持ちを書きたかったんだろうななんて思ったりしてね。

素樹文生は「上海の西、デリーの東」以降全然作品を出さなくてどうしてるんだろうなって心配になっていたのだけれど、ここ最近様々な形態の(旅行記から長編小説、ショートショートまで)作品を発表していてとってもうれしいです。こういう作家さんが一人でも増えるとうれしいのだけれどね。

今日はここまで!(^-^)/~ またねっ

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2006年03月06日

四月ばーか-松久淳+田中渉

「四月ばーか」 松久淳+田中渉

四月ばーか一九九七年四月一日、あなたは誰を好きでしたか?

こんな言葉が本を開くと最初に飛び出してくる。誰だったかなぁと酒に酔った頭で考える。うまく年齢の計算ができない。19の時だったか、18の時だったか。あの子とつきあっていたのはいくつの時だったかしら。確かつきあいはじめたのが7月21日だったから4月はまだつきあっていなかったかしら。それともそれは次の年のことで、1997年はまだ他の子に片思いしていたときかしら。あのころはまだ人を好きになるって感情がよくわかっていなくて、ただ恋い焦がれている状態だった気がするなぁ。その気持ちが相手に受け入れられないとわかるといらいらしてみたりしてね。かといって、その気持ちをうまく言い表すための言葉も行動も持っていなかったのにね。

なんてことを考えながら読んでいたから、ストーリー自体にはあまりうまく入り込めなかった。文章があたかもBGMのように流れていく中で延々こんなことを考えながら読む。

連作短編が3作収まっているけど、文字も大きいし行間も広い。だからとても短く感じてしまう。恋人に別れを告げられ、今でもことあるごとにその彼女を思い出してしまう守山。髪の毛を切っている間に相手の年齢がなんとなくわかってしまうという特技を持つ美容師今野。大学卒業とともにミラノへと旅立ち、香港で勢いで結婚をして勢いで離婚してしまい、10年ぶりに日本へと帰ってきた朋子。その3人がひょうなことから守山の家で一緒に暮らすことになった。そこから物語は進行していく。

でも別にとりたてて大きな出来事があるわけでもなく、物語はなんとなくはじまって、なんとなく終わっちゃう感じ。今野にはもう一つの特技があって、「こいつやれる」と思った女の子とは確実にそういう関係になるのがわかる。で、その能力を確かめられたらもうその子には気持ちなんてないので連絡もとらなくなる。最低の男だね、こりゃ。でも、彼が選ぶ女の子のタイプってのがあるらしく、誰でもいいわけじゃないらしい。それは顔のタイプであったり、体型であったり、性格的なものってわけではなくて、なんとなく雰囲気でわかるものなんだって。これはなんだかわかる気がするな。僕も今までつきあった子って外見的にはあんまり共通点が見つからない。ただ、なんかこの子みんな気がついていないけど、ホントはもっと可愛い子なのに、自分でもそれに自信を持てていないから輝ききってないなぁって子ばっかりだった気がする。そういう子が身近にいるとなんとなくその子のことばっかり気になっちゃって、恋と錯覚してしまうのだよね。

なんだか昔のことをいっぱい思い出してしまう本でしたね。っていつもなんにもないのに思い出しているのだからこんな本必要なかったじゃんって言われちゃうかしら。
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2006年02月08日

オンリー・ミー -私だけを-三谷幸喜

「オンリー・ミー -私だけを」 三谷幸喜

オンリー・ミーこんにちは。

最近日本全国が三谷幸喜づいていますね。映画有頂天ホテルの大ヒットから、テレビで二夜連続で「みんなのいえ」「ラヂオの時間」放送と。この二つの映画も有頂天ホテルの公開にあわせて再発売するなどフジテレビも商魂たくましいですね。まぁそれはいいんですけどね。

「みんなのいえ」も「ラヂオの時間」もテレビでみましたけど、どちらもおもしろかったですね。彼の作品はすごく予定調和的で、だからこそ安心して笑っていられて最後は予想しているエンディングに向けてがんばれって応援すらしたくなりましたよ。とくに「ラヂオの時間」はきっと実際に三谷幸喜が体験した話しなんだろうと思ってみるととても興味深かったですね。「オンリー・ミー」を読んだ限りでは「ラヂオの時間」でモロ師岡が演じたどうしようもない放送作家が彼の立場のようですね。

まぁそんな感じで三谷幸喜が最近テレビで有頂天ホテルの宣伝のためによく出てるのをみて、なんでこの人はあんなにおもしろい映画をつくるのに、彼自身はつまらないのだろうと思っていました。しゃべるのも下手そうだし、なんだかおどおどしているしってね。そこで彼のエッセイを本屋さんでみつけたので読んでみました。雑誌「とらばーゆ」に連載していたものを一冊にまとめたのがこの本です。その他にも「とらばーゆ」連載分の他に彼の笑いやコメディに対する考え方なんてのも収録されていてお得感いっぱいですよ。

彼はすごい人を観察する人なんですね。深夜のファミレスで脚本を書きながらウエイトレスさんの動きをじっくりとみていたり。その彼女にちょっとしたいたずらをして彼女のおもしろさをひきだしたり。それらがすべて彼の映画に詰まっているのだと考えたらなるほどなんて思ってしまいましたよ。

この本10年以上前の連載を元にしているのですけど、彼はこの文章の中ですごいことを言っています。小泉純一郎が総理大臣になって総理のイメージを一新してほしい。彼にならできるって言ってるんですね。まだまだ小泉さんが総理になるなんて誰も考えていなかった頃ですね。彼がまだ郵政大臣をやっていたころです。さすが人をじっくりみている人は違いますね。実際に小泉さんは総理大臣の、いや政界のイメージすら変えてしまいましたものね。

こんなに頭のいい人なのだから、テレビにでている三谷幸喜は実はあれは全部演技で、僕は騙されているのかもってちょっと不安になってしまいましたよ。

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2006年01月18日

天国の本屋 恋火-松久淳+田中渉

「天国の本屋 恋火」 松久淳 田中渉

天国の本屋 恋火.jpg 天国の本屋DVD.jpg



今日の作品は「天国の本屋 恋火」です。竹内結子主演で映画化(公式サイト)もされているのでご存じの方も多いのではないでしょうか。

気が弱くて相手の本当の気持ちを知るのが怖くて女の人に対していつも勇気がない僕のような男の健太と気が強くてワンピースがとってもよく似合いそうな僕好みの女の子の香夏子が主人公の物語。天国にある本屋さんと、現実世界で最後にあがる花火をカップルで見ると二人は幸せになるという、伝説の花火大会を再開しようとする香夏子のエピソードが交互に描かれている。

あらすじでもわかるようにファンタジー色の濃い物語です。それはそれでリアリティのなさが隠せるからいいのですけど、ちょっと強引なところもあって主人公二人のキャラクターにはしっかりと感情移入できそうなのに残念でした。文章もちょっと好きになれそうになかったです。

健太はピアニストなんですけど、彼が朗読に曲を即興でつけていくシーンがあるのですけど、これはうらやましかったですね。僕は4拍子と3拍子の違いがわからないほど音楽的才能がまったくないので、こういう風に曲をイメージでつくりあげていく作業のおもしろさは想像しかできませんけど、一度ぐらいはやってみたいですね。

この記事を書くのに映画の公式サイトのここをみて知ったのですけど、この本は元々あった二つの作品を映画用に合わせてできた本のようですね。だから結構つぎはぎだらけで接着部分が粗く感じてしまったのかもしれませんね。
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2006年01月16日

くっすん大黒-町田康

「くっすん大黒」 町田康

くっすん大黒.jpgふと夜中に目を覚まして時計をみると4時44分の4並びの時が多くて薄気味悪いkbbです。おはようございます。デジタル時計だとさらに薄気味悪さが増すのですけど、昨日の「博士の愛した数式のプロモーション動画」の記事の投稿時間を見てびっくりしてしまいました。

やっと皆様から紹介された「くっすん大黒」を読み終わりました。正直言ってよくわからなかったけれど、未だに彼の文章に酔っている気分です。富士急ハイランドのジェットコースターに乗っているような、すいている明けがたの大垂水峠を時速120kmで飛ばして東京に帰って来たときのようなそんな気分が読み終わったあとにしてました。

それにしても、川上弘美の文章を読んだ時に日本語って本当にきれいな言葉なんだなぁって思ったのですけど、これが同じ日本語かってぐらい町田康の文章はタイプが違いますね。川上弘美の文章は角がとれてまぁるい中が透き通っているガラス玉のような文章で、空に浮かぶシャボン玉がいつまでもいつまでもふわふわとしているのを追いかけているように読んでいるのですけど、町田康の文章はラグビーボールや四角いサッカーボールでサッカーをしているかのようにあっちへふらふらこっちへふらふら予測できない動きだし、不協和的な動きでみていて気分は良くないのですけど、そこがおもしろくていつまでも追いかけてしまう。そんな感じでした。それがいわゆるパンク落語的って言われているのでしょうかね。

彼の描く人々はうどん屋に猿を連れてきてしまう従業員やお客さんがきているのにまったく仕事をしない洋服屋みたいな非常識な人が多いんですね。一見常識的に見える主人公ですら非常識だし。たぶんそれが正しいんでしょうね。誰もが非常識だけれど、それに気付かないように調和して世界ができている。それをここまで肯定的に書いてくれるとすっきりとしますね。

なにはともあれ彼のボキャブラリーの豊富さにビックリしています。少しは勉強してもっともっと日本語を磨かなきゃなんて思わされました。
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2005年12月31日

俺はその夜多くのことを学んだ-三谷幸喜

「俺はその夜多くのことを学んだ」 三谷幸喜

俺はその夜多くのことを学んだ.jpg三谷幸喜の短編に唐仁原教久のイラストがついた作品。このイラスト懐かしいなぁって思っていたらオキ・シローの作品がそういえばこの人のイラストだったなって思い出した。久しぶりに短編作品を読んでそういえば短編の方が好きだったんだったなんて惚けてきた。年なのかしらん。そういえば最近も友人に物忘れが激しくなったねって言われるし・・・。

ストーリーはある男が楽しいデートから帰ってきて、今日の甘い出来事を思い出してもう少しだけその甘い出来事を増やしたいと思ってデートした相手に電話をしてしまう。その時に学んだことが描かれている。一つ一つ紹介したいのだけれどそれだとこの本を読んだ時の驚きや喜びがなくなってしまうので一つだけ。

「掛けようかどうしようか迷った電話は、掛けてもろくなことがない」

確かにそうですね。ほんとに。何度同じ過ちを繰り返したことか。男性だったらわかるんじゃないかしら。でもこの作品は何を考えているのかわからないあの娘にこそ読んでほしいですね。男がデートから帰ったらどんな気持ちになるか、電話を掛けたくなるほど愛おしいその気持ちを女性は平気で踏みつけて踏みつぶしてゴジラが通ったあとの東京タワーのような惨状を心に残してくれますものね。

というわけで、今年も最後となりました。本のタイトルじゃないけれど、今年も多くのことを学ばせていただいたような気がします。辛かったこともあったけど、楽しかったことも多かったと思います。20年後に振り返ってみたときにただ通り過ぎただけの年ではなくなんらかの気持ちを思い出させてくれる年であればよかったと思います。今年は忘年会で思い出したくもない思い出を作ることもなく(忘れているだけだったりして・・・。)、かといって忘れられない思い出ができることもなかったけれど、最後まで楽しいお酒が飲めました。

夏休みの絵日記や朝顔の観察日記ですら8/31にまとめてやろうとして終わらずに結局提出しなかったような僕ですが、なんでかまじめにつけ続けているこのブログもだんだん見てくれる人が多くなってうれしい限りです。

今年も本当にありがとう。みなさまよいお年をお迎えください。ではではまた来年。

2005年11月23日

ランドリー-森淳一

「ランドリー」 森淳一


ランドリー.jpg古本屋に入っていつものように棚を眺める。探している本もなく時間もたくさんある。道ばたに咲くたんぽぽをみつけるようなそんな小さな幸せがみつかるかもしれない予感を抱きながらこの本には出会った。

最初の印象は表紙がきれいだなぁってものだった。文庫本のサイズなのだが、装丁が他のとはだいぶ違う。他の文庫と同じ棚に並んでいてもそれだけちがった本のように見えた。興味を持って手にとってみる。あけるまでは、絵本かな、ぐらいの気持ちしかもっていなかった。本を開いてみて文章が見えた。安心した。絵本だったらそっと棚に戻す気でいた。

こうやって出会ったこの本だったが、ほんとにその出会いは小さな幸せとなってくれた。読み始めるとほのぼのというかきれいというか純粋というその世界にうまく自分を連れて行ってくれて、この別の世界への飛び立ちが本を読む楽しみの大きな一つだと思い出した。

原田宗典の「優しくって少しばか」に自分の仕事をしっかりときちんとするんだけど少しばかなパン屋さんがでてくる。その少しばかなパン屋さんの若いころがこの「ランドリー」の主人公テルなんじゃないかと思いながら読み進めていった。もちろんそんな記述はまったくなくどこにも誰もそんなことは言及していない。想像というか、そうだったらいいなぁってぐらいの気持ちだったけどその思いは読み終わっていっそう強くなっている。

テルも自分の仕事に真剣でそれもきちんと、みていてきもちよくなるほどしっかりとこなそうとする。でも少し物覚えが悪くて、言葉も知らなくて、自分の過去ですらわからない。そんな主人公が水絵というちょっと不器用で自分の気持ちが時々わからなくなる女の子と出会うところから物語がはじまっていく。その二人とサリーという気は優しいのだが照れ屋さんの伝書鳩業を営む男と出会ってそれぞれに新たなスタートを切っていく。

この三人はわからないことをはっきりと「わからない」と言って素直になることができる。これはなかなか難しい。見栄やら世間体やら、はたまたええかっこしいか、色々あるけれど素直になるのは難しい。うらやましいなぁと思いつつ、しかしどっぷりとこの世界に入っていた。

読んで初めてわかったのだが、森淳一は映画監督さんでこの作品も彼の「Laundry ランドリー」(映画公式サイト)という作品の原作だった。テルが窪塚洋介、水絵が小雪、サリーは内藤剛志だそうだ。読み終わってからそれは知ったのだけれど、窪塚洋介のテルはなんだか現実を斜めからみていそうで、小雪の水絵は強すぎて僕のイメージした「ランドリー」とはちょっと違う気がした。でもサリーの内藤剛史だけははまり役かなと。


でも一度映画を見てみるのも悪くないなって思っています。