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2008年07月26日

クライマーズ・ハイ-横山秀夫

「クライマーズ・ハイ」 横山秀夫

クライマーズ・ハイこんばんは。

今日は映画を見てきました。最近イクスピアリのレイトショーがお気に入りです。「マジックアワー」もここで見てきました。安いし、すいているし、言うことないです。ということで、「クライマーズ・ハイ」を見てきました。原作を読んできたばっかりで、原作を忘れない内にと思って見てきたんですけど、失敗でした。

あの映画は失敗です。原作にでてくるエピソードが細切れになって順番もめちゃくちゃにつぎはぎされている。そんな印象しかもてませんでした。しかも、原作で象徴として描かれているエピソードも簡単に終わらされてしまって、あぁそんなんじゃないのぃ!って感じでした。

それもこれもすべて原作がよかったからなんでしょうね

御巣鷹山に墜落した日航機を追う地方新聞記者が描かれる物語。クライマーズ・ハイとはクライミングしている途中で脳内物質により恐怖をすべて忘れてがむしゃらに難易度の高い岩を登り切ってしまうこと。同じようにアドレナリンが出っぱなしの状態で日航機墜落を中心にした新聞づくりをしていく日航全権デスク、悠木。過去の遺物にすがる上司。悠木の過去につけこむ他部署の人間。どの人間もそれぞれが人間らしかったです。それぞれの目的と欲望がぶつかりあう。

部下や上司に挟まれながら日航全権デスクとして紙面づくりをしていく悠木だけど、彼自身の欲望はなんだったのか。息子との交流か。紙面づくりか。スクープか。それとも頂上にたつことだったのか。

それぞれのエピソードが積み重なっていき、どこまでも心に押し寄せてくる。久しぶりにぼろぼろと涙を流しながら一気に読んじゃいました。ページに涙が落ちてしみになるのもかまわずシャツを濡らしながら読んだ作品。

そういう作品だからこそ、映画を見て失望してしまったんでしょうね。好きな原作の映画は見にいくべきではないですね。

といっても、主役の堤真一の演技、部下の佐山を演じた堺雅人、原作でも早く死んじゃえばいいのにと思っていた社長を演じた山崎努は映画でもいやなやつでした。そんな俳優陣のうまさが救いだったかもしれません。

映画でもうまく描けていなかった谷川岳の衝立岩。原作でもうまくイメージできなかった人がいるかもしれません。そんな人のためにこんなのみつけました。

谷川岳の魔の岩壁(悲しいニュースです)

谷川岳は世界で最大の死者数を出している山だそうです。

どのエピソードもうまくはまっている。長篇作品としてあるべき姿を感じました。




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2008年04月23日

爆笑問題の日本原論-爆笑問題

「爆笑問題の日本原論」 爆笑問題

爆笑問題の日本原論こんばんは。小学生の頃、夕方にお笑い漫画道場という番組があって学校帰りに家に帰ってからいつも見ていました。そこにでていた富永先生のエッチな絵や、それに負けない川島なお美の美しさに並んで爆笑問題という二人組のタレント、その人たちのいうことが目新しくいつもかぶりついていました。そんな二人組も今では人気芸人です。

その二人が著者の「爆笑問題の日本原論」です。最近この二人、科学や政治の世界によく顔を出しています。首相役をしている某番組はあまり好きではありませんが、NHKの夜中にやっている、世界の最先端を研究している教授に話を聞きにいく番組は大好きです。太田のするどいつっこみと、教授のわからないことはわからないというその話し方がとっても潔くて見ていて気持ちのよいものがあります。

この本の前書きにこういう言葉がありました。

オウム真理教の信者たちは、人類を救うために、通勤ラッシュで込み合う朝の地下鉄に毒ガスをバラまきました

社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上および、増進を図るための機関である厚生省は、非加熱製剤によって、日本にエイズ患者を増やしました

の文脈のあとに

「もし世の中が、私たち以上のバカを言ってしまったら、私たちはどうすればいいのでしょう?」

と書いてありました。
この前書きを読んでから本文を読んだので、これ以上の社会のバカを楽しみに読み始めたのに、それはあまり描かれていませんでした、むしろ田中のつっこみの仕方が通り一編でそのバカさばっかりが目立っていました。

漫才の言葉は口にだしてしまうと、それは耳をとおってどこかに言ってしまうものですけど、文字にしてしまうとそれはいつまでも残ってしまう怖さがあると思います。
このブログでいつも飲み屋ではなしているようなくだらないことをいっぱい書いていますけど、それが文字になってしまったときの怖さがなんだか身近に感じられました。っていってもこれ以外に書くことなんてないんですけどね・・・。

というわけで、お許しくだされ。




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2008年02月10日

お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人-吉村葉子

「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」 吉村葉子

お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人雪が積もったパリにたどり着いたのは陽が落ち街が薄暗くなってからだった。ロンドンから電車に乗り、ドーバーで船に乗り換え、大陸側についてからまた電車にのる。途中でパスポートコントロールがあったが、パスポートを見せることもなく電車に乗り込む。まわりの言葉が英語からフランス語に変わり、看板の文字もまったく理解できなくなる。駅の宿泊案内所のようなところで、やっと英語を話せる人を捕まえ、その夜の宿を確保する。宿が決まったことで少し心が落ち着き、駅前にあるスタンドでフランスパンにハムやレタスがはさまっているサンドイッチを買おうとするけど、スタンドのおじさんもやっぱり英語を話そうとしない。しょうがなく、指で商品を指し、お金を払おうとするが、いくらなのかも理解できない。しょうがなく両替したばかりのフランを掌の上にのせて、お金をとってもらう。言葉がまったく通じないこの街で、寒さだけが身体の奥の方に入ってくる。

案内所で予約のとれたホテルまで行く。ビルの三階にあるフロントまでいき、予約をしてきたことを英語で伝えたら、フランス語でまくし立てられた。英語でフランス語が理解できないことを説明したら自分よりもよっぽど流暢な英語が返ってきた。どうやら部屋は屋根裏部屋のようだ。重いスーツケースを抱えて三階分ぐらいを階段で上り、部屋までいって鍵を使ってあける。部屋にはいり、ドアに鍵をかけようとするが、錠が下りない。フロントへ鍵がこわれていることを伝えに行かなければならないことで暗い気持ちになる。なかなか英語を使おうとしないフランス人を思いいらいらする。

フロントへ行き、事情を話すと、「そんなことはない。やり方が悪いだけだ。」と言われ追い返される。ついてきて一緒に見てくれる気配もなく、疲れ切った気持ちで部屋にもどり、どうにでもなれと日本語で声にだしながら鍵もかけずにベッドに横になる。

翌朝、スイスのツェルマット行きの電車に飛び乗る。英語を話そうとしない切符売り場のおばさんに一層気持ちを暗くさせながら逃げるようにパリを飛び出した。

これが僕のもってるフランスのイメージを形作ったきっかけです。ロンドンにいったのはたしか夏のはずだから雪なんてふってるはずもないのに、パリでの経験から冬のイメージができあがっちゃったのかしら。お腹をすかして入ったカフェで、駅前のスタンドで、ホテルのフロントで、切符売り場で、誰も英語を話そうとしない。英語を当然のように使えるのに、意固地になっているかのようにフランス語しかでてこない。唯一英語で話しかけてきたのはコンコルド広場で詐欺を働いているやつだけだった。

要はフランスもフランス人も嫌いだってことなんだけど、パリにはもう一度行ってみたいとは思っている。セーヌ川にかかる100年も昔に造られた橋をいまだに新橋と呼んでいて、そのセーヌ川の向こう側に見えたパリの街が素敵だったからかもしれない。

「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」はパリに住んでいた著者が自分で経験してきたこと、それを通して感じたことを書いている。タイトルに"日本人"なんて入っているけど、書いてあることはほとんどがフランス人のことについてだ。彼らのよさを伝えるために日本人が引き合いに出されているのかしらと勘ぐりたくなるぐらいフランス人のよさ、フランスの良さが描かれている。彼らの子育てやお金に対する考え方、バカンス、ホームパーティーなんてとっても素敵でいい国だなぁ、なんて移住してもいいかしらなんて騙されてしまうところでした。

でも、これを読んでいてやっぱり自分は日本人なんだなぁ、なんて思ってしまうところもあって、フランス流もいいかしらなんて思っても心の片隅で、自分にはできないなぁなんて思ったりする部分もあって、国際人にはなれないみたいですね。

フランスにはリスト・ド・マリアージュ(Liste de mariage)なんて習慣があって、結婚するカップルがデパートへ行き、自分たちの新婚生活に必要なものを調べてデパート側に渡して置いてそれをお祝いしてくれそうな人にしらせると、お祝いする人たちはそのホテルへ行って自分の予算にあったものの分の支払いをしてくるんだって。誰も損しないし、何も無駄にならない素敵な習慣ですね。日本でもこういうのやればいいのにね。

なんだか長くなっちゃいましたね。これは書評じゃないぞ、って怒られちゃいそうですね。結論はフランスは嫌いだけどもう一度行ってみたいってことでした。



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posted by kbb at 05:16 | 東京 ?? | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2008年01月13日

約300の嘘-『約三十の嘘』チーム with ゴンゾウ

「約300の嘘」 『約三十の嘘』チーム with ゴンゾウ

約300の嘘 映画「タイタニック」が劇場公開されていた頃。新しくできた彼女と初めてだと偽って劇場でタイタニックを見ました。

でも、それは、前の彼女と最後に見た映画。映画に感動しているフリをして、前の彼女を思い出しながら涙を流していました。観終わったあとに、彼女が、そんなに泣けた?と聞いてきたときには必死に、あのシーンがね、などと言いながら言い訳していました。

なんていうような、約300の嘘が収録されているのが今日の作品です。映画「約三十の嘘」の公開に合わせてTSUTAYAのサイト上で一般公募されたものを集めたようです。映画は未見なのですけど、なかなか興味がそそられるタイトルですね。

それにしても、結構みなさん嘘をついてらっしゃるんですね。特に女性がつきあい始めたばっかりの彼に身長や体重、年齢まで偽っているとは、なんだか信じられなくなってきますね。一人の子なんて、彼との身長差が30cmの方がかわいく思ってもらえると思って身長をいつわり、挙げ句の果てに記念日が欲しいからと、誕生日まで偽るなんて、これじゃあうまくやっていけるはずないですよねぇ。バレタときにどういう言い訳するかまで書いて欲しかったなぁ。

まぁ、そんな嘘ばっかりでなく成績表の「2」を「3」に書き換えて母親を喜ばせようとしたりとか、雷をこわがる妹に梅干しを口にくわえていると雷にあたらないと嘘をついたり、ほほえましいものも多くてなんだか気持ちが優しくなってしまう本でした。ちなみに、雷の嘘の妹は27歳になってもまだ信じているそうです。まわりにそんなかわいい子がいたらすぐにkbbに連絡くれるようにお伝え下さい。

表紙のイラストにありますけど、ところどころにでてくるパンダもかわいくなくて、なんだかかわいいですね。これも人間が騙されているってことの一つなんでしょうかね。

日頃から嘘とホラは違う!嘘は人を傷つけるけど、ホラは傷つけることはないなんて豪語している僕ですが、いつまでも僕の妄想におつき合いいただけるとうれしいです。

みなさんもひどい嘘ではなく、素敵な嘘をついてくださいね。特に男の子を喜ばせるようなやつをお願いします!

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2006年09月03日

人のセックスを笑うな-山崎ナオコーラ

「人のセックスを笑うな」 山崎ナオコーラ

人のセックスを笑うなみなさんこんにちは〜。久々の更新にちょっと手間取っています。だって書き方を忘れちゃったんだもん!

時間って残酷だなぁ、なんて思うとともに、人間の記憶力なんてあやふやなものだなぁなんて実感しています。文章も全然書いていないとリハビリが必要なんですね。まず書き出しが思い付かないのが悲しくてしょうがないですね。

さてさて、そんな人間の記憶力に挑戦するかのように「人のセックスを笑うな」の感想を書いてみます。tsukikoさんのところで読んでみまーす、なんて言って読んだのはいいのだけれど、すっかりここを更新しなかったのだものね。ひどいやつだね、おれってば。

さて感想なんですけど、もう二ヶ月ぐらい前に読んだので内容が頭の中にほとんど残っていないのです。刺激的なタイトルと中身がぜんぜんあってないなぁなんて思いましたけどね。まぁ文芸賞受賞作だけあって、一、二時間もあれば読み終わっちゃうってのだけはよく覚えています。

19歳の時に39歳の人ってどんな風にうつっていたっけなぁなんて思いながら読んでいたのだけれど、自分も20やそこらのときに10いくつ上の人とちろっと近しくなったことがあって、あのときはなんだか新鮮な驚きとともに、いくつになっても変わらないんだなぁなんて思っていたような気がするな。(それにしても「近しい」だなんて日本語って便利ですね〜)

タイトルの「人のセックスを笑うな」ですけど、最近じゃ雑誌やテレビ、ビデオなんかで性情報が氾濫しすぎて誰のも画一的なものになっちゃってるんじゃないかしらね。まぁ女の子の反応は様々なものがあるなぁなんて思ったりするときもありますけどね。それにしても、そんな雑誌やビデオなんかの情報が全然なかった祖父母の時代にもちゃんと子どもはつくっているわけで、セックスなんて結局生物としての本来的な欲望なんだろうな、なんて思いますけどね。

なんだかとっても支離滅裂な文章ですね。何がいいたいんだい?と訊かれてしまうかもしれないですね。ごめんなさいと最初に謝っておきますね。リハビリ、リハビリと自分に言い聞かせておきます。

ではでは、今日はここまで!(^-^)/~ またねっ

posted by kbb at 13:37 | 東京 ?? | Comment(5) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年05月18日

ROUGE-ルージュ-柳美里

「ROUGE-ルージュ」 柳美里

ルージュども。ご無沙汰です。最近ご無沙汰って挨拶ばっかりしていますね。面目ないです。とりあえず生きています。本も読めてないですけど、常に手に届くところにはおいてありますよ。

前回の記事の本「姫椿」の読後に読み始めた柳美里の「ルージュ」をやっと読み終わりました。考えてみると二週間以上かかってるんですね・・・。途中で何度おきたくなったことかわからないぐらいでした。帯に

「わたし、ほしいものがないんです」


って書いてあって、共感できるかしらなんて思いながら読み始めたんですけど、まったく共感できませんでしたね。著者初のシンデレラストーリーらしいですけど、なんだかシンデレラストーリーはこういうストーリーになってこういう終わり方をするんだよとシナリオ教室の教科書に書かれているような物語でしたね。シナリオ教室の教科書を読んだことがないけれど・・・。

でも、やっぱり作家だけあって、ところどころの「言葉」はうーんと考えさせられてしまうものが多かったですね。

「話しあいっていうのは、意思表示をしあうことだと思うの。...状況ではなく意志を表示して」


とかね。ふむふむなんて思いながらも一日数ページずつやっと最後までたどり着きました。

まぁ物語としては、あるなんでもない女の子がいきなり口紅のモデルに大抜擢されて、最初は躊躇するのだけれど、だんだんと周りに翻弄されながら成長していくって感じですね。恋愛もあり、成長もありと福袋のような作品でした。

でもね、その成長する設定がありえないぐらいのシンデレラぶりで、今時これを成功だとみなす女の子のほうが少ないのじゃないかしらと、読みながら苦笑してしまうような設定でした。

主人公の里彩(りさ)は化粧がきらいな女の子なのだけれど、それが口紅のモデルに大抜擢される。そこのところがなかなかおもしろい設定になるはずだったけど、ちょっと失敗しちゃったって感じですね。素顔はおどろくほど素敵だけれど、化粧をするとまったくちがった魅力をみせる女の子、を描くのにもうまくいっていない気がしますしね。

でも、里彩が化粧に違和感をかんじたり、嫌いな理由を説明する場面はなかなか興味深く読みましたよ。化粧なんてしたこともないし、化粧をする女性の心なんて想像もできないですからね。はじめてアイラインをひいたときに鏡を見て見慣れている自分と全然違うものを鏡の中にみつけて、すぐにそのアイラインをおとしてしまったなんて描写は思い描くことはできないですもの。女性のみなさん、どうなんですか?そういうことってありましたか?もうずいぶん昔のことだとは思うけれど思い出してみてください。

とまぁ、久しぶりの更新でこんな辛口の記事になってしまっていいのかしらね。女の子の好みの話しをしているときに、「やっぱり素顔がきれいな子がいいね、化粧も最低限の自然なのがいい」、なんて言うと女性陣に「ナチュラルメイクはホントは厚化粧なのに騙されているんだねぇ」、なんて言われてしまうような僕がこんな感想を書いちゃだめですねぇ。

宿題としてバトンを二つ頂いていて、それのテレパシーがびしばしと頭に直撃しているので、早くやらねばと思いつつ、今月はあと何回書けるかしらと心配になっております。まぁ今月の二十五日に仕事のちょっとしたやまがあって、それを乗り越えればだいぶ体は楽になるだろうなって思っています。

では、ではまたで会える日まで〜。っていろんなところにコメントは残させていただきますのでどうか邪険に扱わないでくださいね。ではでは〜。
posted by kbb at 17:19 | 東京 ?J | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年03月16日

女学生の友-柳美里

「女学生の友」 柳美里

女学生の友おはようございます。もうおとといのことになりますけど、ついにメガネを買いました!どこかで壊れたメガネをしていると運が逃げていくという言葉を聞いたのではやく買わなければと焦っていたところで、バレンタインのお返し(2/16の記事参照)に選んであげるという友人が現れたのです。そのときにね気付いたことがあるんですけど、僕は一人でメガネを買いにいけないことが判明しました。コンタクトなんてしたことがないし、メガネをはずすと目の前の鏡すら見られないので試しにかけたところで似合うかどうかが自分でわからないのですよ。というわけで、その子にイメージチェンジを意識したメガネを選んでもらいましたよ。三つ最終候補ができて、結局今までと全然違うタイプのメガネになりました。伊達眼鏡をかけているという店員さんにも、それがいいですよ、なんて言葉をいただいて、やっとこれで運が逃げなくなるぞなんて安心しております。

さてと、相変わらずの長い前置きはこれぐらいにしまして、柳美里の小説初体験です。「女学生の友」。友人に薦められて、借りて読んでみました。なんだか想像していた、僕がつくりあげていたイメージのお話と全然違うぞ。この人、こういう作品も書くんだって感じでしたね。

"女学生の友”と"少年倶楽部"の二作品が収録されています。"女学生の友"はドラマ化もされていて、DVDがでているみたいですね。映像化するにはちょうどよい、おもしろいストーリーですもんね。

"女学生の友"・・・息子夫婦と同居して家に居場所を感じられなくなっている60すぎの弦一郎。弦一郎が唯一家族の中で心を通わせることのできる孫、梓。梓の幼なじみのまゆと同じ高校に通い、おもしろくないけど、他に一緒にいる相手がいないからそのグループにいるという未菜。それぞれが悩みを抱えながら未菜の父親の会社の倒産という事件から3人が距離を縮めていきお互いに影響を与え合うようになる。

なんだか未菜の描写を読みながら、自分の高校時代のことを思い出していましたよ。歩きながらうまくしゃべれなかったり、このグループから抜けてしまったらもう他のグループにはいるチャンスがないなって思ったり。今でも大勢で歩きながら人と話すのは苦手なんですよね。だいたい横に並ぶと歩きづらいですしね。後ろむいて話すわけにもいかないから、一番前をすたすた歩いてみたり、一番後ろからとことこついていくようにしちゃうんですよね。

弦一郎は

この世で一番の恐怖は、なにも起こらないことと、なにもすることがないことだ。


って思ってるんですけど、解説の秋元康が未菜たち高校生は

この世で一番の恐怖は、なにかが起こることと、なにかをしなければいけなくなること、かもしれない


って言ってて、うまくまとめるなぁって感心してしまいました。僕はどっちかっていうと弦一郎に共感してしまって、未菜たちにはバイトぐらいしろよって思いながら読んでいたので、ちょっとおやじくさいってことなのかもしれませんね。

"少年倶楽部"のほうは中学受験を控えた小学6年生の性に対する目覚めなんてことが書いてあって、彼らはグループだったから、ああいうことを行動に移したけれど、自分だって同じようなことを妄想したこともあるし、実際したかしなかったかの違いぐらいしかないのかもしれない、なんてちょっと自分がいやになってしまいましたよ。

柳美里が描くものは絶対自分は処理しきれないだろうし、そのまま引きずり込まれるのもこわかったので手に取ることもなかったのですけど、こういう作品はまた読んでみたいですね。思春期の微妙な心の動きを描くのがうまいですね。きっと自分の体験から逃げずに一生懸命考えたんだろうなってタイプの作家さんですね。
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2006年02月10日

パーフェクト・プラン-柳原慧

「パーフェクト・プラン」 柳原慧

パーフェクト・プラン.jpgきのうはさんざんっぱら酔っぱらいまして、二日酔いになりました。帰り道に自転車で転びまして膝をしたたか打ってしまいましたよ。したたか打つなんて口語ではなかなかいいませんよね。おはようございます。頭が痛いので、筋の通らない文章になることをお許しください。え?いつも通ってないって?そりゃ失礼をばいたしました。

さてさて、気をとりなおして。第二回このミステリーがすごい大賞をとった「パーフェクト・プラン」です。第一回は「四日間の奇蹟」でしたね。この賞はすごいですね。今のところはずれなしです。今作もすらすらと読めてしまいました。おもしろかった。題材は誘拐事件なんですけどね。ES細胞やら代理母やら株取引やら美容整形やら、はたまた幼児虐待の話しなんかもでてきて、それでいてどろどろせず、なんだかこういう本もいいですね。気持ちが落ち込むことも考えすぎてしまうこともないもの。そういえば昨日の本も株取引に風説の流布がでてきたのですけど、今作も風説の流布まがいのことをしていますね。題材として株取引に風説の流布はつきものなんでしょうかね。昨日のはそれが大きな出来事として扱われるのですけど、今作では風説の流布まがいのことをしているのに、それでは捕まらないのですけどね。今作では誘拐事件を起こすのだけれど、それを誘拐事件にしないために、脅迫もゆすりもしない。ただ安全に保護していますよ、ってところからはじまっていざ子供を返そうってときに、やっぱり返せないみたいな話しから警察が動き出してさあ大変。こっからがおもしろい!みたいになってすーーっと物語が動き出します。

興味深かったのはハッキングの場面ですね。これを読むと自分のコンピュータや家にあるパソコンすべてのファイルを一から確認してみたくなりますね。うちのセキュリティは大丈夫なのかしら。一応ノートンが入っていますけどね。まぁうちのパソコンなんてハッキングしたところでたいした情報も入っていないのだけれどね。それにして、個人情報のかたまりですからねぇ。中にはみられたくない写真とかもあるわけですしね。昔の彼女の写真とかね。そういえば、友人がおもしといことを言ってたな。新しい恋人ができると、男はフォルダを新規作成するように昔の彼女との思い出を大切にとっておくのだけれど、女性はフォルダを上書き保存するように昔の恋人との思い出を忘れていくんですって。なんだか思い当たる節がありませんか?僕はありまくりですよ。

ちょっとね、一つだけ言わせてください。今作で誘拐される子供なんですけどね。その子について何回か自閉症気味とかって表現がでてくるのですけど、自閉症気味で天才的に一度見たものを瞬間的に記憶して二度と忘れないとかって表現なんですけどね。サヴァン症候群とか表現もありましたね。でも、読んでいる限り彼は自閉症でもサヴァン症候群でもないですから。たぶん扱いやすいネタだから自閉症とサヴァン症候群を作家さんは使うのだろうと思うのだけど、もう少し考えて欲しい。こういうネタを使う人多すぎませんか。もう飽きちゃいましたよ。そんな生やさしい病気じゃないのに。実際。こんな高機能自閉症の人の方が数的には少ないのですよ。高機能ってのはコミュニケーションがとれる時点でもうそうなるのだけれどね。普通自閉症といえば、殻にこもりがちな子供をすべてさすのかもしれないけれど、それはただの引っ込み思案とか人見知りのはげしい子供であって、それらがすべて自閉症なわけではないのだからね。

ふーっ。熱く語ってみました。そうそう、今作の登場人物に僕と同じ名字の人がでてくるのだけれど、それがあんまりいい役の人でなくてね。その名前が呼び捨てにされるたびに思わず「すいません」ってあやまってしまいましたよ。そんなにどこにでもある名字ってわけでもないのにねぇ。こんなのはじめて(ハート♪)って感じでしたね。まぁなんにせよおもしろい作品でしたね。夜中に一人でデニーズに行って、その日だけはなぜか機嫌のいいウエイトレスさんにコーヒーのおかわりを10杯ぐらいただきながら読み終えてしまいましたとさ。そんなに飲んでいるのに、時間になるとちゃんと寝られるのはカフェインがどうとかじゃなくて、気持ちの問題なのかしらね。
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2005年12月24日

酒呑みの自己弁護-山口瞳

「酒呑みの自己弁護」 山口瞳

酒呑みのゥ己弁護.jpg今日はクリスマスイブですね。この時期はクリスマスに忘年会、新年会とお酒を呑む口実が多くて酒飲みにはありがたい季節ですね。どんな口実でもありがたいのだからクリスマスなんておおっぴらに他人の誕生日を祝うようなものでよいいいわけですよね。というわけでこの時期にちょうどよい本を見つけたので読んでみました。酒と野球と競馬と人間が大好きだった山口瞳のそれこそお酒を飲む口実をいくつもいくつもあげているエッセイ。元サントリーの宣伝部にいただけあって酒を欠かすことがなかったらしい山口瞳。彼は彼なりに毎日毎日酒を呑むことに罪悪感、もしくはいいわけを必要とすることを感じていたのだろう。それがこのエッセイで描かれている。酒呑みの口実なんて今日はちょっと寒いからなんてので成立しちゃうのだからなんでもありだと思うけど。

でもいくらどんないいわけをあげつらったところで彼のこの言葉に集約されるのだと思う。

「酒の害は楽しすぎることにある。」

これ以上に酒を呑む理由なんてみあたらないだろう。

このエッセイでは様々な酒呑み人のエピソードも描かれているがその中の一人に酔うと必ず電話魔になる人のエピソードがでてくる。自分がそうだからずいぶん身近に感じてしまった。酔うと電話をせずにいられない。寂しがりやだからなのだろうが一人で呑んでいたり、人と呑んで楽しい時間を過ごした帰り道に一人で家までの道を歩いているときふっと寂しくなって電話してしまう。たいていは呑んだ帰りだから0時をまわっているのだけれどかけるときにはそんなこと考えもしない。電話は便利な物で、一緒にいると煩わしくなっても一緒に居続けなければならず放っておくことはできないけど、電話なら通話終了ボタンを押せばそれで終わり。家に帰るととたんに暖かい布団に入りたくなるもので電話をきりたくなる。そういうときに電話をかけられた友人は心得てるもので「そろそろ切りたそうだから切ってあげる」なんていってくれる。ずいぶんといい友人をもったものだ。で、朝起きて電話の発信記録を見て自己嫌悪っていうパターンなのだよね。寂しがりやのくせに自分勝手なのね。申し訳ないと思いつつも感謝しています。

というわけで、どういうわけだかわからないけれども、酒呑みのみなさんは今日明日ぐらいは大手を振るって胸を張って呑みましょうじゃありませんか。幸い土日ですしね。たまにはつぶれてしまうのもいいものですよ。よいクリスマスをお迎えくださいな。

2005年12月07日

私語辞典-柳美里

「私語辞典」 柳美里

私語ォ典.jpg今回買ってきた中で一番楽しみにしていた本。言葉にはそれぞれ辞書上の定義があるけれど、それ通りの意味だけで使ってる人はほとんどいない。人にはある言葉へのそれぞれの思い入れや考えなどがある。逆を言えばその言葉を人に伝えたときに、最大公約数的に聞き手がイメージする意味が辞書に載っている。この本は柳美里が44語の言葉について彼女自身がもつその言葉のイメージや意味なんかをエッセイとしてまとめてある。

例えば

性欲・・・生殖から切り離された人間の性欲は諸悪の根元であり、且つ、文化の偉大な推進力である。

とか

秘密・・・絶対守られない約束と知りつつ共有する、親密になるための儀式。

なんて感じで。

今まで彼女の作品は読んだことがなかった。(読まず嫌いだったけれど)彼女の物語のテーマがまだ自分が必要としていないテーマだと思っていたし、それを読んだところで自分の中でそのイメージを作り出すにはまだまだ自分は幼すぎると思うから。この本を読んでいていっそうその考えは強くなったけれど、こういう風に言葉に関して自分自身のイメージを持ちそれを自分自身の言葉で説明できる人は自分の体験や周りを観察して得た結果を自分自身の中でじっくり消化して、それを自分自身で説明しようという強い欲求があるのだと思う。こういう人の話しを聞いたり一緒に飲んだりすると楽しいんだよね。

他の作家さん、特に原田宗典なんかのもつ言葉のイメージをまとめてくれた本があるとすぐ飛びつきたいのだけれどね。(それを表現するのが小説なんだけどね・・・)