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2009年03月22日

さよならスナフキン-山崎マキコ

「さよならスナフキン」 山崎マキコ

さよならスナフキンこんばんは。

東京でも桜の開花宣言がでましたね。今週末にお花見を計画しているので、ちょうどよい時期に咲いてくれてうれしい限りです。でもちょうど満開の時期なので場所取りが大変かもしれないです。あんまり人のいっぱいいるところは好きじゃないし、朝早くから行くのは疲れちゃうしで、だったらお花見なんてしなければいいのにって言われちゃいそうですけどね。

さて、山崎マキコ「さよならスナフキン」です。「マリモ 酒漬けOLの日々」で僕を虜にした作家さんです。

主人公は大学生の大瀬崎亜紀。薬科大学を二年で中退して理系の学部に入り直した。男の三浪ならいいけど女の三浪はどうなんだと、といつも自分に問いかける。とってもオバカで世間知らずで自分に自信もない。いつもくよくよしているけど、いざとなったらどこまでも突き進んでいってしまう。妥協せずに一生懸命なのだけれど、世間知らずだから騙されてしまうことも多い。
そんな彼女がバイトをはじめたのは編集プロダクション。出版社を退社して株で一儲けして会社を興したやり手の社長に認められて自分の本を出すことになった。社長に認められたい一心でがんばる大瀬崎亜紀。でも本当にそれでいいのか。

社長に認められたい一心でどんなにひどいことをされても社長が喜んでくれればなんて思いながらがんばる亜紀。この社長、周りに与える影響力が強すぎるのか、自分の体をこわしてまで社長のためにがんばろうとするやつが周りに多い。でもその社長を見限ってさっさと辞めていく人もちゃんといるんだけどね。

仕事って結局何かのためにがんばろうと思わなければ続かないのかもしれないなぁって思いながら読んでいました。どこで働いていたって好きな経営者、好きな先輩、好きな女の子、好きな商品。そのためにだったらなんでもできるのに、いざ自分のため、お金のためっておもっちゃうとモチベーションが続かないですものね。人間って弱い存在なのかもしれないですね。前にここで書いたかもしれないけど、明石家さんまが言っていました。会社で一人好きな女の子を作れば、喜んで会社に行くようになると。これってある意味当たっているのかもしれないですね。

お祭り好きの僕は去年まではなにかあるたんびに飲み会を企画していたんですけど、最近そのモチベーションが維持できなくなりつつあります。実は自分だけが喜んでいるんじゃないか、とか、お誘いメールをもらうみんなは実は迷惑を感じているんじゃないかと、そんな風に思ってしまうとなんだかめんどくさくなっちゃってね。でも毎回来てくれる人もいて、そういう人たちはきっとそんなこと思っていないはずだし、逆にそういう風に僕が思ったら失礼なのかもって思いますけどね。ってかただめんどくさくなっちゃっただけなんですけどね。お花見、晴れるといいなぁ。




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2009年01月10日

マリモ 酒漬けOL物語-山崎マキコ

「マリモ 酒漬けOL物語」 山崎マキコ

マリモ 酒漬けOL物語こんにちは。

酒好きの僕ですが、周りの女の子には僕につきあって同じようなペースで飲んでくれる人がいなくていつもつまらない思いをしています。

そんな僕と一緒に飲んでくれる酒漬けOLさんはいないかと周りを見回していたところ見つけたのが本書「マリモ 酒漬けOLの日々」です。初見の山崎マキコが作者です。

食品会社で商品企画を行うOLマリモは大酒のみ。飲み過ぎて記憶をなくし同僚の坂上君にいつも迷惑をかけてしまう。ある日上司の命令で自分の企画と90度違った企画の責任者にされてしまい、それの販売不振の責任をとらされ倉庫係に飛ばされる。そんなマリモの心にはいつも高校の時の先生がいる。
人は神ではないのだから、間違いを犯すのです
辛いときにはいつも先生の言葉が心をよぎる。そんなマリモの自分探しの物語です。

マリモが食品会社から有機野菜の販売会社へ転職をします。そこでイヤだと思っている男と二人で北海道へ一週間出張するシーンがあります。最終日、羽田について飲みに行きたくなったマリモは、その男を誘おうとしている自分を見つけて自問自答するシーンがあります。でもこういうことってよくあるんですよね。マリモの場合はすんでのところで止まりましたけど、僕の場合は誘ってしまってしかも飲んでいる最中からつまらない気分になり、そんな自分がさらに嫌いになっていくっていうどうしようもない悪循環に陥っている時があります。さすがに最近は飲みたい人と飲む回数が増えたのでそういう機会もへりましたけどね。

物語の前半。マリモが記憶をなくして、酒をやめようと決意しているにもかかわらずやっぱり飲んでしまう場面が出てくるのですけど、いつもの僕をみているようでびっくりしちゃいました。僕だけじゃなかったんだ、なんて救いのようなものも感じてしまったのにびっくりしています。
こんな日の夜は、ちょっとお酒の助けを借りて、頭の働きを鈍らせるほかない。

まさにこんな感じで飲みにいってさらに後悔を募らせるだけになるんですけどね。

この物語の最後、結局マリモは先生に会いに行きます。そして先生との会話で気づきます。
許されるのだ
私の存在は許されているのだ

これを感じる事って本当に大切なことだと思う。でも僕にはまだまだこれは感じることはできない。マリモは先生という人間と出会い、いろんな出来事を通してこれを感じることができたけど、僕にはまだ感じられない。きっとそんな機会はそこらじゅうにこらがっているのだろうけどね。

先日飲みに行ってきたのです。そのときに「今年の目標は飲み過ぎず、飲んでも声が大きくならないような大人の飲み方のできる人間になる」っていいながら結局最後は記憶が曖昧になってしまうような飲み方になってしまいました。こんなんじゃお酒好きのOLさんと仲良くなれないですね。まいったなぁ。




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2008年12月18日

嫌われ松子の一生 上下-山田宗樹

「嫌われ松子の一生 上」
「嫌われ松子の一生 下」 山田宗樹

嫌われ松子の一生 上嫌われ松子の一生 下こんばんは。
先日フットサルで足首を捻挫した、と書きましたけど、それがいつまでも治らなくてだんだん不安になってきました。一応朝晩湿布を取り替えているのですけど、全然よくならない。捻挫なんて今まで二日もすれば治っていたのですけど、やっぱり病院にいって見てもらわないとだめですかね。捻挫はくせになるっていいますからちゃんとなおしたいのですけどね。左足に体重をかけないように歩いているのですけど、だんだん普通の歩き方というものを忘れかけています。変な歩き方がくせになるのもいやだなぁ。歩くときは大きな歩幅で背筋を伸ばして歩くように心がけていたのですけど、最近は背中も丸まっちゃっています。手の小指をけがしたときなんかに思いますけど、普段何気なくやっている行動でも体中を使ってやっているんですね。

さて、「嫌われ松子の一生」です。なんか本が楽しめない最近、おもいっきり物語にはまってみたいと思い上下巻ならそれなりに物語があるだろうと思い開いたのがこれでした。今思えば、そういう理由なら「銀河英雄伝説」全10巻や「ロードオブザリング」全10巻を再読してもよかったのかしら。

まぁそんなわけで読み始めたのですけど、これがまたおもしろくていつまでも本を閉じることができず睡眠不足になるという悪循環をもたらしてくれました。「ランチブッフェ」より全然よかったってことはこの作家さんは長い文章で力を発揮する人なのかもしれないですね。

主人公の松子は中学教師だった。しかし、その教師生活で起こった修学旅行中の盗難事件から人生が狂っていく。試みた軌道修正もすべてがうまくいかず、最後には壮絶な死を迎える。
そんな彼女の人生をなぞるように松子の人生を調べはじめたのは松子の甥。松子の存在すら知らなかった彼は松子の人生を調べていくうちにそれが他人事には思えなくなってくる。

松子の人生も足首を捻挫したようなものだったのかもしれないですね。その左足がいつまでも治らず左足をかばうように歩いていたら普通の歩き方を忘れてしまった。ふとしたきっかけで治ったと思っていた左足も癖になった捻挫を繰り返す。そうやって彼女はとうとう歩くことすらできなくなってしまったのかもしれない。

この物語は確かに陳腐かもしれない。
田舎を追われるようにして出てきた女が風俗で働き、男に騙され、刑務所に入り悲惨な最期を遂げる。
こんな一文であらすじをまとめられちゃうような物語だけど、でも彼女が踏み外したちょっとしたきっかけはどこにでも落ちている。楽しいフットサル競技場の片隅かなんかに。

この作品の続きが出版されているようで気になっています。甥と、別れてしまった彼の彼女のその後が書かれているようですね。今度探してみようっと。





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2008年12月04日

現代語訳 徒然草-吉田兼好 佐藤春夫訳

「現代語訳 徒然草」 吉田兼好 佐藤春夫訳

徒然草こんばんは。
今日電車の中で本を読んでいたら小学生四人組の会話が聞こえてきました。その中で中心となっているような男の子が
「相対性理論なんてまともに説明できる人は世界に何人もいない。」
と言い出しました。なんでもいいから説明してみろよ、なんて周りの子に言われてその子は光の速度と質量の関係から話し始めて、ブラックホールのまわりで起こっていることなどを話はじめました。その説明がなかなかわかりやすくて、僕はうんうんなんて頷きながら聞いていました。きっと彼は20年ぐらい経つと相対性理論をまともに説明できるような大人になるのかもしれないなぁ、なんて思いながら。

さて、30になって最初に読んだのが本書、徒然草です。佐藤春夫訳は名訳だから読んでおけなんてどっかに書かれていたのを信じて買っておいて、30の記念に読んでみました。

徒然なるままにやうやうしろくなりゆく山ぎは

なんて古文の授業中に起きていたことのなかった僕はそらんじていたのですけど、全然違うんですね。

つれづれなるままに、日暮らし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

で始まる有名な作品ですね。何人の高校生がこれを覚えられなくて古文の先生に怒られたことでしょうか。川上弘美のセンセイはこんな風に怒りはしないでしょうけどね。

これを佐藤春夫はこう訳しています。

鬱屈のあまり一日じゅう硯にむかって、心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考えをあれこれと書きつけてみたが、変に気違いじみたものである。
こんな意味だっったんですねぇ。知らなかった。

で、彼の心を浮かびすぎていくものと言えば、結局彼の周りの人間のことが多い気がしました。これじゃあ朝からやってるワイドショーと一緒じゃんと思いつつ、結局人間が一番関心のあることは自分のまわりの人間以上のものではないのかもしれないですね。
もちろん仏の教えなんかも書いているわけですけど、それよりもユーモアたっぷりに書かれた人間観察の方が僕にとっても心に残っていたということなんでしょうかね。

まぁ読んで損は無かったかなぁぐらいでしたけど、徒然なるままに書かれたものならしょうがないですよね。

一番笑えたのがこの箇所
思うところは言ってしまわないと気もちが悪いから、筆にまかせた。つまらぬ遊びごとで破き捨てるつもりのものだから、人がみるはずもあるまい。


なんて文章を何百年もあとの僕が読んでいるのってなんだかおかしいですよね。なんの事情があって破り捨てることができなかったのか気になりますね。

徒然なるままに、とうとう30の大台に乗っちゃいましたけど、これからも徒然なるままにいくつまでも若くいようそう決心しているわけです。まぁ若さなんてのは気持ち次第でしかないものですものね。




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2008年09月28日

デッドエンドの思い出-よしもとばなな

「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな

デッドエンドの思い出こんばんは。

知らない街を歩くのが好きだ。海外に行ったりすると、一日中歩いていても飽きることがない。小さな店から出てきた人を観察してみたり、通りを渡ってきた風の薫りを感じてみたり。知るはずもない曲がり角を曲がってみようというちょっとした勇気を出してみたり、変なにおいのする通りをびくびくしながら早歩きで通り過ぎてみたり。そうやって歩くとその街の大きさを体で学べるから次に行ったときにはもう迷うことはない。そうやって知らない街を歩くときは絶対に戻ろうとは思わない。どうしても一筆書きでその街を制覇したくなる。でもそんなこちらの気持ちをきれいに裏切ってくれるのが行き止まり。どうしても元の道に戻らなくてはならない。曲がったところから行き止まりだってわかっているのなら入っていくこともないのだけれど、曲がりくねっていて見通しが悪かったり、抜けられそうな入り口なのに出口がなくて高い塀がそびえ立っていたり。そうなると悲しくなってしまう。その街を嫌いになってしまう気がして、それまで以上に一生懸命その街を歩こうとする。

行き止まり=デッドエンドの存在自体にそういう悲しさがつきまとう。
以前「ハチ公の最後の恋人」で次読もうと宣言した「デッドエンドの思い出」をやっと読み終わった。この作品のことを公式サイトでよしもとばなな自身が一番好きだと言っている。この作品のあとがきにも同じことが書いてある。

5編の作品が収録されている短編集です。最後の一編"デッドエンドの思い出"が件の一番うまく書けたと本人が言っているものです。他のももちろん読みやすく、心に残るものばかりだったけれど、「本人がうまく書けたと言っている」という予備知識を持って読み始めたので、一番最後の作品を早く読みたいと、最初の方は飛ばしぎみになってしまいました。

といっても、残念ながら"デッドエンドの思い出"はそこまで心に残るものではありませんでした。どうしても書きたくなったこんなにもつらいもの。泣かずにゲラを読むことができなかった。と書かれているけど、そこまで悲しいお話でもなければどうしようもない物語でもない。救いようのない人生が書かれているものだと思っていたので、そういうのを期待していたから失敗したのかもしれない。

でもね。読み終わって、時間をおいたら、またあの世界に戻りたいと思っている自分がいるんです。あのお話の続きを知りたいってことじゃなくて、ただその空気を感じていたい、って感じなんですけどね。なんかタバコのようなものですね。吸い続けていると苦しいだけで、こんなまずいもの、って思うけど、しばらく時間をおくとなんとなく手が伸びてしまう。

この作品はまた時間をおいて読んでみたいと思う。そういう作品ってなかなか記憶にないから、やっぱりいい本なのかもしれない。そう思う。




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2008年08月31日

辞書はジョイスフル-柳瀬尚紀

「辞書はジョイスフル」 柳瀬尚紀

辞書はジョイスフルこんにちは。八月最後の週末ですが、なんだかもう秋が始まったって言う感じの陽気ですね。朝晩が涼しくて昼暑いだなんて一日の中に四季がある感じですね。って喜んでもいられないですよね。日本らしくないですものね。

さて、全然関係のない前置きでした。「辞書はジョイスフル」です。翻訳不可能と言われたジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の訳者による辞書の遊び方の本です。七年もかけて訳されたらしいのですけど残念ながらこの作品の存在も知りませんでした。今回の作品の中でも「フィネガンズ・ウェイク」の訳しかたというか、翻訳時の苦労などが描かれています。「フォネガンズ・ウェイク」自体が英語での言葉遊びを多用している作品のようで、柳瀬さんがいろんな辞書を引き引きしながら日本語の海のなかからちょうどよい貝殻を探してきてそれの中にヤドカリを一匹一匹いれるような作業に七年も費やしたように感じ取れました。

でもそんな貝殻都合よく落ちているわけもなく、国語辞書から英語辞書はもちろん、漢字辞典なども駆使しながら広大な言葉の海の中から探したようですね。こういう努力のできる人っていうのが、翻訳者なのかもしれないですね。

さて、中学、高校の頃は通学時電車の中で英語の辞書を「読んで」いた僕ですが、辞書って結構おもしろいですよね。もちろんそれは英和辞書に限らず国語辞書でもなんでもいいのですけど、こんな言葉あったのかぁとか、こんな言葉にこんな意味が?とか、こんな例文誰もつかわねぇよなんてつっこんでみたりして。いろんな楽しみ方があると思います。

もちろん日本語のすべてを使いこなせる人なんていないとは思いますけど、少しでも多くの言葉を使えるようになりたいと思うのは、誰もが感じることでしょうね。それのためにも少しでも多くの辞書を読むのがいいのでしょう。

そんな堅苦しいことを考えなくても、仕事中に辞書で調べ物をしていると見せかけて、辞書や辞典を読みながら暇つぶしなんてことをしている人もきっといるでしょうね。ってかここにいるんですけどね(笑)




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2008年08月25日

ま・く・ら-柳家小三治

「ま・く・ら」 柳家小三治

ま・く・らこんばんは。

土日を使って、夏の最後の思い出を、ということで友人11人と一泊で九十九里浜に行って来ました。初日はあいにくの天気で浜まで行ったはいいものの、寒くて誰も水着になろうともせず早めに切り上げてバーベキューの食材とお酒を大量に買ってさっそく飲み会スタート。いっぱい笑って、おいしい食事をしてきました。伊勢エビやハマグリ、サザエっていう地元の食材も焼いていいおつまみでした。といっても、貝をそこまで好きではない僕はその喜びを感じることは無かったんですけどね。

そして二日目、昨日のリベンジだ!とばかりに浜に行ったら前日よりも暖かくて水着の美女がいっぱいいる!前日には二〜三人しかいなかったから大違いです。といっても10人ぐらいしかいなかったんですけどね。そこで海を楽しんでいたら一緒に行った友人がボディーボードを持ってきていました。こんなの初めて(*/∇\*)キャと言うわけで初の波乗りをしたかったんですけど、他の友人はいっぱい波に乗っているのに、俺だけできない・・・。何が違うのかさっぱりわからないまま、黒い雲が空に広がっていきその日も終わってしまいました。その日初めてやった友人は人生で二番目に楽しいものを見つけたっていうぐらいはまってしまいました。うらやましい限りですね。何事もうまくいかないと好きにはなれないものですものね。

趣味はいくらでも多い方がいいですけど、不器用な僕にはなかなかそうはいかないみたいですね。今日の作品は趣味をたくさんもっていることで有名(らしい)柳家小三治の「ま・く・ら」です。彼は人生全てが趣味で、バイクや音楽が大好きそして職業である落語ですら趣味っていっているぐらいらしいです。きっと落語が大好きなんでしょうね。

彼の落語は話のはじまりであるまくらがうまいことでも有名らしいです。落語よりもまくらの方がうまいなんていわれちゃうぐらいです。彼のそのまくらばかりを集めた作品集になっています。彼の高座を録音したのを書き起こしたのか、口語体で書かれていてとっても読みやすく文章に思わず入り込んでしまうこともしばしばで、昼の喫茶店や帰りの電車の中で思わず笑ってしまうこともたくさんありました。さすが話すことが仕事の噺家さんですね。

さて、そんな彼は映画も趣味の一つらしく、映画を字幕なしでみたい!というわけで50歳を過ぎてアメリカに一人で留学に行きます。しかも、日本で何の準備もせずに直接語学学校に行って今日からいれてくれ!なんて普通の人にはない行動力でもって、何事も切り開いていく彼の行動が一つのまくらとして描かれています。生き生きと向こうの人を描いたり、自分の行動を描いたり。落語聞きにいきたいぜ!なんてすっかり宣伝に乗っちゃっているのでしょうかね。今度新宿末廣亭に行って来ようと思います。

作品の最後は弟子の真打ち披露での口上でしめられています。弟子なんて他人なのに、それにそそぐ彼の愛情が手に取るようにわかります。笑わせた後に泣かせるなんて、彼はいっぱしのエンターテイナーですね。

趣味をたくさんもてば彼のようになれるとは思えないけれど、少しは近づけるのですか。波に乗れないからってめげずにもう少しがんばってみようかしら。なにごとも好奇心を忘れるなってことなんでしょうね。いつも悩んでいるこのブログでのまくらも趣味をたくさん持てば少しはうまくなれるのでしょうかね。




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2008年08月17日

ハチ公の最後の恋人-吉本ばなな

「ハチ公の最後の恋人」 吉本ばなな

ハチ公の最後の恋人こんばんは。さてこの三日間の遅れを取り戻すべく、鋭意更新中です。まとめてエイヤってやっちゃわないと、たまっていく本のプレッシャーにやられそうなんですもの(笑)

部屋の本棚に「キッチン」「白河夜船」「うたかた/サンクチュアリ」とあるのに、まったく記憶がない吉本ばななの作品、「ハチ公の最後の恋人」です。

こんな文章を書く人なんだぁ、となんだか初読の作家さんのような感じで読み始めましたけど、どんどんと話に引き込まれていき、さすが吉本ばななだなぁ、なんてまったくわかっていないくせに思ってしまいました。

宗教家の祖母から予言されたハチ公との出会い。実際にそれが起こり、ハチ公の最後の恋人となるマオ。ハチ公っていっても決して犬ってわけではなくて、立派な人間。しかもインドで里子に出されてたまたま日本に帰っている、一人の男。彼はこれから修行僧としてインドに帰る。インドで禁欲生活を送ることになるハチにとって、だからマオは最後の恋人となる。

この作品、言ってしまえば男と女の出会いから別れまでを描いた作品といえる。そこにはもちろん様々なドラマがあり、紆余曲折があるのだけれど、この二人のそれはあまり描かれることがない。なぜならば、二人が別れることは最初から決まっているから。マオはハチ公の最後の恋人になることをきめるけど、ハチがマオにとって最後の恋人になるとは祖母は予言していない。そういう言葉の一つ一つを大切に生きていくマオ。

日常が淡々と、もちろん途中に小説的なイベントも起こるのだけれど、それもさらりと描かれていて、テレビのドラマやそこらの恋愛小説のようなドタバタはない。そこがいい。無理に山あり谷ありの人生を描かなくても、そんなのは実生活にありふれているから十分ってことなのかもしれないね。それが吉本ばななの良さなのかしら。本人が公式サイトで語っているように「デッドエンドの思い出」が本人にとって一番印象に残っている作品らしいので、次はそれにしよう。噂によると、救いようのない人生が描かれているらしいのだけれどね。落ち込んじゃったりしちゃったらいやだなぁ、なんて思って積ん読中の棚からおそるおそる取り出してみることにします。




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ランチブッフェ-山田宗樹

「ランチブッフェ」 山田宗樹

ランチブッフェこんばんは。本日二度目の更新です。

オリンピックやってますねぇ。今更ですけどね(笑)
昨日は陸上100mで驚異の世界新がでたりしてすごいですよねぇ。人間が100mを、といっても世界で今のところ彼一人ですけど、9秒6代で走れるんですもの。そのうち9秒も切れそうですよね。車や飛行機なんて使わずに究極のエコとしてみんなで走るなんてのはどうでしょうかね。まぁ真っ先に反対するのは体力のない僕なんですけどね。

さて、山田宗樹の「ランチブッフェ」です。「嫌われ松子の一生」を書いた人ですね。実はこれも積ん読の棚にはいっているんですけどね(; ̄ー ̄川 アセアセ

6編の短編が収録されています。僕にとってちょうどよい長さのもので、気持ちよく読めました。

表題作"ランチブッフェ"ですが、小学校の同級生だった四十前の女性四人が一、二ヶ月毎にお昼を一緒にする。その時の会話で成り立つ物語です。アイドルになった同級生の現在の話になり、当時自分たちが何になりたかったかを話す。なりたかったものになれなくてよかったと思う者あり。今からでも遅くないと、決意を新たにする者あり。

どうして、文章のうまい男性作家っていうのは女性の気持ちがよくわかるんでしょうかね。こういう人たちはどっかでインタビューでもしてくるんでしょうかね。それともプライベートでそれだけ充実している女性との生活を送っているってことなんでしょうかね。想像力だけでは決して書けないと思うのですがいかがでしょうかね。って女性の気持ちがわかっているって、男性の僕がいっても説得力は全くないんですけどね。

オリンピック選手たち。甲子園で白球を追いかけている人たち。彼らはこのあと、その記憶だけでやっていけるんでしょうね、きっと。でもそこまでいけなくて途中であきらめざるを得なかった人たち。そういう人たちは今どうしているんでしょうかね。そういう人たちのドラマに、より興味をそそられるのはきっとそっちの方が人間くさいからなのかもしれませんね。

まぁでも一生懸命に汗を流して競技している人たちを見るのもとっても好きなんですけどね。どの国の人も、どの競技の人もみんな精一杯がんばれー。手が痛くなるぐらいテレビの前で手をたたきながら応援しています。





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2008年02月10日

お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人-吉村葉子

「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」 吉村葉子

お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人雪が積もったパリにたどり着いたのは陽が落ち街が薄暗くなってからだった。ロンドンから電車に乗り、ドーバーで船に乗り換え、大陸側についてからまた電車にのる。途中でパスポートコントロールがあったが、パスポートを見せることもなく電車に乗り込む。まわりの言葉が英語からフランス語に変わり、看板の文字もまったく理解できなくなる。駅の宿泊案内所のようなところで、やっと英語を話せる人を捕まえ、その夜の宿を確保する。宿が決まったことで少し心が落ち着き、駅前にあるスタンドでフランスパンにハムやレタスがはさまっているサンドイッチを買おうとするけど、スタンドのおじさんもやっぱり英語を話そうとしない。しょうがなく、指で商品を指し、お金を払おうとするが、いくらなのかも理解できない。しょうがなく両替したばかりのフランを掌の上にのせて、お金をとってもらう。言葉がまったく通じないこの街で、寒さだけが身体の奥の方に入ってくる。

案内所で予約のとれたホテルまで行く。ビルの三階にあるフロントまでいき、予約をしてきたことを英語で伝えたら、フランス語でまくし立てられた。英語でフランス語が理解できないことを説明したら自分よりもよっぽど流暢な英語が返ってきた。どうやら部屋は屋根裏部屋のようだ。重いスーツケースを抱えて三階分ぐらいを階段で上り、部屋までいって鍵を使ってあける。部屋にはいり、ドアに鍵をかけようとするが、錠が下りない。フロントへ鍵がこわれていることを伝えに行かなければならないことで暗い気持ちになる。なかなか英語を使おうとしないフランス人を思いいらいらする。

フロントへ行き、事情を話すと、「そんなことはない。やり方が悪いだけだ。」と言われ追い返される。ついてきて一緒に見てくれる気配もなく、疲れ切った気持ちで部屋にもどり、どうにでもなれと日本語で声にだしながら鍵もかけずにベッドに横になる。

翌朝、スイスのツェルマット行きの電車に飛び乗る。英語を話そうとしない切符売り場のおばさんに一層気持ちを暗くさせながら逃げるようにパリを飛び出した。

これが僕のもってるフランスのイメージを形作ったきっかけです。ロンドンにいったのはたしか夏のはずだから雪なんてふってるはずもないのに、パリでの経験から冬のイメージができあがっちゃったのかしら。お腹をすかして入ったカフェで、駅前のスタンドで、ホテルのフロントで、切符売り場で、誰も英語を話そうとしない。英語を当然のように使えるのに、意固地になっているかのようにフランス語しかでてこない。唯一英語で話しかけてきたのはコンコルド広場で詐欺を働いているやつだけだった。

要はフランスもフランス人も嫌いだってことなんだけど、パリにはもう一度行ってみたいとは思っている。セーヌ川にかかる100年も昔に造られた橋をいまだに新橋と呼んでいて、そのセーヌ川の向こう側に見えたパリの街が素敵だったからかもしれない。

「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」はパリに住んでいた著者が自分で経験してきたこと、それを通して感じたことを書いている。タイトルに"日本人"なんて入っているけど、書いてあることはほとんどがフランス人のことについてだ。彼らのよさを伝えるために日本人が引き合いに出されているのかしらと勘ぐりたくなるぐらいフランス人のよさ、フランスの良さが描かれている。彼らの子育てやお金に対する考え方、バカンス、ホームパーティーなんてとっても素敵でいい国だなぁ、なんて移住してもいいかしらなんて騙されてしまうところでした。

でも、これを読んでいてやっぱり自分は日本人なんだなぁ、なんて思ってしまうところもあって、フランス流もいいかしらなんて思っても心の片隅で、自分にはできないなぁなんて思ったりする部分もあって、国際人にはなれないみたいですね。

フランスにはリスト・ド・マリアージュ(Liste de mariage)なんて習慣があって、結婚するカップルがデパートへ行き、自分たちの新婚生活に必要なものを調べてデパート側に渡して置いてそれをお祝いしてくれそうな人にしらせると、お祝いする人たちはそのホテルへ行って自分の予算にあったものの分の支払いをしてくるんだって。誰も損しないし、何も無駄にならない素敵な習慣ですね。日本でもこういうのやればいいのにね。

なんだか長くなっちゃいましたね。これは書評じゃないぞ、って怒られちゃいそうですね。結論はフランスは嫌いだけどもう一度行ってみたいってことでした。



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2008年01月13日

約300の嘘-『約三十の嘘』チーム with ゴンゾウ

「約300の嘘」 『約三十の嘘』チーム with ゴンゾウ

約300の嘘 映画「タイタニック」が劇場公開されていた頃。新しくできた彼女と初めてだと偽って劇場でタイタニックを見ました。

でも、それは、前の彼女と最後に見た映画。映画に感動しているフリをして、前の彼女を思い出しながら涙を流していました。観終わったあとに、彼女が、そんなに泣けた?と聞いてきたときには必死に、あのシーンがね、などと言いながら言い訳していました。

なんていうような、約300の嘘が収録されているのが今日の作品です。映画「約三十の嘘」の公開に合わせてTSUTAYAのサイト上で一般公募されたものを集めたようです。映画は未見なのですけど、なかなか興味がそそられるタイトルですね。

それにしても、結構みなさん嘘をついてらっしゃるんですね。特に女性がつきあい始めたばっかりの彼に身長や体重、年齢まで偽っているとは、なんだか信じられなくなってきますね。一人の子なんて、彼との身長差が30cmの方がかわいく思ってもらえると思って身長をいつわり、挙げ句の果てに記念日が欲しいからと、誕生日まで偽るなんて、これじゃあうまくやっていけるはずないですよねぇ。バレタときにどういう言い訳するかまで書いて欲しかったなぁ。

まぁ、そんな嘘ばっかりでなく成績表の「2」を「3」に書き換えて母親を喜ばせようとしたりとか、雷をこわがる妹に梅干しを口にくわえていると雷にあたらないと嘘をついたり、ほほえましいものも多くてなんだか気持ちが優しくなってしまう本でした。ちなみに、雷の嘘の妹は27歳になってもまだ信じているそうです。まわりにそんなかわいい子がいたらすぐにkbbに連絡くれるようにお伝え下さい。

表紙のイラストにありますけど、ところどころにでてくるパンダもかわいくなくて、なんだかかわいいですね。これも人間が騙されているってことの一つなんでしょうかね。

日頃から嘘とホラは違う!嘘は人を傷つけるけど、ホラは傷つけることはないなんて豪語している僕ですが、いつまでも僕の妄想におつき合いいただけるとうれしいです。

みなさんもひどい嘘ではなく、素敵な嘘をついてくださいね。特に男の子を喜ばせるようなやつをお願いします!

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2006年09月03日

人のセックスを笑うな-山崎ナオコーラ

「人のセックスを笑うな」 山崎ナオコーラ

人のセックスを笑うなみなさんこんにちは〜。久々の更新にちょっと手間取っています。だって書き方を忘れちゃったんだもん!

時間って残酷だなぁ、なんて思うとともに、人間の記憶力なんてあやふやなものだなぁなんて実感しています。文章も全然書いていないとリハビリが必要なんですね。まず書き出しが思い付かないのが悲しくてしょうがないですね。

さてさて、そんな人間の記憶力に挑戦するかのように「人のセックスを笑うな」の感想を書いてみます。tsukikoさんのところで読んでみまーす、なんて言って読んだのはいいのだけれど、すっかりここを更新しなかったのだものね。ひどいやつだね、おれってば。

さて感想なんですけど、もう二ヶ月ぐらい前に読んだので内容が頭の中にほとんど残っていないのです。刺激的なタイトルと中身がぜんぜんあってないなぁなんて思いましたけどね。まぁ文芸賞受賞作だけあって、一、二時間もあれば読み終わっちゃうってのだけはよく覚えています。

19歳の時に39歳の人ってどんな風にうつっていたっけなぁなんて思いながら読んでいたのだけれど、自分も20やそこらのときに10いくつ上の人とちろっと近しくなったことがあって、あのときはなんだか新鮮な驚きとともに、いくつになっても変わらないんだなぁなんて思っていたような気がするな。(それにしても「近しい」だなんて日本語って便利ですね〜)

タイトルの「人のセックスを笑うな」ですけど、最近じゃ雑誌やテレビ、ビデオなんかで性情報が氾濫しすぎて誰のも画一的なものになっちゃってるんじゃないかしらね。まぁ女の子の反応は様々なものがあるなぁなんて思ったりするときもありますけどね。それにしても、そんな雑誌やビデオなんかの情報が全然なかった祖父母の時代にもちゃんと子どもはつくっているわけで、セックスなんて結局生物としての本来的な欲望なんだろうな、なんて思いますけどね。

なんだかとっても支離滅裂な文章ですね。何がいいたいんだい?と訊かれてしまうかもしれないですね。ごめんなさいと最初に謝っておきますね。リハビリ、リハビリと自分に言い聞かせておきます。

ではでは、今日はここまで!(^-^)/~ またねっ


posted by kbb at 13:37 | 東京 🌁 | Comment(5) | TrackBack(2) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年05月18日

ROUGE-ルージュ-柳美里

「ROUGE-ルージュ」 柳美里

ルージュども。ご無沙汰です。最近ご無沙汰って挨拶ばっかりしていますね。面目ないです。とりあえず生きています。本も読めてないですけど、常に手に届くところにはおいてありますよ。

前回の記事の本「姫椿」の読後に読み始めた柳美里の「ルージュ」をやっと読み終わりました。考えてみると二週間以上かかってるんですね・・・。途中で何度おきたくなったことかわからないぐらいでした。帯に

「わたし、ほしいものがないんです」


って書いてあって、共感できるかしらなんて思いながら読み始めたんですけど、まったく共感できませんでしたね。著者初のシンデレラストーリーらしいですけど、なんだかシンデレラストーリーはこういうストーリーになってこういう終わり方をするんだよとシナリオ教室の教科書に書かれているような物語でしたね。シナリオ教室の教科書を読んだことがないけれど・・・。

でも、やっぱり作家だけあって、ところどころの「言葉」はうーんと考えさせられてしまうものが多かったですね。

「話しあいっていうのは、意思表示をしあうことだと思うの。...状況ではなく意志を表示して」


とかね。ふむふむなんて思いながらも一日数ページずつやっと最後までたどり着きました。

まぁ物語としては、あるなんでもない女の子がいきなり口紅のモデルに大抜擢されて、最初は躊躇するのだけれど、だんだんと周りに翻弄されながら成長していくって感じですね。恋愛もあり、成長もありと福袋のような作品でした。

でもね、その成長する設定がありえないぐらいのシンデレラぶりで、今時これを成功だとみなす女の子のほうが少ないのじゃないかしらと、読みながら苦笑してしまうような設定でした。

主人公の里彩(りさ)は化粧がきらいな女の子なのだけれど、それが口紅のモデルに大抜擢される。そこのところがなかなかおもしろい設定になるはずだったけど、ちょっと失敗しちゃったって感じですね。素顔はおどろくほど素敵だけれど、化粧をするとまったくちがった魅力をみせる女の子、を描くのにもうまくいっていない気がしますしね。

でも、里彩が化粧に違和感をかんじたり、嫌いな理由を説明する場面はなかなか興味深く読みましたよ。化粧なんてしたこともないし、化粧をする女性の心なんて想像もできないですからね。はじめてアイラインをひいたときに鏡を見て見慣れている自分と全然違うものを鏡の中にみつけて、すぐにそのアイラインをおとしてしまったなんて描写は思い描くことはできないですもの。女性のみなさん、どうなんですか?そういうことってありましたか?もうずいぶん昔のことだとは思うけれど思い出してみてください。

とまぁ、久しぶりの更新でこんな辛口の記事になってしまっていいのかしらね。女の子の好みの話しをしているときに、「やっぱり素顔がきれいな子がいいね、化粧も最低限の自然なのがいい」、なんて言うと女性陣に「ナチュラルメイクはホントは厚化粧なのに騙されているんだねぇ」、なんて言われてしまうような僕がこんな感想を書いちゃだめですねぇ。

宿題としてバトンを二つ頂いていて、それのテレパシーがびしばしと頭に直撃しているので、早くやらねばと思いつつ、今月はあと何回書けるかしらと心配になっております。まぁ今月の二十五日に仕事のちょっとしたやまがあって、それを乗り越えればだいぶ体は楽になるだろうなって思っています。

では、ではまたで会える日まで〜。っていろんなところにコメントは残させていただきますのでどうか邪険に扱わないでくださいね。ではでは〜。


posted by kbb at 17:19 | 東京 ☔ | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年03月16日

女学生の友-柳美里

「女学生の友」 柳美里

女学生の友おはようございます。もうおとといのことになりますけど、ついにメガネを買いました!どこかで壊れたメガネをしていると運が逃げていくという言葉を聞いたのではやく買わなければと焦っていたところで、バレンタインのお返し(2/16の記事参照)に選んであげるという友人が現れたのです。そのときにね気付いたことがあるんですけど、僕は一人でメガネを買いにいけないことが判明しました。コンタクトなんてしたことがないし、メガネをはずすと目の前の鏡すら見られないので試しにかけたところで似合うかどうかが自分でわからないのですよ。というわけで、その子にイメージチェンジを意識したメガネを選んでもらいましたよ。三つ最終候補ができて、結局今までと全然違うタイプのメガネになりました。伊達眼鏡をかけているという店員さんにも、それがいいですよ、なんて言葉をいただいて、やっとこれで運が逃げなくなるぞなんて安心しております。

さてと、相変わらずの長い前置きはこれぐらいにしまして、柳美里の小説初体験です。「女学生の友」。友人に薦められて、借りて読んでみました。なんだか想像していた、僕がつくりあげていたイメージのお話と全然違うぞ。この人、こういう作品も書くんだって感じでしたね。

"女学生の友”と"少年倶楽部"の二作品が収録されています。"女学生の友"はドラマ化もされていて、DVDがでているみたいですね。映像化するにはちょうどよい、おもしろいストーリーですもんね。

"女学生の友"・・・息子夫婦と同居して家に居場所を感じられなくなっている60すぎの弦一郎。弦一郎が唯一家族の中で心を通わせることのできる孫、梓。梓の幼なじみのまゆと同じ高校に通い、おもしろくないけど、他に一緒にいる相手がいないからそのグループにいるという未菜。それぞれが悩みを抱えながら未菜の父親の会社の倒産という事件から3人が距離を縮めていきお互いに影響を与え合うようになる。

なんだか未菜の描写を読みながら、自分の高校時代のことを思い出していましたよ。歩きながらうまくしゃべれなかったり、このグループから抜けてしまったらもう他のグループにはいるチャンスがないなって思ったり。今でも大勢で歩きながら人と話すのは苦手なんですよね。だいたい横に並ぶと歩きづらいですしね。後ろむいて話すわけにもいかないから、一番前をすたすた歩いてみたり、一番後ろからとことこついていくようにしちゃうんですよね。

弦一郎は

この世で一番の恐怖は、なにも起こらないことと、なにもすることがないことだ。


って思ってるんですけど、解説の秋元康が未菜たち高校生は

この世で一番の恐怖は、なにかが起こることと、なにかをしなければいけなくなること、かもしれない


って言ってて、うまくまとめるなぁって感心してしまいました。僕はどっちかっていうと弦一郎に共感してしまって、未菜たちにはバイトぐらいしろよって思いながら読んでいたので、ちょっとおやじくさいってことなのかもしれませんね。

"少年倶楽部"のほうは中学受験を控えた小学6年生の性に対する目覚めなんてことが書いてあって、彼らはグループだったから、ああいうことを行動に移したけれど、自分だって同じようなことを妄想したこともあるし、実際したかしなかったかの違いぐらいしかないのかもしれない、なんてちょっと自分がいやになってしまいましたよ。

柳美里が描くものは絶対自分は処理しきれないだろうし、そのまま引きずり込まれるのもこわかったので手に取ることもなかったのですけど、こういう作品はまた読んでみたいですね。思春期の微妙な心の動きを描くのがうまいですね。きっと自分の体験から逃げずに一生懸命考えたんだろうなってタイプの作家さんですね。



posted by kbb at 08:44 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2006年02月10日

パーフェクト・プラン-柳原慧

「パーフェクト・プラン」 柳原慧

パーフェクト・プラン.jpgきのうはさんざんっぱら酔っぱらいまして、二日酔いになりました。帰り道に自転車で転びまして膝をしたたか打ってしまいましたよ。したたか打つなんて口語ではなかなかいいませんよね。おはようございます。頭が痛いので、筋の通らない文章になることをお許しください。え?いつも通ってないって?そりゃ失礼をばいたしました。

さてさて、気をとりなおして。第二回このミステリーがすごい大賞をとった「パーフェクト・プラン」です。第一回は「四日間の奇蹟」でしたね。この賞はすごいですね。今のところはずれなしです。今作もすらすらと読めてしまいました。おもしろかった。題材は誘拐事件なんですけどね。ES細胞やら代理母やら株取引やら美容整形やら、はたまた幼児虐待の話しなんかもでてきて、それでいてどろどろせず、なんだかこういう本もいいですね。気持ちが落ち込むことも考えすぎてしまうこともないもの。そういえば昨日の本も株取引に風説の流布がでてきたのですけど、今作も風説の流布まがいのことをしていますね。題材として株取引に風説の流布はつきものなんでしょうかね。昨日のはそれが大きな出来事として扱われるのですけど、今作では風説の流布まがいのことをしているのに、それでは捕まらないのですけどね。今作では誘拐事件を起こすのだけれど、それを誘拐事件にしないために、脅迫もゆすりもしない。ただ安全に保護していますよ、ってところからはじまっていざ子供を返そうってときに、やっぱり返せないみたいな話しから警察が動き出してさあ大変。こっからがおもしろい!みたいになってすーーっと物語が動き出します。

興味深かったのはハッキングの場面ですね。これを読むと自分のコンピュータや家にあるパソコンすべてのファイルを一から確認してみたくなりますね。うちのセキュリティは大丈夫なのかしら。一応ノートンが入っていますけどね。まぁうちのパソコンなんてハッキングしたところでたいした情報も入っていないのだけれどね。それにして、個人情報のかたまりですからねぇ。中にはみられたくない写真とかもあるわけですしね。昔の彼女の写真とかね。そういえば、友人がおもしといことを言ってたな。新しい恋人ができると、男はフォルダを新規作成するように昔の彼女との思い出を大切にとっておくのだけれど、女性はフォルダを上書き保存するように昔の恋人との思い出を忘れていくんですって。なんだか思い当たる節がありませんか?僕はありまくりですよ。

ちょっとね、一つだけ言わせてください。今作で誘拐される子供なんですけどね。その子について何回か自閉症気味とかって表現がでてくるのですけど、自閉症気味で天才的に一度見たものを瞬間的に記憶して二度と忘れないとかって表現なんですけどね。サヴァン症候群とか表現もありましたね。でも、読んでいる限り彼は自閉症でもサヴァン症候群でもないですから。たぶん扱いやすいネタだから自閉症とサヴァン症候群を作家さんは使うのだろうと思うのだけど、もう少し考えて欲しい。こういうネタを使う人多すぎませんか。もう飽きちゃいましたよ。そんな生やさしい病気じゃないのに。実際。こんな高機能自閉症の人の方が数的には少ないのですよ。高機能ってのはコミュニケーションがとれる時点でもうそうなるのだけれどね。普通自閉症といえば、殻にこもりがちな子供をすべてさすのかもしれないけれど、それはただの引っ込み思案とか人見知りのはげしい子供であって、それらがすべて自閉症なわけではないのだからね。

ふーっ。熱く語ってみました。そうそう、今作の登場人物に僕と同じ名字の人がでてくるのだけれど、それがあんまりいい役の人でなくてね。その名前が呼び捨てにされるたびに思わず「すいません」ってあやまってしまいましたよ。そんなにどこにでもある名字ってわけでもないのにねぇ。こんなのはじめて(ハート♪)って感じでしたね。まぁなんにせよおもしろい作品でしたね。夜中に一人でデニーズに行って、その日だけはなぜか機嫌のいいウエイトレスさんにコーヒーのおかわりを10杯ぐらいただきながら読み終えてしまいましたとさ。そんなに飲んでいるのに、時間になるとちゃんと寝られるのはカフェインがどうとかじゃなくて、気持ちの問題なのかしらね。

posted by kbb at 07:44 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・エッセイ ヤ行

2005年12月24日

酒呑みの自己弁護-山口瞳

「酒呑みの自己弁護」 山口瞳

酒呑みのゥ己弁護.jpg今日はクリスマスイブですね。この時期はクリスマスに忘年会、新年会とお酒を呑む口実が多くて酒飲みにはありがたい季節ですね。どんな口実でもありがたいのだからクリスマスなんておおっぴらに他人の誕生日を祝うようなものでよいいいわけですよね。というわけでこの時期にちょうどよい本を見つけたので読んでみました。酒と野球と競馬と人間が大好きだった山口瞳のそれこそお酒を飲む口実をいくつもいくつもあげているエッセイ。元サントリーの宣伝部にいただけあって酒を欠かすことがなかったらしい山口瞳。彼は彼なりに毎日毎日酒を呑むことに罪悪感、もしくはいいわけを必要とすることを感じていたのだろう。それがこのエッセイで描かれている。酒呑みの口実なんて今日はちょっと寒いからなんてので成立しちゃうのだからなんでもありだと思うけど。

でもいくらどんないいわけをあげつらったところで彼のこの言葉に集約されるのだと思う。

「酒の害は楽しすぎることにある。」

これ以上に酒を呑む理由なんてみあたらないだろう。

このエッセイでは様々な酒呑み人のエピソードも描かれているがその中の一人に酔うと必ず電話魔になる人のエピソードがでてくる。自分がそうだからずいぶん身近に感じてしまった。酔うと電話をせずにいられない。寂しがりやだからなのだろうが一人で呑んでいたり、人と呑んで楽しい時間を過ごした帰り道に一人で家までの道を歩いているときふっと寂しくなって電話してしまう。たいていは呑んだ帰りだから0時をまわっているのだけれどかけるときにはそんなこと考えもしない。電話は便利な物で、一緒にいると煩わしくなっても一緒に居続けなければならず放っておくことはできないけど、電話なら通話終了ボタンを押せばそれで終わり。家に帰るととたんに暖かい布団に入りたくなるもので電話をきりたくなる。そういうときに電話をかけられた友人は心得てるもので「そろそろ切りたそうだから切ってあげる」なんていってくれる。ずいぶんといい友人をもったものだ。で、朝起きて電話の発信記録を見て自己嫌悪っていうパターンなのだよね。寂しがりやのくせに自分勝手なのね。申し訳ないと思いつつも感謝しています。

というわけで、どういうわけだかわからないけれども、酒呑みのみなさんは今日明日ぐらいは大手を振るって胸を張って呑みましょうじゃありませんか。幸い土日ですしね。たまにはつぶれてしまうのもいいものですよ。よいクリスマスをお迎えくださいな。


2005年12月07日

私語辞典-柳美里

「私語辞典」 柳美里

私語ォ典.jpg今回買ってきた中で一番楽しみにしていた本。言葉にはそれぞれ辞書上の定義があるけれど、それ通りの意味だけで使ってる人はほとんどいない。人にはある言葉へのそれぞれの思い入れや考えなどがある。逆を言えばその言葉を人に伝えたときに、最大公約数的に聞き手がイメージする意味が辞書に載っている。この本は柳美里が44語の言葉について彼女自身がもつその言葉のイメージや意味なんかをエッセイとしてまとめてある。

例えば

性欲・・・生殖から切り離された人間の性欲は諸悪の根元であり、且つ、文化の偉大な推進力である。

とか

秘密・・・絶対守られない約束と知りつつ共有する、親密になるための儀式。

なんて感じで。

今まで彼女の作品は読んだことがなかった。(読まず嫌いだったけれど)彼女の物語のテーマがまだ自分が必要としていないテーマだと思っていたし、それを読んだところで自分の中でそのイメージを作り出すにはまだまだ自分は幼すぎると思うから。この本を読んでいていっそうその考えは強くなったけれど、こういう風に言葉に関して自分自身のイメージを持ちそれを自分自身の言葉で説明できる人は自分の体験や周りを観察して得た結果を自分自身の中でじっくり消化して、それを自分自身で説明しようという強い欲求があるのだと思う。こういう人の話しを聞いたり一緒に飲んだりすると楽しいんだよね。

他の作家さん、特に原田宗典なんかのもつ言葉のイメージをまとめてくれた本があるとすぐ飛びつきたいのだけれどね。(それを表現するのが小説なんだけどね・・・)




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