なんだか朝、鼻が苦しくて起きるようになり、今年もやっぱり来てしまったのかなんてことを思いながら鼻をかんでいます。さてさて、またまた読んでしまいました。竹内久美子の本です。「賭博と国家と男と女」。相変わらずばったばったと男と女について動物行動学的観点から説明してくれます。今回はそれに、国家と賭博まで加わるのだから大変なもんです。国家ができたのは、賭博があったからだなんて社会学者でもなかなかいわないんじゃないかしら。むしろ社会学者だからこそ言えないのかもしれないけどね。
今回も利己的な遺伝子の話しをわかりやすく、動物の繁殖戦略の例を使って説明してくれます。伊藤博文やチンパンジー、チャウシェスク、ニワトリやクマノミなんかもでてきて、ほんとに様々な子孫を残す方法を遺伝子は考え出したんだなぁって感心してしまいました。
まぁ、まじめに反論してみれば、動物が獲得する性質はすべて遺伝子が決定するものじゃなくて、環境によってつくられるもの(性格とはこっち)もあるのだから、すべてが遺伝子によって決定されるなんてことを言うんじゃないと竹内久美子に言ってやりたいけど、そんな無粋なこと言わずにちょっと聞いてよ、なんて声が聞こえて来るような魅力が竹内久美子の作品にはありますね。
彼女が言うには、近代日本をつくったのは芸者のおかげだそうです。これには様々な理由が付されているのですけど、一番大きな理由は、芸者がうまく疑似恋愛をさせてあげることによって男はもてまくっていると錯覚して、繁殖活動をしていると思いこませて、本当の繁殖活動で使うよりも少ないエネルギーしか使わないので、あまったエネルギーを近代日本の建設に役立たせることに成功したなんて言っています。これは結構納得できますね。疑似恋愛。大切ですよね。女性にとってもかもしれないけれど、男性はこれで自信をつける人も多いのじゃないかしら。こういうことができる女性ってのは男友達が多い気がしますね。それには男側にもうまく騙される心構えのようなものも必要なのかもしれないけれど。
読んでいて一番ビックリしたのは、1992年に書かれた文章なんですけど、現在の皇位継承問題なんかにも触れていて、今のままじゃ日本の皇統は途絶えてしまうので側室や愛人を皇太子に持たせましょうなんて言っているんです。そんな昔にそこまで考えていた人っていなかったんじゃないかしら。彼女は共和制よりも社会主義よりも絶対君主制がいい、なんて言ってる人ですから結構ラディカルですよね。彼女がいうには、共和制も社会主義もたかが(!)人間の思想から生まれたもので、遺伝子が長い進化の果てに獲得した順位制(=君主制)よりもいい制度であるはずがない。なんて言ってるんですよね。でも、読みながら、彼女がしたたかでしぶといと評しているイギリス人のチャーチルが「民主主義は最悪の政治形態である。 これまで試されたあらゆる政治形態を別にすれば。」って言ったのを思い出してしまいました。「そんなバカな!」で触れていたようなミームが他の形態を淘汰して民主主義を残したのかもしれないじゃないかなんて反論してみたくなりました。
家庭内で優位に立つ男性についても書かれていて、そんなオスは広く長期的に物事をかんがえることができて、言語能力に長けており繊細緻密で女性の心を読むのもうまいなんてことが書いてあるのですけど、僕は尻に敷かれていればいいなんて思っているクマノミタイプですから、物事を長期的に見られないし、女性の心も読めないのかなんて遺伝子的に言われた気分でちょっとショックでしたね。それに進化論的にみれば、花粉症にも適応できる遺伝子が残っていくはずだから、僕みたいのは淘汰されてしまうんでしょうね。





