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2009年01月24日

女たちは二度遊ぶ-吉田修一

「女たちは二度遊ぶ」 吉田修一

女たちは二度遊ぶこんにちは。

最近ついつい会社帰りに遊び過ぎちゃって更新がおろそかになってしまいました。遊び過ぎちゃうとどうしても生活が乱れてしまいますね。朝起きれなくなったり、ゴミを出し忘れてしまったり。いけないけないと思いつつも次の日も同じ事をしてしまうのはやっぱり自分が駄目だからでしょうね。

さて、吉田修一「女たちは二度遊ぶ」です。

吉田修一の男女を描いた短編集になっています。11人の女が描かれています。タイトルは一つをのぞいて全て「どしゃぶりの女」「公衆電話の女」「夢の女」のように「〜の女」という形でつけられています。

違う形でつけられたタイトルは「最初の妻」。中学生になったばかりの13歳の男女が主人公の物語です。彼がした初めてのデートは同級生のかずみとだった。二人で電車に乗り隣町までいく。バスに乗りラーメンを食べて郊外の住宅地をぶらつく。いつしか一つ一つの住宅に将来自分たちが結婚して住むことを想像してみるゲームがはじまる。あるアパートの前でかずみがここなんてどう?と聞かれた僕は答える。「こんなところで住むぐらいなら死んだ方がましだよ」と。おんぼろすぎるから。そこはかずみが二週間後に母と二人で引っ越してくるアパートだった。

20ページぐらいしかない物語なのですが、心の動き方が悲しいぐらいによく書けているのはさすが吉田修一だからでしょうかね。
他にもいくつも印象深い作品が多かったのですが、全部紹介するわけにもいかないのでこの辺で。その分はずれも多いのは作品の収録数が多いからしょうがないのでしょうね。

今日はもう今年始まってずいぶん経ってしまいましたけど新年会に行って来ます。代々木のネパール料理なんてどんなのか想像できないものを食べてくるのですけど、ネパール料理に合うお酒ってなんなのでしょうかね。そもそもネパールはお酒なんて飲まないのかしら?まぁ楽しみにしておきましょうかね。




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posted by kbb at 11:37 | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(1) | 吉田修一

2008年09月19日

ランドマーク-吉田修一

「ランドマーク」 吉田修一

ランドマークこんばんは。

朝の電車に乗ると、肌寒いのに、ミニスカートをはいた子がいたり、かわいらしいワンピースを着た子がいたりしてとっても幸せな一日のはじまりだったkbbです。会社に入ってはじめて今日が金曜日だって気づいて、金曜日の朝はいい始まり方をするもんだなぁ、と感慨深く思ってしまいました。

さて、吉田修一「ランドマーク」です。

大宮に建てられる超高層ビルの設計士・犬飼とそのビルを実際に建てる鉄筋工・隼人の物語。犬飼の設計したフロアがねじれながら螺旋をえがく構造のビル。どこか少しでも狂ってしまうと自重で崩れてしまうビル。そんなビルのように支え合って寄りかかっているみんなの人生。どこかが狂ってしまうと崩れていく人々。

愛人の提案でコールボーイ、コールガールを呼びそれぞれを二人で相手してさらに隣同士のベッドでお互いのセックスを見せあおうと提案する犬飼の愛人。犬飼の浮気を知っているのか、それとも家の打ちっ放しのコンクリートの冷たさにやられてしまったのか、壁という壁に毛皮を貼り付けて家を飛び出す犬飼の妻。

毎週末になると歌舞伎町のライブハウスで夜通し過ごす隼人。鉄筋工をやりながら大宮でホストをはじめる隼人の同僚。娘が短大に入り高い学費が必要になってしまった隼人の先輩。

どこかで狂っているようでも街ですれ違えば誰もが普通の人に見える。そんな彼らの裏側をうまく描いている。

でも、もうすこし犬飼と隼人のカラミがあればもっとおもしろい作品になっていたんじゃないかしらと少し不満に思ってしまいました。同じビルを建てているので現場で会うことはあってもすれ違うだけ。もう少し二人の人生が交差してらせんを描けばビルとの対比がうまく見えてくるのじゃないかしらと思います。

ところで、吉田修一は長崎出身のはずですが、この作品では九州出身の隼人は東北地方の出稼ぎの人が多い会社に入社しています。同僚はみんな東北弁をしゃべっているのですけど、それがとっても自然に感じられるのがすごい、と感心していました。といっても東北弁がわかるわけじゃないんですけどね。東北の人、吉田修一の東北弁はいかがでしたか?

帰りもミニスカートやワンピースを楽しみに電車に乗ったんですけど、そんな格好をした彼女たちの隣には手や腕をつないだ男がいました。そうですよねぇ。彼らに見せるためにそんな格好しているんですものね。そんなことも気づかずにそんな格好をしている彼女たちを喜んで見ていた僕ってなんておかしな人なんでしょうね。きっとおかしな人に思われたかもしれない。

まぁいいんです。女は見られて美しくなるって言葉もありますもの。僕は世の中の女性全てに美しくなって欲しいと願いながら彼女たちのことをみているのです。そうすれば彼女たちも、美しい人が増えて男たちも万々歳でしょ?そうやって世の中平和になっていけばいいなぁ。そう願っています。




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posted by kbb at 23:35 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(1) | 吉田修一

2007年12月07日

7月24日通り-吉田修一

「7月24日通り」 吉田修一 

7月24日通りこんにちは。最近毎日寒いですね。風邪などひいていませんか?そんな季節にぴったりの作品、「7月24日通り」です。タイトルからは予想できませんが、メインの舞台は冬なんですね。ケーブルテレビの映画チャンネルで「7月24日通りのクリスマス」という映画をやるらしく、先日CMをみながらタイトルが似ているなぁって思っていたのですがこれが原作でした。というわけで、買ってから約半年積んで置いたこの作品を手に取りました。といってもまだこの映画はみていないんですけどね。

なんだか久しぶりの長編恋愛小説だったので、わくわくどきどきしてしました。吉田修一の作品ってスラスラと読めるのにあとから気になる言葉や情景がたくさんあってお得感満載ですね。

小さな街のだれもが知るかっこいい男を弟にもつ本田さんは、自分の街を行ったこともないリスボンに重ね合わせ通りや建物の名前を密かにリスボンのそれの名前で呼んでいる、そんな女の子。タイトルの7月24日通りもリスボンにある場所であり、岸壁沿いの県道でもある。弟の恋愛に首をつっこみ、あげくの果てに彼女にむかってあんたは弟とは釣り合わない、なんてことを言ってしまったりするようなちょっとイヤなところもあるけれど、父親の世話や離婚寸前の先輩の世話をなにげなくやいてしまったり「同窓会に行くようになったら女も終わりだ」って言ってみたりするどこにでもいる女の子だ。高校時代のあこがれの先輩に久しぶりに会ってどきっとしてみたり、嫉妬してみたり、なんてかわいらしいところもたくさんある。

そんなふうに自分の住む、飛び出したいけれど飛び出せない街をリスボンに重ね合わせて一生懸命ごまかしている彼女だけれど、「本田ってさ、この街に似てるよな」という先輩をやっぱり忘れられない。同窓会で再会した二人は!

なんて、予告編のような紹介をしてしまいましたが、吉田修一はこの作品のラストを最初から想定していたんでしょうかね。(内容は読んでない人のためにふせますが)なんだか作者自身も最後まで迷っていたんではないかしら、なんておもわせる終わりかただなって感じてしまいました。それとも僕自身が間違ってると思ってる方向に進めないからなんでしょうかね。

そうそう、作品中にこんな言葉がでてきます。

わたしたちはどんなことでも想像できる、
なにも知らないことについては。

これはフェルナンド・ペアソの「ポルトガルの海」に出てくる言葉らしいのです。的を射た言葉ですよねぇ。ほんのちょびっとでも知ってしまったらそれについてはもうそれ以上の想像はできないですものね。未来の車の想像図が今の車と外見が対して違わないのはそういうことなんでしょうね。ということは、本をたくさん読むってことは何にも想像できなくなるってことなんでしょうかね。なんだか考えちゃいますね。

posted by kbb at 14:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 吉田修一

2007年11月12日

長崎乱楽坂-吉田修一

「長崎乱楽坂」 吉田修一 

長崎乱楽坂おはようございます。香港から帰ってきてからうつされた風邪がまったくなおらず、咳をするたびに、胸が痛いです。失恋で痛めたときより辛いのは、失恋の痛みが身にしみてなかったってことなんでしょうか?

SARSではないかと、密かに心配していますけど、流行しているというニュースも聞かないので、ひとまず安心しています。

さて、吉田修一です。最近いくつか彼の作品を読んだのですが、いろんなスタイルというか、背景の作品を書いているなぁっていうのが率直な感想です。

これは6編による連作短篇集で、主人公の駿がだんだんと大きくなっていき、成長もしくは、変化していく様子がしっかりと描かれています。小学校や中学校の国語の教科書あたりに載せるとちょうどよい題材だなぁなんて思って読んでいました。

「机の下で梨花の太股をつねっていたときの駿の心情は?」

とか

「ジョットの詩集の意味するところは?」

なんて、先生にとっては問題を作りやすい作品なんでしょうね。ちなみに僕自身では上の二つの質問にうまく答えられないだろうな、なんて今これを書いていて思います。昔から国語の問題は苦手だったなぁ。ちなみに表紙に拳銃をもった少年の絵が描かれていますけど、そんなシーンはまったく出てきませんし、むしろ、そこに染まりきれない、離れていく少年たちが描かれています。

この作品では、長崎の田舎に住む男の子がそこから脱出することを想いながら、それもかなわず、あきらめることで自分自身を確定させていく、そんな風なことが描かれているのだと思いました。何かを求めてそれを得ることによって成長していく人と、何かを追い求めてそれをあきらめることによって成長していく人がいる。そんなことを再確認させられて少し哀しくなっちゃいました。もしくはなにかをあきらめることによって何かを得たのかもしれませんね。

もういい歳してるけど、いつまでもあきらめずに追い求めるのはアリなんでしょうかね?

布団の暖かさを追い求めたくなるような寒い朝が続いていますけど、みなさんお体にお気をつけ下さいな。
posted by kbb at 06:56 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(1) | 吉田修一

2006年04月04日

パークライフ-吉田修一

「パークライフ」 吉田修一

パークライフおはようございます。昨日は風が強かったですねぇ。暖かくなってスカートの生地が薄くなっている上にあんな強い風で新宿渋谷あたりに行けば十分目の保養ができたのじゃないかしら。なんて春の嵐からこんな文章しか書けない僕もいればこんな素敵なことを考えている人もいるわけで隣で歩いている人が何考えているか実際わからないですね。これは感性の違いなのかしら。それとも精神年齢?もしかしていつもスケベなこと考えすぎってコトかしら。

さて、そんな春の風に手でスカートを押さえながらぽかぽか陽気に誘われるようにランチをするOLが集まりそうな日比谷公園が舞台の小説、「パークライフ」です。吉田修一の芥川賞受賞作だそうです。吉田修一は初めてなのでわくわくしながら本を開いてみました。

帯に芥川賞選評なんて載っていて、三浦哲朗は隅々にまで小説の旨味が詰まっていると絶賛し、河野多恵子は人間が生きて在るとどういうことか、伸びやかに深く伝わると称賛しているのですけど、そこまでおもしろいと思えなかった僕は、きっと全然読めていないんでしょうかね。

公園や登場人物の描写はとっても素敵で、

自分の価値は何人から好かれたじゃなくて、誰から好かれたかってことが大事なのに。

という、印象的な言葉や

「似合いますね」と言おうかと思ったが、言わない方がまた近いうちにこの姿を見られそうで、敢えてその言葉を飲み込んだ。

っていう、とってもためになるセリフとかもあったのになんだかストーリー展開がなくて、最後の彼女の「よし。・・・・・・私ね、決めた」ってセリフも、ん?なにを?って突っ込んでしまいました。全然物語にはいれなかった証拠ですね。

それよりも一緒に収録されている「flowers」の方が面白かったな。飲料配送会社で変な人に囲まれて生活する石田。一緒にでてきた妻の鞠子までどんどんおかしくなっていって、でもそれをだんだんと受け入れていく。一緒に配送している、元旦というやつもとっても変なやつなんですけど、でもこういうやついるよなぁって感じで。どんどん引き込まれてしまう物語でした。



posted by kbb at 16:56 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 吉田修一

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