こんにちは。最近毎日寒いですね。風邪などひいていませんか?そんな季節にぴったりの作品、「7月24日通り」です。タイトルからは予想できませんが、メインの舞台は冬なんですね。ケーブルテレビの映画チャンネルで「7月24日通りのクリスマス」という映画をやるらしく、先日CMをみながらタイトルが似ているなぁって思っていたのですがこれが原作でした。というわけで、買ってから約半年積んで置いたこの作品を手に取りました。といってもまだこの映画はみていないんですけどね。なんだか久しぶりの長編恋愛小説だったので、わくわくどきどきしてしました。吉田修一の作品ってスラスラと読めるのにあとから気になる言葉や情景がたくさんあってお得感満載ですね。
小さな街のだれもが知るかっこいい男を弟にもつ本田さんは、自分の街を行ったこともないリスボンに重ね合わせ通りや建物の名前を密かにリスボンのそれの名前で呼んでいる、そんな女の子。タイトルの7月24日通りもリスボンにある場所であり、岸壁沿いの県道でもある。弟の恋愛に首をつっこみ、あげくの果てに彼女にむかってあんたは弟とは釣り合わない、なんてことを言ってしまったりするようなちょっとイヤなところもあるけれど、父親の世話や離婚寸前の先輩の世話をなにげなくやいてしまったり「同窓会に行くようになったら女も終わりだ」って言ってみたりするどこにでもいる女の子だ。高校時代のあこがれの先輩に久しぶりに会ってどきっとしてみたり、嫉妬してみたり、なんてかわいらしいところもたくさんある。
そんなふうに自分の住む、飛び出したいけれど飛び出せない街をリスボンに重ね合わせて一生懸命ごまかしている彼女だけれど、「本田ってさ、この街に似てるよな」という先輩をやっぱり忘れられない。同窓会で再会した二人は!
なんて、予告編のような紹介をしてしまいましたが、吉田修一はこの作品のラストを最初から想定していたんでしょうかね。(内容は読んでない人のためにふせますが)なんだか作者自身も最後まで迷っていたんではないかしら、なんておもわせる終わりかただなって感じてしまいました。それとも僕自身が間違ってると思ってる方向に進めないからなんでしょうかね。
そうそう、作品中にこんな言葉がでてきます。
わたしたちはどんなことでも想像できる、
なにも知らないことについては。
これはフェルナンド・ペアソの「ポルトガルの海」に出てくる言葉らしいのです。的を射た言葉ですよねぇ。ほんのちょびっとでも知ってしまったらそれについてはもうそれ以上の想像はできないですものね。未来の車の想像図が今の車と外見が対して違わないのはそういうことなんでしょうね。ということは、本をたくさん読むってことは何にも想像できなくなるってことなんでしょうかね。なんだか考えちゃいますね。




