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2009年02月15日

羊をめぐる冒険-村上春樹

「羊をめぐる冒険 上」
「羊をめぐる冒険 下」 村上春樹

羊をめぐる冒険 上羊をめぐる冒険 下おはようございます。

先日新宿にあるベルギービール屋さんに行ってきました。一頃流行りましたね。そこで食べた牛肉の煮込みがすっごい柔らかくて、どれだけ仕込みに時間をかけているのだろうとびっくりしました。家であれを作ったらどれぐらい時間がかかってしまうんでしょうかね。

内田樹の「村上春樹にご用心」にも書いてあったのですけど、村上春樹の作品にはご飯を食べるシーンがよく出てきますよね。しかも、スパゲッティをゆでたりトーストを焼いたりと準備を始めるところから。そして誰かとの食事はすっごい生き生きと描いているのに、一人でたべる食事はすごい味気ない。味気ないというよりすっごいまずそうに描かれている。誰かと食べる食事に勝るごちそうはないってことなのでしょうね。

それを読んでいて気づいたのですけど、「おいしい」という日本語って唇を合わせなくても発音できるんですよね。あまり美しいことではないけれど、「おいしい」っていう言葉って口の中に食べ物をいれてある状態で発音することができる言葉なんですね。口にいれた瞬間に相手に伝えたい言葉ですしね。ちょっと驚きでした。

さて、村上春樹初期三部作の最後「羊をめぐる冒険」です。ここらへんから村上春樹の作品は長編になっていきますね。話は飛びますけど、今度の村上春樹の作品は今までにないほどの大長編になるみたいですね。長ければいいってものではないと思いますけど、みるだけでげんなりしてしまいながらも手にとってしまうのだろうなぁ、なんて思っています。

僕は街に戻ることもなくなり、友人と東京で翻訳事務所をはじめる。仕事は順調で広告まで手をひろげる。妻は(村上春樹の作品らしく、やっぱり)出ていってしまう。そして仕事で出会った耳専門のモデルの女の子となかよくなる。そして冒険は鼠の手紙から始まる。鼠の送ってきた写真をつかったPR誌が右翼の大物の手によって握りつぶされ発行停止になる。そして奇妙な依頼をされる。その写真に写っている羊を探してこい、と。北海道に渡った僕は途方にくれながらも羊を探す。そしてイルカホテルで羊博士に出会う。

なんだかあらすじを書いていても突拍子もない物語のようですよね。でも、最初の二作では物語らしい物語もなく、やっとここから物語がすごいスピードで進んでいくんですよね。

この三部作でいいたかったのは結局、ちゃんとした仕事をこつこつとできる人間が一番つよい、ってことなのでしょうかね。
コツコツ翻訳をする。こまめに窓を拭く。しっかりと掃除をする。おいしくなるまでスパゲッティをゆでる。そういった雪掻き仕事のできる人間が一番強い。
読んだ直後はいつも僕にもできると思うのだけれど、だけどいつしかやらなくなっている。そしてまた村上春樹にもどる。いつもこれの繰り返しになってしまうのですけどね。

以前耳のすっごいかわいい女の子と出会いました。僕はその子を前にしてきれいな耳だね、うんぬんって話ばっかりしていたのですけど、その子はその耳がすこし大きすぎて目立つのがイヤみたいでした。きれいすぎる耳を持つ子っていうのはその人にしかわからない苦労があるんでしょうかね。

この作品にでてくる耳専門のモデルの女の子も普段は耳を隠して生活している。そして耳を出した瞬間、まわりの空気が変わる。そんな耳を持った子っていうのはやはり普段はかくして生活したくなるのかもしれないですね。村上春樹らしく、そんな単純な風には描かれていませんけどね。

耳のきれいな美人さんも今度結婚すると風の便りに聞きました。きれいな子からどんどん人のものになっていくのがなんだか寂しいですね。

そういえば昨日はバレンタインデーですね。街ではどこもチョコを配っていましたけど、チョコの嫌いな僕にバレンタイン煎餅をくれた子がいました。こういう気遣いがうれしいですよね。まぁそういう子にはもうちゃんと彼氏がいるんですけどね。まったく参ったなぁって感じです。

さて、「ダンス・ダンス・ダンス」あたりまで読み返してみようと思っているのですけど、次は「ノルウェイの森」ですかね。他のをちょこちょこ読んだあとになりますけどね。




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2009年02月14日

1973年のピンボール-村上春樹

「1973年のピンボール」 村上春樹

1973年のピンボールこんにちは。

先日中国で移植に必要な臓器を日本人が買いに行ったというニュースを見ました。その是非はともかく、それをみて気づいたことがありました。移植っていうのは全然別の個体がはいってくるのにもかかわらず、うまくいけばその臓器と移植された体は100%完璧なコミュニケーションがとれるのだということに。その臓器が日本語、中国語いや世界中のどの言語を話す人からもらったものだとしても、誤解や誤訳もない完璧なコミュニケーションがとれる。失敗するとしたら拒絶反応が起こって受け入れられないとき。all or nothingでしかない。人間は本来コミュニケーションに失敗しない体をもっていたのですね。それを失敗させるのは結局脳がよけいなことをしているからなのかもしれないですね。

さて村上春樹「1973年のピンボール」です。「風の歌を聴け」の続きものですね。三部作の中でもこれが一番好きなんです。

相変わらず鼠も僕もビールばっかり飲んでいます。でも二人が一緒に飲むシーンっていうのは回想以外にはでてきません。もう会うことはできないのでしょうかね。

やっぱりこの作品にも僕が好きになってしまったものがいっぱいでてきます。
目立ちこそしないけれど趣味のいいワンピースを着ている女の子。
スペイン語。

なぜか双子の間にはいってベッドの中で眠るっていうことは影響されなかったのですけど、かなわぬ夢だって知っていたからかもしれないですね。

結局鼠とその彼女も、僕と双子も、配電盤とその子供たちもうまくコミュニケーションを続けることができなかったから別れを迎えなければならなかったってことなのでしょうかね。

さて、「羊をめぐる冒険」です。これは上下に分かれているのでいやになっちゃいますね。「風の歌〜」と「1973年の〜」ぐらいの長さが僕は好きなんですけどね。




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2009年02月13日

風の歌を聴け-村上春樹

「風の歌を聴け」 村上春樹

風の歌を聴け18歳の頃、もう12年も経つ。そのころつきあっていた女の子が薦めてくれたのが村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」。今となってはどんな言葉でその本を薦められたのか思い出すこともできない。それまでは、(それが悪いとは思わないけれど)赤川次郎や宗田理のような時間を埋めるためだけの本しか読むことがなかった。「ダンス・ダンス・ダンス」はもちろん入りやすい、わかりやすい物語だった。でもなにかしらが心に残っているのを感じた。それ以来村上春樹の作品を貪るようにして読んだ。「ダンス・ダンス・ダンス」をすすめてくれた女の子の顔は思い出すこともできないのに。

そんなわけで「ダンス・ダンス・ダンス」の後に読んだ村上春樹のデビュー作、群像新人賞を受賞した「風の歌を聴け」です。何度も読み返す作品は村上春樹と原田宗典と川上弘美しかいないけれど、その中でも一番多く読み返している作品かもしれない。

短いお話でどこにもいかない物語。僕と鼠の一夏を描いている。ジェイズバーで過ごす毎日。介抱した小指のない女の子との交流。

内田樹の「村上春樹にご用心」で読んだ、鼠の動向に注目して読んでいたのだけれど、そんなこと途中からどうでもよくなっていって、やっぱり雰囲気を楽しむだけになってしまった。

今思えば僕は村上春樹からいろんなものの影響を受けている気がする。助手席に座って神経質そうにスカートの裾を直す女の子の仕草をかわいいと思ってみたり、ジェイズバーのような気持ちのよいバーに大学生のあいだ入り浸ってみたり。ジェイズバーほど込み合ってもいなくジュークボックスもピンボールマシンもなかったけど。

冒頭の女の子だけど、実は3年ぐらい前に築地で偶然出会ったことがあった。僕は女友達と一緒に歩いていて彼女は一人で歩いていた。雨が降っていて傘の下からのぞき込むようにお互い一言二言言葉を交わしてすれ違った。僕らの人生が二度と交わることはないとでもいうようにね。

さて、次は「1973年のピンボール」です。やっぱりこの作品でも影響を受けたものの羅列しかすることはできないのだけれどね。




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2009年01月31日

羊男のクリスマス-村上春樹 佐々木マキ

「羊男のクリスマス」 村上春樹

羊男のクリスマスこんにちは。

ともすれば、一人の時につい落ち込んでしまうけど、そんなときはほのぼのとした本を読みたいですね。前に飲んだ友達と村上春樹のことで盛り上がったときに教えてもらった作品です。佐々木マキとの絵本のような作品。そう「ふしぎな図書館」と同じようなコンセプトで作られた作品です。前回は騙されているので、今回は慎重にネットで調べて、書き下ろしってことを確認の上、読んだことはないと確信した上で買ってきました。

イラストが佐々木マキなので、あの羊男がそのまんまです。ドーナツを毎日食べている羊男。どこか抜けていて、だけどすっごい素直で、というかお人好し。そんな羊男が主人公。
ある年のクリスマス。聖羊上人様をお慰めするための曲を作曲することになりました。ところがこの羊男。呪われていたのです。聖羊上人様が穴に落ちて亡くなったクリスマスに穴のある食べ物、ドーナツを食べてしまったから。
作曲は遅々として進まず、じゃまばかりが入る。そしてとうとうクリスマスの四日前に呪いを解く方法を羊博士に教えてもらい呪いを解く旅に出る。穴のあいていない食べ物、ねじりドーナツを持って。

そこから双子の姉妹がでてきたり、海ガラスがでてきたりと大冒険が始まるわけですけど、最後は大団円。まさにクリスマスの日に読むような、子供にプレゼントするような物語になっています。
といっても、村上春樹の初期三部作を読んでいる人にはもっと親しみをもって楽しめる作品になっていますけどね。まぁ村上春樹ファンの為に書かれた作品といってもいいのかもしれませんけどね。双子がでてくる必然性はまったくないのですから。

村上春樹作品への入り口、試金石としてちょうどよいのかもしれませんけどね。短い文章だし、わかりやすい内容ですしね。まぁこの物語よりもっと深いところが村上春樹の良さなんですけどね。

なんだか久しぶりに初期三部作を最初から読みたくなってきました。今読んでいるのが終わったら読み直してみようかしら。




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2008年05月15日

村上朝日堂の逆襲-村上春樹 安西水丸

「村上朝日堂の逆襲」 村上春樹 安西水丸

村上朝日堂の逆襲こんばんは。昨日の記事に村上春樹の新潮文庫2番目がなくて云々なんて書きましたが、あの記事を書いて本を本棚にしまおうとすると、なんとそこには!村上朝日堂が2冊になっちゃいました・・・。なかったのは1の「螢・納屋を焼く・その他の短編」みたいです。ってかこれも読んだ記憶があるんですけどね。で、昨日もう一度みなおしてみたところ、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」がない。どこにいったんだろうか。読んだ気になってみんなと話していたけど実は読んだことのないものだったのか。だんだんと自分の記憶に自信がもてなくなってきました。(ノД`)シクシク

さて、今日の作品は読んだこと無かったです。きのうの「村上朝日堂」の続編ともいうべき、「村上朝日堂の逆襲」です。二日続けてエッセイを読むと頭の中がハルキになっちゃいますね。ってあんな文章も内容もかけないけれど・・・。

日常の出来事、夢、酒、マラソン、女。そんなところが彼の視点で描かれているんですけど、奥さんとの関係がなかなかつかみ所がないように思えました。こんなこというとカミさんにあとから言われるとか書いておきながら、少し距離をおいたつきあい方をしているようにも見えます。ひと言で言えば、素敵な関係って感じですね。べたべたせずお互いを尊重しているんだけど、ちゃんとお互いを気にして生きている。そんな関係なかなか作れないですものね。

だから村上春樹の小説にでてくる女性は美人さんばっかりなんでしょうかね。緑ちゃんも直子も島谷さんも百パーセントの女の子も全部奥さんがモデルだったら素敵ですよね。

でもそれを読んだ彼女はどう思うんでしょうかね。自分だと思って読むんでしょうかね。それとも嫉妬の炎にこがされながらも、読み続けるんでしょうかね。その辺の観点から書いてある小説があればなかなかおもしろそうですね。

なんだか村上春樹の小説、それもおそろしく長いやつを読みたくなってきました。なんにもしないでいい週末あたりに世界の終わりでも読んでみましょうかね。




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2008年05月14日

村上朝日堂-村上春樹 安西水丸

「村上朝日堂」 村上春樹 安西水丸

村上朝日堂どうも、こんばんは。普段からエッセイは読まないとか言っています。村上春樹の「走ることについて語るときに僕が語ること」を読んだときも、もう二度と読みたくないって言った気がします。

でも読んでしまいました。村上春樹のエッセイ。古本屋でこの続編「村上朝日堂の逆襲」と一緒に売っていたから・・・。本棚を整理していて、村上春樹の新潮文庫の2作目がないことに気付いて、それがこれだったってわかったから・・・。
あぁ、自分のいい加減さにあきれます。

でも言い訳させてもらえれば、まだまだ三十代の頃の村上春樹の書いたエッセイなんです。まだ彼自身が出来ていないときのエッセイなんです。

だから、だから。っていいわけになっていないですね。

正直に言えば、楽しんじゃいました。彼の普段の考え方や生活。もうマラソンを始めていたとしても、そこまでストイックさがエッセイには著されていない。それよりも、彼の日常に関する見方がよくでている。たとえば関東に住んでいるのに、関西のテレビ番組表を毎週見てしまうとか。そういったことがよくでていて、これはこれで、彼の小説を読む上での参考になると言わざるを得ない。

安西水丸の絵が彼の文章にいい味をつけていて素敵でしたよ。

それにしても、どの文章にも既視感を覚えてしまうのはなぜでしょうかね。
電車の切符を無くさないために耳にいれる村上春樹の話を読んで、そういえばこれを読んで自分もやった記憶がある。ということはこのエッセイを昔によんでいるわけで、このエッセイが本棚にないのは、自分のいい加減さからきたものだった・・・。そんなことがよくわかったエッセイでした・・・。「・・・」が多いのは気のせいですよ、きっと・・・。




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2008年03月15日

走ることについて語るときに僕の語ること-村上春樹

「走ることについて語るときに僕の語ること」 村上春樹

走ることについて語るときに僕の語ることこんにちは。正月の箱根駅伝で東海大学の選手が踏みきりで足をくじいてから歩くのもつらいだろうに何キロも何キロも走り、棄権した。どうしてそこまで彼は走らなければならなかったのか。マラソンでどんなにつらくても、ゴールを目指す人がいる。彼ら彼女らを走らせるものはなんなのだろうか。最近そんなことを思うようになって、走ることがテーマの記事や本に目を奪われることが多くなった。

そんなときに友人から借りたのがこの作品。走る小説家・村上春樹が走ることを通して自分のことを綴った作品です。

上の疑問に対する答えは、駅伝はマラソンとは違うのでこの作品からはなにもわからない。走る理由はひとそれぞれなので、この作品からはなにもわからない。という至極当たり前の結論になってしまったけれど、久しぶりに村上春樹を読んで懐かしさの反面、やっぱりエッセイは、特に好きな作家が自分のことを語るエッセイは読むべきじゃないって結論になった。

真の紳士は、別れた女と、払った税金の話はしないという金言がある

からはじまるこの作品に、よかった、村上春樹だと思ってすんなりと作品にのめりこんでいったのは事実だ。でも、読む進めていくことがどんどんつらい作業になっていった。

彼は言う。専業小説家として長い人生を送っていくつもりなら、体力を維持しつつ、体重を適性に保つための方法をみつけなくてはならない、と。

彼の今までの小説からはそれとは正反対の匂いがたちこめていたように感じていた。"風のうたを聞け"の鼠や"1973年のピンボール"にでてくるスペイン語教師、"ノルウェイの森"のレイコさん。彼ら彼女から感じたことは、何に備えたとしても何かがやってくるのは突然だ、それをわけもなくそのままそっくり受け入れてしまうしかない、ということだったのではなかっただろうか。

この作品中でも、

明日が何を運んでくるのか、それは明日になってみないとわからないのだ。

と書いている。

僕は作家とは不健康にタバコをふかしながら深酒をして、作品を書くときはクマをつくりながら自分の身を削って作品を生み出すものだ、とはけっして思わない。しかし、すべてを準備してそこまでコツコツとやっていくマラソンをする彼とその彼が生み出す世界観に矛盾を感じてしまい、それをこれからそのまま受け入れていく自信がなくなってしまった。

彼のこの作品中でそれに対する説明をいたるところでしてくれる。「村上さんみたいに毎日、健康的な生活を送っていたら、そのうちに小説がかけなくなるんじゃありませんか?」に対して真摯に答えていたり

真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。

ということをいっていたりする。

健康的な生活と小説が両立できないとは思わないけど、彼の小説の世界とマラソンという絶対的に準備をしなければならない競技は決して両立できるものではないとおもってしまったんですよね、僕は。

こういう彼の生活観を知った後で彼の作品に浸ることがどこか自分の中で矛盾となってしまう。だから好きな作家のエッセイは読みたくないんだろうなぁ。でも川上弘美のエッセイは彼女の作品通りなんですけどね。きっと僕のこの思いは小説家のファンによるただのわがままでしかないんでしょうね。

なんだかテーマが走ることではなくなってしまいましたね。まだ頭の中が混乱していて、中途半端ですけど、今日はこの辺にしておきます。




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2006年03月31日

中国行きのスロウ・ボート-村上春樹

「中国行きのスロウ・ボート」 村上春樹

中国行きのスロウ・ボート三月ももう終わりですね。みなさまいかがお過ごしでしょうか?もう今年も1/4終わろうとしています。なんだか焦りを感じてしまうから春はおかしくなっちゃう人が増えるのでしょうかね。誰かが言ったように、春にあふれ出す「誕生」の雰囲気が空気中にあふれだして人間を押しつぶしてしまうから?

さて、またもや本とはまったく関係のない前置きをしてしまいました。古本屋でみつけた村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」。なんだか読んだことある気もするけど、なんだか記憶にないし、家の本棚でもみかけないなぁと思いつつ買ってきました。村上春樹の初期の、といっても「1973年のピンボール」のあとに書かれた4編と「羊をめぐる冒険」のあとに書かれた3編ですけど。

いくつかは読んだことがあって、いくつかは読んだことないものでした。具体的にいうならば、"中国行きのスロウ・ボート"、"カンガルー通信"午後の最後の芝生"は読んだ記憶があるけれど"貧乏な叔母さんの話""ニューヨーク炭坑の悲劇""土の中の彼女の小さな犬""シドニーのグリーン・ストリート"は読んだ記憶がなかったです。読んだことのあるやつは他の作品集に入っているんでしょうかね。

"貧乏な叔母さんの話"はなんだかとっても村上春樹的でしたね。ストーリーなんてほとんどなくて物事が動くこともない。だけど物語がちゃんとはじまってちゃんと完結している。久しぶりにこんな村上春樹的なものに触れた気がします。

"土の中の彼女の小さな犬"と”午後の最後の芝生"はなんだかとっても雰囲気が似ている気がします。どこがと説明はできないのだけれどね。どちらもその雰囲気というか流れる空気のようなものに浸ることができてとても嬉しくなる。

"シドニーのグリーン・ストリート"は羊男やら羊博士やらがでてきて、「羊をめぐる冒険」やら「不思議な図書館」とかを思い出させてくれる。私立探偵が羊博士によってとられた羊男の耳を取り返しに行く、というお話。かわいらしい「ちゃーりー」なんかがでてきて、「ちゃーりー」の「この人私の恋人なのよ。」の言葉に僕も一緒になってきゅんとなってしまう。

村上春樹とか、川上弘美とかはホントに文章を書く才能があるのだと思う。彼らの作品は読後に、なんか文章、手紙だろうがメールだろうが小説だろうが、を書いてみようと思わせてくれる。そして、実際に書いてみて彼らの文章には遠く及ばないことを自覚させてくれる。そういった点で彼らの文章はうまいのだと思う。書きたいことやそれらの雰囲気を簡単にわかりやすく、難しい言葉を使わずに伝える。簡単なように見えて、もっとも難しいのだろうな。






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2006年01月01日

夢で会いましょう-村上春樹

「夢で会いましょう」 村上春樹 糸井重里

夢で会いましょう.jpgさようなら2005年、こんにちは2006年。明けましておめでとうございます。今年もみなさまにとって幸せな2006年になりますように。初日の出が曇りで見られなかったのが残念で仕方なかったですけど、そんな小さいことにくよくよせずに今年最初の本の紹介を。

今日の作品は2006年にいい夢が見られるように、村上春樹と糸井重里の「夢で会いましょう」です。まぁ内容はタイトルと全然関係なくて、村上、糸井二人が様々なカタカナ語をテーマに書いた短編が収められています。長さも1行だけのものから数ページあるものまで様々でおもしろい趣向ですね。

二人の書いたものが交互に並んでいるわけではなく結構ランダムに並んでいるので今度はどっちだろうなんて読み始めに思うのですけれど、だいたい一行目で当たるのがなかなかおもしろかったです。やっぱり似たような内容でもそれぞれ特徴があるんだなぁ。

今度の作品では久しぶりに村上節というか村上色というかを強く感じられたものでした。まぁ1986年発行の本だから今の作品よりも昔の作品の村上テーストを味わえるのも当然ですね。例えば「アンチテーゼ」をテーマにした作品で"ノルマンディー風新鮮アンチテーゼのガーリックソースかけ”なんてなんじゃそりゃって思うかもしれないけれど、村上春樹が描くとそんなのもあるかもってだんだん思わされてくるのが不思議ですね。ノーム・チョムスキーが人間の言語能力を示すために創造した文

Colorless green ideas sleep furiously.(無色の緑色のアイデアが猛烈に眠る)


これは意味的に通らない文章でも文法的に正しいかどうか母語話者は判定でき、作ることができることを示すために作ったらしいのだけれど、村上春樹にかかればこの文も意味的にも正しい世界につくりあげてくれそうな気がします。

糸井重里の作品を読むのは初めてだったんですけど、今までテレビとかを見ててもなんだか胡散臭さを感じてしまって手に取ることはなかったのですけどなかなかおもしろい文章を書きますね。ちょっと別の作品も読んでみようかとおもいました。

というわけで、今年も幸せな夢を見ましょう。今年もよろしくです。


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2005年11月28日

ふしぎな図書館-村上春樹

「ふしぎな図書館」 村上春樹

ふしぎな図書館.bmp文章は村上春樹、イラストは佐々木マキの一冊。この二人は講談社からでてる村上春樹の本ではおなじみですね。ほのぼのした佐々木マキさんのイラストが村上春樹の不思議でちょっとこわいシーンにもあっていて結構マッチしていていいですねぇ。分量も30分かからずに読めるぐらいだし。

ってここまで書いたところでもう我慢できません。叫ばせてください。

ダマされたぞ!!!

この作品はすでに「カンガルー日和」の中で「図書館奇譚」というタイトルで収録されているんですね。(ってちゃんとアマゾンにも書いてあるので注意力散漫な僕が悪いのかもしれない。しれないってか100%僕が悪いんです。はい。)読みながらも、どっかで読んだストーリーだぞとか、「羊をめぐる冒険」やら「ダンス・ダンス・ダンス」の中ででてきてるのかなぁなんて読みながら思っていたのに。最後の初出紹介のところで”この作品は図書館奇譚を改稿しました”なんてしょうもない宣告されて。

でも、最初「図書館奇譚」がどれに収録されているかわからなくて、ネットで調べてみたり本棚をひっくり返してみたりしてやっと「カンガルー日和」収録だってわかったんですけどね。そこでカンガルー日和を開いてみたら大好きだった短編と素敵な再会をしましたよ。「4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」。昔の職場が原宿の近くだったこともあってこの作品のシーンは映像のように思い描くことができるんですよね。そんな裏道で100%の女の子と出会うんですよ。75%でも90%でもなく100%。そんな楽しい妄想をさせてくれるいい短編ですね。もうすでにどっかですれ違っていたら悲しいね。

で、これつながりでネットで見てたらなんとこの作品、映画化されてるんですね。室井滋主演、山川直人監督ですって。うーん。室井滋ねぇ。決して彼女のことが嫌いなわけじゃなくむしろ好きなほうなんですが、どうしても100%の女の子は室井滋じゃないなんて思ったりして。じゃあ誰なんだって言われても、60%や80%の女の子はすぐに思い付くんだけど100%だしなぁ・・・。まぁじっくり考えさせてくださいな。

と、まあ色んなコトが朝から頭に浮かんでたのですけど、その中でも一番嬉しかったのは村上春樹作品によくでてくる神宮外苑そばのファストフード店についてでした。働いていてところが神宮外苑と目と鼻の先。といってもそんなに近すぎもせず、ちょうど作品で描かれているように車を止めてちょっとたちよるのにちょうどよい感じのところでした。しかも午前2時まで営業。僕が高校生のころ、バイトを始めた頃に深夜に入っていたのはショーットカットのよくくるくると働くかわいらしい女の子でした。ほら、あの作品のあのシーンが思い描けませんか?大好きな村上春樹の作品にでてくるシーンと自分の職場を比べながら、しかもその女の子に対する淡いあこがれみたいなものもあったこともあり、そのころは胸がキュンとなりながら読んでいた記憶が今鮮明に・・・。朝から興奮させないでくださいよ。もう。



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2005年11月07日

東京奇譚集-村上春樹

「東京奇譚集」 村上春樹

東京願・集.jpgとうとう買ってしまいました。村上春樹の新作です。村上春樹の本はやっぱり安心して読めていいですね。でも、2時間ぐらいで読み終わってしまうのが物足りなくて悲しいです。。。

この本は5つの短編からなるのですが、彼の想像力のたくましさに圧倒されてしまいます。「偶然の旅人」の中のショッピングモールでの素敵な出会いや「どこであれそれがみつかりそうな場所で」の中の階段での様々な人との会話などなんだか懐かしい昔の村上春樹の作品に再会したようで嬉しかったです。

僕は小説家の書くジャーナリスティックな文章やエッセイなどがあまり好きではなく、村上春樹のアンダーグラウンドも読んでいません。アンダーグラウンドがでたときは「あぁ、これでまた一人読むべき作家が減ったな」と思ったのですが、またこうやって作品を生みだしてくれて嬉しく思います。


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