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2008年03月23日

未来(あした)のおもいで-梶尾真治

「未来(あした)のおもいで」 梶尾真治

未来(あした)のおもいでこんにちは。昨日の宣言通り、いろんな種類のビールを飲めるお店に行って参りました。アンバーエールやIPA、スタウトとIPAのハーフ&ハーフなど、世の中にこんなにいろんな種類のビールがあるのかと、少し驚きました。今まで知らなかったような日本の醸造所で作られたようなビールもいっぱいあって勉強になりましたよ。ビールだけをいっぱい飲んで酔っぱらったのが初めてということもあり、焼酎で酔っぱらったときや日本酒で酔っぱらったときとは酔ったときの感覚が微妙に違ったので楽しい気分になればいいのか、内に入り込んでいけばいいのか、わからないところがありましたけどね。これもいつか慣れていくのでしょう。こうやってどんどん違う自分ができていくのでしょうね。保守的なkbbとしては少し悲しいところもありますけどね。

というわけで、梶尾真治の作品です。作品名がすてきなパラドックスになっていますよね。タイムマシンものという感じの作品ですが、タイムマシンやワームホール、ブラックホールなんて小難しい仕掛けは出てきません。未来の彼女に恋をしたらどうなるか。未来の彼女のために現在を変えたらどうなるか、そんなお話です。

こういう話はかけない部分が多いので難しいのですが、最後のところで、ほほぅとうなってしまうようなストーリーになっていて、なるほどねって言っちゃうようなお話に仕上がっています。

27年後の世界が描かれているのですけど、電話はすべてテレビ電話になっているし、画像はすべて3Dでみられるようになっています。そして、煙草を吸う人もあいかわらず存在します。どんなに世の中のテクノロジーがすすんでも煙草を吸うには煙草の先にライターで火をつけて、口から煙をすいこむしかないようです。というか、煙草ってニコチンパッチのようにニコチンを摂取することを目的とはしてないんでしょうね。あの煙を吸い込む行為が煙草の全てですものね。煙がたたないと香りも楽しめないですし、煙でわっかをつくって遊ぶこともできないですものね。といっても、ちゃんと未来の世界にも嫌煙者は存在しているんですけどね。とまぁ、こんなところで煙草に出会えるなんて、と思って少し熱くなって一席ぶってみました。すみません。

昨日ビールの飲み方を教わったように、僕の中でもどんどん世界が変わっていくのでしょうね。27年後はビールしか飲んでいないかもしれないし、今は飲めないウィスキーやブランデーを飲み込んでいるかもしれないですね。煙草なんてやめているかもしれないですし、選ぶ本の種類も変わっているかもしれないですね。そうやって変わっていくことが怖くもあり、楽しみでもある気がしますが、どちらにしても寂しさは感じそうです。オトナになりたくないっていうことなのかもしれないですけどね。これはきっとピーターパン症候群ですね。そんなかわいい名前のものじゃないよなんてつっこみが聞こえてくる気がしますが、無視しておきましょう(笑)



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posted by kbb at 14:48 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

2006年05月23日

この胸いっぱいの愛を-梶尾真治

「この胸いっぱいの愛を」 梶尾真治

この胸いっぱいの愛をども。ご無沙汰です。っていう挨拶をしなくていいほど久しぶりに早く更新できてうれしいkbbです。こんにちは。最近暑い日が続いて、昨日とうとう寝苦しくてエアコンをいれてしまいました。間違って暖房にして寝てしまいよけい寝られなかったのはご愛敬ということで。いいダイエットになったかもです。

さて、友人から借りた小説版「この胸いっぱいの愛を」です。映画を原作者の梶尾真治がノベライズというなんともまぁ回りくどい方法でできあがった作品です。原作の「クロノス・ジョウンターの伝説」とは大きく違っていて、なんだか伝言ゲームを見ているようでなかなか興味深いですね。

「この胸いっぱいの愛を」は以前試写会で観たのですけど、ミムラって美人さんだなぁって印象ばっかり残っていて、どんなエンディングだったか思い出せなくて一緒に行った友人に聞いてみたのですけど、その子も覚えていなくて、その程度の映画だったのかと思っていたのですけど、改めて小説で読んでみるといろいろと細部を思い出してしまいました。

ある飛行機に乗り合わせた五人が心に残したものがある1986年にタイムスリップしてしまう。そこで心残りなことをそれぞれが片づけると2006年に戻るってのが、この作品のクロノス・ジョウンターの効力のようです。それぞれが故郷、門司での心残りなことを片づけていくのですけど、目の不自由なおばあさんが盲導犬の最後を看取ったり、自分の子どもを亡くしてしまう事故を防いだりと行動を起こします。歴史には可変性があるのです。

しかし2006年に戻っても、結局なんにもなりません。飛行機事故でみんな亡くなってしまうのだから。そのためには1986年の時点での自分自身を変えなければなりませんでした。歴史を変えて自分自身を助けるために。ここが映画版のエンディングとは異なっている部分のようですね。なかなか希望の持てるエンディングでうれしくなっちゃいますね。映画版はそこまで歴史の可変性については強調していませんでしたしね。

映画を見たときと同じように、小説版を読んでもやっぱり盲導犬と再会するシーンでは涙ぐんでしまったし、鉢植えのシーンでも同じように涙を流していました。この作品を読んで梶尾真治はやっぱりうまいなぁって思わされてしまいました。

こんなに短い間隔で更新をちゃんとできるじゃないか!なんて自分で突っ込んでしまいましたけど、これは読んだ本も原因の一つなのかもしれませんね。
posted by kbb at 17:23 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

2006年01月29日

黄泉びと知らず-梶尾真治

「黄泉びと知らず」 梶尾真治

黄泉びと知らず.jpgいい気分で酔っぱらって帰ったら弟の彼女がワンピースを着ていたのがうれしかったのか買って帰ったたこ焼きを一緒に仲良く食べてしまいましたkbbです。おはようございます。実家で同棲できる弟と彼女の無神経さと「今日は仕事お休みなので一緒に夕飯つくりましょうよ。エプロン着けてきますね」といって食事の支度が全部終わった頃にやっと上がってくることに腹を立てていたことも昨日は忘れていましたよ。これじゃあただのワンピースフェチですね。

今日の作品は梶尾真治の「黄泉びと知らず」です。映画の原作にもなった「黄泉がえり」のサイドストーリーである表題作を収録した短編集です。やっぱり彼はうまいですね。筋書きといい、驚かせ方といい、文章といい、最近おもしろい本に出会ってなかったのでよけい嬉しくなってしまいました。

表題作の"黄泉びと知らず"は熊本で黄泉がえりの現象が起こっていることを知った、子供を自分たちの不注意から亡くしてしまいそれをきっかけとして離婚してしまった一組の夫婦の物語です。子供を亡くしたことを誰かのせいにせずにいられなくなり、一緒にいれば子供のことを思いだしてしまうという理由で別れてしまった二人ですが、子供を黄泉がえらせるために熊本へ向かいます。しかし、もう黄泉がえっていられる時間も少なくなり、さらに黄泉がえったと噂されている歌手(映画では柴崎コウが演じていました)の大規模な野外コンサートのために熊本に入ることすらできず、結局熊本まで行けたのは黄泉がえりの現象が終わってしまった後でした。最終的には子供を黄泉がえらせることはできなかった(ちょっとしたいたずらはありますけど)のですけど、この旅の過程で夫婦の絆がよみがえっていたように感じます。結局二人はまたもとの生活に戻るのですけど、これも立派な黄泉がえりですね。

他にも竹取物語に材をとった作品や、SFの王道をもいえる人類滅亡後の地球を描いた作品など、盛りだくさんでしたね。

でもなにが一番驚きだったかっていうとあとがきで梶尾真治自身が語っているのですけど、この本を出した時点で彼は専業作家じゃなかったようなんです。で、ちょっと気になって調べてみたらプロフィールを見つけました。2004年から専業作家になったようですけど、会社を経営しながら注文が入れば文章を書くと言うことをしていたらしいです。こんな生活楽しいだろうな。書きたいときに書いて他にやるべきことがあって。晴耕雨読というよりは晴耕雨書って感じですけどね。それが売れちゃうってのがさらにすごいんでしょうけどね。


posted by kbb at 11:13 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

2005年12月21日

もう一人のチャーリイ・ゴードン-梶尾真治

「もう一人のチャーリイ・ゴードン」 梶尾真治

もう一人のチャーリイ・ゴードン.jpgおはようございます。昨日は飲み過ぎて二日酔いで頭が痛いkbbです。コンセプトは飲みながら話すように!ってことでたまにはこういう状態での更新もありってことでお許しを。熱燗のおいしさをこの歳になって初めて知って、毎日飲んでいるのだけれど、焼酎と同じようにぐびぐび飲んでしまうので酔っぱらうのも早くてやんなっちゃうわ。

というわけで長い前置きはこのぐらいにして、こんな状態でお送りする本日の本は梶尾真治の短編6つが収められている作品集です。「クロノス・ジョウンターの伝説」が結構よかったので楽しみにしていました。文章も読みやすいし、世界にも入っていきやすくてよかったのですけど、表題作"もう一人のチャーリイ・ゴードン"はダニエル・キースの「アルジャーノンに花束を」に捧げるオマージュということで読んだことのない僕にはあんまり理解できない部分が多くて楽しさは半減だったんだろうなって心配しています。なんだかSFの作品には「アルジャーノン〜」に関するものが多くて結構影響を与えた作品なのでしょうね。一度読んでみようかと思っています。

でも"もう一人のチャーリイ・ゴードン"に続く短編"百光年ハネムーン"はアインシュタインが相対性理論で予言したアイデアをつかったタイムマシン物と言える物だけれど、こんな新しくもなんともないアイデアであの物語ができるのはさすがだな、なんて思いました。一瞬ほろっとしてしまったよ。

残りの4つもおもしろいアイデアの物ばかりで楽しめましたよ。
posted by kbb at 14:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

2005年10月14日

クロノス・ジョウンターの伝説-梶尾真治

「クロノス・ジョウンターの伝説」
 梶尾真治

クロノス.jpgみなさんは自分の人生を棒に振ってまで、助けたい誰かがいますか?そんな人と巡り会えましたか?

この本は4人の主人公がそれぞれのかけがえなのない人の未来を変えるために、自分の人生を投げ出して、タイムマシンに乗って過去に戻るお話です。

この小説にでてくるタイムマシンは、首尾一貫した説明がなされていて、その反作用、副作用も納得のいく展開で、それによって、ストーリーのおもしろさがでています。

この本は映画「この胸いっぱいの愛を」の原作です。「この胸いっぱいの愛を」を試写会で見て、原作も面白そうだからというのが、この本を読み始めた理由です。(実はミムラが大好きなので、映画を見に行ったので原作のことはまったく知りませんでした。)

本を読んで最初に思ったのは、この原作でよくあの映画の内容ができたなってことです。それぐらいストーリーがまったく異なっていて、脚本家の想像力のたくましさに驚かされました。今まで小説が原作の映画をいくつか見てきましたが、ここまで話しが違うと、別々のストーリーとして、両方とも楽しめると思います。

僕は、最近、(といっても2年ぐらい前ですが)飲むたびに「生まれ変わってももう一度出会いたい人はいる?」という質問をしてきました。その当時僕にはこいつにだけは生まれ変わっても出会いたいっていう人がいたのですが、ここ最近はそれがわからなくなってきました。その子とはつきあっているときになかなかうまくいっていて、この子となら人生ずっと一緒にいてもいいなぁって自然に思える子でした。しかし、本当にささいな、ちょっとしたきっかけで別れてしまいました。もう一度出会いたいという気持ちは錯覚だったのでしょうか?それはわかりませんし、錯覚でも一生見続ければ真実になると思います。そんな出会いをまたしてみたいと思います。



posted by kbb at 09:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 梶尾真治

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