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2005年12月25日

もしも私が、そこにいるならば-片山恭一

「もしも私が、そこにいるならば」 片山恭一

もしも私が、そこにいるならば.jpgクリスマスだからなわけじゃないけど、「世界の中心で、愛をさけぶ」で純愛ブームにうまく乗った片山恭一の中編3作収録の作品集を読む。恋愛小説なんてめったに読まず、むしろくだらないとさえ思っている友人に薦められて読んだ「世界の中心で、愛をさけぶ」をいい(≧∇≦)b と思ってその後期待して「きみの知らないところで世界は動く」を読んで大きく裏切られた片山恭一。今回の作品はだからあんまり期待して読まなかったからか、不思議とすーっと世界にはいっていけた。

僕は作家ってのは文章がうまいのは必須だとは思っていない。世の中に文章がうまい人間なんてゴマンといる。そりゃ文章がうまいにこしたことはないけど、文章が下手な作家もゴマンといる。じゃあ作家と彼ら文章がうまい人たちを分けるものはなにかというとそれはやはり、何を言いたいか、その作品にどんなメッセージを込めているかだと思っている。作品を通して作家それぞれのそういったメッセージを読みとりながらその作品の世界に入っていけたときは至福を感じる。

片山恭一にはそのメッセージがちゃんとあると思う。「世界の中心で、愛をさけぶ」「きみの知らないところで世界は動く」を読んで感じた彼のメッセージは「一番好きな人とは結ばれない」ではないだろうか。もしくは「人と人(親子、友人、恋人、ペットを問わず)は必ずいずれ(生死を問わず)別れなければならない」だと思う。もちろんこんなメッセージは使い古されて手垢がびっしりとついたようなものだと思うけれど、でも彼が一番伝えたい、伝えなければならないと思っているメッセージなのだろう。そして、人が事実としては認識しているけれど受け入れることができない事実でもあると思う。もしかしたら片山恭一自身がそういう経験をしてそれを受け入れる過程として文章を書いているのかもしれない。そのメッセージがちゃんと込められていたからこそ、「世界の中心で、愛をさけぶ」もあんなに売れたのだろう。もちろん流行の波にどっぷり浸かってうまい具合に流されたのも理由の一つだと思うけど、そんなに人間ばかじゃないと思いたいので、そのメッセージ性みたいなものがそのときはちゃんと受け入れられたのだと思う。でも作家にとっては売れたかどうかよりも(もちろん生活のためには売れた方がよいだろうし、読まれるという点でも喜ばしいと思うが)、より重要なのは作品にちゃんとメッセージが込められたかどうかなのだろうと思う。今回の作品にもちゃんとそのメッセージが込められていて安心して読めた。

片山恭一はそのメッセージを込めるのに、ストーリーにちょっとムリがあるような作品が多いけれど、この作品集の"鳥は死を名づけない”はストーリーに無理がないのでよけいそのメッセージがちゃんとわかりやすく、世界にも入っていきやすかった。「世界の中心で、愛をさけぶ」よりもこっちのほうが好きかも。

それにしてもタイトルの「そこ」ってのがどこだかはさっぱりわからなかったよ。

最後におもしろいなと思ったところをチョッと長いけど引用。

(国語教師である主人公が授業中に「異邦人」の冒頭を読んで)
"きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない。養老院から電報をもらった。「ハハウエノシヲイタム、マイソウアス」これでは何もわからない。恐らく昨日だったのだろう。"

この文章について、周作は生徒たちに質問する。この主人公の性格は?
(中略)
様々な答えが返ってくる。冷たい。落ちついている。感情が乏しい・・・みんな違う。さらに当てつづける。一人の生徒が答える。わかりません。はい、正解。
(中略)
わかるわけがない。書いてないのだから。書いてない部分を、子供たちは推測しようとする。
                           ("九月の海で泳ぐには" 169-170ページ)

人は言葉をヒントにして人の考えていること、思っていることを推測しようとする。わかるわけがないにもかかわらずそこに正解があると信じて推測を繰り返す。だから人と人との間に誤解が生まれ続け行き違いが生まれるのかもしれないね。


posted by kbb at 06:56 | Comment(0) | TrackBack(1) | 片山恭一

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